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2009年9月 3日 (木)

たっぷりな九月昼の部初日・1

92日 九月大歌舞伎初日昼の部(歌舞伎座)
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近松座の巡業で8月が終わり、1日おいたらもう歌舞伎座初日。不思議な気分がする。
09090302ryoma 「竜馬がゆく――最後の一日」
亀治郎ファン大方の期待を裏切って、ハニームーンどころか竜馬最後の1日になってしまった。
大政奉還から1カ月後の慶応31115日。悲劇の日の始まりは午後3時過ぎ。そこから午後5時過ぎ、7時と時は過ぎ、ついに8時半、竜馬の命が絶たれる。
竜馬を中心とする武士たちの動きと並行して描かれるのが近江屋奉公人の桃助。この無知蒙昧な貧しい、恐らく実直な男が竜馬の運命を左右する重大な役目をはからずも負ってしまった。竜馬があの時死ななかったら日本がどうなっていたかと考えても仕方ないが、もしかしたら無知な一庶民が日本の行く末に一役買っていたとしたら(そうでなくても、視野の狭い連中が竜馬を殺したことは間違いない)。なんてこった、でもそれは今にも通じることのような気がする。自民党崩壊と政権交代劇をつい先日目にしたばかりの身は、この「竜馬、最後の一日」が切実感をもって訴えかけてくるものを感じた。
染五郎さんの竜馬は過去2作品と同様はまり役だし、中岡慎太郎の松緑さんも変わらぬ情熱を見せた。近江屋主人の猿弥さんがさすが。京の大店の主人としての貫禄、竜馬を匿う大きさ、それでいて町人としての分を弁えていて、芸の幅の広さに改めて感銘を受けた。
桃助の男女蔵さんは、無知で貧しいがゆえに広い世界が見えない男を好演。侍になるんだと張り切っている姿に、もう侍の世ではなくなることを知っている現代人の私は悲しさを覚えた。桃助と思いを寄せ合うおとめの芝のぶちゃんが可愛らしい。竜馬に姉と同じ名前だと気に入られ、おとめ自身も無知ながら、竜馬の人柄、竜馬が何か大きいことをやる人間だということを感じ取り、桃助に翻意を促そうとする。いじらしさが滲み出ている。今回のヒロインは芝のぶさんだ。
竹三郎さんが竜馬を見舞う薬屋として出演。
舞台は近江屋の店、階段、2階座敷へと自然に視線を移せるように盆を効果的に使っている。
中岡と竜馬が斬られて終わるラストは、あまりにあっけなくて、何かスッキリしない。というか、わかっているのにどう捉えていいかわからないような、そんな気分である。

09090303kikyo 「時今也桔梗旗揚」
私は、この「時今也桔梗旗揚」という題名が好きだ。
「秀山祭」と銘打たれていない今月の公演で、この作品は「秀山を偲ぶ所縁の狂言」として演じられる。中身が濃くて重くて、途中で、「これって昼の部最後の演目だっけ」などと錯覚してしまった(この後2本もあるのか、という思いがするくらい)。
序幕饗応の場のはじめ、山口玄蕃(歌昇)に口説かれる桔梗(芝雀)。逃げ惑うはずみに春永に献上されたソテツの枝を折ってしまい、玄蕃に責められ自害しようとする。このソテツの件が後に何か影響するのかと思ったが、これはこれで終わりだったみたいだ。また、玄蕃が桔梗にソデにされたことで、これも光秀の立場を悪くするのに影響するのではないかと懸念したが、それもなかった。しかし、この一件は後のことを予感させる。
春永の怒りの原因は光秀が作ったのだし、怒りはよくわかるのだけど、ちょっと怒りすぎだし、その後もいちいち意地悪で、春永って厭な上司だ。その春永の富十郎さん、足が悪いのだろうか。舞台中央に設えられた3段ほどの階段を上がり降りするとき、森蘭丸の錦之助さんの手を借りていた。セリフはプロンプターがついていたが、大きな声のゆっくりした喋り方だから、セリフのタイミングとしては割と違和感ない。それに、プロンプターについて喋っていても、強弱緩急がちゃんとしていて、堂々たる見事な春永になっているからすごい。大まかには入っているんだろうなあと思った。しかし、富十郎さんみたいなあんな大きな声、間違えたら大変(1カ所、言い直したところがあったような…)。それに花道でのセリフはどうするんだろう。
光秀が、春永の命を受けた蘭丸によって軍扇で打擲されているとき、落ちなくてはいけない吉右衛門さんの烏帽子がなかなか落ちず、ハラハラした。黒衣さんと錦之助さんが23回試みてやっと落ちた。瞬間吉右衛門さんが鬘を押さえたから、鬘にひっかかってしまったのかもしれない。初日のハプニング。
森力丸の種太郎クン、声が太くて荒事風になっていた。種太郎クンはちょっと線が細いところがあるような気がしていたが、この力丸は立派。
2
幕目、花道から吉之丞さんの声が聞こえて、ドキドキ。園生の局は若いのかな、珍しく黒髪で、赤い衣裳に黒地金刺繍の打掛がよくお似合い。
吉右衛門さんのこういう役はとても好き。大石とか井伊とか苦悩する役が吉右衛門さんに合うのかもしれない。幸四郎さんと並んで決まったラストを見られたのが嬉しい。
こちらも悲劇と考えれば悲劇だが、同じ悲劇でも余韻をもたせたこの終わり方のほうが竜馬よりスッキリする。
その2に続く。

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コメント

今晩は!maroon6は本日いってまいりました。「竜馬がゆく」はこれで終わりなんて、寂しいbearing 芝のぶさん、可愛らしくて、でも重要な意味のあるお役を好演されていました。

富十郎さんの堂々のプロンプターには、初めびっくりしましたが、Swinging Fujisannのおっしゃるように、良い間になっていましたし、あれはあれで(笑)良かったですね。coldsweats01

投稿: maroon6 | 2009年9月 3日 (木) 23時06分

maroon6様
お、今日いらっしゃいましたか。
「竜馬がゆく」はハニームーンが見られなかったのがとても残念です。1部・2部はずっと感動しっぱなしだったのに、3部ではそういう場面が少なかったし。
芝のぶさん、竜馬に気に入られたときのとまどいが可愛かったですね。ある意味、今回のヒロインでした。

富十郎さんのプロンプト、あまりに堂々としていて、逆に納得してしまいましたsmile 立派な春永であったことに芸の力を感じました。いい春永でしたよね。

投稿: SwingingFujisan | 2009年9月 4日 (金) 00時06分

SwingingFujisan様
おはようございます。初日のレポ楽しく拝見しました。私は来週見ににゆきます。吉右衛門の「馬盥」が楽しみです。この芝居、羽左衛門で一度見た覚えがありますが、あまり面白かったという記憶はないのです。
ところで、昨日、夜の部見てきました。Fujisanさんもご覧になったのでしょうか。三本とも、充実していました。吉右衛門、どの役もいいですね。とりわけ富樫が最高の富樫です。対抗できるとしたら、仁左衛門くらいでしょう。眼福の一言です。あとは福助の「櫓のお七」が個人的に楽しめました。この優、やはり娘形がいいですね。
勧進帳で、気になったことが一つ。義経の引っ込みで染五郎は、何もせずさっと引っ込みました。(音羽屋の型?)。ご存知のように、最近見た、梅玉は、花道七三で、富樫のほうを、傘に手を掛け振り返ります。実に情(感謝の気持ち)があって良い型(成駒屋の型?)だと思います。(芝かんの義経は音羽屋型だった記憶があるのですが・・・)
夜の部のFujisanさんのレポお待ちしています。?

投稿: レオン・パパ | 2009年9月 6日 (日) 09時13分

レオン・パパ様
こちらにもありがとうございます。
「馬盥」、私は若い松緑さんと海老蔵さんで見ました。私もそれほど面白いとは思いませんでしたが、今回はけっこう面白く見ましたよ。面白くて、途中で飽きるということはないのですが、長くて重かった…。
夜の部は、まだなんですよ。千穐楽は取ってあるのですが、その前に来週あたり、見に行きたいなと思っております。染五郎さんの引っ込み、注目してきます。そう、梅玉さんの引っ込み、そうでした。私も、感謝の気持ちがあるほうが好きです。芝翫さんの時がどうだったかは、忘れました。
レオン・パパ様こそ、色々な細かいことをよく覚えていらっしゃって、感心いたします。
「櫓のお七」は初めて見たときの亀治郎さんが強烈な印象を残しました。福助さんはどんなお七なのか、楽しみです。

投稿: SwingingFujisan | 2009年9月 6日 (日) 10時05分

こちらにも(しかも今頃になって)コメント、失礼します。私も先週末昼の部をやっと拝見しました。
『竜馬がゆく』にいたく感動しまして。サブタイトル通り、「最後の1日」のみを描いた舞台だったのですね~。そして、SwingingFujisan様が、「今回のヒロインは芝のぶちゃん」と書かれた意味も、舞台を拝見してよく分かりました。京ことばも可愛らしくって、本当にそういう女の子が居そうでしたよね。おとめちゃんが、2階の惨状を知ったら…と思うと、可哀想でなりません。
今月は「たっぷり」感がありますね。

投稿: はなみずき | 2009年9月15日 (火) 16時31分

はなみずき様
こちらにもありがとうございます。
昼の部は初日を見たきりで、もう見に行く予定はないのですが、又見たくなってきてしまいました。きっと、「竜馬がゆく」はずいぶん進化したんでしょうね。
新政府の人事案を作った竜馬の気持ちを真正面に受け止めながら、今の日本にああいうリーダーはいないのか、きっと竜馬はどこかで歯軋りしながら今の日本を見ているに違いない、などと思っておりましたが、もう一度見たら、きっと私の胸はその思いでふつふつと滾るに違いありません。
かわいそうなおとめちゃんや、無知で実直な桃助、こういう人たちも歴史が作られていく過程のどこかにかかわっているのですね。

投稿: SwingingFujisan | 2009年9月15日 (火) 20時36分

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