2012年1月31日 (火)

各座の1月

12013101enbujo
↑演舞場
12013102asakusa
↑浅草公会堂
12013103kokuritu
↑国立劇場
12013104nakamuraza
↑平成中村座
12013105letheatre
↑ル テアトル銀座
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↑俳優祭

国立の研修発表会に行かなかったので都内全公演制覇ならずbearing




2012年1月30日 (月)

自宅でのゆる~い時間に恥をかく

どこにも出かけない日の私はじつにゆる~い恰好をしている。さすがに寝間着は着替えるものの(寝間着で1日過ごすということは私にはできない)、家を一歩出るのにもあらためて着替えなくてはならないような恰好(寒いからもっこもっこしているのよ)coldsweats01
さっき玄関のチャイムがぴんぽ~ん。
あわてて玄関へおりると町会の人だった。ドアを薄めに開いて印刷物でも受け取ればすむところだったのが、他の用事があって、結局全身を晒すことになった。
ドアを閉めてから我が姿を鏡で眺めたら、フリースのタートルは首がぐちゃぐちゃ状態。昼食後ちょっと眠気を誘われていたのでフロアチェアでたらたらしていた髪の毛はぼっさぼっさ。
あ~恥ずかしい。鏡を見る順序が逆だったでしょhappy02
家にいても多少の緊張感はもっていないといけないんだわ(言い訳すれば、これまで毎日のようになんだかんだと出かけていたのが今日は夕方母の施設に行くことを除けば久しぶりにゆっくりできる日なのよ)と、自分を諌めたのでした。身だしなみは家にいたって大事よね。それは心の持ちようにもつながっていると思うから。第一、外でだけ自分を取り繕ってもダメよね。
でもさ、時にはそんな時間も必要よね、と又々言い訳。

2012年1月29日 (日)

楽しい俳優祭に感謝!!

128日 東日本大震災被災地復興支援第36回俳優祭(国立劇場大劇場)
チケット発売日、スカイライナーの中から一応携帯でチャレンジしてみたのだけど、まったくつながらず。成田空港では携帯と公衆電話の両方で頑張り、やっとつながったと喜んだのも束の間、すでに完売になっていた。ま、最初から諦めていたのだし…ところがなんと運よく知り合いから声をかけていただきチケットが入手できたのです(何も予定入れてなくてよかったよ~)!! 申し訳ない、そして感謝!! 喜び勇んで国立へ。席は決まってるんだし早く行くことはないと思いつつ、でも売り場の下見をしておきたいと、開場の15分前に到着。甘い甘い、もう劇場の角を曲がった先まで列ができていた。とはいえ、やっぱりそんなに焦る必要はないのであった。
「絵本太功記 尼ケ崎閑居の場」
俳優祭ならではの配役だろう、十次郎に七之助、初菊に梅枝という何とも初々しいカップル(後で、日本俳優協会会員の研修発表として、次代を担う花形に演じてもらったということを知り、ナットク。今月は研修発表が3つもあったことになり、それは喜ばしいことだと思った)。七之助さんは凛々しくも儚げな風情で、光秀の嫡男としてやらねばならぬことと初菊とともに築いていくはずだったこれからの人生に対する無念との板挟みに苦しむ気持ちが窺え、あたら若い命を散らすことに哀れを覚えた。梅枝クンはひたすら十次郎を思い、それだからこそ別れを嘆いてばかりはいられない、妻として夫をしっかり見送らなくてはとわかっていながら、やはりこの悲しみは耐え難いという愛と悲しみがひしひしと伝わってきた。七之助さんは都会的なイメージがあったが、この十次郎は人形のように古風で、梅枝クンとともに十分義太夫にものっていたと思う。ともに命の火を消そうとしている祖母・皐月の顔を一目見たい。でももう目が見えぬ…この前のお三輪もかわいそうだったが、こういう場面には泣かされる。しかし最期は母親より妻なのね…。
光秀は染五郎さん。線の細さはやはり否めないものの重厚感はあったし、竹本に合わせて無言で芝居をする前半の光秀は大きく見せていたが、もう少し凄みがほしかったのと、後半声がもうちょっと自然に出るともっとよかったかもしれない。しかし手負いの十次郎が戻ってきたときに見せた息子への愛情には胸を衝かれるものがあった。十次郎を励まして戦況を聞きだそうとするのではあるが、そういう中にも愛情が感じられたのだ。また、母と息子の死によって悩みは吹っ切れ、何が何でも戦わねばとの強い意志が見えるような気がした。
松緑さんは出番が少なくその中で久吉という人物を見せなくてはいけないので難しかっただろうが、旅僧の出も久吉の出もよかったと思う(染五郎さんとのコンビは「石川五右衛門」だねっ)。
秀調さんの芸はわりとあっさりしているように普段思っているのだが、皐月の心がよく伝わってきたし、操の孝太郎さんの姑を思う気持ちに心打たれた(孝太郎さん、この日の朝の「ぶらり途中下車」の旅人でしたねえ)。
佐藤正清の亀三郎さん、足の親指をきちんと上にあげていたのが印象的だった(90度立ってるという印象)。こういうのは気持ちいい。
前々日まで各座で本公演に出演していた面々がわずかな日数の稽古でこれだけしっかりまとめてくるとは、歌舞伎役者恐るべし。わりと眠くなりがちなこの演目だが、今回はとても面白く見た。
模擬店の説明:幕間のあと、梅玉さんによる模擬店の説明。画廊は前回苦情が出たので、今回は入札制にしました、とのこと。早い者勝ちだとご年配の方には不利だという苦情だったよう。で、今回入札制(入札抽選)なのは押し隈だけで、役者さんの色紙は早い者勝ちになります。という説明だったが、私が事前に係の人に聞いた話では、色紙は希望者が複数いたらじゃんけんで決めるとのことだった。そして実際、その通りになり、じゃんけんに弱い私は悲哀を味わうのであった。
「殺陣 田村」
新國激の創始者・澤田正二郎が作った殺陣を袴姿の勘太郎・海老蔵・扇雀・橋之助がそれぞれ見せる(4人の相手は名題下の面々)。「田村」は謡曲「田村」のことだそう。
歌舞伎の殺陣は形式的な立ち回りであることが多いが、新國劇の殺陣はスピーディで迫力がある。
まずは勘太郎さん、棒を使う相手をものともせずに斬り捨て、悠然と去る。
海老蔵さんは相手の首に刀を当てて冷酷に斬る。最後に勘太郎さんが再び出てきて海老蔵さんとすれ違いざま、2人は刀を交える。勝負はつかず、2人は去る。海老ちゃんの赤い鞘が目に残った。
舞台に敵が9人。すると花道から扇雀さんが薙刀を持って登場。女形の印象が強い扇雀さんだが、私は立役のほうが好きで、薙刀の扇雀さんもステキ。
扇雀さんが引っこむと上手から刀を構えた8人が腰を引き舞台へ後ずさりしてくる。8人を押し出しているのは橋之助さんだ。その後ろにも1人いる。橋之助さんは二刀流も見せて敵を倒す。
形が一番きれいだったのは勘太郎さんだったと思う。橋之助さんは時代劇の殺陣のようでドラマチックだった。
最後は全員が舞台に並んでご挨拶。激しい斬り合いだからこれも稽古が大変だっただろう。男の殺陣のカッコよさを堪能した(立師は橘太郎さん)。

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2012年1月28日 (土)

裏干支に「ふ」

t裏干支って、ン十年も生きてきて初めて知った。
 
今日の東京新聞、梅玉さんのコラムから(また、梅玉さんのパクりでごめんなさい)。
 
数えで61歳の年に、「62歳は厄年だから裏干支の人7人から厄除けに『ふ』で始まる品をもらわないといけない」と先斗町のお茶屋さんで言われた(梅玉さんも裏干支のことをこの時初めて知ったのだとか)。梅玉さんは戌年なので裏干支である辰年の方たちから何とか7品(筆とか袱紗とか船の置物とか)届いて無事厄年を乗り切ったそう。そしてコラムは「今年は辰年、復興が昇り竜のごとく勢いよく進み、平穏な暮らしが戻ることを願っております。もし七つの『ふ』の品を、裏干支の戌年から辰年に贈ることでその願いがかない、災いを取り除けるならすぐに届けにいきたいと思った次第でございます」と結ばれている。

 
で、「裏干支」をネットでざっと調べたところ、生まれ年から6つ先の干支のことで(つまり、子⇔午、丑⇔未、寅⇔申、卯⇔酉、辰⇔戌…)、その両方を持ち合わせることで相互に足りない部分を補い合い、高め合い、目の届かない部分も守られるということらしい。だから厄年には裏干支が必要になってくるのでしょう。
 
ただ、「ふ」の意味がわからない。「福」のふなのか、「不」のふなのか、それとももっと全然違う意味があるのか、想像力にも論理力にも欠ける私だからcoldsweats02
 
まあそれはともかく、厄年って迷信だと思う反面、だいたいその年になると健康に歪みがでてくるから気をつけなさいよという意味があるのだと言われれば、やっぱり気になるものである。ちなみに私の厄年は…内緒ですsmile

2012年1月27日 (金)

めちゃくちゃ楽しかった浅草千穐楽②:カーテンコールも

126日 新春浅草歌舞伎千秋楽夜の部(浅草公会堂)
 
「敵討天下茶屋叢」
 
さて大詰、源次郎が仇の噂を確かめに出かけようとすると、伊織が弱音をはき、源次郎にたしなめられる。気弱な自分を恥じて弟を送り出す伊織。源次郎は源次郎で草履の鼻緒が切れ不吉な思いがよぎるが、それを断ち切るように出かけていく。2人の永久の別れを予感させる場面である。亀鶴さんは口では強さを取り戻したようにして巳之助クンを見送るが、その表情には不安が浮かんでいて、哀れを覚えた。巳之助クンは嘆きが義太夫とよく合っており、兄の葬いのために花を摘む姿がかわいそうでかわいそうで泣けた。亀鶴さんと巳之助クンってあの化粧だと顔がとても似ていて、本当の兄弟のように見え、よけい哀切感が漂った。
亀鶴さんが一休みしようと小屋に入り中から扉替りのムシロを下したとき、小屋の上方の金具に止めてあったムシロの片方が外れてしまった。そうしたら中からムシロが落ちないように引っ張り上げている指が見えた(黒衣さんの指だと思うんだけど)。そんなハプニングも一期一会の芝居だから。
大詰の捕り物では、あの傾斜のきつい反り橋の足場に亀ちゃんがちょっと足を取られかけることがあって一瞬どきっとしたが、無事に降りてきてほっとした(橋に足をかける穴をあけた布が張ってあって、そのたるみかなんかに引っ掛けたんだと思う)。
毎回、亀ちゃんは座席のどこかに紛れ込むのだが、今回は私の2列後ろ、振り向けば真正面に!! 周囲からショールが何枚も差し出され(私も亀ちゃんがそばに来たらショールを渡そうと思っていた)、それに隠れて筋書きを読む亀ちゃん。でも前方席の人が追う三津之助さんと段一郎さんに亀ちゃんの居場所を教え、また追いまわしが始まる。
腕助が「本心に立ち戻ったのだ」と言うと、そのあまりの変心ぶりに客席が必ずどよめく。何しろ、元右衛門をこんな生き方に引きずり込んだ張本人だからね。腕助役の段一郎さんはなかなかイケ面で、こんなに大きい役は初めてじゃないかと思うけれど、とてもいい役者さんだ。応援したい役者さんがまた1人増えた。
千穐楽バージョンかなと思うのは、段之さん扮する雷おこし売りのバアサンが亀ちゃんに羽織と手ぬぐいを奪われ(この手拭が薄汚いのがリアル)、「この仇は妹が…」と言いながら消えたところ。これまではただ、くるくる回って消えていた。そして座席の間を逃げ回った亀ちゃんがいつものようにツケ打ちさんの座に来てツケ打ちさんを追い出そうとすると、そこにいるのはさっきのバアサン。ではなくてその妹 「姉のかたき~」なのだった。
亀ちゃんが白馬にまたがると、これも必ず客席から手拍子が起こる。舞台と客席の一体感があって楽しい。ちなみに、白馬の鐙は亀ちゃんの足がすっぽり入るほど大きくて深かったが、亀ちゃんは軽く指だけ鐙の奥に乗せているように見えた(奥までは見えなかったけれど、踵が上がっていたから)。

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めちゃくちゃ楽しかった浅草千穐楽①

126日 新春浅草歌舞伎千秋楽夜の部(浅草公会堂)
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やっぱり浅草の千穐楽は格別。前日は「め組」の千穐楽にすべきだったかな、なんて思わないでもなかったのだが、やっぱり浅草にしてよかった(浅草もまだ雪がたくさん残っていた)。
「お年玉ご挨拶」
ラストだからご挨拶は亀治郎さん。
今年はメンバーが変わり、若手がたくさん参入して活気あふれる浅草になった。毎年インフルエンザ、風邪、ノロウイルスが流行るのに今年はさすがに若くて何事も起らなかった。平均年齢もぐっと下がったが竹三郎さんが1人でもとに戻した(平均年齢のことは前回も言っていたわね)。
明日からまた稽古が始まる。演劇は生もの、映像は見る側がトイレに行こうがお茶を飲もうが居眠りしようが関係なく進行する。しかし演劇は役者がエネルギーを送り客が声援によってエネルギーを返す、そのキャッチボールこそが芝居の醍醐味である。映像に出ている私が言うのだから間違いはない。25日間毎日芝居をしていても同じ客同じ芝居ということはない、一期一会である。大いに泣き、笑い、拍手してください。
ただし、携帯だけはお願い。どんなに言っても1人必ず鳴らす。そういう時に限って変な着信音が鳴る。休憩後が多い。とくに23階から聞こえることが多いので、気を付けて。
と亀ちゃんが上を見上げた瞬間、どこかから盛大なクシャミが 亀ちゃん苦笑して「くしゃみはけっこうです」で場内爆笑(絶妙なタイミングのくしゃみだったわねえ)。
亀治郎として最後の浅草である。はじめは2階の客は3人程度しかいなかった。色々工夫した努力が10年経って実った。今年は浅草の地で2座も歌舞伎ができて、こんな喜ばしいことはない。浅草の地、浅草歌舞伎に育ててもらった亀治郎としてお礼を申し上げる。私は姿を消しますが――いやこの世から消すわけではありません――若手は本当に素晴らしい、安心して任せられる。しかし歌舞伎役者は客に育ててもらうもの。彼らに変わらぬご支援を。
「敵討天下茶屋叢」
席を変えて3度目ともなると、予期せぬ面白さよりも人物像、その生き方のほうに興味が湧く。今回は元右衛門の人生に思いがいった。最初は殊勝に酒の失敗を反省し仇討のお供に加えてくれた主人に感謝し、ワルい腕助(私、なぜか「脇助」って記憶していて、後半途中で間違いに気づき、1人でウケてしまった)に酒を勧められても堪え(腕助がこれ見よがしに口に運んでみせる杯、それを横目でちらちらと見ながら誘惑を断ち切るように煙管からぱっぱっぱっと煙を吐き出す元右衛門)、更生意欲十分だったのに。それが腕助ともみ合ううちに敵・東間への密書を見つける。さあ、これはご主人さまに渡さなくては、と意気込む元右衛門に突然現れた東間が当て身をくらわせ、気を失った元右衛門は無理やり酒を飲まされる。そうなれば、もともと酒好きで酒癖の悪い元右衛門のことだから、収拾がつかなくなるほどの大暴れ。茶店の女性(嶋之亟)気の毒だったわね、瓶いっぱい只酒飲まれるし、店の備品は壊されるし、本人は頭に怪我を負うし。
さて事情を知らぬ兄・弥助と主人・伊織が参拝から戻り、元右衛門の体たらくに怒った兄は弟を斬って捨てようとし、伊織に止められる。伊織は元右衛門を勘当し兄弟の縁も切らせたが、それでも「血がつながっていれば弟を斬れはしないだろう」と諭すのである。ここは後に元右衛門が平気で兄を殺す場面の伏線ともなっていて、うまくできた芝居だと思った。
伊織兄弟の参拝の供をしたのが弥助ではなく元右衛門だったら…、腕助ともみ合う前に弥助が戻ってきていたら…、いやその前に腕助との偶然の出会いがなかったら…。ほんのちょっとした時間のズレ、出会いが元右衛門の人生を狂わせたのではあるけれど、元右衛門はやはり性悪なのであろう。「~たら」がなくてもどこかで狂いが生じたにちがいない。
再見の時にも感じたが、二幕目の元右衛門が伊織たちの住む座敷に忍び込む場面は長い。初見の人もいるだろうからいいのだけれど(私も初見の時は面白かった)、3度目ともなると少し飽きてきて眠くなってしまった。続く。

2012年1月26日 (木)

一目会いたい、もう目が見えないが悲しい「妹背山婦女庭訓」

125日 坂東玉三郎初春特別公演(ル テアトル銀座)
 
前日の雪かきで出始めた足腰腕の筋肉痛を堪えながらの観劇(翌日に出たことでちょっとほっとしている――年をとると23日経ってから出るって言うじゃない)。
 
「お年賀 口上」
 
鳴物が入ってから幕が開くまでえらく長かった気がする。さて、チラシやポスター写真と同じ金屏風を背にして玉さまご登場。
 
昨年に続き今年も初春公演として幕が開いたことは誠に嬉しく、お客様には連日連夜かくも賑々しくお運びいただきありがたい。との挨拶のあと、セゾン劇場時代からのこの劇場との縁を語り、モダンな劇場で歌舞伎の雰囲気を感じてほしくてバルコニーには赤い提灯を、ロビーには正月飾りと緋毛氈をあしらった。
 
私にとってお美輪は大役であり、お客様には何気ないふうにしてきたが、この冬の期間体調を崩さずに通すのは難題。今夜風邪をひかなければ明日無事に千穐楽を迎えられる。
 
この後2代目松緑丈の思い出話となり、嵐クン(当代)が生まれた時はおじいさまもお父様も大変可愛がったということであった。
 
昨年は社会的にも大変なことがあったし、歌舞伎界でも先輩が亡くなった。指導してくれる人が少なくなり、自分でやっていかなくてはならなくなった。しかし人間、何事も乗り越えていかなくてはならない。歌舞伎座開場も来年となった。一芝居一芝居、精いっぱい勤める。
 
時々言葉を選びながら語る玉さまであったが、その思い、心が伝わるいい口上であった。
 
「妹背山婦女庭訓」
 
笑三郎さんに期待していたのだが、求女と橘姫(尾上右近)が出てくると眠くなってしまう。お三輪が出てきてやっと目があいたが、それでも舞台に三角関係の緊張感があまり感じられず、あるいはこっちに緊張感がなかったのか、求女と橘姫の存在感が希薄なような気がした(右近クンについては、私は立役のほうが好きである)。笑三郎さんはやっぱり女形の人なのかなあ。
 
玉さまのお三輪は一途でそれが嫌味にならず(本当はお三輪のほうがオジャマ虫なんでしょう)愛らしい。苧環の糸が切れてしまって、「いやん、この苧環のバカ」という感じで苧環を叩く姿も可愛かった。人間何事も乗り越えていかなくてはならないとは先の口上における玉さまの言葉であったが、お三輪も命がけの恋のために色々乗り越えていかなくてはならない。しかし迷宮に迷い込んだ果てのお三輪は…。
 
官女たちのいじめは前に福助さんで見た時には辟易するほどしつこくてこの芝居は嫌いだと拒絶感をもったが、今回はさほどでもなく、と言ってお三輪に擬着の相を表させるのに不足ではないと思った。官女たちに色々命じられても求女のことが気になって上の空のお三輪。そのぼんやりしたような表情は、田舎娘が迷い込んだ未知の世界さえお三輪の一途さをためらわせることはないことを逆に象徴しているようであった。
 
松緑さんの鱶七が大らかで大きくてよかった。前半のセリフは松緑さん独特の息つぎの前の言葉を下へ下げる調子で私はそこがあまり好きではないのだけれど、それを除けばこの役は松緑さんのニンだと思ったし(衣裳もよく似合っていた)、今後回を重ねて演じこんでいけばさらによくなると期待できた。
 
猿弥さん(蘇我入鹿)に意外とインパクトがなかったように思ったが、どうだろう。豆腐買のおむらも、歌六さんがやった時にもうちょっと面白かったような気がしたけれど…。それはそれとして、猿弥さんの女形はとてもいい。
 
弘太郎さんの宮越玄蕃が迫力あってよかった。声も太くよく通る。こういう弘太郎さんを見るのは初めてかも。
 
訳もわからず鱶七に斬りつけられたお三輪の哀れさ、事情を聞かされて求女の役に立つことを喜び、この世で添えなくてもあの世でと願いながら、一目お顔が見たい…ああ、でももう目が見えない…。泣けた。お三輪の魂の昇華を願うばかりだ。
 
それにしても、爪黒の鹿の血と擬着の相の女の生血を混ぜて笛に注いで吹けば、白い女鹿の生血を飲んだ母親から生まれた入鹿に鹿の性質が現れるっていうのがよくわからん…。歌舞伎は理屈ではないけれど。
 
<上演時間>「口上」10分(14001410)、幕間10分、「道行」30分(14201450)、幕間25分、「三笠山御殿」110分(15151705

2012年1月25日 (水)

演舞場夜の部再見

124日 初春大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
銀座にもまだ雪が残ってるなんてと感心しながら演舞場へ。
「矢の根」
今日は花道脇の前方席だったのでオペラグラスなしでもよく見えた。やっぱり前のほうは臨場感が違うかも。でも中村座の桜席に慣れちゃってるせいか、市松模様の障子が上がる前、その中を見たい誘惑に駆られる(「対面」では上がった障子が上でしばらくゆらゆらと揺れていた)。
三津五郎さんがとにかく大らかで気持ちがいい。セリフも明晰だし、七福神の悪口が何とも愛敬があって楽しい。
仁王襷と三味線の呼吸は前回書いたとおり。
奪った馬に跨った姿を見たら、馬体に巻いた鐙代わりの綱に足の親指の先だけを通していた。なんか不安定な気がしたが、後でしらべたら、もともと鐙には足を深く通さないでつま先を乗せるようにして使うんですって(今度から他の演目でもそこに注目してみよう)。それを知って、そのリアリズム(?)に感心してしまった。
大きさと愛敬と、荒事の魅力満喫の「矢の根」だった。
「連獅子」
2度目なので、鷹之資クンの姿を見たからと涙は出なかったが、親獅子が谷底に落とした仔獅子を見つけてほっと喜ぶ姿に思わずうるうる。仔獅子が谷に落ちるところは意外とインパクトがないが、花道で鷹之資クンは立膝に座り、目を閉じ、荒い呼吸を鎮めつつ、交叉させた両手の指を力いっぱいひらいていた。遠くから見ると休んでいるようだが、すぐそばでは全身に力が入っているのがわかる。その姿がいじらしくて、がんばれと心の中で声をかけながら見守った。仔獅子の精になって花道をバックするときは、両足の間にぱっと巻き込むようにして毛を挟んでいたが、その瞬間的な動きが見事だった。毛振りも勢いよくきれいで、真摯な姿勢が伝わってくる。
前回吉右衛門さんから迸り出ていた(と私は感じた)厳しさと温かさが混じった決意のようなものに加えて、今回は預かった鷹之資クンを包むような大きさが感じられた。
間狂言も錦之助さんと又五郎さんの呼吸がぴったりで文句なく楽しかった。 

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2012年1月24日 (火)

姿だけじゃない早替わりに感心:平成中村座夜の部

122日 平成中村座夜の部(平成中村座)
 
今日の桜席は2列目だったけれど、そこそこ悪くなかった。
 
「寿曽我対面」
 
勘三郎さんの十郎がやわらかみがあって品が良くて、若々しくて高い声がとてもきれいで、とても素敵だった。
 
橋之助さんの五郎は体が大きくて、動きも勢いがあって迫力たっぷり。十郎とのバランスもよかったと思う。
 
彌十郎さんの工藤が立派。見栄えがする。
 
新悟、七之助の女性陣もきれい。幕開き前に、2人の前帯に垂らす帯を差し込んだり(なるほど、遊女の衣裳ってああいう風になっていたんだ)。小林朝比奈のなが~い刀をしっかり差したり、役者さんの準備風景を興味津々見た。
 
山左衛門・いてうの梶原親子もよい。
 
獅童さんの小林朝比奈が意外と元気が足りないように私には思えたけれど、そんなことなかったかしら?
 
衣裳をつけた「対面」はやっぱり華やかである。目出度く幕が閉まると、勘三郎さんがこちらに軽く目礼してくれた(うれしっ)。
 
「於染久松色読販」
 
福助、亀治郎で見て、今度の七之助で3度目であるが、七之助さんの七変化も非常に魅力的で、舞台に引き付けられた。早替わりは早い。とにかく「早いっ」。早替わりでいつも感心するのは姿の変化だけではない、瞬間的によくその役になれるなあということ。声、話し方、動き、心持、そのどれかが他の役と混じってしまっては芝居にならない。そばで見ているから舞台奥に駆け込む姿やある程度のウラが目に入る。それだけに一瞬の変化により感心するのだ。七役どれもに七之助さんの努力の跡が見える。私はとくにお光狂乱が3度の中で一番良かったと思う。
 
大詰の道行は、吹替えの役者さんの顔がモロに見えるので興醒めという人もいるだろうが、私のような野次馬にはかえって興味深かった。傘の中でお染と久松が入れ替わるのは目の前で、しかも上から見ているのにどういう仕掛けになっているのか全然わからなかった。
 
今月は山左衛門さんといてうさんのうまさが印象に残った。ここでの山左衛門さんは鈴木弥忠太、いてうさんは丁稚久太。どちらも芝居を崩すことなくユーモラスで存在感があってよかった。
 
それから小山三さんのお元気な姿を見られたのが嬉しかった。登場するだけでその役の雰囲気が伝わるのが素晴らしい。
 
舞台にも工夫がこらされ、とくに回り舞台がないのに橋本座敷から小梅莨屋へと巧みにセットをまわしていたのが見事だと思った。ただ、善六が嫁菜の藁苞に隠した午王吉光の折紙があまり生きていないような気がした。というのは、前に見たときは、どこかで久作が折紙の存在に気づいて驚く場面があったように記憶しているのだが、今回はいつの間にか久作が手にしていたような…(居眠りしていて気付かなかったのかな)。
ところで、昨日のような悪天候の時は、大道具とかどうするのだろう。どんなにか大変だろうなあ。

 
<上演時間>「対面」50分(16001650)、幕間30分、「於染久松」序幕55分(17201815)、幕間5分、二幕目40分(18201900)、幕間20分、大詰35分(19201955
120124bus

帰りの無料バス。いつもは普通の都バスなんだけど。座席のカバーにパンダの耳がついていて中もかわいかった。

2012年1月23日 (月)

歌舞伎襲名A to Z:東京新聞記事から


朝刊をぱらぱらとめくっていたら、「歌舞伎」の文字が目に入ってきた。東京新聞は毎日曜日に歌舞伎を中心とした古典芸能の特集記事が組まれているので月曜日の今日はひときわ目を惹いた。
 
ニュースA to Zという1面全部(広告は除く)を使った記事で、歌舞伎役者の襲名について解説したものである。歌舞伎通の方には当たり前の内容だろうが、私のようにミーハー的、感覚的にしか歌舞伎と接しておらず、そういうことには疎い人間には興味深い記事である。
 
「どう決まる?」――大きな襲名の場合、一番は興行として成り立つかどうかなんだそうである。集客能力がない役者には興行会社(松竹)が許さないし協力もしないのだとか(厳しいね)。話は会社が仕掛けることが多いようで、歌舞伎界全体の状況をみて襲名時期を考えるのだそうだ。時期、誰が、は「幹部俳優たちといろんな話を詰めながら決まる。どれか一つうまくいかなくてもまとまらない」とは松竹・我孫子専務の話(襲名口上の際に必ず会社や幹部俳優のお許しを得てというような文言が入るのは具体的にはそういうことなんだ)。
 
又五郎襲名は先代の遺族の了解を得て、吉右衛門さんと相談して決まった。勘九郎襲名は芸の伸びている勘太郎さんに平成中村座で襲名させたいという勘三郎さんの意向による。会社側でも歌舞伎座のない間、興行的にも大きなインパクトを与えられると判断したようだ(そりゃあ、そうでしょう)。猿之助襲名は、先祖の50回忌追善興行の舞台に立てない猿之助さんの気持ちが徐々に亀治郎さんに傾いた、と記事にはある。市川中車襲名については市川宗家の了解を得た。世襲が多くなったのは戦後だそうだ。戦前までは地方に小芝居といわれる歌舞伎劇団が200以上もあって、その中で腕のある役者が中央の家柄歌舞伎にも進出し「中間層」を形成したが、戦後GHQにより歌舞伎が禁止の憂き目にあった際に小芝居が壊滅状態となって中間層の役者が激減した。その結果、家柄役者に実子に継がせないと歌舞伎がなくなるという危機感が大きくなった、ということで世襲が増えたのだそうだ。
 
主な役者の代、襲名年、その時の年齢、先代の没年、先代との関係が一覧になった表や、現在空いている主な名跡一覧があったり、この記事は保存ものである。


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