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2011年7月22日 (金)

東京都の交通100年博①:都電を懐かしむ

721日 「東京都の交通100年博」(江戸東京博物館)
11072201monaka
都電に親しんだ生活――うちからちょいと駆け出せばそこはもう都電の線路。靴が挟まって取れなくなり母を慌てさせた子供時代、混んだ都電の中でセーラー服の背中を汗がつ~と垂れるのが気持ち悪かった夏の中学通学、学校帰り走行中の都電の下半分開けた窓の縁に載せておいたカバンが路上に落ちてしまい、次の停留所で慌てて降りて取りに走った高校時代(ノンキだったわねえ)。いつだったか、母と一緒に乗った車内で、どこかの男の人が持っていた大きな板みたいなものが母の踵にあたり、その人はバツの悪そうな顔をしただけで謝りもしないで降りていった。母の足袋に血が滲んでいたのに心配する言葉もかけなかった私…。

子供たちが夏休みに入る前に見ようと出かけたのだが、子供よりテッチャンらしき人や、私のように昔を懐かしむオジサン・オバサンたちのほうが多かった。でも午前中に行ったから比較的すいていて、丁寧に展示を見てくることができた。
まだ東京市だった頃の写真、時代時代の路線図、電車の模型、さまざまな切符、定期券(私の定期券はみんな捨てちゃったんだろうなあ)、路線番号の下に広告の入った系統板(私は16番で通学し、19番、20番、32番、35番にも時々乗った)、行き先表示板等々、夢中になって眺めた。
東京の路面鉄道の歴史は、市電発足前の馬車鉄道から始まる第1章から都営交通の将来を考える最終章まで10章に分けられて展示されている。
東京市電(東京市電気局:市電って東京市営電車の略称かと思っていた)は大正4年(1911年)81日にスタートした。100年史の始まりである。当時の営業距離は11路線、約99km、保有車輌は1054両、1日あたり利用客51万人。
この100年間には関東大震災があり、戦争があり、都電廃止があった。
車輌やシステムの導入には様々な試行錯誤が行われていたことを知った。
市電、市バス(ボンネットバスだったんだねえ。2輌連結バスなんていうのも実験的に導入されたことがあったらしい)。そういえば、トロリーバスなんていうのもあったっけ(あまり乗る機会はなかったけれど、見るのが面白いバスだった)。
会場には「東京地理教育 電車唱歌」なんていうのが流れていて、その楽譜入り教本っていうのか、そういうものが展示されていた。「鉄道唱歌」の東京ローカル版かな。
歌は皇居に近い日比谷から始まり、40番の歌詞にこんなのを見つけた「また日比谷より街鉄は 数寄屋橋より尾張町 三原橋をば渡りすぎ 木挽町には歌舞伎座よ」、さらに41番「新富町には新富座 芝居見物するもよし ここは築地よ名も高き 西本願寺のあるところ」へと続く(4041番は展示されていなかったのでネットで検索)。
昭和47年11月12日、6次に亘る都電撤去作業が終了し、荒川線を除く都電はすべて姿を消した。

館内展示最後に「マイつり革コンテスト」入賞作品の展示とジオラマコーナーがある。
つり革は斬新なアイディアいっぱいで楽しいが、作品に手を触れることができないのが残念。実際につかまってみることができれば、そのよさも実感できるのに。電車の左右に渡してみんなでつかまれるつり革とか、自分が降りる駅を表示したつり革などが面白かった。
ジオラマにはコーフンした。懐かしい停留所、けっこうなスピードで走る都電、飽きない。ジオラマを夢中で作る人の気持ちがわかる、と思った。私自身は思いっきり無器用だから最初っから諦めているけれど、器用だったらやってみたいわ。
館外には「三丁目の夕日」で使われたセットと都電が置かれていて、レトロムードいっぱい。車内広告も楽しい。写真もOK。館内は写真はNOだが、1つだけ「ヨヘロ1型」という車体がOKだった。
ちなみに、都電荒川線では秋以降に、33年ぶりとなる花電車を走らせる。子供の頃は花電車というとわくわくして見に行ったが、今も楽しみでワクワクしている(いろんな花電車があったのねえ、知らないものもかなりあるわ)。
写真は念願の「都電最中」。江戸博のお土産コーナーでwink
追記:都電に話が集中したけれど、都営の交通はもちろんそれだけではない。バス、地下鉄、日暮里・舎人ライナー、そして日本最初のモノレール、上野動物園のモノレールも歴とした都営なんである。正式名称は「上野懸垂線」。昭和32年12月17日開業。

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コメント

夕食時にちょっと話題を振ったら、みんな食いつく食いつく(笑)。
私なんか東京都民歴30年未満ですから、都電といえば荒川線ですが、夫は通学の時○番に乗って途中で○番に乗り換えて・・・と。いや、番号で言われてもサッパリわかりませんでした。
幸か不幸か鉄っちゃん息子がいたから、とにかく一日中、都バスに乗ってたとか、懐かしい話題には事欠きません。今は昔、ですわ。

そういえばNゲージもブリオ(木のレールセット)もプラレールも、木製のバスも・・・家の中のどこかにあるはず!! ゴミ屋敷か!

投稿: きびだんご | 2011年7月23日 (土) 22時24分

きびだんご様
こんばんは。
夕食時のきびだんご様ご一家の楽しそうな会話が聞こえるようですわ~happy01 私は1本で通学できたので乗り換えにちょっと憧れておりました(本当は乗り換えなしが楽なのにね)。で、たまに乗り換えありの別ルートでわざわざ料金を払って帰ったりもしました。
とにかく都電は懐かしくて、○番でよくどこそこへ行ったなんて話でたくさん盛り上がれますわsmile 都電の廃止は昭和47年--そうか、もう30年以上経っているのですねえ。

鉄道関係の模型やおもちゃは息子さんの歴史としても貴重品かもしれませんよ。うちもどこかにプラレールとかブリキのバスだったとかがあったと思うのですが…なんか似たようですねcoldsweats01

投稿: SwingingFujisan | 2011年7月24日 (日) 01時07分

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