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2009年9月21日 (月)

車窓から覚える人間愛

今日、墓参に行ってきたのだけど、電車の中から外を見ているとき、すごく不思議な気持ちになった。
某駅のホーム。階段の壁を背に7~8人が横並びに並んでいるのが車窓から見えた。170cm以上ありそうなオニイチャン、その頭から20~30cmは下にいるオジチャン、オバチャン。そんなに身長が違っても、そして多少は顔の大小や足の長短の違いはあっても、みんな全然違和感なく人としてバランスのとれた形をしている。
当たり前のことだし、そんなこと考えるなんて失礼かもしれないけれど、でもそういうふうに見ていたら、人間というものがとても愛おしく思えてきてしまった。うまく説明できないなあ。個性も暮らし方もそれぞれ違うのに、人間って根本のところでみんな同じなんだ、っていうような愛おしさかなあ。
墓参に行くという状況がそう思わせたのかしら…。いつも何かに苛立っている私にはこういう気持ちを思い出すことも必要なんだわcoldsweats01

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは ^^
SwingingFujisanの眺めた景色が想像できるような気がします。同じような感覚わかりますよ〜。
心が穏やかで優しい気持ちになられたのでしょうねhappy01
私も車窓から眺めてると気分が落ちついたりします。ふしぎですよね。おしゃべりしてる人をみて楽しそうだなぁ♪とか。。^^

お墓参りに行かれてご先祖さまも喜ばれていらっしゃるのではないでしょうか。私はたまにしか行けないので行かないとなぁとよく反省しますsweat01

投稿: かりん | 2009年9月21日 (月) 16時45分

かりん様
こんばんわ。もうすっかり暗くなりました…。今日は曇っていたけど、秋の日はまさに釣瓶落としです。

ありがとうございます。ここのところ、あまり外に出なかったので、久しぶりに解放感を覚えたのかもしれません。そういう時って、普段なら眉をひそめそうな光景や音も、受け入れられる気がします。心のもちようって大切なんですね。同じ生きるなら、そういう心でいたいものです(が、なかなかcoldsweats02)。

墓参は両親が元気な時は私もあまり行きませんでした。2人とも弱ってきて、誰も行く人がいなくなったから行っているようなものです。でも、お墓に行くと顔も知らない祖父母が身近に感じられて、一応節目節目にはお参りしようという気持ちになります。お墓を守るのは、「家」の基本かもしれませんね。
お盆やお彼岸の墓地は人出も多くて、楽しいと言ったらおかしいですが、ちょっとしたお祭り気分にも浸れますよsmile

投稿: SwingingFujisan | 2009年9月21日 (月) 18時16分

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