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2011年7月

2011年7月31日 (日)

恒例、夏祭り2011

11073102maturi_3 昨日は恒例、町会の夏祭り。
前夜3時だか4時だか、ものすごい豪雨が我が家を叩きつける音を夢うつつで聞き、これは中止かもと思っていたら、朝方には雨もやみ、無事に実施された。雨上がりでも曇っていたおかげか、湿気はあったものの比較的涼しく、火を使う「ヤキソバ屋」としては助かる。
しかし、体はキツかった。朝10時半から夜8時半までほぼ1日立ちっぱなしでヤキソバ詰め(焼くのは男性。女性はパックに詰めて青海苔、紅しょうがをのせ、割り箸をつけて商品にする)。お昼過ぎと3時過ぎに30~40分ほどの休憩があったが、100円という11073101maturi_2 安さに味の良さもあって売れ行きは上々、4時頃からは息つく間もなくフル回転。何百パック詰めたことだろう。
完売してほっとしたときには背中も腰も脚も足もすべてガッチガチで動きがぎくしゃくしてしまった。油のしみついた全身も気持ち悪い(男の人はもっと大変だったと思うけど)。
お祭は好きだし、1年にたった1日、近所の人とも深い交流ができるのは楽しいけれど、毎年毎年老化を実感しますわ~。カンカン照りの猛暑でなくてよかった。と言いながら、やっぱり夏祭りは暑くなくっちゃねえ、なんて身勝手な矛盾を呟く私であります。

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2011年7月30日 (土)

歌舞伎チャリティー公演

729日 東日本大震災復興支援 歌舞伎チャリティー公演(新橋演舞場)
11073001charity 午後1時からの「伝統芸能の今 2011」のチケットも取ってあったのだが、午前中急ぎの仕事が入ってしまい、浅草のチャリティーは断念。2009年の初回、昨年の第2回と見ているので非常に残念だったが仕方ない。
さて、演舞場のチャリティーは――演舞場が満席になるとこうも人が多いのかと驚くほどすごい人人人であった。
開演前に2階「かべす」に設えられた画廊を見に行ったが、入るのにも行列、中を見るのも行列、行きと帰りの行列がぶつかるところでは身動きできないほど。画廊も含め物品販売は前半の踊りが終わった17時からなのに今からこんな混雑では先が思い遣られる。
開演は16時。
.ご挨拶、黙祷
幕が開くと、閉場式の時みたいに役者さんが何列にもずら~っと勢揃い。オペラグラスで顔を追う。
松竹・大谷会長と迫本社長の挨拶の後、俳優協会長・中村芝翫さんの挨拶がある予定だったが、芝翫さん欠席ということで菊五郎さんが代読。
そして被災され亡くなった方々に黙祷を捧げる。恐ろしい大きな揺れ、猛烈な破壊力で襲ってくる津波の映像が脳裏に甦ってきて、黙祷の間、泣きそうになった。
黙祷のあと、三津五郎、時蔵のお2人による本公演のガイドがあった。出演者を見たとき、このお2人の名前がなくておかしいな、と思っていたら、三津五郎さんと時蔵さんは本公演の実行委員だそうで、企画から尽力されていたとのことだった。ガイドは、時蔵さんが演目について、三津五郎さんが物品販売について担当。
演し物は、「被災地の東北は民謡の宝庫であり、これを長唄仕立てにした」という舞踊『東北民謡づくし』。「河竹黙阿弥作詞による『松島』は立役のお兄さんたちに」。「『石橋』は若手で。一生懸命に振ってくれよと言っておいたのでたくさん振ってくれるでしょう」。
物品販売のガイドでは、役者さんの作品や、お家の手拭など、また岩手・宮城・福島の物産品の売り場と販売担当俳優が紹介された。俳優祭のように印刷された見取り図がないから、さっとメモはしたけれど、そんなものを見て行動する余裕なんてまったくないことが後でわかる。
. 舞踊「東北民謡づくし」
まず萬太郎、右近、種之助、隼人、米吉、廣太郎、巳之助、種太郎という男の子たちの素踊りで「会津磐梯山」。次に女方の化粧をした梅枝、壱太郎、新悟による「チャグチャグ馬ッ子」。巳之助、萬太郎、種太郎がそこに加わり、やがて梅枝・種太郎、新悟・巳之助、壱太郎・萬太郎という組み合わせで6人の舞。
梅枝クンが群を抜いてうまい。襟元からかすかな芳香が匂い立つような美しさ、色気があり、見ていてドキドキしてしまった。梅枝クンを見ていると、舞台が芸を育てることがよくわかる。元々才能があるから舞台を踏む回数も多いのだろうが、松竹座の感想にも書いたように、ベテランの役者と並んでも位負けしないと思うのだ。いずれ時様を超える日がくるかしれない。
亀三郎、亀寿兄弟の「大漁唄い込み」には孝太郎さんが加わる。孝太郎さんは松竹座でも思ったが、口の歪みがなくなったような気がする(口元がちょっと曲がっていたでしょう)。そうしたら顔が仁左様そっくりなのよ。
ここまでの出演者って、巳之助クンを除いてみんな「趣向の華」に出るんだっけなあと、内心ひどく盛り上がった。
若手の後は橋之助、扇雀の仲良しコンビ。扇雀さんがきれいだなあと思った。2人の後は福助、翫雀の登場。曲はいつの間にか「相馬盆唄」になっていた。それぞれの兄弟が兄弟どうしでなく踊るのが面白い。福助さんもとてもきれいだった。最後は若手も含めた全員が揃う。
楽しかった!! 民謡っていいなあ。 
. 舞踊「松島」
菊五郎、仁左衛門、吉右衛門の3人が下手から、ややあって花道から幸四郎、團十郎、梅玉の3人が出てくる。
ソロは梅玉、團十郎、吉右衛門、仁左衛門、幸四郎、菊五郎の順で踊ったが、芝居の個性がそのまま踊りの個性にも現れているような気がして興味深かった。スターたちは一般には高齢者にあたる65歳を超え、正直素顔の肌に老いは隠せない。それなのに舞台に上がると若々しい二枚目なのがすごいなあと改めて感心した(つい2日前に瑞々しい貢の仁左様を見たばっかりだしね)。
. 舞踊「石橋」
「松島」と「石橋」の前に50分間の物品販売があるのだが、先に舞踊のほうを。
白毛の染五郎、松緑、赤毛の海老蔵、菊之助、勘太郎の5人が舞台中央にセリ上がってくる。客席はそれだけで大いに盛り上がる。何しろ5体の獅子がいっぺんに登場するんだし、やっぱり花形は強いわ。
隈を取った染五郎さんの顔が幸四郎さんにそっくりで、しかもいつもは顔の小さいのと線の細さが気になるのに、今日は堂々と大きく見えた。この5人の中で松緑さんの獅子は初めて見るが、5人の美しく華のある獅子が揃うと実に壮観で熱狂したくなる。そんなすてきな獅子たちの中で私が一番好きだと思ったのは菊之助さん。5月の松竹座でも勇壮で爽やかな獅子を見せてくれたが、本当にキレがよくてきれい、あたりに清涼山の霊気が漂うようで目が惹きつけられた。
毛振りは時蔵さんの言葉どおり、見事だった。最初は全員が揃っていたが、次第にスピードが速くなるとやっぱり揃わなくなる。でもそんなのどうでもよい(何しろ5人だから)、若さと猛スピードの振りにひたすら拍手。
あ~、本当に楽しかった。燃えた。
. 御礼
迫本氏と藤十郎さんからお礼の言葉があった。1000万円を超える義捐金が集まったとのこと。藤十郎さんはこの公演の成功に心から感動しているようで、「皆様のご協力、本当に本当にありがとうございました」と繰り返していた。「自分たちも力をもらいました」との言葉に、私も目頭が熱くなった。

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2011年7月29日 (金)

7月松竹座夜の部

726日 関西・歌舞伎を愛する会 七月大歌舞伎夜の部(松竹座)
7
27日 同千穐楽
夜の部は昼の部と違って全部2度見ることができた。
「車引」
松嶋屋の従兄弟3人に我當さんという松竹座ならではの組み合わせか。進之介さんを見るのは平成1911月国立劇場の「摂州合邦辻」以来かしら、あるいはその後もあったかもしれないが、印象に残っているのは次郎丸。いやあ、この松王丸もいろんな意味で印象的だったなあ。
愛之助さんの梅王は素晴らしかった。稚気に溢れ、堂々と大きい。腰の位置も低く、目玉もよく寄って荒事の面白さを満喫。荒事を見るといつも感心するのだが、足の親指を上げておくのをよく忘れないものだなあ、と今回も感心した。
孝太郎さんの桜丸は隈取がなく、それもあるのかとてもやわらかさが感じられ、これまでに見た桜丸の中で「賀の祝」に一番通じる桜丸だと思った。後で番付を見たら、東京と大阪の演出の違いだそうで、やはり大阪では前後の物語を踏まえて和事の役になっているのだとか。また、孝太郎さんの立役はこれまであまりピンとこなかったがこの桜丸なら納得。
我當さんに対する私の印象は「いい人」なので時平はどうなのかしらと思ったが、意外にも妖しげでとてもよかった。声からも「いい人」らしさは消えて、大きな実悪として舞台がしまった。
「伊勢音頭恋寝刃」
4
回目の伊勢音頭。仁左様では2回目。通しも3年前の海老ちゃんに続いて2回目。その通しが非常に面白かったので、今回も期待していた。そして期待どおりの面白さであった。
幕開き、女芸人が街道で芸を見せている。これを見物している2人の男女がいかにも楽しんでいる様子で、当時の空気が感じられてよかった。出だしのこういう場面は観客がお芝居に入っていくのにとても大事だと思う。
ここへ登場する典型的なつっころばし、今田万次郎。このダメ男(悪人の画策で紛失した青江下坂という大事な刀の詮議のため伊勢にやって来ながら遊女に入れあげちゃって、せっかく取り戻した青江下坂を質に入れるなんて、どうしようもないダメ男でしょ)が上品でなんとも可愛くどことなくユーモラスで憎めないのは秀太郎さんがあまりにぴったりだから。若々しくて、相手の遊女が梅枝クンであっても全然違和感がない。もっとも梅枝クンも昼の部で書いたように、ベテランの中に入っても位負けしない落ち着きと演技力があるから。
秀太郎さんはこの後、後半で福岡貢をいじめる万野役もするのだが、これがまあ憎ったらしいこと。万次郎の愛敬とはまったく逆で、年季の入った底意地の悪さがたまらない。秀太郎さんも江戸の女将、つっころばし、意地悪仲居と3役で奮闘。
「妙見町宿屋」では我當・秀太郎・仁左衛門と3兄弟が勢揃い。我當さんは膝を追って坐らず立ち膝だったように見えたが、動作にふらつきはなかったので一安心(私も膝が悪いからついつい気になってしまった)。

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2011年7月28日 (木)

7月松竹座昼の部②

726日 関西・歌舞伎を愛する会 七月大歌舞伎昼の部(松竹座)
7
27日 同千穐楽
いよいよ昼の部一番のお目当て。
「江戸唄情節」
泣いた、泣いた。いい話だった。悪い人が1人も出てこない。みんな心があたたかい。そうして、みんなカッコいいのだ。
ヤクザだった男が三味線の腕を見込まれ足を洗って三味線弾き・弥市となる。弥市の腕は人気役者・坂東彦三郎(ややこしいけど、演じるのは坂東三津五郎)に気に入られ、彦三郎の「連獅子」には欠かせない存在となる。弥市には米吉(時蔵)という柳橋芸者の恋人がいるが、米吉は土地のヤクザ小揚げの七兵衛(彌十郎)の思い人である。さて2人はどうなるか。
序幕第一場「芝居茶屋伏見屋」

浮世絵を貼った粋な屏風が置いてある芝居茶屋の二階。三味線の音が流れてくる。その音がやんだと思うと、上手の襖がぱっと開いて、仁左様が飛び出してくる。そのカッコよさ。弥市は病気の師匠のかわりに弟子たちに稽古をつけていたのだが、稽古に熱が入りすぎて苛立ち癇癪を起こしているのである。それを「やくざから足を洗っても性根までは洗ってないね」と注意し諭すのはこの芝居茶屋の女将(秀太郎)。この女将がまたカッコいい。秀太郎さんはセリフをちょっと探しながら喋るようなところがあって、それが逆に厳しさの中の真心を感じさせる。
ここの場面は後の伏線になっているかもしれない。つまり、弥市はここで「心まで洗います」と女将に誓うのだが、結局のところ洗っていなかったことになる。
序幕第二場「柳橋河長の離れ座敷」
ほろ酔い千鳥足の米吉が弥市の待つ離れへやってくる(時様、はっとするほど艶やかな美しさ)。しかし弥市はいない。不審顔で探す米吉。すると桟橋につながれた屋形船の窓から弥市が顔を覗かせる。その風情がなんともいえず、浮世絵で屋形船の窓から見えるのは女性だが、そういう世界が髣髴とする。弥市は米吉に「三味線について考え事があるからお前がいるとジャマだ」などと意地悪を言うから米吉は「他に好きな女ができたんならそう言えばいいじゃないか」とやり返す。実は「おめえの来ようが遅いからシャクにさわったんだよぉ」。その時に仁左様のにやっとした顔ったら、胸キュンである。美男美女は痴話喧嘩もサマになるねえ。
杯を酌み交わす2人。そこへ、なんと七兵衛が。覚悟を決めて七兵衛に斬られようとした2人だが、駆けつけた彦三郎が必死で懇願し、2人の仲は七兵衛に認められる。ただし今すぐ江戸を出て二度と戻って来るなという条件付きである。私はここに七兵衛が本当に米吉に惚れていたんだなという気持ちを感じた。自分が本当に好きな米吉が本当に好きな男と一緒にいるほうが幸せならそれを叶えてやろうという愛情。江戸から2人を追放したのも、決して悪人だからなのではなく、ヤクザとしての筋を通しただけなのだ。

第二幕「相州小田原の侘住居」

2人は彦三郎の厚意で上方へ向かうものの、昔の悪いクセが出た弥市は箱根でいかさま博奕に手を出して一文無しとなり小田原へ流れ着く。小田原で弥市は三味線を教えたり、料理屋の客の座興に三味線を披露したりして、女房・お米(米吉)と細々と暮らす。しかしお米は重い病に冒されてしまう(結核でしょう)。やつれた時様も美しい。
ある時、上方からの帰りに小田原へやってきた彦三郎一行は、上方で探しても見つからなかった弥市の行方をやっと突き止める。弥市の家を訪ねてきた彦三郎の弟・市村家橘(これもややこしいけど、演じるのは片岡愛之助。彦三郎とか家橘とか言われるとはじめのうちはどうしても現・彦三郎、現・家橘の顔が思い浮かんじゃって)と番頭の平助(竹三郎)。弥市とお米の境遇に驚きながらもあたたかい心持が見えて泣かせる。竹三郎さんが素晴らしくよかった。気がよくて世話焼きでお喋りで、いかにも番頭らしい。セリフに気持ちが籠もっていて、竹三郎さん自身のあたたかい人柄がそのまま伝わってくるようである。それに、竹三郎さん、若い。
家橘と平助が訪ねてきたとき、弥市は陰ながら彦三郎に詫びてくると言って彼らの宿に出かけて留守であった。戻ってくると、部屋は真っ暗、明かりもついていない。手探り足探りで行燈のところへ行き灯を入れる弥市。このとき、仁左様は本当に火打石で火をつけているようであった(千穐楽はなかなか火がつかず、ハラハラした)。
明かりがつくと、部屋の真ん中に倒れているお米。弥市に抱き起こされたお米は今聞いた話を弥市に語る。彦三郎は弥市の三味線がないからと江戸で「連獅子」を封印してきたが、このたびよんどころない事情で「連獅子」を演じなくてはならなくなったのだ。お米は、先の見えている身、彦三郎の踊る「連獅子」で三味線を弾く弥市の姿をもう一度見たいと言う。弥市はお米の命が長くないことをずっと隠して励ましてきたのだが、ここで、お米がそれを知っていることがわかる。夫婦の愛情が胸を打つ。夫は妻を懸命に看病し妻はそれを有難くもすまないと詫びる。先が長くないお米のために江戸へ戻ろうと決める弥市と、嬉しそうなお米。肩寄せ合って暮らす夫婦の愛に翳りなし、仁左様カッコよすぎで抱き合う2人に涙涙。

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7月松竹座昼の部①

726日 関西・歌舞伎を愛する会 七月大歌舞伎昼の部(松竹座)
7
27日 同千穐楽
昼夜とも大満足な松竹座の七月歌舞伎、まずは昼の部から。2回見たと言っても昼の部は「江戸唄情節」のみリピート。朝の苦手な私にはここからが精一杯。というわけで、以下、「皿屋敷」と「素襖落」は1回のみの、「江戸唄情節」は2回まとめての感想となります(前2演目も無理してでも2度見たかった~とは、見終わってからの後悔)。
「播州皿屋敷」
子供の頃父からよく聞かされた「いちま~い、にま~い」のお話はこのお菊さんであったか。それがここで見られたのがとても嬉しい。
愛之助さんの悪役・浅山鉄山がとてもよい。最初の登場ではとても立派で大きく、即座に松永大膳を思う(本人もそれを意識しているのが番付を読むとわかる)。愛之助さんは最近悪役も演じるようになり、元々の人柄の良さが何となくそぐわないような気がしていたが、この鉄山はよかった。声も太く低くちょっとダミらせて(い~い声なんだわ、これが)、表情にも残忍さを漂わせて、それでいて美しいのが歌舞伎の悪として素敵だった。お菊を見る目は悪役でも好きな女を見ればこんな目になるというほど嬉しそうなのに、見初めた女が自分の意に従わぬからといって、あんなに卑劣で残忍な殺し方ができるのか(「三五大切」で小万が源五兵衛に殺されるところを思い出した)。これは可愛さ余って憎さ百倍というよりは、元々計画していたようなところもあり、女を野望の道具にしようとして失敗した腹いせなのかもしれない。後半は前半ほどの大きさはみられなくなってしまったが、だからといってこの芝居のよさをジャマするものではない。お菊の亡霊に引き戻されるところなども力が入って形もきれいだった。
ラブリンは今月、子の外に「江戸唄情節」では役者・市村家橘役、「車引」では梅王丸、「伊勢音頭恋寝刃」では奴・銀平とタイプの異なる4役で活躍。東の染五郎、西の愛之助か、なんちゃってsmile

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2011年7月27日 (水)

松竹座、昼と夜

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2011年7月26日 (火)

大阪に来ました!

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新幹線車内でおいしくお弁当をいただいて。
大阪に来ました。
昼の部最後の演目「江戸唄情節」に泣いて、はなみずすすりながらホテルにチェックイン。
これから夜の部を見ます。

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2011年7月25日 (月)

七月歌舞伎昼の部再見

722日 七月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
昼の部じゃなくて夜の部を2度取ればよかったなあと残念に思った。2度見分は先に取るべきじゃない…けれど、やっぱり少しでもいい席を手に入れたいし。
感想は前回となるべくかぶらないようにさくっと。
「鳥居前」
早見藤太に連れ去られようとする静、その瞬間「待て」「待ちやがれ」の右近さんの声が鳥屋から響く。キレがあっていい声だ、わくわくする。立ち回りが楽しかった。
寿猿さんは、早見藤太を剽軽さばかりを強調することなく、武士としての藤太を感じさせた(藤太だって大勢の手下を任されている武士なのに、といつも思っていたのだ。でも、そこは歌舞伎だから…って)。それでいて飄々とした味があるのがなんとも絶妙。忠信にやられてゴロゴロ転がるのなんて、けっこう体力使うだろうなあ。

別れの場面の門之助さんの切ない悲しみが胸を打つ。
「勧進帳」
富樫の最初の名乗りの時、海老ちゃんの声が何となく変だったような。でも「疑い晴れた」と申し渡した時、自らの覚悟が感じられてぐっときた。
四天王の詰め寄りはやっぱり緊張して盛り上がる。自分も四天王と一緒に詰め寄り、その一方で弁慶と同化してそれを抑える、そんな心持がした。
そうえいば、<泣かぬ弁慶>は「鳥居前」では義経に叱られて大泣きし、「勧進帳」では義経を打擲したことで泣き、今月は2度も続けて弁慶の涙を見たことになる。
そして、忠信の狐六方(たっぷり楽しんだ)に続き、弁慶の六方も間近で見て、とても幸せ。
「楊貴妃」
初日よりはずっとよかったけれど、やっぱり寝てしまった。場面転換で1回幕が閉まるとその間に目を瞑り、幕は再び開いても目は開かないのだcoldsweats02

海老ちゃんがめちゃめちゃきれいで、ただただその美しさを堪能した。ほんと、どうしてこんなにもきれいなんだろう。それと、初日は何となくやる気の見えなかった海老ちゃんだが、高力士の心理が表情に窺われるようになったし(楊貴妃に仕掛けられその気になったら拒絶された、その時の表情がスゴかった。これがラストに繋がるわけだから、ここが平板だとつまらない。今回の海老ちゃんの表情が盛り上がりを作った)、芝居としての起伏も感じられ、面白くなっていた。
福助さんは高力士を拒絶したり、見下すような笑い声にもっと冷たい気品がほしい。それと、前も気になっていたのだが、衣裳のせいか体つき、とくに後姿に<男性>が感じられる。肩から背中のあたりがどうしても男っぽく見えて仕方ないのだ。海老ちゃんとのラブシーンがあんまりきれいに見えないのも、そのためなのかあなと思う(様式的でないからという面もあろうけれど)。
楊氏三姉妹はそれぞれの個性がよく出ていて、2度見ても面白かった。

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2011年7月24日 (日)

昔の庭でほおずき市

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723日、文京区のほおずき市に行ってきた。実は9日の演舞場帰りに浅草のほおずき市に寄ったのだけど、残念ながら終わっていた。地震以降、そういうイベントも早い時間にしめてしまうのだ。諦めきれずにネットで探したら文京区のほおずき市が見つかった。
それも会場は源覚寺=こんにゃくえんまsign03
先日、「うちからちょいと駆け出せば都電の線路」と書いたが、それは表のことで、「うちからちょいと裏へ駆け出せばこんにゃくえんま」だったんである(こんにゃくえんまが本当は源覚寺という名前だとは、数年前に知った)。こんにゃくえんまは礫川公園とともに、子供の頃の私の庭であったsmile
まずはえんま様にお参りして、いい鉢選び。浅草の賑わいとは比べ物にならないだろうけれど、短い参道の両側と広場に並べて吊るされたたくさんの鉢から茎が太くて元気のいいものを選ぶ。
実は日に当てると23日で赤くなるんだそう。果実を包む赤い袋を破り、果実を取り、茎にくっついてたところからそぉ~っと丁寧に種を取り出す。そして口で鳴らす。私は全然鳴らなかったけれど、母が得意であった。そういえば母は海ほおずきも上手に鳴らしたものだ。母の口の中でぎゅっぎゅっと鳴る海ほおずきは磯の香りとゴムみたいな感触があったように記憶している。
帰りに、もうとっくになくなった自分の生家跡を訪ねてみた。そこにはお稲荷さんが建っていたからお参りして、しばし昔の思い出に浸った。
こんにゃくえんま周辺の道路は広くなったみたいだけれど、商店街はあんまり変わっていないような気がした。
ちなみに、朝顔市が小石川伝通院にて同時開催。伝通院も庭みたいなもので、よく紙芝居を見たから寄りたかったが、墓参の帰りでエネルギーもなくなってきたので今回はパス。いずれ機会があったら行ってみたい。

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2011年7月23日 (土)

東京の交通100年博②:写真集

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↑館内展示で唯一撮影OKの市電ヨヘロ1形の模型
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↑その運転レバー
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↑車内
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↑館外展示のこの電車は昭和53年にお役目を終えた6000形車輌の6086号車
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↑車内
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↑車内広告(リボントロントは架空? リボンシトロンのこと?)
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↑「三丁目の夕日」のジオラマ(カメラを持つ手が写り込んじゃった。鈴木オートを襲う怪獣みたいcoldsweats01) 100台限定で販売中
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↑函館の除雪車として活躍していたササラ電車。1番上の写真にあるヨヘロ1形車輌を改造したもので、昭和9年(1934年)の函館大火の際に東京市電気局から譲渡されたそうだ。今も2輌が活動しているとのこと。写真のササラ電車は今回の展示のため76年ぶりに東京に帰ってきた!!

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2011年7月22日 (金)

東京都の交通100年博①:都電を懐かしむ

721日 「東京都の交通100年博」(江戸東京博物館)
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都電に親しんだ生活――うちからちょいと駆け出せばそこはもう都電の線路。靴が挟まって取れなくなり母を慌てさせた子供時代、混んだ都電の中でセーラー服の背中を汗がつ~と垂れるのが気持ち悪かった夏の中学通学、学校帰り走行中の都電の下半分開けた窓の縁に載せておいたカバンが路上に落ちてしまい、次の停留所で慌てて降りて取りに走った高校時代(ノンキだったわねえ)。いつだったか、母と一緒に乗った車内で、どこかの男の人が持っていた大きな板みたいなものが母の踵にあたり、その人はバツの悪そうな顔をしただけで謝りもしないで降りていった。母の足袋に血が滲んでいたのに心配する言葉もかけなかった私…。

子供たちが夏休みに入る前に見ようと出かけたのだが、子供よりテッチャンらしき人や、私のように昔を懐かしむオジサン・オバサンたちのほうが多かった。でも午前中に行ったから比較的すいていて、丁寧に展示を見てくることができた。
まだ東京市だった頃の写真、時代時代の路線図、電車の模型、さまざまな切符、定期券(私の定期券はみんな捨てちゃったんだろうなあ)、路線番号の下に広告の入った系統板(私は16番で通学し、19番、20番、32番、35番にも時々乗った)、行き先表示板等々、夢中になって眺めた。
東京の路面鉄道の歴史は、市電発足前の馬車鉄道から始まる第1章から都営交通の将来を考える最終章まで10章に分けられて展示されている。
東京市電(東京市電気局:市電って東京市営電車の略称かと思っていた)は大正4年(1911年)81日にスタートした。100年史の始まりである。当時の営業距離は11路線、約99km、保有車輌は1054両、1日あたり利用客51万人。
この100年間には関東大震災があり、戦争があり、都電廃止があった。
車輌やシステムの導入には様々な試行錯誤が行われていたことを知った。
市電、市バス(ボンネットバスだったんだねえ。2輌連結バスなんていうのも実験的に導入されたことがあったらしい)。そういえば、トロリーバスなんていうのもあったっけ(あまり乗る機会はなかったけれど、見るのが面白いバスだった)。
会場には「東京地理教育 電車唱歌」なんていうのが流れていて、その楽譜入り教本っていうのか、そういうものが展示されていた。「鉄道唱歌」の東京ローカル版かな。
歌は皇居に近い日比谷から始まり、40番の歌詞にこんなのを見つけた「また日比谷より街鉄は 数寄屋橋より尾張町 三原橋をば渡りすぎ 木挽町には歌舞伎座よ」、さらに41番「新富町には新富座 芝居見物するもよし ここは築地よ名も高き 西本願寺のあるところ」へと続く(4041番は展示されていなかったのでネットで検索)。
昭和47年11月12日、6次に亘る都電撤去作業が終了し、荒川線を除く都電はすべて姿を消した。

館内展示最後に「マイつり革コンテスト」入賞作品の展示とジオラマコーナーがある。
つり革は斬新なアイディアいっぱいで楽しいが、作品に手を触れることができないのが残念。実際につかまってみることができれば、そのよさも実感できるのに。電車の左右に渡してみんなでつかまれるつり革とか、自分が降りる駅を表示したつり革などが面白かった。
ジオラマにはコーフンした。懐かしい停留所、けっこうなスピードで走る都電、飽きない。ジオラマを夢中で作る人の気持ちがわかる、と思った。私自身は思いっきり無器用だから最初っから諦めているけれど、器用だったらやってみたいわ。
館外には「三丁目の夕日」で使われたセットと都電が置かれていて、レトロムードいっぱい。車内広告も楽しい。写真もOK。館内は写真はNOだが、1つだけ「ヨヘロ1型」という車体がOKだった。
ちなみに、都電荒川線では秋以降に、33年ぶりとなる花電車を走らせる。子供の頃は花電車というとわくわくして見に行ったが、今も楽しみでワクワクしている(いろんな花電車があったのねえ、知らないものもかなりあるわ)。
写真は念願の「都電最中」。江戸博のお土産コーナーでwink
追記:都電に話が集中したけれど、都営の交通はもちろんそれだけではない。バス、地下鉄、日暮里・舎人ライナー、そして日本最初のモノレール、上野動物園のモノレールも歴とした都営なんである。正式名称は「上野懸垂線」。昭和32年12月17日開業。

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2011年7月21日 (木)

イライザとエリスとアニー:「ベッジ・パードン」

720日 「ベッジ・パードン」(世田谷パブリックシアター)
舞台にかかる幕はロンドンの地図である。そして懐かしい「Wouldn’t it be loverly」の歌が流れてくるではないか!!! 「マイ・フェア・レディ」でイライザが歌う楽しくてかわいらしい大好きな曲。それを聞いただけでもうわくわくする。
この歌からも想像できるように、この物語は「マイ・フェア・レディ」、そして森鴎外「舞姫」を下敷きにした夏目金之助――若き日の漱石――と下宿の女中アニー・ペリンとの可笑しくも悲しい恋のメルヘン。あちこちに三谷幸喜らしさが鏤められていて私にとって愛すべき作品になった。笑って笑って、今度は泣きかけたら又すぐに笑わされて、でも第一幕も第二幕も終わりには泣かされて…。キーワードはコンプレックスかしら。それと、もう一つ、「大事なことは言葉にしなくちゃ伝わらない」。「星の王子様」のことを考えさせられた。
夏目金之助:野村萬斎、アニー・ペリン:深津絵里。
もう公演日数もだいぶ経ったからいいかな、と勝手に決めて相当ネタバレしています。

ロンドンで、前の下宿に色々トラブルがあって(それがややこしくて、萬斎さんが後に悲しげに語るのがなんとも可笑しい)、ここへ移ってきた金之助、下宿の主人ハロルド・ブレッドと英語で挨拶を交わしている。すると突然、「お客様の鑑賞の妨げになりますので、ここからは日本語に翻訳してお送りいたします」の天の声(女声)。これには客席大笑い。このままいつまで英語のセリフが続くのかなあなんて半分不安になっていた私も思わず吹き出してしまった。この天の声、後になっても必要に応じて登場して、日本語を許可したり英語に戻したりする(芝居のセリフは英語も日本語も、日本語なんだけどね。ややこしくてごめんなさい)。
さて、日本語に翻訳された金之助のセリフが可笑しい(「可笑しい」連発だわ)。いかにも英語を勉強しました的日本人の喋りそうな英語の翻訳なのだ。「私は」と必ず主語を入れる硬い、正しい文法的言葉。それに、まだ現地の英語に不慣れな日本人留学生は下宿の主人に何か質問されてもただ笑ってみせたり、やたらに「ありがとうございます」を連発したり、とんちんかんな答えを返したり。う~ん、わかるわかる。自分の経験を思い出して苦笑した人もいたのではないだろうか。もちろん私も。
萬斎さんは、知的で神経質で受身な漱石(この時はまだ金之助なんだけど、ここは漱石で)のイメージにぴったり。何となくいつも悲しげでもある。愁いを含んだ表情や声(声が素晴らしい)に、ロンドン時代の実際の漱石もかくあったであろうと想像する。
その金之助の面倒を見るのが下宿の女中アニー。子供の時は親に怒られ、先生に怒られ、女中になったらなったで雇い主に怒られ、彼女の人生は怒られてばっかり。でも、大きな声で明るく返事をして明るく話すふだんのアニーにはそんな辛さは見られない。彼女は面白い話を金之助に語って聞かせる。それはとてもあり得ない話で、金之助が疑わしそうに聞いていると、「そういう夢を見た」というオチがつく。彼女はそうやっていつも夢を見て、自分の人生を明るくしているのだ。よくある話かもしれないが、アニーのひたむきさ、可愛らしさ、明るさがいじらしくて、こちらも力を込めて応援したくなる。
彼女はロンドンの下町生まれでコックニー訛りが強い(まさにイライザでしょう)。彼女のI beg your pardon.Bedge pardon.に聞こえるからと、金之助はアニーを「ベッジ・パードン」と呼ぶようになる。そう、芝居のタイトルは彼女の名前だったのだ。
ベッジはHの発音ができない。だから、たとえば「あのいと(人)はいどい(ひどい)」といった発音になる。ところでフランス人もHを発音しない。昔フランス語を教えてくれた女性が日本語を喋るときにいつも「あのいと(ひと)が」と言っていて、ああ、やっぱりフランス人はHを発音できないんだ、と妙に感心したことを懐かしく思い出した。深津さんはこの発音を身につけるのが大変だっただろうな。この芝居から離れても日常H抜き発音になっちゃうんじゃないかしら、なんて余計な心配をしたりして。それにしても言葉と言えば井上ひさしの「雨」も方言で役者さんたちは苦労したようだが、作者というのはbearing
アニーと金之助が惹かれあうのは自然なことだった。互いに心が寄り添い、互いが心の支えとなっていただろう。ラスト近く、アニーを失った金之助がこれも既にこの世にいない下宿の飼い犬で口の臭いMr.Jack(口の臭い犬っていうのがまた可笑しい)と話をするシーンがある。私はこの場面に涙した。だって、アニーも言っていたではないか、Mr.Jackと時々話をするって。それが夢だとしても、また金之助とMr.Jackの会話が金之助の夢だとしても、2人の心は同じだってわかるんだもの。
Mr.Jack
の提言で金之助は小説家になり、処女作「吾輩は猫である」を書くことになるだろう。本当はMr.Jackは犬のセンでいってほしかったんだけど、金之武家が「猫のほうが客観性がある。犬はどうも感情的になるから」とあっさると猫に決めたのだ。

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2011年7月20日 (水)

今年も清らかなるかな蓮の花

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毎年、楽しみな蓮の開花。今年は暑くて見に行くのを少しサボっていたら、ちゃんと咲いてくれていた。↓は昨日の夕方(夕方になると、花が閉じちゃうのだ)。
11072002hasu
こちら↓はいつ開くかな。
11072003hasu

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2011年7月19日 (火)

パソコンストレス

ここ2週間ほど、パソコンの調子がおかしい。
ネットにつなぐと、サ~というか、シフヮ~というか、ファンの音がものすごいンである。
調べものしようにも、あちこちのサイトに飛ぶたびにいちいちファンが唸り、そのたびすごいストレスを覚える(パソコン自体にも大きな負荷がかかってるんだろうけど)。もちろん、自分のブログに来るのだって同じ。
パソコン内部の埃は掃除したばかりなので、電源あたりに原因があるらしいと息子は言う。ただ電源を取り替えるには、プロに見てもらわなくちゃいけないようで、新しく買ったほうが早い。
気に入っているパソコンだし、ネットにさえ繋がなければ十分機能してくれるから、もう少し使いたいのだけれど、早急に何とかしなくっちゃというわけで、ただ今選択中。

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2011年7月18日 (月)

遅ればせながら延長、PKに興奮

お昼にテレビをつけたらBSでなでしこ決勝の録画をやっていて、延長戦からだったけど見た。本当は結果のわかった試合を見るのはつまらないと思っている。ところが、これが実に面白かった。どんな展開になるかわかっていても、コーフンしたし、面白かった。これ、リアルタイムで見ていなくてよかったかもcoldsweats01 だってハラハラドキドキで心臓に悪いし、早朝近所中に聞こえるほど叫んでいたかもしれないものsmile
先行されたからって絶対諦めない気概が2本の素晴らしいゴールを生んだのだ。PK戦もお見事!! 
日程を間違ってもやもやしていた気分がスッキリしたわhappy01

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なでしこ、やったぁ!! なのに…

すごいね!! 世界一だ!! おめでとう!!  
ところが私は今ひとつ盛り上がらない。それは…応援し損ねちゃったから。
バカな私…試合は19日午前3時からだと思っていたの(1日早ければ次の日休みでみんな深夜に観戦できるのにねえ、なんてことまで考えていた)。だから今日は昼寝をたっぷりして夜に備えようか、それとも早寝をして3時に起きようか、なんて考えていた。そうしたら、試合は今朝だったんじゃないのshock
しかも今日の午前3時なら私はまだ起きていたのだ。寝たのが4時近かったから、試合があると気がついていたら当然見ていたわbearing
あ~、もうホントに「私ってannoy
暑さボケとばかりは言っていられないかもgawk

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森孝慈氏逝く

森孝慈氏が亡くなったニュースを昨夜ネットで知った。
負けても負けても駒場に応援しに行った頃が甦ってくる(今より当時のほうがアツかった私)。私のサッカー観戦歴はメキシコ五輪で俄かファンとして燃えた後、Jリーグ創設まで間があいているから、森さんはどうしてもレッズ初代監督なのである。
67歳の若さ…。
ご冥福をお祈りします。

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2011年7月17日 (日)

子供のための「冬物語」

716日「冬物語」(渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール)
今年の「子供のためのシェイクスピア」は何をやるんだっけ、とまったく頭にないまま渋谷へ。ここのホールは初めてだし(たしか昨年できたホールで、染五郎さんが杮落としで舞踊をやった)、西口ってほとんど行ったことないので迷うことを心配したが、何とか無事に到着。
会場に着いて「冬物語」と知り、さいたま芸術劇場で見たことを思い出した(20091月)。あの時は約3時間半の上演、今回は2時間10分である。ということは相当駆け足の展開にならざるを得ない。たとえばシチリア王レオンティーズ(佐藤誓)が妻ハーマイオニ(キム・テイ:声が清純)に疑惑を抱くに至るところ、反対に自分の卑しい心に反省して改心するところなど、あまりにあっさりしすぎて心理の掘り下げに11071702gakki 関する物足りなさもあるにはあった(子供にこういう感情をわからせるのって難しいかもね。だから事実は事実としてさっと通すだけでいいのかもしれない)。でもレオンティーズの疑惑のエスカレートは激しく、ドキドキするくらい。ドラマとしての起伏は十分あったし、全体に楽しく笑えてちょっとほろっとして、難しいことを考えずにシェイクスピアのロマンス劇を面白く見ることができた。
舞台はお馴染み、学校の木机みたいなのが並べられているだけ。
そうそう「シンベリン」から毎年見ていながら、今頃気づいたんだけど、役者さんが黒い衣裳でセリフを言うときは、その他大勢の登場人物であることもあるし、心の声や状況説明をする、そう歌舞伎の義太夫みたいなものでもあるのだ。そう思ったら、この芝居の楽しさが倍加した。
11071701gakki_2 山崎清介さんの相棒(じゃなくて山崎さん自身?)の博士は「時」でもある。よく考えられている。
ボヘミア国王夫妻の佐藤誓さんとキム・テイさんは後半(前半から16年経っている)、2役でサギ師の行商人にもなる。2人が引く屋台は日本のかき氷屋さんの屋台で笑える。柱に巻きつく朝顔に風鈴、「氷」と染めぬいた布。その屋台にいかにも安物の洋服が吊るされたり積まれたりしている。懐かしくて、ボヘミアの田舎の祭に登場しても案外違和感がない。
伊沢磨紀さんはシチリア王ポリクシニーズとハーマイオニの忠実な侍女ポーリーナの2役。やっぱり誇り高いポーリーナが本役であろう。間違っていれば相手が国王であれ意見する毅然とした態度、王妃に対する忠義と敬愛、カッコよかった。ポリクシニーズとポーリーナは同じ場所にはいられないため、たとえばポーリーナが引っ込むとポリクシニーズが「今の様子は物陰で聞いていた」と登場するなど、客席も大ウケ。また、ハーマイオニの彫像公開にはポーリーナの存在が必要不可欠なので、ポリクシニーズは彫像を見ることもなくシチリアへ大急ぎで帰ってしまうのにも笑いが起きた。この彫像はジュリアーノ・ロマーニという実在の建築家が作ったということになっていて、そのロマーニ先生は山崎さんの人形という姿で登場する。彫像は実は彫像ではなくて本物のハーマイオニだから、時々「休憩が必要」になるのにも大笑い。
さて伊沢さん同様、子供のためのシェイクスピア全作品に出演している戸谷昌弘さんはポーリーナの夫と羊飼いの2役。どちらも気のいい人物で笑いを取っていたが前者はハーマイオニの生んだ赤ん坊を捨てる役目を負わされたために非業の死を遂げる(かわいそうに熊に食われてしまうのだ)。開演前の歌のサービスでボーカルをやっていた戸谷さん、引っ込む時に黄色い掛け声がかかり、手を振って「ありがとう~っ」と応えていた。
冬物語の世界から外へ出たら、やっぱり真夏だった。
<上演時間>第一部55分(13001355)、休憩15分、第二部60分(14101510

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2011年7月16日 (土)

吉右衛門さん、人間国宝に

吉右衛門さんが父・白鸚さんに続き親子2代の人間国宝になられた。
吉報は病床に届いた、ということでびっくりしたが、胆管結石の手術で入院していたらしい。4月にも胆嚢結石除去手術をしたとか。6月公演は脂汗を流しながらの出演だったそうだが、そんなふうには全然見えなかった。
今は全快してお元気だそうでよかった。
人間国宝は現役の歌舞伎役者では6人目かしら(雀右衛門、藤十郎、芝翫、田之助、菊五郎。抜けがあったらごめんなさい)。
おめでとうございます。9月の秀山祭・又五郎襲名公演に弾みがつくね。

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60,000km

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7月15日午後7時過ぎ、私の足、6万km達成(地震後の「これからはチャリ」という意気込みはどこへいっちゃったんでしょうねcoldsweats01 この暑さだし、年も年だし、許させられい)。この7月で7年目?8年目?
なかなか信号でじっくり止まれる機会がなく、ピンボケになってしまった(こういう時に限って信号スイスイだったりするのよねbearing)。

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2011年7月15日 (金)

楽しい切手

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aki様のところで、こんなに可愛らしい切手(キティちゃんの歌舞伎バージョン)があることを知って、郵便局に行ったとき買ってきました。
そうしたら、郵便局の人に別の切手も勧められて…この猛暑の中とても涼しげに見えたので思わずそれも買ってしまいました。
11071502stamp

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2011年7月14日 (木)

暑さで埼スタ、パス

昨日は川崎戦のチケット持っていたのだけど、夏バテ気味(多分、昼間は熱中症かかりかけかも)なのと、レッズサッカーに魅力を感じないのと、梅崎が出ないのと、仕事もしなくちゃとで、わざわざ19時キックオフに出かけていくのが億劫になり、パス。
自宅で中継の一部を見たら、元気が素晴らしいゴールを決めてgood それでもスタジアムに行けばよかったなというほどの気分上昇はない。永田の2点目は後で見た。やっと3勝目。
私の次回観戦は8月の神戸戦。直輝が生き生きと動き回るのは嬉しいけど、梅ちゃんも出してよ。あとはランコに期待しよう。

なでしこ、スゴイねsign03 夜中なので体力温存のため見なかったけれど、素晴らしい。女子はこんなときでないと注目を集めないけど、こうなったら世界一のアメリカに勝って金メダルを!!!
夏バテなんて言ってられないか。でも冬眠ならぬ夏眠をしたいわ。

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2011年7月13日 (水)

絵師も彫り師も摺り師もすごい:国芳展後期

712日 「歌川国芳」展(太田記念美術館)
前期を駆け込みで見た反省を踏まえ、後期は少し余裕をもって行ってきた。ただし、今の時期は後期の前半(18日まで)。後半は20日~28日で展示替えがあるのだけど、行かれないかもしれない…。
さて、後期はお待ちかね戯画・狂画が登場。ほかに美人画、洋風画が見られる。
前期同様、後期も最初は靴を脱いで畳の間で鑑賞する肉筆画。
①肉筆画
はっとさせられるのは「雪中屋根舟美人図」である。屋根舟での宴席の最中に酔いで火照った身体を冷気に当てようとしたのだろうか、ふっと女性が簾を上げて外を眺める一瞬。美しい瞬間だと思った。
「役者夏の夜図」は、前期の6枚続錦絵「両国夕涼之図」を思い出させた。この絵は人物にも舟にも影がついているのが印象的。そういえば「両国夕涼之図」には影はない。
「舌切リ雀図」、「甲子大黒図」はささっと描いた感じが軽やかで、こんな風に筆が運べたら楽しいだろうなあ、と全く絵心のない私は激しく羨ましく思った。
②戯画・狂画
人体で顔を構成するなど、有名な作品がいっぱい。地下のビデオでは実際に人体で顔を作る実験をやっていたが、あんまりピンとこなかった。そのことからして、国芳のアイディアはすごい。どうしたらそんな発想が湧くのだろう。
また贅沢禁止令のために役者絵が禁止になれば、猫を役者に見立てたり子供の落書きのように見せかけたりして、幕府に文句を言わせないそのユーモアたっぷりの反逆精神にも感銘を受ける。戯画についてはあねご様のところでもお楽しみください。
「其まゝ地口猫飼好五十三疋」は東海道五十三の宿場+日本橋+京都を、猫と言葉遊びで描いている。たとえば藁で縛ってある鰹節の中から2本を引っ張り出した猫:二本だし⇒日本橋。ネズミに餌をとられてへこ寝する猫:へこ寝⇒箱根。尾が2つに裂けた猫:おがさけ⇒岡崎(三毛猫は10年経つと尾が裂けて化け猫になるんだとか。やっぱり岡崎は化け猫なんだねえ)等々。そして最後はネズミを口に咥えた猫:ぎゃう⇒京。
「かさねのぼうこん」は戦前から行方不明になっていて去年、80年ぶりに都内で確認された絵だそうだ。かさねの歯はふんどしを締めた人のお尻を並べてある。ほんと、すごい発想だわ。かさねの恐ろしさに震える人々は頭は1つで体が複数。そういう表現によって慌てふためく様子がよく表されている。
「金魚づくし」シリーズはあねご様によれば「ぽんぽん」が新しく発見されたそうだが、今回の出品は「酒のざしき」。蓮の葉を盆に、タモを三味線に浮かれる金魚たち。そのまわりで囃し立てるおたまじゃくしたち。楽しい楽しい。
影絵とその実体の差が楽しく驚かされる「其面影程能写絵」は、たとえば影を見ると金魚なのに、その実体は狸の八畳敷につぶされた狩人だったり、影は海老、実体は陸釣をしている釣り人の姿。
「両面相」は1つの顔を上下逆さにすると別の顔になる。たとえばだるまの逆さは外道、とくさかり(能の老爺)は伊久(意休)になるといった次第。上から見たり下から見たり飽きない。

狸や福禄寿、天狗など、11枚見ながら思わずくすりと笑わずにいられない。
もう紹介しきれないからここらで終わろう。

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2011年7月12日 (火)

7月歌舞伎鑑賞教室②:「渡海屋・大物浦」

711日 歌舞伎鑑賞教室「義経千本桜:渡海屋、大物浦」

素直な知盛を見たと思った。そして素直な知盛を見ると、最後には源氏への恨みとか滅びの美学とか、そういうものが削ぎ落とされ、原点の知盛といおうか、ただ安徳天皇への思いだけが浮き彫りにされるような気がした。
だから、安徳天皇が「我を供奉なし永々の介抱はそちが情け、間また我を助けしは義経が情け、仇に思うな」と知盛を諭した時に、もうこれで自分は安心して死ねると思ったのではないか。源氏に対する恨みを捨て、義経に天皇を託し、自分は清盛の悪行の報いで滅びた一門の霊を鎮めるために、あの壮絶な最期を遂げたのではないか。苦しみに耐えながら一歩一歩岩を登る知盛の姿は、そういう解き放たれたようなものを含んでいるのではないだろうか。
松緑さんは前半の銀平(とくにセリフ)があまりいいと思わなかったのだが、知盛にはそういう一本通ったものがあるようで、松緑さんの知盛として心に触れるものがあった。それに、血染めの衣裳と顔、「天皇はいずくにおわす。お乳の人、典侍の局」と探し回る姿は蘭平を思い出さずにはいられない。どちらもリアルな感じがあり、様式的な中にも現代性が感じられるような気がした。立ち回りがさすがにとてもきれい。
安徳天皇は大河クンと石井晏璃ちゃんのダブルキャスト。私が見たのは大河クンだった。5歳の大河クンの初舞台もそう遠くはないだろうな。
魁春さんがよかった。銀平女房もよかったし、とくに典侍の局に天皇にお仕えする女官としてのプライドと存在感があった。知盛と義経が対峙する場面ではとても悲しげに見えた。
渡海屋裏手の浜辺で平家の女官たちが次々と海に飛び込む場面は何度見ても、当時の様子が目に浮かび、悲しくなる。
義経の松也クンは大将としての品も風格も温かさもあったと思う。だけど、義経でさえ九州へ落ち延びようという身の上、天皇をお預かりしてお守りできるのだろうか。「義経千本桜」で天皇はその後どうなったのか…っていうのはナンセンスツッコミか。
亀三郎・亀寿兄弟が相模五郎と入江丹蔵で出演しているのが嬉しい。今回はプログラムに「魚尽くし」のセリフが出ているのも、若い観客にとっては興味深いのではないだろうか。渡海屋でのユーモラスな2人が後半では壮絶な死を遂げる…2人のメリハリが効いていた。
團蔵さんの弁慶はなんとなくピンとこなかったのに、最後、花道で法螺貝を3度吹き(自分で吹いているみたいに聞こえた)、一礼したときには、本当に知盛に敬意を表し、その霊を慰めているような心が感じられて、さらには今後の義経一行の行く末を思う気持ちまで表れていて、ここでどっと涙が出た。いい弁慶、いい最後であった。
幕間に再び騒ぎ始めてなかなかおさまらなかった高校生たちも、芝居が始まると舞台に引き込まれている様子で、2時間近いこの大作にはやはり魅力があるのだなあと思った。
それにしても、3階席(主に一般観客)はよく入っていた。歌舞伎鑑賞教室でこんなに座席が埋まることはなかなかないかも。
<上演時間>歌舞伎のみかた25分(15001525)、幕間20分、「義経千本桜」115分(15451740

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7月歌舞伎鑑賞教室①:新鮮で楽しかった松也クンの「歌舞伎のみかた」

711日 歌舞伎鑑賞教室「歌舞伎のみかた」
開演前いつもは黄色い声がさえずりまくっているのだが、今日は男子も多かったせいか、すごい迫力で若い声が上に伝わってくる。なかなかお喋りが静まらないので、大丈夫かと心配しているうちに客席が闇に包まれ、いつもながらのきゃあきゃあ
通路に当てられたスポットライトの中に松也クンが浮かび上がる。そのままそこで運動会や紅白歌合戦の「紅白」が源平の戦いに由来することなどを話し、義太夫に合わせて舞台へ。
義太夫
ツケ打ちさんを呼んで義太夫の説明をしようとした松也クン。そこへ黒衣さんが駆けつけてきて「ツケ打ちさんがみつからない」と耳打ちする。オドロキ慌てる松也クン。
さて、これを義太夫・ツケ入りでやってみると…。
ツケ打ちを呼ぶ松也→ツケがいないと告げに来る黒衣→義太夫、松也の驚きと狼狽を語り、松也はその仕草を歌舞伎調でみせる。そこに今度はツケが入る。こうして、歌舞伎のメリハリを興味深く感じることができるわけである。
だいたい、どの「歌舞伎のみかた」でもやることだが、侍歩きと女歩きにツケを入れて、男女の歩き方と同時にツケの打ち方の違いもみせる。
そして、相模五郎が戦況報告をするセリフを松也クンが義太夫にのせて喋り、義太夫と役者のセリフのかみ合わせの面白さを説明する。
最後に黒衣さんが引っ込む時、歌舞伎では黒はないものというお約束、だから舞台に黒衣さんがいても見えないと考えてくださいね、と松也クン。
黒御簾
太鼓が雨音・雷→川の流れ→海の音と表現し、それに合わせて松也クンが傘をさす仕草、雷鳴に耳をふさぐ仕草などをする。強い雨で川ができ、海に注ぐという順番も考えられていたのが面白い。
長唄連中も舞台に出てきて歌い出すと、場内大ウケ。だって、その歌は「♪さかなさかなさかな~、さかなを食べ~ると~♪」だったんですもの。これが後の相模五郎・入江丹蔵の「魚尽くし」に繋がっているのがミソ。
歌舞伎ではその時々に流行した曲を取り入れてきたんですよ、ということで次にかかったのが「♪会いたかった会いたかった♪」。客席は大盛り上がり。「この歌は実際に、今年1月国立劇場公演で使われたんですよ」と松也クンが言うと、客席から「へ~」という驚きの声が上がった。
最後に芝居でも歌われる「浜唄」で締めて、黒御簾さんたちは引っ込む。
義経千本桜の説明
いつものようにスクリーンを使った解説。義経のイラストに「かわいい~」の声。松也クンが自分が義経を演じると言ったら「おお~」とか「へ~」とか「わ~」とか高校生たちの反応がいい。

今回の「歌舞伎のみかた」は、高校生の代表を舞台に上げることはなかったものの、松也クンがてきぱきと要領よく話を進め(松也クンって、声がいいよねえと改めて感心)、間に実演を組み込んだりして、わかりやすく高校生もとても楽しめる構成になっていた。3階で見ているオバチャンたちも高校生と同じようにいちいち感心したり反応したりして楽しんでいたのが嬉しかった。もちろん私も新鮮な気持ちで大いに楽しんだ。

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2011年7月11日 (月)

このほうがこわい

11071101iidabasijpg
地下鉄有楽町線の飯田橋駅。ホームドア設置工事中なんだけど、何にもない時は何とも思わなかったのに、こうなっているとかえって怖くて、線路に近寄れなかった。人間の脳って面白い。

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2011年7月10日 (日)

もう一度見たくなっちゃった7月演舞場夜の部

79日 七月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
用事があって銀座で降りたので演舞場へ向かうだけで汗だく。しかし1階席は涼しく、しまいには少し寒くなったほど。3階席のためにはそれくらいでないといけないのだろうけど、うまく調節できないのかしらね(3階席は暑いもの。実ははじめ3階を取っていたのだけど、どうしても「春興鏡獅子」を1階で見たくなって、3階席は友人に譲り、私は取り直したのcoldsweats01)。
「吉例寿曽我」
見たことあるような、ないような…平成183月に愛之助の八幡三郎、進之介の近江小藤太で見ていた。筋書き引っ張り出したら何となく記憶が甦ってきた。
さて、鳥屋から猿四郎さん(奴・早平)と猿三郎さん(奴・色内)が勢いよく飛び出してきて浅葱幕の前で秘密の一巻を巡って争う。一巻は色内が奪い、やがて色内の主人・八幡三郎(猿弥)の手に渡る。そして今度は八幡三郎と早平の主人・近江小藤太(右近)が一巻を巡って争い、立ち回りとなる。この後、一巻は工藤祐経の手に。この一巻は、近江小藤太の工藤祐経に対する謀反の証拠となる重要なものなんだそうだ。曽我兄弟の敵である工藤側にもこんなお家騒動があったのねえ。この結末はどうなっちゃうんだろうか、「対面」ではわからないし。
猿三郎さんと猿四郎さんの立ち回りはキレがあり、澤瀉屋はやっぱりいいなあと思う。浅葱幕が振り落とされるとそこには石の大階段が。近江小藤太が花道から、八幡三郎が上手から出てくる。立ち回りのために2人は下駄を脱ぐのだが、右近さんの脱ぎ方がとてもきれいでカッコよくて、足元に惚れ惚れした。
私は大好きな2人の立ち回りにわくわくしていたけれど、客席はなんとなく静か。でもがんどう返しになると「おお~」とどよめきが起こった。猿弥さんは一度も足元がふらつくことなく、最後の最後まで踏ん張って大拍手。
がんどう返しで背景が富士に変わり、大薩摩が入る。舞台には赤い消し幕。けっこう大薩摩が長かったので、消し幕を掲げる3人は大変だなあと思った。消し幕が取り去られた後、大ゼリから工藤祐経一行が姿を見せる。梅玉さんの祐経は大きさがあり、笑三郎さんの大磯の虎は動きや形がきれい。
短いながらとても楽しめる演目であったが、照明が煌々と明るすぎて、だんまりの気分が出ないのが残念であった。
「春興鏡獅子」
5
月に菊之助さんの見事な舞を見てしまったからどうしても比較したくなるが、海老蔵と菊之助では全然タイプが違うし、その比較はすべきではないだろう。
海老ちゃんはやっぱりスリムになったよなと思ったのも束の間、「やっぱりデカい」。前半の踊りは大らかさがありメリハリがきいて、海老蔵の弥生として見るべきものがあったのではないかと思う。扇使いに躊躇いのない自然さ、きれいさがあり、海老蔵さんの努力が感じられた。でも、弥生がものすご~い美形には見えないのが不思議。
後ジテの獅子は美しく、とにかく勇壮、海老蔵オーラにやられた。見ていてドキドキしてしまった。ジャンプが高く、観客も「おお~」。後ろ向きの花道引っ込みは毛を自分の右手に寄せていた。毛振りは70回くらい? 途中でわからなくなった。回数が多いと客席は盛り上がるけれど、50回程度でやめておいてもいいんじゃないかしらと思った。
亀鶴さん(関口十太夫)の声がいつもと違うように聞こえてきた。
獅子モノの鳴り物はやっぱり傳次郎・傳左衛門兄弟よね。この2人が出す音、吼える声を聞くとぞくぞくと興奮が湧き上がってくる。傳次郎さん、サマーカットになっていた(^_^)

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2011年7月 9日 (土)

梅雨明け

関東地方も梅雨明けしたんですって。
昨夜からずっと蒸し蒸ししてつらかったなあ。
今朝は、温室の中で目覚めたかと思ったよ。
昔は汗がうまくかけなくて、曇って湿度の高い暑い日は、頭から何かを被されているみたいで、呼吸困難、ほとんど窒息感覚。でも数年前から汗がかけるようになって、そういう苦しさはなくなった。
それでも、こんな日、私はだらける一方です。

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2011年7月 8日 (金)

降り続く雨、そして闇:「血の婚礼」

77日 「血の婚礼」(にしすがも創造舎)
11070803nisisugamo 11070801nisisugamo_2
以前から関心があった<にしすがも創造舎>での観劇、シアターコクーン改装のおかげで思いがけず実現した。廃校になった中学校の体育館であるが、館内のトイレで専用サンダルに穿き替えるのが元体育館であったことを印象付けた。

「血の婚礼」:ガルシア・ロルカの「血の婚礼」からインスピレーションを受けて清水邦夫が書いた戯曲。
舞台には昭和の場末のにおいがぷんぷん。所狭しとごちゃごちゃに置かれた
20台ほどの自販機。電柱。ふる~い看板、ポスター。新聞紙やら空き缶やらが転がり、吹き溜まり感たっぷり。上手にはブラウン管テレビが雑然と並び、ビデオテープが棚にこれも雑然と置かれている。下手はコインランドリーらしく、洗濯機が8台。床には水溜りができている。開演5分前くらいになったら、スタッフがバケツで水を撒き始め、さらに舞台は濡れる。
開演直前、今度は舞台周囲に黒幕がおろされ、ネオンサインが点灯し、テレビが映り(主にAV――アダルトビデオね――。どうもビデオ屋らしいから)、洗濯機が回り出す。夜の路地…。
舞台前面には客を拒否するような「立ち入り禁止」の黄色いテープが下手と上手を結ぶ対角線に2本張られている。
どしゃ降りである。雨は1時間40分の上演時間中の大半、はげしく降り続いている。最前列の座席にはバスタオルとビニールシートが置いてあり、ビニールシートはすっぽり体を覆うようにして、足で踏んで固定するようにと、係りの人に勧められた(私も最前列だったのよね。これは自分で選んだのではなくて、たまたまそこが当たった)。それでも時々顔や髪の毛に水滴が飛んできたりする。
客がそうなんだから、俳優はもちろんびしょ濡れ。こんな芝居、初めて見た。
雨の中、鼓笛隊が太鼓を強く叩きながら行進してくる。鼓笛隊がいなくなると、1人の少年がトランシーバーで誰かと交信しながら舞台に勢いよく登場する(トランシーバー少年:田島優成。一番濡れたのは彼かな)。そこへ1人の男がやってきて水にすべって倒れる。その瞬間、立ち入り禁止のテープがぱっと目の前からなくなる。男はうつぶせになったまま起き上がらない。これが北の兄(窪塚洋介)である。
北の兄は花嫁泥棒――かつて、北の女(中島朋子)とハルキという青年(丸山)の結婚式で、北の女を奪って駆け落ちしたのである。北の男と女は今では別れてしまってもう一緒に暮らしていない。
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人を追ってきた北の弟(近藤公園)と親族たち。ここから何が起こるのか…。
やがて雨がやむ。するとあたりは停電し、闇に包まれる。ゆらゆら揺れるロウソクの灯を頼りに人々は動き、人を探す。その灯は今にも消えそうになり、はかなさ、危うげな今を感じさせる。この闇に原発による停電を思い出した人も多々いるだろう。あの時停電の経験のない私でさえ思い出したもの。
そして再び雨が降り出す。

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2011年7月 7日 (木)

今夏も都電で

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今年は華のん企画恒例、夏の「子供のためのシェイクスピア」が池袋あうるすぽっとでなく渋谷で上演されるため、都電に乗る機会はないものと諦めていた。ところが、ニナガワの立ち上げた大規模修繕劇団の旗揚げ公演「血の婚礼」がにしすがも創造舎で行ということで、都電に乗ることができたscissors
はじめは新型のカラフルな車輌が物珍しかったけれど、最近ではこちら(↑)のほうが嬉しいかも。とはいえ、やっぱり↓も楽しい。
ところで、巣鴨に十数年住みながら、西巣鴨ってほとんど知らないのよね。探検したかったけれど、観劇のあと寄るところがあって、それはお預けbearing11070702toden

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2011年7月 6日 (水)

自衛策

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ドラッグストアなどへ行くと「どうなの?」と疑いながらついつい手にとってしまうひんやりベルト。
冷凍庫で3時間冷やし効果は約1時間(実際には1時間ももたない)ということで、スペアを買って2つ交互に使っている。右のチェックのヘアバンド風は、真ん中にジェルが入っていて、全体を水にぬらすと冷えるというものだが、あんまり効果はない。どっちかっていうと、水の冷たさで冷えてるんじゃないか、っていう感じ。
いずれにしても家の中でしか使えず、外出時は外出時で何か考えなくては、と思っている。扇風機つきの日傘とかあるんだってねえ。

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2011年7月 5日 (火)

昭和歌謡の花たち

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「♪に~おいやさ~しい し~らゆ~り♪」は母の施設で。
「♪おまえのよ~な花だ~った♪」くちなしは我が庭の奥のほうで咲いている。はは、「淋しいのはお前だけじゃない」シンドロームですかねcoldsweats01
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「♪かんかん鍛冶屋のおじいさん 肩こり腰の痛みには~♪」のキンカンじゃなくて(こんなCMソング、みんな知らないだろうなあ)、金柑はまだ一部実をつけたまま花が咲いている。
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2011年7月 4日 (月)

ショックで頭真っ白

お昼前テレビを見ていたら、辰巳さんが重体とのショッキングなニュースが!! 自殺を図ったかもしれないとかで、ニュースを聞きながら涙と震えが止まりませんでした。何があったのでしょう。
昨日から国立で松緑さんの歌舞伎鑑賞教室が始まったばかり。松緑さんもさぞ心を痛めていらっしゃることでしょう。
とにかく今は辰巳さんのご容体が心配でなりません。
ニュースが私の見間違い、ウソであってほしい、と願うばかりです。

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2011年7月 3日 (日)

海老蔵復帰、七月演舞場初日昼の部

72日 七月大歌舞伎昼の部初日(新橋演舞場)
11070301enbujo こっちがドキドキしてしまう海老蔵復帰の初日。演舞場に入ったら汗が噴き出してきて、落ち着くまでけっこうつらかった(歩いている時よりも止まった時のほうが汗って気持ち悪い。建物に入ってす~っと汗が引く気持ちよさは今年だけでなく当分期待できないだろう。でも、体が慣れてしまえば設定温度高めの冷房でも全然OK。ほんの数分なのよね、つらいのは)。
「鳥居前」
先月名古屋に行かれなかったし、本当に久しぶりの澤瀉屋。そして演舞場で澤瀉屋を見るのもかなり久しぶりな気がする。
門之助さんの義経の気品と大きさ。最後、静に「堅固で暮らせよ」と声をかけたときにはぐっときた。笑也さんの静も悲しみと愛を滲ませ、2人の間に通い合う切ない別れの感情にうるうるした。
早見藤太が寿猿さんでびっくり。可笑し味はあまりなく、意外とあっさりしていた。
弁慶の猿弥さんは、なぜかはじめあまりしっくりこなかったのだけれど、義経に怒られて大泣きするあたりからよくなってきた。静に、「とりなしてあげたんだから、今度は私のこともお願いしてちょうだい」と頼まれて断るのも納得できる弁慶であった。
右近さんの忠信は決めがとてもきれいで、怒りの凄まじさ、誠実な忠義心がよく感じられた。本舞台での立ち回りは初日のせいか、全体としていまひとつキレが悪かったような気がしたが、ラスト花道での立ち回りにはワクワクした。狐六方がしなやかかつ力強い。
とても楽しく見た。
「勧進帳」
3F
上手側、座席の後ろにずらっと並んだ大向こうさんの数がハンパない!! 山川静夫さんも立って声掛けしていらした。
五色の揚幕から登場した海老蔵さん、少し顔が痩せたかな。しばらくの間はあの海老蔵にして緊張している様子だったが、恐らく舞台にじ~っと坐っているうちに落ち着きを取り戻したのではないだろうか。声は、はじめは低調子で、弁慶の読み上げる勧進帳を覗き込むあたりから高調子に変わったような気がした。全体に富樫の心情がよくあらわれており、とくに強力が義経でないことを認め早く通れと促す時、自らの切腹の覚悟が見えて感動した。海老蔵オーラは決してなくなっていないことを感じて嬉しかった。
團十郎さんが海老ちゃんとの比較で妙に体が小さく見えてしまった。少し足が流れるようなところが見えたのは(1回、ハッとしたところがあった)、舞台が滑るせいなのだろうか。「おおなりた」の声がかかったのは初めて聞いた。
緊張感溢れる弁慶と富樫のやりとり、よかったです!!

梅玉さんの義経がとてもよい。花道で、行く末を弁慶に丸投げする義経、危機を脱し弁慶に手を差し伸べながらやっぱり弁慶に頼るしかない義経、そんな義経の気品と悲しみと、この方のためならと家来に思わせる人間性が出ていたように思った。

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2011年7月 2日 (土)

久々に

と言っても海老蔵ではなくて、レッズの話。
7月2日 vsガンバ大阪(@埼玉スタジアム、18:03キックオフ、42,331人)→1対1で引き分け
11070201vsgambajpg_2 11070202vsgambajpg
ホント久々に最後まで目の離せない試合だった。前半、暑さによる眠気を何とか我慢できたのも盛り上がりどころがたくさんあったから。
後半、先制されて(どうして取られたのかよくわからなかった。オフサイドと思ってDFの足が止まったの?)、あ〜あと思ったけれど、今日はみんな頑張った。原口が見事なヘッドで1点返し、イケイケムードだったが、マッゾーラがああbearing 絶好のチャンスをジャストミートせず。その後も決定的な場面で2本枠にもいかず。期待のマッゾーラなのにほんとは下手なんじゃないの?なんてがっかりしてしまった。
直輝が弾けてたねhappy01
原口、最後はヘロヘロだったけど、気合入れて走っていて感動した。 今日は1人観戦だったけど、叫びすぎて喉痛いcoldsweats01
これから反省会という名の飲み会だわ。スタジアムから駅までせっせと歩いて汗だくだけど意外と喉渇いてない。と言いながらまたbeerガンガンいくのかなcoldsweats01

ガンガンいって帰ってきました。今は、勝てた試合だったなあと悔しい思いと、先制されながらよく追いついたなという気持ちが交錯している(比重が上なのは前者)。
はじめ見るつもりのなかった神戸戦、広島戦も昨日チケット買っちゃったんだからね、頼むよゼリコ。

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2011年7月 1日 (金)

庭園美術館で鑑賞する森と芸術

625日 森と芸術展(庭園美術館)
11070101teien 「五百羅漢」の後、こちらをハシゴ。これも73日までなので、とにかく行かれる日にと(会期中のもっと早くに行くべきである、美術展は、と再び反省)。庭園美術館を初めて訪れた時はその建物に感動したものだが、今回はそういう感動は覚えなかった。五百羅漢でかなりエネルギーを使ったせいもあるのだろうか。しかし自然教育園(現在、自然教育園前では街路樹の植え替えをやっていて、歩道を歩く限り風情なし)と隣り合う庭園美術館での「森と芸術」展はまさに見事なコンセプトでありまする。
200点の出品作品、疲れていた私はそのうちの何点かを見逃したようだ。もう一度見に行きたいが、もう時間もないし…。何しろ展示数が多いのでざっとここに記録しておく。
1章 「楽園としての森」
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年ごろの作者不詳「エヴァの創造」から20世紀の素朴画家の作品までが展示されている。素朴画家というのは知らなかった。要するに、職業画家でなくて素人画家のことだそうだ。アンドレ・ボーシャンが代表格だそうで、アンリ・ルソーを思わせるボーシャンの「楽園」は自分の体が小さくなってその中に迷い込んだような気がする。ゴーギャンの「かぐわしき大地」は縞の女性をエヴァに見立てている。キリスト教徒でない私にとって楽園とはどこだろう。
2章 「神話と伝説の森」
古代、森は信仰の場所、聖なる場所であった。ケルト人の森、シェイクスピアの森。森にはニンフがいる。ファンタン=ラトゥールの「2人のオンディーヌ」は幻想的で、遥か昔に見た「オンディーヌ」(加賀まりこ、北大路欣也)を思い出させる。ギュスターヴ・ドレがダンテ「神曲・地獄篇」をもとに描いた3点は人間に対して木の大きさを感じる。
3章 「風景画のなかの森」
アンリ・ルソー、ゴーギャン、コローなど、お馴染みの画家の風景画としての森が登場する。中に1860年代に撮影されたフォンテーヌブローの写真2点が入っているが、まさにバルビゾン派の絵画そのものといった感じで、バルビゾン派と写真技術の繋がりを実感する。
4章 「アール・ヌーヴォーと象徴の森」
アール・ヌーヴォーといえばエミール・ガレ。植物の描かれたそのガラス器が何点も展示されている。「風景文ランプ」が素敵。ガレえは「花文棚」という家具もみられる。天然木も装飾された森の生物たち。素朴なようで華やかなようで、不思議な味わいがあった。
ポール・セリュジエ「ブルターニュのアンヌ女公への礼賛」は象徴の絵画であろうか。アンヌ女公は両親の死により11歳でブルターニュの女公の地位についてから苦労してブルターニュを守った人物で、今でもブルトン人の誇りだそうである。穏やかなアンヌ女公、メルヘンチックなタッチ、ここでの森は、アンヌとアンヌに若木の鉢を捧げる兵士たちの後ろに散らされた葉が森を象徴する。心が癒される1枚である。

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