« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

2011年6月30日 (木)

「雨」千穐楽

629日 「雨」千穐楽(新国立劇場)
ミステリー的な要素があるこの芝居、結果を知って見てもその味は損なわれることなく、大変面白かった。
初日に自分に課した宿題。後味の悪さ――1人の若者をだまして自分たちを守るための犠牲にしたことは、中央政権に対する自己防衛かつ挑戦であるにしても、何となく理不尽な気がしたものだ――をどうするか。なんか、日が経ったらだんだん後味の悪さが薄れ、じゃあ千穐楽に再び甦ったかというと、そうではない。
徳は確かに気の毒だった。ただ、彼が気の毒なのは、自分の意志とは無関係に思いがけぬ死が待っていたことではなく、喜左衛門に似ていたがために自分を失ってしまったことである。平畠村に行ったことで金も美しい女房もできた。人の上に立ってバリバリ働く喜びも覚えただろう。そこへ至る徳の努力は実に見上げたものである(その努力が仇になる)。しかし徳が人を2人も殺していること(徳自身は3人殺したと思っている)を忘れてはならない。徳もまた自分を守るために誰かを犠牲にしたのである。
そして徳にかけたワナが成功した、おたかと喜左衛門。この2人もこれから重い十字架を背負うことになる。徳を利用したことでおたかは聖母として十字架を背負う(徳の遺体を抱き、あんたは私の亭主だったと言うおたかの言葉にきっと徳は救われるに違いない)、そして喜左衛門はこれから自分でない人間(弟)として生きていかなくてはならない。徳を喜左衛門に仕立て上げて周囲を欺いたおたかは、今度は喜左衛門を喜左衛門でない人物として欺いていくことになる。皮肉なものである。
そう思ったら、後味の悪さよりも、そこまでして村を守ることの重さへの感動のみが残った。
しかし、井上ひさしの作品は、コミカルに客を笑わせながら、じわじわと怖さを滲ませていく。最初に見た井上作品の「もとの黙阿弥」がそうだった。それで井上ひさしに嵌っちゃったんだけどね。中央政権は怖い(某スキャンダル雑誌の元編集長が言っていた。一番怖いのはその筋の人ではなくて国家だと)。個の集まった集団も色々な意味で怖い。

続きを読む "「雨」千穐楽"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月29日 (水)

盆の大星

勘三郎さんの登場がお芝居にどういう影響を与えたかについて色々考えていたのだけど、私はあまり負の面については気にならなかった。
ただ、きびだんご様のご感想(→ココ)を拝読してふと思い出したのは、戻らぬ時間が走馬灯のように回る盆の上に大星を見つけたとき、ちょっと違和感を覚えたこと。
で、その違和感は、回っている時間の中で大星を取り巻く時間だけが止まっているような気がしたからだということを、遅まきながら記憶の中から引っ張り出した。
でも、今思うに、それはそれで意味があったのではないだろうか。
盆の大星によって、持続と完結、町民と武士(三五がお六の兄を図らずも手にかけてしまったとき、自分は武士じゃないから獄門だみたいなことを言っていたし、最期の苦しい息の中でも自ら死ねる喜びとか言っていた。武士と町民にはそういう差もあるんだなと、あらためて認識した)の対比みたいなものを意識したような気がする。
浅い考えかのしれないけれど、今の私はそんなふうに思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幸右衛門さんご逝去

松本幸右衛門さんが亡くなった。
いつの頃からか、舞台での元気が少しずつなくなってきているようで心配しているうちに、姿を見なくなって(最後の舞台は平成20年2月、歌舞伎座「熊谷陣屋」の庄屋幸兵衛だったそう)。
貴重な脇の役者さんがまた1人…。でも私の頭の中の幸右衛門さんは、不思議なことに役の姿ではなく、穏やかに微笑む素顔なのである。
ご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月28日 (火)

「盟三五大切」千穐楽

627日 「盟三五大切」千穐楽(シアターコクーン)
そうだ、私膝が悪いんだっけと思い出し、平場で坐れるんだろうかと不安になったのはコクーンに着く直前(バカだねえ)。意外にも正座はできたけれど、それでは座高がさらに高くなって後ろの人に申し訳ない。でも斜め坐りは膝が痛くてとてもムリ。体育坐りも長時間はきつく、う~んとお行儀の悪い形になってしまった。
さすがに千穐楽、勘三郎・橋之助・勘太郎夫人が華やかに揃い、観客も平幹二朗、藤原竜也、中村獅童(獅童さんは前日に赤坂の千穐楽を迎えたからきっと見に来ると予想していた)と豪華。
舞台は素晴らしかった!! 本家(串田版と区別するために敢えて本家と言う)「三五」に比べ現代的だと思ったのは、どろどろ感はさほど濃くなく、登場人物の人間性や心理をくっきりと浮かび上がらせていたからだろうか。時に微笑ましく、時に和み、時に切なく、時に怒り、時に悲しく、時に虚しく、私も同じ気持ちになる。黒御簾とチェロの演奏、ショスタコビッチの交響曲(だそうです)を組み合わせた音楽が幻想的な効果を高める。
まずは、印象派の風景画を思わせる紗幕の向こうで小舟に乗った三五と小万の色模様が展開される。そして1人淋しげな源五兵衛。歌舞伎座のような大きな舞台ではないから、2つの小舟はすぐそばに並んでいるようだけれど、間に仕切りのようなものを挟んで距離感を出している。紗幕の効果で実に美しく幻想的な場面である。
ここから始まった恐ろしい惨劇・悲劇が三五の自害によって終息すると(本家は三五が果てたところで終わる)、盆がまわり、この物語に登場した人々の日常生活が走馬灯のように流れる。1人佇みそれを眺める源五兵衛。人生つらいこともあろう、いやな面もあろう、しかし人々は活気に満ち、楽しそうな笑顔は今見てきた陰惨な物語とはあまりに対照的である。決して戻らぬ時間――しかし今でもどこかで別の三五やお六たちが普通の暮らしを営んでいる――をいとおしむような源五兵衛の気持ちが私には切なく伝わってきた。
盆は五人殺しの場面でも実に効果的に使われている。源五兵衛浪宅も虎蔵の家も四谷鬼横町の家も舞台真ん中に狭い空間として作られている(コクーンの舞台そのものの広さにもよるのだろうが)。虎蔵の家ではそこに三五たち7人が集まっており、源五兵衛が三五と小万を探しまわるのに盆がこの狭い空間を広く見せる効果を示した。中心となるセットを小ぢんまりとさせ、そのまわりにある程度の空間を作ったことは、とくに源五兵衛の心の中を見せるのによかったと思う。

続きを読む "「盟三五大切」千穐楽"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年6月27日 (月)

やっぱり歌舞伎:6月演舞場千穐楽夜の部

626日 六月大歌舞伎夜の部千穐楽(新橋演舞場)
未だ「淋しいのは…」に心残しつつ演舞場の千穐楽へ。でもやっぱり歌舞伎を見ると私は歌舞伎が好きだと思う。
「吹雪峠」
「陽の目を見ない秘密の間柄が燃えさせる」というおえんの言葉はまさにこの2人の関係を象徴している。そういう危うい関係であることをおえんは気づいていたのだろうし、その言葉を聞いて助蔵は「女ってこわい」と思ったのではないだろうか。
直吉に出会ってあんなに互いをかばい合っていた2人が豹変すると、客席から失笑というか苦笑というかが漏れた。
直吉が最後虚しい笑いを残しながら去るその顔を見たら可笑しげでもあり悲しげでもあり、「人生っていうのは笑えねえ喜劇だぜ」と言っているような気がした。
どうでもいいことだけど、小屋の中で消えかけた火を熾す場面が23度あり、そのたびにもうもうと煙が立ち上る。だけど誰も咳き込まない。新歌舞伎なのだからそのあたりもう少しリアル感があってもいいんじゃないかな、と思った。
「夏祭浪花鑑」
2
度見ても、吉右衛門さんの団七九郎兵衛はピンとこない。とりわけ義平次との立ち回りがあまりきれいに見えなくて…。
錦之助さんの磯之丞は他人様の世話にならなくては生きていかれないくせに、そうとはわかっていないようにも見える世間知らず、おっとりしたつっころばしのお坊ちゃまぶりがぴったり。バカだけど「しょうがねえなあ」と思わせる大らかさがある。そばで見ると時さまに似ていたな。
福助さんが前回観劇時と大違い。なんだか品がなくなっていてがっかりした。前回は表情もセリフも抑えられていたのに、今回は又口の動きが大仰になっていたし、セリフも粋を意識したのかもしれないが、私には下品にしか聞こえなかった。
義平次って、そばで見るとほんと、汚いの。イヤなじじいだ。段四郎さんがうまい。
歌六さんはそのかっこよさと大きさと愛敬に、女房でなくても「はりまやっ」と声をかけたくなる。芝喜松さんの女房は私は好きなのだけれど、上方というよりは江戸風な味わいを受けた。芝雀さん(ずいぶんスリムになった気がする)もかっこいい。仁左様のかっこよさは別格(格子の浴衣の写真がほしかったのに売れちゃったのか元々なかったのか…)。
要するに、この芝居はかっこよさが大事なんだと思うけれど…。
最後の「わ~しょい」の掛け声は、上方の「ちょうさや、ようさや」のほうが夏の強い陽射し・暑さがより強く感じられると思った。
この後の幕間で、金太郎が高麗屋ファンに囲まれていた。本当に上品できれいな顔立ちをしているなあ。で、その金太郎ちゃん、芝雀さんに連れられて歩く姿が6歳にしてすっときれいに決まっていて感心した。

続きを読む "やっぱり歌舞伎:6月演舞場千穐楽夜の部"

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2011年6月26日 (日)

ショック

舞台写真入り筋書完売で買えませんでした。
玉さまの「ふるアメリカ」に次いで2度目の苦い経験crying
そりゃあ、連獅子が超人気だからそういう可能性も考えなかった私もバカだけどさ、もうちょっと刷りを多くしてくれてもいいのにweep
これまで筋書我慢してきた私ってcrying

| | コメント (6) | トラックバック (0)

わかりやすく面白い「五百羅漢」展

625日 五百羅漢展(江戸東京博物館)
いや~、じつに面白かった。企画者の熱意がじかに伝わる美術展はこんなにも面白いものになるのかと感じ入った。
1863年に増上寺に納められ、戦災も免れたこれらの羅漢図は戦後は増上寺の方々も専門家もほとんど誰もその全貌を見たことがないという。それが一挙公開という貴重な展覧会である。もう会期も押し迫っているし、ずいぶん迷ったが、今後そんな機会はもうないかもしれないという思いが背中を押した。行ってよかった。
羅漢とは仏の悟りを会得した人のことだそうで、五百羅漢図は幕末の絵師・狩野一信が10年という歳月をかけて(たった10年で!!と言ったほうがいいかも)完成させたもの。いや、その言い方は正しくはないが、それは後ほど。
絵は2幅(縦長の絵1枚を1幅という)で一対になっている。1幅には羅漢さんが46人、2幅で10人になるように描かれている。羅漢さんは頭がまあるい光輪で囲まれているのでわかる。
この展覧会の企画者の1人である明治学院大学山下裕二教授が案内する「ぶらぶら美術・博物館」で半分予習していった(途中で録画を見ている時間がなくなった。残りの半分は帰宅してから復習)おかげもあるかもしれないけれど、それがなくても解説がユニークで身近な表現で書かれていてわかりやすい(この解説には賛否両論あろうが、私には大変面白かった。第一、展覧会の解説って頭に入ってこないことも多いのだ、私の場合)。
たとえば、第15幅の『論議』の解説は、「羅漢たちのいくぶん気楽なフリー・ディスカッションである」。議論を仕掛ける羅漢に対し、1人の羅漢が「身を乗り出し、眼を剥いて応戦している。さながら『朝まで生テレビである』」といった具合(この解説、気に入っているので一部引用させていただきました)。
絵そのものもわかりやすく、そしてスゴいです。迫力もさることながら、500人の別キャラを描き分けるっていうのもスゴい(漫画家は10キャラ作るのも大変なんだって、「ぶら美」で言っていた)。悟りを会得した人って穏やかな表情をしていると思ったら大間違い。この羅漢さんたち、顔からしてスゴいcoldsweats01

110:羅漢さんの力とか修行とかから入ってくるのかと思ったら、最初は日常生活である。談笑したり、子供たちに勉強を教えたり、入浴したり。入浴の図では、ヒゲを剃ったり爪を切ったりしている羅漢さんたちが普通の人と同じことをしているんだというほのぼのした気持ちになる。
11
20:羅漢さんたちの仕事。戒律を授けたり、上に挙げた論議をしたり、仏門に入る少年たちの剃髪をしたり、外道=異教徒を入信させたり(どの宗教も力づくで入信させるんだなぁ)。
21
40:羅漢さんたちが六道を巡って人々を救おうとする。恐ろしい地獄に墜ちた人々に救いの手を差し伸べる羅漢さんたちの活躍が力強く生き生きと描かれている。ここの部分が一信、最もアドレナリンを漲らせて筆を走らせているそうだ。全部の絵を見比べると、確かにそのとおりだ。
41
50:羅漢さんの修行風景。この10幅には西洋絵画の影響がみられる。透視遠近法や陰影法が用いられている。しかし第45幅で用いた陰影はなんともおかしなもので、中途半端な試みになっている。その後陰影は48幅まで使われない。4950幅で再び陰影法を試みているが、それはとても幻想的に見える。また、羅漢さんの観想している内容がマンガの吹き出しのようにして描かれているのも珍しい。
51
60:「神通」という外題どおり、羅漢さんの超能力が描かれている。ビームを出して悪鬼をやっつけたり、頭から水を出したり、自分の顔の皮を剥がしてみせるとそれは不動明王であったり観音様であったり、一信さんよくまあ、こんなパワフルな超能力を考え出したものだ。
61
70:外題は「禽獣」。羅漢さんたちのペットと言えようか。昔の金魚鉢みたいな丸いガラスの器に入れられた龍の子に餌をやっている羅漢さんの従者。空想の動物の耳掃除をしている羅漢さん。白い霊獣は6本も角をもって目玉もたくさんある。羅漢さんのペットはみ~んなユニークだ。
71
74:羅漢さんたちが竜宮城へ出かける(そういう発想もユニークで思わず笑ってしまった)。虎や龍、蓮の花弁(私ならこれに乗りたい)に乗って出かけるんだけど、虎はいやいや海に入っている感じがする。
75
76:「洗仏等」という外題がつけられており、75幅は釈迦の誕生、76幅は仏舎利を洗う羅漢たちが描かれている。
77
78:いわば羅漢さんのDIY。外題は「堂伽藍」。寺院建立のため羅漢さんたちが自ら設計図を引き、大工仕事をしているなかなか興味深い図である。
81
90幅:「七難」という外題。中でも8182幅の「震」は一信自身も経験した安政の大地震を描いていて、身につまされる。
91
100:須弥山を中心とした東西南北の島(=洲。ここの外題は「四洲」)の様子が描かれている。

続きを読む "わかりやすく面白い「五百羅漢」展"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月25日 (土)

2度見ても楽しくてほろり:「淋しいのはお前だけじゃない」

624日 「淋しいのはお前だけじゃない」(赤坂ACTシアター)
この芝居のもととなったテレビドラマで獅童さんの役をやった西田敏行さんが見にきていた。私の席の2列前、斜め後ろから時々見えるお顔はテレビのまんま(当たり前か)。「ナイトスクープ毎週見ています」って声かけたらにこにこしてくれそうだったけれど、人見知りな私は声かけられず。

さて本題。先日見てもう一度見たいと思ったのは、単に出演者や大衆演劇の魅力が楽しかったからではない、ということに遅まきながら気づいた。
目標をもって生きる――その姿勢に共感して感動したからだ。プロの座長が率いるとはいえ、まったくの素人集団が客を呼べる劇団に成長する。借金という動機があったにしても、みんなが同じ気持ちで(と、4人は思っていた)一つのものを作り上げていく喜びが生き甲斐になっていく過程が楽しかったのだ。そのいっぽうで、4人を騙すことになった沼田がいる、座長親子がいる。この3人だって、その喜びは当然感じていただろう。
騙していたことが4人にバレた時、座長は見事に開き直った。このしたたかさが冷酷な親分(切羽詰って道を失った人間の顔を見るのが何よりの喜びだとほざく)の愛人でもあった、そして親分の元を去った強さでもあるのだ。親分の許を去るに当たっては命を賭した覚悟が必要だったであろうに、平然と自らの姿勢を崩さないこの座長は女として見事かも。前回はその孤高の姿勢がイヤな女だと思わせたが、今回は逆にそれがこの女性のよさなのだと考え一転。しかしあの姿勢は虚勢なのか本当なのか。本気で演じればウソでも本当になる――座長自身そう言っているのだ。でも沼田の本心に触れた座長の気持ちの動きが今日の草刈民代さんからは伝わってきた。
前回の感想で触れなかった小松和重さんは飄々とした持ち味が心和ませ、奥田達士さんは声がすご~く素敵だと思った。
平成の良太郎こと大川良太郎さんはやっぱり劇中劇になると獅童さんと並んでカッコよさが目立つ。西方役の佐々木喜英クンは獅子の毛振りがとてもきれいだったが女方は形がもうひとつだった(顔はきれいなのよ)。そういう意味では女方役者という役の平岡祐太クンはちょっと気の毒だったかも。そうしてみるとさすがに歌舞伎役者、獅童さんの女方はちゃんと女方になっている。岩藤とか八汐とかやらせてみたいなあ。とにかく獅童さんはやっぱり着物が似合うのよ。ロッカーなんかもカッコいいけれど、私としては歌舞伎でもっともっと活躍してほしい。この芝居見ていたって、獅童は歌舞伎役者だって思うもの。
肩がこらず、楽しめる芝居に拍手喝采、「よろずやっ」の掛け声も嬉しく、また押し付けがましくない感動場面では泣いている若い女の子が何人もいた。私もぽろぽろ。

続きを読む "2度見ても楽しくてほろり:「淋しいのはお前だけじゃない」"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月24日 (金)

月曜日「いいとも」テレホンは愛之助さん

ちっとも食欲わかないけど何か食べなくちゃ、とのお昼どき。テレビをつけたら「いいとも」のテレホンで次のゲスト紹介のタイミングだった。
おお、らぶりんじゃんsign03
今日のゲスト河村隆一(ずいぶんふっくらしちゃって、誰だか全然わからなかった)が電話すると、出たのは女性マネージャーさん。らぶりんは舞台があと1分ほどで終わるところです、って(うんうん、今頼家と重保が泣いているところよ)。
じゃあ待ちましょうということになったが、なかなか舞台は終わらないみたい。そこでCM。さすがにCM明けには電話口にかけつけたらぶりんが「いいとも~」。
とうわけで月曜日のテレホンは片岡愛之助丈です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

迫力、ユーモア、優れたデザイン性:国芳展

623日 「歌川国芳」展(太田記念美術館)
前期後半に駆け込み(前期は26日まで)。月イチの墓参で汗びっしょり、疲労も強かったけれど、今日しかないと頑張って足を伸ばしてよかった。
太田記念美術館は初めて。展示は1階(第一会場、第二会場)と地階(第三会場)に分かれている。普段は靴を脱いで上がるらしいが、今回は混雑のため靴のままでよい。ただし、1階の最初に展示されている肉筆(!!)は畳敷きなので靴を脱ぐ。膝を折って鑑賞するのもまたいい感じがある。
①肉筆画 一部をご紹介。
「欲後美人図」:暑い夏の風情を描いているのに、大汗かいたあとの全身がスッキリするような涼やかさ。ツバメのとまっている釣忍が効いている。
「助六出端」:歌舞伎ファンにとって嬉しい作品。傘をすぼめたこの助六に、花道でわくわくさせてくれるあの期待と興奮がそのまま感じられる。これ、ほしいわ~
「月岡芳年画 歌川国芳像」:国芳の13回忌に出された作品だそうで、優しさに溢れている。猫好きの師匠が淋しくないようにと足元に猫が1匹…。ぐっとくる。
「五姓田芳柳画 歌川国芳肖像」:説明に「かなり美男子に描いている」とあったので思わずクスリと笑ってしまった。国芳は自分の顔は描くことがなかったそうで、確かに本人が入っている作品では後ろ向きになっている。で、弟子たちが描いた死絵で国芳の顔を知ることになるが、この国芳も優しい顔をしている。ちなみに国芳は平顔で「ヒラヒラ」とあだ名されていたそうだ。
②武者絵
むか~しの(たとえば父が子供の頃)冒険小説の挿絵を見ているような昂揚感がある。と言うのもおかしな表現だが(だって、国芳のほうが先なんだもの)。
力強く、英雄たちが生き生きとして目の前で彼らの戦いが展開されているような臨場感に満ちている(そんな表現では納まらないな。なんだろう、画面から人物が飛び出してきそう。爆発している。う~ん、うまく言えない)。「水滸伝」のカッコいい人物に当時の人たちが触発されて総刺青が流行ったというのも頷ける。
国芳のすごいところは、大判の錦絵を3枚続きにしているところ。これによって1枚ではおさまらない迫力と物語性がぐっと増す。縦に3枚続く「吉野山合戦」には思わず「おお」と感嘆の声をあげそうになった。
それからもう一つすごいと思ったのは、硝煙の描き方。合戦というと刀に弓矢という意識でしか見ていなかった私は、そうかあの時代もう鉄砲はあったんだなとあらためて認識したし、硝煙に包まれる武将の姿に感動してしまった。
もう一つ、大勢の兵士など人物の表情がみんなそれぞれ違うのよね。

続きを読む "迫力、ユーモア、優れたデザイン性:国芳展"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月23日 (木)

よう参られたり、中村屋

勘三郎さんが昨日のコクーン夜の部に大星由良之助役で飛び入り出演したことは、今朝の新聞にも大きく報道されていたが(東京新聞はけっこう大きな扱い)、23日以降の出演は未定になっていた。
でも、今日昼の部も出演されたそう。
昨日の出演は本当に予告なしの飛び入りで、「よう参ったり、数右衛門」のセリフに、気づいた観客から拍手と「なかむらやっ」の掛け声が上がったそう。体調も回復したら、きっと出たくて出たくてたまらなくなっちゃったんだろうな、勘三郎さん。
私の観劇予定は千穐楽なんだけど、これからもずっと出演されるのかな。ラストがどうなるのか、すっごく楽しみ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2カ月待ってた勝利

昨日の福岡戦は自宅でテレビ観戦。
直輝、マッゾーラが先発だっていうのでスタジアムに行けばよかったかなあ、なんて思いもなくはなかったけれど、当日急にというのは難しい。
直輝、閉じ込められていた狭い空間から外へ飛び出した解放感、喜びが溢れるプレーだった(どうして今まで閉じ込めておいたのよannoy)。マッゾーラはまだかみ合っていないところもあるけれど、前回みたいにいらいらせず、ボールをもつと何かやってくれるかなという期待は私の中からまだ消えていない。ゴールが決まらなかったのがとても残念。
そして特筆すべきは公式戦初出場の小島秀仁。なぜ、こんないい選手を今まで隠していたの?annoy
梅ちゃんの出場はなかったけれど、先発をはずされたエジが珍しくいいプレーをした。いつものヘラヘラ笑いが顔になかったところを見ると、真剣に戦っていたことが伝わる(いつもは真剣じゃない、ってことかannoy)。あんまり好きじゃない柏木もアシストしたし。マルシオのゴールも素晴らしかった。啓太も大事な1点目をよく入れたね。
こうしてみると、一部の選手がこれまで真剣に戦っていなかったのではないか、やっとここにきて危機感を覚えたのか、と腹立たしい思いもする。
相手が今季1勝もしていない福岡ということもあり、これで今後のレッズを占うわけにはいかないが、ひょっとしたら負けて転落確実・監督クビかと思っていた一戦、まずは勝ったことを素直に喜ぼう(ひとつ勝てば降格圏からだ脱出できるんだねえ)。次はアウェーで名古屋戦。ホームでは快勝だったが、相手も連敗はしない心意気だろうし、名古屋のホームだから簡単には勝てまい。でも若手の力、「魅せる」レッズを期待しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月22日 (水)

獅童と大衆演劇の魅力全開:「淋しいのはお前だけじゃない」

621日 「淋しいのはお前だけじゃない」(赤坂ACTシアター)
11062201sabioma 楽しくって楽しくってほろりときて、獅童さんの魅力と一座の空気にコーフンして千穐楽にもう一度と思ったら演舞場と重なり断念。それでも勢いのついてしまった私は、見たい見たいという友人に付き合って別の日を取ってしまった。
これって、30年ほど前に非常に好評を博したテレビドラマ(略して「さびおま」ですってsmile)だったそうで、獅童さんなんかも子供の頃夢中になって見ていたそう。でも私は全然知らなかった。だからまったく何の予備知識もないまま劇場へ。
開演前、なんと懐かしい朱里エイコ「♪北国行きで」が流れているではないか。その後も北原ミレイ「石狩挽歌」、平浩治「バス・ストップ」等々。ついつい口ずさみたくなる。
そうこうしているうちに、突然前方下手座席から携帯で喋りながら男性が立ち上がった。え? おお獅童クンだっ。気づいた観客の拍手を受けながら舞台に腰掛け、客に話しかける。芝居が始まっているようないないようなで、最前列のお客さんが何か獅童さんに声をかけたらしい。「個人的に話しかけられるとどきっとする」って獅童さん苦笑。どうやらシャープになったと言われたようだ。「10キロやせたんですよ」(苦労したらしいけど、羨ましい)
「これからお見せする芝居は昭和のお話。まだ人情が残っていた時代のお話です。あ、ボク沼田薫です。みなさんにひとつお聞きします。道端に100万円落ちていたらどうしますか? 今どうしても100万円必要だけどどうしても工面できない。そんな時に100万円が落ちていたら…」
近くにいたお客さんの答えは「警察に届ける」。
「そう、それが正しい。正しい行動を取るためには、それをあらかじめ決めておくこと」と獅童、いや沼田薫。この言葉が後で効いてくる(どう効くかはネタバレするから言えない)。
前置きが長くなってしまった。
沼田薫は大手サラ金の下請けで貸し金業を営みながら借金の取立て屋もしている。親分はこわ~いそのスジの人。この親分は声だけの出演の西田敏行(30年前のテレビドラマで沼田を演じた)。姿を見せないのが逆に効果的で存在感たっぷり、葉巻でも咥えてふっかふかの肘掛け椅子に腰を沈めている様子が目に浮かぶよう。ただ、沼田との最初のやりとり(ここは沼田と親分が対峙している)はセリフのタイミングが今ひとつだった。後に電話でのやりとりがあるが、そちらはきれいに決まっていた。
沼田の取立ての場面が面白い。相手は4人。同じ舞台のあちこちに4人がいて、ライトの当たったところへ沼田が駆け寄り、取立てる。おかげで獅童さんはあっちこっちへと走り回って汗びっしょり。
沼田はある事情から、親分の元愛人と息子を救うため2000万円の取立てを受けることになる。取立て屋が取立てられる側にまわったわけだ。月に138万円(だっけ?)もの利息を払わねばならない沼田は大衆演劇の一座を立ち上げることにする。親分の元愛人である花村月之丞座長(草刈民代)とその息子市太郎(平岡祐太)を中心に沼田から取立てを受けている4人を座員として。
この利息を取立てるためこわ~い親分が寄越した監視役・西方完二(佐々木喜英)がまたこわ~い。完全にイッっちゃってる目をして冷酷なことこの上ない。ところが、毎日一座の芝居を見ているうちに、きっと嵌っちゃったんでしょうねえ。ある日、一座の花形である市太郎がフテくされて舞台に穴をあけ、その代役として舞台に立ってしまうんである。それも女方で(佐々木クンもイケメンだからね)。そこからの西方の変化がなかなかよく、獅童さんを別格としたら私は佐々木クンの心の動きを見せた演技が一番すてきだと思った。
草刈さんはそういう役なんだろうけど、ちょっとヒステリックなところがなあ…。でも立ち姿はさすがにきれい。舞踊はやっぱりバレエから離れていない感じ(手の動きなんか完全にバレエでしょ)。
座員4人は小松和重、大川良太郎、奥田達士、藤吉久美子。小松さんの一座での芸名が坂東玉二郎smile、大川さんは市川染太郎smile、奥田さんは尾上松之助、藤吉さんは芳沢みなと(ちなみに獅童さんの芸名は嵐熊吉shock)。
4
人の中で大川さんは「劇団九州男」という実際の大衆演劇一座の二代目座長だそうで、この芝居の中でも色男役の大川さん、平成の良太郎と言われているとか。現代劇は初めてなので喋り方が難しいと言っていたそうだが、確かに大衆演劇のにおいの感じられる喋りだったわ。でもとても生き生きとして楽しそう。
ほんと、大衆演劇って楽しい。実はこの日、出かける準備をしながら古くてゆる~い2時間ドラマを見ていたら、たまたま大衆演劇の一座で起こった殺人事件の話だったのよ。その時は「さびおま」のことなんか全然意識していなかったのだけど、親が息子をきびしく仕込む様が描かれていて、そうしたら「さびおま」の一座でも同じような場面があって、偶然の一致にちょっとびっくり。
このお芝居では芝居場面よりも舞踊が多いのだけど、そこでかかる歌謡曲がなんともいいのよ~(後学のために一度大衆演劇を見たくなったけれど、よくテレビで見るあの空気を思うと敷居が高いし、ひょっとしてはまっちゃったらこわいし…だって、リピートすること自体危ないじゃないbleah
二幕目の最初は獅童さんが女方で「むらさき小唄」(八代亜紀)を踊り、そのまま平岡クンのエレキギターで「江戸の黒豹」(杉良太郎の歌)ロックバージョン。早替りでロッカーになったボーカルの獅童さんがカッコいい。女方はちょっとゴツさもあるけれど、意外ときれい。

続きを読む "獅童と大衆演劇の魅力全開:「淋しいのはお前だけじゃない」"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月21日 (火)

雅叙園で「わが心の歌舞伎座展」

目黒の雅叙園百段階段で「わが心の歌舞伎座展」が開催されるそうだ。
7月8日(金)~8月7日(日) 10:00~18:00
詳細は→ココ

雅叙園そのものは個人的にちょっとした縁があり、今月はじめにも行ってきた。スゴい趣味だなあと呆れながらもそれを楽しむ自分coldsweats01
そして百段階段は猿之助衣裳展が行われた場所でもあり、今度はどんなふうに展示が行われるのか楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カリミニウム

11062101ajisai
母の施設で。
紫陽花の色は土壌のpHだけじゃなくて、アルミニウムイオン量にも左右されるそうだ。色を決定する要素には他に紫陽花自体のもつ補助色素などもあり、単純にpHとアルミだけではないのだけど、タイトルはおバカなオヤジギャグと笑って見過ごしてください。

続きを読む "カリミニウム"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月20日 (月)

こんなン買いました 2

11062002pencut_3   

11062003pencut

11062004pencut_2
筆箱で持ち運べるハサミhappy01  その名もペンカット。 
こういう<便利文房具>の情報が入るとすぐほしくなってしまうcoldsweats01
製品の詳細は↓

続きを読む "こんなン買いました 2"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月19日 (日)

新しい歌舞伎座ができたら②

2日前「新しい歌舞伎座ができたら」というエントリーで大谷会長のインタビュー記事の内容をご紹介しましたが、あれは超要約バージョンで、今日の東京新聞にもっと詳しいお話が出ています→ココ
我々観客が関係する部分はもちろん大事ですけれど、役者さんの楽屋に外光をできるだけ取り入れるというのが嬉しいhappy01 公演中はほとんど日光に当たることもないであろう役者さんの健康を心配しているんですもの。化粧や衣裳の色に影響が出ない範囲で日光を少しでも浴びられるといいなと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梅崎復活ゴールも…

618日 vs 清水エスパルス(@埼玉スタジアム、1803キックオフ、31,921人)→13で敗戦
11061901vsshimizu 11061902vssimizu
これまでたった1勝、それでも負けない試合が続いていたが、ついにホームで敗戦…出口はどこにある?
前回の528日も雨、今日も雨。折畳みじゃ濡れるかもと一番手前にあった傘を持ち、あとでふと気づいたら、なんとエスパルスカラーの傘だったわbearing
東川口駅でほどよい地下鉄を待つつもりでいると、ただでさえ節電運行なのに電車が7分も遅れて、ウンザリしたwobbly(遅刻の心配はなかったけれど)。
今日は1人で観戦(あとで仲間と合流して飲み会)。座席はバックロアーの一番後ろ、天井が大画面をふさいで見えない位置ながら南北のだいたいセンターあたりで通路際だったし、非常に気楽に観戦できた。ただ選手の顔は小さすぎて見えない。
試合前、マコさまheart04(日本代表キャプテン長谷部誠)が大画面に写り、きゃぁ~っと盛り上がる。ちょっとテレくさそうなマコさまだったけれど、風格が漂っていたなあ。
清水は小野伸二、高原直泰と2人の元レッズ選手が先発。あらアレックスも。じゃ3人もレッズOBが出てるのねと思って大画面で顔を見たら全然違う。ふ~ん、ずいぶん顔変わっちゃったなぁeye そうしたら、アレックス違いで、後で仲間に笑われちゃった(レッズにいたアレは今は名古屋にいるらしい)。
面白いことに清水のキャプテンマークが伸二→高原→永井(後半77分高原に代わって出場)と元レッズの選手でまわっていた。あの時代のレッズをまだ引きずっているところのある私はこの3人と再会できて嬉しかったけれど、伸二の時代は終わったなと思ったしweep、永井にもあまり存在感がみられなかった。高原が1点決めたのはレッズに対する意地だろうか。
さて、相手のことより我がレッズ。
なぜ、坪井を前半に交代させたのだ? この交代で直輝の出番がなくなってしまった。
後半梅ちゃんがゴールを決めた。コーフンした。立ち上がって「きゃぁupwardright わ~upwardright」と叫んだ。
マッゾーラは相当イラついていた。そのイラつきがいいところを消していたような気がした。マッゾーラは後半相手が疲れてきたときの切り札らしいが、前半から使ってもいいんじゃないの?
2
0からのせっかくの梅ちゃん復帰ゴールで追いつくかと期待したのに清水ボスナーに本日2度目の強烈なFKを決められ、これがダメ押しとなってしまった。試合終了後はブーイングの嵐。しょうがないよね。
このままじゃ転落まっしぐら。打つテは監督交代のみ、と今は思う(だいぶ前からそう思っていた)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月18日 (土)

6月演舞場昼の部再見②:「頼朝の死」「石切梶原」

616日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
「連獅子から」最初に戻ります。「連獅子」で書き忘れたけれど、舞台写真が出ていました。
「頼朝の死」
あまり間をおかずに2度見たことで、この芝居に対する理解が少し深まったような気が自分ではする(ほんとかな)。
これまで私がこの芝居をあまり好きでなかったのは畠山重保の苦しみが、罪の意識を内へ内へと向かわせて自分で出口をふさぐ重さのせいだった。しかし今回、不思議なことに重保と頼家の苦しみが同等に感じられた。
頼家の苦しみは自分のアイデンティティが認められないところにある(と思う)。つまり、「上さま」と祀り上げられてはいてもそれはあくまで形の上でのことであって、自己は鎌倉幕府に呑み込まれている。「生まれながらの将軍」であり、自分で裁決したい頼家の「自己」など鎌倉幕府にとってみればむしろ邪魔なものだったのかもしれない。そういう頼家の苦しみがあちこちにみられるではないか。だから、新熊野と羽黒山の別当の所領争いに乱暴な線引きをした頼家の気持ちがわかる。死者の位牌を奉ってどうする、生きていた父を慕う心は何人にも負けぬという言葉が染さま(もう染ちゃんじゃないね)の口から出るととても現代的な感じがして、ここにも頼家の自己主張が表れているように思われる。
一方の重保の苦しみの根もまた、自分を殺して源家(イコール鎌倉幕府なのか)に呑み込まれねばならぬところにあるのではないだろうか。罪の意識も真実を露わにできない苦しみも、個人の次元にないからつらいのだ。
互いに「個」を消されるつらさに身もだえしているのではないだろうか。染五郎・愛之助の演技が現代性を感じさせるからそんなことを思ったのかもしれない。
だとすると、時蔵さんの政子の毅然とした態度にも広元の頼家に対する表情(こいつ、わかってないなあという諦めのようなものが感じられた)にもそこへ通じるものがあるような気がする。ただ、政子にはまだ釈然としない部分もあるんだわ…。
真山青果は役者さん方お好みのようなので、また近いうちにこの芝居が見られるかもしれないから、その時にもう一度考えてみよう。
そうそう、重保二度目の登場は花道から将軍寝所への出になるが、この時チャリンは鳴らないのであった。
「梶原平三誉石切」
今回は少々沈没してしまった。
最初、浅葱幕が振り落とされる前に真ん中で割れて段四郎さんが見えてしまった。なかなか幕の真ん中が閉じないのでちょっとハラハラした。
花道近くの席だったので、役者さんの出と引っ込みを堪能した。歌六さんは芝雀さんを家に帰すとき、もう死を覚悟しているので娘を案じながら別れを告げている様子が切なかった。
平三が石を切るところは「えいっ」というわけでもなし、何となく切れていたという感じだった。後ろ向きで切るからかもしれない。
ま、でも最後笑顔で終われるところがいい。けれど…本当は平三さん、自分がこの刀をほしかったのよね。もちろん六郎太夫を救うためではあったのだけれど、吉右衛門さんの表情には何となくそんなウラが感じられたゾsmile

舞台写真、私は仁左様と千ちゃんの2ショット写真を2枚(狂言師と獅子)、時さま・染さまの美しい「かさね」を1枚買ってしまった(写真はなるべく買わないようにしようと思ってるんだけどね)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月17日 (金)

新しい歌舞伎座ができたら

東京新聞本日朝刊記事。
松竹の大谷信義会長への単独インタビューだそうです。
・新しい歌舞伎座の杮落とし公演は、1日、1月単位、あるいは年単位などの組み合わせを考えている。
・杮落としの頃には東日本大震災被災地の復興も軌道にのっているはず。被災地での興行など何らかの貢献をしたい。
・新しい歌舞伎座は周辺の街が江戸情緒の賑わいがある和風テーマパークになるようにしたい。中央区や町内会とも相談している。
・海老蔵については、将来の團十郎になるというファイト、気構えをもってもらいたい
というようなことを語られたようです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

6月演舞場昼の部再見①:「連獅子」--見事な役者魂の千之助

616日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
演目順は最後だけれど、感動さめやらぬ「連獅子」から。
「連獅子」
復習というか予習というか、15日のNHK「いっと6けん」で仁左様と千ちゃんを見て、もう涙涙。仁左様の千ちゃんにかける思い、千ちゃんの仁左様への憧れ、それをちょっと羨ましそうに見守る孝太郎さん。
2
人の稽古を見つめるのはラブリン。仁三郎さんが千ちゃんの世話をする。
「ボクが一番求めているのはお客さんが興奮して見られること。その目的を達成しながら11日頑張っていきたい」
これ、仁左様の言葉ではない、ふっくらと優しいお顔立ちをした千之助クンの言葉なのだ。11歳にしてなんと立派な役者魂か。もうスターだ!!
千ちゃんが舞台に現れると「千之助」の掛け声。観客である私は実際の舞台を見て興奮どころか感動して感動して涙が止まらない。きりっとした動き、きっちり決める美しさ。側転もきれい。獅子姿で一度登場して後ろ向きに花道を引っ込む姿も凛々しい。この場面は千ちゃんに限らずいつも長い毛先によく足を取られないものだと感心するのだが、千ちゃんは両足の中に毛先を挟みこむようにしていた。千之助クンの踊りを見ていると、先の言葉が口先だけのものでないことがよくわかる。そこに感動が生まれるのだろう。
初日は千ちゃんへの心配りで緊張がみられた仁左様も今は安心して千ちゃんとの踊りを楽しんでいるよう。仁左様はこの演目のために狂言師右近の衣裳を新調したが色が気に入らない。最後まで迷った末、初日は古い衣裳を選んだ。ということを「いっと6けん」で知った。今日の衣裳も古いほうだったみたいだ。素人にはよくわからないちょっとした色の違いなんだろうが、この先再演があるかどうかわからない千ちゃんとの「連獅子」に懸ける仁左様の意気込みが感じられる。
仔獅子を足で蹴る場面(きっぱりしてカッコいい。一見冷たいようで親心を感じる)、谷に落ちた仔獅子を心配して上から覗きこむ場面、ここに役者仁左衛門の芝居のうまさが現れる(そう、ここは「芝居」になっているのだ)。毛振りの回数は初日より増えていたかも。でも回数なんてどうでもいいのだ。67歳にしてこれだけ瑞々しい親獅子を見せてもらえただけで幸せ。
錦之助さんと愛之助さんの宗論も楽しく、2人の芝居のうまさ、踊りのうまさ、明るさ、そして華がスーパースターの去った舞台を盛り上げる。
傳次郎、傳左衛門兄弟の鳴り物はやっぱり迫力がある。石橋モノにはこの2人は欠かせないと思う。
あ~、演舞場に幕見がないことが残念で仕方ない。
残念といえば、7月松竹座「江戸唄情節」の舞台稽古、見られないcrying こんなチャンスめったにないのに、翌日海老蔵の初日を取った私にはこのスケジュールは無理だわweep
「江戸唄情節公開稽古」:7月1日12時~(所要時間3時間以上)。松竹座2階、3階席のみ。チケットは本日発売でしたね。
 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2011年6月16日 (木)

皆既月食はGoogleで

今日午前3時22分から7時2分まで皆既月食だったそうだ。そのニュースは事後に知ったし、事前に知っていたとしても昨夜のお天気はどうだったんだろう。
で、本物を見ることは残念ながらできなかったけれど、Googleのロゴが今日は面白い。ぜひ一度アクセスしてみて(^^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

GGRアフタートーク

614日 GGRアフタートークショー(銀河劇場)
GGR
は「グレンギャリー・グレン・ロス」のこと(我々レッズファンにはGGRというと別の意味)。
終演から約10分、ぴあの人(お名前失念)を司会に、青山真治監督(映画監督で、今回舞台の演出を初めて務めた)、三津五郎さん、石丸さんのトークが始まった(以下、再現しますがそれぞれお名前は最初の文字のみで省略します。またそれぞれの発現は要約です。多少意味がつながらないところがあったとしたら、私が聞きそびれたと思ってください)
司:(青へ)演出はルーキーですね。5ステージ終わった感想は?
青:楽しくて楽しくて。
司:どんなふうに?
青:映画の本番を毎日かけている感じ。
司:(三へ)歌舞伎と違うアウェイ感はあるか?
三:アウェイ感はない。49年間歌舞伎で培ったものはほとんど要らない。30年間翻訳モノはやらなかった。セリフ覚えはいいほうだが、これには苦労した。今日になってやっとまともになったという感じ。
司:セリフが多いし、しかも汚い。
石:台本を最初に開いた時、気持ちいいか恥ずかしいかどちらかだと思った。いざ音にすればどうということはない。
司:「クソ」というセリフは全部で64回。そのうちレヴィーン(三津五郎さんね)27回、ローマ(石丸さん)21回。2人で75%。乱暴な言葉を舞台で言うのは快感?
石:それはない。ほかの言葉にすればいいのにと思う。(ローマは)ストレスが溜まっているのだろう。自分は日常こういう言葉は使わないようにしようと思った。
司:歌舞伎の視点ではどう?
三:歌舞伎は汚い言葉も殺しも美学に変えていく。この芝居はストレートに出す。それが客にファンタジーになればいい。歌舞伎は日本人の情緒の世界。言葉のないところに万感の思いを含ませる。この芝居は正反対。もっと汚くならなくては。
司:ファンタジーというのはどういうこと?
青:普段絶対使わない言葉。肉を食わない民族が肉を食う民族をやることにより、最終的に演技がのぼりつめた時にふわ~というものが出てくるはず。万感の思いに近づくことができる、汚い言葉の果てに。
司:ローマから見たレヴィーン、またレヴィーンから見たローマは?
石:レヴィーンより後にオフィスに入っているローマにとって彼は乗り越えようとする存在。食い甲斐のある存在。だけど、この後レヴィーンがいなくなったらショックでしょうね。
三:レヴィーンはローマに篭絡されている。ローマを罵倒する言葉はレヴィーンには全然ない。ローマは人の面の皮をかぶっている。

続きを読む "GGRアフタートーク"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月15日 (水)

グレンギャリー・グレン・ギャロス

614日 「グレンギャリー・グレン・ロス」(天王洲銀河劇場)
以前スタパで三津五郎さんがアメリカ人の役をやると言っていたのを聞いて以来「見なくっちゃ」と思っていたのがこれ。映画「摩天楼を夢みて」は見ていないので先入観も予備知識もまったくなし。
最初は石丸さんがサックスを吹きながら通路から登場、舞台に消えると場面はシカゴの中華料理店になる。不動産会社セールスマンのレヴィーン(三津五郎)が支社長のウィリアムソン(今井朋彦)に取り入って客ネタを手に入れようとしている。
そうそうこの芝居を見る前に読んでくださいという1枚が開演前に手渡されたチラシ群の中に入っていて、それには「戯曲の背景」が書かれてあった。作者のデヴィッド・マメット自身が1969年に勤めていた不動産会社での経験に基づいた作品であること、その会社はアリゾナやフロリダの未開発地をシカゴ市民に詐欺まがいに売りつけていたこと、宣伝につられて資料請求してきた人たちの情報(収入やセールスへの乗りやすさなど、これがすなわち客ネタ)をセールスマンに割り振るのがマメットの仕事であったことなどが書かれている。芝居に登場する4人のセールスマンのうち成績の悪い2人はクビになるんだって。そういう土地商法や詐欺商法は、日本でも問題になったなあと思い出し、それが自分の耳を塞いでしまったのだろうか。強烈なセリフがぽんぽん飛び出してきたとたん、私はセリフがほとんど聞き取れなくなってしまった。それからはぼんやり中華料理店での3組の会話(①レヴィーとウィリアムソン、②同僚セールスマンのモス=「ちりとてちん」のあの加藤虎ノ介とアーロナウ=大鷹明良、③やり手セールスマンのローマ=石丸幹二と気の弱そうな客リンク=テイ・龍進)を聞き過ごす。熱弁であればあるほど聞き取れない。悪徳商法で働くセールスマンにも夢や生活があるってことにどうしても同化できない。つまり私は、そこに気を取られすぎ、ギリギリのところで凌ぎを削る男たちの心に入り込んでいけなかったのだ。だからこの芝居を深いところで見ていない。それは、自分としてもとても残念で、もう一度見れば考え方を変えてもっと奥まで見ることができるのかなあ、と思う気持ちがある。
いっぽう休憩なしでの後半はがらっと変わってとっても面白かった。

続きを読む "グレンギャリー・グレン・ギャロス"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月14日 (火)

こんなン買いました 1

11060801tumekae
気に入ったシャンプーになかなか巡り会えず(THANNが一番好きなんだけど、高くて)、ポンプ式のを買ってきては「これもダメ」とほったらかしで容器ばっかり増えるので、前から欲しかった↑を買った。
「詰め替えそのまま」
って、まんま、まったくストレートなネーミングだわbleah
シャンプーをぷにゅぷにゅ押し出す感覚が牛の乳搾りみたいで何となく面白い。

続きを読む "こんなン買いました 1"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月13日 (月)

海老蔵効果の7月演舞場

本日第3弾dash
昨日一般発売になった演舞場7月は、午前中電話がパンク状態だったそう。初日昼の部なんか10分で完売だとか。
昨日午後はまだアキがあった昼の部は今見たら全部「空席なし」(昨日友人に、「行く気があるなら早く取ったほうがいいよ」と勧めておいてよかった)。
ゴールド発売日には意外に楽勝だったので甘くみていたけれど、久々の活気はさすがに海老蔵効果だね。海老蔵にかかるプレッシャーもそれだけ大きいはず。でも海老蔵らしさを失わず、オーラで劇場を包んでほしい。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

御園座&国立10月公演

国立劇場と御園座の10月公演が俳優協会のニュースにアップされた。
国立のほうは、だいぶ前に国立のHPで告知されていたのを見たけれど(ブログに載せていなかったcoldsweats02)、御園座は今日が初めて。

御園座:10月顔見世で又五郎・歌昇襲名披露公演。1日~25日。吉右衛門、梅玉、福助、海老蔵、染五郎、三津五郎、團十郎と出演者もさすがに豪華。

国立劇場:国立劇場開場45周年記念公演で演目は「開幕驚奇復讐譚」。例年初春公演に行われる菊五郎劇団の復活狂言が今回は10月になる(3~27日)。ちなみに国立は11月(3~26日)も藤十郎さんらによる「日本振袖始」と「曽根崎心中」が決まっている。
10月国立は通っちゃうぞぉdash

| | コメント (0) | トラックバック (0)

浅草、川風情

11061302asakusa
重機に注目。
11061301asakusa
11061303asakusa
スリーショット(見えるかしら?)
11061304asakusa
そして私はcoldsweats01
6月8日の浅草風情でした(ちょっと古くなってしまいましたcoldsweats01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月12日 (日)

震災3カ月目の光明真言:奈良西大寺声明公演

611日 西大寺声明公演午後1時の部(国立劇場小劇場)
11061201biwa 昨日は震災からちょうど3カ月目。あらためて亡くなられた方たちのご冥福をお祈りし、被災された方々にお見舞い申し上げます。
奇しくもこの日が西大寺の声明公演にあたり、その一部(午後4時の部は残念ながらパス)を拝見できたことで多少なりとも祈りを捧げることができたかなと思う。
声明公演は例年大劇場で行われるが今年は小劇場。舞台上手には「為東日本大震災犠牲者供養菩薩也」と書かれた木の塔婆が立てられており(「為」の上に5文字あったが、サンスクリット文字なのか、読めない)、ちょっと胸に迫るものを感じた。
「門徒規式」
幕があくと中央に西大寺復興に力を尽くした叡尊師の細密画(だと思うのだけれど、自信ない)の掛け軸が下がり、右側にお坊様がお1人、左側に6人。6人のお坊様は平伏しては立ち上がってお辞儀を繰り返す。膝の悪い私はそれだけでも大変なことだなあと思ってしまった。やがて右側のお坊様が何かを読み始めたが、ほとんど聞き取れなかった。それが西大寺一文諸寺の規式であったらしい、そしてこの儀式が「門徒規式」であったとわかったのは、そのお坊様が後で西大寺と光明真言についてのお話をされたから。
門徒規式は本来なら4050分かかるそうで、今回は15分ほどの短縮バージョンで行われたとのこと。西大寺は藤原仲麻呂の乱を平定しようとして764年、時の孝謙天皇が四天王像建立の誓願を立てられ、翌年大極殿西側に伽藍が造られたのが始まりだそうだ。奈良時代は繁栄(お寺でもそういう言葉を使っていいのかしら)した西大寺も平安以降衰退し、すっかり荒廃してしまった。これを再興したのが1201年生まれの叡尊上人であった。90歳(!)で亡くなった後18年には、先に読まれた規式が出来上がっていたという。規式の内容は、諸寺の評定により、後世に伝えなくてはいけないものを決める。
わかりやすいものとして「馬でやってきた者は奈良の町では知病のほかは下馬しなくてはいけない」、「法衣を脱いで一般人が物見遊山しているかの如く見える者がいるがこれをやめること」など、なかなか興味深い内容である。
「開白・総番の作法
休憩の後は「光明真言」の唱誦。光明真言は亡くなった人の魂を鎮めることが込められた願いであるそうで、大震災から3カ月、自分たちにできることは「光明真言」を唱えることであるという思いが伝わる。私も祈る。
「綱維問訊」。1人だけ鼠色の衣と白の袈裟をつけた綱維という役のお坊様が舞台下手から進み出て、上手に坐る長老たちの前で問訊を行うというもの。綱維は五体投地礼を行うのだが、これにはびっくりした。というのも、始めの立った姿勢から徐々に膝を落として地に膝をつけ一礼し、再び元の姿勢に戻るまで、なんと1015分ほどもかけるのだ(どんなにきついか想像してみて)。この間、他の僧侶たちは光明真言を唱えている。膝を折っていく動きより膝を伸ばしていく動きのほうがよほどきつそうであった。歯を食いしばって立ち上がっていく綱維の姿に、被災地を思い重ねる。
この後は「光明真言行道」。光明真言を唱誦しながら僧侶が本堂に見立てた舞台を何周も行道(ぎょうどう)する。行道は一音で一畳分を進むのだそうだ。30分ほどの行道が終わると一同は須弥壇に向かい横一列に並び綱維が一礼し、導師、供師が交替して「開白・総番」は終わった。
「開白・総番」でたびたび演奏された雅楽は普段あまり関心がなかったが、こういう場で聞くとその良さが感じられた。
舞台中央には先の掛け軸はなくなり、須弥壇が設えられている。
勢のお坊様が先も見たような立ち上がっては座って平伏を繰り返す。雅楽演奏の中、導師が入堂される。ここからはあまり動きはなく、「四智梵語」「金剛界」「心略梵語・不動讃」が唱えられる。比較的単調なメロディーながら、耳に心地よく響く(ので、少し眠くなった)。

続きを読む "震災3カ月目の光明真言:奈良西大寺声明公演"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月11日 (土)

役者ブロマイドを楽しむ:写楽展

610日 「写楽」展(国立博物館平成館)
11061101syaraku 11061102syaraku
12
日までの会期になんとか滑り込む。ところが上野へ向かう途中、財布を家に置いてきたことに気づいた。どこかに1000円札の1枚でも潜んでいないかとバッグを引っ掻き回したけれど、悲しいことにビタ一文出てこない。文字通りの文無し。しかし一銭も持ってなくてもパスモのおかげで乗物には乗れるのよねえsmile ま、幸い今日の行動は1人ではなかったため(1人だったら財布取りに帰る)借金をして凌ぐことができたcoldsweats01 チケットは混雑を懸念して上野公園入口で買ったが、意外にも会場に行列はできておらず、すんなり入れた。内部も第1会場は込んでいて、けっこうエネルギーを使ったが、あとはまあまあかな。
さて、写楽展、まさにサブタイトルどおり「役者は揃った。」何しろ、写楽作品146図のうち、展示されないのは4図のみ(メモってこなかったので、何だったか忘れてしまった)だもの。
展示の作品は素晴らしいには素晴らしいのだが、当時(寛政6年=1794年)の役者のブロマイドを見るような楽しさが先立った。今に名前の伝わる役者も名前の途絶えてしまった役者も、こういう人たちが活躍していたのか、と想像するだけで昂揚する。
しかし…。写楽は179475年の間の10カ月しか作品を残さなかったのであるが、その10カ月も4期に分けられる。
1
:デビューの大首絵28作。
2
8月、都座・河原崎座・桐座の秋狂言に取材した作品。大首絵はなく、すべて全身像。大判では1枚に2人の役者(「篠塚浦右衛門の都座口上図」のみ1人)が、細判では1人の役者が描かれている。
3
11月、閏11月、都座・河原崎座・桐座に取材した役者絵、役者追善絵、相撲絵。細判役者絵には背景が描かれるようになった。間判大首絵は背景が黄つぶしに。
4
:寛政7年正月、都座・桐座の新春狂言に取材した作品。連続した背景の細判のみ。
1
期は私たちが写楽というと思い浮かべるあの強烈な印象の役者の顔をアップにした作品群である。当時の衝撃が想像できる。2期に全身像にも勢いが感じられる。しかし3期、4期になると、なんとなく作品がつまならくなってくる。写楽が10カ月で消えたのはその新鮮な作風が失われたからではないかと言われているそうだが、それにしてもどうしてこんなに違うんだろう(1期・2期と3期・4期を見比べると、ほんとに大きく違う)。
これについては「美の巨人」でやっていた謎解きが面白かった。すなわち写楽の正体は能役者の斎藤十郎兵衛であり(ここまでは有力説として既に知られている)、能役者は1年出演すると1年休演する取り決めになっており、十郎兵衛はその休演期間中に制作したのではないか。それ以降の作品に勢いがなくなったのは別人が描いたからではないか。2つの落款――「東洲斎写楽」と「写楽」が――がそれを表している。あくまで仮説に過ぎないんだろうが、ちょっと説得力がある。

続きを読む "役者ブロマイドを楽しむ:写楽展"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月10日 (金)

「雨」初日

69日 「雨」初日夜の部(新国立劇場中劇場)
11061001ame 歌舞伎以外ではよほどのことがない限り夜の部は見ない私が夜見たよほどの理由とは…千穐楽まで待ちきれなくなっちゃったってこと。で日程的に可能な初日は夜の部しかなくて。過去の情報から上演時間は2時間半~3時間と踏んでいたら、なんと18時半開演の10時終演でしたわbearing
青楓さんが見にいらしていた。開演前にも休憩時間にもすぐそばでお見かけして、よほど「襲名おめでとうございます」と声をかけようかと思ったけれど、ご迷惑ですものね。
1幕の途中(7時何分だったかしら)、大きな揺れを感じて場内がざわついた。上の照明などは全然影響なかったが、床がかなり揺れ、冷水を浴びせられたような気持ち。怖くってしばらくは舞台に集中できず「帰りたい」気持と戦うのに必死だった。でも休憩時間に携帯を確かめたら警戒音も入っていなかったし、ニュースにもなっていなかった。


前置きが長くなっちゃった。芝居について感想はたくさんあるんだけど、一応まだ初日だし、ミステリー的な要素も含む芝居なのでネタバレしないよう、軽く(出掛けに急いで書いているので、ちゃんとまとまっていないcoldsweats02)。
芝居は笑いもあり、面白い。前半ちょっと冗長な気がしたが、後半は息を詰めて展開を見守った。東北のパワー、中央政権に対する地方のしたたかさ(中央は地方を守ってはくれない、自分を守るのは自分だまさに「今」である)に小気味のよさを感じる。ただ、見た直後の後味は決してよいものではなかった。しかし不思議なことに時間が経つにつれて、それが少し変わってきたような気もする。この後味をどう消化するかは、千穐楽にもう一度考えたい。
舞台は江戸から山形へ。「たいこどんどん」も江戸から東北へ、だったけれど、内容は全然違う。山形といえば紅花、前に演舞場で「京紅物語」を見たっけと思い出す。また、芭蕉が最上で紅花問屋と絡む話を小説だったかなんだったかで読んだことも思い出す。この産業を守ろうとする地方の心には鼻の奥をつんとさせるものがある。

続きを読む "「雨」初日"

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2011年6月 9日 (木)

7月演舞場チケットぼやき

7月演舞場のチケット、すんなりゲット。海老蔵出演でも、やっぱり歌舞伎熱は全体に冷めているのかしら。あるいはもう海老蔵のオーラもチケットには通じないのか(私も以前みたいに海老蔵1人占め席は取っていない)。
さて、すんなりだったのはよかったけれど、最近あの席(3階B)がぜ~んぜん取れない。座席選択に入るともう既に押さえられちゃっているのよbearing そんなに出遅れているとは思わないんだけどな。というわけで、今月も来月も私の指定席(bleah)はすっかり変わってしまったcoldsweats02
ところで、ちょっと取り方間違えたかも。ま、いいかwobbly

| | コメント (6) | トラックバック (0)

義経にじ~ん、「河連法眼館」:歌舞伎鑑賞教室

6月8日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜~河連法眼館」(国立劇場大劇場)
3
カ月ぶりの半蔵門駅で、国立への階段はどっちだったっけなんて一瞬まごついてしまった。
「歌舞伎のみかた」
緞帳が上がり定式幕が見えてくると、場内に「きゃあ」という黄色い声が起こる。若い!!
さてその定式幕が開くと、舞台中央の桜の木に美しいお姫様がつながれている。隼人・静だ(って、これはすぐにわかったのよね)。そこへ軍兵がやってきて静を連れて行こうとする。「待て~」の声。花道から荒事の忠信がのっしのっしとやってくる。場内どよめく。
忠信が軍兵を蹴散らし無事静を助け出すと幕。忠信、誰?とわからなかったら、なんと巳之助クンだったのね。声がちょっと惜しい。でも意外と線の細さは感じなかったし勇ましくて立ち回りもきれい。
と、いきなり始まった「鳥居前」にみんな興味津々惹きつけられていたようだったが、暗くなると早速あっちでもこっちでもお喋り。そこへ、「歌舞伎の世界へご案内します」という声がどこからかミステリアス(?)に流れ、案内人・壱太郎クンが登場。
まずは花道の解説から。揚幕のチャリンを聞かせたあと、「では、実際に見ていただきましょう」。再びチャリンの音で揚幕が開いた様子。すると場内大ウケ。3階にいる私に何の笑いかがわかったのは少し経ってから。なんと、男女の高校生2人が花道を静々と(?)歩いてきたのだ。「歌舞伎のみかた」で高校生の代表を舞台に上げるのは普通のことだが、花道から登場させたのは初めてではないだろうか。これはちょっと羨ましい経験だぞ(この高校生のうちの男子がなかなかのキャラで面白かった)。
2
人が舞台に達すると義太夫の解説(黒御簾は2人に中を覗かせてささっと流しただけ)。ここも面白いやりとりがあったけど長くなるから省略。義太夫演奏が終わり、義太夫さんと三味線さんのお名前が紹介されると、客席から拍手プラス「ひゅ~ひゅ~」の声。若い!!
それから巳之助・忠信をお手本に見得のお稽古。2人とも客席の笑いを受けながら腰を落とし、腕を広げ、首をぐいっとまわす(この首が難しいのよね)。3人の見得が決まったところで忠信は花道を引っ込んで行った。巳之助クンにとってこの役どころ(忠信も、歌舞伎のみかたも)は勉強になったんじゃないかな。
さて忠信の次には隼人・静が再登場。今度は女方の姿を作る練習だ。高校生男子はアメフトをやってるとかでガタイがよく高校生には見えないほどだから、膝を曲げ、肩甲骨を寄せ、なで肩に落とし、腕を前で合わせる女方はかなりウケた。
そういえば、巳之助クン21歳との紹介に場内が大きくどよめいたっけ。そして隼人クン17歳には舞台の男子「同い年だ」って。言われてみて改めてそうなんだ、と何となく感心する。みんな若い!! 壱太郎クンの20歳に意外にも驚きの声が上がらなかったのは、壱太郎クンが扮装せずに素で出てきていたせいだろう。
高校生2人の感想は、女子「歌舞伎というと遠いように思っていたが、短時間ながら伝統の重みに触れることができてよかった」。男子「歌舞伎っていうと海老蔵さんとか…」で笑いを取った後、「普段できないことを経験できた」と普通の感想でシメ。
最後に壱太郎クンが今日の「河連法眼館」に至る義経千本桜の粗筋をイラストを使って簡単に解説。荒法師のイラストがすっごくかわいくて、フィギュアがあったら買いたいほど。
若い高校生にはほぼ同世代の壱太郎クンの話は親しみやすかっただろう。アドリブもなかなか上手で楽しかった(「先輩ROCK YOU」でもっとたくさん喋ればいいのに)。

続きを読む "義経にじ~ん、「河連法眼館」:歌舞伎鑑賞教室"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月 8日 (水)

鶴瓶×扇雀のスジナシ、間に合った

少し早めに床についた日、たま~に見始めるとすぐに眠くなっちゃってほとんどまともに見たことのない「スジナシ」。
今日のゲストは扇雀さんだというのでとりあえず録画予約した(昨日だと思って「あ~、録リ損ねた」と残念がっていたら、今日だった。間に合った)。
女方の扇雀さんが素の現代劇(多分)で、それも筋なし即興芝居で、どんな演技を見せてくれるのか興味津々。
AM1:25~1:55、TBSです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

腰痛&ストレス対策

11060801walking
11060802walking
11060803walking
11060804walking_2
1日中デスクワークをしていたら腰は痛いし、ストレスは溜まるしで、夕方珍しく1人で散歩に出た。母の車椅子を押している時にはなるべく平地を歩くから、今回は山あり谷あり(?coldsweats01)の道を選んでみた。はじめは腰曲がりばあさんだったが体が温まるにつれて腰の痛みもやわらぎ、背筋を伸ばすことができた。
羊は見るたび数が増えている。ごはんに頭を突っ込んでいるのはベビーちゃんかしら。親はサマーカットhappy01

シミ対策(日焼け止め)を忘れちゃったbearing

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 7日 (火)

9月も大阪行きですか

松竹座9月公演が発表になった→ココまたは松竹座のHP(リンクができないshock
どうしよう…。
行くかも…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

7月演舞場追加配役

7月公演の追加配役が発表になっていた→ココ
あさってのチケット発売を前に迷っている。最初はリピートする勢いだったけど、だんだん1回でもいいかなあと思い始め(大阪に行くし)、今またリピートを悩み出している。
あと2日、考えます。

ところで話は変わるけど、青楓さんの襲名公演はそれぞれの回でプログラムが異なるらしく、詳細が発表されるまで(今月中旬にはHP上にて発表になるようです)チケット予約は待つことにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 6日 (月)

梅雨時に真冬→真夏へ:演舞場夜の部

六月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
夜の部をこんなに早い時期に見るのって私としては珍しい。
「吹雪峠」
登場人物は3人だけという心理劇。超季節はずれの演目だけど、暑さを忘れさせてくれるという意味ではいいかもcoldsweats01
愛之助さんが助蔵初役? この演目は2年前の2月に愛之助・獅童・七之助で(松竹座)見ていて、そういえばあの時はラブリン直吉だったっけと思い出した。
モーレツな吹雪の中、人目を忍ぶ仲である男女(助蔵・愛之助、おえん・孝太郎)がよろよろと今にも倒れそうに登場する。松竹座ではこの2人、花道スッポンから現れたけれど、今回は下手寄りの舞台奥から。実は先に言ってしまうと、最後に直吉がスッポンから去っていく(松竹座ではどうだったか、自分の記録になく、記憶にも…)。ここに何か意味があるのかどうか、私にはわからなかった。
さて2人は1軒の山小屋を見つけ命拾いする。病身の助蔵を甲斐甲斐しく介護するおえん。やっと人心地ついた2人。ここへ1人の旅人が小屋へやってくる。あたたかく迎える2人だが、その旅人こそ直吉(染五郎)であった。そしておえんは助蔵のアニキ分である直吉の女だったのである。不義、偶然の再会、死の恐怖――ここからドラマは思いがけない方向に展開していく。
今回は3階最後列からの観劇だったので、3人の細かい表情がオペラグラスを通してもよく見えなかったが、おえんが口移しで薬を助蔵に飲ませる場面、直吉の表情はむしろ無表情に思えたのに、突然煙管を落とす。それだけ衝撃だったのだろうが、ちょっと唐突なような…。松竹座のラブリンの瞳の奥には燃えるような嫉妬があった。次回、もっと近くでそのあたりを確かめたい。
愛之助さんの助蔵はとてもよかったけれど、突然の豹変がよくわからなかった。獅童さんが豹変したのは「わかる」気がしたのに、愛之助さんの助蔵は誠実そうなんだもの(獅童さんはコミカルで、とにかく笑わされた。それが本人にとって不本意だったかどうかはわからない)。しかし、今思えばそういう誠実そうな人間でも極限状態に置かれたらエゴが表に出てくるということなのかもしれない。ただ、歌舞伎としてはもう少しわかりやすいほうが面白いのではないだろうか。
孝太郎さんは決して美形ではないけれど、おえんに合っていると思った。おえんと助蔵の仲を直吉に決定的に印象付ける場面である口移しのところなど、口の中でよく噛み砕いてさらに白湯を含む姿が色っぽかった。
小屋の中に残された2人は松竹座では大喧嘩、今回は呆然とするのみ。このラストの違いが2人の行く末の違いを暗示するようで興味深い。
染五郎さんがニヒルな感じでカッコよかった。
孝太郎さんと愛之助さんのセリフに、たまにだけど、プロンプターの声が聞こえたような気がしたのは気のせい?

続きを読む "梅雨時に真冬→真夏へ:演舞場夜の部"

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2011年6月 5日 (日)

レタスが咲いた…と思ったら

11060501mustardgreen_2 
マスタードグリーン。少しずつ葉を収穫していたら、先日花が咲いた。
11060502mustardgreen
花を見て「あれっ?」と思った。レタスって菜の花みたいな花が咲くのぉ?
調べたら、マスタードグリーンはレタスじゃなくてアブラナ科だった(和名「セイヨウカラシナ」)。納得。
今の今までレタスだと思っていた私ってcatface

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年6月 4日 (土)

上には上が

今日はあぜくら会で7月のチケットを取り、埼玉芸術劇場の10月公演「アントニーとクレオパトラ」の先行販売に申し込み。さらには7月松竹座のチケットも、と思ったが、手帳が徐々に埋まっていく様を見て、「こんなことでいいのか」と躊躇している(千穐楽は行くって決めてるんだけど)。
あれも見たいこれも見たい…気がつくと月の半分近くは観劇だのなんだのに費やしていることになっていて愕然とするshock
でも、ね、その私が「すごいバイタリティだなあhappy02」と感心するブロガーさんを、私は数人存じ上げているsmile 上には上がいる、というのが自分への言い訳かな(年齢が違うってcoldsweats01bleah
こう書いてきたら、子供の頃の言い訳を思い出した。親になにか咎められると「だって、みんなもそうだも~ん」ってねcoldsweats01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 3日 (金)

演舞場初日昼の部まとめて

62日 六月大歌舞伎初日昼の部(新橋演舞場)
やっぱり初日観劇はウキウキするなあと思った(5月は初日を避けたので)。
ちょっと早めに東銀座に着いて、雨なのでそのまま演舞場に向かったら、前から見たことあるような人が歩いてきた。う~ん、誰だったっけ。と、すれ違った瞬間「歌昇さん?!」 いや、でも1020分頃だったから最初の演目に出演する歌昇さんがそんな時間に楽屋入りするわけないか。どなただったんでしょ。
演舞場入口前ではなぜか静岡朝日放送が取材をしていた。
後日もう一度見るので今回の感想は簡単に(ちょっと分量の多い仕事もあって)。
「頼朝の死」
ついこの間見たばかりのような気がしていたけど、前回上演は去年の10月だから一応半年以上は経っていたのか。
「法華堂門前」の場は非常にテンポが悪かったが、大江広元が登場してからよくなってきた。「将軍家御館」の場でも途中まで何となくぼんやりした印象だったが頼家が重保を問い詰めるあたりから緊張感が出てきて、ぐいぐい引き込まれた。
歌昇さんの広元に懐の大きさがあった。重保が問い詰められている間の鋭い目も印象的だった。
重保(愛之助)は、私は誰がやっても好きになれない。セリフの多い真山青果だからと言ってしまえばそれまでだが、その苦悩のセリフの多さ、泣きの多さがどうにも好きになれないのだと思う。男は黙って苦悩せよ…それじゃあ、芝居にならないか。
では頼家(染五郎)のほうはどうかといえば、こちらはさんざん苦悩を口にしてもそれが理解できるのだから、いやそれどころか同化してしまうのだから私もいい加減なものだ。父親ほどの存在感も求心力もないことを自分でわかっている頼家がいくら自分を主張したくても「家は末代、人は一世」の前にはどうしたって無力なのが何となく身につまされるからかな。染五郎さんにははじめのうち梅玉さんの影が感じられたが、激しさが増すにつれ吉右衛門さんが重なってきた。顔も吉右衛門さんに似て見えた。
時さまの政子はこれまで見た中で一番気性が激しいような気がした。いいかどうかはわからないが、人間臭さが見える政子だ。ただ、小周防が秘密を喋ろうとした時の慌て方はもう少し抑えてもいいのではないかしら。
孝太郎さんの小周防はひたすら重保を慕う様がかわいらしかった。
小周防に従う音羽は小周防より年上だと思うが、先月も「蘭平」で行平夫人で落ち着いたところを見せた梅枝クンが年長者らしさ、さらには侍女としての心を見せていて感心した。
先月、幸四郎一門になった中村紫若改め松本幸雀さんが侍女役で登場。
「梶原平三誉石切」
「石切梶原」がこれまで見た中で一番面白かったのは、みんなが苦しいだけの重いドラマの後だったから、だけでもあるまい(考えてみたらこの芝居も頼朝が絡むお話なのね)。
吉右衛門さんの愛敬(引っ込みがとくに)と大きさ、鋭さがいい。こんな名刀初めて見たと言う梶原の嬉しそうな顔、目利きをした自分を差し置いて試し切りをしようとした俣野をたしなめる貫禄、六郎太夫父娘に対するやさしさ(二つ胴の試し切りでてっきり切られたと思っていた父親が生きていたことを喜ぶ娘を見つめる吉右衛門さんの表情の変化)、この梶原はやっぱり吉右衛門よねえと思う。試し切りの前と石切りの後にさりげなく手指をボキボキやるのが可笑しかった。

続きを読む "演舞場初日昼の部まとめて"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月 2日 (木)

公演情報三連打:大阪、新歌舞伎座9月演目

ココ
勘三郎さん復帰だね。10月25日の鹿児島歌舞伎からって聞いていたけど、これを見ると、一足早い復帰になったみたい。よかったよかった。

それと、やっぱり俳優協会のHPリニューアルされていたのね。昨夜はどうしちゃったんだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

9月演舞場演目

9月演目も発表になっていたのね。チラシは歌昇親子の口上姿のものしかもらってこなかったので(「しか」って書いたけど、このチラシはとても素敵!!です)、詳細は→こちらで。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

8月演舞場演目

発表になりましたねhappy01
110602august
今度はG2が歌舞伎に進出。どんな作品になるんでしょう。
出演は成駒屋と中村屋兄弟+獅童を中心にというところですか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 1日 (水)

日本俳優協会HPも衣替え

今日昼までは変わっていなかったのに、その後時間を置いてついさっき見たらHPがリニューアルされていてビックリ。私はほとんどニュースしか見たことがないのでよくわからないけれど、データベース系も充実してきたような気がする。

あれえ、夜になったらまた元に戻ってる。私が見たのは幻?thinkcoldsweats02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

衣替え雑感

11060101ajisai_2 61日は衣替えというけれど、私はまだヒートテックもフリースも着ている。だって、昨日も今日もうちでじっとしていると寒いんだものcoldsweats02
高校までは制服だったから暑さに対するコントロールが大変だった。夏の制服は小学校が水色の前ボタンワンピース(衿が白くて今思えば可愛い制服だった。でも厚地の木綿であまり涼しくはなかった)に白いピケ帽子。今でも同じ制服を着ている子を見かけるとついつい声をかけたくなってしまうが、怪しまれるといけないので、ひそかに自分の子供時代を思い出しながら眺めるだけcoldsweats01
中学はセーラー服だった。夏は上が白になってスカートも夏生地になる。それでもセーラー服はひどく暑かった記憶がある。
高校は白のブラウスにスカート、夏は上着がない――だったと思うthink なぜか高校の制服にはあまり記憶がない…。
息子や娘も含めて制服と縁がなくなってからは衣替えとも縁がないわね(だからってわけじゃないけど、テンプレートを衣替えsmile)。体感温度の実態に合わせて衣類を管理している。

そうそう、真夏炎天下でも毛糸のベストを着ている女子高生がいるけど、平気なのかなあ。それに真冬でもスカートをう~んと短くしていたり、お洒落のためには暑さ・寒さもガマン? 若いんだなあ。
またまた話は飛ぶけど、この前大雨の中傘もささずに(あるいは傘を片手にさしてそれでも濡れて)自転車通学している高校生を見て、気持ち悪くないのかなあと気の毒がっていたら、その時代はそんなものだと思ってるから多分平気なんだって息子が言ってた。自分もそうだったって。やっぱり若さかなのなあ。
私は小学校へは徒歩通学(片道15分強)していたけれど、今は15分歩くのはけっこうつらい。雨だったらきっともっとつらい。毎日のことになれば今でもそんなものだと思えるんだろうか。う~ん、思えない気がする。トシだなあbearing

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »