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2010年10月13日 (水)

身動きできぬほど引き付けられた「盛綱陣屋」:10月歌舞伎夜の部1

1012日 錦秋十月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
多分、今月の歌舞伎はこれが見納め(国立は先日ドタキャンしてしまい、今迷っているところ)。
「盛綱陣屋」
勘三郎(襲名公演)、吉右衛門、そして今回の仁左様で3回目の盛綱。もっと何回も見たことがあるような気になっていたし、仁左様を初めて見たとは思っていなかった。
前半はそれほどでも感じなかったのだが、時政を迎えるに当たってからはぞくぞくするような演技の連続で、最大の見せ場、首実検では身体がふるえるような緊張感に包まれた。
弟・高綱が死んだと思っている仁左・盛綱には、不思議なことに吉右衛門さんが重なった(ここだけなんだけど、なぜか吉右衛門さんが見えちゃったのだ)。

ニセ首を見ての盛綱の表情の変化は、まさに盛綱の心の中を表していて、釘付けになった。仁左様の台詞の言い方はどれも好きなのだが、とくに時政が去ってから「教えも教え、覚えも覚えし親子が才気。みすみすにせ首とは思えども さほど覚えこんだる小四郎に」(犬死させられない)という部分の「みすみす」が大好きだ。ここに感情が籠もっているように聞こえるのだ。こういう台詞回しを仁左様は時々聞かせてくれ、そういう時私は胸にぐっと溢れるものが湧いてくる。
ともかく、仁左様の盛綱はひどく感情を高ぶらせるでもなく、と言って冷静極まるでもなく、自然な心の動きや物語性にいつの間にか身動きもできぬほど引き付けられている自分に気づくのである。
秀太郎さんは時々世話物の匂いが漂うが、「お前一人では死なさぬ…三途の川を手を引いて」と小四郎に切腹を迫る場面は泣けた。そういえば「頼朝の死」では梅玉・魁春兄弟が親子だったが、こちらでは秀太郎・仁左衛門兄弟が親子だったのね(年齢的にはこちらが順当といえば順当か)。
小四郎の秋山悠介クンのかわいいこと。秋山クンの大きな役は久しぶりに見た。ダブルキャストで当たらないことが多かったのだ。微妙に切腹を迫られ、今は死ねぬという必死さがいじらしかった。
魁春さんの篝火が前半やきもきするあたりでは、小四郎への愛情にしては何か不審なものを感じたが、後になってそれは高時の企みを成功させるためのやきもきもあったのか、と納得した(もちろん、そのために犠牲になる小四郎への思いは十分あっただろう)。
孝太郎さんの早瀬には武士の妻としての心構えがあり、また立場は違うが同じ女・母としての篝火への共感が感じられた。
三津五郎さんの信楽太郎は力強くリズミックで、錦之助さんの伊吹藤太は剽軽さが意外に合っていた。

我當さんの時政は大きく、不気味であった。我當さんというと、どうしてもいい人の匂いがしてしまうのだが、この時政にはそれがないのがとてもよかった。階段を下りるとき、男女蔵さんだったかの手を借りていたのが、南座顔見世への不安をちょっと覚えた(楽しみにしているんだから、「沼津」)。
和田兵衛の團十郎さんは、前半は堂々と立派なのだが、私はあの開放音がやっぱり気になる。後半はそれが抑えられて説得力強く、スッキリした。

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