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2009年10月24日 (土)

フィクションを見ているとは思えない現実感:渡海屋、大物浦

1023日 芸術祭十月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
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回目の夜の部、贅沢して1階最前列で見た。既に3階で見ているから、碇知盛のラストなどは十分堪能したのだけれど、間近で見るよさも今回はたっぷり味わった。
「渡海屋、大物浦」
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全体に、フィクションを見ているというよりは、とてもリアルにさまざまな事件が目の前で展開しているような気がした。
京妙さんが実際に大根を切っていたのにちょっとウケた(「野崎村」で芝翫さんやっぱり大根だったかなんだったかを刻んでいたのを思い出した)。ウケた、っていうのは笑ったという意味ではなくて、振りをするだけでもいいところでちゃんと切っているのが嬉しいと思ったのだ。
玉三郎さんに、位の高い平氏の女性としての毅然とした態度と同時に銀平の女房としての地に着いた幸せそうな生活ぶりを感じて、せつない。もちろん、源氏に再び立ち向かうための偽りの生活ではあるのだけど、なんだか束の間の幸せみたいなものを感じたのだ。だって、聞かせどころの<洗濯のしゃべり>なんて、とっても愛情に溢れているようで微笑ましいではないか。義経の富十郎さんも優しい目をして聞いていたし。
幸せ感は吉右衛門さんの銀平からも滲み出ている気がして、このままこの2人がお安(安徳天皇)と平穏な市井の生活を送れたらどんなにかいいのに、と本人たちが聞いたら頭から湯気を立てて怒りそうなことを考えてしまった。
吉右衛門さんには見るたび大きさを感じる。銀平のカッコいいこと。自らを犠牲にしてまで守ろうとするもの(主君だったり家族だったり、国だったり)がある役を演じる吉右衛門さんは、本当にその背中に守るべきものを背負っているのが目に見えるようで好きだ。
この2人は実際にはどうだったのだろう。「大物浦」で深手を負った知盛が局の名を呼びながら探し回る姿、局の自害にがっくりと涙を流す姿を見ると、本当に心を通じ合っていた仲だったのではないかと思いたくなる。

銀平は軽く演じていた吉右衛門さん(「軽く」というのは役を軽んじているのではなくて、実は知盛でありながら知盛の苦悩や重さを感じさせない、渡海屋の主人としての大きさがある。その大きさが軽やかだということ。幸せ感もそこからくるのかもしれない)が、「大物浦」では一転、負の感情を露わにした武将として重い演技を見せる。だけどそれは演技を見ているという枠を超えて、無念の知盛の気持ちにすっかり同化させられる。手に、体に力が入った。
そういう知盛に対峙する相手の義経は、吉右衛門さんの大きさを上回る役者さんでないといけない。また、天皇を託せる人物としては富十郎さんしかいないだろう。最後に知盛と義経の心が通じ合ったのが感動的で、互いに交わす「さらば」には涙が出た。

そして典侍の局。十二単姿の玉三郎さんが出てくると、まさにそこに平安絵巻が繰り広げられたよう。渡海屋のお柳のときはつぶしていた眉をしっかり描いた顔が上品で美しく、実に存在感がある。実は初日は、眉があんまり太くてイモトアヤコかbleahと思ったほどだったが、今日は全然そうではなかった。義太夫の語りがよくて涙を誘われ、また玉様の天皇を思う気持ちが全身に溢れていて、息苦しくなるほどの悲しみを覚えた。
戦況は如何にと沖の船を見れば、提灯・松明が次々と消えて、女官たちは悲運を知る。あら、本当に模型の船の明かりが1つずつ消えていくわ、とちょっと現実に引き戻される。しかしその後、「波の下にこそ極楽浄土という都がある」と嘆き悲しみながら天皇の覚悟を促し、天皇とともにまさに海に飛び込まんとする局の姿に、私は再び猛スピードではるか源平の時代にタイムスリップした。天皇を義経に託して潔く自害する局が哀れであり、かつ見事な女性だったと思った。
君を頼むと言った局の言葉にはっとする富十郎さんの表情。局の覚悟を知り、黙って死なせてやる温情にも富十郎さんの大きさが見えてよかった。
安徳天皇は初日は高橋飛和クン、今日は三橋正暉クン。2人とも幼いながら、ああこの方をお守りするためなら命を投げ出してもよいと思わせる天皇の格をしっかり見せていた。けなげな言葉に客席からも拍手が起こっていた。子役ちゃんのセリフに自然に湧く拍手に、「先代萩」の鶴千代が八汐をやりこめる場面を思い出した。
歌六さんと歌昇さん兄弟の魚づくしコンビが微笑ましかった。そういえば、2人がこのように絡むことってあんまりないのではなかったかしら。入江丹蔵(歌昇)の勇猛さに哀れを覚えた。
いい物語を見た、と思った。

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コメント

なんと、私も23日夜の部は1階2等席におりました。またニアミスですね。
昨日は辰巳さんの誕生日記念(?)観劇でした。
現歌舞伎座最後と思われる「義経千本桜」。素晴らしい舞台を見ることが出来て、本当によかったと思います。

投稿: とこ | 2009年10月24日 (土) 18時49分

SwingingFujisan様
 昼の部のレポ、拝読しました。(千秋楽の観劇かと思っておりました。)まさしく、同感、同感・・です。読ませていただいて私の感動も蘇りました。
 典侍の局の自害のシーン、知盛が局をみやる場面に(そういって良いのかわかりませんが)夫婦の別れの情愛が横溢したように思いました。
 義経、知盛の別れのシーン「さらば」「おさらば」は感動的でしたね。
 ところで、前回ご覧になったときの弁慶の引っ込みに客席がざわめいたとの話がありましたが、私の見た日もざわめいたのです。残念ながら私も見落としてしまいました。ただ、隣の方が、小さな声で「あ、おとした」といっていたような気がしますが、依然、謎です。

投稿: レオン・パパ | 2009年10月24日 (土) 19時16分

とこ様
あらぁ、では、どこかですれ違っていたかもしれませんねhappy01 この前、ちゃんとお顔を覚えておけばよかった。でも、まあ当分はお互いミステリアスにいきましょうかwink

そういえば、10月23日は辰巳さんのお誕生日だったんですね。すっかり忘れておりましたcoldsweats02 辰巳さん、今月も大活躍ですね。「吉野山」は大事なお役なので嬉しく拝見しました。

「見事な千本桜だった」と言える舞台は今までもあっただろうし、これからもきっとあると思いますが、さよなら公演でそう言うことができて、本当によかったと、私も同感です。

投稿: SwingingFujisan | 2009年10月24日 (土) 20時13分

レオン・パパ様
明日は用事があって、残念ながら行かれないのです。こんなにいい舞台だと千穐楽を見たかったなと思いますが、やむを得ません。

ね、知盛と局の間には心を許しあった者の情愛が流れていましたよね。私の見かたが鈍かったのでしょうが、今まで、この2人の間にそういう空気があったことには気づきませんでした(気づいていたかもしれないけれど、そのこと自体にはあまり注目していなかった)。
義経と知盛の間に流れた共感のようなものにも感動しました。お互い敵味方でなければ、きっといい友になれたのに、とあの場面から思いました。

弁慶の引っ込み、謎ですねえ。落としたとして、何を落としたんでしょう。ますます気になってきましたcoldsweats01

投稿: SwingingFujisan | 2009年10月24日 (土) 20時23分

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