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2008年9月

2008年9月30日 (火)

馬は波の彼方へ、風船は空の彼方へ

928日 映画「白い馬/赤い風船」
何十年も前から見たくて憧れ続けてきた映画である。憧れというものはとかく頭の中で理想化・美化しがちで、実際にそれを見るとがっかりするものだといわれるが、「赤い風船」も「白い馬」も憧れにふさわしい、素晴らしい映画であった。前者は1956年、後者は1953年の作品なのに、まったく古さを感じさせない。パリの町の、あるいは海辺の村の人たちの日常を淡々と描いて瑞々しく、その日常に起きる事件ともいえない出来事を切り取ることにより、映画ははらはらどきどきさせる要素さえもっている。
「白い馬」は野生の白馬と少年の、「赤い風船」は題名のまま赤い風船と少年の物語である。一篇の詩のでもありファンタジーでもあり、しかし突きつけられたものは案外胸を突く。監督はともにアルベール・ラモリス。
以下、ネタバレします(本当はいろ~んなエピソードをご紹介したいのだけれど、長くなるので諦めます)。
「白い馬」のとてもおおざっぱなストーリー
南仏カマルグの荒地に棲息する野生の馬たち。そのリーダーの白い馬を馬飼いたちはどうしても捕まえることができない。捕らえてもすぐに逃げ出してしまうのだ。ある日、漁師の少年フォルコはこの馬に魅せられ、馬飼いから守ろうとする。馬ははじめフォルコのことも振り切ろうとするが、やがてフォルコと馬の間には信頼関係のようなものが生まれる。しかし馬飼いたちは執拗に白い馬を追い、ついにフォルコを乗せたまま白い馬は海に飛び込み、沖へ沖へと向かって行くのであった。
「赤い風船」のとてもおおざっぱなストーリー
ある朝学校へ行く途中、パスカルは街燈に赤い風船が引っ掛っているのを見つけ、街燈によじ登って、風船を手にする。しかしバスでも学校でも自宅でも風船と一緒はダメ。自宅窓から風船は空に放たれてしまう。ところが、風船はパスカルの窓を離れず、ふわふわと浮いている。翌日から、風船は学校でもどこでもパスカルの行くところには後ろからついていくようになる。そんな不思議な風船を悪ガキどもが追いかけ、ついにはつかまえて、パチンコで撃ったりしていじめる。パスカルが気付いて助けようとしたとき、風船はついにしぼんでしまう。ゆっくりゆっくりちりめんじわを寄せてしぼむ風船。と、それを悪ガキの誰かが無慈悲にも足で踏みにじって割ってしまう。泣き出すパスカル。その瞬間、町中の風船という風船がパスカルのもとに飛んできて、パスカルを空へ舞い上がらせ、風船とパスカルは高く高く空の彼方へ飛んでいくのであった。
馬と風船の演技?
フォルコもパスカルもとても自然で、演技はしているんだろうけれど、そうは見えない。本当にそこで生活している少年のドキュメントみたいな感じさえある。フォルコはいかにも海辺の少年らしく、逞しく(体が、っていう意味ではない)やさしい。妹との約束だったのだろう、つかまえてきた亀を手渡す場面に、この少年の性格や暮らしぶりが垣間見える。セリフはほとんどなし、必要最低限のナレーションが入るだけのモノクロ映画なのに、そうした一見どうということのないシーンが大きな存在感をもつ。またパスカルは都会のいたずらっ子かもしれないが、雨が降ってきたら、道を歩く大人に頼み込んで自分は濡れても風船を傘に入れてもらうというやさしさがある。風船がからかうようにパスカルの後ろをついて飛ぶ様は実に生き生きとして微笑ましい。
いっぽうで馬と風船はどうであろうか。馬飼いから逃げ、離れた群ではすでに新しいリーダーがいて、戻った白い馬はその新しいリーダーと地位を賭けて戦う。風船はまるでパスカルの友達である。CGもない50年代という時代にどうやって馬や風船にあんなリアルな演技をさせたのだろう。

自由の世界へ:支配か共生か
「白い馬」は自然を支配しようとする人間(馬飼い)と自然と共生しようとする人間(フォルコ)の葛藤ともいえるが、「赤い風船」のことも考えると、自由を支配しようとする人間と自由を求める人間の葛藤といったほうがいいのかもしれない。風船は、人間にとって夢と自由の象徴のような気がする。遊園地で色とりどりの風船を売っているのを見るだけでも楽しいし、風船にぶら下がって空を飛びたいと一度でも考えた人はたくさんいると思う(そういえば、いくつ風船があれば人間は飛べるかという実験をしたTV番組を思い出した)。結局、この世界に共生と自由はなく、海の彼方、空の彼方にあるだろう世界へ少年は連れて行かれたのだ。いや、馬から降りなかった、風船をもつ手を離さなかった、という意味で、少年自身の意志もあるとみてよいだろう。この結末をどう捉えるか。現実的に考えればむごい。ファンタジーならば、夢がある。ならば、ファンタジーとして捉えよう。
野ウサギとフォルコ
白い馬に乗ったフォルコは野ウサギを見つけ、執拗に追い回すシーンがある。私は最初、遊んでいるのかと思っていた。それにしちゃしつこいし、ウサギは時々身を縮めて震えている。やがてそのシーンが終わったら、なんと、フォルコは火をおこして肉を焼いているではないか。ちょっとショックだった。彼らはそうやって必要最小限の食べ物を手に入れていたのだろうか。
ベルヴィルと私
「赤い風船」の舞台となったのはパリ20区のベルヴィル。ここはかつて娘が一時期暮らしていた町であり、私の今のところベストワン映画「夕映えの道」の舞台となった町でもあり、数年前、娘に「夕映えの道」ツアー風に連れて行ってもらった。普通の観光ではなかなか経験できない町歩きをしたこのときが、私のパリ旅行で一番楽しい思い出である。その地区が「赤い風船」の舞台だということは映画を見るまでまったく知らなかった。あこがれの映画での思いがけないベルヴィルとの再会に胸が熱くなった(50年代と今では町の様相は変わっているんだろうけれど、この道娘と歩いたかもしれないな、なんて)。
<上映時間>「白い馬」40分、「赤い風船」36
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←ベルヴィル公園の中

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←ベルヴィルの高台から。右に見えるのはエッフェル塔。

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2008年9月29日 (月)

追い込み

銀座へ出たついでに、浅草の平成中村座を見てきた。
雷門から入ったため、仲見世で(人々の)大渋滞にぶつかり、大変な思いをしてやっと宝蔵門にたどり着き、さあ中村座はどこかしらとウロウロ探して歩くと、本堂の裏手にそれらしい壁が見えてきた。
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小屋を囲む塀をぐるっとまわってみると、
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写真を撮っていたら警備員の方が、「明日だったらよかったのに」と。なんでも明日看板が取り付けられるそうなのだ。確かに中村屋さんの紋だけでは寂しいと気がついた。一度出来上がってきたのにサイズが合わなくて作り直したのだとか。また、5年前とは屋根の色が違うということだが、それは気温を考慮したものらしい。
08092903nakamuraza 座が開いたらチケット売り場になるのだろうか、小さな小屋にチラシが置いてあった。けっこう色々な方が立ち寄ってチラシをもっていったり、「中村座は前に見たことあるよ」と近所の方らしき自転車のオジサンが声をかけていったり、なかなか関心は高いようだ。私も「3回見に来る予定なんですよ」とつい言ってしまった。
裏を覗いてみると、最後の追い込みというところでしょうかsweat01
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ああ、もっと早く、見学に行けばよかったなあ。骨組みの段階で一度見たかった。
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1日からは、江戸の町を模した奥山風景が始まり、子供歌舞伎が上演されるとのことだ。また1015日から1116日まで本堂落慶50周年を記念して大開帳が行われる。いつ行っても1日じゅう飽きることのない浅草だけれど、この期間はまた何とも楽しみですなあ。
08092906nakamuraza なお、中村座は花やしき側から境内に入るとすぐ(普段は鳩バスの駐車場?)。自分は絶対乗らないけれど他人の絶叫ぶりを見るのが大好きな私は、スペースショットからの絶叫(「降ろして~sign03」「こわいよ~bearing」)を存分に楽しみましたbleah
おまけ:中村座の脇に(駐車場の脇というべきかな)九代目団十郎さんの「暫」の像がありました。
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2008年9月28日 (日)

本日の歌舞伎座

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本日のKen'sさん

銀座で朝イチで映画を見た(感想は後ほど)。その足ですぐ浅草へ行くつもりが、目に見えない力でぐいぐいとKen'sさんまで引っ張られsmile、ランチしちゃいましたdelicious
合鴨ロースのパストラミセット+ミニサラダをいただきました。サラダのドレッシングは、A.クレタ島のバージンオイルとバルサミコ酢、B.サウザンアイランド、C.粗挽き金ゴマドレッシングの中からAを選びました。美味に満足。
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シネマ歌舞伎展に触発されて

演舞場千穐楽の前に、ソニービルでやっているシネマ歌舞伎展をちらっと見てきた。
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階にはディレクターチェアやカメラが置いてあって、シネマ歌舞伎の撮影現場が再現されている。2階は表情、鮮やかさ、ディテールの3つについて、映像で説明。「文七元結」で使われる破れ障子などの道具も見ることができる。4階でも何かやっているようだったが、よくわからなかった。8階では200インチの大画面でシネマ歌舞伎の見所を集めた映像を流している。私が覗いたときにはちょうど「二人道成寺」をやっていた(そのあとすぐに「連獅子」に変わったけれど)。シネマ歌舞伎はこれまでに2本見たが、そのいずれも、あまりの臨場感に劇場にいるのと同じ気分になって思わず拍手しそうになった。この時もほんの12分映像を見ただけですぐにその世界に入り込み、拍手しかけ、そうしたら見たい見たいと思う気持ちに歯止めがかからなくなり、即その場を立ち去り、東劇へと走った。
「二人道成寺」は私が行こうと思っていた日のチケットがWeb松竹では完売で、他の日にしようかどうしようか、ぐずぐずと迷っていたのだ。もしかして劇場でなら手に入るかもしれないと思い立ったら、気が急いて、汗をかきかき窓口へ。その甲斐あって、バッチリいいお席が取れました。嬉しい~。窓口で訊いたら、Webの扱い分は数があまり多くないみたいですよ。
なお、シネマ歌舞伎展ではスタンプラリーがあって、筋隈、猿隈、公家荒れ、土蜘と4つの隈が集められる(上手に押さないとズレる)。だからってどうということもないけれど、旅先でスタンプを押すみたいな楽しさは味わえる。
シネマ歌舞伎展については、はなみずき様が詳細に紹介されていらっしゃいます。ぜひ、そちらをお読みになってくださいませ。
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2008年9月27日 (土)

9月はかさねで終わった

「色彩間苅豆」
やっぱり海老ちゃんが美しかった。とても悪い男なのに、全然悪く見えないのはどうしたわけか。しつこい女につきまとわれて可哀想とまで思ってしまう。
そのしつこい女(なんて言ったら、あっちからもこっちからも石礫や鉄拳punchが飛んできそうcoldsweats02)かさねの身になってみれば、その思いはいじらしい。そりゃあ一途に惚れた男だし、子まで身ごもったんだし、必死な気持ちはわかる(そうそう、これもHineMosNotari様情報ですが、与右衛門は35~36歳だそうですよshock それに対しお初16歳。少女が大人の男に夢中になるのも無理はないか。してみると、やっぱり与右衛門は悪いヤツだなぁ)。亀ちゃんのほっそりとしなる体、流れるような動きが、純情さの中に思いの丈を迸らせて美しい。醜く変わった顔も、かさねの美しさを損なうほどではない、と私には思えた。亡父の髑髏の怨念によって、かさねは身も心も醜く変化する、と筋書きに書いてあったが、心の醜さも感じなかった。ただただ一途な思いが与右衛門を引き戻す、ような気がした。そのせいか、因果の恐ろしさというものはあまり伝わってこなかった。
元々舞踊劇はちょっと、いやかなり苦手。海老・亀でなかったら大半おやすみタイムになっていたかも。とにかく美しい男女の美しい舞踊--歌舞伎舞踊の美が集約されているという印象でした。
ところで、私はこの「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」という題名の振り仮名を見ると、思わず笑ってしまう。ついつい「ちょっとおまめちゃん」と読んでしまうのだ。かさねはおまめちゃん~なんて、ね。「かさね」ファンの方、ごめんなさい。この題名、どういう意味なんでしょうか。
おまけ:海老ちゃんの膝がま~るく色違いだったのが少し気になった。脚全体は白塗りなんだけど、板に膝をつくから地の色が出ているのか、それとも赤くなってしまったのか、その膝が1日出ずっぱりの海老ちゃんの奮闘ぶりを物語るような気がして、ますます海老ちゃんを好きになってしまうのでした。

さて、終演後、珍しく自宅に直帰する必要がなかったので、ステキな和服に身を包んだ友人を急き立て急き立てKen’sさんに駆け込んだ(汗かかせちゃってごめんね)。ラストオーダーぎりぎりのジャスト9時半にドアを開け、恐る恐る、ぎりぎりアウトでしょうか?と伺うと、優しい笑顔で「大丈夫ですよ、どうぞどうぞ」とおっしゃってくださった。お言葉にあまえ、今月いっぱいという08092601kenscafe 念願の夏メニュー、「ミニトマトと生ハムの冷製パスタ」を頂くことができた。たっぷりの生ハムもトマト(丁寧に湯剥きされたミニトマトがこ~んなにたくさん)も大好きな私、スパゲッティーニでしょうかフェデリーニでしょうか、細いパスタに絡めたオリーブオイルとバジルのソースがあまりに美味しくて、さっき演舞場でお弁当をしっかり食べたのに、ぺろり。お皿の底に残ったソースまでスプーンですくって頂いてしまいました(ちょっと意地汚いかな、と半分くらい残したのが心残り)。今月はもう夜伺う機会はないと思うので、ラッキーでした。

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2008年9月26日 (金)

2度目の加賀見山は千穐楽

925日 新秋九月大歌舞伎夜の部千穐楽(新橋演舞場)
「加賀見山旧錦絵」
今日の席は上手寄りでもう、もろに目の前の海老ちゃんのオーラを受け、又々海老ちゃん熱が上昇してしまったheart04。序幕なんか、ほとんど海老ちゃんの横顔しか見ていなかったんじゃないかというくらいlovely。なんて非の打ちどころのないきれいな顔なんだろう、いつまで見ていても飽きない。私、何しに来てるんだ、と時々はっと気がついて、あわてて芝居も見た。海老ちゃんの岩藤から目を移すと、梅枝クンの花のかんばせshine。海老岩藤が毒を含んだ黒百合なら梅枝姫は白百合だろうか。このお姫様、木曽義仲の息子・義高と許婚だったのね(ここでもまた木曽かい。今月は木曽month?)。義高は吉右衛門樋口が命がけで守ろうとした駒若なんだろうか。でも、このお話では義高はもうこの世にいない。

海老ちゃんは、とにかく目がすごい。姫が尾上に旭の弥陀の尊像を預けると言っているときなんか、半目になった目が「もう、何おっしゃっちゃってるの~annoy、預ける相手が違うんじゃございませんこと~think」と呆れている(実際のセリフでもイヤミたらしくそんなようなことを言っていた)。そうかと思うと、くわっと見開いた目で尾上やお初を睨み倒すeye。凄みを利かせた声、でかい体、海老ちゃんのド迫力に、思わず客席が笑い出してしまう。海老ちゃんloveの笑いには聞こえるけれど、ちょっと笑いすぎじゃない?
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幕目では今回も泣かされた。まずは、帰りの遅い主人を案じて迎えに出ようとする亀ちゃんお初がよい。部屋をきちんと整えて、外へ出る。すると重い足取りの尾上が戻ってくるのに出会う。このとき浄瑠璃が「羊の歩み、隙(ひま)の駒」と語る。これはHineMosNotariがお気づきになっていらしっゃるのがちょっと面白くて、今回は必ず聞き取ろうと思っていた。この詞章の意味はNotari様が解説なさっているので、そちらでご覧ください。
忠臣蔵を引いてお初が尾上に意見するのは、最初から意図してのことかと思っていたが、「師直の憎さよ」と言いながらブルブル震えるほど強く火箸を灰に突き立てる尾上を見て、事情を察するようにも感じられた。果たして、忠臣蔵はたまたまお初が口にしただけなのだろうか。それとも意図的に出しておいて尾上の態度で確認したのであろうか。私にはよくわからなかった。
ちょっとここで又ナンセンス突っ込みを。お初が尾上の文箱の中身を見て慌てて戻るでしょう。そうすると尾上は腹に刀を突き立てていて「遅かった遅かった」とお初に恨み言みたいに言う。自分で早く行けと使いに出しておいて、お初がもしちゃんと使いを完遂していたら、こんなに早く帰ってこれなかったのに、何言ってんの尾上さん、とこの前も今日もそうツッコミたくなったよsmile
それはさておき、お初が旭の尊像を盗まれたことを知って、岩藤の後を追おうとすると、尾上が苦しがって「あああ~~」と呻く。お初は慌てて尾上のところに戻りかけ、でもやっぱり岩藤を追わなくちゃ。そこで又尾上の「あああ~~」。ってこれを3回くらい繰り返すのね。このとき、客席が笑っちゃって。今日はよく笑いが起こる。
笑いの締めは、倒れた岩藤を腰元6人が運ぶところ。6人のタイミングが合わなかったのか、一瞬持ち上げ損ねて、危うく腰元さん1人が後ろに倒れそうになって。何とか持ち堪えて無事奥へ運び込んだからほっとしたけど、この前見たときより、持ち上げた高さが低いように思った。
時蔵さんは、この前見たときには、本来大らかなこの人がこんなに苦しんじゃって…と胸が痛んだのだが、今回は最初から辛気臭い感じがした。こっちの目が慣れてしまったのか、それとも1カ月この役をやっているうちにすっかり暗くなってしまったのかしら。だとしても、無理はない。かわいそうな時様、いえ尾上様weep 満座の中で受けた恥辱、あなたの重い気持ちを思うと、私の胸は締め付けられるようです。お初がいてくれたことが、せめてもの救いです。時様の風格はさすが。
亀ちゃん、可愛かった。旦那様を思う心持が強く感じられた。亀ちゃんという人はおりょうのような、利発で勝気、ちょっと小生意気な、という役が合っている。このお初では小生意気さは封印しているけれど、亀ちゃんらしいお役であると思う。ただ、前回見たときはいじらしさに欠けるような気がしていた(菊之助さんからはこれが滲みでるのよねheart02)。それが今回は思いがけずいじらしくて、お初ちゃんよく頑張ったねと抱きしめてあげたくなっちゃったheart04
誰かが、とくに女性がいじめられる芝居は嫌いなんだけど、「加賀見山」は岩藤のキャラのせいか、お初の奮闘のせいか、はたまた勧善懲悪的終わり方のせいか、あんまりイヤではない。
おまけ:尾上がお初に持たせる手紙を書く場面。筆運びがとてもリアルで実際に書いているのかと思ったほど。というのも、墨をつけ直して筆を進めた部分は濃く、そのままさらさらと続けた部分は薄く、文字が書かれているように見えたから。そういう細かいところまで配慮されているんだなあ、と感心した。

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2008年9月25日 (木)

ぜ~んぶビートルズ

924日 映画「アクロス・ザ・ユニバース」
ビートルズの曲を題名にしたミュージカル映画である。ビートルズ世代としては、全篇彼らの曲を使ったこのミュージカルを見ない手はない。しかしなかなか機会がなく、今日やっと見ることができた。しかも知らずに出かけたら毎週水曜日はレディースデイとかで1000円。本当は月曜日に見るつもりがうまく時間を取れず、今朝は今朝で高い当日券覚悟だったのだ。ラッキー♪
この映画は、はじめにストーリーありき、なのではなく、ビートルズの歌があって、そこからストーリーを作ったのだそうだ。全200曲の中から監督が厳選したという33曲(私、全曲を知っているわけではない)。その歌詞を基本にストーリーが構成されているから曲の使われ方がとても自然。また通常ミュージカルにありがちな、いわゆるダンスシーンはほとんどなく(全然なくはない)、日常的な動きが踊っているという感じで、ああそういう動きすることあるよな、と違和感がない。歌はビートルズでも吹き替えでもなく、俳優自身が歌っている。アレンジによって思いがけないバラードになったり、ゴスペルになったりで、聞いているこちらは単にノスタルジーに浸るのではなく、新鮮なときめきを覚える。時代は60年代(ベトナム戦争真っ只中)、アメリカにおける若者たちの姿が生き生きと描かれている。それは今の若者に置き換えても全然おかしくない。
この映画のすごいところは、ビートルズの曲を使っているというだけではない。さまざまなビートルズが、ビートルズをよほど知っていなくては気付かないことから誰でもわかりそうなことまで、まあよくぞと感心するほどあちこちにちりばめられているのだ(私、ビートルズ世代とは言いながら特別詳しいわけではないから、プログラムを見て初めてああそうだったのかと教えられることが多い)。たとえば、造船所の老職員の「私は自分にこう言い聞かせた、64歳になったとき」というセリフは、「When I'm sixty-four」の歌詞そのままだとか、ジュードがアメリカで起きた爆破事件の新聞記事をリバプールで読むときに流れる曲「A day in the life」は「I read the news today, oh boy」という歌詞に基づいているとか(映画プログラムより)。細かいことを挙げたらキリがないから、誰でも気付きそうな2点だけ紹介しておく。
①登場人物の名前。主な登場人物であるジュード、ルーシー、ジョジョ(この映画のジョジョは、ジミヘンをイメージしているらしい)、マックス、セディ(ジャニス・ジョプリンがモデル)、プルーデンス。みんなビートルズの歌詞に出てくる名前だ。そのほかの登場人物もビートルズの歌に由来している。
②ラストでセディとジョジョが屋上ライブをするが、これはビートルズ自身のドキュメント映画「Let it be」を意識している。内容はもうほとんど覚えていないが、ビートルズが屋上でこの曲を演奏していたシーンがはっきりと甦ってきた。この後に、思わず拍手をしたくなるようなラストシーンが待っている。

さて、ビートルズこの1曲といったら何だろうか。映画のプログラムに30人くらいの有名人に聞いた「この映画の中でとくに印象的な曲は?」というアンケートがある。私は「ヘイ・ジュード」が歌われたときに、ああなんていい歌なんだとふと涙が滲んできたので、この曲に決まりか、なんて思っていた。そうしたら、ラストでジュードによって静かに歌われた「愛こそはすべて(All you need is love)」、やがてセディ、ジョジョ、プルーデンスのコーラスが加わり、気持ちがどんどん高揚する→大どんでん返し、こっちに決まった。この曲はニコール・キッドマンの「ムーラン・ルージュ」でも歌われていたと思うが、やはりこうした物語の中で使われると大変ドラマチックだ。ただ、ビートルズオリジナル全曲から選ぶとなると、この映画では使われていない「イエスタデイ」かなあ。いやいや、1曲にはとても決められない。
見終わった後はそうでもなかったのに、時間がたつにつれ、そしてこうして映画を振り返るにつれ、また見たくなってきた。主人公ジュード役のジム・スタージェスのちょっと頼りなげな顔もいいが(どことなくポール・マッカートニーに似ていなくもない)、私は鋭い目したマックス役のジョー・アンダーソンがよい。能天気な学生だったマックスがベトナム・シンドロームに陥る様は痛々しい。
メジャーな俳優は1人もいないこの映画は、それだからこそ新鮮なのかもしれない。
なお、監督のジュリー・テイモアは舞台版「ライオン・キング」を手がけた人だそうだ。それよりも私の注意を引いたのは、映画「フリーダ」の監督だということ。「フリーダ」はチケットを買っておきながら、ついに見ることができなかった。今回映画を見て、そのことがとても悔やまれる。
<ごく簡単なストーリー>リバプールの造船所で働くジュードは、米兵だったという父親に会いにアメリカに渡る(最初は存在さえ知らなかった息子の突然の出現にとまどう父親だが、この父親が後になってさりげなく泣かせる)。アメリカでジュードは、マックスというプリンストン大学の学生と親友になる。ニューヨークに出て、グリニッジビレッジに住み着いた2人にはロック歌手のセディ、ギタリストのジョジョ、元チアリーダーのプルーデンスといった仲間ができる。やがてマックスの妹ルーシーもニューヨークにやってきて、ジュードとの間に恋が芽生える。しかし60年代、アメリカはベトナム戦争の真っ只中にあり、マックスにも召集令状がくる。反戦運動に加わるルーシーとジュードとの間には考え方に隔たりがあり、2人の気持ちがずれたところでジュードは不法滞在がばれ、イギリスに強制送還される。ケガをしてベトナムから帰ってきたマックスは一時期精神を病んだものの立ち直りを見せる。そして、ジュードは再びアメリカへ。
<上映時間>131

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2008年9月24日 (水)

久しぶり

9月24日 対アルカディシア(クエート)戦(埼玉スタジアム、19:30キックオフ、41,790人)→2対0で勝利
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勝ちましたsign03
ACL準決勝進出ですhappy01
ずいぶんハラハラもしたけど、久しぶりにスッキリした気分scissors
この前の大宮戦はよく走っていたと新聞評に出ていたけど、今日もみんなよく走っていたと思う。ポンテなんて最後いっぱいいっぱいで起き上がれなかったくらい。でもまあMVPは相馬かな。先制点を決めたし、体を入れてよく防いでいたし。
高原に代えて永井が出たら流れが悪くなって、最後の15分くらいは叫びっぱなしだった。
こういう試合運びだと、梅ちゃんの出番はないな、残念だけど。
というわけで、予定外の祝勝会(反省会じゃないよwink)にこれから繰り出しますbeer

日付の変わる前に何とか帰ってきました。今日の勝利にはサポーターもかなり貢献したと思うよ。相手GKはレッズサポ席を背中にしてゴールキックを蹴るたびに、スタジアムじゅうを揺るがすようなブーイングにちょっとびびっているようで、しまいにはキックが小さくなっていたもの。相手のシュートもサポの声でコースがそれたような気がする。選手、サポ一体となった気迫の勝ちだね。
こんな酒(ったってbeer3杯だけどね)の味は本当に久しぶりshine

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たまには…

好きなことばかりしてご先祖さまをないがしろにしては申し訳ないと、昨日墓参りをしてきた。父も行きたがったが、足の状態と休日の混雑状況を考えると難しく、今回は断念、私が名代として1人で出かけた。
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私が生まれたときにはすでにこの世にいなかった祖父母、孫の顔を見ることができなかったのはさぞや無念だろうと、こんなオバサンになってしまったけれど、しっかり顔を見せてきた。

祖父母に別れを告げるときはいつも後ろ髪を引かれる思いだ。気持ちよく掃除できただろうか、遠いことを言い訳に年に1度か2度程度しか会いに行かない孫が帰っちゃったらおじいさんおばあさんは寂しがりはしないだろうか、そう思うとその場を去りがたく、「又来るからね」と語りかけながら振り返り振り返り、墓所を後にした。
墓参したご褒美だろうか、夕方時々刻々と変化する空の妙味にしばし時間を忘れて見入った。
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2008年9月23日 (火)

<歌舞伎>堪能その2:河内山

08092303tobae 「鳥羽絵」
清元の歌詞が面白いらしかったけれど、よく聞き取れなかった。これが聞き取れていれば、きっと踊りももっとよくわかったんだと思う。わかりやすい空飛ぶ擂粉木は、唐突でびっくりしたけど面白かった。ネズミの着ぐるみの鷹之資クン、可愛かった。ということで、天王寺屋親子の微笑ましい踊りでした、で、ごめんなさい。ちなみに記録を見ると、これって、必ずしもネズミ年に上演されているっていうわけでもないのね。
08092304koutiyama 「河内山」
この芝居は何度見ても痛快で好きだ。本当はちょっと粘り気のある吉右衛門さんよりカラッとした仁左様の河内山のほうが好きなんだけど、今日の吉右衛門さんには思ったほどの粘っこさは感じなかった。意外にカラッと感があって、「かっこいい~」と思わず口に出そうになったほど。
本当は悪党だっていうけど、すっきりした江戸っ子ぶり、大名を手玉に取る知恵と度胸、有言実行、河内山はどれをとっても、<いい男>である。しかも愛嬌もある。私は「ひじきにあぶらげの煮たのばかりをうまそうに食ってる」というくだりが好き(私もよく食っております)。バカにしているようではあるが、庶民に対する愛情のようなものが感じられる。だからそのセリフを聞いて笑えるのだ。

で、歌六さん、左團次さん、吉之丞さん、と出てくりゃ、それだけで見惚れちゃう、聞き惚れちゃう。とくに吉之丞さんはやっぱりいいなあ。大店の女主人らしい風格がある。そして私はこの人のセリフまわしが好き。聞いていて心地よいのだ。
染五郎さん、竜馬とは正反対な短慮で癇症なお殿様が、ぴったり合っていた。実は、このお殿様登場のところで、幕見からの疲れが出て、ちゃんと見ていなかったのだが、断片的な印象では、本当に普段から額に青筋が立って、こめかみのあたりがぴくぴくしていそうな、そんな感じがした。
吉右衛門さんの「バカめ~」の高笑いに、盛綱陣屋の涙をちょっと向こうへ追いやり、気持ちよく帰路につけた夜の部でした。
初代を知らない私がこんなことを言うのも変だけれど、吉右衛門さんが初代の芸と心を継いで丁寧に演じていることが伝わるようで、歌舞伎を堪能した~という満腹感を覚え、そっちのほうの食欲も大いに満足したのでした。
<上演時間>「鳥羽絵」15分、幕間15分、「河内山」95分。終演2056
おまけ:2階ロビーで先代の写真や自筆の俳句、ゆかりの品が展示されている。昭和2211月、白鸚さんが「逆櫓」の樋口を演じたとき、煙草入れを贈ったそうだが、それにつけた手紙が、ここは動いてはいけない、あそこはこれでよい、などと書かれていて興味深い。
昭和25年頃御園座公演の合間に野球のユニフォーム姿で撮影された珍しい写真がある。1人で写っているのと、他の役者さんなどと写っている2枚で、後者には白鸚さん、又五郎さん、先代時蔵さん(当時、梅枝)もいて、妙に感動してしまった。そのほか、若い頃のフロックコートにシルクハット姿のブロマイドハガキとか、後援会の会報誌(大正年間か、昭和初期のもの)が私のミーハー的視点を引き付けた。

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<歌舞伎>堪能その1:盛綱陣屋

921日 秀山祭九月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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階の幕見席から3階前方席へと移ってみると、ずいぶんと違いを感じた。まず、明るい。そして、3階とはいえ、やはり4階に比べたらかなり舞台に近い気がする。空気も微妙に違う。幕見席の気楽な雰囲気も好きだけれど、下へおりて、ちょっとほっとする気持ちにもなった。
08092302morituna「盛綱陣屋」
勘三郎さんの襲名公演で見ていて、芝翫さんの微妙と福助さんの篝火と児太郎クンの小四郎は覚えているのだけど、どういうわけか、あとはあまり記憶にない。
今回の小四郎役は宜生クンで、私が見た芝翫さんの微妙は、2回とも実のお孫さんを役の上でも孫としたことになる。あまりそういう目で見ないようにしていたが、子供より可愛いといわれる孫に死んでくれと迫らなくてはならない祖母の気持ちが切々と感じられた。とくに、小四郎の本心を知って、「死にたくない」と逃げるのを未練たらしいと叱ったことを悔やむ微妙の姿が小さく見えて泣けた。
宜生クンは教えられたとおりに一生懸命やってるなくらいの感じだったのだが、切腹する段になったらとてもよくなって、子供ながらに立派に武士の役目を果たした小四郎に哀れを覚えた。そういえば、宜生クンの初舞台では、まだ口上でご挨拶の言葉も言えない息子を横目で見た橋之助さんが「……だそうでございます」と締めたのをよく覚えている。演技もほとんどしなかったあの3歳の宜生クンが4年たった今、こうして演じているのを見ると、子供の成長というのは早いものだとしみじみ思う。小三郎の玉太郎クンも小さな体に鎧をまとい、りりしく立派な武士ぶりを見せてくれた。
玉三郎さんの早瀬は、決して目立つ役ではないのに、登場するだけで舞台がきりりとしまり、それでいて小四郎の切腹に涙する姿などは、形だけの涙でなく心から哀しんでいる情が窺えて、胸に迫るものがあった。で、これはやっぱり福助さんの役じゃないよな、福助さんは篝火だよな、うまく配役されているものだと思った。
吉右衛門さんの盛綱は、さすがにうまい。この芝居の中で私が一番感動したのは、小四郎の死を前にして、女性たちに「ほめてやりなされ」というところ。弟・高綱と小四郎の真意を悟り、首実検を無事にすませて北条時政を見送る。ぐ~っと高まり続けた緊張が緩むいっぽうで、健気な小四郎の最期に感情が高まる。盛綱の気持ちに私の気持ちも同化する。泣き笑いのような吉右衛門さんの表情、小四郎を讃えてあの世に送り出す盛綱の心に涙が溢れました。
盛綱はそうやって自分の主人である時政を欺いて、一方で敵である和田兵衛と心を通わせる。だから和田には、ああ、この人ならそうだろうなと思わせる大きさがないといけないと思う。左團次さんの和田兵衛はその点、とても納得できてよかった。ところで、和田兵衛は時政が忍ばせたスパイを短筒で撃つんだけど、この時代短筒ってあったの? 鎌倉時代の話に仕立ててはいるけれど大坂冬の陣を題材としているから、ありってことか。
勝手にストーリー:この芝居の内容をかなり忘れていた私は、時政が褒美だと言って置いて行った鎧櫃に、ひょっとして高綱が入っているのではないか、小四郎があんなに会いたがっていた父親に一目会って死ねるのではないか、なんて期待して、勝手に話を進めていた。ところが、そこに入っていたのは和田兵衛が見抜いて撃ったスパイ。時政をちょっと甘く見ていたね。歌六さんが時政だったから(歌六さんの人情に期待したcoldsweats02)。っていうか、「熊谷陣屋」が頭にあったんだと自分で思う。
小四郎と槌松:しかし、歌舞伎には子供を犠牲にする話が多いよね。寺子屋、熊谷陣屋、先代萩、そして盛綱陣屋(ほかにもあったっけ)、みんな子供が自分の役割を心得て死んでいき、健気だ。と、ここでなぜ「逆櫓」が私にとって納得できないのか思い当たった。槌松は武士の子ではなく、しかも間違えて殺されたんでしょう。結果として若君が守られたことは他の4人と同じだとしても、カタルシスがないのだ。よくやった、と褒めてあげられないのだ。こんな理不尽な話にそれがなかったら、余計やりきれなさが増すではないか。だから、「逆櫓」に気持ちが入り込めないのだろう。
おまけ:注進の侍(松緑・歌昇)のうち、歌昇さんは伊吹藤太といって、顔も衣裳も「義経千本桜」の逸見藤太と同じよう。名前も似ているし。そういえば、「義経千本桜」の「鳥居前」では逸見藤太ではなく笹目忠太で、今月演舞場の「竹生島遊覧」に出てくるのは塩見忠太で、猿弥さんと歌昇さんは私の中で時々かぶるし。ああ、ややっこしい。
<上演時間>111分、幕間30

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2008年9月22日 (月)

3度目の岩長姫:なぜ、何度も見たくなる?

921日 「日本振袖始」(歌舞伎座昼の部幕見)
どうしても又見たくなってしまって、夜の部を見る前に並んでしまった。日曜日ということもあって、早く行かないと立ち見になりそうだと思い、1時間近くも前から並んだ。案の定、今日は立ち見の人がた~くさんいた。
なぜ、岩長姫を何度も何度も見たくなるのか。今日その答がわかったような気がした。それはね、見るたびに新鮮だから。本当に、見るたび、初めて見るような驚きや興奮があるのだ。あまりに目を奪われすぎて、記憶に刻み込まれるヒマがないのだろうか。あるいは、自分のそのときの状態によって光の当て方が違うのだろうか。それとも玉三郎さんが舞台を重ねていくうちに、どんどん別の面が出てくるのだろうか。
初回の岩長姫は、怒り、怨念、悲しみ、そういう感情の中で悲しみが強く感じられた。2回目は怒りや怨念を感じた。3度目は悲しみがより明確に見えるような気がした。
そして、私は今日、玉三郎さんの美しさに、初めてぞくぞくするような感覚を味わった。ただ姿が美しいというだけではない。芸が美しい。すべてが美しい。なんの時だっただろう、究極の美を見たような気がして、一瞬体じゅうにふるえが走った。
とまあ、総論はここまでにして。
岩長姫が登場してまもなく、日の本の生娘を根絶やしにしてくれよう、とかそんなことを言うのね。もうその一言で、姫=大蛇の世界に入り込んでしまう。失神している稲田姫を認めたあとで、酒を飲んで少々酔いが回ったときの表情が満足気でありながらなんとも寂し気、哀し気でもあって、切ない。そういえば、岩長姫が甕から酒を飲む場面で、どこかから笑いが起こっていた。3つ目の甕からはもう誰も笑わなかったけれど。美しい姫があんな大きな甕に首をつっこむようにして豪快に飲むギャップがおかしかったのかもしれない。
この前落ちてしまった簪は、扇を金色のものから赤に取り替えた直後に、黒衣さんがすっと抜くんだったのね。今日は無事、でした。
見るたびに新鮮だと思うのは、立ち回りもそう。上から見ていると、実にうまく蛇の動きを取り入れているなあと感心する。全体の動きが大きく、ダイナミックで、美しい。今日の7つの分身は特別気合が入っていたような気がした。素盞鳴尊に討たれる大蛇は可哀想ではあるけれど、あんなにりりしく美しい尊じゃあしょうがないか、っていうくらい染五郎さんもステキだった。
「日本振袖始」は音楽も見事で、稲田姫が人身御供に差し出されるために連れてこられるあたりでは、笛が哀しげに響き、岩長姫が酒を飲んでいる間も、静かで哀切なメロディーが流れる。それが大蛇の本性を表しかける頃から、激しい鼓のリズムとともに鋭い音に変わる。これを聞いているだけでも楽しい。
今日の4階は外国人の観客がとても多かったが、玉三郎さんの細かい表情なんかがわかっただろうか。私は欲張りだから、ぜひそういうところまで見てほしい、と思ってしまうのだ。それと、今日は1列目に、思いっきり手摺に身を預けて見ている人が何人かいた。後ろの人、ちゃんと見えただろうか、と心配になった。歌舞伎座の方も携帯やカメラに加えて、座り方の注意もしてほしい(「撮影禁止」と書かれたカードを客席に向けながら、大きな声で注意を促していたが、そのカード、日本語のほかに、英語、中国語、韓国語で書かれてあり、ほう国際的やねえ、とちょっと感心した)。
岩長姫を見るのはもうこれで最後だろう。でも、もう1回でも2回でも見たいというのが本音だ。
Ken’s
珈琲店へ:夜の部の開演まで少し時間があったので、Ken’sさんに行ってみた(1人でも行けたよ~smile)。先日伺ったことを覚えていてくださって、嬉しかった。今日は銀座のマロニエから銀座の蜂が集めた蜜がたっぷりかかったハニートーストとブレンドコーヒーをいただいた。こんがり焼けたパンがあんまり美味しそうで、テーブルにのったとたんすぐに頂き始めてしまった。だから残念ながら写真はなし。生クリームやアイスクリームをつけていただくからとっても甘いのに、甘すぎるということがない。やみつきになりそう。でも、次回は別のメニューをトライするんだ~。
おまけ:ね、ね、投稿時刻見て見て。偶然2並びになったscissors

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2008年9月21日 (日)

ルーヴルの高校生たち

920日 映画「クラス・ルーヴル」(ルーヴルDNPミュージアムラボ)
土曜シネマと銘打った企画の作品としては3本目らしいが、私は今回初めて。日本初公開というドキュメントである。
パリのアンリ・ベルグソン高校にクラス・ルーヴルというクラスがある。そこの生徒たちは、ルーヴルで実際に作品を見ながら教師の講義を受ける。ルーヴルやオルセーなどの美術館に行くと、小学生やら高校生やら、作品の前の床に座り、教師の説明を聞いたり模写している光景をよく見かける。こんな授業、日本ではまずあり得ないだろう。
クラス・ルーヴルの生徒はその場で、その作品についてどう感じたかを発言しあう。たとえば、「モナリザ」と同じ展示室で、モナリザの向かい側に展示されている「カナの婚礼」。この絵の前で、「この絵からは人生を感じる、大きいし賑やかで色遣いも多彩だし、面白い。しかしモナリザには意味がない」と言う男の子。それに対して「どこにいても彼女の視線を感じるの、モナリザは生きている」と反論する女の子。男の子は、ルーヴル最大の絵画である「カナの婚礼」を賛美し、ガラスの中に入っていて小さいというだけでも「モナリザ」を評価しない。異なる意見はどこまでいっても平行線。議論というよりは子供のケンカみたいだけれど、これもそれぞれの感覚を磨いていくうえで大事なことなのかもしれない。
作品の感想を聞かれて、「何も感じない」と答える子もいる。何か感じるだろうと追及されても「何も」としか言えない。私はこの子の気持ちがちょっとわかるような気がする。芝居を見て、そういう時がたまにあるからだ。何か感じているとしたら、何も感じなかったことを感じた、ということだ。自分の意見が言えなくて、どこかで見た他人(先人かもしれない)の意見を自分のもののように口にする生徒。教師はそれをちゃんと見抜いている。「キミはもっと自分の意見をもっているはずだ」と諭すように励ます。
自分の両手で四角いファインダーをつくり、それを通して作品を眺めていた生徒がいたが、このファインダーから覗く絵画は、全体を見るのとはまた違った様相を見せて、かなり興味深かった。今度、私もそうやって見てみようという気になった。
面白かったのは描画の授業だ。先生がさまざまな顔を描いてみせる。それはさっさっさっと一筆書きみたいな感じで描かれた顔で、生徒たちは「そんな殴り書きみたいなのはよくない」とか「なぜ、写実的に描かないのか」とか疑問をぶつける。当たり前に描いたのでは想像力、創造力は広がらない、と言う教師。生徒たちは必ずしも納得したようには見えなかったが…。
最後に1年間の授業の集大成として、自分が選んだ作品を前にして、その作品を解説する(あるいは感想を述べる)発表会がある。この日、生徒は両親、親戚、友人などを招待し、自分の意見を述べるのである。せっかく時間をかけて準備したのに、あがってしまい、何も喋れなくなってしまう男の子。「用意したメモを見なければできません」と、ついには発表を断念する。しかし彼は、見事に発表を終えた女の子を祝福する。フィクションの映画なら、ここにクライマックスをもってきて感動のシーンということになるのだろうが、このドキュメント映画は、そういう生徒の実態をただ淡々と映し出すだけだ。
生徒たちはどの子も、そこらへんにいる今時の少年少女で、必ずしも芸術に熱意をもってこのクラスを取った子ばかりではない。だから授業に退屈したりもする。ケンカもする。前半で、授業の一環としてのイタリア旅行の場面がある。疲れのせいか、不機嫌そうな生徒たち。それがシスティーナだろうか、どこかの聖堂に入った途端、その絵画の素晴らしさに彼らが圧倒されている様子なのが興味深かった。

クラス・ルーヴルの1年間をたった1時間でまとめてあるため、時々つっこみが足りない部分があるようにも思ったが、それは仕方ないだろう。また、先生が作品解説をしているとき、写し出されるのは生徒の表情が主であって、作品はちょこっと写るだけである。フランス人ならそれで理解できるのかもしれないが、私にはその辺が物足りなく感じた。もっともこの映画の主旨は作品解説にあるわけではないから、これもまたやむを得ないだろう。
なんでもかんでもフランスを礼賛するつもりは毛頭ないが、芸術教育はたしかに優れていると思うし、こういう授業は受けてみたくなる。

080921islam_2 映画鑑賞後、現在展示中のイスラム美術・スーサの陶器をもう一度見た(6月に1回見ている)。鑑賞後のアンケート記入の際に、デジタルボールペンというのを渡された。ペン先に近いところにカメラがついていて、最後「送信欄」にチェックを入れると、カシャッと音がして、書き込んだ内容をパソコンに送るらしい。前回の6月はまだエンピツを使っていたから、これには驚いた。
ルーヴルDNPは半年で1作品、3年かけて6作品を紹介するのだそうだ。今回の展示は今月27日まで。次回は126日から「部屋履き」(ファン・ホーホストラーテン)。これも非常に期待できそうで楽しみだ。
追記:作品鑑賞を作文に書くという授業があった。ここでも、よくやりがちな、他人の言葉を借りたりするような子がいて、教師はその非を指摘し、もっと自分の言葉で書くように指導していた。また、2人の酔っ払いの会話として書いた子には、面白いけれど、バカロレアの作文としてはどんなものだろうか、と苦言を呈していた。私など、へ~、いいアイディアなのにと思ったし(私なんかも、こういう分を作りそうな気がする)、フランス人好みの内容のような気がするが、バカロレアというのはそういうことが許されるような試験ではないのだと認識した。高度な試験の緊張した雰囲気が窺えるような、教師のアドバイス
であった。 

なお、ルーヴルDNPにご関心のある方は、
Swing part1、カテゴリ「ちょっとアート」に過去4回のレポがありますので、お読みいただけると幸せです。

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2008年9月20日 (土)

すっきり

前回美容院に行ってから1カ月半。最近髪を洗うと、絞る髪の束が太く重く感じるようになってきたものの、まだまだと頑張っていた。それが今日、ふと鏡に映る自分の顔を見て、うわ~何とだらしないshock、とガックリきた。手入れの行き届かないべろ~んと伸びた髪、実にみっともない。
そうなると、もう我慢できず、夕方カットに行ってきた。頭が1kg2kgも軽くなった気分であるhappy01。実際は体重計に乗ったって針なんか動かない程度の減量なんだろうけれど、本当にスッキリした。カットの他にはシャンプーと軽いトリートメントをしてもらっただけなのに、手で触れると髪の質感も全然違う。カット前は絶対髪の11本が重かったんだと思うほど(カットのたびに同じことを思う)。
あんまり気持ちよくて、淀んでいた脳の中まで掃除された感じがする。美容師さんには、お疲れのようですからヘッドスパも試してみてくださいよと言われるが、そういうことにお金をかけられないから、先日ヘッドリフレッシャーを買ったのですけどね…coldsweats01

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2008年9月19日 (金)

2度目の岩長姫

さて、「逆櫓」では、エアコンの冷風をまともに浴びて、薄手の夏物ストールしかもっていなかった私は芯から冷え切ってしまった(ホント、翌日、ノドと頭が痛くて熱っぽくて風邪ひいたなと思った。根が丈夫なので、ほとんど治りました)。歌舞伎座の方に寒いと訴えたが、どうにもならないようで、幕間の入替えのときに、席を移った。通路を隔てた隣の席だから、見え方にそう差はなく、しかし体感温度は大いに違った。腿のあたりに冷えを感じ続けたものの、これはストールで十分カバーできた。
「日本振袖始」

この前は玉三郎さんに見とれて、稲田姫(福助)のことが記憶から飛んでいたみたい。八岐大蛇の生贄にされるために村人たちに連れてこられた稲田姫は、恐怖のあまり失神したのかと思っていたら、置いてかないでと村人に縋り逃げまどって当身を食らわされたのであった。
スッポンからの玉三郎さんの登場は実際にはほとんど見えなかったが、前回の記憶のおかげだろうか、目の前で見ているような感じがした。舞う岩長姫は憂いを含んだ表情に時々怨念が見え隠れし、美しさを哀しく凄まじいものにしている。
お酒のカメの幾つめかに顔をつっこんだ時、なんと、銀の花簪がカメに落ちてしまった(ちゃり~んという音も聞こえた)。カメから上げた頭には簪を支える細い金具が目立たずのっている。えっ、これってハプニングだよね。簪の落ちた後の玉様、動揺も見せず動きがあまりに自然なので、意図的に落としたわけじゃないよね?この前見たときはどうだったっけ?などと完全に記憶に自信がなくなってきた。客席もとくに動揺していなかったし…。華やかな簪がない長い黒髪に、岩長姫の凄みが増したような気がした。
ハプニングといえば、前回は途中で舞台上手に置かれた酒のカメが舞台装置の何かだったか霞幕だったかに触れて転がってしまい、裏方さんが起こしたのだが、何度やってもその位置が微妙にずれていたらしく、袖から別の裏方さんが「違う違う、そこじゃない」という感じで指示を出していた。しまいには客席も思わず笑ってしまった。
閑話休題。前回前半は本当に稲田姫のことが飛んじゃっていたらしく、今回見て、ああそういえば、岩長姫と絡む場面があったけなと思い出した。岩長姫に呑み込まれようとして気付いた稲田姫が抵抗する。ついに力尽きて、海老反りのまま洞窟に引っ張り込まれる。いかにも大蛇に呑まれている感じがしておどろおどろしいながら、美しくもある場面だ。
2
人が引っ込むと大薩摩が登場。こういう岩がごつごつとした物淋しい風景にはぴったりの大薩摩。好きだなあ。
そして姫はいよいよ大蛇に変身。玉様を中心として、ウロコを思わせる衣裳をつけた7人の分身は上から見ると、まさにヘビの動き。身をくねらせ、あばれ、なかなかの迫力だ。迫力はそちらにまかせ、玉様は恐ろしい大蛇ながらしなやかで女性らしさの感じられる動きである。岩長姫の怨念が悲しみとともに伝わってきて、素盞鳴尊に退治されるのが気の毒になってしまった。
岩だらけの風景、村人たちの衣裳、岩長姫の悲しい宿命――タイムスリップして古代世界を垣間見た50分間でした。

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2度目の「逆櫓」

917日 秀山祭九月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
朝イチの竜馬は断念して、とにかく「逆櫓」のリベンジを第一目標に、幕見の列に並んだ。幕見とはいえ、いや幕見だからこそ、見やすい席で見たい、だからかなり早めに行った(竜馬を途中から見るにはちょっと遅かった)。で、時間つぶしに携帯で歌舞伎モバイルを眺めていたら、<割引&お得クーポン>なんていうのを発見。面白がって先へ進むと、幕見が割引になると。対象は決められた演目のみで、昼の部は「日本振袖始」、夜の部は「盛綱陣屋」がそれぞれ200円引きになる。岩長姫も今日の目的の1つだからラッキーとばかり、クーポンを使わせていただきました。ただでさえ安い幕見料金で申し訳なく思う気持ちもあったけど、900円→700円って、ちょっと大きいでしょ。
「逆櫓」
どんな演目でも出だしというのは、まだ客席がざわついているせいか、舞台に近い席にいてもセリフが聞き取りづらい。それが4階だから、法要に集まった近所のじじばばのセリフはほとんど聞こえなかった。よく透るはずの歌六さんのセリフでさえ、はじめのうちはひどく聞こえが悪かった。1度見ている記憶を引っ張り出して、時たま聞き取れる言葉を加えて、帳尻を合わせた。
船頭松右衛門(吉右衛門)が権四郎(歌六)に梶原の物真似なんかしてみせながら、逆櫓の技術が認められたなどと語るあたりには、この人に大きな秘密があるとはいえ、慎ましく穏やかな一家の暮らしぶりが窺えて、この一家を襲った過酷な宿命を呪いたくなった。
松右衛門女房およしの東蔵さんは、前回ははじめ、「え?歌六さんの娘?どっちかっていうと夫婦じゃないの?」なんて思ってしまったが、お筆(芝雀)の来訪を誤解して嫉妬するところなんか(「ととさん、来たわいな、きれいな女子が」)とても可愛らしく、全体に若さも感じられた。
お筆の話を全部聞かないうちに、本物の槌松が帰ってきたと思いこみ、待ちきれずに外へ出ては首を伸ばしてその姿を探す父娘は、なんと気の毒なことだろう。わが子の死を知ったおよしの嘆き、悲しみが胸に迫った。権四郎は悲しみに怒りもぶつける。あまりの理不尽さに、私の胸も権四郎同様怒りに震える思いだった。しかし、芝雀さんの語りのところで、ついに睡魔に襲われた。あの独特のリズムが眠気を誘うのよ、きっと。
松右衛門実は樋口治郎兼光に戻った吉右衛門さんの熱演に私は何度も拍手しそうになったが、だ~れもしないので、前にもっていった手をどうしようという感じ。自分に忠義を立てさせてくれと何度も平伏して権四郎に頼み込み、やっと許され「ありがとうござりまする」でやっと拍手が起こった。吉右衛門さんの迫力に、拍手もできないほど息詰まるものがあったのかもしれない。
海に出ての逆櫓の稽古の場面は、やはり上から見るのがよい。海は舞台の奥側だけなのに、広大な感じがよく出ていて、歌舞伎の舞台の素晴らしさを実感する。「ヤッシッシ シシ ヤッシッシ」の掛け声が楽しい。3人の船頭(歌昇、錦之助、染五郎)が樋口に襲い掛かると浅葱幕が降りてくるが、その下半分が浪もようになっているのが、興をそがなくていいと思った。
立ち廻りでは、吉右衛門さんの櫓さばきがきれい、動きも大きくて見ごたえがある。そして3人の船頭の決めポーズは錦之助さんが美しい(染五郎さんって意外と背が高いんだなと思った。錦之助さんのほうが大きいかと思っていた)。
富十郎さんの大きさは前回の印象どおり。
この日の子役ちゃんは坂口湧久クン。最後の一言「樋口、さらば」に若君の風格を漂わせるというむずかしい役をきちんとこなしていた。
前回とは違って、かなりきちんと見たつもりで、芝居としては面白さも十分感じたものの、物語としてやはりイマイチつかみ損ねた気がする。まだまだ未熟者です。
「日本振袖始」へ続く。

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2008年9月18日 (木)

適役主従:加賀見山

9月17日 新秋九月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
やっと演舞場夜の部にたどり着きましたsmile

「加賀見山旧錦絵」
この作品が上演されると知ったとき、以前に見た「加賀見山」が鮮明に甦ってきた。思いつめた表情の玉三郎さん、いやみたっぷりな菊五郎おばちゃん(風格とは別に「おばちゃん」と言いたくなるユーモラスな感じを私は受けた)、そして「旦那さま、旦那さま」と甲斐甲斐しい菊之助さん。記憶力の悪い私にしては珍しくさまざまな場面が浮かんでくる。それだけ「加賀見山」は私にとって大事な演目だったのか、と自分ながら驚くほどである。今回、時様、亀ちゃん、海老ちゃんと大好きな3人が「加賀見山」で共演だなんて、夢のようで狂喜したけれど、その反面ちょっと怖い気もしていた。

菊之助さんは色で言えばだいたいいつも白か薄桃色、亀治郎さんは赤を基調に紫だったり、オレンジだったり、緑だったり、色々に変わる。さて、このお初は菊之助さんの清新な白いイメージが私にはとても強い。亀ちゃんはどうかと見てみたら、基本に赤がありながら、限りなく白に近いような気がした。お初という娘自身が白のイメージなのだろうか。
私は3幕目の尾上の部屋の場が一番好きである。尾上がどれだけお初を可愛がり、お初がどれだけ尾上を大切に思っているか、2人の心情が胸を打つ。屏風の陰で着替える尾上を手伝う場面なんか、3階席に声はあまりよく届いてこないのだけど、主従とはいえロッカールームのOLみたいな気安さがあって、なんかいいなあと思ってしまう。
主人の異変を敏感に察知して、塩冶判官を例に諌めるお初、盛んに胸騒ぎがして主人を1人置いて出たがらないお初、その渋るお初を無理矢理使いに出し、最後の別れに慟哭しながら見送る尾上、岩藤から受けた屈辱を思い出して悔しさに号泣する尾上、母の手紙に詫びる尾上、ああどの場面もすぐに2人の気持ちに入り込めて、一緒に泣いてしまう。玉三郎さんは神経の細さを感じさせ、ああこれではどんなにか辛かろうとこちらまで苦しくなった。時様は芯は大らかで明るいだろうに(私の中に織笛姫のイメージが残っちゃってるのかな)その人がこんなに苦しんでいるなんて、と手を差し伸べたくなる。助けてあげられなかったことにつらくなる。せめてお初に見取られて死んだことが救いだと思った。
お初がたった1人で尾上の遺骸に内掛けをかけ、屏風を上下逆さにしてその上に槍を置く。この儀式にも泣いた。
時様の尾上も、亀ちゃんのお初もまさにうってつけの役。
さて、海老蔵・岩藤は? 強烈だった。何しろデカい。顔も怖い。だけど、きれいだし、どことなく愛敬もある。歌舞伎の敵役は八汐なんかもそうだが、リアルに憎ったらしくないほうがいいような気がする。そういう意味では菊五郎さんも風格の中にしょうがねえおばちゃんだなあ、と思わせるものがあった。海老ちゃんは怖さが豪快で愛敬がある。もっとも、そばで見たらそんなこと言ってられないかな。最後にお初と戦って倒れた後、腰元が6人で岩藤を持ち上げて運んでいったが、客席から思わず笑いが起きていた。私もつい笑ってしまった。だって、あんな大きな体だから、持ち上げるにも「せ~の」とか6人が内心で声を合わせているんだろうなと想像しちゃったんだもの。ただ、海老ちゃんでちょっと気になったのは、声が時々不安定になること。脅したりするときはいいのだが、猫なで声というか、正体を隠して声を作ると、「変な声」と言いたくなってしまう。
特筆しておきたいのが萬太郎クン。敵方の牛島主税という役をしっかり務めていた。セリフも動きもなかなかよくて存在感を示した。巳之助クンとの若い立ち回り、亀ちゃんも加わっただんまりは面白かった。
序幕・二幕目はかなり大声でお喋りするおばちゃんたちがいて、やや興をそがれたけれど、ひとつの演目で時様、亀ちゃん、海老ちゃん、松也クン、梅枝クンとご贔屓が揃って、幸せでした。
最後に一言、11月花形歌舞伎の「伊勢音頭恋寝刃」で万野の役がまだ決まっていないようであるが、ぜひぜひ亀ちゃんにやってほしい。岩藤→貢なら、お初→万野で、海老ちゃんをたっぷりいじめる姿を見たい。TVの撮影があって忙しいらしいが、何とかなりませんかねえ。

付記:定式幕の引かれ方が全体にゆっくりだったような気がしたが、とくに二幕目の終わり、尾上の苦悩に合わせるかのようにゆっくりゆっくりだったのが印象的だった。
「かさね」は歌舞伎座からの疲れがどっと出て、3分の2くらいしか見ていなかった。きれいなカップルだわあとどきどきした(海老ちゃん、斧定九郎風に見えた)。亀ちゃんの衣裳、麻阿のと同じ? 似ている感じがしたけれど。千穐楽に心して見ます。本当は昼の部から通しで見ようかと思ったけれど、やっぱり体力無理そうなので、夜の部だけにします。
<上演時間>「加賀見山」序幕40分、幕間5分、二幕35分、幕間30分、三幕・大詰100分、幕間25分、「かさね」50分。終演2115

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2008年9月17日 (水)

けちけちはむれっと

幕末青年への共感、「逆櫓」のリベンジ、古代へのタイムスリップ。さて幕見にするか、それとも3階席を取るか。幕見に並ぶのも大変だけれど、朝の弱い私は11時の開演に合わせて出て行くのも大変。第一、今日は演舞場夜の部がメインだから…。というわけで亀ちゃんのおりょうをもう一度見たい気持ちは強いが、最初からこれは諦めている。となると、やっぱり幕見だよなあ、と呟きながらも、体力温存のためにはやっぱり座席は確保しておくべきか…。昨夜Webチケットを見たら、32列目真ん中で、それも通路脇があいていた。ちなみに2等席は前が通路になっていて見やすい16列目のこれも真ん中が、1等席は4列目花道に比較的近いところがあいていた(今後の資金のことがあるから、1等席・2等席は参考のために見たに過ぎない)。悩んだ。またハムレット気分。
結局幕見狙いで、立ち見になりそうだったら、その場で当日券を買うことに決めた。
というわけで、これからまずは歌舞伎座へ行ってきま~す。

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2008年9月16日 (火)

12月チケット第1号は

先日、もう来年のチケットが届いたという記事を書いたが、今、手元に12月のチケット第1号がある。34日前に届いたバレエ「ザ・カブキ」(HPにも配役が出ています)。東京バレエ団の公演で、「仮名手本忠臣蔵」をベースにしている。振り付けはモーリス・ベジャール(「愛と哀しみのボレロ」には激しく感動したものです)。だいぶ前にurasimaru様のところで、こういう公演があると知り、ずっと狙っていたのだが、去年はそれがなく、ついに今年念願かなったというわけである。
バレエの忠臣蔵なんて想像もつかないけれど、チラシを見ると、ちゃんと塩冶判官、由良之助から勘平・おかる、そして斧定九郎までいるsign03
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1314日の2日だけの公演。プロのバレエなんて本物は子供の頃に学校へ来てくれたのを見た程度だから、今からちょっとドキドキしてしまう。

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2008年9月15日 (月)

鉄塔事故

昼のニュースで一報を聞き、7時のニュースでより詳細を知って、その惨状に目を覆いたくなったのは、福井県の山中で起きた鉄塔事故。新しいものに建て替える工事をしている最中に、53mの鉄塔の地上44m部分が折れたのだという。
つい2カ月ほど前まで自宅そばでやっていた同じく鉄塔建て替え工事と強化工事を、私は毎日のように興味深く眺め、Swing part1にもよく写真を載せたものである。地上何十mもの鉄塔で、電線で、作業をする人たちは命がけだなあとは思いながら、みんな軽々と作業しているから、こんな事故を想像することもなかった。
我が家の周辺には相当数の鉄塔がある。鉄塔が折れるなんてことはそうそうあるものではないらしいが、少なくとも何カ月もの間、工事を身近に感じていた私は、とても他人事とは思えない。怪我をされた方、1日でも早く全快されるようお祈りします。そして亡くなった方に合掌。
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2008年9月14日 (日)

中秋

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我が家の十五夜は、何の風情もなく、それでも一応買ってきた月見だんごをいただいた。そんな程度に過ぎなかったが、今日は中秋かと空を見上げれば、雲から時々顔を出す満月に「ああ、日本の季節はいいなあ」としみじみ思う。パリも満月は満月なんだろうが、向こうの満月は不吉な予兆だったりするようだ。あちらは気温18度とかで、もう薄手のコートを着ているのだそう。真夏は10時頃まで日が落ちなかったが今は8時くらいには暗くなるみたい。

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勝つ気はあるのか

913日 対大分トニリータ戦(埼玉スタジアム、1400キックオフ、45,810人)→00で引き分け
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監督に勝とうという意欲のまったく見えないangryチームとしては、強い相手に負けなくてよかったと言うべきか。先月23日以来の「お久しぶり」なのに、もっと客を満足させてくれよ~sad。監督の指導力のなさにチームは分裂状態だっていうし、世界3位の力と誇りはどこへいったpout(一晩たって少し収まった怒りが又沸々としてきた)
永井は守備要員だったのかいannoy
イキのいい若手は飼い殺しかいannoy
ポンテの存在価値と誇りは無視かいannoy
後半
27分、望遠レンズでベンチを覗くと、山田が出てくるらしい。ただでさえ、え~っ、山田かよ~と不審に思うのに、代える相手はなんとポンテshock。確かにポンテは疲れているように見えた。この前の代表バーレーン戦で「達也を酷使した、私は様子をみながら(大切に)使っている」と岡田を軽く批判したゲルトのことだから、ポンテを引っ込めるのは仕方ない。としても山田はないだろう。この交代を見ただけでも、指揮官に勝つ気がないのがわかる。ポンテ自身、この交代に怒りを露わにしていた。いつもならちんたら時間を稼ぐのに、今日は勢いよく走ってベンチへ。それは、「時間がもったいないから早く入れ」と山田に示しているように見えないこともないけれど、「オレはもっと走れるんだ」というアピールあるいは「オレのかわりが山田かよ」という抗議のようにも、私には感じられた。
そして後半43分、やっと梅崎heart04が出てきた。なんで最初から使ってやらない。なぜ、せめて後半の最初から使わない。梅ちゃんは今年、大分からレッズに移籍した08091403vsoita のだ。早くから出せば古巣相手にどれだけ頑張ったかしれない。それが残り2分、ロスタイムを含めてもせいぜい56分では何にもできやしない(その程度の選手かって言わないで)。私が21番のユニフォーム着るようになってから、梅ちゃんの出番がなくなったみたいで、私が着なければ出られるのなら、ユニフォームたんすにしまっておくからweep
それにしても大分の外人、コワ~い。10番のウエズレイなんて、体自体がアメフトのプロテクターみたいで、こんなのに吹っ飛ばされたら一巻の終わりだな、なんてcoldsweats013番ホベルト、5番エジミウソン(レッズのエジと関係はないと思うけど)もラガーマンみたいな体型。それに比べたらポンテなんか華奢です。
焦熱地獄:今日の座席はR席で、センターラインよりややホーム側、高さも13列目と、ほぼ理想的な席。だが、前半は焦熱地獄であった。バックスタンドは冬はいつまでも日が当たってぽかぽか暖かいが、夏はダメだ~。じりじりと太陽に灼かれ、軽い熱中症にかかった気分。幸い後半は日が翳り助かったが、ずっとあのままだったら絶対倒れていた。ペットボトルは必需品。
08091404lunch

 ↑
前日にこんな弁当食べてみたんだけどね…「うらわがわらう弁当」って、右から読んでも左から読んでも同じってだけで、意味がよくわからない。上にのったおかずは多分、全部鶏肉だと思う。

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2008年9月13日 (土)

お手上げ→手、下げた

今日は12月に行われるクラブワールドカップ(前のトヨタカップ)の世界同時チケット発売日。8月にVISAカードの特別先行販売があって、決勝戦のチケットを狙ったんだけど、申し込み集中のため、あえなく撃沈。
そこで、今日の一般発売に賭け、10時前からスタンバイ。バッチリ、混雑前にサイトに入ることはできた。何とか、チケット約款同意も済ませた。次へ進んだのに、なんなのよ~。どうやっても予約画面にならない。
しかも、その後の1時間、時に表示されるアクセス不能画面と闘いながら、しまいには固まってしまってパソコン再起動までして、2時間近くたった今、まだ申し込み画面に到達できない。もちろん、電話も通じるわけがない。
そろそろ埼スタへ行く準備もしなくちゃならないし。もうお手上げcrying どうすりゃいいのよ。やっと繋がった頃には完売になってるんだろうなあ。
ぴあに並ぶべきだったかも。でもそれだって、2時間くらい前から並ばなくちゃいけなかったかも。オバサンには無理bearing

と、しばらくチケット画面から離れていたら、申し込み画面が出てきた~sign03 一番安いカテ4は売り切れだったけど、カテ3を買うことができた。値段の差がありすぎだけど、しょうがない。ふ~っ、苦労しましたsweat01 午前中、丸つぶれだわ。

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初Ken's珈琲店

一昨日の歌舞伎の帰り、話題のKen's珈琲店に寄る機会を得た。先日1人で入りそびれて以来もやもやしていたのだけど、連れがいたこともあって急遽行ってみようかということになった。
2人なら勇気も出ようものだけど、やはり階段を上がり扉を押すまでは、どきどき。胸の中で憧れを膨らませていた人に初めて出会うみたいな気持ちだheart02
初めての店というのは扉を開けたとたん、店じゅうの視線が自分に突き刺さるような気がして、その瞬間がイヤなものだが(自意識過剰ですかね)、Ken'sさんの視線にはそのような鋭さはなく、暖かい空気に包まれるようでほっとした。
舞い上がってしまって、細かい記憶はほとんどないのけど、お店の方がとても感じよくて、帰り際、ブログ(ココココ)を拝見して伺いました、と言うとにっこり微笑まれた。
次の機会がいつになるかわからないけれど、9月一杯はやっているという5時からの「夏の新メニュー」をぜひぜひいただきたいと思っている。もう1人でも入れるしねwink
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←カプチーノのウサギさん。大感激。思わず、「あ、これが!!」 と叫んでしまった。


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←連れのチーズケーキ。



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←私のキャラメルなんとかっていうケーキ。甘くて幸せ気分。


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←Ken'sさんのマット。

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2008年9月12日 (金)

水に涙する:演舞場昼の部2

911日 新秋大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
2
度目の「源平布引滝」、そして「枕獅子」。
1
度見た後だから感激が薄れるかと危惧したけれど、とんでもない。初日に増して感激しました。ただただlovelyで興奮していた初日とは違い、多少冷静さを取り戻して見ることも出来たような気がします。
「源平布引滝」
少し落ち着いて見てみれば、海老蔵さんが仁左様に「細かく丁寧に教えていただいた」ということがよくわかる場面が多々あった。たとえば、多田行綱に自分の本心を見破らせる場面。はっとなった多田が思わず大声で、じゃああなたは…と言いかけたところ、手で制する。その仕草、表情が仁左様を彷彿させた。あるいはまた、兄・義朝の骨が野に晒され、とんびやからすにつっつかれていると嘆く場面、顔まで仁左様に見えた。実盛の海老蔵さんにも時として仁左様が色濃く現れる。今年1月浅草歌舞伎の「金閣寺」雪姫で亀治郎さんに見られた雀右衛門さんの姿、さらに遡って歌右衛門さんの影、血筋とはまた別に歌舞伎の芸の継承というのはかくも見事に現れるものかと改めて思った。
実盛の海老蔵さんも美しく武士らしく、爽やかでステキだけれど、義賢の悲劇がやはり胸を打つ。孤軍奮闘、やっと一息ついて水を飲もうとしたとき、進野次郎宗政(男女蔵)の姿が目に入る。その瞬間柄杓を放り投げ、再び緊張を体に漲らせる。その後小万が汲んでくれた水は義賢にとって末期の水となった。私は、この柄杓を放り投げる姿に義賢の闘いの厳しさが象徴されているような気がして、この場面を見ると胸が痛くなる。そして、この世を去る前に水を口にできたことに涙を禁じえないのである。
海老蔵さんの義賢は感情豊かで、家族別れ別れになる悲しみ、義朝のどくろを足蹴にされたことに爆発する怒り、源氏の旗揚げに堂々と協力できる喜びなどがとても共感を呼び、私も一緒になって悲しみ怒り、喜んだ。実盛は実盛で、葵御前に無事男子が誕生したことに歓喜するところなど、私も嬉しくなって、思わず拍手を送った。太郎吉に対する優しい目もなんて魅力的(ああ、私オバサンでよかった。若かったら、きっと海老ちゃんにマジでheart01だと思う)。馬に乗った海老ちゃんは、客席の視線1人占めという感じでした。でも、太郎吉ちゃんが侍魂を見せると、さすがの海老蔵・実盛も秋山悠介・太郎吉ちゃんに食われていましたよ~wink 
もっとも
松也クンは出だし、声がちょっと変だった。初日の声とは違う。風邪でもひいたのかと思ったが、時間がたつにつれて戻り、実盛物語ではすっかりきれいな声になっていたconfident。梅枝クンはとてもきれいでたおやかで、恋仲だと思っていた折平に、子までなした小万という妻がいることを責めるあたり、いじらしさが感じられた。
初日は初日でかなりよくできた舞台だと思っていたが、日が経って見ればやはり芝居は進化しており、中でも九郎助の新蔵さんが、じいさまらしさが板についてきたというのか、とてもよくなっていた。飄々とした味わいの中に、娘や孫を思う心情がよくあらわれて、泣かされました。右之助さんのばあさまともども、実にいい存在感があった。
見終わった直後にはもう又見たくなって、何とかしてもう一度行っちゃおうかと昂揚していたけれど、やっぱりなかなか難しいかなあ。演舞場で寝泊りできたならなあ。
「枕獅子」
ああ、セリ上がってくる時様のなんと艶やかで美しいこと。思わず「うゎきれい」と小さな声を出してしまった。初日に、後見の竹蝶さんとのコンビネーションがうまくいかなかったところが見られたが、今日はさすがにバッチリであった。ただ、出だし、赤い縁取りのある傾城の手紙は、竹蝶さんから渡されるのはやめたらしく、時様が自分の胸元から取り出していた。竹蝶さんは、差し金の蝶を操りながら、花道をバックで引っ込むのだが、これ、むずかしいんだろうなあ。
獅子になってからの時様、毛振りが初日より勢いあったように思う。
とにかく眼福眼福の50分ではあったが、今日は、演奏もずいぶん楽しみました。
追記(駒王か駒若か):先日、歌舞伎座の「逆櫓」で、義仲の遺児である駒若丸が登場して、演舞場の葵御前が出産する将来の義仲・駒若丸と混乱したが、演舞場のほうはセリフで駒王丸と言っていた。実は、「逆櫓」で駒若の名前を聞いたときに、「あれ、駒若? 演舞場は駒王だった? それとも駒若だっけ?」とすでにそこで一度混乱していたのだが、演舞場筋書きに駒若と出ていたので、あ、やっぱり駒若だったのねと…。史実として義仲は駒王説が正しそうだけど、なんかまだ混乱している。

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来年も…

来年の芝居のチケット第1号を受け取った。
さいたま芸術劇場で上演されるニナガワの「冬物語」。ここの会員になってしばらくはいい席が当たったのに、10月の「から騒ぎ」といい、シェークスピアになるとがっかりするほど後ろの席。それほど大きな劇場ではないにしても、会員先行販売のメリットが感じられない。あるいは取れただけいいと考えるべきなのだろうか。
それにしても、12月を通り越して、もう来年かぁthink 

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2008年9月11日 (木)

早く知りたい重さのナゾ

世の中に不思議なことはい~っぱいあるけれど、私はとくに宇宙のことが不思議で不思議で、と言って自分にはそういうものを解明する頭はないから、息子に天文学者になってもらって、レクチャーを受けたいなんて思っていた。残念ながら、息子はまったくそれに関係していないが、やはり宇宙に興味はあるみたいだ。
さて、10日、フランス・スイス国境で、世界最大の円型加速器が稼動した(実は、不覚にもこのニュースにアンテナが向いていなくて、Googleのロゴに何だか面白そうなイラストが描かれていたので、息子に聞いてわかったことなのだけど)。今朝時計がわりに見ていたNHKニュースの受け売りだが(以下、内容に間違いがあったらご容赦)、山手線一周分ほどの大きさだそうで、なぜ物に重さがあるかの解明をするんだとか。宇宙ができたとき、素粒子が自由に動き回っていた。素粒子には重さがない。それがヒッグス粒子にくっついて重さができた。でも、そのヒッグス粒子というのが発見されていない。それを発見するのが今回の実験の最大の目的なんだそうだ。重さのナゾが解明されるには数年はかかりそうだけど。
また、ブラックホールも作るということだが、これを作ったら地球がのみこまれてしまうのではないかという危惧があって(物理センスゼロの私はこれを聞いて笑ってしまったが、大真面目な論議だったのだ)、安全性を十分に確かめたから、これは1年以内に完成する可能性あり、らしい。
比較的容易に書かれた本でも、小学生レベル以下の私は、たいてい途中でつまずいてしまい、未だ宇宙の不思議は理解できていない。それだけに、未だ宇宙に対する興味は尽きない。
なお、Googleロゴはakiがコレクションしていらっしゃって、円型加速器も本日アップされています。

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去りゆく夏

猛暑を言い訳に、ちっとも母のところに顔を出さず、出しても5分か10分くらいで帰ってきてしまっていた。
突然の雨の心配もなく、暑さもやわらいだ夕方、久しぶりに母と散歩をした。のどかな水べリの風景、明るい太陽、さわやかな空気。秋を感じて、母も私もなごんだ。母より私のほうが楽しんだかもしれないbleah
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08091102canard
08091103autumn

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2008年9月10日 (水)

2度見ても大笑い:赤坂歌舞伎

99日 赤坂大歌舞伎ACTシアター)
08091002akasaka  2
度目の赤坂歌舞伎で、あまり気が進まなかったのだけど、行ってよかった。こちらの体調も整っていたためか、芝居のほうも進化したためか、その両方なんだろう、今日は思い切り楽しめた。
「狐狸狐狸ばなし」
やっぱり勘三郎さんは愛嬌が勝つけれど、松村雄基のねちっこさとは違うしつこさ、怖さも滲んでいた(案外、腹に一物ありそうなの)。だけど何より勘三郎さんの優れているところは、とにかく客を楽しませようという努力。細かいアドリブ的なセリフから、大きな動きまで、お客の喜ぶツボを心得ている。あっちこっちから笑い転げる声が聞こえる。手を打って笑う人、あはははと大声で笑う人、くっくっくっくっ笑う人、みんな笑いで幸せそう。私も、時々、恥ずかしくなるくらいの声を出して笑ってしまった(おばさん笑いだぁ、と自分で思った)。
段治郎さんがとてもよくなっていた。二枚目半というか、めっちゃ色男なのに、けっこう体張ってドタバタやっていて喜劇にしっかり溶け込んでいて、それでもやっぱりとても二枚目でステキ。法印がオレってどうしてこう女にモテるんだろうとにんまりする場面なんか、その気障ぶりがイヤミでなくただただ可笑しい。段治郎さんの法印ならもう一度見てもいいなと思うくらい。
そして亀蔵さんの牛娘が可愛い。必死で法印に注ぐ愛情がとっても可愛いのだ。だけどちょっと気持ち悪くて、今思い出しても、笑ってしまう。らくだといい、亀蔵さんの異才ぶりは絶好調。
彌十郎さんの又市は前半のアホぶりがちょっと作りすぎなような気がする。後半とのギャップをはっきりさせるためなのかもしれないが、もう少し普通にしても伝わるのではないかしら。本当の又市に戻ってからは彌十郎さんの持ち味が出てとてもいいだけに、ちょっと惜しい。
扇雀さんは、最後の気が触れたと見せる場面の表情がかなり強烈なので、それが印象に残るが、それまではけっこう可愛い女なんである。見た目は本物の女性である山本陽子にはかなわないけれど、伊之助が手放したがらない、法印がなんだかんだ言って別れられない、それが十分納得できる女の魅力はあったと思う。
前回触れなかったことをいくつか。
①小山三さんが弔問客のおばちゃんとして出てくるが、ホント味があるよねえ。小山三さんを見ると嬉しくなる。
②山左衛門さんが、閻魔堂の縁側に腰掛けた姿勢から、降ろした足をひょいと上げて部屋にあがる姿がいかにも江戸の下町風でいい感じだった。
③おきわが「えてわかちょうに行っておいで」と又市を使いに出す場面がある。猿若町のことだろうか。あの時代、そういう言い方をしていたのかしら。
④幕の後ろで場面を変えている間に、酔っ払いの男が通路から現れ、客をいじりながら舞台へあがって上手へ去って行く。ほんの少しの間なんだけど、この酔っ払いぶりがなかなかうまくて感心した。多分扇一朗さん。
⑤来年の金丸座、中村屋さんの出演らしい。伊之助が死んだと安心して2人でどこかへ行こうよと相談し合うおきわと法印が言っていた。
⑥この芝居の主な舞台は伊之助の自宅と閻魔堂である。幕開きは伊之助自宅で、次の閻魔堂の場にするときは、舞台を暗くして伊之助の自宅を上手側に移動させ、舞台奥から閻魔堂を前に押し出すという居所代わりとなる。再び伊之助の自宅にするときはその逆の手順となる。後半は幕を閉めての場面転換であった。前回見たときは伊之助自宅庭に設えられた物干しの竿が、2度ほど落ちて大きな音を立てた。今日はそうならなかったところを見ると、前回はミスだったのだろう。本当に落ちなくてはならない場面があるのだから、ちょっと痛いミスだったかも。
⑦近所の女たちがみんな男過ぎ。白塗りじゃないから余計そうなのかもしれないけど。とくに菊三呂さん、強烈な表情するし、コワイよ。

おきわが三味線を弾きながら歌う「こんぴらふねふね」が未だに頭の中でリフレインしています。
「棒しばり」
勘太郎クンの棒使いが若々しくメリハリがあって小気味良かった。勘太郎クン、かなり早いうちから顔中汗だく。途中からは汗がぽたぽた滴り落ちる。歌舞伎役者さんって、あんなに化粧していて目に汗が入っても痛くないのかしら。私なんか、化粧していなくたってしみてしみて耐えられないのに。
亀蔵さんの殿様が、出てきただけでおかしい。七之助さんの太郎冠者、勘太郎さんの次郎冠者、もうたまらん。2人の一挙手一投足に力が入ったり笑ったり、楽しくて、私バカみたいににたにたして見ていた。
七之助クンって、ちょっと声張り上げると、女方のときみたいになるんだな。
ああ、面白かった。
ナゾ:4日の「棒しばり」の囃子方に傳左衛門さんがいらした。あら、と思って筋書きを見ると、傳左衛門さんのお名前はない。そう思うと、ちょっとお顔が違うような気もする。だいたいからして、6日に歌舞伎座に行ったら岩長姫で傳左衛門さんが鼓を打っておられた。ってことは時間的に考えても掛け持ちはあり得ないし、今日は傳左衛門さんはいらっしゃらなかった。私、いったいどなたを傳左衛門さんと思ったのだろう。それとも4日だけワープした? いや、絶対、別の方だな。
attention pleaseACTシアターは最前列がA列なのだが、I列のチケットをお持ちの方が1列と間違えて最前列に座り、後から来たA列の方が戸惑うという状況をこの前も今回も見た。劇場の人に案内されて最前列に座ったというI列の方もいらっしゃって、そりゃお気の毒だわ。
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2008年9月 9日 (火)

検証の文字

コメントを下さるときに、「コメントの検証」といって、見づらい画面にアルファベットやら数字やらがいくつか出てくるでしょう。自分がコメントのお返しをするときにも、その画面に従って文字を入力するのだけど、これが時々、本当に判別できないことがあるのよね。t だか f だか、i なんだか l なんだか。で、入力したつもりが、違う文字を入れていたらしくてやり直しになったり(送信されたというメッセージが確認できればOKです)。
なんだよ~と思うけれど、それがスパム防止のためとあれば、仕方ない。

本日午前9時から午後3時ごろまで、ココログメンテナンスのため、管理画面へのアクセス(したがって記事の投稿)、コメントの受け付け等ができなくなるそうです。昼間の道路工事みたいなものでこれも仕方ないか。
ところで、管理画面に入っている間に9時になったら、どうなるんだろう。出られなくなるんだろうか、強制的に終了させられるんだろうか。好奇心が湧くけれど、ちょっとこわいから、やっぱりちゃんと時間までに出ておこうかな。もうじき9時。……

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2008年9月 8日 (月)

森・森・森2:歌舞伎座昼の部

96日 秀山祭大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
「ひらかな盛衰記・逆櫓」
08090801sakaro 正直なところ、こういう演目はちょっと苦手である。秀山祭なのに、肝心の演目をしっかり見なくてどうする、とは思うのだが、食後のことでもあり、ちょっとつらい。しかも、周囲からけっこうsleepyビームが飛び交っていて…。
だいたい、話が理不尽だ。まあ、歌舞伎には理不尽な話がたくさんあるわけだし、そこに目くじら立てたって仕方ないのだが、私がこの話の内容を摑みきれなかったせいか、その理不尽の必然性がよくわからなかったのだ。樋口兼光が捕われる事情もイマイチ納得できていない。
というわけで、残念ながら思い切りミーハーな見方に徹しました。後半、3人の船頭が登場するや、私の胸はキュン、目はあっちへこっちへと忙しいのなんの。だって、歌昇、錦之助、染五郎って、ご贔屓美形揃いなんですもの。なんて奇麗な3人なの~heart04。この3人に吉右衛門さんを含めた4人の逆櫓はカッコよく小気味がよい。立ち回りも楽しかった。強く印象に残ったのは、歌六さんと富十郎さん。富十郎さんは最後にちょっと出てきただけで、抜群の存在感がある。
ありゃ、肝心の吉右衛門さんが…。大事なところが少し飛んじゃったから…。
こういうセリフを聞かせる芝居をちゃんと見ることができないうちは、まだまだ未熟者(それを自覚して、part2ではカテゴリーを「ミーハー観劇記」に変えましたcoldsweats02)。「竜馬がゆく」をもう一度見たいのとは違った意味で、この芝居ももう一度見てみようか、と迷っている。
おまけ1:今年は木曽イヤーか。「我が魂は輝く水なり」「源平布引滝」、そしてこの「逆櫓」。武士の幼名は代々伝わる故、駒若が義仲であり、その子であっても何の不思議もないのだが、ついこの前<駒若⇒義仲>を見たものだから今回の<駒若=義仲の遺児>という図式がピンとこなかった。混乱してしまった。それはひとえに私の脳がついていけなかっただけですが。この槌松実は駒若役の子役ちゃん(この日は高橋飛和クン)は、最後に兼光に別れの言葉を一言かけるまではじっと舞台に座っているか立っているかのことが多く、大変だなあと思った。
「日本振袖始」
08090802oroti_2 八岐大蛇の生贄にされるべく、稲田姫(福助)が輿に乗せられて運ばれてくる。ごつごつとした岩だらけの谷。そんなところに1人置いてけぼりにされる心細さ。覚悟していたって恐ろしい。で、稲田姫は気を失ってしまう。
やがて岩長姫の姿をした大蛇(玉三郎)がスッポンから登場する。なんて美しい。岩長姫はその醜さから<ににぎのみこと>に嫌われたという話だが、とんでもない、とんでもない。玉三郎さんの岩長姫は、その美しさの陰に怨みと恐ろしさを潜ませており、凄みがある。美しい人の怖い顔は本当に怖い。しかし、岩長姫を見ているうちに、だんだん姫の哀しみが感じられるようになってきた。そう思えば、姫がいたましく、毒酒を飲んで本性を表す姿にも恐怖より哀れみを覚えるweep
玉三郎さんの鬼モノはややもすると線の細さが気になったものだが、分身が7人いたこともあるのだろうか、この大蛇ではそういうことは気にならず、迫力も十分であった。それでいて、立ち回りの玉様の動きには女らしいしなやかさがそこはかとなく感じられ、恐ろしい蛇体であっても本当に美しいと見とれた。
八岐大蛇伝説は河川の氾濫と治水を象徴するという解釈が有名だが、神話の世界を歌舞伎の舞台で見ると、実際にそんなことがあったのではないか、と信じたくなる。
やっぱり、歌舞伎座昼の部はもう一度見たいところだなあ。
おまけ2大蛇退治をする<すさのお>染五郎さん、実にさわやか。今月夜の部は1本だけど、昼の部は3本全部にご出演。やっぱり本数契約?smile
<上演時間>「竜馬がゆく」75分、幕間30分、「逆櫓」109分、幕間20分、「日本振袖始」53

ところで、「森・森・森」の意味。演舞場で海老蔵さんの魅力にくらくらきて、もう亀ちゃんから乗り換えちゃおうかと思うほどだったのに、歌舞伎座でおりょうを見た途端、亀ちゃんの可愛らしさに胸が締め付けられ、三吉役の松次郎さんも素敵、竜馬・漁師・すさのおの染五郎さん、歌昇さん、錦之助さんにキュンとして、最後玉様の美しさに心奪われ。あ~私ってなんて気が多いの~。でも、森・森・森は歌舞伎座だけじゃないのよね、時様・梅枝クン・松也クンのいる演舞場も、なの。
ってわけでした。なんか深い意味があると期待していた方、こんな古いしょうもないオチでごめんなさいっbearing

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2008年9月 7日 (日)

森・森・森:竜馬がゆく

96日 秀山祭大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
08090701hirunobu
早くも今月
3回目の歌舞伎。やっと亀ちゃんの顔を見られる。まずは、本日最大のお目当てから(秀山祭だっていうのに)。
08090702ryouma 「竜馬がゆく・風雲篇」
去年の「立志篇」で大いに胸を熱くしたから(当時の感想はSwing part1 99に。大したこと書いてないけど)、亀ちゃんが出なくたって、期待が大きいのに、チラシのおりょうさんがあんまり可愛くて、ますます期待が膨らむというもの。
ただ、先に言っておくと、今回は竜馬の恋愛が絡むせいかどうか、「立志篇」ほどの緊迫感はなく、全体に甘さ(恋の甘さってことでなく)が漂っているかもしれない。それはそれで、私はかなりアツくなりました。
幕開きは、元治元年6月、京の夜。池田屋が新撰組に襲われ、土佐藩や長州藩の多くの浪士が命を落とした。きっと夜の京都はこんなふうに真っ暗で、恐怖がはびこっていたんだろうな、と思いは一気に幕末へ。
この事件を桂小五郎からの手紙で知り肩を震わせる竜馬。私、もうウルウルし始める。竜馬は、やっぱりつかこうへいより司馬遼太郎がいい。竜馬の人間的魅力、なぜ竜馬が日本人に愛されるかが本当によくわかる。
勝海舟の一番弟子として、今は海軍操練所塾頭になっている竜馬のもとを中岡慎太郎(松緑)が訪れる。喜んだ竜馬は自分が海軍を作るからお前は陸軍を作れ、陸と海で幕府を倒そうと思いを語る。竜馬の、日本という国を思う心に、私の胸から熱いものが飛び出しそうになる。いつの間にか握りしめていた手に力が入る。長州藩を救わねばならぬと力説する中岡の言葉に同調し、武士の本懐を遂げるためなら死んでもいいと昂揚する塾生たちへ「絶対死ぬな」と言葉を絞り出す竜馬。染五郎さんの清潔さが、こういうときの竜馬の大きな魅力、大きな力になっているheart04 そして、竜馬の運命を知る故に、その言葉がストレートに胸に突き刺さる。
翌月、いよいよおりょうの登場である。戦火に町を焼かれ、家を焼かれ、生きることに精一杯のおりょうが竜馬と出会うことによって、自分の夢を竜馬の夢を重ねる。亀治郎さんのおりょうのなんとおきゃんで愛らしいこと。最初に舞台に現れたとき、あまりの可愛さに胸が締め付けられ、思わず声にならない声が出そうになった(もう、私の目はlovely)。聡明で気の強いおりょうは竜馬にからかわれながらも自分の意見をまっすぐに述べる。名前も似ている2人は互いの中に同じものをもっているのに恐らく一瞬にして気が付いたのだろう。それが2人の感情を近づけた。このあたり、染五郎さんの明るい清潔さ、亀治郎さんのからっとした気性が気持ちよく、微笑ましい。軍艦に乗りたいと言うおりょうの気持ちに、私はとても共感を覚える。亀ちゃん、なんと生き生きとしているんだろう。竜馬と話しているうちにおりょうの目がキラキラshineしてくるのがわかる。これが、あの「思い切っても凡夫心」の俊寛と同じ役者なのだろうか、あの昏い怨念を漲らせていた花子と同じ役者なのだろうか。亀治郎という役者の非凡さを改めて感じた。
命を賭して新しい時代へ生き抜こうとする2人が愛おしくて、また涙が滲んでくる。染五郎・亀治郎コンビを見たのは「高田馬場」が初めてだった(と思う)が、堀部ほり・小野寺右京 vs 安兵衛といい、「毛谷村」のお園 vs 六助といい、お似合いのコンビだ。「竜馬がゆく」がシリーズ化されるなら、来年も亀ちゃんおりょうを登場させてほしい。2人の<ハニー・ムーン>を見てみたい。
さて、おりょうを離れて、他の人についてもちょっと。なかなかいい味があると思ったのは、竜馬の警護についている三吉慎蔵役の片岡松次郎さん。失礼ながらこれまで知りませんでした。二枚目だし、控えめながら光るものを感じた。要チェック役者さん、又1人増えました。
西郷はなんと錦之助さん。面談に来たはずの竜馬が鈴虫取りに夢中になっている姿に感ずるところあったのだろう、虫籠サービスをしちゃう西郷もまた愛すべき人物だ。声が高いのはやむを得ないか。錦之助さんの真摯な演技で西郷の大きさ、人となりはよく伝わってきた。ただメークがちょっとなあ。西郷さんに無理して似せようとしなくてもよかったのじゃないかしら。いや、西郷だと言われていた写真に似ているというよりは、ちょっと剽軽な感じがしたな。この場面では、竜馬の「間違いは気付いたときに正せばいい」という意味のセリフが心に残った。西郷さんはこの言葉をどう受け止めたのだろうか。
寺田屋の女将・登勢の上村吉弥さん、人情味もあるし、しっとりした京女の味わいと女将としての貫禄がぴったり。

しかし、一国のリーダーたるべき人物が2年も続けて責務を投げ出したこの日本、竜馬が命を賭けた日本の未来はこんなになっちゃった、なんて、どのツラ下げて言えるんだ。

「森・森・森」のタイトルの意味するところは、次回smile

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2008年9月 6日 (土)

落語で源氏の功罪?

落語で源氏物語なんてステキな企画を発見して、今日歌舞伎座へ行く前にチケット買おうと早めに出掛け、博品館劇場チケットパークに寄った。事前に携帯のぴあで調べたら完売になっていて、不安はあったのだけど劇場の持ち分に期待をかけた。あ~あ、しかし、やっぱり売り切れ。
そもそも気付くのが遅すぎた。しかしないとなると、残念で仕方ない。でもないものは仕方ない。
半端に早い時間だったので、ちんたらと道をあちこち曲がりながら歌舞伎座を目指した。昼や夜の顔とはまったく違う朝の銀座の裏通り、そんな顔を眺めて歩くのは好きだ。
080906postno2いまだにポストのナンバーを集めている私、ついにNo.2を発見しました。No.1はpart1でご紹介したように、晴海通りを挟んだ歌舞伎座前。どういう順番で番号がつけられているのかは知らないが、歌舞伎座を通り過ぎて演舞場のほうへ曲がる角にあるのがNo.16。そして今日見つけたNo.2は現在工事中の香蘭社ビル前(銀座6丁目)。そのまま先を進めば日産ギャラリーへという場所。おお、こんなところにあったのか、とちょっと感動でした。落語で源氏のおかげだね。
1桁ナンバーはまだ122つしか見ていない。私が知っている一番大きい数字は銀座七郵便局前の56番。とりあえず1から10までは揃えたいと思っている。
追記:帰宅してから、ふっと思い立って、博品館に電話して全部完売なのかどうか訊いてみた。すると、11月の分はまだ残席ありでしたよ~。どの帖でもよかったので、行かれそうな日時を選んで申し込みました。さて、願いがかなってみると、果たしてこれでよかったのか、又自制心を失ったな、という思いもあり、ああ落語で源氏は罪作りなんて人のせいにしてcoldsweats02

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2008年9月 5日 (金)

赤坂初歌舞伎

94日 赤坂大歌舞伎ACTシアター)
08090501akasakakabuki 

仕事の都合で徹夜明け。演目がいかにも面白そうだから何とかもつだろうと出かけたが、さすがにところどころ落ちてしまった。今月は実に変な取り方をして、この赤坂歌舞伎もなぜか来週もう一度行くことになっている。だからいいか、というだらけた気持ちがあったのも否めない。以下の感想は、ところどころ意識を失っていたということを差し引いてお読みくださいねcoldsweats02
08090502akasakakabuki_2 地下鉄赤坂駅を降りると、サカスへ直結する階段のデジタル画像が赤坂歌舞伎になっていて、おお!とこの時点でちょっと盛り上がる。ただ、ずっと歌舞伎の画像になっているわけではなく、何パターンかのうちの1つ。一度見逃して次に出てくるのを待っていると長く感じる。
ACT
シアターの周辺も歌舞伎ムードで、いつもは出ていない木の小屋風の売店が2軒出て、筋書きやグッズを売っている。中のACTカフェにも定式幕に「赤坂茶屋」(だったと思う)と書いた小さな看板が下がっていた。
「狐狸狐狸ばなし」
初めて歌舞伎を見る人にはとても面白い芝居だったと思う。勘三郎さんのコンセプトがそういう人向けに選んだ演目だというのだから、そういう意味では成功だろう。ただ、問題は、こういう大劇場でやる芝居かどうかということ。私は杮落としの「トゥーランドット」は1階最後列、「かもめ」は中ほどの列で見たが、やはり大掛かりな芝居のほうが絶対適している。2階席から下をちょっと覗いてみたら、1階で感じる以上の広さを実感したし、2階の上のほうからちまちました芝居を見ても面白くなさそうだ。それも勘三郎さんは考慮したんだと思う。下で見ているとやや大味な印象を受けたのはそういうことなのだろう。それでも、勘三郎さんの「お客様を楽しませたい」という気持ちは十分伝わってきた。
扇雀さんのおきわが意外と(と言っては失礼だが)よかった。生活のだらしのなさが出ていたし、前半は女の可愛らしさも感じられた。勘三郎さんがアドリブ(セリフとして固定化しているかもしれない)で「あんた、肥えたんじゃない? 今倒れたとき、家が揺れたよ」とか扇雀さんを色々いじるのだが、よく吹き出さないものだ。
段治郎さんの法印重善はさわやかで、見た目の立派さ・きれいさと小心ぶりとのギャップが可笑しいとまではいかないが、これはだんだんよくなっていきそうだと期待できた。
亀蔵さんのおそめ。6月に見た三越劇場「狐狸狐狸ばなし」のおそめは、すでにメークが笑いを湧かせたが、亀蔵さんのはふつうの女方の顔。考えるに、嘉島典俊は元が女顔なので、ああいうメークにしたのだろう。おそめは「牛娘」と言われ、男の体じゅうを舐め回す性癖があってイヤがられているのだが、亀蔵さんのおそめは案外可愛らしくて、好きで好きでしょうがないから舐めるのだという気持ちがよく感じられた。亀蔵さんでこの役を見ると、おそめは決して顔で勝負する三枚目役ではないと思うのである。
さて、肝心の勘三郎さんの伊之助。蛇のようなしつこさが女から嫌われる男ということなのだが、そういういやらしさがあまり感じられない。松村雄基にはねっとりしたしつこさ、いやらしさ、怖さがあったが、勘三郎さんがこういう役をやるとどうしても愛嬌が勝ってしまうように思う。いや、勘三郎さんの伊之助にもそういう面はあるのだろうけど、生来の明るさが、むしろ可愛い男じゃない、と思わせる。ただ、もしかしたら、表向きの面の裏に、怖い本性が隠れているのかもしれないな。
次回はちゃんと起きて見るつもりだから、感想が変わるかも。
おまけ1屋台の蕎麦屋の場面、本物のお蕎麦を食べていた。空腹の身にはおつゆのいい匂いが…
おまけ2段治郎さんがでるのでひょっとしたら、と思っていたら、やっぱり猿琉さん、こちらにいました。博奕打ちでちょこっとだけ。
おまけ3下手側通路が花道がわりによく使われ、たまたま通路側だった私はまさに、目の前の役者さんを見上げる形。段治郎さんをあんなに間近で見たのは初めて。
「棒しばり」
文句なく楽しめた。どちらかというと、私の目的はこっち。まだ、勘太郎・七之助コンビの「棒しばり」は見たことがないのだもの。亀蔵さんの大名はちょっと貫禄に欠けるが、大らかさ、愛敬があって、私は好きだ。太郎冠者・次郎冠者はさすがに息もぴったり。以前に見た三津五郎・勘三郎コンビに比べ柔らかさとかしたたかさは少し足りないものの、若々しく生き生きとして、本人たちも楽しそう。勘太郎クンは先月の更科姫で扇使いに固さがみられたが、次郎冠者の扇はバッチリ。前者は舞の流れの中で、後者は一応気合を入れてという違いはあるけれど、棒で縛られたまま、扇を左手から右手へ投げるという技は容易なものではないだろう(これ、百発百中なのかなあ)。勘太郎クン、やっぱり声や喋り方がおとうさんそっくり。
<上演時間>「狐狸狐狸ばなし」90分、休憩20分、「棒しばり」40
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2008年9月 4日 (木)

234で刺激っ

昨日の彦茶んのような大ボケをかまさないために、こんなもので頭を刺激した。
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地下鉄フリーペーパー「メトロ」で知った商品で、銀座ハンズ(なんて、あったんだ)で扱っているというけれど、どこのハンズにだってあるだろうというので、先月「闇に咲く花」を見るついでに新宿ハンズで購入した。でもこれは父のボケ防止および頭のかゆみ止め(トシ取ると、あちこち痒がるのです)用にあげてしまった。別に共用したっていいのだけど、なんかやっぱりね。
で、「新・天保水滸伝」を見に行ったとき、銀座ハンズに寄ってみた。さすが銀座店、あまりにお洒落なので、その場にいながら迷ってしまった。渋谷に新宿、池袋、私の知ってるハンズとは全然違うんだもの。売り場の表示を見たって、ハンズとは思えない。何度も売り場案内図を確認して、やっと、今いる場所こそがハンズなのだとわかった次第。
そしたら今度は商品探しに一苦労。どうしても見つからなくて、店員さんに聞いたら一発でそこへ連れて行ってくれた。これも私の知ってるハンズの売り場を頭に置いていたのが失敗。こんな思いをして買ったのだけど、234本あるという<とげとげ>の気持ちよさは期待していたものとはちょっと違った。だから、しばらくほったらかしておいた。しか~し、父より先に私のボケ防止が必要になったみたい。
「ヘッドリフレッシャー」という名前です。けっこう包装がかさばって、芝居の座席に持ち込むのはためらわれました。

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ビッグこーちゃん

まだ確定したわけじゃないようだから、今騒ぐのはどうかと思うけれど、ビッグこーちゃんの銅メダルの可能性が強くなってきた。2位と3位のベラルーシの選手が禁止薬物を使っていたらしいというから恐れ入る。
前回アテネでもハンガリーの選手の違反で金メダルを取ったこーちゃん。薬物などに頼らず、自らの節制とトレーニングのみによって鍛え上げた肉体で勝ち取った金であり、今回の恐らく銅であり、堂々と誇るべきものであると思う。
そうは思うのだけど、なんかスッキリしないのは、きっと表彰台でのこーちゃんを見ていないからだ。それにオリンピックが終わっちゃってからじゃ、盛り上がりにも欠ける。
でも、おめでとう。(後で繰り上がらなかったらごめんなさい)

しかし、懲りない人々がいるんだねえ。

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2008年9月 3日 (水)

彦茶ん

去年、見つけてpart 1でご紹介したことがある彦茶ん(ひこちゃん)
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その後しばらく見ないなあと思っていたら、8月に母の施設で行われた納涼祭のドリンクブースでペットになった彦茶んと再会。
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そして、暑さのぶり返した今日この頃、彦茶んはこんなに大きくなって我が家にやってきた。
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という感動?の記事をアップしかけた時、 shock
彦茶んは彦茶んでも、1年たったら三郎から左衛門に変わっているではないのsign02と気付いた。いやいや、変わったわけじゃなくて、どれも彦三郎茶んだと私が勝手に思い込んでいただけなんだけどねcoldsweats02
なんか、ばかみたいだけど、せっかく写真まで撮ったので、記念に(何の記念だ)このまま掲載しちゃいます。
あ~あ、納涼祭では彦三郎茶ん(と思い込んでいた彦左衛門茶ん)を手にして意気揚々としていたのにな。私って、こんなものよgawk

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2008年9月 2日 (火)

幸せな1日:演舞場昼の部

91日 新秋九月大歌舞伎初日昼の部(新橋演舞場)
あんまり海老ちゃんが素敵で、どう書いていいか、全然わからない。義賢は力でもっていき、実盛は穏やかで細やか、どちらも人物の大きさを思わせ、なおかつ海老ちゃん特有の華が演舞場全体を覆っていた。
「源平布引滝」は「義賢最期」、「竹生島遊覧」、「実盛物語」の3段仕立て(「竹生島遊覧」は段としては成立していないみたいだから、正確には2段仕立てかな)。「実盛物語」は仁左様のを1回だけ見たことがあるが、他の2つは知らないと思ったら、「義賢最期」は私が歌舞伎を見るようになってからは東京でやっていないし、「竹生島遊覧」にいたっては77年ぶりの上演だそうだ。それだけでも貴重なものを見たという気になる。
義賢にしろ、実盛にしろ、とにかくもう間近で海老ちゃんの魅力を満喫lovely
「義賢最期」
最初は館の奥から声だけで存在を示す。低く抑えた、それを聞くだけで、おっかなそうな顔が浮かぶ。実際に出てきた義賢は五十日鬘(というらしい。俯いたりしたらすごくデカい頭になって顔がすっぽり鬘の中に埋もれてしまう)に病を表す紫の鉢巻姿、憂鬱を含んだ勇猛さの中に海老ちゃんらしい美しさがある。
館を平氏に囲まれた義賢が娘・待宵姫(梅枝)や妻・葵御前(松也)を逃がす場面は泣かされた。渋る姫を冷淡ささえ感じさせる態度で追い立てるようにして、多田行綱(権十郎)とともに落としてやる。花道付け際に出て最愛の娘の後ろ姿を見送りながら、安堵の笑みとも涙ともつかぬ優しい目をする。また、葵御前を落ち延びさせるときも、源氏の白旗を託した(つもりの)身重の妻を早く行け早く行けと追い出すかのようにして、そして、その後姿に再び安堵しながら、ただ一つの心残りは葵のお腹の中にいる子の顔が見られないこと、と嘆く。それまで女たちに見せた強い顔とは違った夫の顔、父の顔があり、義賢の心情が胸に迫ってくる。
だけど、ちょっとおマヌケなところもある。「白旗を託した(つもりの)」とさっき書いたが、実は葵が館を出ようとするときに敵の軍兵に襲われて旗を奪われてしまうのだ。その軍兵をせっかく取り押さえた義賢なのに、逃げるのを急かすあまり、葵も義賢も白旗のことを忘れてしまう。私は「旗、旗」と指差して教えてあげたい気持ちで力が入った。でも、ここで葵が旗を忘れなかったら、この後の物語が成立しない。
さて、多勢に無勢、さしもの義賢も、ついに倒れる。旗は結局小万(門之助)に託し、義賢は仏倒し(または仏倒れ)という壮絶な最期を遂げる。これは、立ったまま、屋台の階段に前倒しになるというもの。階段の上にきれいに長袴が広がり、壮絶さの中にも美を追求する歌舞伎らしい最期だと思った。義賢と平氏の軍勢との立ち回りも見ごたえがある。襖を2枚立て、その上にもう1枚を渡し、そこに義賢が仁王立ちに乗る。立てた襖を支えていた人数が減り、最後の1人が手を離すと、おお、義賢は襖ごと横倒しに倒れる。見せることもちゃんと意識した見事な立ち回りだ。しかし義賢ときたら、何しろ素襖に長袴という武士の礼装で戦うのだから、そのエネルギーたるや半端ではない。最初の幕でこんな暴れまわって海老ちゃん大丈夫か、と心配になるほど。
「竹生島遊覧」には猿弥さんが登場する。ついつい純愛を思い出してしまうけれど、ここは逸見藤太みたいな剽軽なつくり。名前も塩見忠太と似ている。猿弥さん、これだけっていうの、もったいないな。
この「竹生島遊覧」で小万の身に起こることは、次の「実盛物語」では実盛の口から語られるからそれでわかるのだが、百聞は一見にしかず、やっぱりこうして見せられると具体的で納得できるからありがたいし、面白い。そしてそれも「義賢最期」から繋がっているから、よりわかりやすい。
「実盛物語」
海老ちゃんの最大の魅力は目だ。目が、たくらみ、怒り、悲しみ、慈愛を含む。「実盛物語」でも太郎吉に向ける目が何とも慈愛に満ちていて、それを見ているだけで、うるうるしてしまう。
太郎吉の秋山悠介クンがまた可愛いんだもの。小さな小さな体で、堂々とたくさんのセリフをこなし、剽軽さも頼もしさも感じさせてくれる。「義賢最期」では、おじいさん(九郎助)役の新蔵さんの背中に後ろ向きに負ぶわれて、敵と立派に戦いもする。この芝居は子役ちゃんがとても重要なのだ。
この太郎吉が、平氏の瀬尾十郎兼氏(市蔵)の首を討ち落とす場面もまた感動的だ。それは赤っ面、白髪・白鬚もじゃもじゃの憎らしい瀬尾が実は…ということだからなのだが、市蔵さんの<モドリ>が泣かせる。最近の市蔵さんは本当に良い。ところで、瀬尾って、あの瀬尾太郎兼康(「俊寛」の)とどういう関係? 瀬尾家はみんな赤っ面? 
実盛が馬に乗ると、恐らく観客全員の目が海老ちゃん1人に注がれる。そこだけ光が差しているかのような輝きが海老ちゃんの体に溢れているshine。馬上の引っ込みで実盛が花道付け際に出たまま、本舞台では定式幕が引かれる。このとき、舞台にも気をひかれながら、海老ちゃんから目を離せない自分もいて、でも、海老ちゃんはこれからたっぷり引っ込みを見せてくれるのだからと、やっぱり舞台で実盛を見送る人々に目を移して大きな拍手を送ったのでした。
一押し
松也クンと梅枝クンが義理の母子で出てくるのが嬉しい。幕が開いて最初に登場するのがこの2人。初々しい梅枝クンに対し、松也クンは眉をつぶしているせいもあるだろうが、落ち着いた若奥様ぶりで、年上の貫禄も見せる。
さて海老ちゃんは別格として、この芝居の一押しは小万の門之助さんだろう。丁寧な演技で、ある意味この芝居の主役とも言える(「実盛物語」だけではそれがわからない)小万の心を見事に表現し、忠義に厚い女丈夫ながら、女性らしさも十分感じられる。門之助さんといえば、二枚目から女方、時には奇々怪々な人物を演じたりもして役の幅が広いが、こんなにぐっとくる門之助さんは初めて。これまでの門之助さんで一番!と思った。
ちょっと横道:実盛の生涯をイヤホンガイドで聞きながら、「我が魂は輝く水なり」のあの森、あの名前、あの人々を思い出した。

枕獅子
舞台中央からセリあがってきた時様のなんと美しいこと。ため息が出ました。「枕獅子」は藤十郎さんのを名古屋で見たけれど、舞台も振り付けもそれとはまた違うものであった。
初日だからだろう、時様と裃後見の竹蝶さんの呼吸がちょっと合わないところがあり、引き抜きに手間取ったり、小道具の受け渡しにちょっとハラハラする場面があった。竹蝶さんは小道具の扱いだけでなく、差し金の蝶を飛ばしたり、お仕事がたくさんあって、大忙し。先輩の時蝶さんのお手伝いを受けながら、汗びっしょりで頑張っていた。
最初の傾城の手紙の手渡しがうまくいかず、そのせいか時様はちょっと慌てた様子で、その後やや固いかなと思った。それでも踊りはしっとり美しく、きりっとした獅子姿もなお優美で、毛振りさえもしっとりしており、こういう獅子もあるのか~と面白く思った。
禿で再び梅枝・松也コンビheart04が登場。松也クンは先ほどの葵御前の大人っぽさとは打って変わって、可愛らしい禿。禿なんだから当然かもしれないが、子供っぽささえ感じられる。2人が登場すると、途端に場が明るく華やかになる。踊りは梅枝クンがややリードか。松也クンを見ていると、背が高いせいか、相当膝を曲げていて、負担がかかっている気がする。今は若いからいいけど、将来大丈夫かな。

海老ちゃん、時様、松也クン、梅枝クン、ご贔屓をたっぷり見られて、幸せな1日でした。夜の部はここに亀ちゃんheart02が加わるのよ。どうする~。

<上演時間>「義賢最期」78分、幕間35分、「竹生島遊覧」18分、幕間10分、「実盛物語」78分、幕間20分、「枕獅子」50分。終演1549

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演舞場初日番外篇

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演舞場の初日に行ってきました。歌舞伎座も気になり、前を通ってみました。

演舞場では11月花形歌舞伎のチラシがあり、又こんなに魅力的な演目揃えてくれちゃって~と、今から興奮気味なのであります。
[昼の部]
通し狂言「伊勢音頭恋寝刃」--通しは初めて見ますnotes これで万野が亀ちゃんなんていったら最高じゃないgood
 福岡貢:海老蔵
 奴 林平:獅童
 料理人 喜助:愛之助
義経千本桜「吉野山」
 佐藤忠信(源九郎狐):松緑
 静御前:菊之助
[夜の部]
通し狂言「伽羅先代萩」--18年11月に政岡:菊五郎、仁木弾正:團十郎、八汐:仁左衛門という配役でやったんだったよねえnotes
 
政岡:菊之助
 仁木弾正:海老蔵
 荒獅子男之助:獅童
 八汐:愛之助
 細川勝元:松緑
龍虎
 龍:愛之助
 虎:獅童

演舞場初日、海老蔵さんの魅力にくらくらになって帰りました。感想は後ほど。

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2008年9月 1日 (月)

巡業初日が8月千穐楽

831日 巡業西コース初日(川口リリア)
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巡業西コース初日は、私にとっての
8月の千穐楽になったcoldsweats01
西コースなのに川口が出発点っていうのも面白いが、亀ちゃんの東コースには西の地域がけっこう含まれていたから、あまり関係ないのかな。いや、幸四郎さんのこの巡業は、この先たしかに西へ西へと。
「葦屋道満大内鑑 葛の葉」
この演目を初めて見たのは鴈治郎さん(現・藤十郎)の葛の葉で、信太の森の曲書きに「すげ~」と感心した記憶がある。その後もう一度くらい見たような気もするが、ちゃんと覚えているのは今年3月の国立劇場歌舞伎鑑賞教室である。この時は曰くありげな荏柄段八(錦弥)や木綿買い(東志二郎、梅秋)なんて出てこなかったし、最後も保名が悲しげに葛の葉を呼びながら終わったから、今日見て、「あれ、こんなことがあったんだっけ」とびっくりした。
つまり、遊びに行っていた童子が帰ってくる前に、この家を訪ねていたらしい荏柄段八が後から登場した木綿買いと視線を交わしてなにやら頷きあっているのである。そのままそれに関しては何にもなくて、狐の葛の葉が去って保名(高麗蔵)がその後を追おうとしたとき、どこからともなく曲者が2人現れて、保名はそいつらをやっつけるという次第。
そしてその後、暗転して、葛の葉が狐の姿に戻る。ああ、そういえば、この場面はあったかなあ、と記憶を辿るがよく覚えていない。それで、帰宅してから当時の筋書きを見たら、曲者は葛の葉を襲うと出ていた。イヤホンガイド、借りればよかった。
魁春さんの葛の葉は赤姫姿の本物より、狐の化身のほうがよかった。魁春さんって、激情が表に出ないタイプなのかもしれない。静かに、とても悲しげ。私はそういう風情も好きです。
高麗蔵さんの女方はあまりピンとこないことが多いけれど、保名なんかとてもいいと思う。狐を妻に持ったからといってちっとも恥ずかしくないと言う保名の真心には泣かされる。
子役ちゃんがとても可愛くて、客席から大きな拍手を受けていました。
「勧進帳」
勧進帳ってやっぱり見るたび面白いと思う。幸四郎さんも梅玉さん(富樫)も初日から大熱演で、山伏問答は息詰まるような迫力があった。義経の魁春さんは女方だとあんなに華奢なのに、意外と体が大きくて、驚いた。
歌舞伎の幸四郎さんってちょっと苦手なので、この巡業も地元に歌舞伎が来てくれたんだから、という気持ちで見に行ったのだが、後でプログラムを読んだら、幸四郎さんの「勧進帳」に対する考え方がインタビュー形式で載っていて、先に読んでおけばもっと深く見ることができたのではないかと後悔した。
ただ、「勧進帳」はやっぱり花道がある劇場でやってほしいなあ。最初の出も、六方も、相当な物足りなさを感じてしまう。まあそれは仕方ないとして、六方に手拍子がついて、がくっときた。いつだったか、海老ちゃんが弁慶やったときも客席から手拍子が起こって「えっ」と驚いたけれど、最近そういうことになっているのだろうか。今日もほぼ満席の一階席から手拍子が起こり、客席全体へと広がっていった。六方の最初の手の動きのところから手拍子なんだから。あんなに確信犯的に手拍子が起こっちゃうと、弁慶の動きもそれに引かれるんじゃないかと心配になる。まあ、本当の花道じゃないから間もなく拍手に変わったんだけどね…。
弁慶が引っ込んだ後も、拍手が鳴り止まず、幸四郎さんが袖から戻ってきた。頼朝の手から急いで逃れなくてはいけないからだろうかthink、舞台へは出ず、袖の口のところで大きく両手を上げて客席に挨拶。二階三階席では見えない人もいただろう。私は二階席だったが、ぎりぎり幸四郎さんの顎から下が見える程度だった。
三味線が栄津三郎さんだったのが嬉しかったデス。
<上演時間>「葛の葉」65分、幕間20分、「勧進帳」70

なお、Swing part1のほうに毎月の観劇等記録を一口メモ(?)付きで残しておくことにしました。一定期間更新をしないと閉鎖されるようなので、予防策としてこのテを考えましたsmile

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