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2008年8月

2008年8月31日 (日)

銀座3丁目で

歌舞伎座千穐楽の27日、「らくだ」を見るには遅すぎ、第二部までには間がありすぎるという半端な時間、はなみずき様akiのところでよく話題になっているKen’s 珈琲店に行ってみようと思った。ところが図々しいくせに人見知りで臆病な私、Ken’sさんを目の前にして怖気づいてしまった。お店が1階ならば、そ~っと外から覗いて、ドアを押すこともできたのだが、2階というのが私をためらわせた。未練は残るものの、先へ進みウロウロしていたら、傳左衛門さんをお見かけしたのである。ミーハー精神で後を追いたいところを自制して、銀座3丁目周辺をさらに歩いてみた。

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古い酒屋さんかなと面白がっていくと、

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でした。
この角を晴海通りのほうへ向かって曲がると、

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宝珠稲荷神社。1615
年三河の国深溝の領主・板倉重昌の江戸屋敷内に家内安全、火除けの神として祀られていたものが紆余曲折を経て1950年、木挽町の地に社殿、社務所が建てられ現在に至るそうである。ワイシャツ・ネクタイ姿の地元の方と思われる男性がさりげなく、でも丁寧にお参りしていらした。

一回りして歌舞伎座に戻ると、まだ少し時間がある。向かいにある刃物屋さん、いつもウインドウをちらっと眺めるだけなんだけど、ちょっと真面目に覗いてみた。 面白刃物(なんて言ったら危ないかな。実は爪切り)に惹かれて店内に入り、父が自分の爪切りが切れないといつもぼやいていたので、1つ買った。ルーペ付きなんていう興味深いものもあったが、意外と操作が面倒そう。で、普通のにした。それと、防災用品として小さなホイッスル。道具としての刃物をもっとじっくり見てみたかったが、怪しまれるといけないので、これだけでお店を出た。そして最後はそのお隣(だったかな)で、100円のお茶を買って、この日の銀ブラは終了。
町歩きは面白い。暑くなければもっと楽しい。
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2008年8月30日 (土)

チケットが止まらない

平成中村座、最初にBプロをとったのだけど、どうも気になって気になって、チケットサイトを覗いたら、上演日数が元々少ないからということもあるだろうが、Cプロがもうほとんど残っていない。となると、聞き分けのない子供のように、ほしくなる。で、ぽちっ。→ついさっき見たら、完売になっていましたshock
そして今朝、Aプロが気になって気になって(だってAプロは元々狙っていたうちの1つだったし、様子を見て後で買ってもいいかなあなんて考えてはいたのだ)、桜席がなくならないうちにと、ついにこれもぽちっ。
ああ、3つも取ったの、スゴい!!とひとさまのことに驚いた自分はナニ?
おまけに、こんなの(12月公演)も予約してしまった。
誰か、私を止めて〜〜〜

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2008年8月29日 (金)

納涼大歌舞伎第三部

827日 納涼大歌舞伎第三部千穐楽(歌舞伎座)
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「紅葉狩」

08082902momiji ごめんなさい、かなり寝ました。獅子モノ鬼モノ、どちらも好きなのに、一部の「三人連獅子」も含めて、全体にパッとしなかった気がする(3つの中では二部の「大江山酒呑童子」が一番面白かったかな)。
勘太郎クン、いろいろ聞いていた評判どおりだったかな。出てきたときは「あれ、いい感じじゃない」と思ったのに、扇の扱いにも失敗があったし、安定感がなかったというのか。従者の高麗蔵さんと亀蔵さんの踊りがうまいと思ったし、面白かった。鶴松クンの踊りはほとんど見逃した(残念)。巳之助クンの山神は、悪くはないのだけど(声が裏返ることが多かったのも、ね)、私としては亀治郎さんのドラマチックな山神を見ちゃったから、どうしてもドラマ性を求めてしまって……わがままな観客です。
「愛陀姫」
08082903aida_2 新しいものを上演すれば賛否両論あるのは当然だろう。何でもあり、懐の深い歌舞伎だし、江戸時代にも新しい試みが色々行われ、そのたび何だかんだとあっただろう。そう考えればこういう歌舞伎があってもいいのではないかと思った(それなりに面白かったけれど、見るのは一度でいいかな…と言いながら、再演されたら又見そう)。音楽もそれほど違和感は覚えなかった。
ただ、セリフ(=言葉)は大事だ。時々ひどく落ち着かない気持ちになるのはなぜだろうと考えたら、「愛する祖国」といった、恐らくは明治以降に作られた言葉や表現が使われているのだ。こういう言葉が出るたび、なんだかお尻のあたりがむずむずする気分になった。菊五郎さんの「メタボ」や菊ちゃんの「お尻かじりむし~♪」なんかとは全然違うんだよなあ(つまり、こっちのほうが違和感なく溶け込んでいるということ)。
独白や傍白が多く用いられており、やや説明的ではあるけれど、登場人物の心理がわかりやすくなった。その間時間が止まって、周囲の人間の動きが一時停止になる。濃姫(勘三郎)、愛陀姫(七之助)、木村駄目助左衛門(橋之助)の3人同時の傍白の場面(同時といっても、もちろんセリフがかぶるわけではない。それぞれが今考えていることを1人ずつ喋る)は、「ウエストサイド物語」の決戦「トゥナイト」を思い出させた。

濃姫(勘三郎):この作品が生きたのは、なんと言っても勘三郎(以下、敬称略)が真面目に取り組んだ濃姫による部分が大きいと思う。嫉妬に苦しみ、さんざん苦しんだ挙句、自ら破滅を招く(愛陀と駄目助左衛門の2人は愛を確かめ合って死んでいくのだから、本人たちは幸せなのだろう)。ああ嫉妬にとりつかれた顔はいやだと思いながら、でもその苦悩がよく伝わる。誰しもがもつそういう感情をコントロールできない恐ろしさ。濃姫はオセロであり、イアゴーである、なんて思ったりもした。
愛陀姫(七之助):可憐で声がリンとして美しく、清冽な強さを感じた。愛において濃姫とは対極にある。駄目助左衛門への迷いのない愛、しかし2人はロミオとジュリエットである。どちらかが国を裏切らなくては結ばれることはない。それが愛陀を苦しめる。愛陀が故郷を思うセリフのなかに、「ひなびた土埃の立つ田舎の一本道。その土埃さえもが懐かしい」というようなのがあった。私はこういう道がとても想像力を掻き立てられて好きなので、ここはちょっと胸が締めつけられるような思いがした。当時の人にとって、山国・美濃の風土が厳しかったこともよくわかる。
木村駄目助左衛門(橋之助):一途な若者の清潔感があり、濃姫の情けを振り切って死を選ぶところなど橋之助のもつすっきりとした潔さが生きたとは思うのだが……ただ、なんとなく、この人物のキャラを摑み損ねた気がする。2人の女性にそこまで思われるほどの魅力を感じなかったというか……。
インチキ占い師荏原と細毛(福助・扇雀コンビ):もう最高。実際とは逆に荏原が女、細毛が男という、いかにも怪しげな連中(この名前だけで客席大ウケ)。福助はこういう役になると水を得た魚だ。ちょっとノリ過ぎっていう感もするけれど、研辰の姉妹を思い出した。やはりノリにのっていた扇雀は、むしろそれが生き生きとした感じを与え、女方よりずっといいかもなんて失礼なことを思ったりした(あ、「つばくろ」の女将はよかったです)。
占い師が国を動かすなんてことは古代なら当たり前だし、この時代だってあっただろう。しかしやがて荏原は「人間の考えていることが見えるようになった」と言い、大勢の人間の考えていることを神のお告げにして国を動かしていく。まさに集団ヒステリーの怖さである(「闇に咲く花」を思った。神は戦争に利用されるものなのだ。だからあの作品では、神社は野の花であるべきだと伝えていたのだ)。
舞台装置とくに蛇腹にした塀や建物が面白かった。蛇腹を広げれば、そこに建物が現れ、閉じれば建物はなくなる。愛陀が駄目助左衛門をだまして尾張のためのスパイ役をするように父・織田信秀に強制される場面では、この塀の蛇腹が風でがたがた揺れ動く。愛陀の心の揺れを表したものと思われ、なかなか見事と感心した。

原作のオペラはほとんど知らない。王女アイーダが捕虜になった国で奴隷として宮殿に仕え、その国の将軍ラダメスと恋に落ちる、その国の王女もラダメスを愛している、というようなストーリーだったかな、でも確かすっごい立派な宮殿に大勢の登場人物が集まっている場面だけ写真で見たことがあるな、という程度。音楽も行進曲しか知らない。以上、そういう私の目で見た感想でした。で、逆にオペラの「アイーダ」を見てみたくなったのでした。
<上演時間>81
カーテンコール:1回目は出演者全員を舞台前面に出して、感動。2回目は勘三郎さんが客席の野田さんを探し、野田さんが真ん中の通路から舞台にひょいと飛び乗った。スタンディング・オベーションの中(最近、なんでもスタオベって気がする。前の人が立てば見えなくなるから、私も立ったけど)、さかんに勘三郎さんが野田さんに挨拶するよう、手真似で勧める。何しろ大拍手だから、口で言っても聞こえないのだ。野田さんは「いやいやいや」という感じで遠慮し、ではというので2人でジャンケンを始めた。野田さんがチョキ、勘三郎さんがパーで、結局勘三郎さんが「また、歌舞伎を書いてくださるそうです」と一言だけ。
おまけ:こういう作品では、登場人物の名前も一つの楽しみだが、モテモテの男に木村駄目助左衛門とは、と訝しく思っていたら、どなたかの感想で種明かしを知った。その場面になったときは、ああこれがそうか、とニタリとした。種明かし→美濃の対織田軍総大将を誰にするかを荏原が占う。濃姫には木村の名前を言えと脅され、切羽詰った荏原は、なんとなく「ら」と発音してしまう。「らのつく名前なんて日本にはなかなかないぞ」と居並ぶ人たちからつっこまれ、又々切羽詰った荏原は次に「だ」と言う。そうやって「ら・だ・め・す」という4文字が神の選んだ名前とされる。それに当てはまる人物は? 「きむらだめすけざえもん」っていうわけ。よく、こんな名前考え付いたものですな。

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2008年8月28日 (木)

納涼大歌舞伎第二部

08082801sensyuraku 827日 納涼大歌舞伎第二部(歌舞伎座)
仕事の都合で少し早く着いたのだけど、「らくだ」の幕見に間に合うほどではなく、ハンパな時間をちょっとブラブラして過ごしました。そうしたら、傳左衛門さんと出くわした。こちらはしょっちゅう演奏を聴いて知り合いみたいな気分でいるから、はっとして、危うく声をかけてしまいそうになったけれど、あちらはそうじゃないものね。「らくだ」と「つばくろ」は出番がないので、束の間の休息を取りに外へ出られたのかな、なんて思いながら、後姿を見送りました。
第二部と第三部を続けて見ましたが、まずは第二部の感想から。

「つばくろは帰る」
08082802tubakuro 登場人物に悪い人がほとんどいない(<ケチ十>は悪いって言っていいのかどうか)。それなのに、それぞれの人が抱える人生のつらさも伝わってくる。
母恋し、父恋しの安之助(小吉)が何と言ってもいじらしい。4歳のときに父をなくし、今は京都・祇園にいるという母をたった1人で訪ねる旅の途中、頼れる大人の文五郎(三津五郎)と出会う。文五郎は、京都のお大尽の依頼で江戸風の家を作るため弟子たちを先行させ、自分は1人京へ向かっているのである。宿で夕飯を前にして「こんな親切にされたことは初めて」と涙を流す。幼い少年はそれでも明るく健気で、大工の親方である文五郎は安之助に仕事を仕込むいっぽうで父親のような愛情を寄せる。文五郎の安之助に対する気持ちは、観客の安之助に対する気持ちでもあろう。文五郎には三次郎(勘太郎)と鉄之助(巳之助)という2人の若い弟子がいて、この子たちもまた、兄のように安之助を可愛がる。2人の仲のよさが文五郎の親方としての大きさを実証している。
その親方・三津五郎さんが実にカッコいいし、若い2人も気は荒いけれど心根がやさしい。江戸っ子はこれだからいいよなあと思う。勘太郎クンはおとうさんによく似てきたなあと思っていたけれど、声(ちょっと嗄れさせたり、笑いを含んだり)や喋り方が勘三郎さんに思い切りそっくりな時があって、驚く。巳之助クンはこの役によく合っているというか、役をとてもよく摑んでおり、この後の山神も含めて、これまででこの役が一番「うまい」と思った。2人によって、実に生き生きとした若者像が浮かび上がった。
実直で不器用な江戸の若者に対して、祇園の舞妓たちは華やかで明るい。七之助クンのみつが勘太郎クンの三次郎をリードして指きりげんまんするところなど、2人が兄弟であることも含めて微笑ましい。
小吉クンは大きな役をよく頑張った。セリフや立ち姿にやや歌舞伎的ではない印象を受けたが、安之助という役をきちんと理解しているのだろう、この年齢で飄々とした味わいを含み、笑顔に愛敬があり、健気さと同時に良い意味のしたたかさを感じさせる。やがていい役者になることを期待させた。
京女の君香(福助)だけど、福助さんには、はんなりさはあまり感じられず、むしろしゃっきり感のある江戸っ子芸者のような印象を受けた。江戸で安之助を生んだのだし、元々江戸出身なんだものねえ、とはじめは誤解してしまったほどだ。義理と愛情の板挟み、このまま母子の対面は実現しないのかとはらはらしたが、安之助がおっかさん(君香)の胸に固く抱きしめられたときは涙がぽろぽろ出た。最後に雪の中、息子の旅立ちをそっと見送る姿は、たとえ江戸と京都に離れても母子の心はしっかり結びついたという晴れやかな表情で感動した。でも福助さん、やっぱり時々表情作りすぎ。
江戸っ子と京女、2組の恋が結ばれないというのが面白い。大人の恋(文五郎とお君。いずれ2人が互いを好きになるのは見えていた)はしっとり切ないし、若者の恋(三次郎とみつ、)は瑞々しく微笑ましい。女スリ(高麗蔵)、三島の宿の主人(権一)といったチョイ役の脇の役者さんがよい。中で特筆しておきたいのは、物語の最初に出てくる茶店の婆さん(菊十郎)。この婆さんがたまらなくいいのよ。人情味と、1人で茶店を切り盛りしているしたたかさ。菊十郎さんは好きな役者さんだけど、こんな婆さんをやらせても存在感抜群、じつにいい味出して、ますます好きになっちゃった。
暗転による場面転換がけっこう多く、また舞台の裏でトントン作業する音が聞こえてきたりもした。わずか23分で場面を変えてしまう技術にいつも感心させられる。

「大江山酒呑童子」
08082803oeyama 事前に演目がよくわかっていなくて、扇雀さんが出てきたとき義経かと思った。四天王も山伏姿だったし。扇雀さんが名乗ったのでああ、頼光か、鬼モノかとわかったような次第。
スッポンから飛び出してきた酒呑童子(勘三郎)が女の子みたいで実に可愛らしい。童子の飛ぶ姿が人形で、墨絵の山の頂上に近づくに従ってだんだん小さいものに変わっていき、本火でボっと燃えたのには思わず「おお」と声が出た。
童子にさらわれてきたという3人の女(福助、七之助、松也)の踊りはちょっと寝てしまい、松也クンを半分くらい見逃したのがめっちゃ悔しい。タレ目の三枚目化粧をした松也クンも可愛いでないの~。
四天王の1人、亀蔵さん。一瞬、らくだが思い出されてうっと笑いが出そうになったが、前の役を観客が引きずってはいけないと堪えた。
お目当ての鬼退治。鬼に対峙する四天王たち、足を開き腰を落とし刀を振り上げる形は、勘太郎クンが一番腰が低く足の開きが大きくて、梅王とか思い出した。鬼の館のミニチュアはちょっとちゃちい気がしたが、最後の大仕掛けは面白かった。殺された鬼の乗った台が垂直に立てられ(なぜ、舞台中央に台が置かれているのかと不思議に思っていたが、こういうわけだったのか)、上からざ~っと赤いビーズなんだか小豆なんだかが落ちてくる。血を表しているのでしょうかね(鬼も赤い血を流すんだ。何となく鬼の血って青いように思っていた)。
酒は身を滅ぼします。
追記:音楽がとてもよくて、とくに鬼退治のときのお囃子が素晴らしく、演技も盛り上がって目が離せないのに、聞くだけということにガマンできず、お囃のほうにもついつい目がいった。
<上演時間>「つばくろ」110分、幕間20分、「酒呑童子」50

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2008年8月27日 (水)

後悔の1杯

お酒を飲むときは、まずナマである。1杯目は一気に半分くらいはいってしまうからペースが早い。そこで、もう1杯、となる。
これが残り少なくなってくると、少し考える。酔っ払わないためにはチャンポンにしないほうがいい。でもビールはおなかがふくらむ。
そこで、時によって、3杯目のbeerにしたり、焼酎のお湯割りにしたり(最近、梅干抜きでもおいしく感じるようになってきた)。
それでやめておけばいいものを、やはりアルコールによって気分が昂揚している、もしくは神経が麻痺しているのだろう、ついついもう1杯いってしまう。場合によってはさらにビールで締めたりもする。
問題は、この最後の1杯なんである。いっつもこれで失敗する。つまり、この1杯のために帰路以降の記憶がほとんどトンでしまうのだ。入浴だけはちゃんとしているらしいけれど……。元々酒には強くないから、体調によっては翌日ひどい頭痛に悩まされる、脂汗が出る、食欲はまったくない(いわゆる二日酔いというヤツです)で、懲りない自分にハラが立つ。
で、昨日、仕事後飲みにいって、寝不足のところへついつい焼酎2杯いっちゃったのですよ。というわけで、昨夜の記憶はほとんどなし(幸い、二日酔いにはなっていないようでcoldsweats01)。コメントをいただいた方、申し訳ありませんでした。

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2008年8月25日 (月)

平成中村座11月公演にハムレット気分

平成中村座の11月、「法界坊」なんですねえ。私は平成中村座って初めてなので、10月の「仮名手本忠臣蔵」に行くつもりでいるけれど(全部はとても無理なので、4つのプログラム中2つ選びました)、そういう小屋での「法界坊」も見てみたい。
でも、やっぱり資金が苦しいし…「仮名手本忠臣蔵」のゴールド会員発売日は明日だし、どっちかパスすべきか、両方見るべきか、今晩一晩ハムレット状態coldsweats02

「法界坊」
11月1日(土)~11月25日(火)
松席・竹席 14,000円 梅席11,000円 桜席10,000円 お大尽席35,000円

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華やかさの中に漂う昏い怨念

82324日 第6回亀治郎の会(国立劇場大劇場)
京鹿子娘道成寺
1日目はオペラグラスなしの3階席から、2日目は俊寛以上に舞台が見えず(亀ちゃんはほとんど見えなかったと言っていいくらい)、もう諦めて音楽を聴きながらところどころ心地よく寝てしまったから、感想はちゃんと書けない。でも一応自分の記憶のためにも書ける範囲で残しておこうと思う。
所化たちの場面は極力カットし(傘踊りは入っていた)、花子の怨念に焦点を当てているように感じられた。花子は花道スッポンから登場する。亀ちゃんの美しいこと。こういう姿を見ると、やっぱり亀ちゃんは女方だなあと強く思う。
道行が終わり本舞台に移ると、一面の桜の書割が左右に開き、道成寺の山門が現れ、所化6人が出てくる。問答はほとんどなく、白拍子なら舞ってもらいましょうということになり、その場で烏帽子をかぶり、花子の舞となる。山門の書割は引き上げられ、舞台には長唄連中が登場している。
はじめにスッポンから登場したことでも強調されるように、清姫(蛇)の怨念が強く感じられ、時々キッと鐘を見上げる目に昏い情念の炎がちらついているように見えた。面白いことに、引き抜きなどの派手な演出はなかったにもかかわらず、舞台には明るい華やかさが満ちている(ああ亀ちゃんはまさに華のある役者・踊り手なのだ)反面、どことなく昏さが漂っており、そういうところでも清姫の怨念が見えるようだった。
踊りは切れよく滑らか、という印象だった。とくにしゃがんだまま鞠をつく動作は滑るような、まるで花子が乗っかった板が誰かの手によって引っ張られているような、そんな滑らかさだった。
亀治郎さんの踊りにはドラマがあると、いつもは思うのだけれど、この花子からはドラマ性というよりは、舞の美しさ、その奥に込められた怨念の暗さを感じ取った。亀治郎さんは「娘道成寺」は苦手だと言っているが、俊寛同様、ここにも亀治郎バージョンのチャレンジ精神が窺えて、次回という機会があったらちゃんと見たいと思ったのでした。
<上演時間>65分。俊寛から35分の休憩を挟んでの上演だったが、俊寛でかなり時間が押し、2日とも全体で30分は延長された。食堂の方が「亀治郎さん大熱演だから、時間が遅れるかもしれません」と念押しするほど。
カーテンコール
花子が鐘の上にあがって、蛇のウロコ帯をさっと流し、所化たちが祈りを捧げる中、幕が閉まる。拍手は鳴り止まない。ややあって、定式幕が再び開かれる。亀ちゃんが出てきて、道成寺で裃後見を務めた段之さんと段一郎さん、黒衣の澤五郎さんを舞台中央に連れ出す。裏方としてここで観客の拍手を受けたのはこの3人だけだったが、3人は裏で亀治郎さんを支えた全員を代表して登場したのだと思った。そういうメッセージを亀治郎さんから受け取ったような気がした。だから、全員分の拍手を送った。
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人が引っ込み亀ちゃん1人になってもまだ拍手は鳴り止まない。立ち上がる人たちも出てきた。私も立ち上がった。亀ちゃんは下手、上手、2階・3階席へちょっとユーモラスな表情と動作で挨拶をし、最後は舞台中央に正座して深々とお辞儀をした。2日間、大劇場がいっぱいになるほどのファンが見に行ったのだ。この重みをしっかり受け止めてますますいい舞台を見せていただきたいわ~。
なお、来年は小劇場に戻り、879日の3日公演になる、とプログラムに書いてありました。
プログラム
ピンクのハードカバー、単行本のようなイメージである。3分の2は本公演関係、3分の1は写真集というか…。ヘンな顔ばっかりcoldsweats01 中で、reckless(無鉄砲な、向こうみずな)と表現されたおかっぱ頭の女の子に変身した顔がとってもキュート。拡大して飾っておきた~いlovely
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←お隣、小劇場の「稚魚の会・歌舞伎会合同公演」。今回は行かれないので、とても気になっていた。満員御礼の札を見ると、やっぱり見たかったなあと残念さが増す(詳しい感想はこちらをどうぞ)。

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俊寛再び

824日 第6回亀治郎の会(国立劇場大劇場)
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日続きの観劇、今日の席は前方だったにもかかわらず、半端に上手側だったのと、前の人の頭と頭の間からやっと舞台を覗き見るという感じで、首はコリコリ(まだ痛む)、コストパフォーマンスの悪さに今日だけの観劇だったらかなりつまらん思いをしただろうな、というところでした。
それでも「俊寛」はとてもよかった。こういう重い芝居を続けて見たら退屈するかもしれないぞと心配していたのだが、「俊寛」がこんなに面白いと思ったのは初めてかもしれない。一つには、昨日も書いたが、従来型と変えたためにわかりやすくなったことがある(昨日はその変化に気を取られ、芝居として楽しむまではいかなかったような気がする)。またもう一つには、康頼(亀鶴)、丹波少将(亀三郎)、千鳥(尾上右近)の心情がよく摑めたことがある。
これまでの「俊寛」では、私自身が俊寛だけの気持ちに焦点を当てがちで、他の人物を摑みきれていなかったようだ。今回は、1人俊寛の名前だけが赦免状に見当たらない、その時の康頼と丹波少将の表情が曇ると同時に必死になって一緒に名前を見つけたいという様子が伺えて、胸が熱くなった。またいよいよの別れの時の2+千鳥の心からの惜別の情も心打たれる。右近クンからは今時の女の子という感じを受けるのだが、少将を頼り、俊寛を実の父とも慕う純で優しい心根がよく現れていて、いちいちの仕草、表情に涙を誘われる。
そうそう、昨日の観劇記で、「さらば」で別れを告げるのではなく、と書いたが、搾り出すような「さらば」があって、その後に「未来で」と言うのであった。
俊寛は船が動き出したとたん、はっと我に返ったような表情を見せるが、このとき「俺は一体何をしたのだ。なぜあんなことをしたのだ」と思ったのではないだろうか。妻を殺され、都へ帰っても仕方がないという気にもなっただろう、それならいっそ自分は残り、哀れな千鳥を少将とともに都へ行かせてやろうと真剣に考えもしただろう。だから瀬尾殺害という、罪人としては取り返しのつかないことをやってのけた。しかし現実に船が去ろうとしている今、一瞬後悔の念に駆られたのではないか。千鳥云々よりも、1人置いていかれることの恐怖に駆られたのではないか。
それから、昨日は、手を振り船を追いかける動作が大げさでないと書いたが、これは舞台をばたばたと賑々しく(変な表現だけど)走って追いかけるというのではない、という意味であって、亀俊寛もやはりそれなりに手を振っているのであった。そして本舞台から花道へかかるあたりで一度「お~い」と叫んだあと手を耳にかざし、船からの声を聞き取ろうとする。これが俊寛の孤独感を増した。岩が奥からぐっとまわって出てくると、俊寛の粗末な住まいがセリ下がって行くことはもう書いたが、これれによって海の大きさが強調され、鬼界ケ島の孤島ぶりが印象づけられる。

昨日あまり触れなかった瀬尾と丹左衛門。門之助さんの丹左衛門は端正で人情味がにじみ出ている。ただ、瀬尾と一緒に下船したのはどうかなあという気もする。俊寛に別の赦免状があるよ、と教えるのに、俊寛が嘆いている間その場でそれを眺めているのは不自然な気もしないではないし、せっかくの門之助さんのよさが生かされず、瀬尾より存在感が薄い気がしたのがもったいないなあと思った。俊寛に別れるとき扇を少将に持たせたのは初めて見た。
瀬尾は私がこれまで見た5回の「俊寛」中3回は段四郎さん(他は勘三郎vs彌十郎、右近vs 猿弥)で、もちろんその前にも何回も演じているからすっかり手に入った役であろう。それでもこれまでで一番のびのびと大きく演じているように見えた。憎々しさと融通のきかなさ(役人としての職務に忠実という見方も…)、息子相手に自分の持ち味を十分出し切ったという感じだろうか。私としては一番納得のいく迫力と存在感だった。
それにしても「俊寛」は吉右衛門さんで完結したはずなのに、6回目にしてこんな俊寛を見せられたら、まだまだ完結できないではないか。

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2008年8月24日 (日)

心をかき乱された俊寛

823日 第6回亀治郎の会(国立劇場大劇場)
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24日とたった2回の公演だから、亀治郎さんを見たいファンで入口は長蛇の列、プログラム売り場はラッシュの電車並み。私もここだけは大汗かいてゲットしました。そうしたら何のことはない、あとでスタッフが座席に販売に来たり、2階でも売っているようであった。
この日の座席は3階かなり上手寄り席。俊寛のあの素晴らしい海と道成寺の鐘がお目当てである。でも、なんと、オペラグラスをもつのを忘れてしまった。ところが、お隣の方と言葉を交わした折に何となくグチったら、ご親切にも時々ご自分のオペラグラスを貸してくださったのである。本当にありがとうございました。また開演前と幕間には両隣の方との楽しい芝居談義で盛り上がりました。一期一会ではありますが、亀治郎さんを通じてのご縁でした。
今日、もう一度見に行くので、大急ぎで、「俊寛」だけ感想を。
俊寛
亀ちゃんのことだから、絶対何かやってくるぞ、と睨んでいたが、おおこう来たか、と驚いた。それによって、これまで「俊寛」で気付かなかったことがいくつか浮き彫りになって、人物の気持ちもよりわかりやすかったような気がする。
たとえば、私の知っている俊寛は、浅葱幕が落とされると舞台下手奥から海草を手に提げてよろよろと登場する、康頼と丹波少将は2人一緒に花道から登場して俊寛を訪ねる、千鳥を俊寛に紹介しようと花道のところで呼びかけるのは康頼である。御赦免船は上手からやってきて、丹左衛門は瀬尾がさんざん俊寛をいじめてから下船する。
亀治郎版俊寛は、浅葱幕が切って落とされると舞台中央からわび住まいごと板付きでセリ上がってくる。康頼と丹波少将は別々に俊寛のところにやってくる。少将は花道から、康頼は舞台上手の岩間の細い道を降りて。これは鬼界ケ島の険しい地形を印象付けて、俊寛たちの置かれた状況の厳しさが強く胸に迫ってくる。またこういう地形ではなかなか3人が一堂に会する機会も少なかろうと察せられて、従来の平坦な舞台よりわかりやすいと思った。3人で語らうときの並び位置も俊寛を中央にしているのが、絆を感じさせる。許嫁となった千鳥を呼びに立つのは丹波少将自身である。私はこのほうが素直に納得できて好きである。御赦免船は下手から現れ、丹左衛門は瀬尾の後ろに続いて下船する。
後でプログラムを読むと、これは近松の原作を踏襲しながら前進座や澤瀉屋のやり方の<いいとこどり>をしたらしい。康頼が岩間の険しい道を降りてくるのは、俊寛が餓鬼道に落ちた我が身かと見るという意味があるのだそうだ。なるほど、俊寛の思いを表すためには、別に吉右衛門さんや幸四郎さんの型でなくてもいいわけだ。
であれば、最後も亀治郎さんなりの工夫がみられる。「さらば」で別れを告げるのではなく、「未来で」の言葉を互いに交わす。「お~い」のタメがたっぷりしている。まわりを海に取り囲まれ(このとき、俊寛の住まいは再びセリの底へと下がっていく。上から見ていると、セリのところには広い穴があいたままになっている)、岩にのぼって船を見送るとき、岩から落ちそうになるくらい身を乗り出し、がっくりと岩壁に倒れこみ、やがて頭をあげて、身を乗り出したまま沖の船を見送る。
このラストにはひどく心をかき乱された。これまでの俊寛は、狂気のように「お~いお~い」と手を千切れんばかりに振ったあと、孤独と諦めの境地で静かに沖を見つめるのであった。この悟りにも似た俊寛の姿が胸を打つのである。その後の俊寛の孤独を思いながら、気持ちを昇華させることができるのである。しかし亀治郎俊寛は手を振り船を追いかける動作を大げさにはしない。それでいて最後まで未練を見せている。諦めきれない、全然悟ってもいない、あまりに人間的で、心を乱されるのではあるが、ああこういう幕切れもいいものだと思った。

亀ちゃんの俊寛は、表情がよく見えなかったのだが、セリフ(段四郎の口調に似ている。猿之助さんはよく知らないが、きっと猿之助さんにもにているのだろう)や仕草で十分気持ちが伝わってきた。赦免状に自分の名前がないことを知り、「ない」「ない」と数回繰り返す。その口調の違いに絶望が現れていて、涙が出た。瀬尾が「清盛公の厳命じゃ」とか言って瞬間と睨み合う。段四郎さん(瀬尾)と亀ちゃんの親子対決は見ごたえがあってドキドキしたが、顔つき合わせて睨み合う場面に観客席から笑いが起こったのはどういうことか。
千鳥の右近クンがとてもよい。初々しくて、丹波少将に甘えかかるのも娘らしい。俊寛と瀬尾の死闘を後ろではらはらやきもきしながら見ているのも可愛い。俊寛のかわりに船に乗るなんてとてもできない、といやいやする仕草に真情が溢れている。強引に千鳥を船に乗せる俊寛の父親としての真情とともに涙を禁じえない場面だ。先月の「高野聖」といい、右近クンの成長著しい。都に帰る丹波少将と別れなければならないことを嘆いているとき、右近クンの足が砂浜として敷かれている布を引っ掛けてしまった。そのため、その下から浪布が少し顔を出し、はっとしたが、黒衣さんがさりげなく直しにきた。

この「俊寛」は鬼界ケ島の人々の絆の強さを感じさせる。なかなか相まみえる機会はなくとも真に互いを思い遣る空気が濃密に漂っている。御赦免船を見つけた4人(俊寛、康頼、丹波少将、千鳥)が手を取り合って喜ぶ様子は、共感でただでさえ涙が滲むのに、後の展開を知っていればこその悲しさが押し寄せてくる。少将が千鳥を置いて行くなら自分も残る、という気持ちには強い愛情がある。康頼の俊寛に対する姿勢には父親への敬愛が見える。「未来で」と言い交わして別れる康頼と少将からは、俊寛への思いが切々と感じられる。役者さん同士のチームワークの良を思わせる。
<
上演時間>88分

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高原ゴォォォ~ル

823日 対ジュビロ磐田戦(埼玉スタジアム、1834キックオフ、45,253人)→31で勝利
08082401vsjubilo 08082402vsjubilo
今日は、亀治郎の会、そしてサッカーとハシゴであった。寒いくらい涼しいのは有難いけれど、雨の予報もあり、観戦支度が大仰になって、とても歌舞伎を見に行くスタイルではない。半蔵門駅のコインロッカーに預けようと思ったが
300円もするので国立劇場のコインロッカーを使った。10! と正解でした。

前半はルーズボールが全然取れず、ジュビロのほうがずっと攻撃のいい形ができていた。だた、ジュビロはフィニッシュがまずいというか、シュートの精度が低かった(こちらも同じですが)。とはいえ、42分カレン・ロバートについにやられた。又かよ~とガックリきてトイレに行ったら、その間になんと故障が回復したポンテがお返しゴール。見逃してしまった~bearing

本日最大の感動は、古巣相手にダメ押しゴールを決めた高原だshine。ストライカーらしいゴールを決めるべき好機が何回かあったにもかかわらず、キーパー正面だったり、枠をはずしたりしていた高原。後半37分にはエジミウソンとの交代が告げられた。しかし、審判の掲げた「7」という数字を見た阿部ちゃんがすかさず「違う違う」とばかりに手を振ってベンチに合図。だって、ポンテがもういっぱいいっぱいで、本人もプレーを続行する気がなく、代えるならこっちだったのだ。すると、審判は「7」の数字を引っ込め、しばらくして改めて「10」を表示した。よしよし、私たちだって、高原が交代ってどういうことよ~とannoyだったのだ。あそこで代えていてごらんよ、高原の見事なゴールシーンは見られなかったことになる。まったく、監督、なにやってんだか。

久しぶりにすきっと勝てた試合だが、オフサイドで幻のゴールに終わったジュビロの1点が入っていたら、どうなっていたかわからなかった。しかしジュビロはブログを通じてお知り合いになったnon様のご贔屓チームであり、私も割と好きであるから、ちょっと複雑な思いである(以前にも書いたことがあるが、遠来のサポーターたちが肩を落として帰っていくのを見るのはつらい。私たちも何年もそういう思いをした経験があるから。でも、だからといって、ホームで負けるわけにはいかないしdespair)。直接対決では譲ることはできないが、これから何とか崖を這い上がってほしいと願っている。しかし川口はずいぶん衰えたんじゃないかなあ。

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2008年8月23日 (土)

陸上の華、400リレー

興奮しました~っ。水泳の北島、メドレーリレー以来の大興奮dash
ただでさえリレーって盛り上がるのに、アメリカ、イギリス、フランスといった強豪がバトンをつなげられず脱落した決勝、絶対メダルのチャンスと思って、最初から大きな声をあげて腕振り上げて応援した。
って、実は私、この時間車に乗っていて、「スタートまでに帰りたい帰りたい」と念じながら間に合わなかったcoldsweats02 で、ラジオで聞いて、きゃあきゃあ言ってたわけ。運転しながら腕を振り上げていたわけ。
みんな、よくぞふんばった。チームワークの勝利だよね~scissors 足の調子が万全ではなかったという塚原選手、個人競技(200m)では1次予選敗退の末續選手、同じ200mでは1次予選通過も準決勝に進めなかった高平選手(高平はボルトと並んで走ったことが大きな糧となるだろう)、そしておそらくは今大会が最後の五輪であろう朝原選手(朝原も超人だ)、それぞれ個人ではかなわなかったことが、4人の力が相乗効果となって実現した。だからリレーって面白いよね~。

しかしバトンワークがいかに重要か。女子の予選でもアメリカが失敗し、決勝では何とジャマイカの第3走者にバトンが渡らなかった。じっと前を見据えて第3走者を待つうちに、「あれ、他のチームが来ているのにうちは来ないぞ」と不審そうに後ろを振り返ったジャマイカの第4走者。その場にしゃがみこんで、寂しそうな姿が印象的だった。見ているこちらもジャマイカの金を期待していただけにとても残念だった。イギリスも第4走者が走ることはなかった。アメリカとイギリスは男女ともバトンワークに失敗したことになる。

それにしてもジャマイカは強い。ボルトは速い。この快足(怪足かsign02)を見ていると、思いっきり気持ちよい。

080823run
設置当時、まさか9秒69なんて記録が出るとは思いもしなかったことがよくわかる。

おまけ:夕方、BMXの準決勝、決勝をやっていた。BMXって昔「BMXアドベンチャー」という子供向け映画で初めて知って、私も乗りたいなあと思っていた。ところが、競技を見てビックリ。スリルたっぷりのスピードと激しい当たり。転倒する選手もたくさんいる。それなのにたいがいちゃんと起き上がって、中にはレースに復帰する選手もいる(もちろん、タイム的には大きな差がついちゃってるけど)。格闘技入っているこういうスポーツは私、大好きなのだ。

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2008年8月22日 (金)

心に染み入る正義と純愛:新・水滸伝

821日 「新・水滸伝」(ル・テアトル銀座)
21
世紀歌舞伎組と銘打った公演を見るのは、一昨年の「雪之丞変化2006年」(5月、中日劇場)に続いて2回目。

猿之助さんの熱い思いが伝わってくるような舞台であった。梁山泊のアウトローたちの友情とチームワーク、卑劣を憎む正義感、未来へ向かって突き進もうという夢、それは腐敗した朝廷側にあってなお正義の心を持ち続ける人をも動かす。ある意味勧善懲悪的な冒険活劇、面白くないわけがない。とはいうものの、今年1月に同じこの劇場で見た「ジンギスカン」が惨敗だったから(あの芝居、なぜ、あんなに安っぽかったのだろう)、多少不安がないでもなかった。
だけど、そんな不安はすぐ拭い去られた。21世紀歌舞伎組はみんな、その人物になりきって感銘を与えてくれた。
感銘を受けた<なりきり>
特記しておきたいのは弘太郎(彭玘:ほうき)、猿四郎(祝彪:しゅくひょう)、猿琉(李逵:りき)の3人である。弘太郎さんの若々しい一途さには胸が熱くなり涙がにじみ出た。林冲(右近)への思いを吐露する姿には、ヤマトタケルに心酔するヘタルベが重なる。体制側の祝彪は、この芝居の視点からみれば明らかな悪である。猿四郎さんはとても存在感のある役者さんで、いわゆる<いい人>でも味があるが、今回は悪役としての魅力を存分に発揮していた。猿琉さんご本人が<筋肉バカ>と表現している李逵は、自分より強いというだけで林冲をアニキと慕う単純明快な暴れん坊。鋭い眼光、メリハリのある動きがユーモラスでもあり、私の目には一番いきいきとして見えた。
さまざまに重なる林冲
右近さんは鬱屈した前半から、梁山泊の仲間としての意識、未来への希望の中心的存在としての自覚に目覚める姿が清々しい。21世紀歌舞伎組そのものだね、なんて思った。梁山泊の首領・晁蓋(ちょうがい)、金田龍之介さんの大きさの前ではまだまだ若造だけど、ここでもヤマトタケルと帝の姿が重なって、タケルが渇望していた父の愛がここで得られたのかもしれないと思うと同時に、右近さんの猿之助さんに対する思いが溢れているように感じられて、込み上げてくるものがあった。
それぞれの個性が生きる女方
笑三郎(姫虎)、笑也(青華)さんはちょっと男が入っていたかなあ。でも、役自体が男前な女だからいいか。姫虎は梁山泊の女親分的存在で、人物として大きさが出なくてはいけない。21世紀歌舞伎組にあって、この役をできるのはやっぱり笑三郎さんしかいないよな、と思った。青華は朝廷側の女丈夫で、纏足をしていないことから、婚約者である祝彪からも嘲られている。纏足という残酷な伝統の悲劇が裏に感じられ、それを踏んでいない女性の悲劇が表に浮かび上がる。女丈夫というには笑也さんの個性としてちょっと線が細いかなと思う部分もあったが、この哀しみと固く閉ざした心をもちながら卑劣を憎み、正義を通すためには味方を裏切ることのできる美しい青華は笑也さんにぴったり。
群を抜いて美しかったのが春猿(お夜叉こと孫二娘:そんじじょう)さん。梁山泊の女らしい気風のよさ、一度仲間を信じたらとことん運命を共にしようとする友情の厚さ、そしてあの美しさ。ただただ見とれておりました。日替わりで扮装姿の出演者とツーショット写真を撮れるというイベント(限定20名)が終演後にあり、この日はたまたま春猿さんだったんだけど、とても並んで写真に納まる勇気はなく、最後まで心惹かれながら、応募できませんでした。
猿弥さんの純愛
猿弥さんに珍しくラブシーンがある。梁山泊の猛将・王英、一面ヒゲに覆われた顔に似合わずウブで、一目惚れした青華に純愛を捧げる。纏足をしていないコンプレックスで心を閉ざしている青華に、あるがままのあなたでいいのだとやさしく語りかける。自分のことをさかんに「ブサイクだから」と卑下する王英だが、その真心は青華の心をついに開く。感動の場面だ。ほほえましくて、「よかったね、猿弥さん」と思わず拍手を送った(王英=猿弥になっている)。初めての愛に目覚めた笑也さんの青華は、おずおずとしてぎこちなく、とても可愛らしかった。恋の始めってこんなに純粋なものなんだなあ、と忘れていたものが甦ってくる気がした。この純愛の手助けをするのがお夜叉で、最初は梁山泊を守るために王英の気持ちを利用しようとしていたのが、こちらも純愛に打たれ、何かとアドバイスしたりして、温かく見守る(猿弥さんの純な気持ちは、お夜叉でなくたって応援したくなる)。お夜叉もまた、纏足をしていないのだ。春猿さんが離れたところで後ろ姿を見せるという形で2人の愛の行方を心配している様子が表現されるのだが、その姿が真に迫っていて、猿之助門下の結束を感じた。


「替天行道」。その文字が掛かれた真っ白い旗を梁山泊の人々全員の決意の血で真っ赤に染め、彼らは未来へと進む。単純明快なストーリー、21世紀歌舞伎組らしい溌溂さと、群舞の楽しさ、面白かったです。
<上演時間>110分(休憩なし)

追記:自分より弱い者を狙ったという少年たちは「何が悪い」とほざいているそうだ。私の正義感など、「闇に咲く花」やこの「新・水滸伝」などの芝居を見て昂揚した程度のものに過ぎないけれど、そしてこのブログではこういう問題には触れないようにしているけれど、あんまり腹が立って。

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2008年8月21日 (木)

明暗

上野選手、3連投、報われたねっscissors
悲願の金、おめでとうsign03
昨日の対戦で、これはイケるかもと思わないではなかった。
今日は、全員が上野の熱投に引っ張られて力を発揮したのではないだろうか。その勢いにさすがのアメリカも力尽きたのだろう。
初めての金shine 個人競技もいいけれど、チームワークの勝利もいいねえ。

明暗と言っては語弊があるかもしれないけれど、なでしこ、残念でした。前半押していたときに点が取れなかったのがすべてかな、という気がする。サッカーの試合を見ていると、勢いのあるときに得点できない場合、カウンターを食らったり、1発で負けたりすることが多いように思う。澤選手にメダルをかけてあげたかったなあ。お疲れ様でした。希望を与えてくれてありがとう。

つまらぬことだけど、後半なでしこに宇津木という選手が出てきた。宇津木といえばソフトじゃん(アテネ五輪の監督が宇津木妙子、選手にも宇津木麗華という人がいた)なんて、ちょっとした偶然にhappy01なのでした(宇津木というのはそんなによくある名前ではないでしょう?)。

もう一つの明暗(と言っていいのかな)。ロナウジーニョの時代は終わったのだろうか。一番輝いていた2002年ワールドカップ。あれから6年か……時代がメッシに移っているのは否定できまい。

400リレーこそ明暗を分けた、と言っていいだろう。アメリカは以前からあまりバトンワークがうまくなかったが、まさかこんな結果に終わるとは思いもしなかった。全体に陸上短距離はジャマイカの時代になっている。オッティよ、ブロンズコレクターと言われたあなたを、私は大好きでした。

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必要最低限にそぎ落とされた舞台の効果:ウーマン・イン・ブラック

819日 「ウーマン・イン・ブラック」(パルコ劇場)
こわかった~。本気でこわかった。エアコンききすぎの客席で、恐怖のためさらに寒くなり、暑い夏はやっぱりホラーよね、とホラー嫌いの私は震えたのでした。

先日見た「ガラスの仮面」で、舞台には俳優が1人しかいなくても、装置や道具がなくても、観客の目には他の登場人物が見える、その場所の具体的な状況が見える、そういう演技をするのだ、というようなことを北島マヤが言っていたが、この芝居でまさにそれを体験した。
演じる俳優は斎藤晴彦、上川隆也の2人だけ。弁護士キップス(斉藤晴彦)が若い頃に体験した恐怖を若い俳優(上川隆也)が再現するという話なのだが、斉藤晴彦はその再現の中でキップスが関わりをもった何人もの人たちの役も演じ分けるという、ちょっと複雑な構造。服装や仕草、声色の違いで、観客は別の人物が登場したことを知る。
キップスの恐怖体験の場はクリシン・ギフォードというイギリスの小さな町にある大邸宅。その所有者の女性が死に、残された書類の整理を依頼されたのだ。邸宅は海の中にあり、干潮になると陸から徒歩で渡ることができる。そして、そこには人や動物を呑み込む恐ろしい底なし砂浜が。時代は、交通手段として馬車が使われるが、列車もすでに登場しているという頃。だから、場所としてはモン・サンミシェル(行ったことはないのだが)、雰囲気としてはNHKでやっていた「シャーロック・ホームズの冒険」というところだろうか。
若い頃のキップスは、今のしょぼくれたオジサン的外見からは想像もつかないような、使命感に燃えた勇敢な人物である。深夜、こつこつという怪しい足音、見え隠れする黒いドレスの女を追いかけて、誰もいない屋敷を歩き回る。やがて開かずのドアが自然に開いて、キップスは何者かに導かれるかのようにその中に吸い込まれて行く。その先で見つけたものは…私なら絶対布団かぶって震えてひたすら朝を待つ。
じっと息を詰めて舞台を見守っていると、突然響き渡る馬のいななき、轍のきしむ音、悲鳴。馬車が砂に呑み込まれる瞬間だ。うわ~っ、この音やめて~っ。
しかしこれは序の口。本当の恐怖は後でやってくる……

我々観客はさまざまなことに想像力を働かせる。というより、自然とそう見えてくると言ったほうがいいだろうか。キップスが依頼者からお供として連れて行くように言われた小犬も、実物は出てこない。しかし小犬を連れて走り、小犬と戯れる演技で、キップスと犬の生き生きした動きが見えてくる。この小犬の登場は、私を大いにほっとさせた。緊張をやわらげてくれ、あまりの書類の多さに挫けそうになるキップスの心を癒してくれる。私が前に溺愛していたシーズー犬と重なる。
舞台中央に置かれた籐の大きな籠は、机にもなり列車にもなり、馬車、ベッド、祭壇にもなる。
このように必要最低限にそぎ落とされた舞台のつくりなのに、観客はまるで実際に場面転換が行われているかのように、オフィス、列車の中、陰湿な雰囲気漂う邸内、海岸、遊園地などなどに場が移るのを見る。唯一、舞台奥行き真ん中あたりにかけられた薄い紗幕の後ろに、階段が設えられ、具体的な部屋を表す道具が置かれている。照明の当て方で、それまで見えなかったそういうものが浮かび上がってきて、また恐怖を覚えさせられる。実に効果的なやり方だ。

カーテンコールは3度あった。2度目には紗幕の後ろの階段踊り場に、ウーマン・イン・ブラックが現れた。2人芝居ではあるが、黒いドレスの女だけは、実物が登場していたのだ。だから、カーテンコールできっと出てくるだろうと予想はしていたのに、タイミングといい、出方といい、ちょっと意表を衝かれ、その瞬間、ぞっと寒気がした。

3度目のカーテンコールで、重要な役割を果たした犬のスパイダーを上川隆也が口笛を吹いて呼んだ。転がるように駆けてきたスパイダーを抱き上げると、スパイダーは狂気して上川さんの頬を舐める。「わ、やめてやめて」と慌ててスパイダーから顔をそむける上川さん。スパイダーを斎藤晴彦に預けると斎藤さんもまた顔を舐められて慌てる。う~む、確かにそこにスパイダーはいる。観客11人が見たスパイダーの犬種は十人十色だろうけれど(もしかしたら小犬ではなく、大型犬かもしれない)、スパイダーが本当に可愛らしい犬であることは間違いないと確信する。
最後に、舞台の上川さんはやっぱりとても魅力的。
<上演時間>165分、休憩20分、第260
おまけ:こうやって感想を書いていても時々ぞっとする思いが甦ってくる。1人暮らしをしていたら、この芝居を見たあとは絶対友人のところに泊めてもらっていたと思う。でも、又上演されることがあったら、必ず又見に行きますわよ。ところでヨーロッパでは幽霊は冬の風物詩なんだそうだ。

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2008年8月20日 (水)

速え~~!!

歴史的な走り、歴史的な瞬間を見られてサイコー。
何たる速さrun
コーナーの飛び出しのところで、思わず「はえ~~~」と叫んでしまった。鳥肌立ったsign03
ふざけたヤツだと思うくらいのレース前のリラックス。それが速さの秘密なのだろうか。
19秒30shine 本当に、人間って、どこまで速く走れるんだろう。どこまで記録を縮めることができるんだろう。

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採点競技はわかりませぬ

さっき、たまたまトランポリンを少し見たのね。
まずは日本の外村選手、メダルを逃して残念。でも、3位が40.60ポイント、外村選手は39.80だから仕方ないし、演技を見てもその差は感じた(外村選手のおとうさんって、84年ロス五輪の体操団体総合と種目別床で銅メダルを取った外村康二さんだそう)。
しかし、よくわからないのは、3位の董棟と1位の陸春龍(ともに中国)の違い。解説を聞いていても、素人ではあるが私自身の目で見ていても、董棟の演技のほうが上だった。それなのに陸春龍は41.00という高得点をたたき出し、それまで1位のバーネット(カナダ)まで抜いてしまった。バーネットの演技は見ていないからわからないけれど、な~んか納得いかない。
だいたい主観の入る採点競技は昔からあんまり好かん。オリンピックは、「より速く、より高く、より強く」の競技だけでいいんじゃないかという気もしている。と言いながら、そうでない競技もしっかり楽しんじゃってるけれどcoldsweats01

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2008年8月19日 (火)

闇に咲く花

818日 こまつ座「闇に咲く花」(紀伊国屋サザンシアター)
この頃、萬長さんの顔を見ると、それだけで涙が滲んでくる。この人の顔に刻み込まれたいろんな人の人生――長谷川清(紙屋町さくらホテル)、円生、父と暮らせばのおとうさんなどなど――がしみじみと思い出されるからだろうか。

場内が暗くなると、どこからかギターの静かな音色が聞こえてくる。下手舞台下にギター弾きが座っていた。単なる伴奏者、BGM演奏者ではない。この人も芝居の登場人物の1人なのだ。以下、ネタバレします。
時は昭和22年夏。場所は、神田猿楽町の愛敬稲荷神社。神主・牛木公麿(辻萬長)を中心に、神社付属のお面工場(縁日でよく見られるお面)で働く5人の戦争未亡人たちが逞しく生きている様子が面白おかしく描かれる。6人が苦労してヤミ米を手に入れながら暮らしているある日、神主の息子の親友・稲垣(浅野雅博)が復員してくる。そして戦死したと思っていた息子・健太郎(石母田史朗)まで帰ってくる。健太郎は神田中学野球部から職業野球のピッチャーになり、やがて出征したのであった。
幸せは束の間、愛敬稲荷神社の面々は一転絶望のどん底に落ちる。

言いがかりでしかないような理由でC級戦犯として裁判にかけられる不条理、体制への嫌悪、市井の人々への温かい目、そして(いつもながら)権力の元で働く人間の頑なに権力の正義に注ぐ信仰心とその後に来る葛藤など、井上ひさしのメッセージが非常に強く伝わってきた。いつも言うようだが、メッセージはあまりあからさまに出されると、引く。この作品では笑わせながら巧みに伝えていたのに、健太郎の神社に関する熱弁が押し付けがましくて、わかるんだけど、そのとおりなんだけど…とやっぱり少し引いてしまった。正論だけに熱弁されると、息苦しくなる。

だけど、やっぱり泣いた。最初に萬長さんの顔を見てからずっと、逞しい愛敬神社の面々に大笑いしているときでさえも涙が滲む程度に泣き続けていた。中学時代バッテリーを組んでいた健太郎と稲垣の野球に対する熱い思いは私の胸も熱くする(ちょうどオリンピックでスポーツの与える感動に毎日熱くなっている時でもあり、それが倍加する)。「忘れてはいけない。忘れたふりをするのはもっといけない」と言って恐怖の裁判を受け入れた健太郎が最期まで握り締めていたというボールが父親に返されたときには、緊張の糸を緩めたら絶対声をあげて泣き出しそうで、歯を食いしばりながら涙を滲ませていた。ふと気がつくと、神社の屋根の向こうの空は青く、白い雲が浮かんでいた。私、この時まで空に全然目をやっていなかった。だから最初から同じ空だったのか、あるいは新しい時代を予見しての青空なのか、わからない。悲劇を経験しても、庶民はまた明るく逞しく生き続ける。しかしその明るさは以前のものとは違うはずだ。どこかに諦めというか陰というか、そんなものが垣間見える気がした。「父と暮らせば」のようなカタルシスがなく、見終わった後に重いものが胸にのしかかってきた。のほほんと又別の芝居やらオリンピックやらを見る神経のどこかに、この重い神経は絡み付いて、離れそうにない。


重いけれど、いい芝居だった。
GHQ法務局のオッサン(石田圭祐)、彼もまた重いものを抱えてこれから生きていかなくてはならない。
ギター弾きの加藤さん(水村直也)は、一言のセリフもなく、どんなにおかしい場面でも無表情にギターを弾き続ける。それが加藤さんの選んだ生き方なのだ。
嬉しいことに、古畑任三郎の向島クン(小林隆)がここでも巡査役で出ていた。小林隆という人の、それが持ち味なのだろう、この鈴木巡査が任務に忠実で、温かくてお人よしで、いいのよ~。

そして5人の未亡人たち、それぞれの個性を光らせながらのチームワークが泣かせる、笑わせる。

それにしても、こまつ座は辻萬長という貴重な役者をよくぞ得たものだと思う。
<上演時間>第1幕85分、休憩15分、第2幕80分

私が表面に出さなかったことで、非常に深く重要な問題がこちら(8月19日「こまつ座 闇に咲く花」)で言及されています。

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2008年8月18日 (月)

強き女性たち

女子サッカー、やっぱりアメリカは強い。でも、同点にされた時点まではいけるかなあと思っていたんだけど。
ボンバーヘッド荒川の元気な姿が見られたのが嬉しい。

女子サッカーを見ていて一番思うのは、フラストレーションを覚えないということだ。よく走る、シュートしてほしいときにする。最後まで諦めずにもう1点取った積極性にも感動する。次につながる。開始10分過ぎの1点だけとは全然違う。男子、見習えよpunch代表もレッズもさ。

女子サッカーというと、何年か前にみた「ベッカムに恋して」という映画を思い出す。イギリスの地元女子サッカーチームに所属するインド人移民の女の子と、イギリス人女の子の青春物語みたいな話で、最後は2人ともアメリカのチームのテストに合格するんだったか呼ばれていくんだったかというB級映画。このイギリス人女の子役をやっていたのがキーラ・ナイトレイ。彼女がこんな映画に出ていて、それを見たというのは私のプチ自慢coldsweats01

トライアスロンの井出選手、5位、頑張ったね。途中バイクからランへのアクシデントが惜しまれる。

イシンバエワ選手、5m05の世界新、おめでとうsign03 あんなに美しくて、あんなに高く跳べるなんて、神は二物をちゃんと与えるのだ。

ところで、Googleがタイトル文字に毎日オリンピック競技のイラストを1つずつかぶせているのが、なかなか楽しい。Googleはこれまでにも何か記念日的なことがあると可愛いイラストを入れるので気に入っている。ちなみに一昨日は馬術(だと思った)、昨日はカヌーで、今日は水泳。午前0時から1時の間のどこかで更新されるみたい。

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2008年8月17日 (日)

五輪いろいろ

本日3本目の記事になるからやめようかと思ったのだけど、ついつい書きたくなってしまう。

伊調馨選手、おめでとうshine 私、LIVEで見られず、TVをつけたときには金を決めた直後だった。その後、あっちこっちチャンネルを変えてみたけど、なかなかVIDEO放送に出会えず、さっきやっと決勝のみハイライトで見ることができた。苦しかったのね、本当に。カラーボールは赤も青も出て、どっちの場合も伊調の強さが証明されたのだと思う(足をややひきずっているように見えたのが心配だけど)。表彰台での美しい笑顔は世界一に相応しい。
浜口京子選手、見ていて力が入った。銅を決めた笑顔が最高でした。

あちこちチャンネル変えているときに、400メドレーの4選手のインタビューがあって、ふと思った。北島選手、顔が亀ちゃんにかぶる、ってsmile ね、ね、ちょっと似てない?→ぜ~んっぜん似てないと、友人の顰蹙を買いましたcoldsweats02→私の感覚がおかしいようですので、無視してください、忘れてくださいbearing ごめんなさい。

室伏選手(3人目のこーちゃん)、きびしくなってきた。あ~down 残念。お疲れ様でした。

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幕末純情伝

816日 「幕末純情伝」(新橋演舞場)
つかこうへいは、「熱海殺人事件」を昔映画でみたことがあるだけ。なもんで、つかワールドっていうのは全然知らないで行った。
正直言って、あまりついていけないsad 暴力シーンが多くて、すぐに殴る、蹴る、斬る。ごちゃごちゃしていて、とくに第1幕はそれが顕著でセリフも絶叫が多くて、スピーカーから出される音もデカくて、しかも3階だから知らない役者さんの顔がよくわからなくて、「わたし、オバサンだからついてけないのか」と、とまどい、居心地悪い気分であった。でも、もしかしたら多くの人が同じ気持ちだったかもしれないと思うのは、拍手の仕方が何となくためらいがちに聞こえたから。
主役の沖田総司に坂本龍馬のほかに、近藤勇、土方歳三、勝海舟、徳川慶喜、それに西郷とか高杉とか、秋月兼久、岩倉具視(演じる宇都宮雅代の変貌ぶりにshock)、島崎藤村まで出てくるんだけど、副題の「龍馬を切った女」でわかるように、沖田総司が女であることをはじめ、この人たちのキャラが全部これまでのイメージをぶっこわしている。
しかも、大政奉還や新撰組なのに、憲法第9条が1つのテーマになっているみたいなのだ。坂本龍馬は憲法9条を認めさせるために奔走している。幕末と終戦直後の日本が頻繁にクロスオーバーする。維新と敗戦、どちらも人々の価値観が180度変わらざるを得なかったということなのだろうか。
場面場面がジグソーパズルみたいに、なかなか頭の中でうまく組み合わせられない。それに、役者さんの顔を知っていれば、ある程度は摑めると思うのだけど、知らないとこの人西郷だっけ、誰だっけてなことになって、絶叫調のセリフから必死になって人物と状況を特定して…で、1幕目はついていくだけで大変だったわけ。
ふ~とため息をつきながら迎えた第2幕。しかしこちらは絶叫が減ったせいか、セリフも聞き取りやすくなり、具体的なエピソードもわかりやすく、1幕に比べたらずっと面白く見ることができた。たとえば詳しくは書かないが、生々しく哀しく滑稽で救われない高杉晋作の両親とのエピソードや、これもまた救われないが、後に一転する西郷と息子のエピソードなど、11つの話はけっこう胸にずしんとくる。
石原さとみ(沖田総司)は、男になっているときは「パズル」の教師役の延長みたいな喋り方。この沖田総司はただの沖田総司じゃないようなんだけど(女だから、という意味の<ただの>ではなくて、出生が…)、気持ちの上で男から女へ、女から男へと移る感覚は、めまぐるしくセリフも早口で、うまく演じていたのかどうかはわからなかった。セクシー場面が話題になっているが、あまりセクシーさは感じなかったなあ。舞台と私の席の距離が離れていたせいかもしれない。
真琴つばさ(坂本龍馬)はさすが元男役。カッコいいし、ダンスになると抜群のきれいさ。セリフに時々聞き取りづらいことがあったが、久しぶりの(なのかな?)男役で生き生きしていた、というところだろうか。
この公演での私のお目当ては3人いる。まずは、5月に見た「王女メディア」で気になる存在になった山崎銀之丞(近藤勇)。何考えているかわからないハチャメチャなところもあるのに、多分その根本は社会の底辺に沈んでいる人たちのために何かをしたい思いに突き動かされている近藤はこの人しかいないんじゃないかと思った。
お次はカラテカ矢部太郎。この人、「電波少年」で一室に缶詰になり、たしか1カ月で韓国語をマスターしたのを見たことがある(当時、かなり感動した)。私が見たのは韓国語だけだったが、同じ企画でモンゴル語とかスワヒリ語とかもマスターしたそうだ(マスターってどの程度か知らないが、少なくとも日常会話に不自由しない程度ではあると思う。11カ国語を話せるというウワサも)。あのひ弱そうな情けないキャラの矢部太郎が芝居に出ること自体ひぇ~wobblyであったのに、土方歳三役sign03 これだけでも、この芝居の登場人物のキャラぶっこわし度がわかろうというものでしょ。ダンスはうまくなかったし、重要なセリフも訥々という感じだったけれど(そういう演出なのかも)、かなり笑いを取っていて嬉しい。しっかり応援した。
もう1人は若林ケン(勝海舟)。ラジオでシャンソンを聞き、ちょっと心を揺さぶられ、一度ライブに行きたいと思っていた。そのケンさんが出るっていうから楽しみにしていたら、つか芝居にはよく出演しているのだそうだ。知らなかった。勝海舟は花道から歌いながらkaraoke登場した。もうそれだけでシアワセ。2幕でももう一度歌があり、2曲も聴けちゃった。歌に満足しちゃったから演技はよく覚えていない。
歌といえば、1幕目が終わるときに誰か(誰だかわからなかった)が歌う「note時間よ止まれ」がとってもよくて、じ~んときた。それから、途中でプレスリーの「notesこの胸のときめきを」がかかって、この曲だ~い好きだから(プレスリーよりダスティ・スプリングフィールドのほうが好き)、一緒にくちずさみそうになった。
そんなこんなで、摑み損ねたのではあるけれど、その割には面白く見られたと思う。もう一度見れば、わかるようになるのかも。

<上演時間>170分、休憩25分、第280
おまけ1最後、幕が降りても席を立たないで。カーテンコールのあとにおまけのダンスがあるから。
おまけ2終演後、外に出ようとしたら、なんと土砂降り。傘をもって歩くと降られず、傘もなし駅まん前の歌舞伎座でもなし、こんな日に限って降られるのよねえ。待っていてもやみそうにないので、思い切って東銀座駅まで走りました。雨はぬるいシャワーみたいだった。かなり濡れました。

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熱狂、快感

いやあ、燃えました燃えましたimpact
喉が痛くなるくらい叫びましたhappy02 こんなこと言ったら怒られそうだけど、小学校の運動会で最後の種目リレーに熱狂して応援する親の気持ち、入っていたかな。
みんな頑張ったね~heart04 気持ちが泳ぎに現れていた。感動感動。
銅メダル、おめでとうlovely チョー気持ちいいよ、今の私は。

フェルプスの8冠もwonderfulの一言sign03 期待を実現させるって大変なことだと思うのに、いとも簡単にやってのけた気さえする。ホント怪物だ。

そして4位から1位に上げ、世界新、五輪新、日本新でメダルを獲得している北島もまたすごいshineカッコいいheart02

女子も日本新での6位、おめでとう。

水泳より陸上のほうが好きって思ってたけど、今は水泳のほうが好き。でも陸上を見たら、又陸上が好きって変わるだろうな。いや、しかしリレーは面白い。

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2008年8月16日 (土)

五輪話:記録

オリンピックは陸上も始まり、どちらかというと水泳より陸上が好きな私はますます楽しみになってきた。
しかし水泳もまだまだ興味は尽きない。フェルプス(この名を耳にし目にし口にするたびに、どうしても「おはようフェルプスくん」の声が聞こえてくるwink)の記録だ。
今日の100mバタフライはTV画面で見る限りフェルプスのタッチのほうが一瞬遅いようだったけれど、ちゃんと計測器が測った客観的タイムなのだから間違いはないのだろう(神の手かsmile)。そうであれば、やはり8冠に期待がかかる。
それにしても、マーク・スピッツの記録が36年間破られなかったって、スピッツってすごい選手だったんだな、と改めて驚く。昔、オリンピックというと常にアメリカ国歌が流れ(という感じだった)、子供たちもみんなアメリカ国歌のメロディーを覚えてしまったなんていう時代があったっけ。

中村選手、2大会連続銅メダルおめでとう。女子では個人種目の2大会連続メダルは前原以来なんだそう。こっちはフェルプスの36年の2倍、72年ぶりってこと(前原は1932年、36年)sign03

2大会連続金がかかっていた昨日の塚田選手、こっちも力が入ったけれど、残念、悔しい。でも試合後の爽やかな笑顔を見て、ほっとしました。

伊調千春選手、ギリギリで勝ってきたから、決勝も期待したけれど…でも、完敗だったな。本人が一番悔しく思っているだろう。でも2大会連続の銀は立派。この後の吉田沙保里、今年の1月に連勝記録が途切れたことがいい経験になっていることと信じる。

追記:圧勝。見事なフォール勝ちscissors 瞬間、私も一緒に泣きました。

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2008年8月15日 (金)

思い出しても1日笑えるらくだ

814日 納涼大歌舞伎第一部(歌舞伎座)
ひどく混雑していました。3階へ上がる階段も、終演後下りる階段も人人人で、歩くペースの早い私は他人様にすぐぶつかっちゃって、何度謝ったことでしょう。
08081501 「女暫」
こういうモノは理屈抜きで楽しむことにしている。ずらり勢揃い的舞台をまずは一渡り眺め、松也クンがいるのを見て、顔がほころび、それから11人を双眼鏡で追った。ん? あれは新悟クン?七之助クン? ちょっとお顔が似ていない? ああ七之助クンは一段上の上手側にいるね、で、こちらのお姫様は新悟クンと判明(目が悪い)。3部すべてに出演という巳之助クン、第1部はここね。

はなみずき様も書かれていたけれど、腹出し4人衆(5人だったっけ?)を見た途端1月国立の<メタボ>を思い出して、吹き出しそうになった。女鯰(七之助)と巴御前(福助)の楽屋落ちでも菊ちゃんの「noteお尻かじりむし~」が思い出されて、何かインパクトのあることやってくれるかな~と期待してしまったけれど、特別なことはなかった。
途中、木曽義高(高麗蔵)側ご一行が立ち上がって舞台を右へ左へと歩いて移動する場面がある。これはとくに意味はなく、ひとつには役者のしびれ防止策として入れられたのだそうだ。役者さんだって慣れているとはいえ、大変なのね。
幕が閉まってからの引っ込みに、巴は福助に戻り、舞台番の鶴吉(勘三郎)を呼んで、こんな大仰な衣裳は早く楽屋に帰って脱ぎたいから、ジャマな大刀を持って帰っておくれと頼む。六法での引っ込みをさせたい鶴吉は、なんとか福助さんを宥めるわけだが、このへんの遣り取りはアドリブを交えて2人が自在にやっているのだろう。先にご報告したとおり、今日は最高にホットな北島金メダルが福助さんの気持ちを変えるきっかけになった。

福助さん、こういう役は気持ちよく演じられるだろうなと思った。しかし、花道でただ睨むeyeだけで相手がスゴスゴと退散するという迫力は萬次郎さんのほうがあったような…(もっとも、私の席からは福助さんの睨む顔が見えなかったから)
08081502 「三人連獅子」

笛の澄み渡る音色、鼓の心地よいリズム、大薩摩の見事なバチ捌き(栄津三郎ファンとしては「女暫」に続いて聞くことができ、嬉しい)を楽しんだ。囃子の会も思い出した。国生クンの子獅子は、崖から這い上がった後に力強くなったように見えた気がしたが、どうだろうか。

08081503 「らくだ」
勘三郎さんが亀蔵さんのらくだは絶品だと言っていたそうだから、8月歌舞伎最大の楽しみであった。幕が開くと、ひどいボロ長屋に黄色い死体が横たえられている。「駱駝」と仇名されて長屋じゅうの嫌われ者だった馬太郎(亀蔵)である。ふぐに当たって死んだのだそうだ。黄色い体が顔を向こうに向けて横たわっているだけで、なんかもう怪しさふんぷん。
この死体がカンカンノウを踊ったりして大活躍。糸のない「操り三番叟」かsign02
無理矢理駱駝の死体を背負わされてしまった紙屑買の久六(勘三郎)、そのままにしていれば死体の頬が自分の頬に擦り寄って気分が悪いこと甚だしい。そこで手で防いでいたものだが、手斧目の半次(三津五郎)との遣り取りで事あるごとに動くものだから、そのたび駱駝が頬を寄せてくる。久六、ぞっとしてはまた手で駱駝の頬を向こうに向ける。その繰り返しのおかしいことと言ったら。
半次に命令されて、駱駝を背中に寄りかからせたまま、やけっぱちで大家のところに行く久六。2人の後姿を見るだけで、涙が出るほど笑い転げてしまう。カンカンノウを踊る死体に大家(市蔵)とおかみさん(弥十郎)の怖がること、尋常ではない。ドタバタのさなか、逃げ回る弥十郎さんのあのデッカイ体が勘三郎さんの上にのしかかり、客席また爆笑。
後半になると、酒が入った久六と半次の立場が逆転する。勘三郎さんの酔っ払っていく様は、魚屋宗五郎で既に見ているから期待したが、宗五郎ほどの面白みはなかったものの、やっぱり可笑しいことは可笑しい。おとなしそうな久六の変わりようにとまどい、だんだん巻き込まれてしまう半次も、ワルそうでいて案外お人よしなんだな。
しかし、一言のせりふもない、しかも自分の意志で動くこともない死体の役でこんなに笑わせるってそうそうないのではないか。亀蔵さん自身は思わず吹き出してしまうことはないのだろうか。私なんか、あの黄色い体を思い出しただけで半日分は笑える。3人の動きを思い出せばさらに半日分笑える。「らくだ」を思い出したら1日中笑っていられるということだ。今だって、笑いが込み上げている。
とにかく亀蔵、勘三郎、三津五郎の3人の息がぴったり。この演目、よほど気心の知れた同士でないと成功しないだろう。これまでの上演記録を見たら、駱駝・團蔵で久六・團十郎、半次・富十郎とか、久六・菊五郎、半次・團十郎なんていう配役もあるのね。團蔵さんの駱駝は十分アリだよね。想像したら、また可笑しくなって、ああ、笑っていられるってしあわせ~。平和で有難いと思います。
ここでナンセンスツッコミ~coldsweats01 駱駝サン、くにゃくにゃしていたけど死後硬直ってないの?(3040時間で硬直は解け始めるそうです)

落語の「らくだ」もまだ聞いたことがないので、ぜひぜひ聞きたい。
おまけ1長屋の糊売り婆役で小山三さんがお元気な姿を見せてくれます。半次の妹役で、松也クンが白塗りでない娘役。
おまけ2今月は鯛焼き屋さん、下界ですか。
おまけ3歌舞伎検定教科書、買ってしまいました。受験する気はまったくないし3000円という値段はかなりキツいけれど定式幕色の付箋が勝ったというわけ(詳細は松竹営業部長はなみずき様smileの8/10本文および8/13コメントで)。
<上演時間>「女暫」58分、幕間30分、「三人連獅子」33分、幕間20分、「らくだ」50

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2008年8月14日 (木)

おめでとう from 歌舞伎座

本日、納涼大歌舞伎、第一部観劇です。
女暫、引っ込み前の舞台番登場で、北島選手の金を知りました。
もちろん確信はしていたけれど、ちょうど開演時間とぶつかり、ちょっと残念に思っていたのでした。
そこへ現れた舞台番の勘三郎さん、大刀を持っての引っ込みを渋る福助さんに、
「北島康介が二度目の金メダルを取ったんだから。お客様はそれを見逃してまで来てくださっているんだから」と宥める。
客席がいかに沸いたか、ご想像がつくでしょうhappy01
さすが勘三郎さんだよねっ。勘三郎さん、ありがとうheart04
北島選手、おめでとうscissors 五輪新、立派ですshine

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宿願の再会!「嵐になるまで待って」

本記事は、part1にエントリーし、削除せざるを得なかったものです。こちらへ移行いたしました。

86日 キャラメルボックス「嵐になるまで待って」*(サンシャイン劇場)
この作品
がなかったら、今でもキャラメルを知らなかったかもしれない。あるいは知っていても関心をもたなかったかもしれない。私をキャラメルに導いた、私にとっては大事な作品だ。

1997
年、何気なくつけた深夜のTV。舞台中継をやっていた。当時、まだ芝居というものにあまり関心のなかった私が、しかももうすでに物語は後半に入っていようかというあたりだったのに、画面に釘付けになった。息のつまる展開に、以来キャラメルの名は私の脳に刻まれ、ことあるごとに、この作品のビデオを探した(買うんじゃなくて、借りようと思ったcoldsweats01)。結局ビデオは見つからず、それから8年もたって本物のキャラメルの芝居を見るようになり、さらに2年以上が経過して、やっと再会できたというわけだ。
サスペンスなので、ネタバレできないから、詳しい感想が書けないのが残念だが、
面白かった。
怖かった。
面白かった。
息が詰まった。
面白かった。
哀しかった。

劇場内はエアコンが強すぎて寒いくらいだった。そこへもってきて、ある瞬間(この瞬間が数回ある)あまりの怖さに鳥肌がす~っと立ち、ますます寒くなった。
この作品では<>が重要なキーポイントとなる。主人公のユーリという女の子は皆から変な声といわれており、自分でもそれを気にしている。私がTVで見たときのユーリは岡田さつき**が演じており、変な声という設定にぴったりだった。今回の渡邉安理の声は普通の女性の声であり、重要な設定である<変な声>という点でかなり弱い。そこが残念ではあるが、演技は一生懸命で好感がもてるし、私は彼女にかなり感情移入した。喜び、苛立ち、悔しく思い、恐ろしく思い、泣き、必死になった。
聾者である雪絵は温井摩耶。清楚で美しく、それだからこその心の闇が最後に浮き立った。
狂言回し的な役の西川浩幸。この人が舞台にいると本当に安心できる。キャラメルの一つの楽しみは西川さんを見ることだと言ってもいいくらい、私は西川さんにはまっている。
他の役者さんのことは書きたいけれど、ネタバレしそうなので断念する。
この作品の原作は、成井豊の小説「あたしの嫌いな私の声」。
<上演時間>120
追記① 本公演は「嵐になるまで待って」4回目の公演になる。私がTVで見たのは2回目で、93年の初演時には上川隆也が出ていたそうだ。西川浩幸は4回すべてに同じ役で出演している。
追記② 声をテーマにした作品であり、聾者が登場することから、劇中では手話が多く用いられる(日常手話を演劇的表現化したものだということだ)。マエセツでも三浦剛が手話を併用していた。三浦剛は本編にも出演しており、出演者のマエセツは珍しい。
追記③ スケジュールの都合上この日を取ったのだが、初日だということを、行って初めて知った(チケットを取るときには知っていたのかもしれないけれど、そんなことすっかり忘れていた)。完成度は高いのだが、やはり初日なりの細かい問題点もあったように思う。公演回数を重ねるごとに改善されて、さらにいい芝居になるだろう。本当はもう一度見たいんだけど、日程がむずかしいだろうなあ。
追記④ サンシャイン劇場リニューアル第一弾がこの公演。舞台から座席から劇場全体が改装されたそうで、座席はかなり座り心地がよくなったと思う。二階が一番変わったらしいが、行ってみなかったのでわからない。
*オードリー・ヘップバーン主演の「暗くなるまで待って」という映画がある。「嵐になるまで待って」というタイトルはこの映画をモジッたものだろうか。TVで見たときからずっと気になっている。
**
当時、岡田さつきの名前は知らなかったが、顔も声もとても印象的で、8年たってもしっかり記憶に残っていた。実物を舞台で見たとき、すぐに「あ、あの時の!」とわかった。

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♪ちょうちょ♪

本記事は、part1にエントリーし、削除せざるを得なかったものです。こちらへ移行するとともに、いただいたコメントをご紹介します。写真はかなり小さくしましたが、画面のクリックによって、オリジナルサイズ(本当のオリジナルを縮小したものではありますが)をご覧いただけます。

08081401batterfly
蝶は昔(?)青虫でした…
08081402butterfly

ミニモスラ(?)襲来
08/06 1614投稿)

<
コメント>
最初の写真、おなか曲げて卵産んでますね。
投稿 urasimaru | 20088 7 () 0836

urasimaru

うわお、そうなんですかsign03
なんで、こんなにおなか曲げているのかと思っていました。この木はきんかんで、よく蝶が卵を産みつけにきますが、その瞬間とは気付きませんでした。もっとよく観察しておけばよかった。
教えてくださってありがとうございます。
投稿 SwingingFujisan | 20088 7 () 0919

そういえば子どもが小学校低学年の夏休みに、ちーっちゃい幼虫を2匹もらって育てたのでした。羽化したのはまさにこんなアゲハチョウ。さなぎの段階で新幹線に乗せて大移動して、生まれた所からは相当離れた地に飛び立たせてしまったのですが。
なつかしい記憶を甦らせてもらいましたscissors
投稿 きびだんご | 20088 7 () 0947

きびだんご様
素敵な思い出ですねえ。
うちも青虫を飼っていたことがありますが、果たして羽化に成功したかどうか。さなぎの記憶はあるのですが…
だから、きびだんご様のところでチョウチョになったというのは素晴らしいと思いますnotes しかもさなぎでの大移動を経験した後で! 
蝶にとって、生まれた場所と飛び立った場所の距離が離れているというのは、何か影響があるのでしょうかしらね。知らない土地でひどく不安になっていたりしてcoldsweats02
投稿 SwingingFujisan | 20088 7 () 1019

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つんつん

本記事は、part1にエントリーし、削除せざるを得なかったものです。こちらへ移行するとともに、いただいたコメントをご紹介します。

美容院に行った。2カ月半ぶりだろうか。
前回から1カ月目は、タイミングが合わなかった。こちらの行こうという日があちらのお休みだったりして。
でもどうしても前髪が重くて我慢できなかったので、自分で切った。そぎ鋏でジョキジョキやった。もっと軽く、もっと軽くと調子に乗っているうちに、取り返しのつかないことになった。額にかかる前髪は、つんつんとアンバランスに短くなり、どうやっても誤魔化せるものではない。
ああ、美容師さんに怒られる~。美容院の前を通るときは、できるだけ顔をそむけ、気が付かれないようにした。

美容師さんに怒られない程度に伸びてきたら今度はちゃんと切りに行こう。ところがこの前髪がぜ~んぜん伸びてこないのだ。つんつんのまま。いや、つんつんなりに少しは伸びているのだろうが、元が短かすぎた。そして日がたち、前髪を除いた髪全体が重くべろ~んとしてきた。切りたいさっぱりしたいという気持ちは強いのだが、もうひとつ、カメラ購入のことがあって、美容院に行かれなくなった。はい、ケチっていたのです。
しかし、この暑さ、首に髪のまとわりつくうっとうしさ、密生した髪の間に汗をかく気持ちの悪さ、もう耐えられない。
恐る恐る顔を出した美容院では、怒られはしなかったが呆れられた。前髪は切れないから軽く揃える程度にしておきますね~、って。こんなことは以前にも時々あり、又々よっぽど短く切っちゃったのねという批難を暗に受け止めながら、自分の学習能力のなさに小さく首をすくめた私でした。
ちなみに、去年植木屋さんが丸裸にしてくれた我が家の庭は1年のうちに植物の繁殖力の強さを見せて再び鬱蒼としかけていたが、昨日きれいに手が入り、スッキリした(1年目と2年目では手入れの仕方が違うことを知った。うちの駄庭でもそれなりに造ってくれようという意気込みが嬉しい)。これが私の頭にも影響を与えたのかもしれない。

08/04 2116投稿)

<コメント>
こんばんはhappy01
前髪切り、バランスを取るのが結構難しいですよね。つい切りすぎてしまうし。
私も以前何を思ったか夜中にパッキリ一直線の前髪にしたくなり、しかも髪を水で濡らして切ってしまい気づいた時には「まことちゃん」状態にcoldsweats01
美容師さんに会うのが怖かった気持ちとっても良く分かります。。。
投稿 non | 20088 4 () 2311

non

こんばんは。
まことちゃん状態…しかも夜中に…想像して思わず吹き出してしまいましたhappy02
時々「自分で切るのよ」という方がいますが、どうやったら鏡を見て上手に切れるのかと不思議で仕方ありません。私など、鏡の中の手が上下左右の方向オンチになって、大混乱します。
投稿 SwingingFujisan | 20088 4 () 2334

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2008年8月13日 (水)

Swing part1復活

ご報告が遅くなりましたが、SwingSwingSwing のpart1は、本日無事復活いたしましたhappy01
ココログからの返答メール内容の意味がよくわからず(私の読解力の不足でしょうか)、ここへ至るまでにずいぶん惑わされましたが、今日午前10時から12時までの2時間で負荷を減らすことが復活の条件だったようです。何しろびびり屋ですから、2時間というタイムリミットに作業する手が震えて…コレを消せばいいんだよ、って教えてくれれば、気楽に作業できたのに~。

コントロールパネルを見ると、今回の事態が起きたときの容量は全体の23%強、そして記事と写真を削減した後の容量は23%弱。わずか0.3%ほどの削減量ですから、とても不安でした。2時間たって、再アクセスして、あの恐怖のフレーズが出てこなかったとき、どんなに嬉しかったことかgood

ただ、残念なのは、せっかくコメントをいただいた記事を削除しなくてはならなかったことです。そこで、その記事についてはいただいたコメントとともに、part2に移行することにしました。後ほど、できるだけ早急に作業を進めるつもりでおります。part1についてもたまに細々と更新するなりして、閲覧可能な状態を維持するようにいたします(1年更新しないと、閉鎖されてしまうらしい)。

皆さま、ご心配とお励まし、どうもありがとうございました。

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勝負と顔

谷本選手、おめでとうsign03 

私はスポーツ選手の<>を見るのが好きだ。その場へ赴くときの鋭い目。そして戦いに入る直前の静かに秘められた闘志。勝者の、その瞬間の喜びに弾ける笑顔(水泳のチャンピオンって、みんな吼えるよね。これも好き)、あるいは敗者の一瞬呆然とした表情(そこには敗者のすべての感情が窺えるようではないか。デコス選手とワールドカップ2002のカーン選手がかぶった)・・・。
そして、やや時間が経過した後の勝者の涙。みんな、ここまでの道程は厳しかったのだ、けっして順調に歩んできたのではない、さまざまな山を越えてきたからこその涙なのだと知り、私も涙する。
敗者は複雑だ。精一杯自分の力を出し切ってなお世界の壁は厚かったとサバサバした表情、重圧に負けて力を出し切れなかった悔いに満ちた顔、もっとやれたはずだと悔しがる強い目。こちらにもやっぱりうるうるしてしまう。

畳の上では男前な谷本選手、インタビューの時はなんて可愛らしいのでしょう。そういえば、アテネでも可愛い女の子だ(なんて失礼かな)と思ったのでした。

ところで、五輪とか世界的な大会って、やっぱり、深夜に周囲を気遣いながらきゃあきゃあ小さく騒ぎ、寝不足をぼやくっていうほうが<らしく>ない? 

nonに共感して、一部同様の内容をコメント投稿しましたが、自分でも書きたくなってしまいました。ごめんなさい。

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ガラスの仮面

812日 「ガラスの仮面」(さいたま芸術劇場)
08081301masque 国民的コミック(と言っていいかどうかわからないけれど)を原作とする芝居だが、コクーンでやっていたら行かなかったかもしれない。さいたま芸術劇場でやってくれてよかったsign03 これを見なかったら損をした、と思った。
開演前から蜷川的空気ふんぷん。舞台には照明がずらっと並んだパイプが降りていて、スタッフと思われる人たちが舞台の点検などをしている。劇場内には5分おきに「25分前です」「20分前です」というアナウンスが流れる。15分前になったら、バックステージツアー御一行様なのか、15人ほどの集団が2組、スタッフの案内で舞台に上がり、説明を受けている。そして又少したつと、通路からいろんな人たちが私服でやって来て次々と舞台に上がって行く。彼らは舞台上で着替えたり、ストレッチを始めたり。ああそうか、劇団の話なのだ。舞台は劇団の稽古場であり、観客は開演前にすでに物語の中に取り込まれていることになるとやっと気付き、私もニブいよなcoldsweats01と内心苦笑した。
劇団員たちの基礎稽古風景(ダンスとか発声とか)が終わると、登場順物の拡大された原画が描かれたパネルが何枚も舞台を行き交う。原作ファンなら涙を流して喜びそう。ファンでなくてもあのパネル欲し~い。
こういう漫画ってファンにとってはしっかりイメージが出来上がってしまっているから、舞台化するのはとても難しいと思う。役者と原作のイメージがかけ離れていたら、それだけでコケる可能性だってある。しかも、こうまではっきり原画を出されては!!

しかし、蜷川は自信があったのだ。マヤも亜弓も月影千草も、イメージを裏切らなかった。実は原作を読んでいない私にだって、それはわかった。そして、少なくともカーテンコールでの鳴り止まぬ拍手(何度幕が上げられただろう。私も思いっきりオバサン拍手をした)を聞けば、この芝居がそういう意味でも大成功であることは明白だ。
この芝居、なんてったって、夏木マリの存在感が圧倒的だ。舞台での事故で女優生命を絶たれた月影千草の芝居にかける執念、情熱、自分の後継者として「紅天女」ができる役者を育てようとする姿勢の凄まじさ、夏木マリは完全に月影千草であった。長い髪で顔を半分隠して、杖を突いて不自由な足を引きずるように歩くのは、勘助じゃないけど、かなりの身体的負担がかかるだろう。しかし夏木マリは全身で月影千草の熱い気持ちを表現していた。いや、表現していたのではない。ガラスの仮面とは、簡単に言ってしまえば、役者が舞台上で自分自身ではなく役になりきるということの比喩だそうだが、夏木マリはまさにガラスの仮面をかぶっていたのだ。

2300人のオーディション応募者の中から選ばれたという北島マヤの大和田美帆も、姫川亜弓の奥村佳恵もまた、ガラスの仮面をかぶっていた。大和田美帆は明るくイヤミがなくひたむきで(これは大和田美帆の天性だと思う)、ちょっとダサくて、でもすでにいくつかの輝きを表に見せたダイヤモンドの原石という難しい役になりきっており、私は彼女の感情の起伏を素直に共有することができた。
奥村佳恵は学園祭での演技経験しかないというのに、姫川亜弓そのものだった。クラシックバレーをやっていたというだけあって、姿態が美しく、声も凛とした品を備えている。しかし私が彼女の資質を感じたのは、亜弓がマヤをはっきりライバルとして意識した頃からである。自分がトップと思っていたのにマヤの実力を認めざるを得ない悔しさ、感情の高まりが波のように伝わってきた。でも、奥村佳恵の顔は劇中劇「たけくらべ」のみどりには合わない。
姫川亜弓の母親は姫川歌子という女優で、月影千草の弟子でもあるのだが、この歌子役の月影瞳(元宝塚。奇しくも月影という名前!)と奥村佳恵が実の親子のように顔が似ているのが面白い。月影瞳も凛として上品で、つまらぬおべっかを使ったり後ろ盾をもたぬ実力ある劇団に下らぬ意地悪をするような小人物とは異なり、娘のライバルであってもマヤの力量は認めるという女優としてのプライドを感じさせて、好感がもてる。
速水真澄役の横田栄司が意外と人間くさくて面白い。原作のイメージと同じかどうかは私にはよくわからない。でも速水って、カッコよくて一見冷たくて、でも本当はいい人なんだ。この芝居に占める速水のインパクトってそんなに強くないのだけれど、実は速水の存在がとても大きいと思わせる個性が光る(速水さん自身は、このカッコイイ役にとまどったらしいsmile)。
この芝居が成功した1つの理由は、音楽劇にしたことではないだろうか。歌がどれも素晴らしくて、メロディーnotesも心地よく、ていねいに歌う役者さんたちの声ものびやかで、わかりやすい歌詞がまっすぐに伝わってくる。それぞれのナンバーの使われ方も効果的。
蜷川さんは今年もまた精力的に演出活動を行っているが、もしかしたら潜在意識の中で一番やりたかったのは、役者は観客とともにあるというセリフの入ったこの「ガラスの仮面」なんじゃないか、ってちょっと思ったことでした。
<上演時間>180分、休憩15分、第275

追記1劇中劇の入れ方に工夫がみられる。亜弓とマヤが同じ「たけくらべ」で演技を競う場面は、2つの劇団の芝居を舞台上で同時進行させ、それは映画の2分割画面を見ているようだった。また、お得意の鏡を利用して観客が舞台の向こうに、マヤの演技を見る観客席を見ているような効果を狙ったり。それから、これはよく使われる手ではあるが、観客席の通路などに客役の役者さんが立つことにより、私たちもその<>と同格に芝居の中の観客なったような気分をもつ効果を狙ったり。劇中劇が終わると緞帳が下りてきたりするのも、客を芝居の中に取り込む効果がある。
追記21列目全席(多分)と2列目通路脇の座席に水除けのタオルが置いてあった。しょっちゅう雨が降ってくるのであった(もちろん、舞台に)。それもかなりの激しい雨である。役者さんは、大和田美帆ちゃんも含め、雨に打たれてズブ濡れになる。しかし、次の場面になってもぽたぽた水滴が落ちてくる。雨を降らす装置のしまりが悪いのだろうか。けっこう気になってしまった。
追記3蜷川の芝居は通路使用度が高いが、今回はとりわけ頻度が高い。私は前から2列目、通路から1つ中に入った席だったが、一番通路よりの人は「一角獣」というパフォーマンス集団が通路を走って配ったチラシをもらっていた(う、うらやまし~)。2列目というのはありがたい席ではあるが、前方席でおいしいのは3列目だと思う。2列目と3列目の間にも通路があって、そこで役者さんが演技するのです。
追記4前から2列目という席は、舞台の振動が伝わってくると知った。役者さんが舞台を走る、踊る、はねる、その振動が座席を震わせるのだ。動きを体感できるという意味では2列目もおいしいかも。
追記5今回、舞台の奥行きを妨げる大きなセットは置かず、置いたとしてもその場限りで、基本的に舞台が置くまで全部見渡せる。さいたま芸術劇場の舞台って、こんなに奥行きが広かったのかと驚いた。
追記6劇場入口で配られたチラシの中に「表裏源内蛙合戦」の扮装写真入りチラシがあった。これまでは文字のみのチラシだったから、<見たい気分>が昂揚した。でも、チケット取れるかしら、自信ない。
追記7もう1回見たいからって、今日その場でチケットを買えばポスターがついてくるのだったけれど、手帳を見て諦めた。
おまけ:スポンサーのサンスターから「Ora2」という歯磨きチューブのサンプルをいただきました。
08081302masque_3
←from お屋形さま to 於琴姫

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2008年8月12日 (火)

ありえね~

89日 対柏レイソル戦(埼玉スタジアム、1934キックオフ、46,981人)→22で引き分け
08081301vskasiwa 08081302vskasiwa
こんなに日がたっちゃっておマヌケなのだけれど、自分の悔しい記憶のためにも書いておきます。

めちゃくちゃ気分の悪い結果だった。点数は引き分けだけど、気分は負け、よ。
前半18分、先制され、あ~あ、今日もだらしねえなあとぼやいていたら、34分、阿部ちゃんのみ~ごとなゴールsoccersoccer1点のビハインドで前半を終わるのとは気分的にぜ~んぜん違うからね。とりあえずハーフタイムは希望をもって迎えることができた。
しかし、その後はどっちも決め手なく、このまま引き分けかいとイライラ。ところが4分もあるロスタイム、永井が決めた~sign03 なんてドラマチックup 沸き立つスタンド。私は「早く笛吹け、早く笛吹け」と心の中で叫ぶ。もう、そろそろなんじゃな~い?という時、コーナーでボールを巡って永井と相手選手が張り合っていた。永井はそのままキープで笛を待とうとしたのだろう。
それが甘いってannoy ボールは一瞬のうちに相手に奪われ、浮き足立つディフェンスは集中を欠き、あっと言う間に同点ゴール。私の席からはボールの行方がよく見えず、ぎりぎりサイドネットかと思って、ほっと息をつこうとしたその瞬間、なんか様子が変だぞ、柏サポが大騒ぎしている、こっちはど~と空気が抜けたような気配。よく見りゃ、なんと、ボールはちゃんとゴール内にあるではないかshock
信じられなかった。「あり得ね~」とみんな、叫んだ。私も叫んだ。「お前ら何やってんだよ~」とみんな、叫んだ。私も叫んだ。選手もサポーターも勝ちを疑わなかった最後の30秒、そこでぽろり、なんて。あのね、選手は勝ちを信じていても、笛が吹かれるまでは集中を切らしちゃいけないの。これまでだって、そういうことあったんじゃなかったっけ。もっと学習しろよ~angry
今日は、エジが故障して途中で梅ちゃんheart04と代わった(エジには悪いけど、やったねと思った。それにしてもエジ役に立たな過ぎpout)。梅ちゃんコールも起きた(写真、何百枚も撮ったlovely)。でも、失点には梅ちゃんも責任ないとは言えないねweep
それにしても達也が試合直前の練習で又ケガしたっていうのが納得いかない(なんで、そんなケガばかり繰り返すんだ。レッズの管理が悪いんじゃないの?)。心配。そして達也がいない試合はしまらないけれど、それでも勝てば、「終わり良ければすべて良し」だったのだ。審判の不手際もあった。柏の1点目なんてオフサイド取ってれば入らなかった点だ。しかし、審判がどうだろうと、文句の言えない勝ち方をしてみろよ、って言うの。
今、後半戦のチケットの先行抽選販売の当選チケット引き換え期間なのだ。私たちも一応ゲットはしたが、こんな調子じゃ、気がそがれる。やっと梅ちゃんというお目当てができたのに、あたしゃどうすればいいのだ~sad

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2008年8月11日 (月)

絶対オススメ:見事な巨匠対決

87日 「対決 巨匠たちの日本美術」(国立博物館)
08081101taiketu_2 いつだったか、電車の中で広告を見て、ぜひ行きたいと思っていたこの展覧会、あと10日(正確には11coldsweats02で終わりという頃になってやっと見ることができた。
最初の対決は「運慶 vs 快慶」。入口を入っていきなりの運慶が素晴らしい。躍動感にあふれるその仏像に対し、快慶は静かで左右対称の美しさを追求したという説明に、私は運慶のほうが好みだなと思っていたら、秀逸な作品は好みにかかわらず心をつかむ。胸にじ~んと沁み込んでくるような快慶の仏の静かな佇まいに、2人の仏師の登った山の高さは同じなんだとしみじみ思った。
次は雪舟 vs 雪村、以下永徳×等伯、長次郎×光悦、宗達×光琳、仁清×乾山、円空×木喰、大雅×蕪村、若冲×蕭白、応挙×芦雪、歌麿×写楽と、息のつまるような対決が続き、最後は鉄斎 vs 大観で締める。

歌舞伎ファンとしては、永徳のじいさまが「傾城反魂香」の狩野元信だとか、「金閣寺」の雪姫は雪舟の孫娘ってことになってたなとか、応挙といえばほら「応挙の幽霊」じゃんとか、そんな独り言を言いながら(口に出したら怪しいオバサンになってしまうから、もちろん心の中で)見て歩くのも楽しい。
雪舟の「慧可断臂図」、見る者に重くのしかかってくるグロテスクさ、いやドラマチックさと言おうか。雪村の「蝦蟇鉄拐図」、私の目にはこれもグロく映るものの、伸び伸びとした愉快さも感じられる。雪村は「金山寺図屏風」がよかった。緻密な線を用いながら、やっぱり伸びやかさがみられる(ように思う)。

とにかくボリュームが多く、国立博物館にたどり着くまでの暑さに辟易していた私は、中の混雑もあって脳の中に二酸化炭素が充満しだし、途中、立っていることさえつらくなった。休憩用の椅子を探したが、なかなか見つからない(コロー展では椅子がたくさん用意されていたのに)。ちょうど光悦とか光琳とか乾山のあたりで、それは頂点に達し、このまま倒れて作品を割ってしまったら、大変なことになる(では、すまないだろう)と、怯えながらふらふらと椅子を求めた。少し先でやっと見つけた椅子はしかし満席(みんな疲れているよねえ)。諦めて再び展示を眺めていたら、あいた。席があいた。ほっとして腰掛け、痛んだ膝を曲げ伸ばしし、目を瞑って頭と身体を休めた。だもんで、なんだかこの辺、頭がごっちゃになった。長次郎 vs 光悦のような茶碗系は大好きなんだけど(説明を聞いてよ~く眺めると違いがわかって面白い)、仁清 vs 乾山の陶器になるとついていけない。
ちょっと端折ってしまったこの辺りの対決だが、宗達の「蔦の細道図屏風」と光琳の「白楽天図屏風」は、強く印象に残った。宗達のほうは、蔦が生い茂る道を金地と、緑の帯、金地に緑をちょっちょっと載せた部分が幾何学的な構図で組み合わせて表現し、2枚の襖のどちらを右にしても左にしても合うように考えられている。計算し尽くされたということを感じさせない単純さが好きだ。光琳の作品は、白楽天が発した漢詩に対し、漁師に扮した住吉明神が和歌で応え、日本にも中国に劣らぬ文化があることを示したという内容だそうで、まずはそれが気に入った。波のうねりが、チューブからひねり出された練り物みたいで、垂直に近い形で波間にいる舟とともにインパクトが強い。

次は再び仏像対決。円空と木喰、片や鑿や鉈の削り後も荒々しい素朴な印象を受ける像、片やなめらかな丸みを帯びた穏やかな像、それなのにお顔を見ると、その表情は不思議と同じようなのである。清々しい気分になり、疲れを忘れてもっとこれらの像の前に佇んでいたいと思った。
蕪村と大雅、面白かった。蕪村なんてほとんど俳句でしか知らなかったけれど、大雅との「十便十宜帖」は非常に興味深い。同じテーマで2人が競作したこの計20枚の作品(大雅は自然とともに楽しむ生活を描き、蕪村は季節や気候を楽しむ生活を描いている)の本物は、期間を定めて少しずつ展示されているらしい。ある素封家の注文で描かれたというが、こういう趣味のもてる金持ちが羨ましいっす。

長くなるので急ぎます。若冲 vs 蕭白には圧倒され(蕭白の独特の画風は面白いけれど、私の好みは若冲だなあ。「仙人掌群鶏図襖」「石灯籠図屏風」は素晴らしいです)、応挙・芦雪の虎の絵には妙に感動し(ここでも「傾城反魂香」を思い出した。だって、本当に飛び出してきそうな虎なんだもの)、次は歌麿 vs 写楽へ。
先日、江戸博の浮世絵展記者発表で亀治郎さんの好きな作品として紹介されたという歌川国政の「市川鰕蔵の暫」、おお、そこでインパクトのあった<>って字がここにも。写楽「市川鰕蔵の竹村定之進」。これには思わず見入った。私は写楽の人物は生き生きしていると思うのだけど、やっぱり醜悪さがあるのは否定できない。歌麿は目と首の角度で気持ちを表現しているのがすごい。ところで写楽に関しては、清水義範の奇説が面白い(写楽はユダヤ人の画家シャイロックであったという。まったくないこともなさそうで。「蕎麦ときしめん」の中の「黄金の夢」という短編です)。
最後は富士山対決。鉄斎の「富士山図屏風」は、右隻が富士の全貌、左隻が山頂だけを描いたもので、力強く素朴な感じを受けた。いいなあと思っていたら、右隻が白い雲海だけ、左隻に雲海から顔を出した青い富士という大観の「雲中富士図屏風」もああ、これぞ富士という気がして、とてもいいのだ。
ど素人の私には、専門的な評価はまったくわからないけれど、好みは別として、いいものはいいのだ、ということはわかった気がする。
おまけ:音声ガイドははじめ借りる気はなかったのだが、それぞれの対決をいろんな声優が解説するっていうウリに惹かれ、又々借りてしまった。「巨匠対決」というこの素晴らしい企画に声優対決っていうのがなかなかではないか。私にとってこの人はこの役っていう声を期待していたけど、みんな意外と普通に喋っていた。唯一、野沢なっちゃんが、あのノリで解説してくれ、思わずニヤリとした。

PS この展覧会を見に行っている間にブログにトラブルが起きたのです。まだご覧になっていない方には是非お勧め。そう思ってすぐに感想っプするつもりでいたのに(何しろ17日までだから)。それが無理でも再開を目指して、早くから感想を書いておけばいいものを、あまりガックリきて、その気がなかなか起きず、今頃になってしまいました。下に、思いっきりこわごわ写真載せました。
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木陰を歩けば、さしもの熱気もかなり薄れる。





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いつものテラスで。


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有言実行男!!

北島、やったsign03
自らの予言どおりのタイムで、しかも世界新だsign03 世界一の涙だぜ。
いい顔してるもの。気概とか精神力が表れている。北島は卓球の福原とともに中国での人気が高いんだって、この前TVで言っていた。

内柴の金も嬉しかった。

開幕前はほとんど関心がなかった五輪。それが始まってみれば、スポーツ好きの血が騒ぐ。

それにしても、日本のTV局よ、マイナースポーツ(日本ではマイナーだっていう意味)をもっと見せてほしいよ。

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2008年8月10日 (日)

緊張のpart2、どうぞよろしくお願い申し上げます

みなさま~heart04
しばらくでございました。SwingingFujisanでございます。
このたび、SwingSwingSwingが突如<アクセス禁止>になり、大変申し訳ありませんでした。
ご心配くださった方、ありがとうございます。アクセスしたら、いきなりのインパクト画面でご不審に思われた方もたくさんいらっしゃると思います。私自身、「えっ、私、いったい何悪いことしたんだろう」とおろおろしました。慌ててココログに問い合わせましたところ(メールでしか問合せられないのが、非常にもどかしい)、高負荷が確認されたため、サービスの提供に支障をきたすと判断し、利用停止にしたということでした。
突然、通告もなく、ですから、とまどい、ちょっとangryだったのですが、そこに提示されている規約を見れば、たしかに通告せずに停止できることになっていました。この規約、私がブログを開設した後にできたものらしく、気付きませんでした。あるいは連絡を受けていたとしても、読まなかった→規約は必ず読みましょう
知らされていたものを読まなかったとすれば、それは自分の非なんでしょう。記事がアップできないのも寂しかったけれど、みなさまに、何のお知らせもできずにアクセス禁止状態が続いていることが、何より一番つらいことでした。
さて、SwingSwingSwingに関しては早速再開手続きを行いましたが、再開と同時に負荷状況を改善せよ、高負荷が継続すれば、再びアクセス禁止になると。ただし、高負荷の原因については教えてもらえませんでした。原因がわからなければ、改善の仕様がないではないか、と非常に不満に思うのですが、どうしようもありません。確かに私の書くブログはやたら長い。しかし割り当てられた容量はまだ4分の1しか利用していないと思われるのです。唯一、手がかりとなるのは「記事数を減らすとかサイズの大きいファイルを削除するなどの対策を取るように」という一言なので、となると、私の推測では、1回のアップとして7日の蝶の写真が大きすぎたことくらいしか考えられません。
そこで、再開後はさっそく写真等の整理をするつもりですが、何しろ原因不明のまま作業をすることになりますから、それがあさっての方を向いている可能性もあります。となれば、又強制閉鎖されてしまうcrying
ということで、このたび思い切って別途ブログを開設することにしました。サーバーを変更することも考えたのですが、すべてに慣れていることを理由に、再びココログに登録しました(本当は、こちらもまたすぐ閉鎖されはしないかと、始めたばかりの今、すでにびびっておりますsad)。と同時に、これまでのSwingiSwingSwingについては、どのようにするのが最善か、方法を考えたいと思います。
又、長くなりました。
どうぞ、SwingSwingSwing同様、part2もご愛読くださいますよう、隅から隅までずい~と請い願いあげ奉りまする。

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