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2011年9月 1日 (木)

もいちど青木繁

830日 青木繁展(ブリジストン美術館)
 
菊之丞さんの襲名公演の前に、国立新美術館のワシントン・ナショナルギャラリー展を見に行こうと(表参道で千代田線と半蔵門線の乗り換えがきくのでちょうどいい)、乃木坂駅で改札に向かったら、なんと「本日休館日」。そういえば23日前に30日は休館だとわかっていたのに、すっかり忘れていた。
 
改札を出る前に休館の案内が出ていたのは助かったけれど、ではどうしようか。そうだ、青木繁にもう一度行こうdash
 
前回見た後で、もう一度見たいと思っていたのだ。方角を考えて演舞場初日の前にするつもりだったが、時間的にも今ならぴったりだ。というわけで、京橋へ。
 
今回はすべての作品を見るのではなく、気に入った作品だけをじっくり眺めてきた。
 
なぜ、今までほとんど関心のなかった青木繁にこんなに惹かれるのだろう。人生が絵に表れているからなのだ、きっと。
あらためて「海の幸」を見ると、砂をざっくざっくと踏む足音が聞こえるみたいな気がした。最後尾の人物の描かれていない足だってまったく違和感ない。青木が、ここでやめておくのがちょうどいいと判断したそうだけど、確かにそうかも、と思う。

 
前回触れなかった「二人の少女」は失意の九州放浪時代の作品だが、強烈な印象を受ける。小首をかしげた少女の目がいい。
 
絶筆となった「朝日」はやっぱり一番好きかも。清らかな気持ちで天に昇っていくような感じがするのは、朝日から出る光が上に向いているからかもしれない。海の表現も大きくて、絵の前から離れがたかった。
 
他にも何点かゆっくり再見した作品はあるが、感想はとりあえずこれで。
 
ところで、この展覧会、最初の順路がちょっとわかりづらい。初回私は第5章から入ってしまい、おかしいと気づいてガードマンさんに尋ねたのだが、この日も迷っている人が何人かいた。また、青木繁展に限らないが、ガラスの入った額は、ライトの反射で肝心の絵画が光ってよく見えないことがある。反対に、ライトが思わぬ効果を出すこともあるが、たとえば青木の自画像にガラスに映る私の顔が重なったりして、ちょっと見づらいなあと思った。
でも、前回も触れたように、展示室の真ん中に椅子が置いてあって、ぜいたくな気分でお気に入りの絵を眺めることができたり、自画像と恋人の顔の絵が向き合うように展示されていたり、オツな工夫もあって、それもまた青木繁の魅力を高めたような気がするのでしたわ。

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コメント

ども♪。
私も31日に三度目の青木詣でに行ってきましたよ。
三度目ともなると気持ちに余裕が出来て、遠慮無しに椅子に腰掛けて長々と主要作品を観ることが出来ました。
作品に対しての新しい感慨もありましたが、来場者の様子も見聞き出来て面白かったです。「朝日」の前で何度も手を合わせてお辞儀しているお爺さんがいたりして…。
気が付いたら三時間も美術館に居ました(笑)。
とにかく、青木繁を体感できる素晴らしい展覧会でしたね。
ではまた…art

投稿: 棚倉 樽 | 2011年9月 5日 (月) 01時46分

棚倉様
こんにちは。コメントありがとうございます!!3度もいらっしゃりたくなるお気持ち、わかります。
あの椅子はいいですよねえ。贅沢な気分になれました。
「朝日」の前で手を合わせる…あの作品はそうした思いを湧かせる何かをもっているのでしょうね。
これまで青木繁にまったくといっていいほど関心のなかった私にとって、青木という人と作品にこれほどまでに心を揺さぶられるとは思いませんでした。
2度京橋へ足を向ける気にさせてくださった棚倉様に感謝でございます。

投稿: SwingingFujisan | 2011年9月 5日 (月) 15時43分

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