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2009年5月 3日 (日)

お勧め、ルーヴル子ども展

426日 ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち(新国立美術館)
上野の「17世紀展」に比べ、有名作品は少ないものの、なかなか心にしみいるいい展覧会であった。とはいえ、すっかり遅くなってしまったので、感想は簡単に。
作品は、絵画、彫刻、壺や装飾品、おもちゃなど多岐にわたる。「誕生と幼い日々」、「子どもの日常生活」、「死をめぐって」、「子どもの肖像と家族の生活」、「古代の宗教と神話のなかの子ども」、「キリスト教美術のなかの子ども」、「空想の子ども」とテーマ別に作品が展示され、そのどれにも子どもの生活が息づいているようで、見ていて楽しい。古代から現代に至るまで、子どもの姿というのは本来変わらないのだろうと思わされる。
「誕生と幼い日々」では、主に母子像が描かれている。絵画もいいが、私は古代エジプトの小像が好きである。どの時代の彫像にも子どもに対する愛情や、母性を大事にする様子が見て取れるからである。
「子どもの日常生活」で興味深かったのは、教育に関する展示品で、古代エジプトの書字板、古代オリエントの粘土板など、当時も子どもは勉強していたのだなあと、はるか古代の学校の様子に思いを馳せた。「息子を教育しよう」という、古代エジプト(BC2世紀半ば)の作品も面白い。パピルスに書かれた、父親の訓示のようなもので、社会の秩序、人としての道徳心を大事にするようにという教えらしい。
17世紀の「学校の先生」という絵画には、ムチを手にした先生と、一生懸命勉強している子どもたちが描かれている。素朴なこの教室を見ていたら、フランス映画「僕の好きな先生」を思い出した。映画の先生はムチなんかもってはいなくて、子どもたちに深い愛情を注ぎ、子どもたちが自分で物事に対処していけるよう指導していく素晴らしい先生だったのだけどね。
09050301enfantjpg このテーマには興味深い展示品が多く、おもちゃもその一つである。ポスターにもなっている「台車にのったハリネズミ」「台車にのったライオン」(ともに古代オリエント)は繊細さでありながら素朴、何とも愛らしい作品である。実際に使われたおもちゃというよりは奉納品らしいということだが、一見の価値あり(お土産に一筆箋を買った⇒写真)。ところで、古代ギリシャ時代に「関節の動く人形」があったことに驚いた。
「死をめぐって」の目玉は「少女のミイラと棺」だろう。どんな少女だったのだろう、なぜ幼くして死んだのだろう。3000年以上も前に天に召された少女の姿を前にすると、生と死を厳粛に考えざるをえない。
「悲しみにくれる精霊」、「無垢」の2点の彫刻は美しいが、後者が死とどのようにかかわるのか、私にはわからなかった。
先を急ぐと(途中省略)、見ていて面白いのはやはり古代美術で、素朴な描写やつくりが心を揺さぶるような気がする。古代エジプトの彫像では、指を口のあたりにもっていくというのが子どもを表す特徴である。けっして指をしゃぶっているのではなく、時に指が置かれているのは鼻の下であったり、あごのあたりであったり、とその部位は一定していないが、要するに口のまわりなんである。
「空想の子ども」は、主に天使だろうか。姿はふっくらして、翼をもち、可愛らしいが、表情がちょっとこわかったりもする。そのあたりの意味するところは何なのだろう。現実と非現実の両方の世界を行き来する天使たちだからだろうか。

「子ども展」は、展示の仕方が行き届いていて(出だしの何作品か、もう少し高い位置に展示してほしかった。それだけが惜しまれる)、見やすく、大小200点以上も作品があるにもかかわらず、全然疲れることがなかった。作品自体に押し付けがましさがあまり見られなかったこともよかったのかもしれない。「17世紀展」の陰に隠れて、ややマイナー感があるかもしれないが、お勧めである(客の入り具合もほどよい)。

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