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2012年4月

2012年4月30日 (月)

もっと時間たちすぎ…「賭け」

419日 チェーホフ短編集「賭け」(あうるすぽっと)
前日の頭痛を引きずっていて、よほどドタキャンしようかと思ったが、せっかく華のん企画で取ってもらったチケットだし、頑張って出かけた。しかしやっぱりキツかった。
芝居はとにかく面白いの。面白くてよく笑いもしたんだけど、頭痛をこらえるために眠りたい欲求も強くて、戦うのに必死。12人おいた隣では大ウケしていて俳優さんは絶対そっちを見る。すると視野に口を半開きにして笑ってるんだか寝てるんだかの私も入る。ごめんなさ~い。ほんと、体調悪かったんです。
で、それなのに、なんとアフタートークもあるって。正直早く帰りたかったけどはずせないじゃない。粘りました。以下、アフタートークを中心に(トークの内容は順不同)。
今回の「賭け」は2年前の4月に同じ華のん企画が上演した「チェーホフ短編集2」と同じ。
出演者は半分が初演と同じで半分は「短編集1」からまわってきたそうだ(再演組:佐藤誓、伊沢磨紀、戸谷昌弘。初演組:山口雅義、山田ひとみ、三咲順子)。自己紹介で佐藤さんが「犬をやりました佐藤誓です」と始めたものだから山口さんが「僕も犬をやりました」、戸谷さんが「犬の飼い主をやりました」、とここで演出の山崎清介さんが「いい加減にしなさい」と窘めたので伊沢さんは「森番と警察署長をやりました」。しかし三咲さんの再び「シベリアネコをやりました」で山田さんも「犬をやらせていただきました」、とまた動物に戻っちゃった。
初演組と再演組の混成メンバーであることについて。
佐藤「やりづらくはない、新鮮だった」
山口「全員が初演だと1からのスタートになるが再演組が3人いるので空気ができていた」
戸谷「初演の人にストラークゾーンを広げてもらいたい。役に固まることのないように気を付けた」
三咲「伊沢さんがお母さんみたい。パート1で同じ釜の肉まんを食べていたので安心だった」
山田「初演は客席で2回、稽古場で1回見た。DVDは見ていない。もともとの空気をどう受け止めるか、最初は探っていた」
(伊沢さんの話は聞き漏らした)

山崎さんによれば、チェーホフの作品を色々読んだ中で「賭け」が一番印象に残ったそうだ。このお芝居は山崎さんが「賭け」を外枠にして「物騒な客」「忘れた
!!」「彼と彼女」(原作は手紙形式だが、舞台は会話にした。この会話が実に効果的)「カメレオン」「魔女」をその中でうま~く交錯させたもので、山崎オリジナルの部分も多々あるようだから、この芝居の面白さはチェーホフの面白さであると同時に、あるいはそれ以上に山崎さんの面白さと言っていいだろう。しかも、ここがスゴイと思うのは、何か区切りがあったり場面転換があったりして次の短編が始まるのではなく、前の短編のセリフがそのまま次の短編につながって話が始まるのである。それだけに役者さんの力量も問われるところだろう。そして役者さんたちは見事にその腕を見せた。
各短編はかなり無理やりつなげたそうで(いやいや、実によくつながっていたと思う)、各短編のエピソードを引っ張り出したり「賭け」の中にもらったり。最初の
6人(「賭け」の登場人物)は劇中劇の人になり、ねじれて戻る(「賭け」→5つの短編→「賭け」へと戻る)。メビウスの輪のようなもの。殺人のエピソードはチェーホフにはない(銀行家が法律家を殺しちゃったんじゃないかとみんなに疑われる)。不条理が好きなのでその影響はあるという山崎さん。
初演は
11つの作品を縦にしていた、それを横にするために稽古中にセリフを変えることしばしばでたいへんだったということであるが、今回は1カ月たっぷり稽古をしたそうで、通し稽古は7回、なんと本公演の6回よりも多いのだとか。
それに関して佐藤さんは、「初日(
18日)はとくに緊張しなかった。初演のDVDを見たが、ただ喋っているだけでいっぱいいっぱい、ガッカリした。今回は一念発起して頑張るぞという気持ち。しかし稽古場では客がいないのでどんどん笑わなくなる。何が面白いのかわからなくなった。お客の反応があると面白い」と語っていた。
歌舞伎でもそうだし、役者さんとしては当然のことだと思うが、客の反応は役者さんの昂揚感にも影響するようだ。三咲さんは「お客さんの息遣いを感じてみんなでひとつになった」、山田さんは「お客がぐっと集中する瞬間とほぐれる瞬間がある。反応が良いのでこちらもつられて笑いそうになった」(そうそう、たしかに山田さんが笑いをこらえていることがありました)。

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2012年4月29日 (日)

時間たちすぎ…「法界坊」

420日 「法界坊」(平成中村座)
観劇から時間経ち過ぎ…。

「とざいと~ざい」でナレーションが登場人物を紹介しつつ、黒衣を使って面白おかしく手短にここまでの話をまとめる。黒衣さんもノって舞台を盛り上げる。そして芸者2人が「○○(地名)の××様」とお大尽席のお客の名を挙げる。たまたまこの日のお大尽席は女性ばかりで、「女4人の女子会だわ~」。
そこへしのぶ売りに身をやつした野分姫(七之助:可憐!!)が登場。そのあまりにおっとりした物言いに芸者2人はズコッ。このおっとりには後でも笑わされる。
ゾッコン惚れたお組(扇雀)を見る山崎屋勘十郎(笹野高史)の表情が可笑しくて可笑しくて。お組がそばにいるという喜びでなんと、笹野さん側転しちゃった。その身軽さに客席ビックリ、そしてやんやの大拍手。
お組、その父・永楽屋権左衛門(彌十郎)と勘十郎が祝言のことでごちゃごちゃ揉めているうちに法界坊がやってくる。浅草龍泉寺の釣鐘建立を呼びかける声が鳥屋から聞こえてきた時、一瞬勘九郎さんの声かと思った(ふだんは勘九郎の声が勘三郎に似ていると思うのに、この時は逆)。法界坊もお組に惚れていて、ここでまたひと騒動。お組はようよう料亭宮本の中へ逃げこむ。お組の扇雀さんは、以前は4人の男(要助、勘十郎、法界坊、正八)に惚れられるほどの美形かぁ?などと思ったが、今回はきれいで年齢的にもそんなに違和感なく愛らしかった。
そこへ悪代官がやってきて、かねて法界坊に命じておいた吉田松若の行方と吉田家が紛失した「鯉魚の一軸」の詮議を確認する。金になる仕事だとウキウキする法界坊、それを窺っていた永楽屋の番頭正八(亀蔵)。2人は体を揺らし、リズムに乗りながら宮本の中へ入っていく。暖簾をくぐって客席から見えなくなっても2人がリズムに乗った動きを続けているのが桜席から見えた。
宮本の座敷では永楽屋の手代要助、実は吉田松若(勘九郎)とお組がイチャイチャしながらの痴話げんか。その後ろでせっかく要助の手に入った一軸を法界坊が釣鐘の幟とすり替え、さらに勘十郎が幟と掛け軸をすり替えるというはちゃめちゃな場面がある。これまで2回見た「法界坊」では、この場面はめちゃくちゃ面白いもののやや冗長な気もして、今回「法界坊」はパスしようかとちょっと考えないでもなかったのは、この場面のせい。ところが、今回のこの場面はちっとも長くなかった。とにかく笑って笑って笑っているうちに終わっていた。勘三郎さんと笹野さんが客を笑わせている間、それに気づかない演技をしている勘九郎さんと扇雀さんはかなり苦しいだろうなと思う。
さて、可笑しな2人がいなくなると今度は番頭正八の番。一軸を買い取るための百両を貸すと言って要助に証文を書かせる。この時にも黒衣さんが大活躍。要助に硯を渡し、なかなか仕事のはかどらない本人にかわって墨をすり、挙句に既に書きあがっている証文を渡してやる。
要助が席をはずすと正八と再び現れた法界坊がお組に言い寄る。番頭は番頭で軟体動物のようにねと~っとお組に迫る。その可笑しさ。
法界坊、番頭、勘十郎、権左衛門が入り乱れてのぽかすか殴り合いの場面でもまた黒衣さんが活躍。2人で襖を両側から合わせて、殴り合いを隠す(もちろん桜席からは丸見え。殴り合いはさほどどうってことはない)。
ここへ割って入った道具屋甚三郎(橋之助)。勘三郎さんが楽屋オチで色々チャチャを入れる。「(自分は)要助とお組のちちくり合いを見た見た見た~、みたひろこ」。甚三郎に証拠はあるのかと責め立てられて「まだ病み上がりだから」とひっくり返ったり、証拠の手紙をお大尽席に見せに行ったりまるで子供な勘三郎・法界坊(手紙ははじめ一番近い桜席に見せようとしたのが、ここは貧乏席だから見せる価値なしってことで、急遽お大尽席のほうへ走っていったのだ)。勘九郎さんに対しては「名前を変えたからって威張るな。だいたいお前は臆病なんだ。小さいときお化け屋敷に入れなかった」。等々。
最後は甚三郎にこてんぱんにやりこめられた法界坊がかっぽれでひっこむ。客席からは手拍子が起こる。橋之助さん、「元気になったらよく喋る」と一言。
こういう、場を収める橋之助さんは実にカッコいい。
ここまででまだ序幕第一場。ふ~っ。

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2012年4月28日 (土)

6月昼の部は全完売

Web松竹で初日完売でもプレイガイドの割り当てがあるかも、あわよくば、と一般発売日の今日、いろいろなプレイガイドにアクセスしてみたら、ぜ~んぜんつながらなくて、正直ビックリした。完全に認識不足だわ。
Aプレイガイドは10分で完売。
Bプレイガイドは10:43にやっと入れたけれど、完売。
Cプレイガイドも既に完売。
プレイガイドに至ってはアクセスすらできない(10:53現在)。
Web松竹も10:30過ぎくらいまでは入店できなかった。今見たら、昼の部は全部完売になっていた。

ひどい席ではあっても、一応取れただけいいとしよう。これで諦めがついて、他の予定を立てることができそう。
ヒカリエの亀博に行くつもりだったけれど、この調子じゃどんな混雑になるかと気が削がれるなあ。
追記:Dプレイガイド、やっとアクセスできた。当然、結果は同じ。

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2012年4月27日 (金)

とても面白かった七段目:演舞場千穐楽夜の部②

425日 四月大歌舞伎千秋楽夜の部(新橋演舞場)
前回の感想で一文字屋お才(亀鶴)と判人源六(薪車)について触れなかった。世慣れたお才といかにもそういう商売な感じの源六のやりとりは面白かった。亀鶴さんの女形を初めて見たのは浅草歌舞伎の若葉の内侍だったと思う。その時はいまひとつピンとこなかったのだが、このお才は雰囲気が感じられてよかった(お才という人はいつもうまく摑めない。しかし今回、なんとなく少しわかってきたような…)。亀鶴さんにしても薪車さんにしても、芸の幅が広く、度の役でも達者だなあと感心する。
「七段目・十一段目」
全体にとても面白くて一気に見てしまった、という感じ。けっこう泣かされもした。若手の芝居は、わかりやすいのだろうか。
福助さんのおかるが素晴らしくよかった。私が福助さんを苦手なのは、時々変顔をしたり、過剰な演技をして品を落すからであって、今回もおかるの配役がね~という気持ちだったのだ。ところが、六段目で化粧鏡に向かっているおかるにはっとさせられ、七段目ではその憂いを含んだ美しさ、兄とのやりとりでの可愛らしさに惹きつけられたし、父親と勘平の死を知ってからのおかるには泣かされもした(父親の死に驚く福助さんに対し、客席の一部から笑いが漏れたような気がしたが…。気のせいだったら失礼)。オペラグラスを忘れたので細かい表情まではわからなかったが、変顔もしなかったんだろうと思う。おかるという女性の心を福助さんがしっとり、ほんのり色気を感じさせて表していた。
松緑さんの寺岡平右衛門は形がいかにも奴(奴凧の奴を思わせるような)らしくて、セリフはメロディー的に時々気になることもあるのだけれど、実直で気のいい平右衛門の性格にぴったりだと思った。遠目で見ると、正面の顔が二代目に似ているような気がした。千崎、竹森、矢間の暴走を止めて突き落とされ座敷から飛び降りる身軽さ、由良之助に布団をかけてやる仕草、その他諸々、松緑さんの身のこなしがきれいだった。おかるに勘平の無事を尋ねられて答えに窮し、「達者だ、大達者だ」と返さざるをえない心中には泣けた(ここも、窮状にある平右衛門に客席が笑っていたような…)。
突然おかるに斬りかかる平右衛門、恐怖に逃げ惑うおかる、ここからのやりとりは少し疲れることもあるのだが、今回は(自分の中での)中だるみもなく非常に面白かった。
酔った染五郎さんの大星ははじめは線の細さが気になったが、斧九太夫に対する悔しさ・怒りの爆発がこちらの胸にも響いて手に力が入り、泣けた。四段目の最後、判官が切腹した九寸五についた血を口にして泣いた由良之助が甦ってきて、本当にここは感情が高まった。いっぽうで酔った由良之助を見ていると染五郎さんって、清潔感もあるのに頽廃的な色気があるなあと思った。幸四郎さんのイメージだった四段目と違って、ここは吉右衛門さんのイメージがしたのがよかったかも。
千崎(亀寿)、竹森(萬太郎)、矢間(巳之助)の三人侍では、セリフの激しさ以上に亀寿さんの千崎に苛立ちが一番表れていたように思った。

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2012年4月26日 (木)

とてもわかりやすかった五・六段目:演舞場四月千穐楽夜の部①

425日 四月大歌舞伎千秋楽夜の部(新橋演舞場)
遅れついでにチェーホフ「賭け」、中村座「法界坊」を差し置いて、興奮冷めやらぬうちにこちらを。
「どうかしてるぜ」続きで、演舞場に向かう電車の中、「オペラグラス忘れたっ」。
座席は花外、後方。獅童さんの定九郎はまず見えまい。
「五段目・六段目」
藤十郎型という五段目・六段目、東京の音羽屋型は色男勘平を際立たせ、「美」を追求する。初めて見る藤十郎型は美の追求というよりはリアルさで客を芝居に引きずり込む。非常にわかりやすく、またこの物語が勘平の物語であると同時におかやの物語であることがはっきりわかる。
音羽屋型には音羽屋型のよさがあり、泣かされるけれど、わたしは今回の型のほうが好きかも(と言いながら、次に東京の勘平を見たら、泣きながら「よかったぁ!!」と言いそうな気がする)。リアルでわかりやすいだけでなく、音羽屋型の息も詰まるような重苦しさがなかったから。正直、六段目は重くて見るのに覚悟がいる。だから今月はリピートしないことにしたのだが、これならもう一度見たかった、いや見るべきだった。千穐楽ではもう遅い。
とくに面白かった(興味深く、納得がいった)のは、勘平のスタンスの違いだろうか。真実が明らかになり、自分が追い詰めたために勘平が切腹したことを詫びるおかやに対する「望みかなわぬその時は(つまり、討ち入りのメンバーに入れない時は)切腹するのはかねての覚悟」との勘平のセリフが勘平の一貫した気持ちを象徴しており、私はいたく感動した。泣きはしなかったが、泣かずとも共感し、武士の一分を通した勘平にスッキリした気持ちにさえなった。
「二つ玉」は、勘平の撃つ鉄砲の音が鳥屋でパンと響くだけ(実際に火薬のにおいが漂ってきた)、勘平は花道では撃たない。イノシシも花道から本舞台を上手へ駆け抜けるだけ。撃ち倒したと思ったイノシシが実は人間であったことを知る場面は、定九郎の足にちょっと触ってすぐに胴体に触れ、はっとする。音羽屋型は、足に紐を引っ掛けるためにさんざん足を探るのである(ここは、定九郎役者がくすぐったくないのかしらといつも心配になる。私だったら、触られた途端、ぴくっと足をうごかしてしまいそう)。人間と猪では足の毛の生え方が全然違うからちょっと触っただけでわかりそうなものなのに、といつも思っていたので、今回のやり方は自然で納得がいった。
帰宅した勘平は紋付ではなく普段着に着替える。これも自然な気がする。
与市兵衛の遺骸は座敷ではなく上手奥の部屋へ安置される。今までは座敷に運ばれるのを何の不思議もなく見ていたが、奥へ運ばれるのを見たら、やはりこちらのほうが自然なように思えた。
勘平は居ても立ってもいられない。音羽屋型はここで突っ伏すのみ。勘平の動揺、茫然がわかって今回のほうが面白い。
勘平を訪ねてきた2人侍(途中、子守娘に道を尋ねる。音羽屋型にはそんな場面なかった。いかにも田舎の子守娘で印象的な喜昇さん)を迎えようと、勘平は押入れから刀と紋付を取り出しす。音羽屋型では、勘平が逃げ出すのではないかとおかやは勘平の腰に取り付いて、そのまま勘平はおかやを引きずりながら戸口へ向かうが、藤十郎型はおかやと勘平で紋付を取り合い、勘平から紋付を奪ったおかやはそれを胸にしっかり抱えるだけで、勘平に縋りついたりはしない。それが勘平の最期に効いた。死にゆく勘平の背中におかやがそっと紋付をかけてやるのである。合掌はないが、意外と悪くなくここは泣けた。
おかやの訴えで勘平が義父を殺し50両を奪ったと思い込んだ不破と仙崎は、そのような非道は塩冶家中の恥と不快を示し、立ち去ろうとする。事情を知ってもらおうと必死で留める勘平の気持ちが切ない。

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2012年4月25日 (水)

どうかしてるぜ

この前、中村座のチケットを忘れたと思ったら、今日は6月演舞場の発売をす〜っかり忘れていたshock 
発売日の発表と同時にカレンダーにも手帳にも書き込んでおいたのにぃbearing
で、初日はすでに完売crying 初日を除いては私は月の半ばくらいまで予定が立てられないので、しょうがないから昼も夜も後半にした。
しかも気がそがれて、3Bの花道なんか見えそうもない席を取ってしまった。でも花道見えなくても宙乗りはよく見えるかな。
これから出かけるんだけど、まあ、その前によくぞ思い出したってところか
sad
あ〜あ、まったく最近どうかしてるぜ(ブラマヨかっcoldsweats01

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2012年4月24日 (火)

終わって寂しい「絵本合法衢」②

うんざりお松とお道
二幕目第一場、四条河原の場。蒲鉾小屋のムシロが上がると、お松が煙管をふかしている。去年は何もしないでただ、顔を見せただけだった。手持無沙汰なお松より煙管(傾城のもつ赤い煙管ということで、昔お松が色町で働いていたという過去を示すのだそうだ)を持ったお松のほうがお松らしくていい。乞食を束ねる姐御の貫録たっぷりだ。
大学之助の家来で乞食の仲間に入った多九郎に、お松が自分は近江の大百姓の娘だと言って首から下げた守り袋に入った出生証明書みたいなものを読ませる場面があるが、そんなものわざわざ見せるのって不自然だと思っていた。そうしたら千穐楽は、「なんだい、(大百姓の娘だってことを)信じないのかい?」といったようなお松のセリフが入っていて、私の不自然感は解消したのであった。「今年25になるが、これまで持った亭主は16人」にはいつも客席が笑う。
ヘビ使いのお松が道具屋番頭(松之助)のために毒蛇の血を取ってやる場面。テレビでも蛇が出て来たら絶対目をつぶる私だが、ここは作り物だと言い聞かせて、番頭同様こわごわ見る。客席にも同じ「こわごわ」な空気が流れている。初日はたしか蛇は少し暴れていたような気がしたが(もちろん、時さまが自分で暴れさせている)、18日も千穐楽もおとなしく皮をはがれ、食いちぎられていた(エグい!! 書いていてもぞっとする)。ちなみに時様はヘビは嫌いだそうだ。好きな人ってそうはいないよねえ。「ひばかり」というのは本当は無毒だが、江戸時代には有毒と信じられていて、「その日ばかりに」死んでしまうからその名がついたんですって。
歌舞伎で見る底辺の世界って、新入りがいじめられたりしているような気がするが、ここはお松の人柄なのか、みんな仲がいい。
お松と、お松が惚れている太平次の女房・お道(秀太郎)の女のさや当てが面白い。お道もけっこうお松を意識しているから、女房の強みを見せつけて。
強請りに向かうお松の着替えは、去年は袖でやったが、今回は蒲鉾の中で(舞台では見せるため蒲鉾の外で)。着替えを見せながら舞台が回り、そのまま道具屋になる。
お松が井戸に放り込まれて太平次に殺される場面は、背中から落ちる。強請りに失敗して太平次に捨てられるんじゃないかと気がかりで半分甘え半分脅すお松。2人が夜道をぶらぶらと歩く場面はワルとはいえ美男美女のカップルで、目に楽しい。
殺されるお松は気の毒ではあるけれど、あんまり可哀想とは思わなかった。かわいそうなのはお道のほう。いがみの権太の女房に通じるものがあるけれど、太平次は根っからの悪人、ついに「戻る」ことはないのだ。秀太郎さんは殺される時、これまでは茫然と立ち尽くしてやがて頽れるという形を取っていたが、千穐楽は断末魔の苦しみに手を空で掻いてもがくようにして死んでいった。秀太郎さんの赤い眉が素敵だった(これまでも眉毛赤かったかなあ。気が付かなかったわ)。
なお、時様は宗十郎丈のお松を参考にしたそうです(1980年の公演では宗十郎丈はお松と与兵衛の2役)。
太平次
大学之助が嬉しそうに人を殺すなら、太平次は平然と当たり前のように殺す。とにかく目の前にいる者が邪魔だから、殺す。女房のお道でさえ、邪魔になったら平気で見捨てる(お道を殺すのは太平次ではないが、一緒にいた雲助に殺しを命じる)。一番凄惨な場面は、お米(梅枝)と孫七(高麗蔵)殺しだろう。本来なら陰惨きわまりない場面(そして、何度見てもここはハラハラしてしまう)。しかし太平次の殺しを見ていてもそういう印象よりも美しさみたいなものを感じてしまう。殺すほう殺されるほうの形の美しさもあるだろう(梅枝クンの儚げな可憐さ。恐怖の中で身の自由を奪われながらも道を切り拓こうとする必死なお米から目が離せなかった)。でも何と言っても、仁左様の太平次には卑しさがなく、色気と愛敬が溢れているからではないだろうか。太平次役として私には仁左様しか思い浮かばない。
その太平次もいつの間にかこの世からいなくなっている。大学之助の影のような存在であったことがここでもわかる。

仁左様の宮城県での歌舞伎公演支援で、仁左様のサイン入り舞台写真が数点販売されていた。18日の観劇時に2点購入したheart04  瀬左衛門殺しで刀を立てて見得をきる大学之助(後で見たら、プログラムの去年の写真の中にそれに近いものがあった)と、お松を投げ込んだ井戸の縁に足をかけて覗きこむ太平次。

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終わって寂しい「絵本合法衢」①

418日・23日「絵本合法衢」(国立劇場大劇場)
18
日が2回目、そして23日千穐楽に3回目の観劇。18日は初日に比べ進行がずいぶんスムーズになっているようだった。
そういえば初日と千穐楽は雨だったなあ。
幕が開くと殺人現場、そんな衝撃的な幕開きで始まり、チラシに写真の出ている出演者11人のうち殺されないのは1人だけ(誰でしょう、わかりますか?)というキョーレツな殺人物語、何度見ても面白くハラハラドキドキする。その主役のあの極悪人にもう会えないのかと思うと寂しい。
<嬉しそうな極悪人・大学之助>
18
日は1階後方、花道近くの席(ネットでそこしか出てこなかったんだけど、実際には最後列が空席で、できたら移動したかったわ)、23日は最前列センター。やっぱり最前列はいいわねえ。序幕・水門口の前で仁左様の顔が深編笠の下から見える。
下郎を殺して立ち去ろうとするところへ高橋瀬左衛門がやってくるのが見え、隠れる大学之助。高橋の中間のもつ提灯を叩き落として花道へ。瀬左衛門が見とがめると、小柄を投げつける。本舞台で瀬左衛門が怪しむまま定式幕が閉まる。花道に残った大学之助は笠を取り、にまっと不敵な笑いをもらす。ああ、何と大きくて魅力的。暗い夜に咲いた悪の華。
大学之助が引っこむ間に、本舞台はひっそりと2人が殺された闇夜の水門口前から明るい昼の土手道に変わり、農民たちが一休みしている。この場面転換が見事だなあとふと思った。背景の絵にある畦道が平面なんだろうに盛り上がって見えた。
闇でも昼でも大学之助の悪は止まらない。大学之助が大切にしている鷹が逃げ出し、探し回っているお鷹番の松浦玄蕃(男女蔵)は花道をこちらへやってくる大学之助を本舞台で手をついて待つ間、恐怖のあまり震えていた。恐怖政治(便宜的にこの言葉を使う)の怖さは側近がよく知る。土手でどっかと床几に腰かけた仁左衛門・大学之助の大きさに圧倒される。
その大学之助が一目惚れしたお亀(孝太郎さんは千穐楽が一番きれいだった。愛之助さんに寄り添う姿が可愛い)と夫・与兵衛は危ういところを瀬左衛門に助けられる。その時の大学之助、全身に力を込めて怒りにわなわなと震えていた。その間にも悪巧みを考えている様子の大学之助、瀬左衛門殺害を思い立った時の嬉しそうな顔。だいたい、大学之助という男は人を殺すのが嬉しくてしょうがない、といった感じなのだ。
そして何ともむごい子供殺し。さすがに側近たちもこれはまずいと諌めようとしたが、大学之助の勝手な理屈を呑み込まざるを得ない。恐怖政治の下では自分もそっちにつくのが生き延びる知恵というものだということだ。ヘタに諫言したりしたら瀬左衛門のように殺されてしまう。
一見のどかな田園風景も血にまみれ、舞台が回るとそこは瀬左衛門の家。
子の遺骸を前にした大学之助、瀬左衛門、殺された子の両親の緊迫した場面。母親の身をよじっての嘆き悲しみは身につまされる。嶋之亟さんが全身で悲しみ・空しい抗議を表していた。身分制度の不条理はどうしようもない。
百姓夫婦はお殿様に丸め込まれ、だまされた瀬左衛門(弟・与兵衛の許嫁であるお亀を見る目がとても優しい)はあえない最期を遂げる。瀬左衛門の弟・弥十郎に対する大学之助の都合のいい言い訳に、思わず客席から失笑が漏れる。
扇で半分顔を隠した大学之助、ぺろっと赤い舌を出したところで幕。なんという愛敬。

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2012年4月23日 (月)

国立劇場研修発表会:座談会

418日 伝統歌舞伎保存会研修発表会座談会
時蔵、秀太郎、仁左衛門、左團次、孝太郎、愛之助(下手側からの並び順)という豪華なメンバーによる座談会。織田紘二さんの司会による座談会は、左團次さんの「らしい」アウトロー(?)ぶり、秀太郎さんのやんわりとした話しぶりに、客席も笑い感心し、和やかな雰囲気が流れ、稽古や芸の継承に関する非常に興味深いお話を聞くことができた。
今回の石切梶原はやはり松嶋屋型で仁左様はすべての稽古に立ち会ったそうである。「11人のレベルでよくやった。客席のあたたかい応援がありがたかった」と仁左様。以下、話がちゃんとつながっていなくて唐突になってしまうところもあるかと思うけれど、ざっと話の内容を。
織田:歌舞伎はどういう時代にあっても多くの後継者を生んでいる。歌舞伎は不滅である。歌舞伎の継承はビデオがあった時代と、ビデオがなくて実際に見るしかなかった時代に分かれるが、ビデオがなかった時代の高島屋さん、どういう修業をされましたか?
左團次:自分は修業らしい修業はしていない。どうでもいいやで長年やってきた。今回の「石切梶原」は、夜寝られないので昼間稽古に付き合って寝ていた。たまに目を覚まして「いいよ」と言う程度。みんな初めての大役だろう。自分も分不相応の役をたくさんして、先輩方の寿命を縮めたと思う。
ある噺家が先輩のところにカセットテープをもって稽古に行ったら「もう来なくてよい」と言われた。歌舞伎も同じようなものです。
織田:同じような時代の秀太郎さん。
秀太郎:ビデオはなかった。関西歌舞伎はとくに修業はない。雀右衛門さんが友右衛門時代に手取り足取り教えてくれた。それが大変役に立った。
織田:真ん中あたりに立つのではないか(というところで、時様が自分かと腰を浮かしかけたが)ということで松嶋屋さんは?
仁左衛門:若いときはビデオはなかった。マンツーマンで稽古。父に吉田屋を厳しく教わった。浴衣姿なんだが、まさにそこに伊左衛門がいる。それだけで圧倒される。様々な先輩の型を教わった。最後に教わったのは沼津の十兵衛。その頃には「はい、わかるでしょ、そこはこう」という感じ。ビデオは深みがない。(この話の時、仁左様は「おとうさま」「教えてくださった」などと敬語を使っていて「おや?」と気になったが、それだけ父親を尊敬し、また役者としては父子ではなくて先輩後輩という気持ちでいるのだろうと感銘を受けた)
織田:もう少し若い時蔵さんは?

時蔵:色々な人に教わる。梢は又五郎さんに教わった。又五郎さんは全部のセリフを言って教える。一番怖かったのは成駒屋のおじさん。
女形は相手役なので、相手の役者さんに誰に教わったらいいかを聞いてその人のところへ行く。(今回は言わなかったが、時様は前に、ビデオでは形だけ、心が入らない、また収録の日がいいとは限らないと言っていた。)
孝太郎:沼津のお米は伯父のところへ行った。「教えることないんだよね~」と言われた。芝翫さんは相手役によって違うから今回の相手は誰?ときいて、その人の映像を見ながら教えてくれた。
織田:国立劇場には全作品の映像記録が残っている。俳優はいつでも見られる。
愛之助:映像は「どうしてここで止まっているのか」とか、カメラが別の角度に飛ぶから肝心のところがわからない。今回は指導者として名を連ねているが、自分も勉強になった。
織田:稽古場は勉強の場。
時蔵:指導する稽古場は(自分が稽古する稽古場とは)違う。

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2012年4月22日 (日)

国立劇場研修発表会:「梶原平三誉石切」

418日 伝統歌舞伎保存会研修発表会「梶原平三誉石切」(国立劇場大劇場)
年々、夜だけ出るのが億劫になってきたのと、どうしても千穐楽までにもう一度「絵本合法衢」を見ておきたかったのとで、ちょうどいいから昼間の本公演も見た。のが、身体的にはちょっときつかった。本公演の途中でモーレツに頭痛がしてきて、研修発表会が終わるまであとを引いたし。
研修発表会は自由席で完全入替制なので、本公演のあと外にでると、もう長蛇の列。5時半開場に対し4時過ぎにはもう待っている人がいるようだったもの。とりあえず最後尾につく。515分より少し前に列が動き始めたから、予定より早く入れるのかと思ったら、あまり列が長いから劇場内に一部を入れただけのことだった(館内に入りきらない列はそのまま外で)。開場時間になっても列がくずれないよう、テバリケードープで区切られたコースを整然と入口へ。私の狙いは最初から花外最後列。もう前のほうは空いていないだろうし、ここで竹蝶さんの花道の出入りを見たかったから。
前置きが長くなった。
出演者の緊張が伝わってくる。全体としては、後の座談会で仁左様が言っていたように、肚で見せる芝居のむずかしさを考えると、それぞれのレベルでよくやった、というところだろう。
梶原というと私は(多分)吉右衛門さんと幸四郎さんしか知らない。たか志さんはちょっと硬い感じがしたが、指導の仁左様の雰囲気が出ていたのだろうと思う。石切りは正面を向いて、2つに分かれた間からぱっと前に飛び出す。華やかなだけにタイミングといい颯爽とした感じといい難しそうだなと思った。
大庭の左十次郎さんは泰然自若として声がいい。動きがない役だけに難しかっただろう。
俣野の左字郎さんが非常にうまかった。左字郎さんは一昨年あたりからスリムになって女形などもやっているが、俣野のような敵役も声に張りがあるし動きも大きく愛敬があって、非常に印象に残った。
六郎太夫の仁三郎さんは何年前だったろう、歌舞伎フォーラムで「息子」の息子役をやって、以来注目していたが今回は老け役。自然な感じでよかった。
梢の竹蝶さんは可愛らしさ、父親への愛情、必死さは見えたがだいぶ緊張していっぱいいっぱいだったようで、ガンバレ!と心の中で声をかけた
剣菱呑助、あの二枚目・松次郎さんのメイクに軽いショックを受けて(全然面影ないんだもの)、気が付いたら焼酎がどうこうと言っていて、間もなく引っこんでしまった。残念。

梶原方大名の松太朗さんがりき彌さんに代わっていたが、急遽の代役だろうにちゃんとセリフも入っていた。大庭方大名の信蝶さん、中村座の試演会の時にも思ったがセリフがずいぶんよくなっていた。
伏見の富くじの小春ちゃん(狆)で俄然注目の千壽郎さん、梶原方大名姿もやわらか凛々しくて素敵だった。
1回勝負の試演会や研修発表会。緊張に打ち克っていい演技をするのは至難の業だろうが、一生懸命な姿を見ると感動してもっと活躍の場を与えてあげたいと思うし、こういう機会を得ることでたとえセリフのない役でもそれは物語の空気を作る大切な役の一つであり、そういう経験によって脇としての深み厚みを増していくのだろうと思った。
たくさんかかった大向こう、ふだんは旦那や若旦那にかかる「○○やっ」の声が自分にかかるんだもの、演者の気持ちもさぞ昂揚したことだろうが、声がかかることへの責任みたいなものも感じたのではないだろうか。

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2012年4月21日 (土)

情けなやチケット忘れ、有難や芝居満喫

昨日、中村座の昼の部を見てきたんだけど…。
朝、後楽園で地下鉄を降りようという時になって、「うへっ、チケット忘れたshock」ことに気づいた。今さら戻れっこないし、どうしよう。
そうだ、チケット取った時のメールが携帯に保存してあるはずだ。全然メールの整理をしてないから、画面を戻して戻して2月の17日付けでやっと発見。これと歌舞伎会の会員証を見せて何とかお願いしよう。
ちょっとドキドキしながら、入口手前に立っていた男性職員にきくと、チケット売り場へ行くように言われた。またドキドキしながら(私、気が小さいのだ)チケットを忘れたことを申し出ると予約番号を訊かれた。携帯の画面を差出し、チケットのおねえさんが必要事項を書き取り、パソコンで確認する。会員証も一生懸命差し出したけれど、「予約番号で確認しますから」とあっさり言われ、早々に引っこめる私。
無事に確認が取れて、仮チケットを発行してくれた(ホッ)。
その後、「チケットはご自宅にあるんですか?」「はい」「それなら大丈夫ですが、本チケットをもっている方が来られたらそちらが優先ですから」という遣り取りをしたが、ってことは、万が一のトラブルもないとは限らないってことか…。
チケット忘れたのはいつだったかの国立以来2度目。情けない
wobbly
しかしおかげさまで「法界坊」、目いっぱい楽しんできた。娘を連れてみるならこっちだったな、と激しく残念bearing

観劇の感想が滞っております
coldsweats02

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2012年4月20日 (金)

時は止められないから--パラパラで泣く

よかったら、→ココ見てください。
ラスト、思わず泣いてしまいました。
時は止められないから、ちゃんと生きたいと思いました。
鉄拳さんのパラパラは他にも「絆」(→ココ。もう終わっちゃった深夜番組「ゴレンタン」で見た時に泣きました)、「ツナガル」(→ココ)があります。
パラパラの域を超えている。

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2012年4月19日 (木)

Eテレで俳優祭放送:今度は2時間

3月に45分枠でダイジェスト放送された第36回俳優祭(1月28日に行われたもの)が今度は2時間枠で放送されるようです。
4月22日(日) 15:00~17:00
だいぶテンション低くなってきたけれど、3月の放送はあまりに短かくて、あれで終わりかいとやや
不満に思っていたから嬉しいことです。

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2012年4月18日 (水)

芝居の魅力を堪能した「シンベリン」

412日 「シンベリン」(埼玉芸術劇場)
120418ninagawa 「シンベリン」は私が華のん企画の子供のためのシェイクスピアにはまるきっかけを作った作品、4年前のことである(その時はじめて「シンベリン」を知った)。
開演前の舞台は楽屋風景。役者の名前の書かれた鏡台がいくつも置かれ、その前で出演者たちが十数人、台本を読んだり、ダベったり将棋をさしたり。やがて主だった出演者も出てきて談笑し始める。
そして開演。全員が一列に並び、一斉に上に来ていたもの(浴衣だったりジャージだったり各自様々)をぱっと脱ぎ捨てる。一瞬にして役者は物語の登場人物になり、舞台は一気に「シンベリン」の世界へ。
物語はブリテンとローマで展開する。荒涼たる風景を思わせる山水画の大パネルが背景のブリテン。クレーターもはっきり見える巨大な満月が浮かんでいる。ローマの場面になると屏風のように並べられた「雨夜の品定め」(源氏物語)の大パネルを背景に、お馴染み、狼に育てられるロムルスとレムルの大きな像、ワシを従えたジュピターの像が置かれている。日本の美に、それぞれの地の象徴を取り込んだ魅力的な美術である。ローマは「なぜ雨夜の品定め?」とはじめ思ったが、その場面を見ていればすぐにこのパネルを使った理由がわかる。この共通点に気づいたとき、蜷川さんはしてやったりと思ったんじゃないかな。
物語はシェイクスピアらしい紆余曲折、ややこしい行き違いがあってのハッピーエンド。多分文章で読んだら複雑な筋で分かりにくそうであるが、舞台を見ているとこのややこしい展開が(最後にすべての誤解が解けるときも、またひと悶着あったりして:このひと悶着がけっこう激しくて笑った)すんなりと理解できるから舞台とは不思議なものである。そして、華のん企画の「シンベリン」もまたよくできた芝居だったとあらためて感心したのであった。

120418otake 大竹しのぶ(イノジェン)は演技力は素晴らしいと思うものの最近若干鼻につくこともあって懸念したが、ぜ~んぜん。全編通して可愛らしかった。その魅力は前半の女性としての姫よりも、後半の男装の麗人としてのほうが圧倒的に素敵だった。便宜的に男装の麗人と言ったが、大竹しのぶの場合、男装の麗人というよりは男装の美少女、いやそういう表現とも違う。なんと言っていいかわからないが、とにかくキュート。「十二夜」の織笛姫が女性に愛されてしまうのに対し、イノジェンは周囲の男性をして「身を挺してでも守ってあげたい」と思わせる。それは一種倒錯したキュートさであろうか(もっとも、男装したイノジェンの周辺には男しかいない)。しかしその姿は頼りなげで可愛くても芯は強い。その強さがまたこの姫の魅力でもある。ただ、「類まれな美しさ」「類まれな高貴さ」「類まれな貞女」(なんて誰かが言ってなかったっけ? 私の勘違いだったらごめんなさい)という印象は受けなかった。もっと親しみやすい、他の男の口説きを受け入れないのは貞節だからというよりは愛への一途さ故という感じがした。
120418abe 阿部ちゃん(ポステュマス)はやっぱりカッコいい。背は高いし二枚目だし、加賀刑事でも魅力的だったあの目がいい。自分の信念、イノジェンに対する強い愛と信頼。しかしそれがヤーキモーの口車で簡単に崩れてしまう。裏切られたこと(実際は裏切られていなくて、ポステュマスがそう思い込んでいるだけなんだけど)への怒りのなんと凄まじいこと。そういう人間の弱さ、苦悩、後悔、希死願望、ポステュマスの激しく揺れ動く心が痛いほど伝わってきた。
120418kuboduka 窪塚洋介は「血の婚礼」がとてもよかったので期待していた。エキセントリックさがヤーキモーにぴったりだった。ヤーキモーは卑劣なテでポステュマスとイノジェンを陥れるわけだけど、最後は心からの懺悔をする。あのエキセントリックなヤーキモーがな~んか普通の人間に見えちゃって勢いもなくなったのが面白かった。窪塚さんのセリフ、演技、とても好きでヤーキモーに腹を立てつつ、魅力的な悪党だとも思った。
クロートン(勝村政信)は頭が弱いのかと思いきや、決してそうではあるまい。どういう育てられ方をしたのか、相手の気持ちを斟酌することなく自分の欲望のみを満たすために生きているのではないか(まあ、だからあたまが弱いといえば弱いかも)。こんなのが国王になったら国の不幸、国はいずれ滅びるであろうから、殺されてよかったのだろうが、勝村さんが王子を思い切り弾けて演じていたからキュートな愛敬も感じられて、ちょっと気の毒になってしまった。でも、その勝村さんが手枷足枷をはめられたポステュマスを救うジュピターとして降臨したではないか
!! 

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2012年4月17日 (火)

自分のメモ的公演情報②

玉様の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」赤坂ACTシアターで上演されるそうです(9/28~10/21)。檀れいさんとの共演。
ACTシアターの玉様では7月6日のコンサートのほうに気をひかれているのだけど、多分ギリギリまで迷うと思う。

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自分のメモ的公演情報①:国立劇場10月の演目は

通し狂言「塩原多助一代記」だそうです(10/5~10/27)。
出演は今のところ三津五郎さんだけが発表になっています。
初めて見るし、名前は知っていてもどんな人物かよく知らないので楽しみです。

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2012年4月16日 (月)

4カ月ぶりの東京駅

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去年12月に東京駅を見た時は全体に仮囲いに覆われていた(↓)。今月10日に久しぶりに見た東京駅(↑)。
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再開発工事中の東京中央郵便局では時計の針が消えていた(↓)ことに今頃気づいたという迂闊さ。後ろに見えるガラス張りのJPビルは、私の頭の中で新しい歌舞伎座の姿にリンクする。
12041602post



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2012年4月15日 (日)

いざ日常へ

12041501plane 日々過ごしている間はたっぷりあった時間なのに終わってみるとあっという間だった2週間。
別にいつもべったりくっついていたわけではなく、互いにそれぞれ出かけたりもしたけど、又しばらく会えなくなると思うとやっぱり寂しい(もっとも次の帰国は2カ月後の予定)。
今日の出発ロビーはとても混んでいて、出国の荷物検査が長蛇の列(無事通過するまで15分近くかかった)で、いつもと違ってゆっくり買い物したり別れを惜しむヒマがなかったのも寂しさを増す一因かも。
桜もほぼ終わったことだし(うちの周辺には歩いて行ける範囲で川沿いの見事な桜並木が3カ所、半径2㎞くらいに足を延ばせばさらに数カ所、電車に乗らなくてもおなか一杯桜を満喫できる)、私は今日から、娘は明日からそれぞれの日常に戻ります。

12041502segway

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2012年4月14日 (土)

亀ちゃんは変人?

ネットでこんな記事みつけた→ココ
以前にも「シャッフル」の出演者が亀ちゃんのユニークぶりを紹介していた記事のことを書いたけれど(→ココ)、亀ちゃんって彼らにとって相当インパクトあったんだね、って亀ちゃんの顔を思い浮かべながら可笑しくなってしまった。

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2012年4月13日 (金)

繊細で美しい日本の技術、型紙:KATAGAMI Style

410日 「KATAGAMI Style」(三菱一号館美術館)
12041301katagami 型紙の展覧会。洋服の型紙ではなく、着物の生地などに文様を染めるための型紙である。
とにかく繊細で美しい。近くに寄れる型紙にはすべて目を近づけて、見た(中には展示位置の関係で近づけないものもあり、とっても残念)。蜘蛛の糸のように細い線、無数の小さな穴…どうやって作ったのだろうか。ビデオで作製過程を流していたが、紙に小さな小さな穴を無数にあけたり、小さな小さな形を切り取ったり、何とも気の遠くなるような細かい細かい職人仕事でただただ感服するばかりである。道具(紙に穴をあける道具)がないときは自分で作るそうで、その作業がまた繊細で素晴らしいのである。そうやって作られた型紙だもの、繊細で美しい。下世話な話だが、そうやって染められた着物が高価なのも当然のことだと思った。
展示は5章に分けられていて、とくに型紙の海外に与えた影響が地域別にまとめられているのが興味深かった。
第一章 型紙の世界――日本における型紙の歴史とその展開
江戸から明治期にかけての型紙とそれを使って染められた着物、浮世絵、紅型型紙・紅型衣裳などが展示されている。素襖、裃にも型紙文様が使われていて、だからといって歌舞伎をとくに思い出す必要もないんだけど、やっぱり歌舞伎を思ってしまう。雛型や見本帳を見ていると、浜松屋の世界が頭のなかに甦ってきた。
第二章 型紙とアーツ・アンド・クラフツ――英米圏における型紙受容の諸展開
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世紀後半に万博などで欧米に紹介された型紙はイギリスの装飾芸術・産業芸術に影響を与えた。ここでは日本の型紙と、型紙の繊細さには敵わないが(と私は思った)それに触発された英米のデザイン画が並べて展示されている。また、型紙に影響を受けた家具や装飾品などもあり(レストランのメニューも!!)、当時、これらの型紙の素晴らしい技術に触れた欧米の人々の驚きが想像できるようである。
第三章 型紙とアール・ヌーヴォー――仏語圏における型紙受容の諸展開
ジャポニズムとして日本文化に関心の高かったフランスでの作品がやはりオリジナルの型紙と並べられている。アール・ヌーヴォーの作品――ルネ・ラリックやエミール・ガレなども型紙の影響を受けているのである。へ~、そうなんだ、いやそう言われればナットクだわ、なんて心の中で独り言をつぶやく。ミュシャやドニの絵にも型紙の影響がみられるというのが面白い。またブリュッセルでも芸術家や建築家が型紙の影響を受けた作品を作っている。
第四章 型紙とユーゲントシュティール――独語圏における型紙受容の諸展開
ドイツ、オランダ、オーストリアの作品が型紙とともに展示されている。蔦文様のティーアンドコーヒーサーヴィスセットが美しい。ドイツ語圏でも絵画への影響がみられる。
第五章 現代に生きる“KATAGAMI”デザイン――型紙に由来する現代のデザイン
型紙の文様を使ったカーペット、ソファ、食器など現代に生きる型紙デザインが紹介されている。デザインはデフォルメされずにそのまま再現されているそうである。

型紙の繊細さは、実物を近くで見るのが一番。写真で見るのとは全く違う感動が湧いてきます。このような技術に接して、日本人として誇らしいと思いました。

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2012年4月12日 (木)

お家騒動ものは面白い:中村座「小笠原騒動」

45日 四月大歌舞伎「小笠原騒動」(平成中村座)
12041201nakamuraza 初めて見るので楽しみにしていた。今回も桜席。題名からお家騒動ものであるとわかるが、予備知識はなし。
まずは序幕で(ネタバレしますが)小笠原豊前守の側室お大の方(七之助)にビックリさせられた。可憐できれいだし、養父佐兵衛(勘之丞)の話を聞いて想像した女性とは大違い。深い仲の犬神兵部(勘九郎)と謀って小笠原家を乗っ取ろうとしているのはいいとして、養父の首を平気で絞めて殺してしまう。なんと恐ろしい女だ。佐兵衛の首に巻きつけられた赤い布が非常に印象的。この布をぐっと引っ張るお大の冷酷な表情にはさっきの可憐さにかわって美しさが際立つ。ここは七之助さんが悪女の美しさをよく研究しているのではないかと思った。
七之助さんのもう一役は善人派のお早。こちらは頼り甲斐がありそうに見えたが案外そうでもなく、あっけなく殺されてしまう。雷を怖がるところがもどかしく可愛い。
お大の方と組む悪役・犬神兵部の勘九郎さんが大きくてカッコいい。もちろん見ているこちらは善人派に肩入れするのだが、悪役が魅力的だからこそ善人側も光るのだと思った。大詰、花道でハシゴを使った兵部と捕手たちとの大立ち回りがある。ハシゴの天辺で手放しで逆さになったのは彌風さん。勘九郎さんは口に太刀を咥え、助走をつけて手を使わずハシゴ途中まで駆け登る。そして後ろ向きに飛び降りる。彌風さんの勇気ある美技と勘九郎さんの豪快な大技に盛大な拍手を送った。
勘九郎さんも二役で、もう一役はお早の夫・小平次。兵部とは対照的なイキのいい善人で、せっかちな感じが小平次の一本気なところを表していた。橋之助さんとコサックダンス風立ち回りや水車小屋での本水ばしゃばしゃ立ち回りが激しく楽しい(勘九郎さんの後十字靭帯、切れたままなんだから…)。千穐楽にはヒートアップするんだろうな。
橋之助さんは最初悪役で返り忠の足軽・岡田良助。最初は善人そうに見せて豹変する(お早をかばうところなんて、色気もあったし素敵だったのに)。ずっとテンションが高くて少し疲れたけれど、その熱演で良助の事情、心境の変化がわかる。できれば生きて自ら訴状を届けてほしかったが、人1人を殺した罪、また家族を悲劇に追い込んだ罪は大きいということだろう。
扇雀さんの立役・小笠原隼人(善人側)が理知的で素敵。もう一役の良助女房も生活感があってよかった。隼人が助けた狐の化身である奴・菊平も扇雀さん。ただし、序幕の花道での引っこみは桜席からは見えず(席を移動してもいいし、そのまま舞台転換をお楽しみくださってもいい、という事前の説明で、私たちは舞台転換のほうを選んでしまった。狐の恩返しは小笠原家の狐伝説に基づくそうだが、袖に飛び込む、狐の魔力で悪者たちの動きを操る、舞台上手の木(何の木だったっけ?)に登って成り行きを見守るで、狐忠信のパロディ?
良助の娘役の子役ちゃんが健気で可愛くて客席の人気をさらっていた。その子供にほだされた借金取りたちが面白可笑しく微笑ましい。笹野高史さんの味、うまさが光る。國矢さん、山左衛門さんも軽味を出して、この人たちがいい人たちでよかった、と和ませた。しかし痛ましい愁嘆場はやや長いような気がした。テンポよく運んできた芝居がここだけ義太夫の時代世話となるからだろうか。
四幕目第二場、大詰第二場で勘三郎さんが登場。わずかの出番ながら、やはり存在感の大きさは格別なものがあると思った。
最後は勘九郎さんが勘三郎さんに向かって「大」、扇雀さんに向かって「入」の文字を刀で書き、二段にのぼっての見得で終わり。楽しかった。
<上演時間>序幕・二幕目65分(15301635)、幕間25分、三幕目53分(17001753)、幕間20分、四幕目28分(18131841)、幕間15分、大詰34分(18561930
12041202nakamuraza

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2012年4月11日 (水)

恐怖、雨の夜のドライブ

今ちょっと前、車で外へ出たんだけど、チョ〜怖かった。
というのは、広い道路を走っている時、隣の車線を猛スピードで通り抜けて行った車。
それがびゃ〜っと水たまりの水を撥ねていったのだ。いや、撥ねていったなんてものではなく、私の車のフロントガラスは滝の中に突っ込んだ状態shock
前が全く見えなくなって、隣にいた娘と絶叫shock思わずブレーキを踏んでしまったが、後ろに車がいたら追突されていたかもしれない(一応、本能的に後ろは確認したけれど)。
しばらくの間、胸のドキドキがおさまらなかった。

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2012年4月10日 (火)

役者って素晴らしい

中村座の感想が滞っている中、昨日勘三郎、七之助、橋之助の3人が出演というので「ごきげんよう」を見た。スタジオかと思ったら、出張ごきげんようであった。
本当は勘九郎さんも出演予定だったそうだが、吐き下しのため急遽とりやめ。収録は3月千穐楽の翌日で、勘九郎さんは楽日の前日から体調を下し、かなりひどい状態だったのに最後まで舞台をつとめたと、勘三郎さんが言っていた。私は楽日の夜の部を見たのに、まったくそんなこと気がつかなかった。数日後には4月の初日を控え、体調管理と稽古でどんなにか大変だったことだろう。
で、吐き下しではないけれど、勘三郎さんの爆笑負けず嫌い話。名古屋で「法界坊」をかけていたとき橋之助さんがタイ料理店に行った。そこの料理が辛かったと話したら、勘三郎さんが「オレも行く」と言って、負けず嫌いだから「もっと辛くしろ」「もっと辛くしろ」となり、お店の人が「大丈夫ですか?」と心配するほど辛い料理を食べた。その後の舞台で勘三郎さんが妙にテンポよく喋っており、訝りながら橋之助さんが出ていくと小声でいきなり「ほら殺せ」「殺せよ」「殺せよ」と言う。挙句の果てに立ち回りの最中に橋之助さんの手を持って自分で自分を刺した。のだそうだ。辛くしすぎでおなかが痛くなったらしい。法界坊は出ずっぱりでひっこめないからこういう展開になったとのこと。「もう限界だったのよ」と勘三郎さん。
こんな説明じゃ面白くもないだろうけれど、私はテレビの前で笑いが止まらなかった。
話を勘九郎さんに戻すと、2006年、「雨乞狐」で靭帯を損傷したことは忘れられないが、1人で任された舞台だからとあの時最後まで踊り抜いたそうだ。その後靭帯を再建すると正座ができなくなるとわかり、靭帯は切れたままなんだとか(正座できなければ役者生命終わりだから)。損傷したのが後十字靭帯なので日常生活には支障はないようなのだが、その後も激しい立ち回りを見せてくれる勘九郎さんの脚はそういう状態にあるんだと思うと、役者魂に胸を揺さぶられた。又五郎さんも靭帯を損傷したまま舞台をつとめあげて感動を呼んだが、役者さんの素晴らしさをちょっと前の「A-Studio」の録画を見てあらためて心に刻んだのでした(Aスタはいい話がいっぱい!! 何度繰り返し見ても楽しくて感動が新たになる)。

 

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2012年4月 9日 (月)

春のマジックアワー

12040901bluesky_2
昨日、夕方から夜にかけて北の丸公園~千鳥ヶ淵~靖国神社~上野公園とハシゴ花見をしてきました。
北の丸は田安門から入って千鳥ヶ淵の桜を反対側から見て、園内の様々な植物を眺め(グリーンアドベンチャーといって、ヒントをもとに木の名前を当てるというリクリエーションも楽しみましたが、ほとんどの木の名前はわからずcoldsweats02 これはいつか再チャレンジしたいな)、警視庁関係の殉職者を合祀した弥生慰霊堂(関東大震災後の東京の復興を昭和天皇がここから巡視されたそう。初めてこの慰霊堂の存在を知りました)に手を合わせ、インド大使館のさくらイベントをちょっとだけ眺め、靖国へ(本殿の前の門はすでに閉まっていた)。靖国は「花より団子」の人々で大賑わい、桜を楽しむ雰囲気ではなく、疲れもあって早々に退散。上野はライトアップではなく提灯の灯り。桜トンネルの下を通ってハシゴ花見はおしまい。
写真は午後6時半少し前。なんと空は地中海ブルー。春のマジックアワーでしょうか。千鳥ヶ淵の桜はやっぱり都内のベストスポットだと思うけれど、今回は空の青さのほうに感動してしまったのでした。

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2012年4月 8日 (日)

花祭り

12040801hanamaturi_2
4月8日は花祭り=灌仏会、お釈迦様の誕生を祝う仏教行事の日である。うちは神道であるが、私の幼稚園はお寺であったから、4月8日には花祭りをしたものである。それを懐かしく思い出したのは、先日上野へ行った折、寛永寺清水堂でこんな花御堂が出ていたから。仏様の像にン十年ぶりかで甘茶をかけ、私も甘茶をいただいた。ちなみに、私は生まれた時に(あるいは生まれて間もなくか)「天上天下唯我独尊」の手の形をしていたそうで、親は相当に期待したらしいcoldsweats01 残念ながら神童にも才子にもならず「ただの人」で申し訳ないbearing

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2012年4月 7日 (土)

日本美術の至宝を見る:ボストン美術館展

44日「ボストン美術館 日本美術の至宝」(国立博物館平成館)
12040701boston この前NHKでこの展覧会を紹介している番組を見てぜひ行きたくなり、娘と鑑賞。ところがせっかくこの時期に行ったのに入口から平成館までの桜に興奮してしまって「博物館でお花見を」イベントを見逃してしまった。超残念bearing
でも展覧会はすごく面白かった。修復された作品も多いのだろうが、全体に状態が良くて素晴らしい。それほど混雑しておらず、作品の正面からじっくり鑑賞することができた。
プロローグ「コレクションのはじまり」
まず平櫛田中の「岡倉覚三像」が目をひく。釣り人姿の岡倉天心像である。あ、昨年8月、東京芸大で開かれた「今 美術の力で」展で見た「五浦釣人」と同じだ。いや、同じ作品であるはずはないが、先に制作された「五浦釣人」に基づいてこの作品が作られたそうだ。この像を見て再び津波の恐ろしさを思った(「今 美術の力で」では六角堂の被害についての展示があった)。
次に目に入ったのは「ビゲローの肖像」。ボストン美術館の日本美術コレクションはフェノロサとビゲローによって始められたとのこと(ビゲローは知らなかった)。当時の日本は廃仏毀釈など明治政府の仏教芸術否定、伝統文化軽視により貴重な文化財の多くが失われようとしていた。日本文化を愛し理解していた彼らは比較的容易に優れた作品を手に入れることができたそうだ。彼らはコレクターでもあったが、破壊されかけていた仏教芸術を救ったとも言える。フェノロサの教え子であり通訳をしていた岡倉天心も日本古美術の保護に努め、ボストン美術館の中国・日本部長となる。この3人なくしてはボストン美術館の日本美術コレクションは語れないということである。
ここに展示されている狩野芳崖「江流百里図」はどう表現していいかわからないけれど、何か不思議な感覚にとらわれる。橋本雅邦「騎龍弁天」は色鮮やかで、弁天が今ちょうど龍に乗って雲間から降りてきたところ、という臨場感に溢れる。
第一章「仏のかたち 神のすがた」
「法華堂根本曼荼羅」「法相曼荼羅図」「馬頭観音菩薩像」「普賢延命菩薩像」など、じっくり見るべしの仏画、快慶作「弥勒菩薩立像」(姿、衣紋の流れが美しい)、康俊作「僧形八万神坐像」(顔が本当の人間のようで、ちょっと心惹かれる)などの彫刻が展示されている。仏画はかなり傷みのみられるものもあるが、奈良・平安時代の仏画が目の前にある!!と思うと不思議な気がして昂揚感が湧く 。「弥勒如来図像」は画像の下絵だということで、作者自身の修正を指示する書き入れがあって興味深い。
第二章「海を渡った二大絵巻」
「吉備大臣入唐絵巻」4巻と「平治物語絵巻」の一部が展示されている。ここは並んででも順番に見るべき。「吉備大臣入唐絵巻」は吉備真備が唐の宮廷で無理難題を色々吹っかけられるが、阿倍仲麻呂の幽鬼に助けられて無事日本に帰国するという話がユーモアたっぷりに描かれている。たとえば、超難解な「文選」を読ませて間違えたら笑ってやろうと待ち構える唐人。しかし真備は幽鬼(空を飛べる)の導きで「文選」の講義を盗み聞きして、唐人の問いに見事に答える。また、囲碁を打たせてみようという唐人の企みに、囲碁とは何たるかを知らない真備は幽鬼に教わり、組天井を碁盤に見立てて夜もすがら研究し、唐の囲碁の名人と戦った。その際、真備は相手の石を一つ呑み込んで勝利した。唐人は怪しんで真備に下剤を飲ませて調べたが、真備は頑張って出さなかったそうな。唐人が鼻をつまんで調べている姿なんか笑ってしまう。
そうしたわけで、真備は「文選」と囲碁を日本に伝えたのであるそうな。
漫画を見ているみたいで、実に面白かった。
「平治物語絵巻」は後白川上皇拉致の場面を描いた「三条殿夜討の巻」である。源義朝、藤原信頼らの急襲に上皇側のさぞやの大混乱がドラマチックに迫力をもって描かれている。牛車の車が幾重もの同心円で描かれていたり、猛スピードで走ろうとする牛の足の形など、現代の漫画に共通するものがあるのも興味深い。
第三章「静寂と輝き――中世水墨画と初期狩野派」
「傾城反魂香」でお馴染みの狩野元信、狩野雅楽助の作品が見られる。芝居の人物と実際の人物が同一かどうかはともかくとして、やはり関心は一段と高まる。元信の人物像は穏やかな表情をしている。「韃靼人狩猟図」にその雰囲気が伝わってきて、ロマンを感じると言ったら変だが、とにかく何かそのようなものを感じた。雅楽助は松と岩、麝香猫の表現が面白い(これが狩野派の表現なのかどうか、私にはわからない)。

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2012年4月 6日 (金)

桜は上野か浅草か

12040601ueno
4日に上野でボストン美術館展を見てきた。桜は8分咲き? 平日昼間なのに大勢の人出、そしてもう宴会がいっぱい。山をおりると↓
12040602ueno
お天気もいいし、ちょっとトライしてみたかったけれど、昼間から飲むとキツいから…。
12040603asakusa
5日、隅田川にはカモメが映画「鳥」状態で低空飛行していた(エサをやっている人がいたかららしい)。風が強かったが、のんびりとした気分で「notesは~るのうら~ら~の」と口ずさみながら川べり散策をしながら娘と平成中村座へ。
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終演後、少し出遅れたので帰路はシャトルバスでなく歩く。これが大正解。
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桜はライトアップされ、

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スカイツリーもライトアップ。もうじき満月。隅田川に浮かぶ船の灯り。あ~、あさくさだ、と思った。
ボストンと中村座の感想は後ほど。

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2012年4月 5日 (木)

歌舞伎、おいしいもの、そして

12040501miyagi 国立劇場で東北応援として宮城県の物産販売をしていました。仁左様が今月25、26日と宮城県で歌舞伎公演を行うご縁からでしょうか。お酒のつまみに、と笹かまを買いました。











12040502miyagi こちらは、1月の浅草歌舞伎で買い求めただしつゆと甘酢のセット。小さくてかわいかったのと、生姜の甘酢漬けを作りたいと思ったのと、石巻の山形屋さんの商品だったので。
東北応援として出ていた商品ですが、2度目に行ったときにはもう見当たりませんでした。全部売れたのかな。
大好きな歌舞伎を見に行って、おいしいものをいただいて、ほんの気持ちですがお役に立てるのなら嬉しいと思いました。

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2012年4月 4日 (水)

悪の徹底:「絵本合法衢」

43日 「絵本合法衢」初日(国立劇場大劇場)
12040301kokuritu 去年、地震で公演中止になったあの「絵本合法衢」が又見られる。しかし、その初日はなんと台風並みの暴風雨の予報。普段の国立開演より30分遅い1230の開演は朝少しでも楽ができるからありがたいけれど、終演も遅くなる分、帰りのことを考えて、フードのついたレインポンチョ、バッグを入れる大きなビニール袋を用意した(結局傘をさせる程度の風雨で帰れたのでポンチョなどは必要なかった。東北・北海道の方、まだまだ嵐は続くようなのでお気をつけて)。さくらまつりは中止だったけれど(私はまつりの期間中行く予定はないので残念)、国立の桜は満開。開演前は雨も降っておらず、桜を楽しむ人もたくさんいた。ともかく初日が嵐ならこの先無事に千穐楽まで公演が続けられるだろうと思いたい。
先に一つだけ、「ん?」と思ったことを言うと、高橋3兄弟のうち三男の孫三郎は幼いうちに商家に養子に出されて与兵衛と名乗っており、長兄の顔は知っているものの次兄の顔は知らないという設定になっている。去年段四郎さんが演じた高橋瀬左衛門(長男)を今年は左團次さんが次男・弥十郎との2役で演じている。すると、瀬左衛門に出会ったときすぐに兄だとわかった三男・孫三郎が長兄にそっくりな次兄を見て兄と気づかないのはおかしくはないだろうか。そういうツッコミをしたくなるのは、同じ2役の仁左様、大学之助と太平次の顔がそっくりだから与兵衛は太平次を嫌っているからなんである。まあ、それでもそういうツッコミをするのは野暮というものであろう。忘れてください。
その左團次さんの2役ということをすっかり意識から飛ばしていた私は、今そこに斬られて横たわっている左團次さんが上手から現れたのでビックリした。ややあって、そういえばさっき吹き替えと入れ替わるチャンスはあったな、とやっとニブい意識が戻ったのであった。
大学之助の強烈な凄みを発する武家の悪、大平次の愛敬を感じさせる市民の悪(去年も書いたけれどいがみの権太を思い出させる)、どちらも悪人であることにまったく躊躇はなく、徹底的に悪人なんである。しかも仁左様の悪は去年よりバージョンアップしているような気がした。そのせいか、途中で、こんなに悪い人たちがこれでもかと殺人を重ねているこの芝居っていったい…?と思ってしまった。しかし仁左様は大学之助と太平次の演じ分けをきちっとしているから、どちらの悪も魅力的で、冷酷無比、極悪非道、次から次と残忍に殺す大悪人なのにどこかで受け入れてしまうのである。悪の華とでも言おうか。悪人願望なんか全然ないのに、わくわくしてしまう。破滅的な悪の魅力が舞台に漂っていた。

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2012年4月 3日 (火)

楽しみな團菊祭

5月の團菊祭の配役が発表になっていました→ココ
私最大の注目は、若手による「寺子屋」、梅枝クンの戸浪でしょうか!!
日帰りにするつもりだったけど、居眠り出そうだから前日から入って一泊しようかな。
しかしチケット、高いwobbly

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2012年4月 2日 (月)

実力の花形仮名手本

41日 四月花形歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」初日昼の部(新橋演舞場)
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月の千穐楽の後、次まで長いなあと思っていた初日は4月の最初の日で、なんとなく前月との間隔が短いような気がするのも不思議なもの。先月のあの歌舞伎不調に対し今月はどうかしらと心配したけれど、見える範囲ではけっこう客も入っていたし、拍手も盛大に鳴っていて一安心した。
さて、若手を中心とした本格的な義太夫狂言の通しは初めてだろう。花形の歌舞伎は華やかで楽しいし大好きだけれど、その一方でやや現代的な面がみられるのと、やはりベテランの味とは違うなと思わされることがしばしばあった。しかし、この「仮名手本忠臣蔵」に関してはそうした懸念はほとんど払拭され、重厚さを十分に味わえた。
大序は口上で15分、人間が動き出すまでにさらに5分。筋書きを買わなかった私――応募スタンプは記念に手帳に。曲がって押してしまうのは性格故?――は一生懸命耳を傾けて口上人形の声を聴いた(全部聞き取ったわけじゃないし、忘れちゃった役もたくさんあるけれど)。「ん? 一文字屋お才が亀鶴さん?」たしか笑三郎さんじゃなかったっけ? 亀鶴さんの出演は嬉しいけれど、やや複雑な気分。
亀寿さんの足利直義は文楽人形になっているときは何かちょっと変な気がしたが、動き始めたら違和感はなくなった。やや骨太な印象がしたが、きれいな貴公子であった。
松緑さんの師直は時々若さが出るものの、この花形の中でこの役をできるのはやっぱり松緑さんだろうし、何より決まったときの形がきれい。顔世への横恋慕、「喧嘩場」でのねちねちしたいじめは声とか舌足らずなセリフで愛敬が感じられた。ただ、語尾の高さを落す喋りはちょっと気になった。
獅童さんの桃井若狭之助がカッコよくて、師直に嫌味を言われてかっかっと頭に血が上る様子がよく表れていた。切腹する羽目になるのは若狭之助のほうだったかもしれないのに、桃井家救いの神・加古川本蔵はよくよく塩冶判官にとって迷惑な人物であったなあと溜息が出た。
松也クンの女形は久しぶり。体型的にもう女形は難しいんじゃないか、しかも顔世で大丈夫かなと心配したけれど、これがなかなかよかった。大柄な分肉感的で師直が言い寄るのも頷ける。言い寄られた顔世が嫌がる姿がセクシーで、判官の切腹後登場した白装束姿も美しかった。
四段目の切腹の場では、主君に対面したいと部屋の前で待機する家臣たちに「由良之助が来るまでは対面かなわず」と判官の言葉を伝える薪車さん(原郷右衛門)の背中が悲痛なその気持ちを語っており、ひどく感動した。
石堂右馬之丞の亀三郎さんは儲け役とはいえ、官僚としての責務の中に温情を溢れさせてよかった。一方の意地悪な薬師寺次郎左衛門はほんと、憎々しかった。薬師寺役は亀鶴さん。

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2012年4月 1日 (日)

出会いの場、到着ロビー

12040101narita 3月30日、お花見帰国(?)の娘を出迎えにまた成田へ。
いつもは空き空きの到着ロビー、すっごく混んでいてびっくりした(写真は空いた時を狙った)。卒業旅行からの帰国組もいるかもしれないし、外国人の団体客も何組もいるようだった。去年はとくに震災の影響をモロに感じたから、これだけの混雑には嬉しい気持ちがした。
到着ロビーは再会、出会いの場であり、笑顔で抱き合う人、かたい握手を交わす人にこちらも笑顔を誘われ、心配そうに乗客が出てくるのを見守る人には「うまく会えるといいなあ」とこちらも心配になる。
立っている大勢の人の後ろで名前を書いた大きな紙を掲げて待つ車椅子の老婦人、それじゃあ見えないでしょうから前へいらっしゃったほうが、とよほど声をかけようかと思ったけれど、やがてご自身で前へ出られた。そしてしばらくすると、別の方向から現れた待ち人と再会できて、ほっとした(成田の到着ロビーは大きな柱が2カ所の乗客出口の視野の真ん中にあり、ヘタなところにいると片方しか見えないのである)。
社用車かハイヤーの運転手さんたち、、待ち人の名前の書かれた白い紙を胸のあたりに持って、私より早くからスタンバイして、私より長く待っている。心を残しながら、娘と再会した私はスカイライナーへ。
空港は好きな場所である。

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