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2010年5月22日 (土)

團菊祭昼の部@松竹座1:菊之助の玉手

521日 團菊祭五月大歌舞伎昼の部(松竹座)
「摂州合邦辻」

これ、ナマで見るの初めてだと思っていたら、藤十郎さんのを国立で見ていた。あの時は通しだったから今回の「合邦庵室」だけとしての印象は薄れてしまったのかもしれない。
上演記録を見ると錚々たる御大が演じている玉手御前、そんなすごい役に菊之助さんがこの若さで挑戦する。それだけでも楽しみだった合邦、菊ちゃんの見事な玉手に圧倒された。これは絶対菊之助の当たり役になる、と確信する。
庵室の門口に佇む姿からして胸に秘めたものの凄さを感じさせる。それでいて「かかさん、かかさん」と呼ぶ声には寂しさや娘としての甘えのような響きがあって、おとく(東蔵)ならずとも駆け寄って扉をあけ抱きしめてやりたくなる。
クドキになると、白の菊ちゃんが赤くなる(イメージのこと。私は常々、菊之助は「白」、亀治郎は「赤」とイメージしている。菊之助に赤を感じることはめったにない)。それは狂気に燃えるような赤でもあり、暗い赤でもあり、時にはさっと白に戻ったりもする。玉手の俊徳丸に対する恋心は絶対本心からだと確信させられたかと思うと、いややっぱりそうではないと否定させられ……筋書き、じゃなかった、番附を読むと、「(真実の恋か忠義かは)一括りにしないほうがいいような気がする。俊徳丸や両親、浅香姫に会った時に湧き上がるその時その時の気持ちを大切にしたい」と菊之助三自身が語っていた。それじゃあ、その菊ちゃんの演じ方はしっかりこちらに伝わっていたんだわ。
玉手が訪ねてきたことを知った合邦(三津五郎)とおとくの葛藤には、強く感情移入してしまった。私は自分に娘がいるからなんだろう、おとくの娘かわいさが理屈でなくよくわかって、うちへ入れまいとする合邦(その気持ちも頭ではよくわかる)に勝って早く扉を開けてあげて、と手に力を込めておとくを応援してしまった。

俊徳丸(時蔵)は業病に悩む若者の気弱さで、人間的に物足りない(女たちがそれほど夢中になるような男ではない)気がするのだが、回復した途端しっかりとした強さと温かみを見せて、これならと納得する。ただ、私は基本、時さまは女方のほうが好き。
夜の部の「髪結新三」でも時蔵・梅枝親子が恋人どうしを演じていたが、ここでも2人は恋人どうし。梅枝クンの浅香姫には心優しさが滲み出ていて、そういえば「三人吉三」のおとせにしても、「神田ばやし」のおみつにしても、心底から滲む優しさがあったなあと思い出した。梅枝クン自身がきっと優しい子であるに違いない。
入平(團蔵)はあくまで控えめに、だけどしっかりと存在感を示している、そんな感じであった。
いつも「すし屋」の女性版みたいな気がしてしまう「合邦」は、やはり最後に泣かされる。本当は忠義の心からやったことなのに悪と見せかけたがために親の手にかかる子(菊ちゃん、最後はちょっと男が入っていたかな。でもそれは、玉手が女でありながら男の覚悟をもっていた、と私は解釈したい)、やむにやまれず子を手にかけた親の思い、どちらも哀れで、かなしい。
の手にかかったとはいえ、子が父より先に逝く――人の死に未だ敏感になっている私は、浄瑠璃の葵太夫さんからしばらく目が離せなかった。葵太夫さんもお父さんをつい最近亡くされたのだ。

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歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

余韻の残る素晴らしい記事で、私なぞがコメント投稿するのが憚られたのですが、お邪魔致します。

菊丈ファンといたしましては、SwingingFujisan様に絶賛していただき、とても嬉しゅうございます! そして、是非もう一度拝見したくも叶わなかったカンゲキが、こちらを通して叶ったようでございます。

初役ながら、ここまで力と魂の入った玉手が出来るものかと、私も驚きました(政岡のときも思いました)。娘としての気持ち、忠義を通す女性の強さ、そんなものが切ないほど、伝わってきました。

投稿: はなみずき | 2010年5月23日 (日) 19時03分

はなみずき様
何をおっしゃいますか!! コメント、ありがとうございますsign03 お褒めに与りとても嬉しく存じます。

ええ、そうですそうです、政岡のときもそう思いました。菊之助さんは、胸に強い思いを秘めた女性を見事に演じますよね。凛とした美しさ(天性の美貌はもちろん、内面から滲み出る美しさ)に胸打たれます。菊之助さんの玉手を見て、初めてこの女性を愛おしいと思いました。
まさに菊之助さんの実力を魅せつけられた玉手でしたねえ。私も、もう一度と言わず二度も三度も見たいですわ~。

投稿: SwingingFujisan | 2010年5月23日 (日) 20時35分

私が見たのも同じ21日ですが、今こうしてSwingingFujisanさまのレポを再読していても、あの「かかさん」という声が耳に響いてくるようです。そして、後半「ととさん」と呼ぶところもあるんですよね。なんだかね、この父と母の娘で、何も知らず幸せだった頃さえ、思い浮かべてしまいそうでした。
そして自分に娘はいなくとも、やはり親の立場になって見てしまってました。でも、私にはおとくよりも合邦の気持ちに寄り添っちゃう部分があって・・・それは娘がいないせいか、はたまたそれに加えて「父親べったり娘」だった10代の頃の記憶によるのか?
そうそう、幸せにも私は菊・玉手を2回見ることができましたが、なぜか、2回目には、葵太夫さんの浄瑠璃がよりズシーンと来たのでした。

投稿: きびだんご | 2010年5月27日 (木) 00時38分

きびだんご様
そうそう、後半の「ととさん」もぐっときましたね。おっしゃるように、この合邦親子にも何も知らず幸せだった時代があったのだ、と私もしみじみ思っておりました。思い出したら、また泣けてきましたゎ。

このお芝居を誰の視点で見るか(意図的でなく、自然に誰かの視点になる)っていうのも人それぞれで面白いですね。私はたまたまあの時娘が難問を抱えていたので(無事解決!)母親寄りの視点になっていたのだと思いますが、10代の頃お父様べったりだったというきびだんご様のお気持ちを考えたら、私も父に対する思いが重なって、今はあらためて合邦の視点で振り返っています。この物語は玉手と俊徳丸の物語でもありますが、家族の物語でもあるんですね。
葵太夫さんの浄瑠璃、心に響きましたね!!
2回目はこれがお目当てだとおっしゃっていましたものね(早起き、お疲れ様でした)。2回ご覧になれたのは親孝行なさっていらっしゃるきびだんご様ご自身へのご褒美ですね(^^)

投稿: SwingingFujisan | 2010年5月27日 (木) 08時51分

SwingingFujisanさま
菊之助さんの玉手を観たおかげで、この演目も
玉手御前もとても好きになりました。
いつまでも心に残って、ついに合邦辻閻魔堂を
見に行ってしまいました(笑)。
そしてこのSwingingFujisanさまのアップを
改めて読ませていただいて、また泣きそうです。
そしてまた観たいと思っています。
「白の菊ちゃんが赤くなる」というのはほんとに
鋭くステキな表現で、まさにその通りでした。
初役にして当たり役になりましたね!

「合邦庵室」だけ切り取ったせいか、親子の情が
より濃く漂う空気も感じました。
やっぱりもう一度観たい(笑)。

ご報告が遅くなってしまったのですが、こちらの
ブログを拙ブログにリンクはらせていただきました。
もし不都合であればご遠慮なくおっしゃってくださいね。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: スキップ | 2010年6月 4日 (金) 00時34分

スキップ様
コメントありがとうございます。
スキップ様の合邦辻閻魔堂の記事、そして観劇記を拝読して、私もまた泣きそうになりました。松竹座に遠征してよかった!! 本当に忘れられないお芝居になりましたわ、今回の合邦は。

通しで見ると全体の流れがよくわかって、その場面だけでは理解しがたいことも納得することが多いのですが、「庵室」だけ切り取ることにより親子の情がより濃く感じられたのはおっしゃる通りだと思いました。
そして私も、菊之助さんの玉手を見て、玉手が好きになりました!!

リンク、ありがとうございます。遅ればせながら、スキップ様のブログ、こちらでもリンクに貼らせていただきますね(もっと早く、と思いながら何となくぐずぐずしておりました)。

投稿: SwingingFujisan | 2010年6月 4日 (金) 09時31分

本当に評判が良くて観たくて観たくて身もだえしていた菊ちゃんの合邦!
Fujisan様のレポでカンゲキ気分を味わわせていただきました。
ありがとうございます!

数週間前にテレ朝かなにかで短いですが菊ちゃんの特集をやっていました。合邦の様子も少しだけやっていたのですが、インタビューの中で「菊之助という名前に甘えている自分にある時気づき(名前で、できているつもりでいた)、それからは一役、一役を必死に勉強しています」というような事を言っていて、そのひたむきさにとても感動しましたheart02
交通費をかけてでも、見る価値のある舞台でしたね。

超パパっ子だったうえにもう数年前に父を亡くしているので、私も父娘の話にはとても感情移入してしまいます。と同時に、二人になってから母の愛情もとても分かるようになりました。歌舞伎には親子の物語が、間にはさまれているものも含めるととても多いですよね〜。
泣かされてしまう事が多くて困りますcoldsweats01

投稿: 林檎 | 2010年6月 6日 (日) 11時15分

林檎様
名家の御曹司には様々な特権があるわけですが、それに胡坐をかいていてはファンも離れていくと思います。菊之助さんにしても海老蔵さんにしても、ある時期から(いつ頃だったか覚えているわけではありませんが)急に成長したような気がします。それは、もちろん今の名前も大きいけれど、将来もっと大きな名前を継ぐ者としての心構えを持ったときだと思うのです。本人の資質は資質として、勉強を積み重ねていくことの大切さを忘れないという姿勢が役者さんを成長させるのでしょうね。菊之助さんを始めとしてそういう役者さんをますます応援したくなります。

林檎様、お父様を亡くされていらっしゃったのですか。天寿を全うしたといってもいい父を亡くした私でさえ悲しみからなかなか立ち直れないでおりますのに、林檎様の深いお悲しみを思うと胸が痛くなります。
歌舞伎には親子の物語が本当に多いですね。親を亡くしてから見ると、これまで客観的に見ていたものが変わってくるものだなあと思いました。親はいくつになってもありがたいものですね。

投稿: SwingingFujisan | 2010年6月 6日 (日) 12時07分

菊ちゃんの「玉手」でしたね。間違えました〜!すみませんsweat01


お気遣いありがとうございます!立ち直るのにかなり時間がかかりましたが、今はすっかり受け入れる事ができました。あんな悲しい事滅多にないんですから、お父様の事、今は十分悲しんでいいのだと思います。そしたら又元気になれますものshine

投稿: 林檎 | 2010年6月 7日 (月) 12時19分

林檎様
わざわざ、ありがとうございます。こちらで訂正しておけばよかったですね。ごめんなさい。

父のこともありがとうございます。そうですね、悲しい時にはたくさん悲しんでいいんですね。高齢だからと覚悟はしていたのに、人の死って、ましてや親の死って人生で一番大きなことなのかもしれないと思いました。親の死によって自分が少し大人になったような気がします(いいトシしてやっと大人ですよcoldsweats01)。
林檎様が今は立ち直られておられるようで安心しました(でも、お伺いしなかったら、そんな悲しい思いをされたなんて気づきませんでした)。

投稿: SwingingFujisan | 2010年6月 7日 (月) 19時14分

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