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2009年1月13日 (火)

歌舞伎座で歌舞伎を見る喜び

111日 初春大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)
09011301kabukiza

人・人・人の大盛況。食堂は満席だし、売店はラッシュの電車並み。目出度い。
私はといえば、俊寛があるのになぜか前方席を取ってしまい、失敗したかなと思ったが、やはり間近で見る舞台は素晴らしく、しかも「歌舞伎座!!はやっぱり違う」、歌舞伎座で歌舞伎を見る喜びに浸ったのでした。
ところで、なぜ正月から「俊寛」なのか、とそればかりが強調されがちであったけれど、考えてみれば「十六夜清心」も心中を扱っているし、「鷺娘」だって最後は死でしょう。なんだ、三番叟以外は全部あんまり正月らしくないな、なんて思いながら、でも死は再生に結びつくものでもある(心中しそこないの2人はいい道へ再生したわけではないけれど)と、自分の中で無理やり理屈をつけて納得させたわけ。
09011302sanbaso 「祝初春式三番叟」
富十郎さん(翁)が「とうとうたら~り」と発したとたん、感動がぐっと押し寄せてきて、思わず涙が出てきた。富十郎さん、平伏から立ち上がるときの足がちょっと心配な感じだったけれど、舞は大きく清々しく、格調高く美しかった。でも、富十郎さんが舞いに入るとほぼ同時に三番叟の梅玉さんの烏帽子かけかえが始まり、梅之さんのブログでこの作業が後見さんにとってどれだけ気を使うかを読んでいた私は、そっちがかなり気になって、翁と三番叟を交互に見ていた。たしかに烏帽子かけかえは相当の時間をかけて慎重に慎重に行われていた。
その甲斐あって、三番叟の烏帽子もほどけることなく、これまた格調高くリズミカルで清々しい舞が繰り広げられた。翁の舞が終わると、背景の松が上に上がって、5羽の鶴が現れるのも見事であった。
記憶に間違いがなければ、この演目は、まず後見(錦之助・松江)が出てきて、客席に向かって礼をし(本当は神様へのご挨拶らしい)、そのあと、千歳(菊之助)、翁、千歳(松緑)、三番叟と次々登場するのだが、11人出てくるたびに大向こうがかかる。それを合図のように拍手が起こる。このタイミングは面白かった。
これ、もう一度見たいけれど、昼の部は今のところ完売だし、幕見するには朝早すぎる…

と、ここまで書いてから、演舞場の「二人三番叟」を再見したのね。実は、歌舞伎座の三番叟を見たら、演舞場との歴然たる差を感じてしまっていたのだけど、それは違うってことに気づいた。いや、それで当たり前と言おうか。どだい比較するほうがおかしいのだ。「段治郎」があの若さで「富十郎」の風格や味を出せたら化け物だ。正直に言って、段治郎さんはあまり踊りが得意とは思えない。しかし歌舞伎の家の出でない人がああいう場を与えられるまでになったということに感銘を受け、これからさらに修養を積んで、しまいには「段治郎」の風格を出せるようになればいいのだ、と思った。
それから、三番叟の踊りについても、重みの違いを意識してしまったが、粛然と神に捧げるきわめて儀式性の高い歌舞伎座の舞に対して、演舞場のほうは神を楽しませることによって五穀豊穣を願うものではないだろうか。あの2人の息の合ったコミカルな踊りなら、神様だって絶対お喜びになるはずである。

あ~あ、今日は浅草昼夜通しだっていうのに、こんな時間になっちゃった。絶対寝るなぁ。仕事をサボってたからなあ。意図的にサボったわけじゃないんだけど(芝居優先ってことは意図的か)…

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