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2011年4月

2011年4月30日 (土)

時代と人間を見る:「国民の映画」

429日 「国民の映画」(神奈川芸術劇場)
11043001kaat_3 三谷幸喜生誕50年記念作品第2弾。パルコのチケットは取れなかったけれど、こちらはまだ取れると教えていただいて見ることができた。座席は一番上手だったけれど前のほうで、舞台は上手がたぶん見切れていたのだろうけれどそれを除けばよく見えた。
ナチスの宣伝相ゲッベルスを主役に据えながら、これはその執事フリッツの物語であると思った(「恐れを知らぬ川上音二郎一座」でも、音二郎ではなく堺雅人演じる座付作家・伊達実の物語だと思ったんだったわ)。そしてもう1人、ケストナーの…。以下、ネタバレ注意していますが、ごめんなさい、わかっちゃうかも。
幕があくと、舞台中央でゲッベルス(小日向文世)が執事のフリッツ(小林隆)に映写機を回させてお気に入りの映画を見ている。あまりに楽しそうに見ているので、思わず客席で後ろを振り返ってスクリーンには一体どんな場面が映し出されているのだろうと確認したくなる(もちろん、実際にはスクリーンもないし、映画も映し出されていない。2人が客席のほうを向いて映画を見ているという設定であるだけのこと)。

忠実でゲッベルス家のすべてを取り仕切っているフリッツ、全面的にフリッツに頼っているゲッベルス夫妻(フリッツ曰く「ゲッベルス家で私に不可能なことはありません」)。それは何か悪い予感を漂わせながらも微笑ましく見えたりして、ゲッベルスのことがちょっと好きにさえなってくる。
一言の重み――つい調子にのって漏らした女優の一言ががらっとその場の空気を変える。のみならず人の未来も変える。
そもそも、ぬるいホットミルクを飲んだらすぐ帰ると言う猫舌の招かれざる客ヒムラーがいつまでも居座っていること自体が嵐を予感させたのだ。だからその予感が的中したことには驚かなかった。それなのに、的中した現実のショックはあまりに大きかった。それまでしばしば起きていた客席の笑いはぴたっと止まり、最後の1520分は水を打ったように静まり返っていた。私は息を詰めて事態を見守るというか、厳粛にそれを受け止めるしかなかった。
この先自分がどうなったかを淡々と自ら語るフリッツ。涙など許さず、重すぎるくらい重いのに井上ひさしみたいな重さではないのは、小林隆という役者のキャラクターゆえなのだろうか。あるいは日本でのことではないからなのだろうか。あるいはメッセージ性があんなに強くないからか。古畑任三郎の向島クン役で注目して以来わずかな舞台しか見ていないにもかかわらず、小林隆の芝居としてはこの役が一番好きかもしれないと思った。
ケストナー(今井朋彦)がナチスのために「ほら男爵の冒険」という映画の脚本を書いたことは知らなかった。反ナチスの姿勢を貫いたと思っていたから驚いた。ケストナーの子供向け小説が好きで、「ほら男爵」も途中まで読んでいたから確認しようと思ったら、本がどこかにいっちゃって見つからない(電車の中で読むことが多いから、バッグのどれかに入っているのかも。そこで手元にあった「雪の中の三人男」を読み始めた。これは大人向けかな。そこにフリッツという名前を見出して、執事のフリッツはここから取った名前かと思ったが、フリッツという名は別に珍しくもないから、そんなことはないよね)。
ナチスによって焚書処分になったケストナーがゲッベルスの招待を受けてパーティーにやってきたというのは面白い。海外亡命することなく、書いてはいけないという国内で執筆活動を続けたケストナーの柔軟さが今井朋彦の皮肉な笑み(屈折した感情ももっていただろう)、飄々とした動きに滲んでいて、私はやっぱりケストナーも今井さんも好きだと再認識したのだった。

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2011年4月29日 (金)

祝・英国王室

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神奈川芸術劇場の向かいで。

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きらまけた~

初めて聞いた時、一瞬「?」と思考回路が切れて、一瞬後「ああflair」と再び繋がった。
母の夕食の介護に時々行くんだけど、同じユニットにいるユーモラスなおばあちゃんが食後に言った言葉。
「お~いしかった~きらまけた~」

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2011年4月28日 (木)

美術の4月⑤:最後は明治の雰囲気で18世紀女性画家たちを

420日 ヴィジェ・ルブラン展(三菱一号館美術館)
11042801mitsubishi_2 18世紀のセーヴル磁器で始まった美術の4月は、17世紀オランダ絵画から20世紀日本の岡本太郎へ、そして多分ラストになるであろう「ヴィジェ・ルブラン展」は18世紀フランス女性画家の作品(肖像画が大半で静物画が何点か――当時、絵画の地位としては歴史画がトップであり、肖像画は低かった。男性社会の美術界で女性たちが歴史画を勉強することはほとんどできなかったそうだ)を中心に集めた珍しい展覧会。激動のフランス革命前後に活躍した女性画家たちの生涯も紹介され(何しろ、知らない名前ばっかりだから)、なかなか興味深いものがあった。
展示は、
Ⅰ プロローグ
Ⅱ 貴婦人のたしなみ
Ⅲ フランス王妃マリ・レクジンスカの「中国風居室」
Ⅳ「女性の世紀」とその再評価
Ⅴ フランスにおける外国人、外国におけるフランス人
Ⅵ 王立絵画彫刻アカデミーの女性画家たち
Ⅶ ラビーユ=ギアールとヴィジェ・ルブラン
Ⅷ フランス革命とヴィジェ・ルブランの亡命
Ⅸ 新しい世代
9章に分かれている。これを見てもわかるとおり、タイトルのヴィジェ・ルブランが登場するのはⅦ章になってから、それも後半である。しかし全然名前を知らない女性たちの絵はどれも才能豊かで見事である。そして女性と知って見るせいなのか、とても優しい。タッチもやさしく、表情も穏やかである。
王妃マリ・レクジンスカの画才にも驚いた。
長くなるのでヴィジェ・ルブランに絞って述べると、まず彼女はとても美人である。美しくあたたかく可愛らしい。
1791年に描かれた自画像は当時36歳であったというのにまるで少女のようなあどけない愛らしさである。この自画像だけでヴィジェ・ルブランという女性に強く惹かれる。
彼女はマリー・アントワネットお気に入りの画家となる。アントワネットはヴィジェ・ルブランが描いた肖像画を「本当の自分を描いてくれた初めての画家だ」と評したそうだが、アントワネットという人物像がまさにそこにいるような衝撃を覚えた。アントワネットだけでなく彼女の描く肖像には親しみが漂う。ふと話しかけたくなるような感じなのだ。
ヴィジェ・ルブランはアントワネットのお気に入りであったから、革命が起きれば当然その身は危うくなる。そこでイタリアやロシアなどに亡命する。亡命先では歓迎されたようで、各地で絵を描いている。また再びパリに戻ってからも人気は衰えなかったようだ。「ミゼノ岬のコリンヌに扮したスタール夫人、ジェルメーヌ・ネッケル」は歴史画風に描いた作品でそれまでのものとは一味も二味も違っていて、これまた非常に魅力的である(作品は→ココで)。
ちなみに、彼女の夫ジャン=バチスト・ピエール・ルブランは有能な画商であったそうだ。
女性の入会が大変困難だった王立美術アカデミー会員になったアンヌ・ヴァレイユ=コステル、マダム・ヴィクトワール、そしてヴィジェ・ルブラン、そのライバルであるラビーユ=ギアール。彫刻家マリー=アンヌ・コロー(作品の表情から、彼女がモデルに対してもつ感情が見てとれるのが面白い)、異国からフランスにやってきた女性画家たち。
これだけの絵が集められた美術展はそうそうあるまい。大変貴重な展覧会であり、また三菱一号館という建築物の持つ雰囲気も素晴らしい。ただ、章ごとの展示の仕方が非常にわかりにくかったのが残念。
なお、音声ガイドは大地真央さん。今月見た音声ガイド付きの4つの展覧会は佐々木蔵之介、辰巳琢郎、常盤貴子、そして大地真央と魅力的なメンバーだったけれど、結局1回も借りなかったわgawk

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2011年4月27日 (水)

深夜、2分のドラマ

昨夜仕事で夜更かしをした(だもんで、今日は1日眠かった)。3時頃ベッドに入りテレビをつけたら、「プラネットアース」をやっていた。
砂嵐で群れからはぐれた象の母子を上空から追うだけの映像。林に入るまでは休むことも許されない。砂漠で方向を見失うと生き延びることができないのだ。
砂嵐の中を黙々と歩き続ける母子。子象が少し遅れる。母象は少し歩みをゆるめる。
2頭はどうなるのか。画面から目が離せない。やがて、母象が向きを変えた。その先に林が見えた。砂嵐の切れ目だ。ほっとした。
ただそれだけの映像なのに、私はたった2分ほどしか見ていないのに、1本のドラマを見たみたいな気持ちになった。
というどうってことない話なんだけど、ちょっと書き留めておきたくなったので (^-^;  しかし、あの母子、群れに合流できたんだろうか…。

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橋之助さんに芸術院賞

おめでとうございます。
6月の「盟三五大切」にはずみがつきますね。千穐楽の平場を取ったので期待しています!!

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2011年4月26日 (火)

かぶりつきで千穐楽②:「権三と助十」

425日 四月大歌舞伎千穐楽夜の部(新橋演舞場)
1回目の幕間の終わる頃だったと思うけれど、ちょっと揺れたように感じた(茨城県で震度4だったらしい)。無事に最後まで終わりますようにと祈りながら…。
「権三と助十」
何度見ても江戸の風情がよく描かれていて面白い。時々セリフのとちりなどもあったが、ぽんぽん飛び交う威勢のいいちょっと乱暴な江戸っ子たちの言葉も好もしい。江戸へ一気にタイムスリップだ。

三津五郎さんの権三も松緑さんの助十も生き生きとしてカッコいい。時さまのちょっとやつれた感じも好き(「絵本太功記」でも思ったけれど、又少しスリムになったかしら)。
亀三郎さんの助八は気の荒さが顔立ち(化粧)の剽軽さ、体形のやわらかさ(前も書いたかな。亀三郎さんって、意外にもふっくらしている)にうまく包まれて愛すべき人物になっている。声のよさにはいつもながら聞き惚れる。意気のよい、キレの効いた声だけど、やっぱりどこかにやわらかさがあって、そこに助八の優しさが感じられる。こういう大きな役をもっとやってほしい。
秀調さんの猿回し、「君子あやうきに近寄らず」的な生き方なのに猿があやうきに近づいて殺されてしまうなんて気の毒で、そういう気の毒でお人よしででもちょっとしたたかさもあるこの人物に秀調さんがぴったりである。
市蔵さんの勘太郎のイヤミなことイヤミなこと。まあ憎らしい物言いで、目付きも悪く、凄みをきかせ、町内にこんな人物がいたらさぞや周りは迷惑だろうという典型である。ある意味子供みたいな難癖のつけようではあるが、刃物をかざす大人は始末に悪い。
願人坊主の巳之助クンが朴訥で素直な感じで、とっても可愛かった。助八を縛った時に亀三郎さんに蹴られたりどつかれたりして、手は綱をもっているから足だけ逃げたりして。また別の場面では舞台の隅のほうで亀三郎さんに頭を叩かれたりして。じゃれ合っているみたいな、マジで巳之助クンがいじられているみたいなsmile
最後に、牢死したと思われていた彦兵衛が実は生きていて姿を現すが、菊十郎さんは上方というよりは江戸の人。とはいえ、登場するだけでああこの人が生きていてよかったという喜びが舞台のみならず客席にも込み上げてくるようであった。
権十郎さんが勘太郎を捕らえる役人としてちょっとだけ出てくる。その存在感はさすがであるが、今月これだけの出番とはもったいない。

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かぶりつきで千穐楽①:「絵本太功記」「男女道成寺」

425日 四月大歌舞伎千穐楽夜の部(新橋演舞場)
前回夜の部を見て以来の歌舞伎で、すご~~く間があいた感じ。今日は最前列での観劇ですぞhappy02(居眠り、絶対できないgawk)。近かった~、舞台がsign03
「絵本太功記」
近くで見ても時さまの若々しさ、美しさが素敵だった(私にとって時さまはheart04とかいう存在ではなく――それを超越している?――舞台写真もほとんど買わないのだが、もう二度と見られないかもしれない鎧姿も凛々しい舞台写真を1枚だけ買った)。愛と父に対する忠義の板ばさみに悩み、でも男の子な十次郎は死を覚悟して戦場へ…哀れな十次郎weep
菊ちゃんの初菊はあくまで可愛らしく、十次郎を思う愛の強さが痛ましい。十次郎のもとへ運ぶ兜が重くて持ち上げられず、両袖にのせて一生懸命引きずるのがいかにもお姫さま(箸より重いものを持ったことがない?)で、それでも愛する夫のために戦場へ向かう支度を手伝おうとする初菊の悲しい思いがここに集約されているような気がする。にしても、そんな重い兜を男たちはかぶるのだ。
秀太郎さんは上品で、穏やかな口調ながら武家の女としての厳しさ、芯が感じられた。
魁春さんは母として、嫁としての思いが響いてきたが、操は夫の光秀に対してはどう思っていたのだろう。操は夫よりも姑によく仕えているような感じで、この芝居では比較的影が薄いが案外興味深い人物だと思った。
團十郎さんの光秀は実に立派。勇猛な武将の凄みがあたりを睥睨するが、風格という意味では真柴久吉に負けているような気がした。
ラスト、菊五郎さんの大きさが舞台を締め、三津五郎さんの荒事が小気味よい。
「男女道成寺」
前回、上から見たときは花子の恨みが感じられなかったが、今回はばっちり見えた。時に鋭く鐘に向ける恨みの目はふだんは優しく包み隠されている。美人は3日見ると飽きるというけれど、菊ちゃんの美しさは何日見続けても飽きないわ、きっと。
松緑さんは踊りのキレが気持ちよい。最後は菊ちゃんの恨み成就(? 変な表現だ、我ながら)を松緑さんが手助けするような印象を受けた。
蛇の尾のお2人(どなただか、やっぱりわからなかった)、閉まる幕の最後まで姿勢を維持しなくてはならず、前回に比べて安定していたけれど大変でしたね。お疲れ様でした。
なんと、今回の手拭撒き、多分菊ちゃんが振り向き様にぽんぽ~んと投げた1本が来たんであるscissors 「多分」というのは、どうせ飛んでこないものと達観して高みの見物を決め込んでいたから投げた瞬間を見逃したのだ。でも角度的に松緑さんではなく菊ちゃんでしょう(何年か前、玉さまが同じようにして投げたのが飛んできたこともあるのよ~、えへsmile)。所化さんたちの手拭撒きは賑やかで楽しかった。亀寿さんの1本が3階手すりに当たって落ちたのは遠投という意味では惜しかったcoldsweats01

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2011年4月25日 (月)

実は…の2週間

2人連れで電車に乗ると、すいていても一緒に坐れる席はほとんどない。みんな1つおきに坐っているからだ。たまに3つあいた席を見つけたっと思っても、先に誰かに真ん中に坐られちゃって、チェッbearingなんてcoldsweats01 すいている時は私も1つあけて坐るけど、2人連れが来たら2人並んで坐れるように席を移動するようにしている。しかし自分が2人連れのときにそうしてもらえることはほとんどなく、立っているか別々に坐る。

実は…今月9日、娘がまた一時帰国し、昨日24日パリに戻って行った。
帰国予定は1月の末には計画していたのだけれど、311日の地震、その後の原発問題、我が家では「帰ってこないほうがいい」「いや、大丈夫そうだ」と毎日のように揺れ動き、実感のない娘自身は「絶対帰るよ、もし帰れないような状況になったらぎりぎりでキャンセルする」という温度差、私はそんなこともあって、憂鬱度が増していたのである。
案ずるより産むが易し。娘は無事に帰ってきて、無事に戻って行った。

いつもは友人と会うために帰ってくるの?というくらい、色々な友達と出かける娘が、今回は珍しくほとんどずっと私と一緒。「トップ・ガールズ」も展覧会も一緒に見に行った。ということで昼のすいた時間に2人で一緒に電車に乗ることが多く、冒頭の状況を経験することも多かったというわけcoldsweats01
ちなみに、娘を見送っての帰りのライナー、第二空港までのわずかな時間ながら、車輌に乗客は私1人。なんだかそれも怖いような気がした。

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2011年4月24日 (日)

久々の痛飲

424日 vs 名古屋グランパス(埼玉スタジアム、1403キックオフ、42,767人)→30で勝利
久々のレッズの試合。
どれくらいぶりだろう、勝利は(去年はレッズから離れていたし、唯一観戦した最終戦は敗戦だったし)。どれくらいぶりだろう、こんなに気持ちのいい勝ち方は。どれくらいぶりだろう、名古屋戦での勝利は(実際の戦績はわからないが、自分としては名古屋戦にあまりいい思い出がないので)。
地震で延期になったJリーグ。今季ホーム初戦を、マルシオリシャルデスのゴールからFW2人(田中達也、原口元気)のゴールといい形で勝ちを納めた。守備ではスピラノビッチと高橋峻希が光った。
そして、待ちに待ったマゾーラが後半登場。マゾーラがボールを持つと、世界が変わる。そのスピード、その技術、もう楽しくて楽しくて、なんでもっと早く出してくれなかったの、と監督を恨みたい。後半35分頃1回出そうになって引っ込み、39分にやっと元気に替わっての登場だもの。元気も頑張りを見せて得点したし、どちらを使うかというのはむずかしいかもしれないけれど、マゾーラを引っ込めておくのはなんとももったいない。私は潰し屋みたいなので(梅崎、山田直輝を贔屓にして潰した)マゾーラのユニフォームは買わないようにするつもりだけど…
11042401saitamastadium 試合開始前、地震で犠牲になった方々への黙祷(←)には、これからの戦いとは別に、両軍の選手もサポもみんなが一つになった気がして、自分も参加しながらおおいに感動した。
名古屋は大柄な選手が多いなという印象だった。闘莉王に対するレッズサポからのブーイングは凄まじかったな(これも、名誉のひとつか)。
勝利に気をよくしてついつい、beer×3、緑茶ハイ×2。明日に残らなければいいけれど…coldsweats02

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2011年4月23日 (土)

初めての期日前投票

明日は早朝から夜まで外出予定なので、時々吹きつける風雨の合間をぬって市議会議員選挙の期日前投票に行ってきた。投票所では駐車場の車の数に驚き、実際人の出入りが切れずにあることにびっくりした。
入場整理券を見せると、「誓約書」なるものを書かされた。えっ、誓約書?!と、ちょっとビビったけれど、言われるままに住所・氏名・生年月日・今日の日付を記入し、当日投票できない理由を3~4個の選択肢から選んで○をつけるだけのことだった(何かを「誓います」っていう文言があったかどうかはわからない。そんなこと見ている余裕はなかった)。
整理券と誓約書を係りに渡すと投票用紙と地区別の番号札が配られる。その番号が書いてある投票箱に投票用紙を入れるというわけ。無事、投票してきたけれど、期日前に限らず大勢の人(立会人とか…)にじっと見られながら用紙をもらって書いて箱に入れるというのはどうももぞもぞ感があって落ち着かないんだわcoldsweats02

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2011年4月22日 (金)

すべりこみベッジ

未練たらしくベッジのチケットを探していたら、戻りが出ていました!!
取りました!! 
未練たらしく、と言ったけれど、諦めずにと言い直すべきかなcoldsweats01
ご心配くださった方々、ありがとうございます。おかげさまで「ベッジ・パードン」も見ることができます(^^)

追記:補助席の発売があるそうです。売り出しは4月28日午前10時から。初日は一般発売と同じく特電なので要注意coldsweats01
詳細は→ココで。

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2011年4月21日 (木)

節電

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11042102light
すべての街灯が消され、ず~っと真っ暗だったこの周辺ですが(車のライトだけが頼りだった)、今は一部点灯しているようです。防犯上の問題でしょうか。

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2011年4月20日 (水)

日陰でそっと

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日の当たらない庭の片隅にそっとフリージアがhappy01
我が家はな~んにも手入れしないのに、こうして季節になると花が咲いてくれるので、私はますますズボラになってしまうcoldsweats01

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2011年4月19日 (火)

美術の4月④:光と陰のレンブラントから対決の岡本太郎へ 2

414日 生誕100 岡本太郎展(東京近代国立美術館)
11041901taro_2 太郎展、第2弾です。
5章 戦争との対決明日の神話
2章で太郎が兵役につき抑留も経験したと書いたが、私の中で太郎とそういう戦争体験は結びつかない。命令されて描いたという「師団長の肖像」を見ていると、太郎はどんな思いでこれを描いたのかなあと考えざるをえない。
ベ平連が196743日にワシントンポスト紙に出した反戦メッセージ広告「Stop the killing! Stop the Vietnam War!」のために太郎が書いた「殺すな」の文字には胸を衝かれた。
メキシコオリンピックにあわせ高層ホテルの依頼で制作しながらホテルの倒産により長年行方不明になっていた巨大な壁画「明日の神話」。今渋谷駅に飾られているのは周知である(私も見に行って写真を撮った)。ここでは横幅11mの最終下絵が展示されている。こんな大きな壁画がそんなにも長い間行方不明になっていたことも不思議なら、見つかったことも不思議である。よくぞ発見されたものだ。「燃える人」は恐ろしい。
6章 消費社会との対決パブリックアート、デザイン、マスメディア

太郎は、作品が個人の手に渡るとその人だけのものになり多くの人の目に触れなくなってしまうことを嫌い、自分の作品を他人に売ることはほとんどなかったそうだ。そこでパブリックアートを手がけたり、生活の中に芸術を導入したり、映画や舞台美術、果てはテレビ出演にも意欲を見せた。
毎週見ていた「今夜は最高」の映像にはしばし足を止めて懐かしさに浸った。この頃の岡本太郎は目をひん剥いて腕を広げ「芸術は爆発だ」と叫ぶ奇人としてマスコミに扱われていたような気がするし、実際そういう姿に私も奇人と思っていたフシがある。
1961
62日~28日に上演された東宝歌舞伎の装置と衣裳を太郎が手がけたことは全然知らなかった。「新形式による歌舞伎」は三味線とオーケストラが共演した三番叟で、出演は若き日の市川染五郎(現・松本幸四郎)、中村萬之助(現・吉右衛門)兄弟。衣裳は背中の装飾が放射状に伸び、舞台には抽象的な松を描いた背景が設えられた。2人が力強く踊る写真を見ただけで私は嬉しくて飛び上がりそうになった。
生活の中の芸術としては、食器やチョコレートの缶のデザイン、ネクタイ、椅子など様々な小物がある。水差し男爵、ほしい!!
7章 岡本太郎との対決
部屋の中は「眼」がいっぱい。私たちは、それ自体眼をもち「坐ることを拒否する椅子」に腰掛けて、壁じゅうに掛けられた「眼」の絵画に囲まれる。この眼は全部太郎の眼なんだろうか。強烈な空間ではあるが、決して厭な気持ちにはならなかった。

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2011年4月18日 (月)

美術の4月④:光と陰のレンブラントから対決の岡本太郎へ 1

11041801taro 414日 生誕100 岡本太郎展(東京近代国立美術館)
上野でレンブラント展を見てから竹橋の岡本太郎展へ。闇を描いて光を表すレンブラントに対してはっきりした色と形でぐいぐい押してくる岡本太郎順番的にもいいハシゴであった。
プロローグ:ノン! 
岡本太郎はイージーな流れ、惰性、時代に「ノン」と言い続けた。自分が突き進む先を阻むものに対して「ノン」と立ち向かった。この展覧会は太郎が立ち向かった相手を7章に分けて対決を見せている。その導入部としての「プロローグ:ノン!」。この部屋への入口がすでに強烈に見る者の心を捉える。すなわち入口は太郎の顔になっていて、それが真ん中で真っ二つに分かれており、私たちは太郎の脳の中に入っていく気分になるのである。
真っ赤な壁面は太郎の脳壁であろうか。その中で原始的なエネルギーを放つ彫刻たちが展示され、照明が赤い壁に作る影が静かなエネルギーを感じさせる。
太郎の墓標ともなった「午後の日」は、頬杖をついた子供の顔のようにも見えるが、ちょっと不気味な感じもする。
1章 ピカソとの対決--パリ時代
1929
年、渡欧した太郎は1940年までパリに滞在する。1932年、ピカソの「水差しと果物鉢」に感動したが、だからこそピカソと対決して乗り越えようとする。「空間」「コントルポアン」は抽象画ではあるのだろうが、説明されればなるほどと頷ける比較的わかりやすい作品だと思った。

ここで強く印象に残ったのは「傷ましき腕」。純粋抽象と訣別して現実との対決に踏み込んだ転換点の作品だそうである。顔や目は大きな赤いリボンの下に隠されて見えない。強く握り締めた拳、2本の紐をぐるぐる巻きつけた腕は何かに耐えているようで、タイトル通り傷ましさを感じる。
2章 「きれい」な芸術との対決対極主義
戦火のパリを離れ1940年に帰国した太郎は兵役につき、抑留も経験した後1946年末から活動を再開し、旧態依然とした日本美術界を否定する。この時期に提唱したのが「対極主義」である、そうだ。対極主義とは、思い切り簡単に言ってしまえば、合理主義精神から生まれた抽象画と非合理を追求するシュルレアリスムの相対する表現を画面の中でぶつけ合うといったことらしい。ここに展示されている作品はどれも面白い。父・岡本一平をモデルにしたらしい「作家」には心が和んだし、「森の掟」はなんだかよくわからないけれど惹かれるものがある(なんだかわからない太郎の狙い通りらしい。太郎は前年に描いた「重工業」が世に安易に理解されてしまったことからわかられない「森の掟」を描いたのだそうだ)。少女が後ろ手に短刀をもって妖気漂う森の中に立つ「夜」は好きな作品だ。

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2011年4月17日 (日)

又も不手際で完敗の三谷公演

今日は「ベッジ・パードン」の一般発売日。今日に至るまでの経過。
①世田パブの会員になって先行販売で申し込むか――この1本のために会費を払って必ずチケットが入手できるならそうするが、抽選販売とのことでやめる。
②ぴあの先行販売、気づいたときにはなぜか2次販売になっていた。第3希望まで申し込む。
e-plusの先行にも申し込もうと思ったけれど、申し込み期間がぴあと重なる。両方当たったら1枚ムダになると考え、ぴあのみにする。本当はe-plusの最終申し込み日とぴあの発表日が同じ日で、ぴあではずれたら即e-plusに申し込むというテもあったのだが、ぴあの発表が遅く時間切れで、e-plusには申し込まず。
④ぴあの2次販売、はずれる。
⑤ぴあの3次販売にやはり第3希望まで申し込む。
⑥ぴあの3次販売、はずれる。こうなったら世田パブの一般販売に懸けるのみ(これがとんでもない思い込みであったことを今さら悔いても遅い)。
417日午前10時、世田パブのチケットサイトにアクセス。れれれ、販売は418日午前10時になっている。そんなバカなshock
⑧よくよく読むと、17日は世田パブでは扱いがなく、ぴあを始めとするチケットサイトのみでの販売。慌ててぴあ、e-plusにアクセスするも、混雑のためつながらず。並行して特設電話へもかけまくる。
⑨やっと電子ぴあがつながった時には完売。この間わずか10数分。
e-plusも完売。
⑪ローチケに行ったらわずかにチケットが残っていた。しかし会員登録していないからまずは登録作業。
⑫当然のことながら登録が終わった頃には完売。
ってわけで、「国民の映画」に続き、自分の不手際で「ベッジ」も完敗。「国民」のほうは、教えてくださる方がいらして神奈川で無事チケットを入手できたが、「ベッジ」は世田パブのみの公演だものgawk
ローソンでは店頭販売もあると書いてあったから、最初からローソンに行けばよかった。思い込みで失敗するクセは相変わらず直っていない私wobbly そして考えが甘い甘い私despair
それにしても2カ月近くも公演日数があるのに30分もたたないで完売するってsign03

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美術の4月③:フェルメールの次はレンブラント

414日 レンブラント 光の探求/闇の誘惑(国立西洋美術館)
11041601rembrandt 一昨日フェルメールをはじめとする1617世紀のオランダ(フランドル)絵画を見てきたが、今日は同じ17世紀のレンブラント。版画が約100点、油彩画が13点、たっぷり光と闇の世界に浸れる展覧会である。
展示は
Ⅰ「黒い版画」:レンブラントと黒の諧調
Ⅱ「淡い色の紙」:レンブラントと和紙刷り版画
Ⅲ「とても変わった技法」:レンブラントとキアロスクーロ
Ⅳ《3本の十字架》と《エッケ・ホモ(民衆に晒されるキリスト)》--2点の傑作版画
4部に分かれている。専門的な部分は記憶だけでは頼りないので図録の助けを少し借りてのレポですcoldsweats02
レンブラントは光の探求を生涯の課題としていた。光への関心はまず闇の表現として現れる。その時代の作品がⅠ「黒い版画」である。すでに同時代あるいはそれ以前から他の版画家たちも夜景や暗い室内を描写していて、それらの作家の作品も10点ほど展示されている。目を凝らしてこうした作品を見ていると、なるほど、光の探求と闇の表現は対立するものではなくて、同一のものであるのだな何となくわかる気がするthink
レンブラントの版画で興味深いことの1つは原版に何度も修正が施されていることであり、もう1つは同じ版でも異なる用紙に刷っていることである。したがって、1つの作品がいくつもの様相をもつことになる。後述するが、修正によって全く別の作品のようになっているものも見られる。
さて、用紙であるが、白い西洋紙のほかにレンブラントは淡い黄色の中国紙やインド紙、和紙を使った。Ⅱ「淡い色の紙」では和紙刷りの作品が多数紹介されている。白い西洋紙と淡い黄色の和紙に刷った同じ版の作品が並べられているが、全く赴きが違う。私の目には和紙の作品のほうが深みがあるように感じられた。レンブラントが和紙を使い始めたのは1647年からだそうだが、当時の日本は家光の時代、出島からオランダの彼のもとに和紙が渡ったと思うと、なんだかロマンが広がる気がするconfident
レンブラントの版画がとても変わった技法なのかどうかは私にはよく理解できなかったが、エングレーヴィングに比べて新しい手法であるエッチングを用いることによってその明暗表現が力強く絵画性をもっている、ということなのだろうか(17世紀、イタリアの著述家バルディヌッチがレンブラントの版画を「とても変わった技法」と形容し、「深く力強い明暗表現」と「絵画性」とを高く評価したそうだ)。Ⅲ「とても変わった技法」では、エングレーヴィング、エッチング、ドライポイントといった版画の手法についての詳しい解説がパネル展示されている(この解説はもっと早く見たかった)。そして驚くことに、銅板原版が2点もあるのだ。なんて貴重sign03「放蕩息子の帰還」と「神殿奉納」。当たり前のことなのに、版画と原版とでは左右が逆になっていることに「おお!」と思ってしまったcoldsweats01 さっきちょっと触れたが、原版に修正が何度か施されている作品では今回展示されている作品とその原版とで相違点がいくつか見出される。その違いを探すのも興味深い。もっとも解説を見ても違いがわからなかったりもしたのだがbearing

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2011年4月16日 (土)

蘭ちゃん開花

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コナンくんじゃないよbleah 
昨年父の葬儀の際にいただいた5株の胡蝶蘭うちの1株が冬越しに成功し、花までつけてくれましたscissors いつ咲くかいつ咲くか、と毎日楽しみに眺めていた蕾、いつ咲いたのでしょう。つい今しがた開いていることに気づきました(今朝は間違いなく開いていなかった。昼間は墓参に行ったら疲れ切って休んでしまったしcoldsweats02)。
と~っても嬉しいですっhappy02

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微笑む花たち

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♪さいた~さいた~♪
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♪どんな花よりたんぽぽの花をあなたにあげましょう~♪
(雪国で春を待つ歌、大好きな歌の1つです)

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2011年4月15日 (金)

7月松竹座演目

松竹座の7月も発表になっていたcoldsweats01
時様、5月だけじゃなくて7月も松竹座かぁ…仁左様との共演は嬉しいんだけど、遠征費用が…bearing 
あ、それに7月は演舞場で海老蔵復帰公演か。ますますmoneybagきびしいわぁbearing

昼の部
一 播州皿屋敷
   浅山鉄山 愛之助
   岩渕忠太 亀蔵
   お菊   孝太郎
二 素襖落
   太郎冠者 三津五郎
   鈍太郎  亀蔵
   次郎冠者 巳之助
   三郎吾  萬太郎
   姫御寮  梅枝
   大名某  秀調
三 江戸唄情節
   杵屋弥市     仁左衛門
   芸者米吉     時蔵
   坂東彦三郎    三津五郎
   市村家橘     愛之助
   俵屋娘おいと   梅枝
   番頭平助     竹三郎
   小揚げの七兵衛  彌十郎
   伏見屋女将おふさ 秀太郎
夜の部
一 車引
   藤原時平公  我當
   桜丸     孝太郎
   杉王丸    巳之助
   梅王丸    愛之助
   松王丸    進之助
二 伊勢音頭恋寝刃
   福岡貢    仁左衛門
   お紺     時蔵
   喜助     三津五郎
   林平     愛之助
   お岸     梅枝
   徳島岩次実は藍玉屋北六   亀蔵
   藍玉屋北六実は徳島岩次  秀調
   お鹿     彌十郎
   万野     秀太郎
   藤浪左膳   我當

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演舞場6月演目

なんだかんだと多忙にしている間に演舞場6月の演目と配役が発表になっていた。
昼の部
一、頼朝の死(よりとものし)
                 源頼家  染五郎
                 小周防  孝太郎
                畠山重保  愛之助
                大江広元  歌 昇
               御台所政子  時 蔵
二、梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
  鶴ヶ岡八幡社頭の場
                梶原景時  吉右衛門
                   梢     芝 雀
                俣野景久  歌 昇
                飛脚早助  錦之助
                六郎太夫  歌 六
三、連獅子(れんじし)
        狂言師右近後に親獅子の精  仁左衛門
        狂言師左近後に仔獅子の精  千之助
夜の部
一、吹雪峠(ふぶきとうげ)
                  直吉  染五郎
                  助蔵  愛之助
                 おえん  孝太郎
二、夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)
  住吉鳥居前  難波三婦内  長町裏
              団七九郎兵衛  吉右衛門
                女房お梶    芝 雀
                  お辰      福 助
                 伜市松    金太郎
                釣船三婦   歌 六
              三河屋義平次  段四郎
               一寸徳兵衛  仁左衛門
三、色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)
  かさね
               かさね  時 蔵
             
与右衛門  染五郎            

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松竹座地下キムカツ再開店

4月4日を以て閉店したキムカツ松竹座地下店が、なんと4月18日午前11時より再び営業を開始するそうだ。
閉店期間は2週間。客や関係各位から惜しむ声が高かったらしい。
「一方的に閉店したり開店したりと身勝手ではございますが、どうかこれに懲りず、引き続きご愛顧賜りますよう(後略)」とのメールにはちょっと笑ってしまったsmile
しかしこのご時勢、まずはめでたい。

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2011年4月14日 (木)

美術の4月②:地理学者をはじめとするオランダ絵画を静かに鑑賞する

412日 フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展(Bunkamura ザ・ミュージアム)
「トップ・ガールズ」を見た後に寄るつもりでいたら、地震後閉館時間が5時と早まっていることに気づき、急遽先に観覧。そこでの疲労も「トップ・ガールズ」爆睡に影響したかも。
さて、私にとってフェルメール12作目となる「地理学者」はもちろん最大の目玉であり、展示作品の中では群を抜いて光っていたが、オランダ絵画の数々は静かで穏やかな落ち着きを館内にもたらしている。お昼過ぎという時間もあったのか、人の入り具合も、展示点数も程よく、11枚をゆっくり鑑賞することができた。
展示は「歴史画と寓意画」「肖像画」「風俗画と室内画」「静物画」「地誌と風景画」の5ブロックに分かれている。
「肖像画」の中でバーレント・ファブリティウスの「自画像」はマイケル・ジャクソンにそっくりということで有名らしい。私自身はマイケルに似ていることに気づかなかったけれど(気づかなかったのは私だけらしい。いわれてみれば確かに似ている)、かなり強烈な印象を受けたのは間違いない。
オランダの室内画といえば、2008年暮れにルーヴルDNPで見たファン・ホーホストラーテンの「部屋履き」が記憶に新しい。専門的なことはわからないが、今回の室内画を見て「部屋履き」をすぐに思い出したから、やはり17世紀オランダ絵画として共通するものがあるのだろう。
「地理学者」は絵の隣に地球儀、地図、コンパスと定規、上着、デルフト焼きタイルとゴブラン織りの説明が施されており、鑑賞の役に立つ。フェルメールによって描かれた地理学者は理知的で、その表情からふっと何かを意識の中に捉えた瞬間が切り取られているように見える。フェルメールの絵がこんなにも魅力的なのは、光の扱い方が格別だからなのであろうか。
宗教的な寓意画・歴史画はあまり面白くないが室内画・風俗画は当時のオランダの生活が見てとれて興味深い。室内の暗さ、家事、居酒屋――それぞれの場での人々の様子が生き生きと伝わってくる。

静物画ではピーテル・ド・リングの「果物やベルクマイヤー・グラスのある生物」のさくらんぼの枝が本物を貼り付けたようで目を引かれた。画面右端にそっと置かれた金の指輪は画家のサインでもあるとのこと、興味深い。
風景画は全体にやはり暗く、青空はほとんどみられない。青空があったとしてもくっきりした色ではない。それがオランダの空なんだろうか。ヨープ・ベルクハイドの「アムステルダムの取引所」は、取引所というタイトルからドガの「綿花取引所」を思い出したが、捉え方は全然違うのが面白かった。
見たい見たいと思っても渋谷へはなかなか足が向かないのだが、芝居とセットで行くことができたのはよかった。本当はたばこと塩の博物館でやっている「役者に首ったけ」を「日本人のへそ」とセットで見るつもりでいたのだけど、こちらは17日で終わってしまうし、むずかしい。
追記:音声ガイドは佐々木蔵之介ちゃん。借りたかったけれど、ガイドを使うと時間の配分がマイペースでいかないのでやめにした。

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2011年4月13日 (水)

眠りの中で:「トップ・ガールズ」

412日 「トップ・ガールズ」(シアターコクーン)
数日来の寝不足がたたったか、プラス花粉症の薬のせいもあり(花粉症の薬は外出時には絶対必要だし飲めば眠くなる、困った困った)開演5分前にものすごく眠くなって、結局それがずっと尾を引いてしまった。あんまりよく寝たものだから(こんなに寝たのは6年前の「そして誰もいなくなった」以来)、ここに感想をUPなんて恥ずかしいのだけれど、そういうこともあったという自分の記憶のために恥をしのんで。
あ、そうそう、開演後まもなく地震があって少し客席がざわついた(12日は朝8時過ぎにもけっこう大きく揺れたでしょう)けれど、舞台がまったく動じていなかったので客もすぐに落ち着いて観劇していた。

第一幕第一場、女性たちが飲んで食べて次々にモーレツな勢いで語りだす様を見ていると、CMや映画なんかで見る、外国人のちょっと骨太美人が大きな口をあいて肉をパクついているような、あるいは大きな口を歪めて男を罵っているような、そんなイメージが湧いてきて、ついていけなくなってしまった(私、ああいう顔、怖くてダメなのだ)。それでそのまま女性たちのお喋りを子守唄に…sleepy。もっとも、ついていけなくなったから眠ったのか眠ったからついていけなくなったのか…。

第一場はロンドンに住むデキる女マーリーン(寺島しのぶ)の昇進祝いに古今東西のトップ・ガールズが集まっているという設定。出席しているのは19世紀の旅行家イザベラ・バード(麻実れい)、「とはずがたり」を著し、帝の寵愛を受けた日本人女性・二条(小泉今日子)、ブリューゲルの絵に登場する女傑フリート(渡辺えり)、9世紀、男装して法王になったといわれるヨハンナ(神野美鈴)、「デカメロン」に登場する忍耐強きグリゼルダ(鈴木杏)、そして無言で料理を運ぶウエイトレス(池谷のぶえ)。つまり、ここはマーリーンの想像の世界というわけらしい。
何しろ早めに眠ってしまったものだから、そういう設定だと理解したのはかなり遅く、第二場、現実のマーリーンの世界になってやっとさっきのが現実でなかったとわかった次第(少なくとも見た目で衣裳がてんでばらばらだったのに、私何を考えていたのだろう)。時々意識が戻って、渡辺えりが時々発する一言に笑ってみたり(でも、今はその一言を覚えていない。しかも彼女が怒りを爆発させた瞬間は覚えているのに、その後は覚えていない)、小泉今日子の「尻打ち」の話を興味深く聞いたりもしたけれど、ちゃんと彼女たちの言いたいことを聞いておけばきっと面白かっただろうにと、残念に思う。第三場、ジョイス(マーリーンの姉)の家の裏庭はまったく記憶にないcoldsweats02

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2011年4月12日 (火)

桜の下でかみしめる幸せ

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↑手前は色白桜(写真じゃわからないよね〜)。
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↑おじさんたちが静かに花見の宴。
11041203sakura
↑名残の桜になるのかな…。
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我が家の周囲は東西南北どこにでも桜並木がある。遠くへ行かなくたって、ちょっと歩けば美しい花に会える。去年は自宅北方向、今年は南方向で花の下を散策する幸せをかみしめた。
しかし家に戻って間もなくの春雷、余震…気持ちはupから一気にdowngawk
でもさっきの幸せを思い出して再び元気を取り戻そう。

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2011年4月11日 (月)

美術の4月①:インタラクティブアートでセーヴル磁器を楽しむ

410日 外交とセーヴル磁器展(ルーヴルDNP

過去6回の展覧会すべてを見ているが、7回目の本展覧会は作品の見事さに加え、DNPの技術の素晴らしさに感嘆した。
まず音声ガイドが進化した。11人が持つ形式でやや面倒であったこれまでとは違い、展示パネルの前に設えられた足形の上に立つと指向性スピーカーから説明が聞こえてくる。
11041101assiette_3 展示室では実際の展示品(セーヴル磁器)のキャプションが台座の前面に浮き上がり、それがどの部分の説明かを示すためにその部分にスポットライトが当てられるので非常にわかりやすい。また別の台ではそれぞれの作品のパンフレットを載せると詳しい情報が文字で映し出され、次をめくるよう指示が出たりもする。
フランス式の食卓儀礼というパネルでは王家の豪華な食卓が各コースごとに現れて、その配置や何をのせるための食器かなどの解説が音声と画面でわかるようになっている。また軟質磁器の製作技術を素材から色付け仕上げに至るまで工程ごとに見ることができる。
体験型展示では、画面にタッチして映し出された作品を拡大したり回転させて詳細に眺める。そして最後には画面上で地色、中心に置く模様、周囲を飾る模様、金地の入れ方などいくつかのパターンから自分で選んで最後にイニシャルを入れて自分の皿を作ることができる(写真が私の作品。皿の下の黒いモヤモヤは消したイニシャルcoldsweats01)。
作品をじっくり全方向から眺め、インタラクティブに鑑賞できるこの展覧会は実に楽しい。
さて、今回の作品は18世紀フランス王家からオーストリア、デンマーク、スウェーデンなどの国に贈られたセーヴル磁器9点とマリー・アントワネットの胸像である。それまで外交上の贈り物としては金銀細工やタピスリーなどが選ばれていたが、1785年以降ルイ15世はセーヴルの磁器を贈るようになり、16世もそれを踏襲したようである。展示品紹介の中に誰から誰へ贈られたのかが明記されていて、興味深い。
豪華な食器セットの一部である皿の装飾は繊細で美しく、もったいなくて使えないなんて貧乏庶民は思うのだが、これだけきれいに残っているということはやはりあまり使われていなかったみたいである。というのも、1枚だけ、実際に使われていたので模様が少し薄くなっているというのがあったから。
1773
年にルイ15世からナポリ王妃マリア=カロリーナに贈られたハーフボトル・クーラーがシンプルな美しさで私は気に入った。一方でルイ16世からプロイセン公ハインリヒへ贈られた金色の装飾が豪華な「イルカの庭」の壺もまた素敵である。

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2011年4月10日 (日)

海老蔵復帰は7月

松竹が海老蔵復帰を発表したそうだ。
演舞場の七月大歌舞伎で復帰だとか。
復帰は嬉しい反面、あの事件は海老蔵にも非があることは間違いのないようで、それに関して口を拭ったままというのはどうなのかなという気もあり、複雑な気持ちだ。
しかし復帰が決まった以上、あのオーラを失うことなくきっちりと芸を見せてほしいものである。

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四月歌舞伎夜の部②

47日 四月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
夜の部で一番楽しみにしていたのはこれ。
「権三と助十」
権三・菊五郎、助十・三津五郎、おかん・時蔵で見たのがもう5年も前か。今回は三津五郎さんが権三にまわり、助十は松緑さん、時さまは再びおかん。でもやっぱり菊五郎さんとの夫婦役のほうがしっくりくるなあ。三津五郎さんとは新鮮な感じもするけれど、まだ底に通い合うものが感じられない。
派手な夫婦喧嘩をして、権三に突き飛ばされたおかんが家から転がり落ちる場面はあぶなっとハラハラしながらも可笑しくて。年がら年中夫婦喧嘩をしながらもダンナへの愛情が溢れていて芸として品のある時さまの長屋のおかみさん、私は大好き(常盤御前も好きなんだけどね)。
若い松緑さんと三津五郎さんのコンビはなかなか悪くはない。でもやっぱり三津五郎さんは菊五郎さんとのコンビのほうがよかったような気もする。だからといって松緑さんが悪いんじゃない。私は江戸っ子役の松緑さんが大好きだし、ケンカっ早いいかにも江戸っ子な助十はこれから松緑さんの持ち役になるかもしれないな、と思う。
三津五郎さんはつくづく達者ではあるけれど、同じ江戸っ子でも「らくだ」の半次のほうが合うような気がした。とこう書いてくると、なんだかそれじゃあ三津五郎さんがよくなかったみたいだけれど、そうじゃなくて、何となくそれぞれのコンビネーションがちょっとだけ私の思うところと違うかなというだけのこと。
助十の弟・助八は亀三郎さん。亀三郎さんって意外とふっくらとした柔らかさがあるんだな、と役はケンカっ早いガチな江戸っ子なのにそう感じる。松緑さんとの兄弟役は若さいっぱい勢い良くて楽しい。
秀調さんの猿回しも地味ながら江戸の風情を醸し出す。猿が殺されてしまい、かわいそうだった。
梅枝クンは上方の匂いはしないかもしれないけれど、父の無実を晴らしたい一途さ、必死な面持ちがいい。
唯一の悪役・市蔵さんはふてぶてしく、イヤミで凶暴さを随所に見せるのがうまい。
彦三郎の梅枝、勘太郎の市蔵とややこしいねえ(彦三郎って言われれば坂東彦三郎さんの顔がつい浮かんじゃうし、勘太郎って言われれば中村勘太郎って頭の中で結びつけちゃうし)。
左團次さんの家主に味がある。大家さんを中心に行われる井戸替えは見せ場のひとつで圧倒され、江戸の長屋生活にタイムスリップする。
またこの芝居で印象的なのはウチワの使い方。蚊を追ったり、床のほこりを払ったり、その時々のウチワ使いがいかにも江戸の庶民らしくて、こういうところに私はキュンときてしまう。それから、おかんが家にあがるときに足の裏をちょいちょいっと手ではたくのにもキュンとくる。
<上演時間>「絵本太功記」72分(16301742)、幕間30分、「男女道成寺」50分(18121902)、幕間20分、「権三と助十」80分(19222042
終わりが早いのはありがたいが、夕食の時間が早すぎる。今回は鯛焼きを夕飯がわりにした。

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2011年4月 9日 (土)

すっかり忘れていた発売日

チケット、すっかり頭から飛んでいました。
それでも11時ごろハッと思い出したのはいいほうかしら。慌ててチケットサイトに入ろうとしたけれど、私のパソコンはしばらく放置しておくとそこから働き出してくれるのがものすご~~く遅くて(電源を入れた時にはちゃんと起動するまで10分以上かかる)、イライラした。でも考えてみれば11時じゃ2~3分遅れたからってチケットにそう動きはないか…。
ま、当然のことながらいつもの3階Bコーナーに希望の席はなく、2000円奮発して3階Aを取りました。昼夜で4000円オーバーは苦しいけれど、仕方ない。5月はけっこう色々入っていて日程を変えるのもむずかしかったし。
昨夜寝るまでは「明日明日」としっかり頭に叩き込んだつもりだったのに、やっぱり冷静さを失っているのかなshock

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四月歌舞伎夜の部①:「絵本太功記」と「男女道成寺」

47日 四月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
実は大きな余震のあった7日は演舞場で夜の部を見たのでした。帰宅して感想を書こうと思っていたところが、地震で気持ちが挫けてしまいました。これじゃいかん、と気を取り直して…。なお夜の部は千穐楽にも見る予定。
「絵本太功記」
時さまの十次郎、あまり期待していなかった(同じ武士でも源頼光のような貴公子は合うのだけれど、こういう役はどうかなと思っていた)のだけれど、若々しくて美しくて凛々しくて悲しくてとても素敵だった。菊之助さん(許婚・初菊)とのコンビも全然違和感がなく、最期の「もう目が見えぬ」にはじ~んときた。時さまの鎧姿なんてまず見られないので、私にとっては貴重な演目となった。
逆に團十郎さんの光秀はいまひとつピンとくるものがなかった。つくりはとても立派なのだが気持ちが表情やセリフにあまり感じられなかったのだ。というより気持ちが空回りしているような感じかしら。昼の吉岡鬼次郎のほうがずっとよかったのは私の予想と大きく違った。
そういえばこの芝居を国立の通しで見たのは平成1711月。その時の印象で一番残っているのはどういうわけか、真柴久吉の芝翫さん。それも風呂が沸いたと言いに来て「お先にどうぞ」と勧められて引っ込むそのわずかな出の場面の久吉。今回の菊五郎さんはその場面のインパクトはあまりなかったが、最後大将姿で登場すると、その大きさが一段と光って見えた。
佐藤正清の三津五郎さんが荒事らしさを見せて、かつ菊五郎さんの大きさを引き立てるような感じもして、とても好もしく思った。

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2011年4月 8日 (金)

冷水

お風呂掃除が終わって、浴槽にお湯を入れ始めた時だった。うちでは風呂だけ太陽熱温水を使っているが、屋根から下ろすお湯は最初空気が混じってぼこっぼこっと浴槽の底に当たる。
揺れを感じたのはそのせいだと思った。でもなんかちょっと変。浴槽から出て浴室のタイルの上に立った。揺れている。ガスの種火を消す。息子が二階から降りてきて玄関をあける。テレビをつける。
3月11日の揺れほど強くはないが、これまでの余震では一番強い。どきどきしてしまって、揺れている間はおろおろとただ時間の経過を待つだけ。色々準備はしてあるのに、頭の準備が追いつかない。そのうち地震酔いというのか、気持ち悪くて立っていられなくなった。

テレビが映し出す仙台や福島の画面。震度6強--激しい揺れを見ているだけでも恐ろしい(本震はこれよりもっともっと揺れたのだ!!)。津波警報も出され、あの時の恐怖が甦る。海に近い人たちは無事逃げただろうか。無防備な原発に今大きな津波がきたらどうなるんだ。東北地方では広い範囲で停電しているという。揺れに怯えながらの夜の停電はどんなにか怖いだろう。

引き籠りをやめてすこ~し積極的に外に出る気持ちが上向いてきたところへのこの余震。うちのあたりは震度4くらいだっただろうか。震度3くらいまでは幾分慣れてきていた自分に冷水を浴びせられた気持ちである。あれ以来東北地方ではこういう揺れに何十回も耐えていたのだなあとあらためて被災地の恐怖を思う。

先日コメントをくださったオレンジスイート様、太白様、ご無事でいらっしゃるでしょうか。
東北の皆様、怖い思いをされた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。

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2011年4月 7日 (木)

桜競演

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↑これぞ本場のソメイヨシノ。
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↑しだれ桜と5時の鐘を撞くお坊様。こちらは染井ではなく芝公園。
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2011年4月 6日 (水)

これ見て歌舞伎愛を

朝刊を見たら、新しい歌舞伎座外観のデザインが発表になったと出ていた(比較的大きな写真が見られるのは→ココ)。毎日続けられている工事もこれを踏まえているんだろうな。

歌舞伎のとても楽しい動画があるのを知った。→ココ
思わず目を細めた。今元気のない人も、これを見て歌舞伎愛を再び燃やしてね。

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2011年4月 5日 (火)

松竹座團菊祭追加配役と勘三郎さん復帰予定

2~3日ボンヤリしていたら5月團菊祭のチラシが更新され、追加配役も発表になっていた→詳細はココ
やっぱりどうしても見たい!! けど、まだちょっと足が踏み出せないでいる。ぎりぎりまで悩んで、行くなら終わりのほうでと思っている。

勘三郎さんが10月25日の鹿児島大歌舞伎で復帰されるらしい(たしか俳優協会のHPにはもっと早く出ていたような気がするけれど、はっきりは覚えていない)。鹿児島大歌舞伎は元々4月2日の予定だったのが勘三郎さんの病気で延期になったものだが、この公演が復帰公演になるかどうかは不明だというから、もっと早い復帰もありうるということか。私としては、11月からの平成中村座が楽しみ。今度はあんまり突っ走らないように体を大事にしてほしいものです。

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松竹座地下キムカツ閉店

松竹座地下のキムカツさんが4月4日昼の営業をもって閉店したそうだ。
昨年の團菊祭のお昼に初めて入ってとても美味しかったので、今年の2月には夜時間をかけて食事をした。正直なところ初回ほどのインパクトはなかったし、お店も夜は少し寂しいなあと思ったものだった(でも、お店の方はとても親切だった)。
私など年に1回寄るか寄らないかなんだけど、beerが無料になるというのにつられて、その時メール会員になった。そして携帯に閉店のお知らせが来たのが4月2日。あまりに急なことで驚いたshock すぐにHPを見たが、2日の時点ではまだ発表になっておらず、何かの間違いかなと思わないでもなかった(1日だったら「ウソbearing」と思っただろう)。だからすぐにはここで取り上げなかったのだ。
平成17年9月オープンから5年半とのこと。その間たった2回のおつきあいだったけれど、松竹座の思い出の1つではある。

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2011年4月 4日 (月)

わくわくした大蔵卿とはらはらした封印切:四月歌舞伎昼の部②

四月大歌舞伎初日昼の部(新橋演舞場)
昼食後は、菊五郎さんが「又するの?と言ったら夏雄ちゃんが鬼次郎で付き合いたいと。芸風が違うから一緒にやるのは楽しい」と語った大蔵卿。
「一條大蔵譚」
御所の門が開いて大蔵卿が飛び出してくる場面はいつもわくわくする。
菊五郎さんが夏の巡業より一層大きく見えたのは鬼次郎が團十郎さんだからだろうか。相手に合った大きさというものが感じられたように思った。阿呆の振りも行き過ぎず、といってここではまだ作り阿呆であることを観客に悟られてはいけないわけで(品格と愛敬がほどよい加減)。本心を見せた大蔵卿は凛々しく大きく頼もしい。しかし作り阿呆は世渡り上手なのか現実逃避なのか…。それだけ当時は平家の威光が強かったということか。いずれにしても柔軟な心の持ち主ではあろう。
時蔵さんの常盤、私は大好き。やわらかさとやさしさと武家の女としての芯が感じられる。常盤と大蔵卿との間にはいったいどういう感情が流れているのかなあと思うのだが、菊五郎さんの大蔵卿との間には互いを理解し合った静かな愛情(男女間の愛情というよりは人間的な愛情かな)があるような気がした。
團十郎さんはあけっぴろげな芸風だから腹に一物ある役はどうかと危惧したが、いい意味で予想がはずれた。若々しく力強いのがいい(見た目だけでなく、鬼次郎の若さ。鬼次郎って何歳くらいなんだろう。私はずっと、若いと思ってきたから)。
菊ちゃんは女スパイらしい落ち着きと地味に控えているのがよかった(踊りはsleepybearing)。
茶屋亭主の橘太郎さんが「らしく」って嬉しい。
物語はわかっているのに、全体に展開にわくわく感があったのは、自分の気の持ち様によるものだろうか…。

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2011年4月 3日 (日)

笑ってほろり「お江戸みやげ」:四月歌舞伎昼の部①

四月大歌舞伎初日昼の部(新橋演舞場)
ここのところ花粉症がひどく、家では洟ずるずるしながら我慢していたが、観劇するのにそうもいかず薬を飲んだら眠くて眠くて、各演目1回は完全にダウン。昼の部は多分初日だけの観劇になると思うのでもったいない、とても残念。
「お江戸みやげ」
初見。
なんだかごちゃごちゃがやがや慌しい芝居だなあと思っているうちに、だんだんほろりとしてきて、最後はかなりウルウルきた。

孝太郎さん(お紺)は、おきゃんで養母の企みを拒絶して好きな男と駆け落ちしようとする無鉄砲さ、自分を貫く強さがいい。孝太郎さんには耐える役よりこういう役のほうが溌溂としていて合っている。
錦之助さん(お紺の恋人・阪東栄紫)は最初、なよなよしていて女垂らしみたいでお紺ちゃんなんでこんな男に惚れたの?と思ったが、この時の栄紫(女方の役者なのだ)は幕間だったからだとは後でわかった。役を離れた栄紫は「色男、金と力はなかりけり」かもしれないが、女方役者らしい柔らかさの中に男らしさも見え、心やさしい人であった。
結城紬の行商人・お辻(三津五郎)とおゆう(翫雀)のコンビ、その逞しい生き方に笑い、かつほろりとした。昔からおばちゃんたちは逞しくやさしかったのだ。翫雀さんは「いるいる、こういうおばちゃんいるよね」。大らかで、世話好きでお人よしで酒好きで、どっしりしているようでいつもばたばた賑やか。ややオーバーなところもあるけれど翫雀さんらしいおゆうさんで好もしい。三津五郎さんはそれとは対照的に、常に算盤をはじいていてちょっと偏屈で…でも本当はそんな自分を寂しく思っている(んだと思う)。優しい心根の持ち主でもある。この素朴なおばちゃんたちの活躍が微笑ましく、応援するあまり手に力が入る。
ふと芝居を見て栄紫に惚れてしまったのがおゆうじゃなくてお辻というのが何だかちょっと泣かせる。金に細かいお辻が初めて惚れた男とその恋人を助けるために大金を投げ出す思い切りのよさ、清々しさ、甘酸っぱい思いに涙がにじんだ。お紺と上方へ旅立つ栄紫はお礼に長襦袢の片袖を切って渡す。袖を女性に渡すということには何かしらの意味があるのかもしれないが、ここは栄紫が男としても役者としてもお辻の気持ちに精一杯応えたのではないか――「これがあたしのお江戸みやげだよ」。お辻の夢と思い出に泣けてきた。
この物語で唯一悪役扱いなのがお紺の養母・文字辰(扇雀)と、その使い走り的な鳶頭六三郎(亀鶴)。角兵衛獅子もお辻も文字辰を見るなり「あれは悪い人間だ」と一言で切り捨てる。亀鶴さん、今月はこれだけなんだよねえ。でも、どんな役でもらしさをきちんと見せて光るものがある。
最初と最後に登場する角兵衛獅子の兄弟がこれまた素朴で逞しい。兄貴分の巳之助クンが飄々としていて、なかなかちゃっかりな子役とのコンビも微笑ましい。
萬次郎さんがやはり女方役者の役で、出番待ちの間に酒を飲みに出てくる。萬次郎さんのコミカルな面がたっぷり楽しめ、短い出番ながら強烈なインパクトを与えてくれた。
三津五郎さんが錦之助さんの栄紫に「やまとやっ」と声をかけて見送る姿が印象的であった。

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2011年4月 2日 (土)

切り替え

11040201tsubaki
3月の夜の部観劇から少し日が経ったせいか、また微力ながら歌舞伎を支えていこうと自分で考えを切り替えたせいか、演舞場へ向かう足取りは前回と全然違う。ただ、これまでは地下鉄のみで向かっていたのをJRに切り替えたため--ここでも切り替え--、往復にはちょっと時間がかかる(今は怖くて地下にもぐれない。あんなにJRを敬遠していたのにすっかりJR派に転向)。でも、久しぶりに歩く町(有楽町から歩いてみました)も歌舞伎も楽しかった。
感想は少しお待ちを。

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2011年4月 1日 (金)

公文協巡業中止

地震で巡業はどうなるのかなあと案じていたが、東コース、中央コースが中止になった。
残念ではあるものの、やっぱりという思いもあるし、どうにもやむを得ないだろう。
来年の巡業が各地で楽しまれるよう、被災地の1日も早い復興を願うのみです。

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