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2011年6月29日 (水)

盆の大星

勘三郎さんの登場がお芝居にどういう影響を与えたかについて色々考えていたのだけど、私はあまり負の面については気にならなかった。
ただ、きびだんご様のご感想(→ココ)を拝読してふと思い出したのは、戻らぬ時間が走馬灯のように回る盆の上に大星を見つけたとき、ちょっと違和感を覚えたこと。
で、その違和感は、回っている時間の中で大星を取り巻く時間だけが止まっているような気がしたからだということを、遅まきながら記憶の中から引っ張り出した。
でも、今思うに、それはそれで意味があったのではないだろうか。
盆の大星によって、持続と完結、町民と武士(三五がお六の兄を図らずも手にかけてしまったとき、自分は武士じゃないから獄門だみたいなことを言っていたし、最期の苦しい息の中でも自ら死ねる喜びとか言っていた。武士と町民にはそういう差もあるんだなと、あらためて認識した)の対比みたいなものを意識したような気がする。
浅い考えかのしれないけれど、今の私はそんなふうに思う。

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