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2011年6月18日 (土)

6月演舞場昼の部再見②:「頼朝の死」「石切梶原」

616日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
「連獅子から」最初に戻ります。「連獅子」で書き忘れたけれど、舞台写真が出ていました。
「頼朝の死」
あまり間をおかずに2度見たことで、この芝居に対する理解が少し深まったような気が自分ではする(ほんとかな)。
これまで私がこの芝居をあまり好きでなかったのは畠山重保の苦しみが、罪の意識を内へ内へと向かわせて自分で出口をふさぐ重さのせいだった。しかし今回、不思議なことに重保と頼家の苦しみが同等に感じられた。
頼家の苦しみは自分のアイデンティティが認められないところにある(と思う)。つまり、「上さま」と祀り上げられてはいてもそれはあくまで形の上でのことであって、自己は鎌倉幕府に呑み込まれている。「生まれながらの将軍」であり、自分で裁決したい頼家の「自己」など鎌倉幕府にとってみればむしろ邪魔なものだったのかもしれない。そういう頼家の苦しみがあちこちにみられるではないか。だから、新熊野と羽黒山の別当の所領争いに乱暴な線引きをした頼家の気持ちがわかる。死者の位牌を奉ってどうする、生きていた父を慕う心は何人にも負けぬという言葉が染さま(もう染ちゃんじゃないね)の口から出るととても現代的な感じがして、ここにも頼家の自己主張が表れているように思われる。
一方の重保の苦しみの根もまた、自分を殺して源家(イコール鎌倉幕府なのか)に呑み込まれねばならぬところにあるのではないだろうか。罪の意識も真実を露わにできない苦しみも、個人の次元にないからつらいのだ。
互いに「個」を消されるつらさに身もだえしているのではないだろうか。染五郎・愛之助の演技が現代性を感じさせるからそんなことを思ったのかもしれない。
だとすると、時蔵さんの政子の毅然とした態度にも広元の頼家に対する表情(こいつ、わかってないなあという諦めのようなものが感じられた)にもそこへ通じるものがあるような気がする。ただ、政子にはまだ釈然としない部分もあるんだわ…。
真山青果は役者さん方お好みのようなので、また近いうちにこの芝居が見られるかもしれないから、その時にもう一度考えてみよう。
そうそう、重保二度目の登場は花道から将軍寝所への出になるが、この時チャリンは鳴らないのであった。
「梶原平三誉石切」
今回は少々沈没してしまった。
最初、浅葱幕が振り落とされる前に真ん中で割れて段四郎さんが見えてしまった。なかなか幕の真ん中が閉じないのでちょっとハラハラした。
花道近くの席だったので、役者さんの出と引っ込みを堪能した。歌六さんは芝雀さんを家に帰すとき、もう死を覚悟しているので娘を案じながら別れを告げている様子が切なかった。
平三が石を切るところは「えいっ」というわけでもなし、何となく切れていたという感じだった。後ろ向きで切るからかもしれない。
ま、でも最後笑顔で終われるところがいい。けれど…本当は平三さん、自分がこの刀をほしかったのよね。もちろん六郎太夫を救うためではあったのだけれど、吉右衛門さんの表情には何となくそんなウラが感じられたゾsmile

舞台写真、私は仁左様と千ちゃんの2ショット写真を2枚(狂言師と獅子)、時さま・染さまの美しい「かさね」を1枚買ってしまった(写真はなるべく買わないようにしようと思ってるんだけどね)。

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