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2009年7月 4日 (土)

五重塔

73日 七月大歌舞伎初日昼の部(歌舞伎座)
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歌舞伎座内すご~く混んでいました。
「五重塔」
恥ずかしながら、原作は読んでいない。ただ、主人公の十兵衛の人物像は原作と芝居では違うということだ。というのも、原作の十兵衛は偏屈でどちらかというとイヤなヤツらしい。それでは芝居に向かないというので、宇野信夫がその辺はオブラートにくるんだようだ。
簡単な物語
十兵衛は棟梁源太のところで働く大工。源太は腕もよく、器量も大きくて人望が厚い。一方の十兵衛は腕は立つが偏屈で世渡りが下手。この2人が谷中感応寺の五重塔建立の権利を競う。感応寺の住職は直訴に来た十兵衛にもやらせてやりたい。といって源太にやらせないわけにはいかない。そこで、暗に2人で仲良くやれという意味を込めた寓話を語り、2人の話し合いに任せることにする。住職の意を汲んだ源太は2人で一緒にやろう、手伝ってくれと頼むが十兵衛は拒否する。では、お前が主で俺は副でいいと譲っても拒否にあう。最終的に源太は折れ、住職に自ら身を引くことを申し出て、五重塔建設は十兵衛の手によることになる。源太は十兵衛に先祖伝来の図面や他の書類を貸そうとするが、十兵衛はそれさえも拒絶する。とうとう源太は怒り出し、地震か大風で五重塔が倒れでもしたら生かしちゃおかねえ、と捨てゼリフを放つ。さて、十兵衛は果たして五重塔を1人で完成させることができるのか(1人で、って言っても、もちろん棟梁としてという意味。大勢の大工なくして五重塔はつくれない)。
十兵衛夫婦
十兵衛はちょっとども又を思い出させるような感じで、女房のお浪も世話焼きというか、夫への愛情深く心配で、夫が口下手な分ついついしゃしゃり出て気持ちを代弁するタイプ(もっともお浪の場合は、十兵衛の気持ちを知りながら、よかれと思ってその本意とは異なる世の常識に沿ったことを並べ立てる)。春猿さんがお浪を好演。何より十兵衛への愛情が溢れている。おかみさんとしてはちょっときれいすぎる感もあるが、やつれた部分も見せている。あんな十兵衛によくこんなきれいで情の深い奥さんがいるものだ。
十兵衛の勘太郎さんは、頑な職人気質ゆえに周囲とうまく折り合わない孤高、苦悩をよく表して、私は逆感情移入してしまった(つまり、源太の気持ちに近い。でも、源太に感情移入したんじゃない。あくまで逆感情移入なの)。そんなに1人でやりたいのか、それは源太にあって自分にはない名声を求めてなのか。自分の腕を試したかったのか。自分に出来ることを他人に渡したくなかったのか。
勘太郎さんは全般に声も顔も勘三郎さんそっくりで、時々勘三郎さんが演じているんじゃないかという錯覚に陥るほど。
源太
十兵衛の腕を高く評価して、なにくれとなく面倒をみてやる棟梁・源太は獅童さん。男気があってかっこよくてheart04…なんだけど、どこかぴったりこないものがある。私の中の棟梁のイメージとやや違ったせいかもしれない。要するに大工の匂いをあまり感じないのだ。そうそう、侠客の親分、そんな感じかもしれない。
苦悩を十兵衛の前では見せないのはいいが、譲歩するまでにもう一呼吸ほしいような気がした。でも、怒りや喜びなどの感情表現はとてもうまい。とくに落慶式前夜の猛烈な嵐の中での喜びの表現は、心から十兵衛の仕事に感嘆し、成功を喜んでいる様子がありありと見えて、涙が出た。朗円上人が「感応寺生雲塔、江戸の住人十兵衛、これを作り、源太郎これを成す」と書かれた制札を見せたときの獅童さんにはぐっときた。
その他の人
源太の妻・お吉の吉弥さんは、1人で出てきたときには獅童さんとの年齢差を思ったが、夫婦2人で並んだら全然違和感がなく、少ない出番で存在感を示したのはさすがと思った。
市蔵さんの住職・朗円上人は、らしさという点でもう一つピンとこなかった。芸達者な市蔵さんらしくとても上手なんだけど…。
若い短絡な大工・清吉の巳之吉クンが「らしく」てよかった。巳之吉クンは去年の「つばくろ」でも若い大工をやっていたが、私は巳之吉クン独特の純な真っ直ぐさが好きだ。それにしても、愚かな清吉が十兵衛に鑿で襲い掛かった時、十兵衛の大工生命は絶たれたかと私は思わず目を瞑ったが、急所をはずれていたとかで、本当によかった。

26年ぶりの上演の初日ということで、セリフの入っていない役者さんもいたし芝居全体にぎこちなさが見えたのはやむを得まい。また、客のほうも、拍手のしどころに戸惑うような感じだった。日が経てば、江戸の雰囲気ももっと出るだろうし、舞台も間違いなくよくなるだろう。そうなれば自ずと拍手にも迷いがなくなるに違いない(息詰まるような展開もあり、全体に面白かったから、もう一度見たい。舞台が進化して、獅童さん、その他の人の印象も変わるかもしれない)。
ただ、物語の進行として、最後の場に至る経過をとばしているのはどうなのかしら。人望がなくて使っている大工がちっとも働いてくれず弱りきっていた十兵衛だが、清吉に襲われて大怪我をしたにもかかわらず妻の反対を押し切って現場に向かう。ここでこの場は終わり、次の場ではもう五重塔の落慶式前夜になっている。どうして五重塔は完成したのか。あんなに十兵衛をバカにしていた大工たちが仕事に命を懸けている十兵衛の姿に感動して働くようになったということなのだが、イヤホンの説明がなくてもそのくらいの想像力を働かせることが私にできただろうか。イヤホンを聞いてしまった以上、それはわからない。

舞台はなかなか工夫されていて、まだどちらが建てるとも決まらない五重塔が象徴的に舞台に登場したり、場面転換には紗幕を使って装置の移動を透けて見せたり(大工の話だから?)、猛烈な嵐の表現も太鼓にプラスして強烈な音響を使い、紗幕に稲妻が走り、五重塔に稲光が当たり、天井からはスモークが流れていた。

09070402renge_2 おまけ1落慶式は客席を招待客に見立てる。そこで落慶を祝して、源太と十兵衛が蓮華の花びらを撒くのだが、なんと獅童さんが目の前に前進してきて、「ほらっ」とでもいうように舞台から何枚かの花びらを撒いてくれた。1枚いただいた(何色かあって、たまたまこの色が落ちてきたから)。その後獅童さんは花道の内外にも撒き、勘太郎さんは上手で撒いていた。蓮華つい先日写真を撮った、あの蓮のこと。
おまけ2木というものは、生えている山によって性質が違うそうだ。だからあちこちの山から集めた木ではうまくいかない。「木を買わずに山を買え」というのは、名宮大工・西岡常一さんの言葉だそうだ。

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