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2011年12月26日 (月)

勧進帳に興奮

1225日 七世松本幸四郎襲名百年歌舞伎千秋楽夜の部(日生劇場)
順序としては、中村座昼の部が先なんだけど、こちらの感動が薄れぬ先に。カメラも携帯も忘れて行ったために「本日千穐楽」の画像はなし。
「錣引」
体調のせいにしていいかどうかわからないけれど、かなり眠くてところどころ記憶が抜けているために(大好きなだんまりに立ち回りがあっても、ダメだった)、全体としてのまとまりが自分の中でついていない。
次段太(市蔵。じだんだっていう名前が面白い)も三郎(亀寿)も伏屋(笑也)もあっけなく斬り捨てられてしまったのがちょっと意外だった。

「口上」
染五郎さんを中心に上手に松緑、下手に海老蔵と並び、3人の上には七世幸四郎の写真がかかっている。メモしなかったので、覚えている範囲で。
まずは染五郎さんが無事に千穐楽を迎えられたことを感謝し、今夜はメリークリスマスですとか何とか。そして七世には、海老蔵の祖父である十一代目團十郎、自分の祖父である八代目幸四郎(初代白鸚)、松緑の祖父である二代目松緑と3人の男子がいたことを紹介。そして「曾祖父は150cmと小柄だった。にもかかわらずあれだけの名優だった。その芸の大きさを尊敬する」。また「曾祖父は外国のことに詳しくて、あそこにはこんなものがある、あんなものがあると、よく人に説明していたが、一度も外国には行ったことがない。みんな絵葉書から得た知識である」と微笑ましいエピソードを語った。
松緑さんは、染五郎・海老蔵さんとだけでなく澤瀉屋の役者さんと共演できて大変勉強になった。今年は大先輩が亡くなり、私事だが弟子を失った。世間では大きな地震があった。311日は自分も演舞場にいた。こういう時に歌舞伎をやっていいのかどうか、色々言われもしたし自分たちも悩み考えた。しかし1人でもお客様がいらしたら夢を与えたいという気持ちで続行を決意した。

海老蔵さんは、今回の公演は一昨年(筋書きで去年となっていた)みんなでお好み焼きを食べに行ったときに出た話が実現したもの。曾祖父が1600回も演じた弁慶を自分が、富樫を松緑さんが、義経を染五郎さんがという素晴らしい配役でできるのも曾祖父のおかげである。
海老ちゃんは前についた手に顔がくっつく文字通り平伏。松緑さんは背中が一番高く、染五郎さんは海老ちゃんと松緑さんの中間くらいだったかな。どうでもいいことだけど、なんだか背中の高さの違いが気になっちゃって…。

「勧進帳」
コーフンした。3人それぞれ欠点もあろうが、3人の気持ちが全身から感じられて、見ているこちらの胸に染み入った(富樫が勧進帳を覗き込もうとする場面に意外と緊張感が薄かったのがちょっと惜しかった)。
染五郎さんはスラリと美しく主君としての品格に優れていた。若いだけに真っ直ぐな義経に見えた。松緑さんはただ立っている姿がなんとなく手持無沙汰であまり美しいとは思えなかったが、主従の深い絆に心打たれ自らを犠牲にしてもこの一行を通してやろうという敬意と覚悟が強く感じられた。そして何と言っても海老蔵さんに主君への敬愛、この主君を必ず守り通すという深い心が溢れていた。松竹座の時とは大違いである。
四天王(亀井六郎=亀三郎、片岡八郎=亀寿、駿河次郎=猿弥、常陸坊=市蔵)にも主君への思いが見事に表れていて感動した。手前先頭で富樫に迫ろうとして弁慶に押さえられる亀三郎さんの顔を見ていたら、ふっと権十郎さんがかぶさった。よく似ている。と最近のいつだったかも思ったっけ。
海老蔵さんはたしかによく目をひん剥いていた。9月松竹座の時は目のひん剥き過ぎと力の入れ具合が逆に深みを失わせているように感じたものだが、今回はそういうことは全然なく、むしろ表情の豊かさや力みが弁慶の心持を存分に伝えて面白かった。それに松竹座の時に比べて海老蔵弁慶に大きさや大らかさが出てきたように思った。低音のセリフも、私には好もしく感じられた。
幕外の引っこみで万雷の拍手に興奮したような女性客の声が多数混じっていたのが、観客の驚嘆・興奮・ウケをよく表していたのではないだろうか。この弁慶に賛否両論あるのは知っているが、魅了する弁慶であったと私は思う。
六方にはどこからか危うく手拍子が出かかったが、拍手のほうが大きかったからかき消されたのか、拍手に混じったのか、ともかく手拍子にならなくてよかった。
今日の席はGCセンター。全体に見やすい日生の中でも非常にいい席だった。舞台全体がそれほど遠くなく見渡せ、花道も鳥屋に入るまで見える。手すりが視野に入らない。海老蔵の弁慶を花道脇でも一度見ておきたかった気もするけれど、この席で大満足でした。
<上演時間>「錣引」40分(16001640)、幕間20分、口上10分(17001710)、幕間35分、「勧進帳」70分(17451855

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コメント

おはようございます。

いよいよ年末ですね。
夜の部は見ていないので、演目以外へのコメントで申し訳ないm(_ _)m

>私事だが弟子を失った
そうですか。亡くなってらしたのですね。。。
ご冥福をお祈りいたします。

日生昼の部が今年の見納めだったからつぎでした

投稿: からつぎ | 2011年12月26日 (月) 08時08分

からつぎ様
おはようございます。コメントありがとうございます。

失ったという言葉が意味するものを考えましたが、公表したということはそういうことなのかもしれませんね…。

見納め--そういえば私も昨日が見納めだったんだわ、とからつぎ様のコメントを拝読してちょっと感慨にふけりました。

投稿: SwingingFujisan | 2011年12月26日 (月) 10時28分

私も12/25が2011年の見納めで昼夜通しでした。それでも7時前の終演は早いですね。

一番沸いたのが「勧進帳」でしたね。
個人的には日替わりの「勧進帳」を実現して欲しいと思いました。特に7世幸四郎襲名100年とあれば「直系」の染五郎の弁慶も期待大でしたし、同世代の見比べの妙もあったと思います。

私の率直な感想は、義経は良かったですが、富樫も弁慶もまだまだの感が強かったですね。
また、今の持ち味で言えば、富樫と弁慶が役が逆であろうと思いました。
海老蔵の富樫に惚れ惚れしたことがあるからかもしれませんが、そのこともあって、この優が本当に弁慶役者かどうか分からずにおります。

富樫が勧進帳を盗み見ようと立ち上がる場面で「笑い」があったのは芸の未熟さもあったと思います。富樫の中間管理職的立場はそれとなく出ていたように思います。

弁慶は、富樫を馬鹿にしているように見えてしまいました。また目が利いて良いところもありましたが、力み過ぎで顔が歪むところが多く、見苦しいところが何箇所かありました。
「碁盤忠信」の押戻しの声を聞いた時は正直がっかりしましたが、確かに弁慶の台詞では抑えようとしていて「ほっと」しました。今月で言えば渡辺綱が一番良かったです。

それでも帰路の電車で一緒になった私より年上の女性陣が「やっぱり勧進帳が良かったわね」と言っているのが耳に入ったとき、全体としての印象は「錣引」と比較しても、そうなるのであろうと思ったのもまた事実です。

厳しいことを申し上げたかもしれませんが、更なる精進を期待したいと思います。

投稿: うかれ坊主 | 2011年12月26日 (月) 18時25分

うかれ坊主様
コメントありがとうございます。
うかれ坊主様も千穐楽夜の部にいらしたのですね。7時前の終演(楽です!!)だと劇場で夕飯をとる必要がないので、35分間の幕間はちょっと時間を持て余し気味でした。
弁慶はやはり賛否両論に分かれますね。私は松竹座に比べて格段の進歩だと思いましたが、まだまだ不足があるというご意見もわかります。今回私は、あのオーラに取り込まれてしまったのかもしれません。でも海老蔵さんのオーラは格別ですからcoldsweats01
海老蔵さんで一番よかったのが渡辺綱というのは同感です!!
「勧進帳」は日替わりで見たかったという声が多かったのではないでしょうか。次回はぜひそういう企画にしてほしいですね。互いに切磋琢磨する姿も見られるでしょうし、私も富樫の海老蔵さんに惚れ惚れしたことがありますし。
花形は若々しく華があって目を楽しませてくれますが、味という面ではやはりオヤジ様世代に比べて落ちるような気がします。当然と言えば当然なんですが、それだけに今後の精進・活躍が楽しみです。

投稿: SwingingFujisan | 2011年12月26日 (月) 20時29分

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