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2010年9月15日 (水)

「ようこそアムステルダム国立美術館へ」2:トラブル篇

914日 映画「ようこそアムステルダム国立美術館へ」(ユーロスペース)
さて、解体工事はとっくに始まっているというのに、なんと改装計画が途中で頓挫しそうになるのである。美術館の真ん中に、市の南北を結ぶ公共の道路が走っていることがまずは最大の難関。改装によってこの道路が閉鎖されることになるからだ。市民代表のサイクリスト協会委員(オランダはやっぱり自転車の国なんだなあ)や南区地区委員長、市民たちが猛反対を唱える。何度も話し合いの場がもたれ、ついには美術館と建築家の構想は市民の反対によって、大きく変更せざるを得なくなる。その後も建築家が新たにデザインしたタワーが高すぎるという理由で市民の反対を受けたり、その都度建築家たちは戸惑いながら妥協策を考え出していく。「僕らはこの計画に適任なのか? 違う。却下されたのだから」「最初から僕たちを選ばなければよかったのに」「これは民主主義ではない、民主主義の悪用だ」と建築家は不信感を募らせる。
万人に受け入れられる案なんてきっとないに違いない。プログラムによれば、この美術館は財団として運営されているが、美術館本館の建物は国有財産であり、美術館側が自由に改装することはできない。また工事は教育文化科学省と住宅国土計画環境相と美術館から成る運営委員会によって進められ、実務は外部のプロジェクト・マネージメント組織が担当しているという複雑な事情がある。建築許可証は80何枚にも及ぶ。
何とか新美術館の最終案が認められても、入札に失敗する。これが実に不思議で、入札は2社あったのが、そのうちの1社がおりてしまい、1社しかなかったというのだ。それなのに入札中止にして第2回入札を行わなかったのはなぜなのか。まったく理解に苦しむ。案の定、予算13400万ユーロを1億もオーバーする入札額。この入札失敗により、又工事は延期されることになった。こんな風にトラブル続きで工事はどんどん遅れ、当初2008年再オープンの予定が2013年ということになってしまった。工事の遅れの責任を追及される大臣たち、そしてなぜか影の薄いプロジェクト・リーダーたち。複雑な事情ではありながら、館長のイニシアチブが強烈すぎるのだろう。
この館長も途中、仕事を投げ出して2008年夏に辞任してしまった。工事は新館長ヴィム・パイベスのもとで続けられることになる。有力な館長候補であった17世紀担当学芸員はかなり落ち込んだが、自分の仕事はやらねばならないと割り切る。映画はその辞任パーティーで終わる。本当は再オープンのパーティーで終わるはずだったのに。ラストに「第2回入札は成功した」とそっけなく文字が出るのが、皮肉な感じだ。
オランダは、地域開発プロジェクトにおいて、市民社会団体、地域環境NGOなど全ての利害関係者を<最初から>参加させて立案していくというオランダモデルを開発してきたそうである。これによってトラブルが起きにくくなるという。ところがこの美術館改装においては、南区地区委員会やサイクリスト協会との話し合いが<最初から>は行われていなかったようなのである。問題がややこしくなった一つにの原因と考えられるのではないだろうか。
こういうオランダモデルのあり方を知ったうえでこの映画を見ると、よりわかりやすくなると思う。
**館長が冒頭「この美術館は市民のもので王室のものではない」と言う。美術館は税金で賄われているようだ。

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