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2009年7月17日 (金)

夜の部初見:「夏祭浪花鑑」

716日 七月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
夜の部、やっと初見参。5日に二度目の昼の部を見てからの長い長いなが~い10日間でした。
09071701natumaturi 「夏祭浪花鑑」
全体に上方の香りというものはあまり感じられなかった。むしろ江戸風なスッキリした印象さえ受けた。時として上方の話であることを忘れ、ふと言葉に気がついてああそうだったと思う。しかし私がこれまでにみた「夏祭」は吉右衛門さんであり勘三郎さんであり、見ている私としてはどちらもそれほど上方を意識しなかったのではないだろうか。以前、藤十郎さんが「本当に上方の香りをもった役者は少なくなっている。息子たちでさえ東京で育っているからそういうものが薄い」というようなことを言っていらしたことを思い出した。
そう言ったからといって芝居がつまらないというのでは全然ない。先がわかっていてもどきどきはらはらもしたし、喜劇的な部分には笑いもしたし、最後の団七の気持ちには同化したし、いい意味での緊張を維持しながら見ることができた。
まずは復帰された猿弥さんの三婦が実によかった。存在感の大きさ、老け役の確かさ、この人がいればという安心感が芝居全体にメリハリを与えていた。そう、そういえば、数珠を切って封印していたケンカに出て行くとき、花道七三に立った猿弥さんに、なぜか猿之助さんの姿を見た。私は猿之助さんの舞台を記憶に留めるほど見てはいないのに、「ああ、猿之助さんに似ている」としみじみ思ったのだ。猿弥さんの三婦を見られて本当によかった!!
しかしこの三婦、実に人使いが荒い。「床の衆」と何度も下剃の三吉を呼び出して用事を頼んでいたし、自宅でも奥さん右之助さん。三婦に惚れている様子が微笑ましい)に色々言いつけていたsmile
床屋(下剃の三吉)の巳之助クンが気のいい若者として爽やかな印象を植え付けた。巳之助クンは「五重塔」でもその一途さゆえに愚かな行動に出る若者を好演していたが、あのピュアな個性は貴重だと思う。
笑三郎さんのお梶の風情がよい。しっかり者でいながら柔らかく落ち着いた女の情緒もたっぷりで、4つの角が丸い四角形を思い浮かべた。とくに笑三郎さんのセリフが好きだ。だが、この芝居ではいつも、お梶と義平次の関係がよくわからないと思う。もちろん、親子だっていうのはわかっている(あの義平次からどうしてこんな娘ができるんじゃsign03)。けれど、お梶はあの親をどう思っているのか。団七が一応義平次を義理の父親として敬おうとしているところをみると、お梶の気持ちも察せられなくはないが…。
獅童さんがかっこよい。昼の棟梁はあまり感心しなかった(進化したかしら)が、一寸徳兵衛は海老ちゃんと2人並んだら、どっちを見ようかと迷ってしまうほど、私にはステキに見えた。高札を使った2人の立ち回りが楽しい。徳兵衛がまず1本の札を抜いてぽんと団七に渡し、もう1本を抜いたものを自分の武器にする。卑怯なチンピラなら自分だけ札をもつところだろうが、ここに徳兵衛の男気を感じて、私は好きだ。三婦と3人で花道から登場する時の2人の衣裳が色違いの格子縞で、これがまた粋でステキ。
新蔵・新十郎さんの駕籠かきコンビは、本当はからっきし意気地がないくせに相手次第で態度を変えるチンピラを息もぴったり好演。「伊勢音頭恋寝刃」で見せてくれた杉山大蔵・桑原丈四郎コンビの軽妙な可笑しさを思い出した。新十郎さんの右膝(左だったかな?)がちょっと赤くなっていて、舞台に膝をついたりした時の跡かなあ、痛くないかなあなんて、余計なことを考えた。
勘太郎さんのお辰の男前な女っぷりもステキ。磯之丞という人は琴浦との痴話喧嘩を聞いていると女好きのようにも思えるが、このお辰なら美人のままでも三婦の心配は杞憂に終わりそうだ。頬に焼けた鉄弓を当てる場面では本当にジュッと肉の焼ける音でもしそうで、思わず首をすくめた。ただ、鉄弓にふーふーと息を吹きかけるのはちょっと興ざめsad これだけの潔さや「こちの人の好くのはここ(顔)じゃない、ここでござんす」と胸をぽんと叩くカッコよさがあるのに。
磯之丞に、団七が妻の親を殺してまでも守るという魅力があまり感じられない。これは別に笑也さんがどうこうではなくて、この芝居の中でそういう描かれ方しかしていないのかもしれない。磯之丞を守ろうという人たちは、その父玉島兵太夫のために働こうとしているのだろうが、いずれにしても私にはこの人の人間性がよく摑めない。琴浦春猿さんらしく、可愛い甘えん坊。だけど、やっぱり琴浦の人間性も私にはよくわからなかった。

さて、海老ちゃんsign03 初登場の場面では、一瞬ダレsign02と思ってしまった。だって釈放された海老ちゃんの顔ったら、らくだの馬さん(亀蔵さんでなくて由次郎さんのほう)みたいだったんだものbleah 床屋でこざっぱりとしたら、やっぱり海老ちゃんだった。大鳥の体を使って春猿に道案内をするのは「先代萩」の「花水橋」と同じで、笑った。
海老ちゃんって、子供を背負うのが似合う。権太が息子を背負ったときのいい感触が思い出された(あの時も、奥さんは笑三郎さんだったね)。微笑ましくて、海老ちゃん自身がいいお父さんになりそうと思った。
そんな親子3人の生活を地獄に落とすような殺人。はずみで義平次を斬ってしまい追い詰められていく団七の心境にはこちらもぐいぐい引き込まれた。
市蔵さんの義平次は見た目も人柄も汚らしく、胸に描かれたあばら骨がその年齢や生活ぶりを表しているように見えた。破れかけた笠をかぶって出てきただけで小ワルの存在感がふんぷんと漂う。しかし団七に対するいじめっぷりは何だか悪ガキみたいで、心底憎らしいという感じは受けなかった。それだけに、団七の「悪い人でも舅は親、許してくだされ」と言って謝る姿に真実味があった。この人って、三婦の女房がころっと騙されるところを見ると、世間的にはそのワルさが伝わっていないのかしら。お梶も父親の悪い部分は知らないのかもしれないな。

祭りの神輿が近づいてくる。泥まみれ、血まみれの団七は、慌てて刀を手から離そうとするが、先月の与兵衛同様、手がなかなか開かない。やっと手放すと、井戸の水で脚と刀と体を洗い、単衣を着て、どうにかこうにか怪しまれない程度に間に合い、酔っ払いの手拭を奪い顔を隠す。この一連の動作は、当然心の動揺を表してスムーズに行くわけがない。立っているのさえやっとで、刀を鞘に納めるのだって手拭を奪うのだって、何度も何度も失敗する。私は何度「早く!! 早く!!」と叫びそうになっただろう。自分の身が前にのめって団七のところに駆けつけたくなる気持ちだった。

海老蔵さんのスター性はこの芝居でも遺憾なく発揮され、目力、見得のきれいさといった大きな部分だけでなく、心持を表す細かい演技にも納得がいって、猿弥の三婦、市蔵の義平次で再演されるといいなあと思う。

おまけ:
以前レオン・パパ様が下さったコメントの中に、歌舞伎座脇の道路で裏方さんたちが道具の泥を洗い落としているのをご覧になったという件があったので、野次馬の私は早速外へ出てみた。ところがまだ道具も外に出ていず、40分という長い幕間ではあるものの食事もしなくちゃならないし、ということでとりあえずは席に戻り、食後もう一度行ってみたら、ちょうど洗い終わったところのようだった。千穐楽はタイミングに気をつけて見学したい。

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歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
明日歌舞伎座夜の部、明後日仁左衛門一座の鎌倉巡業を観に行ってきます!
昨日は国立・歌舞伎鑑賞教室に行ってきました。昨日も含め、至福の歌舞伎ウィークエンドですheart04
国立は、やはりお話し上手な亀鶴さんの解説だけあっておもしろかったし、梅枝くんの藤娘は「ザ・可憐!」(←?)という感じで夢中になって観ているうちに終わってしまった感じです。あの指先の美しさたるや…とても21歳の男の子には見えませんでしたよ!欲を言えば全員で何かひとつの中くらいの長さの演目をやってほしいな、とも思いましたが「矢の根」と」「藤娘」それぞれ大満足でした。

来月の演舞場は、チケット発売日が博多座観劇日と重なったためすっかり忘れていたので気づいた時には定席3階は売り切れ。かといって8月は永楽館にも行くから財政難だし…てなわけなので、明日しっかり海老蔵さんのお姿を焼き付けてまいります。。。

投稿: あねご | 2009年7月17日 (金) 20時48分

あねご様
おお、素晴らしいウィークエンドをお過ごしですのねsign03
私は国立は来週、仁左様は再来週なんですよ。
亀鶴さんのお喋りも楽しみですし、それぞれの演目もなぜこんなに遅い時期まで1回も入れなかったんだろうと我と我が身に「?」をつけたくなるような後悔と、早く見たいという期待感で一杯です。亀鶴さんと男女蔵さんは大好きな浅草メンバーですし、梅枝さんは時さまのご子息としても1人の役者さんとしても贔屓ですし。
歌舞伎鑑賞教室の二本立てというのは、私が見るようになってからは多分初めてです。高校生向けの演目選びは難しいのかもしれませんね。

永楽館にいらっしゃるのですか!!! こちらの「藤娘」も又々お若い壱太郎さんですね。どんな小屋なんでしょう。ぜひぜひご感想をお聞かせくださいませ。

「五右衛門」は始まったらきっと戻りが出ますよ。3階はむずかしいかもしれませんが、それでも希望は捨てずに、お待ちになってみてください。私は2回取ったのですが、座席選びに失敗したので、今からこまめに戻りをチェックしております。

明日の海老蔵さん、明後日の仁左様、♡でいっぱいになりそうですねsmile

投稿: SwingingFujisan | 2009年7月17日 (金) 22時18分

Swinging Fujisan 様
 夏祭りの大道具方の片付けをご覧になれなくて残念でした。私はお弁当を食べて出たところだったので、いいタイミングだったのかもしれません。申し訳ありませんでした。
 天守物語の感想がまだでていないようですが、宜しくお願いします。

 ところで、今夜、渋谷のコクーン歌舞伎を観劇しました。コクーンは初参戦です。こういう歌舞伎もありなのでしょう。大変楽しみました。チーム中村屋、絶妙のアンサンブルですね。勘三郎はチームの要として、ぶれない演技ですね。仁としては、権助の人なのでしょうが、清玄も次第にそれらしく見せるところはさすがですね。
 七之助の成長振りも特筆ものです。特に姫の間の美しさは、心の師と仰ぐ玉三郎が乗り移ったこなようでした。ただ、山の宿町の場で女郎になってからの姿、演技は、姫からの切り替えが爽やかに決まるとまではいかなかったのが残念でした。この場は玉三郎が絶品でした。駕籠をあけて、出た瞬間のあだっぽさといったら、なかったですよ。初役でやった新橋演舞場はこの瞬間、館内がどよめきました。その後の再演等では、観客がそれほど興奮しませんでしたので、玉三郎の若さのなせる技だったのかもしれません。総じて、桜姫という役は、若女形の役なのでしょう。
 演出で、わからなかったのは、稲瀬川の脇役達が皿回しみたいなことをしていた点です。前回もあったのでしょうか。桜姫のレポも期待しております。なお、幕切れの伴奏に使われたのは、マスネのオペラ「ウェルテル」のテノールのアリア「春風よ何故私をめざめさせるのか」ですが、雰囲気にあってとてもよかったと思います。天守物語のドビッシーの夜想曲「雲」もうまく使われており、歌舞伎とクラシック音楽はなかなかうまくあいますね。クラシック好きにとってはたまりません。

投稿: レオン・パパ | 2009年7月18日 (土) 00時28分

レオン・パパ様
道具の片付けは、千穐楽にタイミングを計って見てまいります(雨よ、降らないで)。教えていただかなかったら、きっと外に出ることも思いつきませんでした。ありがとうございます。
猿弥さんが猿之助さんに似ているとの先日のご指摘、確かに!! 芸というものは、血がつながっていなくても受け継がれていくのだなあ、と思いました。七之助さんもきっと玉三郎さんの芸を受け継がれていくのでしょう。
駕籠から出た瞬間の若き玉三郎さん、そしてどよめき、どんなだっただろうと想像しています。そういう瞬間に居合わせるというのは幸せなことですよね。
「天守物語」に使われていたのはドビッシーだったのですか。あの雰囲気にぴったりでしたね。私はクラシックはごくポピュラーな曲しか知りませんので、「桜姫」のいい予習になりました。
それにしてもレオン・パパ様が初コクーンとは意外でした。

投稿: SwingingFujisan | 2009年7月18日 (土) 02時19分

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» 七月大歌舞伎「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」(歌舞伎座) [飾釦]
■日時:2009年7月20日、16:30〜 ■劇場:歌舞伎座 ■出演:市川海老蔵、中村獅童、中村勘太郎、市川猿弥、他 歌舞伎座で7月大歌舞伎「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」を見ました。この作品は、今年の5月にNHK教育テレビの「知る楽」で放送されていた教養番組、松井今朝子の「極付歌舞伎謎解(きわめつきかぶきのなぞとき)」で“任侠ものの原点”であると紹介されていました。それによると、我慢に我慢を重ね最後はキレて攻撃に出るそのスタイルは、60〜70年代の安保闘争の時代に学生から支持を得た高倉健... [続きを読む]

受信: 2009年7月25日 (土) 22時18分

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