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2010年8月12日 (木)

悪の華:「四谷怪談」

810日 八月花形歌舞伎第三部(新橋演舞場)
第三部は「四谷怪談」の通し。疲労が心配だったが、「道成寺」で寝ちゃったせいか、意外と体力気力OKであった。
今回は「三角屋敷」がないために、お岩さんと伊右衛門に重点が置かれた構成になっていた。
海老蔵はまさに「悪の華」である。伊右衛門って刹那的な生き方しか出来ない人だと思うし、その伊右衛門を演じてこれだけ冷酷で美しい役者がいるだろうか。もうその一言に尽きる。時々声が妙な高さをもつのが気になったのが残念。
獅童はもう一方の「悪の華」である。私の中に新しい直助権兵衛ができあがってしまった。
勘太郎さんのお岩は絶品だったと言ってもいい。武士の妻としての誇り、意地、感謝が怨みに変わる心情、どれも切々と心を打った。隣の伊藤家から血の道に効くからともらった薬、有り難さに紙に残った最後の粉まで口に含むまでの一連の丁寧な仕草はその後の悲劇を知る者にとって、神聖な気持ちさえ起こさせるものだった。客席もしわぶき一つ聞こえず、し~んとなって見入っていた。
早替りも見事。
大詰前のだんまりでは、海老蔵、獅童、勘太郎が並び、まさに花形堪能であった。
七之助さんのお袖は、可憐でありながらしたたかな面も見せて面白かった。地獄宿で夫・佐藤与茂七(勘太郎)と再会する場面は、先の「丑松」と重なってちょっと悲しくなった。お米もお袖くらいしたたかさをもっていたら…(女が身体を売るのは悪くて、男が女を買うことについては問題ないのか。江戸時代だから、そうなんだろう。お袖はそこを突っ込むから痛快)。
市蔵さんの宅悦も素晴らしかった。弱くしたたかに生きる底辺も底辺の人間でありながら、お岩を気遣う優しさが胸を打つ。変貌したお岩さんの顔に「わっ」と恐怖する姿も大袈裟すぎず、とてもよいと思った。
茶屋女房として歌江さん、おいろで小山三さんが出てきたのが嬉しかった。とくにおいろは、去年慶応大学で聞いた小山三さんの芸談で「渡辺保さんに人間国宝ものだと褒められた」と自負する役でもあり、生き生きと演じている様子が見受けられた。

大詰に入る前に、猿弥さんが舞台番として登場する。幕の後ろで舞台をこしらえている間のつなぎである(席を立たないでね)。ここで「三角屋敷」までの経緯を語り、さらに「残念ながら今回は三角屋敷は上演されない」というわけで、三角屋敷の場について説明する。左右の衿が合わさって澤瀉の紋ができる浴衣姿の猿弥さんの、ユーモアを交えた語りを聞くうちに大詰の幕が開く。
勘太郎さんの与茂七と海老蔵さんの伊右衛門の立ち回りは、「仮名手本忠臣蔵」の小林平八郎と竹森喜多八との立ち回りを思い起こさせる激しいもので、きびきびとした若い動きに惹きつけられた。最後は切り口上で。
海老蔵さん、勘太郎さんをはじめほとんどが初役という若手中心にこれだけの舞台ができるというのは、役者さんたちが真摯にそれぞれの役の人間性を摑んでそれを丁寧に表現し、人間の業を裏の裏まで見せた成果であろう。
なお、ちょっとネタバレになるけれど、大詰の途中で3階席にサプライズが起こる。私の席のすぐそばで起きたので、思わず叫んでしまったゎsmile
<上演時間>序幕52分(18001852)、幕間30分、二幕目91分(19222053)、幕間10分、三幕目・大詰42分(21032145

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歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

第三部のレポ、お待ちしておりました!
さすがSwingingFujisanさま♪です!感動がよみがえってまいります!
本当にすばらしかったですね!!戻りチェック開始でございます。(平成中村座は平場席が取れれば行くことにしました。夜の部のみですけど…)
私も道成寺で睡魔が…なので第三部は元気にカンゲキできちゃいましたが、勘太郎さんに心わしづかみでした。
コクーンと、演舞場の吉右衛門さん・福助さんしか見たことがない、私のような初心者から見ますと、勘三郎さんのお岩様と似ているな~という感想ですが、本当に心打たれました。
(最後、私も仮名手本忠臣蔵思い出しちゃいました!それも、平成中村座の勘太郎くん・七くんの!)
素敵なレポを読ませていただき、どうもありがとうございました。午後も仕事がんばります~

投稿: | 2010年8月12日 (木) 13時09分

失礼いたしました!
名前抜けてます。。。

投稿: 七子 | 2010年8月12日 (木) 17時57分

七子様
コメントありがとうございます。お仕事、お疲れ様でした。
出先で携帯からコメント公開させていただきましたが、きっと七子様に違いないとわかりましたよhappy01

四ッ谷怪談に関しては私も多分コクーンと吉右衛門さんしか見ておりません。あ、この前、澤瀉屋の忠臣蔵とのドッキング版も見ましたっけ。「三角屋敷」があると、お袖中心になるような気がするのですが、今回はお岩さんと伊右衛門に重点が置かれていて、勘太郎さんも海老蔵さんもとてもよかったので、じっくり作品を鑑賞することができました。
勘太郎さんはもちろん勘三郎さんから教わったのでしょうが、私は勘太郎さんのほうが好きかも。
立ち回り、そうですよ~、勘太クン×七クンのあの見事な立ち回りと重なったのですhappy02 あれ、忘れられませんね。

いい席が戻ってくるといいですね。私は日程的にむずかしいので、1回きりになりそうです。

投稿: SwingingFujisan | 2010年8月12日 (木) 20時26分

私も、SwingingFujisan様のレポで、初日の熱い舞台が蘇ってまいりました! ありがとうございます。

海老蔵丈の伊右衛門、良かったですね。これなら四谷怪談のハナシが成立する!と思えた伊右衛門でした。SwingingFujisan様が「もうひとつの悪の華」と評された直助@獅童丈も、まさに…! 私も新鮮な気持ちで、直助というお役と、獅童丈を拝見することができました。海老蔵丈といい「呼吸(イキ)」だったと思います。

勘太郎丈のお岩さんは、全然オーバーではないのに、真に迫るものがあって、「四谷怪談」というアクションものではなく、心理劇として、カンゲキがたくさんありました。

猿弥丈が出てきてくださったおかげで、私は最後まで拝見することができました(笑)。感謝です。

投稿: はなみずき | 2010年8月12日 (木) 21時25分

はなみずき様
コメントありがとうございます。私もたった今、はなみずき様の初日観劇記にコメントをお送りしたところだったんですよ。自分のブログに戻ってみたら、はなみずき様からコメントをいただいていてビックリ(^^) すれ違いでしたね。

海老蔵さんは、どうして今まで伊右衛門をやらなかったのだろうと思うほど。そういえば海老蔵さんと獅童さんは「夏祭浪花鑑」でも共演していましたが、海老蔵さんの華に見合う華を獅童さんが持っているとその時も思いました。

勘太郎さんのお岩さん、ええ、オーバーなところはなく、自然な存在感を出していましたね。誇りと絶望に心を揺さぶられました。

確かに猿弥さんが登場されなかったら、終演時刻のことも考えて帰る方が多かったかもしれませんね。最後までご覧になれてよかったよかった!!

投稿: SwingingFujisan | 2010年8月12日 (木) 21時44分

SwingingFujisan様
 今晩は。昨日、第3部観てきました。Fujisanさんのレポどおりですね。勘太郎、熱演ながら、歌舞伎の枠組みはきちんと守っていたと思います。セリフ回しは、勘三郎そっくりでしたが、私には芝かんを彷彿と(芝かんはお岩をやっていないのでは?)させました。芝かんは寂しげだが、武ばった役が若いころから抜群でした。例えば、寺子屋の戸浪は今でも最高だと思います。
 問題はやはり海老蔵の伊右衛門のセリフ回しです。普通に喋ればいいの、何故あれほど奇をてらった喋り方をするのか不思議です。色悪の凄みがなく、むしろ江戸の若旦那みたいでしたね。また、序幕殺しの場の、舌出しあれは何なのでしょうか。初めて見ました。とはいえ、伊右衛門役者はこの優以外にいるのでしょうか。玉三郎がお岩をやっても絶対、海老蔵を起用するでしょう。歌舞伎のニンとはそういうものだと思います。
 ところで、小山三元気で長い時間舞台にいましたね。小山三ばかり今回もみていました。小山三、次は何を観れるのでしょう。楽しみです。
 芝居の話ではないのですが、あたふたと演舞場にかけつけ、ああ冷たいビールが飲みたいなと思いましたが、眠くなるといけないと思い我慢しました。昔は結構、客席でビールやワンカップ日本酒を飲んでいたのですが、歌舞伎ブームで若い?女性客が多くなったので遠慮しています。お酒は匂いがしますので。でも、ほろ酔いで舞踊の名手が名舞踊を踊るのを観るのは至福のときですよ・・・。
 PS. 終幕三階席のサプライズって何ですか、是非、教えてください。もういいころでしょう。私の席からは雰囲気だけでわかりませんでした。

投稿: レオン・パパ | 2010年8月14日 (土) 20時50分

レオン・パパ様
蒸し暑い中のご観劇、お疲れ様でした。冷たいビールを飲みたい--私ののどもしょっちゅうそう求めておりますsmile でも飲んだら間違いなく寝ちゃうし…。確かに酒はにおいますし…。ほろ酔いでの舞踊鑑賞、贅沢ですね。
勘太郎さんのお岩、私はそれほど勘三郎さんを意識しませんでした。お父さんに教わったのは間違いないのでしょうが、勘太郎さんが自分なりのお岩を作り上げたような
気がしました。芝翫さんはお岩さんをやっていないようですね。でもおっしゃるように、芝翫さんの空気みたいなものが勘太郎さんにはあったかもしれません。
伊右衛門はまさしく海老蔵さんのニン。今後はセリフを直し、もっと深く突き詰めていってほしいと思います。
小山三さんが出てくると、ついついそちらばかりに目がいってしまいますね。90歳とは思えぬ元気さで、次が楽しみです。
サプライズのこと。3階にお岩さんが突然現れたのです。本当に「突然」でした。センターブロックと上手ブロックの間の通路に飛び込んできたという感じ。もちろん勘太郎さんではなくて替え玉でしょうが、私はすぐそばの席だったので肝をつぶしました。でも楽しいサプライズでした。

投稿: SwingingFujisan | 2010年8月14日 (土) 23時11分

SwingingFujisanさま

わあ、そういうサプライズだったのですね。私も何なのかとても知りたかったです!!
本日(14日)やっと第三部、観劇してきましたが、珍しく1階席で観ていたものですから、上のほうの階で「わ~~っ!」「きゃ~っ!」という声が、何回も聞こえてくるので、一体何が起きているのだろう、とドキドキ(ワクワク)しました。舞台の役者さんではなく、ナマの人の声なので、結構怖かったですw(゚o゚)w あの声で、こちらの席のまわりも、かなりざわつきました。

勘太郎丈の切ないお岩さん、泣いているお客さまもも何人かいらっしゃいました。お父様は、どこかサービス過剰になるところがありますが、勘太郎は勘三郎の指導を受けたとしても、芸風が異なり、ひたむきさが新鮮ですね。海老蔵丈は、まさにニンだと思いましたが、感情が平面的な感じがし、逆に言えば、これから磨きがいがあって楽しみですね。最後の颯爽とした立ちまわりは、若さ溢れる花形歌舞伎という感じで、気持ちがよかったです。私も雪の仮名手本忠臣蔵を思い出しました。ああ、また観たいですね!!

投稿: よこ奴 | 2010年8月15日 (日) 01時32分

よこ奴様
おはようございます。コメントありがとうございます。
運よく、そばでそれが起こったのでバッチリ恐怖を楽しむことができました。他の場所にも現れかもしれませんが(別のところでも声が上がっていたような…)、ごく一部の観客にしかわからなかったのですね。でも一階の方にも恐怖を与えたのならサプライズ大成功ですねsmile

勘太郎さんにしても海老蔵さんにしても、今後それぞれの役は持ち役となりそうですね。海老蔵さんは平面的な感情というか、感情がないというか、ここをもっと掘り下げるべきなんでしょうが、それはそれで薄気味悪く感じました。
勘太郎さん--「ひたむきさが新鮮」、まさにsign03
もう一度見たい「四谷怪談」なんてそうそうないかもしれませんね。

投稿: SwingingFujisan | 2010年8月15日 (日) 07時20分

伊右衛門はまさに海老蔵のニン!どんなにステキで美しい色悪ぶりを見せてくれるかとワクワクしながらのカンゲキでした。
が。。。Fujisan様の感想や皆様のコメントでは好評のようなので書きにくいのですが、もうとにかく声の出し方や台詞まわしが気になってしょうがありませんでした。動きもわざとらしく見える時があり、勘太郎さんのお岩が素晴らしいものだから余計目立ってしまい、内心ため息でした。
以前もこちらで書いたような気がするのですが、あまりにも独自の役作りをしよう、違ったことをしよう、と思いすぎてしまうのか、それが空回りしているような気がします。
セリフに関しては前々から言われているのだし、まずはキッチリとした発声法等の基礎を固めてから新しいことにチャレンジするべきだと思います。
あの存在感は彼しか持っていない花だし、繊細な感受性を持っているのだからそれを表現する力がつけばもっといい役者ぶりが見れるはず!と思うともったいない!
海老蔵は大好きなのであえて苦言を言いたくなってしまうのです。すみません。。。

勘太郎さんは細かい感情表現まで丁寧にやっていてお岩の心の動きがよく伝わってきました。元々頬がそげ落ちた輪郭がまた悲しさを誘って良かったし、グングン成長されていますね。私も勘三郎さんではなく芝かんさんを感じました。
大詰めの雪の中での立ち回りはキビキビとして二人ともすばらしく(歌舞伎の雪の場面は本当に美しいですよね)、だんまりも豪華!
海老蔵、獅童はいいコンビで定着してきたと思うのででっけぇ芝居をもっとやってほしいなぁ。
小山三さんのお元気そうな姿は本当にうれしくて、いつもこちらも元気をいただきますnotes

そうそう、私のカンゲキ日は一階に登場サプライズが二回ありました。日によって何階に出るのか変えているのかもしれませんね。
まだ三部しか見ていませんが、この座組はまた是非見たいですhappy01

投稿: 林檎 | 2010年8月19日 (木) 10時32分

林檎様
コメントありがとうございます。
林檎様のおっしゃること、ようくわかります。好きだからこその苦言って、ファンとしては当然ですよ。「すみません」だなんて全然全然。私もあのセリフはちょっとsadと思いましたし…。でも、そういう問題を超える華があったように感じたのも事実です。
今回の海老蔵については、専門家の評も概ね悪いみたいですね。長谷部浩さんは褒めていましたけれど。

海老蔵さんの発声法については、昨日亀治郎さんの狐言葉を聞いて、問題ありと強く思いました(海老ちゃんに問題あり、ってことですcoldsweats02)。

勘太郎さんはお父さんを超える、と私は信じています(似ていながら持ち味が違うところもあるけれど)。
小山三さんは嬉しいですね!! 皆さんがそう思われるのも嬉しいです。

サプライズは確かに日替わりにしたほうがサプライズが大きいですものね。客も運ですねhappy01

私も海老蔵・獅童の芝居をもっと見たいです!!!

投稿: SwingingFujisan | 2010年8月19日 (木) 12時46分

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