« 寂しい6月 | トップページ | 可愛い花には気をつけよ… »

2010年5月19日 (水)

五月花形歌舞伎昼の部再見

518日 五月花形歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
二度目なので、とくに変化があったと自分では思う「寺子屋」についての感想を。
「寺子屋」
初日はあまりピンとこなかったのに、今日は素直に入り込めた。とくに松王丸は初日「?」な感じもあったけれど、とてもよくなっていて、さらに色々な面が見えるような気がして面白かった(興味深いという意味の「面白い」)。
義太夫狂言としてどうなのかと言われるとよくわからないが、全体から受ける印象がとてもリアルで、たとえば武部夫妻が小太郎を身替りに立てようと相談しているところなんか、「わ、この夫婦、なんて恐ろしい相談をしているのだ」とリアルに怖くなる。
そして首実検が無事に済み、この夫婦が腰が抜けたようになってほっとし合うところも、リアルにその感覚が伝わってくる。現代劇に置き換えられるのではないかというような気さえする。
松王丸は、「松はつれない」と菅丞相にも言われ世間にもそう評判されていたことがとても辛かったと源蔵夫婦に語るのだが、海老蔵さんの松王からは豪快な外見に似合わず、そういう繊細さ(よく言えば)を持つ人間であることがよくわかった(きっと「賀の祝」でも深く傷ついていたんだろうなあ。かわいそうに)。自分自身に対する忸怩たる思いもあるにはあっただろうが、他人の評判に悩む松王の人間臭さというものが興味深かった。
私は途中で、菅丞相への恩義に報いる裏には、そういう自分の立場をよくしたいというエゴのようなものがあったのではないかと複雑な気持ちになった。でも海老ちゃんの松王は、自分自身それをよくわかっていて、又それをつらく思っているというように見えた。
この「寺子屋」は機会があればもう一度見てもいいかもと思った。
ところで、松王は見栄えがあんまり立派だし、時平公の御覚えも目出度いようだし、小太郎は良家に生まれたからこんな目に遭わなくてはならなかったと千代が嘆くセリフがあったし(多少違うかもしれないが、ニュアンス的にはそういうことだと思う)かなり身分が高いような気になっていたが、舎人というからにはそれほど身分が高いわけではないんでしょ。いつかのイヤホンガイドでは、牛車の牛の世話をしたりして身分は低いと言っていたような気がする(「加茂堤」の桜丸についての解説)。それがここのところ気になりだして、だからどうってこともないんだけど…。

追記 首実検の場面、松王は刀に小太郎の首を映しているかのように初日は思ったが、そうではなかった。一瞬首のほうを見て、あとはずっと正面を向いていたのは、歌舞伎では正面を向くことで対象物(者)を見ていることを表現するからかな。

|

« 寂しい6月 | トップページ | 可愛い花には気をつけよ… »

歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1083822/34776999

この記事へのトラックバック一覧です: 五月花形歌舞伎昼の部再見:

« 寂しい6月 | トップページ | 可愛い花には気をつけよ… »