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2011年10月25日 (火)

「800年ぶりの再会」に感動:「法然と親鸞 ゆかりの名宝展」

1024日 「法然と親鸞 ゆかりの名宝展」(国立博物館平成館)
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今日のオープン前日、ツテがあって内覧会に行ってきた。内覧会そのものは2回目だけど、こんな大規模な展覧会のは初めて。気持ちおめかしして行ったら、そんな必要は全然なかった(^-^;
 
まずは、階段下のエントランスで開会式。主催者たちの挨拶が続き、少々足が疲れたが(真ん中より後ろに陣取った私のところからは主催者も来賓も全然顔が見えず、余計疲れた)、法然も親鸞もあまりよく知らない(知っているのは歎異抄の「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」くらい)私にはなかなか興味深いお話であった。
 
今年は法然没後800年、親鸞没後750年で、この展覧会はそれを記念したものだが、法然と親鸞の展覧会が同時に1つのところで行われるのは初めてのことだそうだ。親鸞は法然の弟子になったものの、2人がともに過ごしたのはたったの6年間、120775歳の法然は土佐、35歳の親鸞は越後への流罪となり、その後2人はこの展覧会まで再会することはなかったのである。親鸞は法然より40歳年下だから、入滅した年齢は法然80歳に対し、親鸞は90歳ということになる。当時としては2人とも超長生きだと驚いた。
 展覧会は4章に分かれている。
 
1章  人と思想
 
法然上人坐像(奈良・當麻寺所蔵の彫像)は、自分で勝手に抱いていた法然のイメージと全然違って、ふっくらと柔和なお顔である。一方の親鸞聖人坐像(三重・専修寺所蔵の彫像)は目がつりあがり鼻の下が長く、口をちょっとすぼめて、大変失礼ながらどこかその辺のおじさんみたいに親しみやすいお顔だが、それでいて尊さを感じさせる。
ところで、法然は上人、親鸞は聖人、どういう違いがあるのかよくわからない。
「源空(法然)・証空書状」(京都・清涼寺)のうち源空書状は、なんとあの熊谷直実の質問に答えた法然自筆の書である。素直な心情が感じられる文字であると思った。吉右衛門さんの花道の引っ込みが頭に浮かんだ。
親鸞自筆の書の数々からは親鸞の信仰心や勉学熱心が伝わり、感動した。
 蓮如の筆になる「歎異抄」に、「おお、これが!!」とちょっと感激。
2章  伝記絵にみる生涯
「法然上人行状絵図」や「親鸞聖人絵伝」など、2人の生涯が色鮮やかに描かれていて、圧巻である。鎌倉時代に描かれたのにこんなにもきれいな状態で保存されていることに驚いた。所蔵している各お寺がこれらの絵図をどれほど大事に扱ってきたかがわかる。しかし俗な私には、当時の人々の服装とか、僧兵の存在とか、そういう俗なことが興味深かった。
3-1 法然をめぐる人々
「阿弥陀如来立像」(所蔵寺の記載がなく、浄土宗としか書かれていないので、浄土宗としてもっているのだろうか?)が素晴らしい。作者は不詳のようだが、弟子の源智が発願し、法然の一周忌供養法会に間に合うように121212月に完成したものだそうだ。時々、動けなくなるほど感銘を受ける仏像があるが、この「阿弥陀如来像」も素晴らしくよくてぐぐっと私の心を鷲摑み。感動の像であった。
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15日からは熊谷直実自筆の書状が公開されるそうである。

3-2 親鸞をめぐる人々
 
「恵信尼像」(茨城・善重寺)は親鸞夫人を描いたもので、全体がバックの黒っぽい色に同化しかけたような感じでお顔があまりよく見えないのではあるが、目を近づけてよ~く見ると、穏やかな表情が心に染み入り、とても癒されるような気がした。
 
ここには親鸞聖人自筆の書が何点も展示されているが、高齢になってから書かれた文字からも力強い印象を受ける。
 
親鸞は84歳の時に、息子・善鸞を義絶している。関東の門徒たちの間で紛争が起こり、その収拾を図るために送った息子が誤った言動により門徒たちとの対立を深めてしまったことによる。善鸞と親子の縁を切るにあたった親鸞の決意は相当に悲痛なものであったそうだが、その気持ちは単純に親としてわかるような気がする。展示されている義絶状は、門弟の間で回覧された写しのうち唯一現存しているもので、顕智筆になる。
 
4章  信仰のひろがり
 
法然に大きな影響を与えた善導大師の彫像は立像(知恩院)と坐像(福岡・善導寺)がセットで展示されており、念仏を発している口から小さな阿弥陀如来像が出てきていたらしいが、今ではそれは失われている。
 
聖徳太子の3体の像はインパクトがある。とくに上半身裸で、袴をつけた「聖徳太子立像(南無仏大師像)」(栃木・専修寺)は2歳の太子を表したものだそうだが、その風貌は強烈な印象を残す。
 
「熊野懐紙」(京都・西本願寺)は、歌会で詠まれた和歌を清書したもので、後鳥羽天皇、寂蓮などの筆跡が見られて感激した。
 
なお、小栗判官ゆかりの遊行寺も協力寺院のリストに入っているのだが、遊行寺からの出展は見当たらず、がっかり(私が気づかなかっただけかなあ)。
 
信者ならずとも興味を惹かれる非常に密度の高い展覧会であった。また、戦乱や天災が続いていた時代に登場した法然と親鸞に関する展覧会が今行われることに少なからぬ意義を感じた。

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