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2010年12月28日 (火)

歌舞伎座なき今年の頂点、日生千穐楽

1225日 十二月大歌舞伎千穐楽夜の部(日生劇場)
座席は3回目にして初めて1階前方席。やはり近くもまたいいものだ。
「摂州合邦辻」
菊之助さんの玉手はもう言うことなしだろう。俊徳に恋を打ち明け拒否される玉手の心が悲しく、義理の母子間で不道徳とはいえ、玉手の複雑な胸中を思うと肩入れする気持ちになる。燃える恋の炎は凄まじいながら清らかにさえ見えるのは菊之助という役者のもつ特質によるものだろうか。
庵室では恋に陶酔する姿が恐ろしくも美しく、ついにはその恋を昇華させた穏やかな表情には落涙する。だいたいが花道の出、「かかさん」、「道理じゃ」でもう涙涙なんだもの。自分の生血を与えるために自ら腹に刃を突き立てるところは本当に痛そうでこちらの顔も歪み、また涙が出てくる。
これでもう当分は菊ちゃんの玉手を見られないのだと思うと、もっと何度も見ておけばよかったと悔いが残る。
梅枝クンは浅香姫を見る表情がとてもやわらかく愛情が窺える。前回、庵室の場になると少し見劣りがするように感じたが、今日はとても大きく見えて、存在感を十分示していたと思った。右近クンは可憐だった。
亀三郎さんの悪だくみの時の声がいい。家督を継げぬ悔しさが声に滲んでいて、ワルよのうと思いながら理解できぬでもない、なんてcoldsweats01
最後にひとつ。菊五郎さんの合邦も情があふれてとても好きなのだけど、でも菊五郎さんの老け役はやっぱりちょっと寂しいなbearing
「達陀」
3
階とGC席からは見づらかった堂内での動きが今回はよく見えた。
時さまの若狭が幻想的で美しい。しかし、堂へ戻ろうとする集慶を引き戻す力(念と言ったほうがいいか)の強さには何かぞっとするようなものが感じられてこわかった。2人の踊りは時に官能的でさえあって、松緑さんの集慶からは煩悩と仏との間で揺れる心がよく伝わってきた。結局煩悩を捨てた集慶に対し、時さまからは鬼気迫る悲しみが迸っていた。
群舞は本当に見事で、再見のときにはリーダーとして引っ張っていた松緑さんがまたみんなと一緒のところに戻ってきたような気がした。今回もやっぱり右近クンに目を奪われてしまったけれど、舞台に近い分、全体的な迫力もたっぷりで、「合邦」も含めて3階からGC、そして1階へと席を移したのは正解だったなと思った。
今年の観劇はこれで納め。歌舞伎座から離れた歌舞伎にしばらくは気持ちの盛り上がりに欠けたものの徐々に持ち直し、そして今年最後の今月になって頂点に達したような気がする。来年初観劇まで約2週間のブランクは長いなあwobbly

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