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2008年10月13日 (月)

吉右衛門大老の魅力

1011日 「大老」(国立劇場大劇場)
歴史ドラマと人間ドラマを織り合わせたという感じだろうか。複雑な幕末の歴史をコンパクトにわかりやすくまとめていたけれど、その分歴史面は駆け足であっさり気味だったのは已むを得まい(初演は20場、正味5時間という。それを考えれば、非常によく短縮されていると思う)。反面、人間ドラマの部分が鮮やかに引き立ち、それがまた歴史部分に反映したような気がして、ぐいぐい引きこまれ、大いに感銘を受けた。

以前見た、同じ吉右衛門・魁春コンビの「井伊大老」でも、心が震えるような感動を覚えたが(平成184月)、今回彦根埋木舎(うもれぎのや)時代の若い直弼・お静の物語から始まったことにより、この2人の絆がいっそう鮮やかに細やかに浮き彫りにされ、また、先の「井伊大老」にも登場した仙英禅師との関係もはっきりとわかり、より心に沁みるものがあった。幕末ものには心を熱くすることが多い私だが、「井伊大老」「大老」とも静かな感慨にひたった。
とにかく吉右衛門さんがよい。人間としても大きく、こういう吉右衛門さんは男性としてもとても素敵で、すごく好きだ。そして、魁春さん(お静)、段四郎さん(仙英禅師)がそれぞれ役の心をつかんでいて、吉右衛門大老を支えている。
彦根時代はまだ貧しかった2人。流産したお静をいたわって、直弼が自分で豆腐を買いに行って値切ってきたり、冷や飯暮らしを嘆かわしく思いながらもそれなりに楽しそうなのが、後に辿る厳しい道を思うと切ない。お静が甲斐甲斐しく客をもてなしたりする様子に、直弼への愛が溢れている感じがして、これも切ない。この生活を知ったればこそ、大老という最高の重職にあって常に苦悩する直弼の心情、暗殺前夜の大人なカップルの若々しい会話が胸に強く迫ってくるのである。
「大老」を見ていると、時代の大きなうねりが恐ろしいほどにこちらへ押し寄せてきて、それをコントロールしようともがく井伊の葛藤に苦しくなる。直弼にお静と仙英禅師という人物がいたことが、唯一ほっとする。直弼の師でもあり友でもありブレーンでもあった長野主膳(梅玉)は、小説などで悪役的なイメージをもっていたのだが、芝居を見るとそうでもなく、イマイチそのキャラクターを摑み損なった。屋敷に忍び込んだ水戸藩士の処遇や吉田松陰の処刑を巡って、直弼と主膳の意見は対立するが、藩士は有無を言わさず主膳が斬り捨てるし、松陰は結局直弼が折れる形で救われる機会が失われる(惜しい!!)。情を知る直弼、逃げ道のない正論(と言っておこう)の主膳なのか。
小説や芝居では善悪・白黒をはっきりさせたほうが面白い。しかしだいたい、歴史を見るうえで、善悪の判断はつけ難い。「忠臣蔵」にしたって、そうだ。見る面を変えれば、人はガラッと違って見えるに違いない。幕末のこの時期、人々はみな、方法は違っても、真剣に国を憂え、国を守ろうとしていたはずだ。その方法の違いがさまざまな悲劇を生んだのだ。幕末のドラマが胸を打つのは、そういうところなのだろうと思う。

細かい感想
①ヒュースケンは大谷桂三さん。去年の「磯異人館」の亀蔵さん(ハリソン)より違和感なかった。しかし、あの時代の通訳って、どの程度日本語ができたのかしら。日本側の通辞の英語力もどのくらいあったのかしら。
②ヒュースケンを迎える部屋には西洋風の椅子が置いてあるのだが、それに腰掛ける日本側役人の長袴姿が、何ともおかしい。っていうか、長袴を見るといつも、昔の人って、なんであんな動きにくそうな服装をしていたんだろうって思う。役者さんもよく引っくり返らないものだと感心する。
③友右衛門さんがいかにも老中らしい雰囲気があって、よかった。
④芝雀さん(直弼の正妻昌子)のおっとりとしたおひいさまぶりがよい。お静に対する嫉妬心も全然なくて(それが直弼には物足りないらしい)、実におっとりしているの。で、老女琴浦(吉之丞)がイライラする。お静側はお静側で、老女雲之井(歌江)が敵愾心を燃やす。2人が直接言葉で応戦する場面はないのだが、吉之丞 vs 歌江って、ちょっと嬉しいではないか。
しかしところで、昌子の本心はどうだったのだろうか。お静の存在をそんなものだと思って理解していたのか、それとも本当に心の広い人だったのか。夫に対して無関心だったとは思えない。この物語はお静側の立場に立っているが、昌子の気持ちにも興味深いものがある。

⑤昌子がハリスをもてなすためにミニ(?)道成寺を踊る。能舞台を模した舞台の正面上方にアメリカ国旗が2本、交差式に掲げられていたのが目を引いた。衣裳の引き抜きがあったけれど、当時本当にそういうことが行われていたら、アメリカ人たちはさぞ驚いたことだろうなあ。芝居でもアメリカ人役の人たちがやんややんやの大喝采でした。この場面で、お静と昌子の立場が具体的に見る者の胸に突き刺さってくる。身分が低いゆえに公的にはNo2であるお静のいたたまれない気持ちが、たまらない。でも、直弼の心の中ではあなたがNo1なんだよ、って声をかけてあげたくなる魁春さんでした。
⑥歌六・歌昇さんが役の上でも水戸藩士の兄弟を演じる。穏健派と過激派に分かれながらの悲劇の兄弟愛。この辺は駆け足だったが、胸に迫るものがあったし、こういう悲劇があちこちであったのだろうなと想像できる。歌六さんは、水戸斉昭との2役。
<上演時間>第一幕・二幕75分(11:30~12:45)、幕間30分、第三幕55分(13:15~14:10)、幕間10分、第四幕35分(14:20~14:55)、幕間10分、第五幕50分(15:05~15:55)

おまけ1プログラムを見たら、なんと前回の舞台写真は1月の「小町村芝居正月」になっていた。間に鑑賞教室や合同公演などがあったから寂しさはあまり感じなかったけれど、国立のいわゆる歌舞伎公演は正月以来ってことか。
おまけ2ひこにゃんグッズなど、井伊家ご当地の物産販売がある。惹かれたけれど、結局眺めるだけになってしまった。ひこにゃんは4日の初日に国立を訪れたそうだ(→ココ)。見たかった。
おまけ311221618時、演劇フォーラム「乱歩が歌舞伎になった」があるそうだ。出演は幸四郎、染五郎、鳳蘭、山田五郎、岩豪友樹子(「江戸宵闇妖鉤爪」脚色者)、織田絋二の各氏。私は…行かれない。
おまけ4伝統芸能情報館で「歌舞伎の干支」展をやっている。ご報告はそのうち。

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コメント

こんにちは。私は、ひこにゃんが来場した日に観劇しました。三日御定法で一部プロンプ付きましたが、吉右衛門さんが良かったです。
ひこにゃん、とっても可愛らしかったですよ。梅之さんみたいに握手しちゃいました。

投稿: とこ | 2008年10月13日 (月) 12時11分

とこ様
コメントありがとうございます。
いいなあ、ひこにゃんと握手されたなんてnotes 私はひこにゃんのことが全然頭にないままチケット予約をしてしまいましたので、あとで「しまった」と思いました。6日までなら、会えたんですね。
でも、お芝居に満足したので、いいか…。
セリフが多いので、はじめはプロンプがつくのもやむを得ないのでしょうね。
吉右衛門さん、本当に本当によかったですね。

投稿: SwingingFujisan | 2008年10月13日 (月) 15時25分

そう、「おひいさま」!
芝雀さんのかもし出す雰囲気はまさにそれです!!
ほんと、SwingingFujisanさんの感想は、私が「なんかこう」としか書けないことが的確な言葉で書かれていることが多くて、読みながら「そう、それなの!」と拳を握り締めてうなずくことしきりです!(^^)!
先日の記事にあった「獅子虎傳阿吽堂」も、私はチケットとり損ねたので、SwingingFujisan さんの感想、楽しみにしてまーす♪

投稿: HineMosNotari | 2008年10月13日 (月) 23時08分

HineMosNotari様
ありがとうございます。私のほうこそ、Notari様の細かい観察眼、表現力にいつも「なるほど~、そうだったのかあ」とか「そうそう、そういうこと、私も言いたかったの」と思っているのですよhappy01

「獅子虎傳阿吽堂」、責任重大になってきましたわcoldsweats01

投稿: SwingingFujisan | 2008年10月13日 (月) 23時59分

拙ブログへコメントいただき、ありがとうございましたm(__)m。

今月一回目のニアミスが『大老』とは予想外でした(^^ゞ。てっきり平成中村座だと思っていましたから(^_^;)。

吉右衛門さんと魁春さんのコンビでの井伊直弼とお静の方は、こうやって通して観ることによって、二人に情愛の深さがよく分かりましたね。埋木舎(うもれぎのや)の場があってこそ『井伊家下屋敷』の場がさらにしみじみとしたものになりました。

これは一人でも多くの方々に観ていただきたい舞台です。

投稿: 六条亭 | 2008年10月14日 (火) 00時11分

六条亭様
おはようございます。
平成中村座を予想なさっていらっしゃったのですかsmile 私は私で、六条亭様の予想を別の日だと考えておりました。

「大老」は見る前は、ここまで感動するとは予想しておりませんでした。いつか、埋木舎を訪ねて、直弼とお静の苦しくも楽しかった生活のあとを偲んでみたいものだ、と強く思いました。

投稿: SwingingFujisan | 2008年10月14日 (火) 06時48分

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