2019年8月16日 (金)

八月歌舞伎座第一部:「伽羅先代萩」「闇梅百物語」

89日 八月納涼歌舞伎初日第一部(歌舞伎座)
初日だったのかあ、という感じ。9日だものね。8月はいつもそうだったんでしょうに、忘れていた。
「伽羅先代萩」
七之助さんは私の中ではクールなイメージがあるで、千松の死を平然と見ている場面はきっといいだろうと予想していたのだが、最初から千松への愛情が強く感じられ、ずっと泣かされた。こんなに千松に愛を漲らせている政岡は初めてのような気がする。横たわる千松を前にしての嘆きは力が入りすぎていたかもしれない。千松と鶴千代君に対する政岡の愛情は平等かもしれないが、自分たちの役目を考えれば2人に対する感情にはおのずから違うものがあるはずで、そのあたりもわかるような気がした。千松は叱られたり励まされたりしながら母の愛情をしっかり受け止めていたのではないだろうか。それだけに千松のすべての行動が立派で哀れで、泣けた。
飯炊きは初日だし、大変だったろうな。早く炊いてあげればいいのに(これはいつも思う)とか、手順を間違えないようにとか、こちらも息を詰めて見ていたので疲れた。
勘太郎、長三郎兄弟の演技がしっかりしていて感心した。先月の勸玄クンもだが、子どものポテンシャルって素晴らしい。
今回、松島は出て来ず、沖の井のみ(児太郎さん、堂々と落ち着いていてよかった)。新悟さんあたりが松島で出てきてもよかったのに、と新悟ファンの私は思った。
医師の妻小槙(歌女之丞)が八汐の悪巧みの証人として登場したが、唐突な感じがした。
巳之助さんの荒獅子男之助は形も決まっていたと思うし、声もよく出て、なかなかだった。
幸四郎さんの弾正は花道だけだったのでよく見えなかったが、やや小粒な感じがした。面明りでの引っこみは、以前3階席から見た時は影が不気味さを表していたが、今回は影そのものがあいまいで不気味さはなかった。もう一役の八汐はいかにもワルそうだったが、とてもきれいだった。
古典歌舞伎のおもしろさ、良さを堪能した。
「闇梅百物語」
眠かった。メガシャキガムは先代萩で効果絶大だったが、こっちでは噛まなかったのが敗因か。とくに雪女郎(扇雀)のあたりは…。見たことのない演目だったので残念なことをした。
<上演時間>「伽羅先代萩」105分(11:00~12:45)幕間30分、「闇梅百物語」60分(13:15~14:15)

 

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2019年7月31日 (水)

七月歌舞伎座夜の部:「星合世十三團」

7月28日 七月大歌舞伎千穐楽夜の部(歌舞伎座)
終演時刻が当初の10時近くから30分ほど早くなって、それでも長いよなあとちょっとびびっていたものの、意外と長さを感じなかった。海老蔵さんの健康を考えての短縮だろうが、海老蔵さん、本当に本当にお疲れ様でした。知盛、権太、狐忠信と別個でも大変な役を5時間の大半を使って一気に演じたのだから、演目発表のときに懸念した以上の大変さだっただろう。
「星合世十三團」
それぞれの幕はダイジェスト的なので物足りなく思うことも多々あったが、とにかくこの芝居は海老蔵さんの13役をたっぷり楽しむものであり、海老蔵さんのチャレンジを評価したいと思った。ただ、どうしても早替りに気を取られて、肝心の物語に集中できない(吹替えが海老蔵仮面をかぶっているのも逆に気になって集中力がそがれる)。それもあって物足りなさを感じたのかもしれない。

発端:幕開き前に人形の口上があった。ギリギリに着席しなくてよかった。海老蔵さんの13役をまとめて言うのではなく、1役1役紹介したから場内、ちょっと笑いが起きた(能登守教経:市川海老蔵、武蔵坊弁慶:市川海老蔵のように)。
教経と横川覚範(新蔵)が一通り太刀を交えると、海老蔵さんが口上を述べる。死んだと思われていた平家の公達3人、教経・知盛・維盛が実は生きていたという。
前日、ちょっと重労働をしたので序幕は眠くなってしまい、ところどころ朧気に…でよくわからなくなってしまった。ふだん見ない場面なのでちゃんと見ておけばよかったと後悔。海老蔵さんの卿の君はきれいではあるが、ちょっとごっつい感じがした。セリフも女方であるからどうしてもふわふわしてしまい、う~ん。
二幕目:序幕を反省してメガシャキガムを半分噛む。次に又眠くなったときのために半分とっておいたのだが(このガム、私の知っている範囲では高速のSAにしかないのだ)、よく効いて、後は大丈夫だった。
「渡海屋/大物浦」では、相模五郎(右團次)が1人で義経の詮議にやってくる。お柳さん(実は典侍の局:魁春)の亭主自慢も相模五郎の魚尽くしもなし。まあ、ダイジェスト版だから仕方ないだろう。入江丹蔵(海老蔵)の勇猛な最期は見せ場だからあった。典侍の局の自害がなかったのは残念。魁春さんの品格がいかにも典侍の局らしく、よかった。魁春さんはずっと前から、とくに後姿が女性らしいと思っていたが、今回もその思いを強くした。銀平とは一応夫婦ということになっているが、義経(梅玉)の身支度を整えてあげているときには義経との夫婦感が強かった。兄弟だからかしら。

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2019年7月30日 (火)

七月歌舞伎座昼の部:「高時」「西郷と豚姫」「素襖落」「外郎売」

7月19日 七月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
危うく、この日もドタキャンかというところだったが(せめて「外郎売」だけでもなんとか幕見できればと考えていた)、無事に全演目見ることができた。
「高時」
2度目。前回の高時も右近さん(当時)だった。右團次さんはいつもはセリフが口の中にこもるように聞こえるのだが、今回ははっきりしていて聞きやすかった。ただ、前回見た時より傲慢さが和らいでいるような気がした。
九團次さんはいい役者さんだとあらためて思った。歌舞伎をやめなくてよかった。
「西郷と豚姫」
こちらも2度目。お玉という役に対して獅童さんが真摯に取り組んでいて好感がもてた。獅童さんのことだから、ちょっと危惧はあったのだけど、余計なことはいっさいせず、包容力があって優しく可愛い女性になっていた。錦之助さんの西郷は2008年9月の「竜馬がゆく」で見て、あの二枚目がとびっくりしたものだが、案外合っていたのを思い出した。今回も頼りになる西郷さんだった。でも一度はお玉との死を決意したのに…。それを受け入れ見送るお玉が悲しくも強く美しかった。変な笑いに走らず、しっとりと情が通って、しんみりした。
「素襖落」
友右衛門さん(次郎冠者)の踊りは珍しいような気がした。踊りの上手下手はどちらもよほどでない限りあまりわからないが、友右衛門さんは上品だったし、うまいと思った。権十郎さん(三郎吾)はいつも真摯に役に向かっていて好感が持てる。獅童さん(大名某)はここでも崩すことなく演じていてよかった。
この日は休演していた海老蔵さん復帰の日。まずは舞台に登場したことでほっとした。獅童さんと市蔵さん(鈍太郎)の間で隠し隠されていた素襖を見つけた時、海老蔵さんの目が一瞬鋭く光ってドキっとした。全体としてみんなが丁寧に演じていたと思う。

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2019年7月29日 (月)

十月歌舞伎座演目発表

今月の歌舞伎座の感想が書けないままでいるうちに、十月の演目と配役が発表になっていた→ココ
ふ~む。
取り急ぎ。

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2019年7月25日 (木)

七月歌舞伎鑑賞教室:「歌舞伎のみかた」「車引」「棒しばり」

7月9日 歌舞伎鑑賞教室(国立劇場大劇場)
今月は家のことでず~っと忙しくしていたら、あらら、もう千穐楽を過ぎてしまったわ。
190725kurumabiki 「歌舞伎のみかた」
太鼓の音で定式幕があき、ツケで新悟さんが花道より走って登場。七三で見得の後くだけた口調になったので笑いが起きた。先月と違って、やや急ぎ気味ではあるがオーソドックスに花道、黒御簾、ツケ、見得、義太夫節を説明。義太夫節では、床の御簾が上がるとどよめきが。2人1組で人物の心情を表すということで。「おなかがすいた、ご飯が食べたい」と…。
竹本、ツケ、黒御簾合せて立ち回りの演技があった。それが終わったところで2階席通路から「大和屋」の掛け声。玉太郎さんがかけたらしい。新悟さんに呼ばれ、玉太郎さんも舞台に上がる。ここからは2人で解説する。
「車引」はスクリーンを使って人物関係を説明し、写真撮影タイムとなった。アイホン用の望遠レンズ買おうかな…。
荒事の隈取で、松王丸は力強く堂々と、梅王丸は勢い、桜丸は若く正義感と優しさが表現されている、時平は悪い役なので青隈。衣裳には各人の花が描かれており、刀が長い。
などと説明していると、賀の祝の松王丸(坂東やゑ六)、梅王丸(坂東彌紋)が俵をもって喧嘩を始めた。オーバーな表現が面白いのだが、高校生にわかってもらえたかしら。
この後、新悟さんが引っこみ(桜丸の拵えに時間がかかるのかな)、玉太郎さん1人で「棒しばり」の解説をする。背景の松がおりてきて、松羽目の説明。舞台には所作台が置かれるが、これはすべりをよくするのと、足の音を響かせる。音楽の説明では長唄と三味線は上段に、鳴物は下段に並ぶ。
最後は新悟さんがスクリーンで手を振り、幕。
玉太郎さんは左近さんとダブルキャストなので、この日は解説・玉太郎、杉王丸・左近だった。

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2019年7月19日 (金)

秀太郎さん、人間国宝に

おめでとうございます。

出先なので、取り急ぎ。

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2019年7月16日 (火)

圧巻の高畑勲展

7月3日 「高畑勲展」(国立近代美術館)
190715takahata1 2日から始まった高畑勲展、珍しくこんな早く出かけたのは、すでに見た人から「素晴らしいから、絶対見て」と勧められたのと、日が経つと混むだろうし、夏休みに入る前に見ておこうと思ったから。
会場に足を踏み入れた途端、そこはもう高畑勲の世界。展示方法がよく工夫されていて、長編アニメはほとんど見ないので、高畑勲さんの作品は全く見ていないし、さほど関心があるというわけでもない私でも関心と興奮をかきたてられる。
まず、没年から遡って高畑さんの歴史を辿る。作品は最後の映画「かぐや姫の物語」からずら~っと紹介されている。ハイジ、マルコ、アン、ケン、チエ、みんな高畑さんだったのか!! 狼少年ケンやじゃりン子チエは見たことがあるかどうか記憶にないが、漫画としては知っている。驚きのジャブを受け、先へ進む。
第1章 出発点 アニメーション映画への情
第2章 日常生活の喜び アニメーションの新たな表現領域を開拓
第3章 日本文化へのまなざし 過去と現在の対話
第4章 スケッチの躍動 新たなアニメーションへの挑戦

東映動画時代の高畑さんからスタートする。「なつぞら」の世界だ。アニメーターの机がある。まさになっちゃんたちの机を思い浮かべて、そうそうこんな感じ(って、展示が本物なんだから)とミーハー心が躍る。展示は初期から時代を追って、ほぼ全作品に音声ガイドがつく。私は借りなかったが、ガイドは中川大志さん。「なつぞら」で高畑さんをモデルにしたという坂場を演じている。「なつぞら」と重ねて見て回るとより楽しい。
それぞれの作品制作に至るエピソード、原画、絵コンテ、高畑さん自身の様々な資料(若い頃のノート類を見ると、とても几帳面な文字で人柄が現れていると思った)がたくさん展示されている。漫画映画ファン、アニメファン、高畑ファンにはたまらないだろう。
ここから先は高畑さんの漫画映画に対する考え方や作り方、制作過程が詳しく示されていて、私のようなド素人にはそれらを細かく読むのはちょっと難しいし、そもそも基本をわかっていないので、ミーハー的に表側だけを見て行った。


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2019年7月15日 (月)

海老蔵さん休演

なんとなく歌舞伎美人をあけてみたら、なんと海老蔵さんが休演とのお知らせ。
ショック‼
カトウ様によると、急性咽頭炎で声がでなくなったとのこと。
昼は上演するけれど夜は中止だそう。そりゃそうだわよね、夜は海老蔵さんがいなければ成り立たないもの。
昼「素襖落」の太郎冠者を右團次さんが代わり、「外郎売」は一部演出を変更して上演すると出ていた。
配役発表もそうだけど、上演時間が発表になったとき、身体は大丈夫なのかしらと心配したけれど、それが本当になってしまった。こんな気候だから…。とにかく軽視せず、無理をせずに、しっかり治してほしい。
勸玄クンも心配だし不安だろうな。

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2019年7月14日 (日)

巡業東コース:「口上」「引窓」「かさね」

7月2日 巡業東コース昼の部(北とぴあ さくらホール)
今年の巡業観劇は王子だけか…。寂しいけれど、王子で見られたのはうれしい。
「口上」
高麗屋の襲名披露公演なので、染五郎さんはいなかったが、白鸚さん、幸四郎さんの襲名口上があった。白鸚さんを真ん中に上手に向かって猿之助・高麗蔵、下手に向かって幸四郎・廣太郎・錦吾の面々が並んでいる。高麗蔵さんだけが女方の扮装。
白鸚:一通りの挨拶の後、昨年1月2月と、37年ぶりの親子三代襲名披露公演を歌舞伎座で行った。その後元号も変わり、全国各地でご披露している。(声高らかに何度も「王子」と。各地で同様のサービスをしているのだろうが、やはり嬉しい)
猿之助:高麗屋と澤瀉屋は初代猿之助から代々ご縁がある。またお2人は学校での先輩でもある。今年は1月、3月、6月、7月、8月と幸四郎さんと一緒で家族以上に長い時間をともにしている。明日は釧路へ出発するが、今日王子の地に立ったとたん、地方公演が始まるのだと実感した。(昔、東北へ行く時また帰ってきた時、大宮でああこれから旅が始まるのだな、ああ帰ってきたなとしみじみ思ったことがあったが、そういう感覚だろうか)
高麗蔵:初舞台は4歳、「義経千本桜」で白鸚の兄さんの義経に抱かれた安徳天皇以来、50何年お世話になっている。先月は染五郎さんの恋人役をやった。お芝居では自分が初恋の人である。(染五郎さんの初恋の人が巡業では幸四郎さんの妻!!)
錦吾:11歳の時、先代白鸚さんの内弟子になって以来66年。父も内弟子だったので合わせると100年以上になる。新白鸚さんとは同い年である。少年の頃より数々話はあるがここでは控える。(なんか含むところあり、みたいで聞きたい!!)
廣太郎:親類の一員にとどまらず、白鸚おじさん、幸四郎兄さんには世話になっている。(ここも親戚関係だったのか)
幸四郎:父との共演、猿之助さんとの共演はありがたく、刺激を受けている。出たがり屋なので口上を含め全演目に出演している。(何年前のことだろう、このブログにも書いたことがあると思うけれど、誰かが染五郎さんは本数契約だから、と冗談を言っていたのが未だに忘れられない。本当に奮闘公演が多いから、健康には十分気をつけていただきたいといつも思う)
白鸚:「引窓」で長五郎を演じる。しばし歌舞伎の世界をお楽しみください。(たっぷり楽しみました。ありがとうございます)

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2019年7月 9日 (火)

ウィーンの歴史を辿る:「ウィーン・モダン」

7月1日 「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)
クリムト展の記憶が薄れないうちに、と新美に出かけた。
クリムト、シーレと名前を出しているが、新美はモダンウィーンの歴史を総合的にたどる展覧会と言っていいだろう。クリムトについては、ウィーンの美術史の中で大きな存在として捉えているという感じだろうか。展示は絵画だけでなく、建築、家具、日用品、音楽、服飾などウィーンという街の全体像から日常生活までが窺えて非常に興味深かった。
展覧会は大きく4つの章に分かれ、それを大見出しとすれば、その中に中見出し、さらには4章では小見出しまで分かれている。

1 啓蒙主義時代のウィーン―近代社会への序章
2 ビーダーマイアー時代のウィーン―ウィーン世紀末芸術のモデル
3 リンク通りとウィーン
4 1900年―世紀末のウィーン―近代都市ウィーンの誕生。ここの内容が一番密度が濃い。

啓蒙主義なんて、懐かしい言葉だし、展覧会の構成も歴史の参考書のようで、学生時代に帰ったかのような気持ちで鑑賞した。以下、見出し分けが細かいので、全部には触れず、つまみ食い的に(作者、ほとんど知らない人名で覚えきれない。きっとすぐに忘れる)。それでも長くなるが、自分の記録のために頑張ろう。

1-1啓蒙主義時代のウィーン
まずは「ローテントゥルム門側から見たウィーン旧市街」。作者はヨハン・アダム・デルゼンバッハ(?)と(?)付き。ここに描かれているウィーンは城壁と斜堤に囲まれた街である。後に(1857年)、フランツ・ヨーゼフ1世によって城壁が取り壊され、斜堤の跡地に新しい地区が作られ、ウィーンは近代的な街へと大きく変化した。
しかしそれより前、マリア・テレジアとその長男ヨーゼフ2世の治世下(1740~1790年)、啓蒙主義によってウィーンの社会・文化には大きな変化が生まれた。
マリア・テレジアの肖像画(マルティン・ファン・メイテンス)には額飾りとして額の上部分に幼いヨーゼフ2世の顔が描かれているが、母と息子は目や口元がよく似ている。絵画であるから差し引かなければいけない部分はあるだろうが、2人の啓蒙主義に対する意志(幼いヨーゼフからも)が感じ取る。それは大人になったヨーゼフ2世の肖像画(ハインリヒ・フリードリヒ・フューガー)を見ても同様な印象を受けた。
1-2 フリーメイソンの影響
現在では秘密結社的に捉えられているフリーメイソンであるが、その目的は自由・平等・友愛・寛容・慈愛であった。「ウィーンのフリーメイソンのロッジ」(作者不詳?)は中の雰囲気がなんとなく伝わるし、モーツァルトが描かれているので、おおっと俄然興味が湧いた。「究極の愚か者」(フランク・クサーヴァー・メッサーシュミット)は「性格表現の頭像」の一つで、私には像の彼が愚か者というのではなく、人間の愚かさを愚弄しているように見えた。

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