« 12月はやっぱり討ち入り | トップページ | 皆既月食 »

2011年12月10日 (土)

リベンジしようか日生劇場初日

127日 七世松本幸四郎襲名百年記念歌舞伎初日昼の部(日生劇場)
3日も前の観劇感想、早く書かなくちゃと焦りました。

11121001kosiro 7
世松本幸四郎のひ孫3人が勢ぞろいするこの公演を楽しみにしていたにもかかわらず、昼夜とも1回ずつしか入れられず、多分昼の部は初日が最後。それで、また筋書き割引券を忘れて、夜の部までお預け(たった100円だけど、せっかくの特典なんだから)。
「碁盤忠信」
立ち回りの多さ、荒事の豪快さなど見どころはたっぷりなのに、面白かったんだかどうだか、正直よくわからない。いや、つまらなくはなかった。ただ面白度が70%くらいなのかなあ、面白いんだけどワクワク感やコクが薄かったのかなあ、という感じ。
浅葱幕が振り落されるとそこは吉野山。義経一行が、非運を嘆いている。忠信が登場して義経から倶利伽羅丸と九郎の名を授けられる頃まで座席周囲で色々あり、全然集中できずに物語の中に入り込みそこなった。しかし亀三郎さん(義経!!)は気品あり深い苦悩と悲しみが感じられてステキだった。春猿さんの静御前には義経の危機を何度か救ったというしっかりした聡明さがあり、興味深い静像であった。
長槍の立ち回り、縄の立ち回りなどは大きくて楽しい。花道から忠信が投げた雪玉は何とか坊(筋書きがないのでわからない)が見事にキャッチ。その瞬間雪玉が割れて雪が飛び散る。ここで定式幕が引かれ、花道で僧兵2人と忠信の立ち回り。最後は忠信が片手六方で引っこむ。
2
幕目(なのかな?)は堀川御所。笑三郎さんの酒・肴売りの女(塩梅屋のお勘)にはただの物売りではなさそうな深みといい、役を摑んだ丁寧な演技といい、今回一番よかったのが笑三郎さんじゃないかと思った。
この幕はストーリーの中では大事なところなんだろうし、敵役たち(錦吾さん、錦弥さん、猿弥さん達)の可笑し味があったりして面白いはずなんだけど、初日ということもあってかセリフや動きが入っていない役者さんがいたりして全体にモタついた感じだったのが残念。ここがもっと面白かったら感想もまた違っていたかもしれない。
四天との立ち回りでは四天が花槍で海老蔵の三升、松緑の抱き柏、染五郎の四つ花菱の紋を形作る華やかさ。
染五郎さんは初日から飛ばしていて大熱演。力強く華もユーモアもあるが、多少無理をしているかもしれない。声も体も千穐楽までもつかしらと心配になるほどだけれど、公演期間がそんなに長くないから大丈夫かな。碁石を豆に見立てての鬼退治(鬼は浄雲入道の錦吾さんと番場の忠太の猿弥さん)で「新年は無病息災」。
横川覚範の海老蔵さんが最後に登場すると、やっぱりもっていかれたかなという大きさ、華やかさがある。私としてはあの開放音のセリフはいまひとつな印象だったけれど、それを超える魅力が海老蔵にはあった。
この魅力的な荒事の2人が花道で並んで見得を切り、本舞台へどすどすと移り、力いっぱいのセリフと立ち回りを見せてくれるんだもの、客席は大沸きだったし、私ももちろんテンションupwardright ではあったんだけどねcoldsweats02
無理やり日程でリベンジしたほうがいいのか、思案中(初日を取るべきでなかったか)。

「茨木」
松羽目もの。
渡辺綱の家臣・宇源太(亀寿)の名乗りのあと置き歌が始まると、なにか起こりそうでワクワクした。やがて曲調が変わり綱(海老蔵)が登場。やっぱり絵になる。低く抑えた声はステキなのに高く張り上げるとここでも開放音になる。
酒の肴として扇1本で舞を見せる太刀持ちの梅丸クンが上品できれい。
綱の伯母・真柴(松緑)は老婆の中に鬼の本性が見え隠れするが、化粧のせいで顔がユーモラスに見えてしまうことがあるのと、時々地声が混じるのが残念かも。右手だけの演技はさぞ大変だろうが、舞の時に中啓を開くのにちょっともたついた以外は自然な感じで、これなら綱に悟られることもなく腕に近づけるというのがわかる。
間狂言は高麗蔵、市蔵、亀三郎とこの顔ぶれも楽しい。鬼が怖いからこういう時は歌うに限ると踊り出す(歌うっていうのは踊るってことらしい)。3人の品よくユーモラス舞が間狂言として舞台を締めたと思う。3人が揚幕に消えると、舞台は無人になりひな壇で大薩摩が演奏される。再びワクワクする。
鬼の本性を顕した茨木童子と綱の立ち回りはスケールも大きくリズム感もあって本当に楽しかった。
やっぱりもう一度見たいなあ。上演時間が短いんだし、12時開演だったらいいのになあ。
<上演時間>「碁盤忠信」95分(11001235)、幕間30分、「茨木」85分(13051430
おまけ1幕間に團十郎夫人と海老蔵夫人が連れだって歩いている後ろに偶然ついてしまった。後ろってでもあんまり嬉しくない。前へ回って振り返るわけにもいかないし。ちょっと離れてからそっとお顔拝見。やっぱり麻央さんはお綺麗。「碁盤忠信」も「茨木」も1階下手側の一番後ろで観劇していらっしゃいました。
おまけ2「本日初日」の写真を撮ったんだけど、そのプレートの上に女の人の顔がのっているshock ちょっと怖い写真になりそうなので掲載取りやめましたcoldsweats02

|

« 12月はやっぱり討ち入り | トップページ | 皆既月食 »

歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

ハイテノールといわれる海老蔵の高音は私は嫌いじゃありません。
日本人には珍しい声帯らしいですね。
最近は頃はキチンと糸に載って来たので、自分で台詞のまずさを工夫して
後に名調子と言われた15世のようになって欲しいです。
松緑は舌が短いせいか、真柴も富樫も全くの同じ調子で、特にどうま声に
なる富樫に勧進帳はめちゃくちゃです。
富樫こそ富十郎のような高音の張りと緩急の悲壮感が大事です。
染五郎は本来歌舞伎向きの声帯ではありません。
鍛錬してどうなると言う種類の声でない。
女形の声も無理でしょうから、一寸絶望的ですね。

投稿: イトコ | 2011年12月10日 (土) 13時48分

イトコ様
こんばんは。コメントありがとうございます。
海老蔵さんの高い声は私も好きです。好きですが、高くなると声がわ~っと広がるような感じになるのがちょっと気になるのです。オーラは少しも衰えていませんでしたし、きっと名優になられることでしょう。
夜の部はまだ見ていませんのでわかりませんが、確かに役者さんにとって声はとても大事な要素だと思います。でも、残念ながらそういう声をもたないとしても、芸の力でそれを超えることもできるのではないかとも思います。いずれにしても個性の違う3人のひ孫さんが揃ってみられるのは嬉しいです。

投稿: SwingingFujisan | 2011年12月10日 (土) 20時20分

SwingingFujisan様
 今晩は。私は今日、昼の部観てきました。忙しい時期なので、ちょうど良い観劇時間でした。日生は安い席でも、そこそこ見やすくていいです。
 「碁盤忠信」は、立ち回りが重なること等、もっと刈り込んで簡潔にしたほうが良いのでしょう。染五郎がんばっていますが、やはり、少し線が細いところが気になります。春猿、笑三郎が安心して観ていられます。いまどき、女形で安心してみていられるのは大したものです。
 ここしばらく出ていなかった「茨木」、松緑は、舞踊の技術的には正統的な仕上がりで行儀のよい出来と言ったところです。ただ、この役(老女)が本来もつ、女性の残り香が希薄で、身体の線、動きが男になるのは、やはりこの優のニンではない役なのでしょう。綱の呼び止めで嬉々として花道を杖をつきながら戻る動きは、諸先輩の演技に比べあまりにあっさりとしていたと思います。歌右衛門にしても梅幸にしても観客を喜ばせたものです。
 海老蔵、せりふがふにゃふにゃするのはいつも通りですが、やはり見得の立派さで抜群、さすが成田屋、年末見られて幸せでした。(弁慶は渡辺保さんにさんざんのようですが、私は来週、結構楽しみにしています。)

投稿: レオン・パパ | 2011年12月17日 (土) 19時05分

レオン・パパ様
こんにちは。コメントありがとうございます。今日のエントリーに書いた事情でお返事が大変遅れすみません。

「碁盤忠信」の染五郎さんはやはり線の細さが気になられましたか。ご自分でもそれをわかっているんでしょうね、大きく見せようとしている努力、声も精いっぱい出して初日からすごく飛ばしていましたので、心の中で応援していました。
笑三郎さんと春猿さんはいつ見てもいいですねえ。笑三郎さんが1月に玉三郎さんと共演なさる「妹背山」、期待が膨らみます。

「茨木」は前半が難しいのは素人にもなんとなくわかる気がしました。
海老蔵さんの華はやはり格別ですね。
レオン・パパ様のコメントを拝読したら、そういうことを踏まえたうえで再び昼の部を見たい気持ちに駆られました(日程的に無理ですが…)。
保先生の批評はまだ読んでいませんが、そんなに酷評でしたか。私は松竹座でちょっとガッカリしたので今回はどう感じるか、自分で自分が楽しみです。夜の部は千穐楽に見る予定です。

投稿: SwingingFujisan | 2011年12月18日 (日) 14時57分

SwingingFujisan様
 今晩は。今日、日生の昼の部観てきました。
 懸案の「勧進帳」、海老蔵の弁慶、初見ですが、あまり、今までみたことのない弁慶でした。成田屋宗家がこれでいいのかということはありますが、観ていて飽きない弁慶です。セリフの語尾がはっきりせず、内容が聞き取りにくいという欠点はあるものの、ふにゃふにゃした発声ではなく、意識的に低温を響かせるやりかたでした。そして、何より、大目玉の「海老蔵見得」、真剣勝負のような、迫力で、観客を魅了していました。欠点をあげつらえばいくらでもありますが、これだけのオーラで観客を包み込む役者はそうはいないと思います。
 松緑、安定はしているのですが、せりふの独特の癖がきになります。一方、染五郎の義経、この年代の義経のなかではまぎれもなく一級品、この優、無理に弁慶をしなくともいいのではと思います。

投稿: レオン・パパ | 2011年12月23日 (金) 18時02分

レオン・パパ様
こんばんは。コメントありがとうございます。
今日の昼の部は、夜の部の演目だったんですね、そういえば。
弁慶は、私が9月に松竹座で見たのと変わらないかもしれません。大目玉は、私としては目をひんむき過ぎだと思い、あの弁慶は全体にあまり好きではありませんでしたが、日生ではさてどう感じますかしら。オーラが失われていないのは嬉しいです!! あのオーラは海老蔵にしかないものだと思いますもの。
染五郎さんは、義経のような役がニンなんですね。私も無理に弁慶やら何やらしなくてもいいんじゃないかと思っています(でも、本人はやりたいんでしょうねえ)。

投稿: SwingingFujisan | 2011年12月23日 (金) 19時15分

 ん〜ん、どうにもねぇと思っていた違和感の理由がようやく分かって、解決したのでメールしてみます。
 あの横川覚範って変じゃありませんか。善玉を舞台に押し戻す無理、歌舞伎の論理をひっくり返す無茶をするくらいなら、役そのものを止めるほうが厄祓いだと思います。

投稿: 霧子 | 2011年12月25日 (日) 22時48分

霧子様
コメントありがとうございます。
碁石を豆とし浄雲らを鬼に見立てて退治する忠信が押し戻される…確かに押し戻しとしては変ですよね、厄が戻ってきてしまう。しかもそこが見せ場の一つともなっているんですものね。歌舞伎って何でもあり、こちらも理屈抜きで楽しむということですかしら。海老蔵さんが登場して客席も一段と沸きましたから(私も、その1人です…)。
長い間上演されないのにはそれなりの理由があるのでしょうが、この押し戻しもその一つなのかもしれませんね。

投稿: SwingingFujisan | 2011年12月25日 (日) 23時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1083822/43325064

この記事へのトラックバック一覧です: リベンジしようか日生劇場初日:

« 12月はやっぱり討ち入り | トップページ | 皆既月食 »