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2010年9月27日 (月)

九月大歌舞伎夜の部・2:親孝行は人間にしかできない

926日 秀山祭九月大歌舞伎千穐楽夜の部(新橋演舞場)
幕間の食事はいつも決まって500円の縁むすび。演舞場のお弁当は種類も少ないしどうもピンとくるものがない。縁むすびにするのは値段もあるけど、あの焼きおにぎりが好きだから。
「鐘ケ岬」
体調不十分と食後のため、こちらもかなりダウン。シンプルな舞台が美しい。歌舞伎公演では珍しい(んじゃない?)地唄舞ということで興味はあったのだけど…。芝翫さんの舞いを見ていたら、ふと、ああ今月は人間国宝3人が舞いだけで出演なのね、という感慨が湧いてきた。小柄な芝翫さんが広い舞台に1人いるだけなのに(地唄方は別として)、芝翫さんの小柄さ、舞台の広さを感じない。道成寺ものだけれど、鐘への執念は時々ちらっと見せるが全体に淡々とした味わいもよい。
「うかれ坊主」
足の悪さを感じさせない洒脱な踊りを楽しんだ。足に負担のかかるような動きはさけているのだろうが、そういうことも忘れさせてくれる。細かい動作(たとえばすりこ木で擂るとか)でも指の先まで洒脱なのよ。そして、毎日踊るたびに動きが違うんじゃないか、つまり即興的な踊りなんじゃないかと錯覚するくらい、自在な感じがした。
「引窓」
人間の原点は畜生と同じであってはならない。子を可愛がるのは犬猫にもできる。親孝行は動物にはできない。というのが昔の日本人の考え方なんだそうだ。踊りが2題あるから借りたイヤホンで、小山觀翁さんが語っていた。
そうか、だから現代の我々から見れば不条理とも思える子を犠牲にする物語が成立するわけだ。それでも子を思う情は情、心ならずも子を犠牲にした親は泣き、観客は納得しながらも涙を流す。まずはそんなことを考える。

染五郎さんの十次兵衛は評判どおり素晴らしかった。ニンがぴったりだし(染五郎は濡髪をやることもあるが、絶対十次兵衛のニンだと思う)、これからの当たり役になるだろう。十次兵衛の優しさ、スッパリと手柄を諦める清々しさ、生さぬ仲の親への孝行心、どれもが心に響いた。「母者人、なぜものをお隠しになる。私はあなたの子でありまするぞ」の言葉は、先の日本人の原点とも相俟って泣けた泣けた。
悪人が1人もいなくて、複雑な家族関係にありながら真実心根の優しい人たちが義理と人情の板挟みになり究極の選択をしなくてはならない。そこの葛藤が細やかに描かれていて、それはそれぞれの役者さんたちの持ち味、演技がよかったからに他ならない。孝太郎さんが甲斐甲斐しくてよかったなぁ。東蔵さんの濡髪可愛さにじ~んとくる。松緑さんの濡髪もさっぱりしていてよい(あんなデッカイ身体の息子を小柄な老母が愛おしみ心配するって、この芝居を見るたび「親ってありがたいなあ」としみじみ思う)。松江・種太郎の2人に緊迫感が見える。
引き窓と放生会を組み合わせたこの物語、実によくできていると、これも見るたび思うのである。
<上演時間>「猩々」20分(16:45~17:05)、幕間15分、「俊寛」77分(17:20~18:37)、幕間30分、「鐘ヶ岬、うかれ坊主」32分(19:07~19:39分)、幕間15分、「引窓」71分(19:54~21:05)
っていうのは初日のタイムテーブルで、たしか実際は21:00終演だったような気がする。→調べたら、最後の幕間が15分から10分に変更になっていました。

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コメント

26日の夜の部は中央部2列目とおっしゃていたように記憶していましたので、舞台こともさることながら、どなたかなぁと1列目より後をちらちら見ていました・・・20番の方?30番の方?着物を召した方かそれとも・・なんぞと想像をめぐらしておりました。
福助の千鳥は同感ですね。彼女一人、島育ちであり、流人らとは別世界の人間であるので「野性味」はあっても良いのですが、顔を(なんといってよいのか)「壊す」演技には私は閉口します。ファンの方には悪いですが、お新などは抑えていて、うまいと思いますのに・・・義太夫狂言ですから抑えるところは抑えて欲しい。
孝太郎のお早も騒々しい感じがしてちょっと違うのではないかなぁと感じてしまう箇所がありました。宗十郎さんのお早が懐かしく感じられます。
染五郎も播磨屋にもっともっと教えてもらって頂きたいですね。「引窓」は本当に良かったです。
泣けた3作品「沼津」「佐吉」「引窓」ともに親子のお話なのですね。子を持つ身となってから涙腺が弱くなっていますので、9月は困りました。

投稿: うかれ坊主 | 2010年9月27日 (月) 22時52分

うかれ坊主様
いやいやいや、お恥ずかしい。昨日は思い切り気楽な格好で(私は着物は着ませんのです。したがって30番でございましたconfident)、しかも体調不良で疲れきった顔をしておりました。

福助さんは作りすぎることが多々ありますね。無理して若い愛らしさを出すくらいなら、もうそういう役はおやりにならなくてもいいのでは、とさえ思ってしまいます。ほんと、お新はとてもよかったのに。
孝太郎さんのお早、私はいいと思ったのですが、そう言われれば確かにちょっと騒々しかったかもしれませんね。今の役者さんでしっとり演じられるのは芝雀さんあたりでしょうか。
染五郎さんは来月も吉右衛門さんと一緒ですね。今度は新歌舞伎ですが、吉右衛門さんの味、芸をどんどん吸収していってもらいたいと思います。「引窓」がとてもよくて嬉しかったです。

男性もずいぶん泣いていらっしゃいましたね。子をもって知る親の恩とは言いますが、自分が親になれば親の気持ちも子の気持ちもわかるわけで、だからこそ余計泣けるんでしょうね。9月(とくに夜の部)は当初の予想より遥かによい観劇ができました。

投稿: SwingingFujisan | 2010年9月28日 (火) 00時15分

ご連絡有難うございます。黒っぽい服装の方だったように記憶しております。下手側に居ましたので殆ど印象のみですのでご安心ください。
私も舞台出ていないのに写真があるのはおかしいなぁと思っていました。後見でもされているわけでもないし、親の我がまま?って思ってしまいますのは私だけ?

投稿: うかれ坊主 | 2010年9月29日 (水) 00時48分

うかれ坊主様
わざわざ、ありがとうございます。
1人でおりますと、ついつい気が緩みだらしない姿をいたします。ご印象のみということでちょっとホッといたしました (^-^;

御曹司だと、筋書きに名前が載っていなくても舞台で顔を見せていなくても、写真を載せてもらえるのだなあと思いました。富十郎さん、ご自分の年齢のことを考えて一生懸命なんでしょう。ナゾは解けてすっきりですが、このこと自体には何か釈然としないものが残ります。

投稿: SwingingFujisan | 2010年9月29日 (水) 09時03分

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