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2010年5月13日 (木)

五月花形歌舞伎夜の部・1

512日 五月花形歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
今月の演舞場は「寺子屋」「熊谷陣屋」「助六」と、先月超豪華メンバーで熱演された演目が3つも揃っている。客の感動が新しいうちに同じ演目をやれば客の目はより厳しくもなるだろう。若手には若手なりの味というものもあろうが、深みや重みの要求される芝居はやはりむずかしい。
しかし、誰にでも「最初」はある。そしてやらなければ「最初」はないのだ。そういう意味で、歌舞伎座がなくなった「最初」の月に若手がその「最初」を踏み出し、それも敢えてこの3つの演目に挑戦した今月の演舞場公演は私の中に別の感動を呼んだし、深い記憶として残ると思う。
「熊谷陣屋」
70
80歳のジイサマ(失礼coldsweats02)が10代の若者・少女に変身はできても(もちろん、ムリがあるのは承知smile それでも芝居全体としてあまり抵抗がない)、その逆は難しいのだと思った。お芝居の熊谷が何歳だか知らないけれど、実際の熊谷は一の谷の時43歳くらい。この年齢での苦悩・悲しみの深みがあまり伝わってこなかった。それは一つには先月の吉右衛門さんの印象が強すぎるせいもあろう。こちらはその分を差し引いて見なければいけないのかもしれない。
いっぽう、常々こういう役には線が細すぎるのが難点と思っていた(つまり、こういう役はニンじゃないんじゃないか)染五郎さんだが、今回それはまったく感じなかった。よくこれだけの太さを出したなと感心したくらい。
とすれば、案外悪くなかったかも、と今思っている。泣いている人もいたし、まっさらな頭で見れば感動したのかもしれない(私自身、出家姿には感動した)。花道引っ込みの愁い三重は先月に続いて(違った?)栄津三郎さん。間近に迫る戦さの緊張感の中で、さまざまな思いを断ち切るように去る熊谷。なんだかわからないけれど自分の心が白くなるようで、この引っ込みは好きだ。
深みという点では七之助さんの相模も松也クンの藤の方もまだまだだが、松也クンは声に悲しみが含まれていて訴えるものがあった(私の席は舞台の上手半分が見切れてしまい、藤の方は大半見えないのだ)。
海老蔵さんの義経がとてもよかった。「堅固に暮らせ」ではぐっときた。
歌六さんの弥陀六はさすがだ。セリフの一つ一つに深みがある。錦吾さんの梶原も印象に残った。

「うかれ坊主」
富十郎、三津五郎で見ているせいか、松緑さん「デカっbleah」というのが第一印象。踊りはきっぱりしていてそれが松緑さんのよさで、私はそれが好きなんだけど、富十郎さんや三津五郎さんのようなまろみというか、滲み出る愛敬・色気が感じられないのが残念。とくに「チョボクレ」にはそれがほしかった。でも、楽しめた。
そういえば夜の部開演前、楽屋口から松緑さんが出てきた。グレーのパーカーのフードにすっぽり頭を包んでいたので、一瞬を逃したら誰だかわからなかったと思う。私はあの大きな目でバッチリわかっちゃったbleah どこかへお出かけのようだった。

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コメント

「昔はへたでねえ」「だれそれ(先代とか)はよかった」なんて語るのも、歌舞伎ファンならではの楽しみですよねー!

投稿: urasimaru | 2010年5月13日 (木) 12時31分

urasimaru様
ですよねえ(^^)
毎月抽斗が増えていくのが楽しみです。もっとも抽斗の奥深くしまわれたまま出てこない記憶もあれば、抽斗からこぼれるものもありますけれどcoldsweats01

投稿: SwingingFujisan | 2010年5月13日 (木) 14時10分

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