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2009年11月24日 (火)

仮名手本忠臣蔵夜の部・1

1123日 顔見世大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)
夜の部は昼の部より劣るような評判もあったが、意外にも面白く見ることができた。これまでになく自然で人間臭いドラマが展開されたのではないかと思う。それだけに、素直にそれを受け入れることができた。
09112401godanme 「五段目」
五段目って、私の中ではこれまでどちらかというと様式的な場面(的確な表現ではないけれど、よい表現が思い浮かばない。六段目に至る通過儀礼みたいなもの…かなあ)のような感じであった。それが、今回はひとつのドラマとして捉えることができた。
たとえば梅玉さんの斧定九郎。これまでは、見るほうも美の追求が先行して、形の美しさにこだわっていた。しかしこの定九郎からはそれだけでない、あのひと時の実感のようなものが伝わってきた。袖口や裾を絞り、髪から雨の滴を振り払う場面、いかにも土砂降りの雨をしのいでいた雰囲気が定九郎にはまとわりついていた。あのしょうもない父親にさえ呆れられて勘当されたという定九郎にしてやっぱり雨は困りものだったんじゃないか、弾に当たった瞬間定九郎の脳裡には何が走っただろうなどという思いさえ浮かばせるような、そんな人間臭い感覚を私は受け取った。
おかるの父・与市兵衛(大蔵)。セリフがとても自然で、娘とその夫のためにお金を手にした喜びや、ちょっと休憩したくなる気持ちが素直に伝わってきて、「そんなところで休むからぁ~」とか「何も金を手にしたことを口にしなくてもいいのに」とか「金を上に掲げるから盗られるんじゃわいっ」というようなツッコミは入れにくい。ただ「よかったね、おじいちゃん」(おじいちゃんは気の毒か)と微笑ましく、それだけに無残な死が哀れであった。
千崎弥五郎(権十郎)。六段目でもそれはわかるが、弥五郎の勘平に対する友情を強く感じた。何度か見ている権十郎さんの弥五郎だが、弥五郎の人間性がより深められている気がした。
勘平(菊五郎)。猟師としての日常、弥五郎との再会で表面に出た屈折した思い、討入の計画を知って芽生えた希望、人を撃った衝撃と金を見て動く心。そういうものが菊五郎さんの表情から自然に窺えて、共感を覚える。
ここからは、五段目に関する私の<ハラハラ>。
①勘平の火縄の火が消えはしないかと、いつもハラハラする。猪と間違えて定九郎を撃ったあと、火縄をぐるぐる回して明かり代わりにしているが、これが松の木にぶつかって消える前に消えちゃったらどうしよう、なんて心配になる。権十郎さんは舞台稽古で提灯の火を消してしまったことがあるそうだから(提灯の火も本物の蝋燭を使っているから危ないかも)、ありえないことではないんじゃないの?
②猪を撃ったはずなのにどうも様子がおかしい。不審に思った勘平が死んだ定九郎の足に触る。これまで見たどの定九郎も平然と横たわっていたが、私だったらくすぐったくて、足がぴくぴく動いてしまうよ。実際に手が足に触れなくても空気を感じてくすぐったくなっちゃう。そんな私だから、この場面、いつもハラハラするのよcoldsweats02

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