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2012年4月26日 (木)

とてもわかりやすかった五・六段目:演舞場四月千穐楽夜の部①

425日 四月大歌舞伎千秋楽夜の部(新橋演舞場)
遅れついでにチェーホフ「賭け」、中村座「法界坊」を差し置いて、興奮冷めやらぬうちにこちらを。
「どうかしてるぜ」続きで、演舞場に向かう電車の中、「オペラグラス忘れたっ」。
座席は花外、後方。獅童さんの定九郎はまず見えまい。
「五段目・六段目」
藤十郎型という五段目・六段目、東京の音羽屋型は色男勘平を際立たせ、「美」を追求する。初めて見る藤十郎型は美の追求というよりはリアルさで客を芝居に引きずり込む。非常にわかりやすく、またこの物語が勘平の物語であると同時におかやの物語であることがはっきりわかる。
音羽屋型には音羽屋型のよさがあり、泣かされるけれど、わたしは今回の型のほうが好きかも(と言いながら、次に東京の勘平を見たら、泣きながら「よかったぁ!!」と言いそうな気がする)。リアルでわかりやすいだけでなく、音羽屋型の息も詰まるような重苦しさがなかったから。正直、六段目は重くて見るのに覚悟がいる。だから今月はリピートしないことにしたのだが、これならもう一度見たかった、いや見るべきだった。千穐楽ではもう遅い。
とくに面白かった(興味深く、納得がいった)のは、勘平のスタンスの違いだろうか。真実が明らかになり、自分が追い詰めたために勘平が切腹したことを詫びるおかやに対する「望みかなわぬその時は(つまり、討ち入りのメンバーに入れない時は)切腹するのはかねての覚悟」との勘平のセリフが勘平の一貫した気持ちを象徴しており、私はいたく感動した。泣きはしなかったが、泣かずとも共感し、武士の一分を通した勘平にスッキリした気持ちにさえなった。
「二つ玉」は、勘平の撃つ鉄砲の音が鳥屋でパンと響くだけ(実際に火薬のにおいが漂ってきた)、勘平は花道では撃たない。イノシシも花道から本舞台を上手へ駆け抜けるだけ。撃ち倒したと思ったイノシシが実は人間であったことを知る場面は、定九郎の足にちょっと触ってすぐに胴体に触れ、はっとする。音羽屋型は、足に紐を引っ掛けるためにさんざん足を探るのである(ここは、定九郎役者がくすぐったくないのかしらといつも心配になる。私だったら、触られた途端、ぴくっと足をうごかしてしまいそう)。人間と猪では足の毛の生え方が全然違うからちょっと触っただけでわかりそうなものなのに、といつも思っていたので、今回のやり方は自然で納得がいった。
帰宅した勘平は紋付ではなく普段着に着替える。これも自然な気がする。
与市兵衛の遺骸は座敷ではなく上手奥の部屋へ安置される。今までは座敷に運ばれるのを何の不思議もなく見ていたが、奥へ運ばれるのを見たら、やはりこちらのほうが自然なように思えた。
勘平は居ても立ってもいられない。音羽屋型はここで突っ伏すのみ。勘平の動揺、茫然がわかって今回のほうが面白い。
勘平を訪ねてきた2人侍(途中、子守娘に道を尋ねる。音羽屋型にはそんな場面なかった。いかにも田舎の子守娘で印象的な喜昇さん)を迎えようと、勘平は押入れから刀と紋付を取り出しす。音羽屋型では、勘平が逃げ出すのではないかとおかやは勘平の腰に取り付いて、そのまま勘平はおかやを引きずりながら戸口へ向かうが、藤十郎型はおかやと勘平で紋付を取り合い、勘平から紋付を奪ったおかやはそれを胸にしっかり抱えるだけで、勘平に縋りついたりはしない。それが勘平の最期に効いた。死にゆく勘平の背中におかやがそっと紋付をかけてやるのである。合掌はないが、意外と悪くなくここは泣けた。
おかやの訴えで勘平が義父を殺し50両を奪ったと思い込んだ不破と仙崎は、そのような非道は塩冶家中の恥と不快を示し、立ち去ろうとする。事情を知ってもらおうと必死で留める勘平の気持ちが切ない。

仙崎が与市兵衛の遺体をあらためるため隣の部屋に入った瞬間、勘平は座敷の反対側の隅へ行く。ここは私の席からは扉の陰になってよく見えず、勘平の背中だけが目に入る程度だったが、勘平はそっと腹に刀を突き立てたのだろう。塩冶の恥となじられたことからもう討ち入りの望みのなくなった勘平の自然な絶望として理解できる。2人の侍は与市兵衛の遺体を見ているから勘平を見ていない。遺体の傷が刀傷であることを告げても、死ぬことしか考えていない勘平の耳には入らなかっただろう。勘平の自害に気づいた2人が勘平を隣の部屋へ連れて行き、傷を確認させる。結局、勘平は義父殺しどころか、義父の仇を討ったことが明らかになったのだ。
「母者ひと、お疑いは晴れましたか」
「御両所、お疑いは晴れましたか」

勘平はおかるの両親に孝養を尽くしていたのだろう。だからこそ、親は婿のために可愛い娘を売る決心をした。おかやには、夫を殺されたことと同時に、勘平に裏切られた思いがしただろう。それが怒りに拍車をかけたのではないか。先ほど来の勘平の不審な態度がおかやの中で大きな疑惑となり、「婿どの、こなたに尋ねたいことがひとつある」で確信となっていく、そのおかやの気持ちの変化がよくわかる。竹三郎さんのおかやはただの気の毒な老女ではなかった。私はいつも、1人ぼっちになってしまうおかやがかわいそうでならないのだが、このおかやなら自分が勘平を死なせたという悔いは重い十字架となるにしても、きっと1人でも気丈に、与市兵衛と勘平を弔いながら生きていくに違いない。
竹三郎さんは勘平切腹の後ろで気持ちを細かく表現していたようだが(おかるの着物に触れるなど)、残念ながら私のところからはよく見えず。でも、このお芝居、竹三郎さんがいてからこそのもの、と強く思った。そして亀治郎の名で恐らく最後の舞台に、さすがの亀ちゃん!!
獅童さんの定九郎はイマイチだった。意外と体がきれいに見えなかったし、「五十両」のセリフがもう少し低い声のほうがよかったのではないかしら。でも定九郎は絶対獅童さんのニンだと思うから、美しく冷酷な定九郎を見せてほしい。

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