« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

2012年5月31日 (木)

5月松竹座千穐楽昼の部

527日 團菊祭五月大歌舞伎千穐楽昼の部(松竹座)
12053101syotikuza 「寺子屋」
文句なくよかったのは菊之助さんの千代。あの若さで政岡、玉手御前を見事に演じきった実力がここでも遺憾なく発揮された。後半になって舞台がぐっと良くなったのは、菊之助さんが登場したからなんだろう。
夫と2人、前の晩に泣くだけ泣いて覚悟を決めた我が子の犠牲だが、理屈では納得しても母親の愛情・感情はそんなものではない。主君の役に立ってくれた我が子の愛おしさと悲しみが痛いほどこちらの胸に突き刺さる。武部源蔵に斬りかかられての「若君菅秀才のお身代わり、お役に立ててくださったか」、持つべきものは子なるぞやという夫の言葉を聞いての「あの子がためによい手向け。思えば最前別れた時、いつにない後を追うたを叱った時のその悲しさ」、肩をすぼめて身を小さくして悲しみに耐えている姿――今思い出しても涙が出てくる。一体に若手の芝居は感情がリアルにストレートに伝わってくることが多く、菊之助さんの千代にもそういう面はあったが、大仰に悲しみを表現するのではなく、体全体に悲しみがにじんでいる。義太夫狂言の味も十分感じられて、しみじみよかったと思う。
梅枝クンは、去年の「頼朝の死」で孝太郎さんより年長の役を落ち着いて演じていたのがとてもよかったのでかなり期待していた。おじいさんの三代目にそっくり(写真で見た三代目ね)でいい戸浪ではあったが、いかんせん若いなあという気がしてしまう。それは源蔵の海老蔵さんにも言えることで、その若さは何であろうと考えると、微妙な間の短さとか、動きの振幅の細かさとか力みとかいうものなのかなあ。たとえば源蔵が小太郎の顔を見て身代わりを思いつくタイミングがちょっと早いような気がしたし、2人の混乱ぶりがリアルすぎるように感じたのだ。でも、後半になると2人ともそういうものが消えたのか、気にならなくなった。菊之助さんに引っ張られて演技が落ち着いてきたのだろうか。戸浪に関しては偽首がバレたらいつでも刀を抜く覚悟の源蔵の脇で息を詰めて祈りながら自分も命を懸ける覚悟が見えたし、夫と一緒に後戻りできない企みをエスカレートさせてしまった罪悪感や千代を思いやる気持ち(「他人のわしさえ骨身が砕ける。親後の身ではお道理」、野辺送り等々)は十分伝わってきて、やはり涙した。年齢と回数を重ねていけば絶対いい戸浪になるという期待は間違いなくもてる。
松緑さんの松王丸は顔が小さいせいか意外と立派に見えず、セリフ(というか声かも)も今一つな気がしたが、その一方で恩に応えるためには子を犠牲にするしかなかった松王の苦悩と悲しみがストレートに伝わってきて泣けた。
海老蔵×梅枝コンビは3年前の「神田ばやし」でお似合いと思っていたので、嬉しい。でも海老蔵さんの源蔵は目が鋭すぎるし、松緑さんと役が逆でもよかったのかなと思わないでもない(海老ちゃんの松王は2年前に見て、悪くなかった)。野辺送りで海老ちゃんが手を合わせる姿に、主君のためとはいえ、いたいけな子を自らの手で殺さざるを得なかったことへの詫び等、万感の思いを感じて泣けた。そう、松王にしても源蔵にしても今一つと思いながら、泣けたのだ。後半、周囲でもすすり泣きの声があちこちから聞こえてきた。
亀寿さんの涎くりはハナタレ小僧ぶりが面白く笑わせた。
亀三郎さんの春藤玄蕃は憎々しくて、そうなるともう少し愛敬が欲しい気もしたが、本物の首だと信じて、「忠義と言うも命は惜しいものだな」という嫌味に強い説得力があった。
吉弥さんの園生の前の登場により、舞台に厚みが増したような気がした。
今回見て、自分の記憶力のなさを痛感したこと2つ。1つは源蔵が出かけている間、他の子が手習をしているのに菅秀才はテキストを読んでいたこと(手に細い棒をもってテキストを追っていた)。菅秀才役の子がお手本の同じところを何回もなぞっていたのを見たような記憶が強くあって、読み物をしている姿は初めてだと思ってしまった。必死で記憶を辿ってみると、菅秀才はいつも読み物をしていたかも。
もう1つは山家育ちの中の器量よしの子。首に黒い痣だか墨がついているのを、これも初めて見たと思ってしまった。う~ん、こちらは記憶がない。
浄瑠璃の竹本鳴門太夫さんが清太夫さんを思い出させるような大熱演で、大いに感動した(清太夫さんの消息を最後に知ってから1年半…)。

続きを読む "5月松竹座千穐楽昼の部"

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月30日 (水)

薔薇でお茶を濁す

12053001rose
昼の顔。
12053002rose
夜の顔。
松竹座の感想が今晩中にアップできそうもないので、庭のバラでお茶を濁す…coldsweats02

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月29日 (火)

中村座追加公演:本当にこれで最後なんだ

528日 平成中村座五月追加公演(平成中村座)
12052901nakamuraza 松竹座の前にこちらを。紅葉の11月から始まり、桜の4月を経て、今日は紫陽花がきれいで目をひかれた。
「十種香」
奥の襖が開いて扇雀さんの勝頼が出てきたとたん、その若々しさ美しさに胸がドキっとした。前回見た時は、扇雀さんと勘九郎さんの役が逆でもよかったんじゃないかと思ったのに、今日はコロっとその考えをあらためた。勘九郎さんの濡衣も姫を立てながらもきっちり交換条件は出す、そのうえで姫の気持ちを知って暖かく見守る姉のような目がよかった。七之助さんはあどけなさと恋に恋する乙女の一途さが可憐であった。
前日、松竹座の「ゆうれい貸屋」で「身内にち~んと鉦を叩かれると成仏しなくちゃならない」と時さまが言っていたので、八重垣姫と濡衣がち~んとやるたびにそれを思い出して不謹慎にも笑い出しそうになってしまった。しかも濡衣は夫を偲びながら「さぞ未来は迷っているであろう。成仏してたもれ」とか言ってるから、「大丈夫、あなたが叩いた鉦で成仏なさいます」と心の中でしょうもないことを考えたりして。
閑話休題。
橘太郎さんの若武者らしい動き、亀蔵さんの年長者らしい動き、彌十郎さんの重厚な存在。それまでの恋の緊張が急転男社会の緊張に替わって動きも激しくなるのが面白い。こちらの体調がよければ、やっとそれなりにこの芝居を楽しめるようになってきたみたい。
「弥生の花浅草祭」
開幕前、武内宿禰の扮装をした染五郎さんが早々と舞台に現れて、板の具合を確かめたり動きの確認をしていた。1カ月同じ役をやってきて、最後の最後にまだこうして念を入れている染五郎さん、素敵。音がないとヒップポップみたいな動きに見えたが、本番が始まると宿禰の踊りであった。勘九郎さんの神功皇后の拵え(主に鬘)にハイウォーのQちゃんを思い出しちゃったと言ったら怒られるかな。
染五郎さんと勘九郎さんの2人は背景の裏で三社祭の扮装に替え、楽しい踊りが始まる。仮面をかぶって踊るのは大変なことだと改めて思った。顔は汗びっしょりだろうし、視野も狭くなるだろうし。それでも2人は思い切り盛り上げてくれる。そして善玉が去り悪玉だけになると、染・悪玉はコサックダンスやヒゲダンス、ムーンウォークまで披露して大受け。手招きで通人を呼び寄せ、「あそこを開けるとスカイツリーが見えるんだよね」という感じで手振りをしていたからこのタイミングで開けてくれるのかなと思ったけど、そうではなかった。
通人・野暮大臣が終わると、いよいよ石橋。前回は浅葱幕に遮られて見えなかった隈取と衣装替え。今回も見えない席だったけれど、座席の後ろに立って覗いてみた。ナマの化粧風景は初めて見た。スタッフが扇風機をあてたり団扇でがんがん煽いだりしている。勘九郎さんは上半身脱いで、染五郎さんは襦袢か何かをつけたまま。大薩摩が終わる頃、2人の拵えもできて、2人はいったんセリ下がる。
毛振りはすごかった。数えていなかったけれど軽く100回くらいはいったんじゃないかしら。勘九郎さんの振るスピードがハンパじゃない。染五郎さんはそれについていけなくなり大丈夫か?と思ったら最後巻き返して猛スピードで振っていた。しかし勘九郎さんの毛振りはこれだけスピードが上がってもぶれないのがすごい。
ふと気が付くと、ハンディカメラを手にカメラマンが撮影していて、中村屋密着の取材かなと思った。それからフィナーレでふと目に入ったのだけど、舞台の下で撮影していた男性、あれは篠山紀信さんじゃなかったかしら。お顔が見えないので髪型からだけの印象だけど。

続きを読む "中村座追加公演:本当にこれで最後なんだ"

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月28日 (月)

ありがとう中村座!! ありがとう浅草!!

楽しかったです!!
中村座追加公演のフィナーレ。
「め組の喧嘩」が梅玉さんの仲裁で喧嘩がおさまると、奥の扉が開いてなんと御神輿が!!
びっくりするほど大勢の担ぎ手が威勢よく「わっしょいわっしょい」。多分、仲見世が67年ぶりに新調した神輿ではないかと思うが、文扇堂・荒井修さんのブログを見ると、祭りでもない日に担ぎ手が集まるだろうかと心配していたら、あっという間に定員を超えたのだそうだ。客のことを考えたら中村座の最終公演に味噌をつけることなどできないと決意していた荒井さんと心を同じくする浅草っ子が大勢いたのだ。この浅草っ子の中村座を愛する気持ちと、中村座の客を大切にする心意気に大いに感動した。
ところで実は三社祭の神輿を見逃した私は、秘かにこの追加公演で神輿が来ないかなあと期待していたのだ。その期待が実現したので、テンションあがりっぱなし。
客席は総立ちだし、舞台では役者さんも何人か神輿かつぎの中に入っていたし、あっちでもこっちでも盛り上がる。例によって七緒八クンも勘三郎じいに抱かれて登場。七緒八クンは昔勘三郎さんが国民的アイドルだったように、少なくとも中村座ではもうアイドルだ。
やがて木遣りが唄われ、聞き入っていると、今度は座席後方から関取を2人(彌十郎さんともうお一方)を従えた元前頭・大至さんが相撲甚句を歌いながら通路を舞台へ進んできた。素晴らしい美声!!(大至さんはライブとかもされているらしい) 彌十郎さんたちは「どすこ~いどすこい」「はいはい」などと合いの手を入れる。そして5月場所にかかった中村座の懸賞幕も一緒に登場(NHKは懸賞になると画面を変えてしまうので、結局見られなかったのよ)。
彌十郎さんは「め組の喧嘩」の最終特別バージョンで、力士としてお芝居に登場したのだ。ついでに言うと、この時、め組側として、染五郎・七之助・扇雀・国生の4人も現れて彌十郎さんと立ち回りをしたのだった。
役者さんたちの一言挨拶では橋之助さんが感極まって言葉を詰まらせたのにこちらもほろりとくる。菊十郎さん、橘太郎さん、歌女之丞さん、大和さんなども勘三郎さんが前に呼び寄せて一言。御神輿担ぎの中にいたお茶子さんの代表(ユーモアたっぷりにトイレ誘導されてた方だと思う)も前に呼ばれて感涙をこぼしていた。こういう勘三郎さんの気持ちがたまらなく嬉しい。勘三郎さんがみんなに愛される理由がわかる。
小山三さんが女形の拵えで出てくると一段と大きい拍手が!! 「中村小山三でございます~」とお元気そうな様子でいつものあの口調が聞けてほっとした(「志賀山三番叟」の上演口上では緊張されていたのか、ちょっと元気がないようで心配していたのだ)。
「め組の喧嘩」の途中から、時々小屋が揺れるほど風が強くなって、やがて大きな雨音が小屋を叩き、しまいには雷まで鳴っていたけれど(急に変わった天候の中、大事な神輿とともに待機してくださった浅草のみなさん、ありがとうございます)、中の熱気のほうがはるかに強く、中村座の最後を惜しんだ。役者さんたちも中村座に出たこと、そしてこのフィナーレを経験したことがどんなにか大きいことか。梅玉さんや彦三郎さんが興奮した面持ちだったのが印象的だった。
中村座、本当にありがとう!! お芝居の感想の前に、この感動と感謝を胸にしまっておけなくて。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月27日 (日)

強行軍

松竹座日帰り強行。
大阪の定宿を取り損なってやむを得ず日帰りする羽目に。
朝がチョー苦手な私、昨夜は早寝するつもりが普段の習慣でなかなか寝就かれず。それでも何とか無事昼夜観劇してきました。
今、帰りの新幹線発車待ち。今夜は浅草泊まりです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月26日 (土)

五月花形歌舞伎千穐楽「椿説弓張月」

525日 五月大歌舞伎千穐楽夜の部(新橋演舞場)
前回見て、面白かったことは面白かったけれど長いことも長かったので、2度目は途中で飽きてしまうのではないかとちょっと億劫でもあった「椿説弓張月」。ところがどうしてどうして、2度目でも思い切り面白かったし、2度目のほうが逆に長さを感じなかった。
上の巻
現地妻の悲劇は中の巻以降はすっかり忘れられてしまっているだけに、上の巻がなくても芝居としては成立するかもしれないけれど、今日見て、やはりここはあったほうがいいのではないかしらと思った。それに、白縫姫の二面性(冷酷さと愛らしさ)に対し、簓江の優しさからくる葛藤が胸を打つんですもの。
育ちも身分も違う簓江が精いっぱいの気持ちで考えた山車人形は源氏の武将の考えるところとまったく反対のところであった。父が為朝襲撃の先鋒にいることを知った時、父に背いて為朝の妻となったことへの後悔を口にするが、その奥にはこの出来事から窺える2人の差もあったのではないだろうか。しかし簓江には「北の方」と呼ばれたかったという思いもある。芝雀さんから簓江のやわらかいハートの動きが伝わってきた。
花道に敷かれた砂浜色の布が鳥屋からするすると引かれ、浪布が現れる。舞台にも浪布が。為朝・紀平治(この人、「八町礫紀平治太夫 : はっちょうつぶてのきへいじだゆう」というスゴイ名前だってことを初めて知った)組と高間太郎夫婦(太郎も「原鑑 : もとあきら」という名前がくっついている。もとあきらなんて読めない)がそれぞれに船で脱出するのだ。凛々しい鎧姿で舳にすっくと立つ染五郎さんがまるで武者人形のよう。鳥屋に引っこむまで見惚れてしまった。
中の巻
場内ほとんど闇の中、崇徳上皇一行が為朝のもとに降りてくる。遠見の子役がしずしずと「く」の字に降りてきて、大人の役者に替わる。花道には讃岐白峯の崇徳上皇陵墓の幻想的な場面に合せて黒布が敷かれている。
夜が明けて上皇たちが姿を消し、為朝と紀平治が肥後へ向かうと、花道の黒布が引かれ、今度は雪の白布に変わる。黒から白への転換、その対比が見事である。
武藤太折檻については前回、私はキリストの手足に打ち込まれる太い釘を思い出して心の傷が又開いたのだったが、ここは本当は「聖セバスチャンの殉教」まんまらしい。けっこう目についた外国人のお客さんたち、この場面を見て「聖セバスチャンの殉教」を思い浮かべただろうか。
前回見た時は腰元たちが談笑しているところへ武藤太が連れてこられたような気がしていたけれど、今回は白縫姫山塞の場の幕があくと武藤太は板付きですでに縛られていた(前回の記憶が確かでないので、私の勘違いかも)。武藤太の体から流れる血、最後に大量に口から吐き出される血、白い雪は今度は赤い血との対比となる。
花道の白布が鳥屋に引き込まれ、再び浪布が現れる。舞台も海に替わり、セリ上がってきた浄瑠璃連中がそのまま浪に揺蕩うようにして舞台上手へ。
為朝は白縫と、舜天丸は紀平治・高間夫婦に守られて別々の船で肥後を発つ。父と子が同じ船に乗らないのは、家を守るためであろう。
ここでも鎧姿の染五郎さんは武者人形みたい。いっぽう高間夫婦の死の場面は文楽を見ているみたいだった。上の巻の山車人形といい(高間夫婦も敵の目を逃れるため、一時的に人形に扮する)、ビジュアル的に人形を意識することが多かった。鮮血を迸らせて息絶える高間太郎。愛之助さんの悲しみと壮絶さに胸打たれた。大岩に倒れた夫婦を大波が呑みこむ。
舜天丸と紀平治は、嵐を鎮めようと自ら身投げした白縫姫の魂魄に守られ怪魚の背に乗って危機を脱する。ほっとする鷹之資クンの顔がかわいかった。それにしても紀平治って、荒れ狂う浪の中で怪魚の大きく開いた口を押えたり、そこに板をはめ込んだり、どれだけの怪力なんだ(肥後の山中では為朝と一緒に猪を素手でやっつけたし)。

続きを読む "五月花形歌舞伎千穐楽「椿説弓張月」"

| | コメント (11) | トラックバック (0)
|

2012年5月25日 (金)

うまく釣れるでしょうか

12051801hikarie
大昔、子供のころに遊んだりんごゲーム(小さな小さなりんごを、これまた小さなスティックについたフックで釣り上げる)を懐かしく思い出した、ヒカリエからの光景です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月24日 (木)

「女殺油地獄」再見:弱い人間の浅ましさ、浮世絵のような美しさ

521日 「女殺油地獄」(新橋演舞場)
友人が行かれなくなったからと回ってきたチケット。演舞場昼の部はリピートの予定がなかったから本来なら喜んで、というところだったが、この日は夕方から中村座の試演会。メインで寝てしまっては(だって「十種香」だもの)元も子もないから、「西郷と豚姫」を諦めて「紅葉狩」から行くつもりでいた。
ところが、そんな時に限って金環食というこの先生きている間には見られないイベントがあり、そのため苦手な早起きをしたために、ついには「紅葉狩」まで断念。本当は初日にほとんど意識を失っていた「紅葉狩」こそ再見したかったのに。
というわけで、結局これだけに絞っての観劇となった。
初日に比べて、与兵衛には仁左様の色が濃く感じられた。でも、といって愛之助さんがミニ仁左衛門かというと決してそうではない。これは立派に愛之助の与兵衛であると思った初日の感想が変わることはなかった。
まさかこんなことになるとは誰もが考えていないうららかな春の徳庵堤。その中で能天気な不良少年の起こすちょっとした出来事が、先を知っているこちらには転落の予兆のように思える。
与兵衛の家庭内暴力に、河内屋の人々の心の葛藤がくっきりと浮き彫りになる。歌六さん、秀太郎さん、亀鶴さん、米吉クンがそれぞれに与兵衛に対する気持ちを的確に表現していたと思う。
豊嶋屋の場面では今回は油で滑るところに笑いは起きなかったが、おさわが夫に隠して持ってきた金包みを落すと客席がちょっと笑った。
愛之助さんは油で滑りながら決めるときの姿勢がとても美しく、脚の開き具合、表情、まるで浮世絵を見ているようであった。お吉が倒れているのを見てハッと我に返り、大変なことをしてしまったという恐怖心、しかしもう後戻りはできない。お吉に斬りつけている時は正気を失っていたかもしれないが、金という目的は忘れていない。息を詰めて成り行きを見守っていたこちらに、弱い人間の浅ましさが悲しいほど伝わってくる。
犬の遠吠えにビクっと怯える与兵衛。客席から上がった声は笑い声のようでもあり、与兵衛に同化して思わず出てしまった声のようでもあり。多分後者だろう。でも愛之助さんが花道で身をぶるっと震わせるたび、周囲の客席が飛び散る油を恐れてわ~っとなるのはちょっと…な感じがした。
幼い子供2人を思いながら無残に斬られていくお吉が哀れで涙が出た。福助さんは徳庵堤でのセリフが少し上滑りするように聞こえてきたが、全体的にはしっとりとした商家の奥さんらしい雰囲気が感じられてともてよかった。


続きを読む "「女殺油地獄」再見:弱い人間の浅ましさ、浮世絵のような美しさ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月23日 (水)

中村座5月試演会②:「供奴」とトーク

521日 平成中村座試演会(平成中村座)
「供奴」
たぬき会による「供奴」。たぬき会とは、歌舞伎役者さんたちのお勉強会らしいが、私は初めての拝聴というか拝見というか。
雛壇は上段上手から扇雀、梅之、萬太郎、杵屋栄津三郎、萬次郎(ここまでが三味線)、梅玉、彦三郎、錦之助、左字郎、亀蔵、男女蔵、橋之助(以上、唄)。下段は同じく上手から田中傳十郎(笛)、梅丸、虎之介、新悟(以上、小鼓)、勘三郎(立鼓)、千次郎(大鼓)、勘九郎(太鼓)。全員浴衣姿。
三味線にはプロの栄津三郎さんが入り(立三味線は萬次郎さん)、笛を吹く役者さんはいないのか、やはりプロの傳十郎さんが担当。唄の役者さんの後ろには文五郎さんが控えていた。
目を引かれたのは梅丸クンで、端正な居住まいがリンとして美しい。鼓もとても上手。萬太郎(元年)、新悟(2年)、梅丸(8年)、虎之介(10年)と平成生まれの若い男の子たちが和楽器を真剣に演奏する姿を見るのは客としては大きな喜びであった
唄はそれぞれがソロで少しずつ歌ったが、錦之助さんが音程をはずし、客席は笑うし、錦之助さん自身も「あれっ」というような表情でテレ笑いを浮かべながら、何とか乗り切り。幕が閉まったあとで「一番練習したのに一番ダメだった」と言っていた錦之助さんに対し勘三郎さんが「いやいや」というふうに手を振っていた。錦之助さんは真面目でお堅い印象をもっていたから、こういう姿を見るととても親しみが湧く。私にはもう1人「あれ?」という感じに聞こえた役者さんがいたけど、確信がもてないからお名前は出さないでおこう。彦三郎さんはやっぱりいい声をしている。でも役者さんは楽器の練習はするようだけれど、唄はあまりやらないのかもしれないなあ。
演奏そのものは、本来そういう曲なのかどうかわからないけれど、だんだん早くなっていったような気がした。「趣向の華」でも役者さんの演奏ってどんどんアップテンポになるから、プロでないとそういうものなのかもしれない。
でも、とっても楽しく聞けたし役者さんたちのこんな姿はふだんなかなか見られないから貴重な機会であった。

続きを読む "中村座5月試演会②:「供奴」とトーク"

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月22日 (火)

中村座5月試演会①:「十種香」と「毛抜」

521日 平成中村座試演会(平成中村座)
12052201cookie 試演会の前に。6月の襲名公演、夜の部にも口上が入ることになった、ということを今朝の「はなまる」で聞いた。どっちにしても私は後半にしか行かれないけれど。
さて、去年の夏の合同公演、「道行」で一際目を引かれ、このブログでも時々触れた中村春希クンが大役中の大役、八重垣姫を演じるというので、配役発表と同時に飛び上がった私。もうありったけの応援心で舞台を見つめた。おかげで、「十種香」を一度も意識を失わずに見ることができた(それって初めてかも)。
2
つ目の演目「毛抜」ではこちらもご贔屓、梅之さんの前髪立ち姿が見られるし、3つ目のたぬき会の演奏「供奴」はなかなか見られないというか聞けない貴重なものだし、今月は試演会のために決まる前から日をあけておいて本当によかった。
「十種香」
開幕前、お香が舞台のあちこちで焚かれ、定式幕にも焚きしめられていた。勘三郎さんが春希クンを舞台につれてきて、袖でちょっと顔を見せて引っこんだ。春希クンは黒御簾と浄瑠璃に挨拶して八重垣姫の部屋に姿を消した。かわゆい。
動きは教科書通りでややぎこちなさも見られるが(「十種香」って動きの少ない芝居だとばかり思っていたが、八重垣姫はけっこう色々動いていることを今ごろ発見)、おっとりとした姫らしさ、セリフに情あり、表情に気持ちがこめられ、何とも初々しく可憐。八重垣姫といえば燃えるような情熱であろうが、春希クンの八重垣姫はどちらかといえば切ない恋心のようで、その切なさがますますこの姫を初々しく可憐に見せる。
基本、七之助さんに教わったのだろうが(後のご挨拶で「演舞場との掛け持ちでお忙しいのに丁寧に教えてくださった」と言っていた)、時々ハッとするほど魁春さんに似ていて(「師匠の魁春にも教わった」)、やはり師匠の影響というのは大きいものだなあと改めて思った。合同公演の感想にも書いたのだが、春希クンの顔は亀ちゃんのうんと若い頃に似ているんだよねえ。
平成4年生まれ(まだ20歳になったかならないか)、22年研修所卒業の超若手がこの大役でどんなにっか緊張したことかと察するが、見事な八重垣姫であった。
春希クンが舞台にいる間(一度引っこむまで)袖からじっと舞台を見守っている方がいた。顔が見えなかったが勘三郎さんではなかっただろうか。
動きが少ないという印象を受けるのは勝頼が舞台中央でほとんどじっとしているからかもしれない。いてうさんは勘三郎さん、あるいは勘九郎さんに雰囲気がよく似ていた。複雑な境遇にある悲しみのようなものを感じた。いてうさんは何年か前の中村屋兄弟錦秋公演でうまいなあと注目したのだが、いい勝頼であった。試演会にもよく出演していて(勘三郎さん曰く「クジ運が強い」)、ますますいい役者さんになるであろうと思った。
仲之助さんの濡衣は控えめで、勝頼と支え合って長尾家へやってきた女性の強さというか、夫を失ったなどこれまでの苦労に堪えてきた芯の強さのようなものが見えた。
白須賀六郎の國矢さん(國矢さんも本当にクジ運が強い。いつもいい役が当たっている)もダイナミックな動き、きれいな形でやっぱりうまい。
原小文治の八重之さん、勢いはありながら白須賀六郎とは少し違った動きで前者が若武者、こちらが少し上かなという差がわかる巧みさであった。
謙信の八重蔵さんは2人の討手に命令を下すところに大きさが現れていた。
浄瑠璃をじっくり聞き、舞台をじっくり見ると、案外面白い芝居かも。

続きを読む "中村座5月試演会①:「十種香」と「毛抜」"

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月21日 (月)

結局、雲が最良のフィルター、金環食

12052101
午前7時22分→34分(カメラの時計が12分遅れていることに気付いたので、訂正します。以下の時刻は訂正済みのものです)。
メガネ代をケチったので、この程度の写真しか撮れなかったけれど、一応記録で。
むか~し、子供の頃はプレパラートに墨汁を塗って見たような記憶がかすかにある。で、プラスチックに父の遺した墨汁を塗ろうとしたが、プラスチックには塗れないことが判明。ネットで検索したら、蝋燭で煤をつけるといいと出ていた。
コンビニ弁当の蓋などに氷水を入れ、蝋燭の火にかざすと煤がつく。透かしてみて蛍光灯の光が見えなければOKだという噂を聞いていたので、それを目安に作成。2種類つくったら、1つは煤が濃すぎたのか、プラスチックが厚すぎたのか太陽がほとんど見えなかった(1回、プラが薄すぎて穴をあけてしまった。それに、ちょうどいいと思うプラには真ん中にラベルが貼ってあって、この糊がなかなか取れず、煤を程よくつけるのに案外苦労しちゃった)。

肉眼ではよ~く見えたものの、レンズに当てて撮影するのにはお粗末すぎて、結局は雲が最良のフィルターになってくれた(7:15頃、一度完全に太陽が雲に隠れちゃってガッカリしたけど、辛抱強く待っていたら雲が切れてくれた。でも切れすぎちゃうと、フィルターにならないしcoldsweats01
12052102_2
↑7:08
12052103
↑7:23
12052104
↑7:42












続きを読む "結局、雲が最良のフィルター、金環食"

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月20日 (日)

ホーム6年ぶりの対清水勝利

519日 vs 清水エスパルス(@埼玉スタジアム、1534キックオフ、35,877人)→10で勝利
12052001vsshimizu12052002vsshimizu

久し振りの♡12フラッグ。勝利に対する気持ちがサポーターからも伝わる。
しかしバックスタンドが浴びる強烈な日光で前半、熱中症気味になり、私はしばしば意識を失った(
でも阿部ちゃんのゴールsoccerはちゃんと見たよペットボトルのお茶を家に忘れてきたことが一番の敗因か。といってスタジアム内の売店でお茶を買っても1口あればいいだけの私には多すぎて。日が屋根の向こうに落ち、風も涼しくなった後半はそこそこ元気を取り戻して観戦。
現在リーグ2位の清水相手に辛勝という気は全くしなかったが、10は物足りない。しかしホームでここのところずっと勝てなかったことを思うと勝っただけでもいい、と言うべきかな。いやいや、チャンスはたくさんあったのにフィニッシュがなあ。
なんと清水にはリーグ戦としては4年ぶり(前回勝利は2008年4月)、ホームでは2006年9月以来、実に6年ぶりの勝利なんですってshock そんなに長いこと勝てなかったとは、あらためてオドロキである。
試合終了後、今季勝利後の恒例となった選手とサポーターの
We are Diamonds合唱。今日は5月生まれの6選手(1番山岸、5番高橋峻希、14番平川忠亮、20番槙野智章、24番原口元気、26番浜田水輝)のお祝いだとかで、こういうTシャツで↓(並びが逆だって気もするけど…あ、メイン側から見れば逆じゃないんだ。うっかりしてました)
トップチーム34人中6人が5月生まれとはずいぶん多いなあと思い調べたら、やはり最多で、次が9月生まれの5人、1人もいないのは10月だった。と思ったら監督が10月生まれでしたわ~(コーチの中にも5月生と9月生が1人ずつ)。


続きを読む "ホーム6年ぶりの対清水勝利"

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月19日 (土)

中村座夜の部②

517日 平成中村座五月大歌舞伎夜の部(平成中村座)
12051901sujigaki 去年11月からの筋書き全部の引換券でもらった特製BOX。実は筋書きに引換券がついているなんて気づかなかったから、前回の観劇時に中村座でお知らせを目にしてよかった。
「髪結新三」
やはり季節感は大事だと思った。この季節に見るからこそ、気分も乗りやすくなる。菊十郎さんの「かつおっかつおっ」は、やはりこの芝居になくてはならぬもの。だからこそ、中村座での珍しい登場になったのだと思った。ただ、天秤棒を担ぐのにやや苦労していたみたいだったのが気になった。菊十郎さん、開演前に舞台で「かつおっかつおっ」と声を出して調子を整えていた。わりとギリギリまで舞台にいたので、いくら小さい小屋だからといって、まさか袖から出てくるんじゃないよなと心配していたら、ちゃんと花道から威勢よく登場したので、私もバカなこと考えるよねと自省。
初鰹は折よく、先日の「江戸のススメ」でもやっておりやしたな(この番組、CM多過ぎだろっ)。番組で鰹は傷みが早いと言っていたが、私がこの芝居を初めて見た時からず~っと気になっていたのは、新三が鰹を買ってから大家が半身を持って帰るまでの時間に鰹が傷みやしないかということ。氷が入れてあったとしても、大丈夫なのかな、なんて心配になってしまう。
それから番組では、江戸時代は辛子で食べていたとも言っていた。辛子に熱した炭をのせてアクを取るなんて手間は初めて知った。私自身は鰹はさほど好きではないものの、あの辛子でなら食べてみたいな。ということはどうでもよくて、「髪結新三」では現代と同じく生姜をつけている。その生姜が今回、葉生姜になっていたのが目を引いた。たしかこれまでは根生姜だったような気がするけれど…。
鰹の話が長くなっちゃった。

続きを読む "中村座夜の部②"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月18日 (金)

中村座夜の部①

517日 平成中村座五月大歌舞伎夜の部(平成中村座)
12051801sujigaki 18
日に始まる三社祭。チケットを取るときには単純に週末は取りづらいと避けたんだけど、せっかくのチャンス、三社祭のことを考えればよかった。たった1日違いの中村座観劇はちょっと残念(サプライズがあるらしいという噂もちらっと耳にしたような…)。17日はまだその雰囲気も感じられなかったもの。
おまけに、15日には中村座ご一行様が昼の部終了後大相撲観戦をされたとか。私が国技館で出待ち入り待ちしたのは16日。う~む、これも1日違いか。ツイてない。でも、中村座が毎日懸賞を出しているらしいから、今日は相撲を見てみようか(どの取組にかかるのかは発表されていないみたい)。
「毛抜」
出番を待つ赤っ面の八剣玄蕃(え~とぉ~、たしか一條大蔵卿の悪役も八剣だったなあ。そうだ、八剣勘解由だ)の息子数馬がこちらをちらっと見上げた時、あっ錦之助さん?…いやいや國矢さん? やがて数馬と秀太郎が剣を交えている場面で幕があいて、しばらくすると秀太郎の兄・秦民部が現れる。この白塗りの二枚目が錦之助さんであった。でも、2人似ているよなあ(と思うのは私だけ?)。それに國矢さんは私のところからはほとんど背中か斜め顔くらいしか見えなかったから、と見分けがよくつかなかった言い訳。錦之助さんと國矢さんが兄弟役だったら面白かったのに。
錦之助さんといえば、国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で粂寺弾正をやったっけなあ。あれは團十郎さんの指導がはっきりわかる弾正だった。7年前のことでした。
錦之助さんの話になったからついでにもう一つ。逆立った錦の前の髪の毛を押さえようと錦之助さんが鳴神上人にお経をあげてもらったとかいう薄衣を被せるときに鳴神上人の呪文のようなものを言うんだけど、「なりこまやはっしー」という言葉が耳に入ってきた。お客は誰も反応していない様子。1人笑ってしまった私。錦之助さんもさりげなく言っていたので聞き間違いかと思ったけれど、絶対(いや多分)あれは「なりこまやはっしー」だったな。
秀太郎の萬次郎さんが若々しく素敵だった。権十郎さんに顔が似ている。この兄弟は女形と立役だから普段あんまり似ている気がしないのだけど、時々はっとするほどそっくりなことがある。
橋之助さんの弾正は私としてはやや期待はずれ。なんだかセリフがうるさくてひどく疲れてしまったのだ。弾正はニンだと思っていたのだが…。ただ、橋之助さんって役によっては疲れるなあと感じることがあるのも事実(「髪結新三」の大家もそうだった)。
はっしーの幕外の引っこみはまったく見えず。客席の笑いを聞いて想像するだけ。やっぱり引っこみは見たいよなあ…いやいや、桜席には桜席でないとの楽しみがあるのだから贅沢言っちゃいけないな。

続きを読む "中村座夜の部①"

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月17日 (木)

太陽の塔 黄金の顔を見下ろす~め組の喧嘩?

12051701taiyo
20日までの公開ということで、これも駆け込み状態で見てきました(残念ながら特別展の「ザ・タワー」は見ることかなわず)。
本来、下から見上げるものを上から眺めるということに、感銘を受けました。
目玉は点灯3分、消灯1分を繰り返しているそうです。

12051702taiyo
↑江戸と明治と昭和のコラボ。
常設展会場は修学旅行生らしい子たちや外国人等々でけっこう混んでいました。「四谷怪談」のからくりの仕掛けとか、「助六」の舞台とかも展示されていて、超特急でしたが、歌舞伎関連のところはちょっとゆっくり見てきました。それから津山藩が参勤交代に使ったという1人乗り駕籠(複製)の中にも入ってみました。広さとしては当時の男性なら案外ゆったり乗れたかも。ガイド付きで回ると充実した楽しい見学ができそう。常設展は2度目だけど、1日いても飽きないと思う。

↓「め組の喧嘩」?(この纏は「す組」でした)
12051703sugumi

         ×
12051704ryogoku
せっかく大相撲開催中の両国に行ったので、国技館の前で出待ち、入り待ちをする大勢の人に混じってみました。お相撲さんが 現れると、やっぱり盛り上がりますなぁ。常連らしいオジサンたちが「○○、応援してるぞ」とか「頑張れよ」とか声をかけていました。そういえば、3年前の 初場所中にも同じようなことをして、この時は北桜関にサインをいただいたのでした。


| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2012年5月16日 (水)

海辺のカフカ

58日 「海辺のカフカ」(さいたま芸術劇場)
12051601rose_2 原作は読んでいなかった(写真は与野本町駅前のバラ)。
村上春樹は短編をいくつか読んで、すご~く好きというほどでもないが、感覚は合うと思っている。しかし長編は村上春樹に限らず読む気がなかなか起こらなくて。活字の虫だった私が天職とも思える仕事で本を読むようになり、しかしそうなると趣味で読む本も仕事目線で読むようになり、だんだん疲れてしまったのが原因の一つ。もう一つは一時期、文庫が長編でも巻を分けず部厚い1巻物として発行される傾向にあり、ほとんど文庫しか読まない私は「それじゃあ文庫の意味がないだろ」ってわけで文庫離れ、すなわち本離れしてしまった、というわけ。
あらあら、「海辺のカフカ」の原作を読んでいない言い訳がすっかり長くなった(前置きが長いのは私の悪いクセ)。
で、このたび芝居を見るのに、ぜ~んぜん読んでいないのは何となく気が引けて(ベストセラーだったしね)、泥縄で前半の半分ほど、つまり全体の4分の1ほどを読んで観劇に臨んだのであった。これは自分としては正解だったのではないかと思う。多分、何も知らずに見たらついていけなかったかもしれないし、役者で人物の印象を取り入れるのではなく、先に自分なりの人物像を想像しておきたかったし(視覚の印象は想像力を奪ってしまう。「隠蔽捜査」なんか後から原作を読んだものだから、上川隆也と中村扇雀が本の中で動いているとしか思えなくなってしまった)。それに読んでいない部分は、芝居は芝居で独立したものとして見るという面を楽しむこともできたし。
最初に透明なアクリルガラスで三方を囲まれた大きなケースが数個出てきて(大きさはそれぞれ違う)、その箱には森があったり、書斎があったり。原作の11章がその箱の中で展開されるのである。これはとても巧く面白い方法であると思った。
田村カフカの物語、ナカタさんの物語が交互に展開されて、それが舞台で一つになるのはナカタさんがジョニー・ウォーカーのネコ殺しに立ち会わされる場面である。ジョニー・ウォーカーがネコを殺している間、カフカはアイヒマンの裁判に関する本を読んでいる。ナカタさんはこちらのケースからアイヒマンを読むカフカを眺め、ジョニー・ウォーカーがネコ殺しを宣言すると、はっとこちらを向く。目と耳の両方から「殺す」ことの観念が二重奏のように入ってくる。しかし実際に目で見るネコのほうがよほど強く胸に突き刺さるのは仕方ないだろう。だって、ネコの人形がよくできているし、血は出るし、ジョニー・ウォーカーえぐ過ぎるんだもの。正視に堪えない。

続きを読む "海辺のカフカ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月15日 (火)

割り切ってみれば楽しいフェルメール全作品リクリエイト

41日 「フェルメール 光の王国展」(フェルメール・センター銀座)
12051501vermeer いい加減書いてしまわないといけないわねえ、と気にしつつ、もう1カ月半も経ってしまったので、ごく簡単に。

演舞場初日の帰りに、かねてから行きたいと思っていたフェルメール・センターへ。分子生物学者福岡伸一氏が監修したこの展覧会は、フェルメールの全37作品を最新のデジタル技術によりrecreateして展示している。350年前の色彩を再現し、原寸大、所蔵美術館と同じ額装にしているので、フェルメールの世界に浸れるであろうと思って行ったのだが…。
確かにこれだけの作品を一堂に並べて鑑賞できるのは贅沢である。最新のrecreate技術を駆使して作品を再現するという発想も素晴らしいと思う。どうしたってそこへ行かなければ見られない作品もあるのだから、それがこうして見られるのはありがたい。福岡先生の情熱にも大いに感銘を受ける。しかしやっぱり写真は写真で、質感が感じられない物足りなさは否めない。
最初からそういうことを割り切って見ればよかったのである。期待と現実のギャップにちょっととまどってしまったところがあって、意識を変えて思い出せば、なかなか楽しい展覧会であったと思える。意識を変えたところで、もう一度見直してもいいかなという気にもなっている今日この頃(722日までやっている)。 6月~9月に本物が2点も見られるからその前にきちんと予習しておくかな。
作品の写真撮影がOKだったので全作品を撮ってきた。上の写真はフェルメールのアトリエ再現。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月14日 (月)

サッカー3試合まとめて

53日 vs 横浜マリノス(@埼玉スタジアム、1904キックオフ、44,422人)→12で敗戦
5
12日 vs アルビレックス新潟(@埼玉スタジアム、1604キックオフ、31,818人)→11の引き分け
513日 関東大学リーグ 慶応 vs 明治(@川口市青木町公園総合運動場、1350キックオフ、487人)→32で勝利

一応、記録として。
3
日のマリノス戦は又雨で、しかも徹夜明け。行きたくない行きたくないと心の中で抵抗しつつ、友人のシーチケがもったいないから出かけた。そんなこっちの気持ちに呼応するかのようなホーム敗戦。
12
日の新潟戦は、リーグ戦では初めての晴れ(私が行かなかった日に晴れがあったかもしれないけれど、私にとっては)。しかし風が冷たく寒くて寒くて、薄着し過ぎた私はレッズのストールを買ってしまった。梅ちゃんのTシャツにしようか迷ったんだけど、Tシャツは試合の時しか着られないし、ストールなら普段でも使えるかなという主婦感覚ですわ。
実力は明らかに新潟より上だと思うのに、一瞬のスキをつかれての相手のゴール。こっちは早々と1点ゲットしても前半押している時に後が続かず、後半は押されっぱなし。結局又勝てない。それでもまだ5位にいるっていうのが不思議だわ。
FW
がほとんど得点してないよねえ。
梅ちゃん、最後の詰めが甘いねえ。すっごく期待しているのに。
宇賀ちゃん、あそこはキミでしょ!!
宇賀ちゃんは、去年だったかレッズの激励会でツーショット写真撮ってもらった縁でひそかに応援しているんだからね。
しかし、土曜日夕方の試合で31000人しか入らないのは、やっぱり強くなくっちゃ、ってことかしらね。

 

続きを読む "サッカー3試合まとめて"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月13日 (日)

五月花形歌舞伎夜の部「椿説弓張月」②:鑑賞

56日 五月花形歌舞伎「椿説弓張月」(新橋演舞場)
「上の巻」
三島が衝撃を受けた「大序」よろしく、「弓張月」も人形のように顔を伏せている。浅葱幕が振り落されるとそこは伊豆大島の岩山。頂上近くの鳥居の前に為朝(染五郎)がいて、下には上手に紀平治(歌六)、下手に高間太郎(愛之助)が控えている。竹本が「鎮西八郎ためと~も~」と言うと為朝が命を吹き込まれ、目を開けて矢を放つ仕草をする。紀平も高間太郎も同様にして動き出す。
保元の乱で敗れた崇徳(三島は「すとく」ではなく「しゅとく」と読ませている)上皇側の為朝は配流先の伊豆大嶋で代官の娘・簓江(芝雀)との間に為頼・島君という子を儲けている。しかし、簓江の父が平家の先導として為朝を急襲する。戦の始まりを示す為朝の鏑矢は岩をも貫くのであるが、染五郎さんが矢を放つふりをしてぱっと捨てて黒衣さんが隠すタイミングがイマイチだったのが残念(難しいんだろうなあ、こういう遣り取りって)。でもまだ日が浅いから。
多勢に無勢というか為朝側は地元の漁師たちがプロの軍兵と戦うのであるから不利も不利。簓江は娘の島君を抱いて海へ飛び込んで自害(「大物浦」を思い出す。芝雀さんがこんなにあっけなくいなくなるとは思わなかった)。為朝の無聊を慰めようとした心遣い(子供たちを山車人形に見立てる)が為朝の怒りに触れたうえに、親子ともどもの自害。本妻の白縫姫なら絶対にこんな企画は考えないだろうが、現地妻の哀れである。
幼い為頼は健気にも敵と戦うが傷を負い、切腹する。瀕死の為頼はそこへやってきた父為朝に介錯を頼んで源氏武士らしい壮絶な最期を遂げる(「源氏武士らしい」死には、この前の段階で伏線がある)。ここは三島自身の割腹自殺を思わせるような…。玉太郎クンが健気で、また「ご介錯を」と言う玉太郎クンの顎の下に添えた染五郎さんの手と玉太郎クンの顔の大きさが同じくらいで、悲しかった。息子に源氏の精神を教えた為朝が我が子の首を落さねばならない。何度もためらう為朝…号泣する為朝…為朝だって人の子である。

戦況不利のため、為朝は紀平次とともに、高間太郎は妻・磯萩(福助)とともに船で脱出する。船2艘と浪布の舞台。
「中の巻」
為朝は讃岐の国へ赴き、崇徳上皇の墓前で自刃しようとするが、そこへ父・為義(友右衛門)や上皇の亡霊(翫雀)が現れる。上皇の「肥後の国へ行け」という言葉に従うことにする。上皇一行の亡霊が現れるのは肥後山中の闇夜。天上から遠見の子役を使ったりしてじぐざぐに優雅に降りてくる様が幻想的であった。崇徳上皇というと怨霊として恐れられた存在であるが、この亡霊にはそんな恐ろしいイメージはなかった。
肥後の山中で為朝と紀平治はイノシシを素手で退治する。このイノシシは獅子舞のように2人が入って後脚立ちをしたりする。これを見ていた山の猟師たちが祝い酒を飲ませるが、しびれ薬が入っていて為朝たちは捕えられてしまう。
ここで場は「山塞の場」となる。人里離れた肥後山中の山塞には死んだと思われていた為朝の妻・白縫姫(七之助)が息子・舜天丸(鷹之資)が住んでいて、白縫姫は自ら旗揚げすべく準備を整えていた。そこへ連れてこられた1人の男。武藤太というこの男は裏切り者らしい。自分は為朝が好きだった優雅な「薄雪の曲」を弾くから、「体に染み入るように竹釘打て」と腰元たちに命じる白縫姫(この竹釘打ちの仕置きは確か腰元のアドバイスだった)。はじめはふてぶてしい態度をとっていた武藤太だが、下帯1枚の姿にむかれ、腰元たちに次々と太い竹釘を打たれ、たまらず絶叫する。平然と琴を弾く白縫姫。優雅な腰元たちの残忍な所業。白い雪、流れる赤い血。嗜虐美とでもいうのだろうか。しかし幼い頃見たキリストの磔刑図がトラウマになっている私の心は、この場面を見て、再び傷口が開いた気分。
武藤太の薪車さんの均整のとれた身体、鍛えられて――おなかが6つに割れていた――きれい。悪いヤツでも哀れでならない。薪車さんの出番はここだけだったけれど印象的であった。
やがて立ち上がり、「息絶えしか。屍は狼に」と可愛い顔で冷然と言い放つ白縫姫。七之助さんが「小笠原騒動」の時のように冷酷な一面を見せた。
この山塞の格子状になった縁の下の後ろに雪が積もっているのだけれど、これが本当に積もっているように見えて、ついついそちらに目がいった。

続きを読む "五月花形歌舞伎夜の部「椿説弓張月」②:鑑賞"

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月12日 (土)

五月花形歌舞伎夜の部「椿説弓張月」①:三島の歌舞伎論

56日 五月花形歌舞伎「椿説弓張月」(新橋演舞場)
聞きしに及ぶ長さ。長いけど面白い。面白いけどやっぱり少し長い。
昭和4411月に国立劇場で初演、翌年三島の壮絶な死。今回が4回目の上演だそうである。演出は国立劇場の織田紘二氏で、幕間に織田氏のガイドで三島の肉声が聞けるというので、イヤホンガイドを借りた。まずは、そのことについて触れたい。
昭和4573日、国立劇場第1期生(この「椿説弓張月」に出演中の幸雀さんが第1期生に当たる)のための特別講座として三島が熱く歌舞伎論を語っている。この年の1125日に三島が割腹自殺を遂げていることを思うと、なんとも感慨深い。ここで、その内容を一部ご紹介するが(正確な表現でないことはご勘弁)、ぜひイヤホンガイドを借りて直に三島の声を聴いていただきたいと願う。話もうまいし、内容に納得しようがしまいが、大変面白くてきっと引き込まれることと思います。

歌舞伎の魅力は型の美しさであり、感覚に訴えるもの。西洋演劇のようにセリフで訴えるものではない。手を上げるにしても、そこまで上げるのにどういう美しさがあるかを追求する。
三島は13歳で初めて歌舞伎を見た(13歳の三島に強烈な印象を与えた演目は「仮名手本忠臣蔵」であったそうだ)。それまでは、歌舞伎はみだらだから(だったかな?)見てはいけないという家庭だった。そのくせラブシーンなどのある西洋映画は見てよかった。祖母は歌舞伎が好きで、祖母が持って帰る木版刷りの筋書き(当時は無料)を見て、三島は歌舞伎に憧れていた。
初めて見た「仮名手本忠臣蔵」で、しわくちゃの俳優が出てきたが、これが顔世御前で、忠臣蔵という大事件の原因になるとは思えない。そのしわくちゃの俳優が喋り出すと、男がよくこんな声を出せるものだとただただ驚いた。歌舞伎には「くさやの干物のような魅力」があると思った(私はクサヤの干物を食べたことがないからわからない)。以後、三島は歌舞伎を見続け、ノートに観劇記録をつけた。近松、出雲、半二等々、戯曲も読み漁った。
歌舞伎はだらだらと長いこと何かやっているうちに、ぱっと動きが出てくる。役の中に入った俳優が神様のような素晴らしい「瞬間」を見せる。昔の不完全な大道具、不完全な証明、汚れた衣裳、そういったものの中で観客を魅了する。内面の蓄積がなければその「瞬間」は出てこない。大道具等の進化によって段々歌舞伎が違う方向へいっている。
歌舞伎はあらゆる時代で「昔がよかった」のである。歌舞伎はいつも滅びると言われてきた。その滅びるものにあなた方(研修生)は身を投じたのだから、それなりの覚悟が必要である。「今が一番悪い」という気持ちが大切。昔よかったものにいつかスッと自分が融け込むことがある。昔の俳優が乗り移ることがある。
というような話であった(全部をメモしきれなかったので、中途半端になってしまった)。
お芝居の感想はまた後ほど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月11日 (金)

中村座昼の部

510日 平成中村座昼の部(平成中村座)
12051101nakamuraza 「め組の喧嘩」の途中から大荒れの凄い雷雨になって、傘を持参し忘れた私はどうやって帰ろうかしらと思案したけれど、終演時には状況も変わっているだろう…案の定、外に出たら雨はまだ降っていたものの、シャトルバスを待つ間ちょっと濡れただけですんだ。中村座の売店ではビニール傘も売っていたから、もっとひどい雨だったら買ったかも。
いつも、こういう天候の時は外にある大道具はどうなっちゃうんだろうと心配していたが、置き場にシートをかぶせたのか、大道具は濡れていなかったみたい。こういう天候のことも配慮して大道具の管理がされているんだろうなあ。
「十種香」
開幕前に上手、下手の定式幕の裾で香が焚かれ、香りが漂う。香炉は幕が開く直前に引っこめられた。
正直、この芝居は何度見ても、私には未だかなりの上級編。少しずつわかったような気になってきてはいるけれど、セリフや動きが少なく型で押し通す芝居だからちょっと気を緩めると難しさが襲ってくる。それと、八重垣姫の気持ちは単純な乙女心だからわかるのだけど(七之助さんは愛らしく、心が震えるような勝頼恋しさが出ていたと思う)、勝頼と濡衣の気持ちが「十種香」だけではいまひとつわからないこともある。なるべく浄瑠璃を聞くようにしていたんだけどね。愛太夫の浄瑠璃はよかった。(7年前に国立で通しで見た時の記憶はなぜか道行が一番残っている。当時の筋書きを見てすこ~しずつ記憶が甦ると、濡衣の感情についてなるほどという気もしないでもない)
勝頼の扇雀さんは衣裳も似合っていて若々しい。でも、後に勘九郎さんが濡衣で出てきたのを見たら、逆の配役のほうがよかったんじゃないか、という気持ちもした。勘九郎さんははじめのうち少し声が出しづらそうに感じたが、実際のところはどうだったのかしら。

 橘太郎さんの白須賀六郎がメリハリある動きでとてもよかった。橘太郎さんとは気づかず、こんないい動きをする役者さんはどなただろう、なんて思っていたのは不覚。
原小文治(亀蔵)をこの後送り出し、謙信(彌十郎)を中心に濡衣、八重垣姫が揃って幕。勘九郎さんと七之助さんは楽屋へダッシュ。彌十郎さんは上の衣裳を脱いで桜席に軽く目礼して引っこむ。私はまだこの後があると錯覚していたら、今回「奥庭」はなかったのね。いや、ないことはわかっていたのに、なんとなくあれ、もう終わっちゃったの、という感じがしたから。
「弥生の花浅草祭」
開幕直前、小屋全体が闇に包まれた。その中で幕が開き、常盤津が奏でられる。明るくなると、神功皇后(勘九郎)と武内宿禰(染五郎)の山車人形が動き出す。宿禰は赤ん坊を抱く老人であるが、染五郎さんの顔に皺はない。
2
人は戦の様子などを舞って背景の裏側に引っこみ、そのままそこで鬘を替え、衣裳を脱ぐ。すると、「三社祭」の衣裳が下から出てきた。宿禰に皺がなかったのはこのため。「三社祭」の踊りは大好き。しかもタイムリーにこの時期見られるなんて嬉しいではないか。舟を下りて舞う漁師2人。やがて2人は善玉と悪玉に取り憑かれ。それぞれ善、悪のお面をつけての激しい踊りは体力を消耗するだろうが、見ているほうは楽しい。善玉(勘九郎)が舟で舞台上手へ去ると1人残った悪玉(染五郎)は通りかかった通人(勘九郎)と踊る。そして今度は悪玉が花道を去り、野暮ったい国侍(染五郎)がやってきて、通人とともに踊る。2人が舞い終わると浅葱幕が下りてくる。染五郎さんと勘九郎さんは浅葱幕の後ろで「石橋」の獅子の化粧、衣裳に変える。その間、舞台では大薩摩が演奏される。桜席の奥のほうだと染・勘の変身過程が見えるのだが、私は同じ桜席でも浅葱幕の外側で残念ながらそれは見えなかった。獅子への変身とともに舞台も「石橋」の演奏仕様に整えられる。

続きを読む "中村座昼の部"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月10日 (木)

亀治郎の魅力すべてが詰まった亀博、最終日

59日 二代目市川亀治郎大博覧会(渋谷ヒカリエ9Fホール)
12051001kamehaku 演舞場や「海辺のカフカ」の感想の前に、後援会の更新も終えたところだし、アツいうちに亀博を。素晴らしい博覧会で、これを見逃がしていたら大損だったなと思った。
今日は1日外出しない予定…あっ、亀博、今日で終わりじゃないのshock 思い出してよかった。ということで急遽午後渋谷へ。
オープンしてから日もある程度経ったし、平日だし、ヒカリエは全然混んでいなかった。亀博はというと、それなりに盛況。入口には亀パパ・亀ママがいらっしゃいました。段四郎さんは病み上がりな感じもしないでもないけれど、まあまあお元気に見え、これなら襲名公演も大丈夫そうと思った。後には亀鶴さんの後ろ姿に遭遇。
会場に着いたのが1445過ぎ。「1455から映画が始まります」という声に、じゃあ、とまずは映画ホールへ。40分の上映時間か、長いなあ…とボヤいたのは最初だけ。ひとたび映画が始まると楽しくて楽しくて、あっという間の40分だった。
はじめに、初代からの猿之助の簡単な紹介。そして亀治郎の会をざっと追う。2010年の会で、澤瀉屋にとって重要な「四の切」をはじめて上演。この映画はその時の舞台裏(メイキングみたいなものかな)を追ったドキュメントである。
「四の切」の25分前まで亀治郎は「道行」を演じていた。鳥屋で大急ぎで本物の忠信に変身する。出の前に「人」の文字を手に書いて呑む。
静御前は芝雀さん。亀治郎初お目見えは昭和55年「義経千本桜」の安徳帝であった。この時の典侍の局が雀右衛門さんだった。その縁で芝雀さんに静を、ということだったそうだ。
義経の染五郎さんは、「本邦初演だから是非にと依頼された」。本邦初演と言うからには亀治郎さんの相当の覚悟を染五郎さんは感じたようだ。
駿河次郎の門之助さん「することは猿之助の通りだが、亀治郎の忠信であった」。
亀井六郎の亀鶴さん「芝居が好きでやっている。呼んでもらえるのはありがたい」。
本物の忠信が怪しまれて義経の詮議を受けるために亀井と駿河に導かれて引っこむ場面、私は亀治郎でも亀鶴でもない、門之助さんの演技に見とれてしまった。
亀ちゃん「核心を描かないでまわりから浮き上がらせる。それが日本の文化である」。
ここからはケレンの裏側。
まず、階段下からの出。舞台に見えているのは仮の階段で、亀治郎さんは仮階段と本階段の間に潜んでいる。鳥屋での「出があるよっ」の声とのタイミングを亀治郎さん自身がうまくはかって亀ちゃんの掛け声で裏方さん4人が本怪談を押し出す。仮の階段は糸を引いて、しまう。
海老反り。床下のロープを亀ちゃんが摑み、芝雀さんがロープを足で押さえてサポート。終わるとロープは即床下へ。海老反りに摑まる道具があるのは知っていたが、静御前のサポートがあるとは知らなんだ。サポートがあってもあの体の柔らかさはすごい。
狐の衣裳への早変わり。静の前にひれ伏している間に床下から裏方さんが袖の先端部分だけ引き抜いて準備。3秒かからないで狐に変身する。
欄干からの飛び降り。ここは音がしてはいけないのだそうだが、稽古のときに思いっきり激しい音がして、亀ちゃん大笑。大道具さんが、遠くへ飛べば音がしないとアドバイスするが、遠くへ飛ぶのはやはり大変なようだ。しかし本番ではさすが、音もなく飛んだ。
欄間抜け。宙乗りより危険だそうで、猿之助さんも一度鉄棒を摑み損ねて肩を脱臼したのだとか。しかし猿之助さんに言わせれば、本当に危険なのはそのあとの膝すべり。出しかにつつ~と舞台最先端まですべって危ない。稽古の時、亀ちゃん、摩擦熱に「アツっ」。膝すべりの後とか、窓からちょこっとだけ顔をのぞかせる本物の忠信とか、激しい動きによる呼吸の粗さを表さないようにしなくてはいけない。これは至難の業だ、と亀ちゃんは言っていた。
宙乗り。国立における個人の勉強会での宙乗りは前例がなく、澤瀉屋の芸をやるということで特別に許可がおりたそうだ。舞台稽古の前に神主さんが来て安全祈願をしていた。
寿猿さんが色々教えているのがチラっと写ったのが印象的だった。
飛鳥の吉弥さん「自分の会で神経を使い、我々にも気を遣いながらあれだけの芝居をする。精神が強くないとできない」。
亀鶴さん「一本刀のお蔦は初演とは思えなかった。10年前に芝翫さんのお蔦を毎日見ていたそうだ。芸というのは10年かかるものだと思った」。
染五郎さん「初日に宙乗りで上がっていくのを見て、ついに上がっていったと感動した。舞台の上でそれを見られたのが嬉しい」。
亀治郎さんが「四の切」にかける思いと、舞台を作る熱意、努力。この映画を見て、6月が待ち遠しく、また昼の部は完売だからリピートできないのが残念でならなくなった。でもひょっとしたら今年の最後の亀治郎の会でもう一度「四の切」やるんじゃないか、なんて期待したりして(それはさすがにないかな)。どっちにしても、今後四代目猿之助版「四の切」は私にとって大いなる楽しみの1つになったことは間違いない。

続きを読む "亀治郎の魅力すべてが詰まった亀博、最終日"

| | コメント (10) | トラックバック (0)
|

2012年5月 9日 (水)

五重塔とスカイツリー一望:伝法院庭園

5月5日 伝法院庭園拝観
Dsc09062
入口を入るとすぐ、「おお」という景観が!!(↑)
Dsc09076
経が島(一字一石の写経が埋められた島。立ち入り禁止)、しだれ桜(すでに新緑)を眺めて、大書院(↑明治35年に再建)を過ぎると、休憩所があり、お茶のサービスをしていた。緋毛氈の敷かれたベンチで石棺を前にしばし休息。
Dsc09081 Dsc09083
池の反対側へ回って、五重塔と大書院を。
Dsc09097
アズマックスのテレビ番組で、五重塔とスカイツリーを一度に眺望できると紹介していたのはこのポイント(↓)
Dsc09100
ちょっとしゃがんで眺める逆さツリーも乙なもの(↓)。これ、上のほうばかりに目がいって気づいていない人が案外多かったみたい。
Dsc09103
大満足した最後は天祐庵(↓)。茶室。
Dsc09112

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月 8日 (火)

浅草寺大絵馬寺宝展:團十郎も菊五郎も奉納

55日 浅草寺大絵馬寺宝展
12050801asakusa ここからやっと本題。
絵馬展の入場料は庭園もセットでたった300!! 収益は東日本大震災の義捐金にするということ。わずかな金額だが、ここでも協力できるのが嬉しい。
ここに展示されているのはすべて奉納品。入口を入るとすぐ「商標ヤマサ感得」という絵があるのが面白い。ヤマサの創業者濱口儀兵衛の娘に浅草観音が現れて、商標を感得させたという逸話を油絵にしたもので、有名なあの商標は、金龍山(浅草寺)の山号、聖観音を意味する梵字であるサを組み合わせたのだそう。ヤマサ醤油と浅草寺にこんな関係があるなんて知らなかった。絵馬だから木板に描かれたり彫られたものが多いが、これは木綿に描かれている。
次に目に入ったのは八代目團十郎が1852年に奉納した「木製提燈壱対」。全長90cm、径30cmの円筒提灯で上下の輪箱に並び三舛文がついている。胴まわりは松川菱文様の透かし彫り、正面透かし彫りの上には木で作った「八代目」の文字がのせられている。この八代目の文字をしばし眺めながら、脈々と流れ続ける歌舞伎の系譜というものを実感したのだった。ちなみに浅草寺裏手の像は九代目の暫。
歌舞伎関連の奉納品としては他に五代目菊五郎が1883年に奉納した「茨木」(柴田是真画)がある。五代目は是真が1840年王子稲荷に奉納した茨木の絵馬を見て感動し、黙阿弥に「新曲茨木」を依頼、明治16年に新富座で上演した。この折り、この扁額を是真に発注したのだそうだ。興行中は仕切り場に飾り、終了後浅草寺に奉納したという。腕を奪い返し、風を巻き起こして逃げ去る茨木は不気味な迫力に満ちている。
また「壺坂霊験記・四世澤村源之助の澤市」(鳥居清忠画)。源之助という役者は知らなかったが、大坂生まれで浅草田圃に住んでいたのだそうだ。明治381905)年4月宮戸座で源之助が壺坂霊験記を演じた際の奉納品かと考えられている。描かれているのは澤市の前に観世音が現れた場面。
二代目猿若勘三郎奉納の「狂言猿若人形」も面白い。猿若狂言を演じる役者二体の人形絵馬で、浅草寺に現存する絵馬の中で銘記のわかる最古のものだそうだ。寛文41664)年に奉納された。
ここにも国芳があってびっくり。岡本楼主人が安政21855)年に奉納した「一つ家」。なぜこんな恐ろしい場面が絵馬として奉納されたのかと思うが、殺生していた老婆が改心したという物語だからか。見ただけでは国芳とはわからなかった。
おおっと気持ちがどよめいた奉納品が2つ。1つは徳川秀忠と家光が奉納したと伝えられる「神馬」。金蒔絵で、2面ずつ奉納されている。秀忠の奉納品のほうが一回り大きいのは家光が配慮したかららしい。秀忠の神馬の目には純金がはめ込まれているが、家光のものからは失われている。理由は不明。
もう1つは、幕末の三舟の書額。勝海舟は「世泰時裕」の文字(明治161883年奉納)。山岡鉄舟は「南無観世音」(明治26年奉納)、高橋泥舟は「南無観世音菩薩」(明治36年奉納)。それぞれ欅の板に掘られている。この3点はかつては本堂裏軒下に北面して掛けられていたそうだ。海舟の文字には思い切りのいい勢いを感じる。鉄舟と泥舟の文字はつなげる心持がみられ、止めるところは止めといった感じで、筆の運びがわかるような気がした。泥舟は文字数が多いからか、細く流れるような文字である。
最大の目玉は「神馬一躯」。これは絵馬ではなく、本物の馬じゃなかった、本物の木馬である。針葉樹材の寄木造、頂高145.8cm、耳までの高さ154.2cm、鼻先から尾までの長さ177.9cmという等身を超える大きさで、神馬としては珍しいそうである。室町時代後期~桃山時代の作らしい。前脚をそろえ、後脚は少し引いた姿勢。一見の価値あり。
そのほか、伝小野道風筆の国宝「妙法蓮華経」、浅草寺寛文縁起絵巻など、興味深い。
大絵馬にはたいがい金箔が使われていて、褪色しているものもあるが、奉納された年代を考えるとこんなに色鮮やかに残っているものかと驚くものもある。もっともっと紹介したいけれどキリがないのでこの辺で。
追記:平成の大営繕で本堂の瓦が鬼瓦を除いてすべてチタンに変えられたそうだ。昭和の本堂瓦は本瓦で平瓦1枚8kgという重さだったのだとか
shock 屋根全体では930トンというから大変な重さである。チタンに変えたことによって重さは180トンと約5分の1に軽量化された。見本があったので持ってみたが、たしかにチタンはものすごく軽い。それでも180トンだからねえthink 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月 7日 (月)

浅草寺大絵馬寺宝展:本題と関係なく到着までの色々と帰りのこと

55日 浅草寺大絵馬寺宝展
Dsc09132 久し振りの安定したsun1日。主婦でもある私はこういう日には人並に外出もしたい、でもうちで布団を干したり窓を一杯に開けたりしたい。ということで、普段より早めに起きて、午前中のうちに浅草行をすませることに。
そもそも、なんで浅草行を決めたかって言うと、前日だったかたまたまテレビでアズマックスがこの絵馬展と伝法院の庭園を紹介していて、やっぱりこれはどうしても行かなくっちゃと気分が盛り上がったわけsmile
春日から乗った大江戸線、上野御徒町で降りようと扉のほうに目をやると、そばの座席に彌風さんがsign03 いや、確信はないけれど、絶対…多分そうです。よほど声をかけようかとドキドキしつつ、間違っていたら失礼だし、分厚い本を熱心に読んでいらしたので…。彌風さんと思しき方は蔵前まわりで浅草へいらっしゃるようでした。
私は上野御徒町で銀座線に乗り換え。扉の脇に立っていたら、稲荷町で和服を召した高齢の方が私にそこをどけと手で合図して乗っていらっしゃいましたgawk しばらくすると、その方が「いくつに見える?」とおっしゃいました。一瞬自分に話しかけられたことが認識できず、思わずその方のお顔を見ると、間違いなく私に声をかけられたのでした。ちょっと答えに窮していたら「90なの。大正12年生まれ」(多分、数えで90歳ということなんでしょう)。え~っ!! びっくり。とてもそんなお歳には見えないんですもの。お肌もつやつやと私よりよほどきれい。姿勢もしゃきっとして、何より生成っぽい地に縞が入った(着物のことは全然わからないのでこんな表現しかできない)着物とお揃いの夏の道行姿がとても粋でカッコいい(おぐしも短髪気味で、一瞬男性か女性か判断しそこねたのは全体的に活発な印象だったから)。「浅草の○○(聞きそびれました)に肉を買いに行くところなの」。「私は楽しいことしかしないの。たった1回の人生ですもの、楽しまなくっちゃ」。「電車では腰かけないの。座ると『どっこいしょ』って言っちゃうでしょ。あれがいやなのよ」。「駅では階段を使うの」等々。
そして最後に「どかせちゃってごめんね」。いえいえ、おかげさまで
朝から、人生を楽しむ女性との素敵な出会い、元気が湧きました。一期一会。
さて、そうやって浅草に着き、10時の開館には間に合わなかったものの10時半よりは前だったのに、すでに仲見世通りは身動きとれないほどの大混雑、こりゃかなわんと途中から移動した裏道も同じように考える人でごった返し、やっとたどり着いた特別展示館には行列ができていました。
実は帰りに寄った<かなや刷子>さん。公会堂の行き返りに一度は寄ってみたいと思っていたけれど、この日は店先にお客さんがけっこういたので私も覗いてみました。ここもアズマックスが紹介していたからお店の方にきいたら、やっぱりテレビの影響でお客さんが増えたそう。だから絵馬展もテレビの影響だったのかなあなんてあとで思ったりして。
ここのおばあちゃまが又商売上手、素敵な方で、
迷っていると「インターネットでも買えるんだけど、ちょっと手間暇がかかりますからね」と今買うことを勧められる。私はおばあちゃまが「あなたはこれね」と選んでくださった馬毛の歯ブラシ4本、お墓掃除用ブラシ、キーボード掃除用ブラシを購入しました(特別価格なのか安かった)。歯ブラシは今年買った人は来年必ずまた買いに来るんだとか。
そうそう、帰りには玉の舞の屋台囃子(写真)が浅草寺
~仲見世~伝法院通りと練り歩いていたので私も後ろにくっついて、浅草公会堂のところで屋台は左折、私は直進してかなや刷子さんに寄ったのでした。
前置きが長くなっちゃったので本題はまた明日の心だ
なお、奥山風景は前回(何年前でしたっけねえ)楽しんだので、今回は勘九郎ストラップをいただいた後、さっと左右に目をやりながら通路を歩いただけ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月 6日 (日)

闇に咲く花、再び

427日 「闇に咲く花」(紀伊國屋サザンシアター)
平日昼間にもかかわらず、満員御礼、当日券なしであった。
3
年半前、この作品を見て、ものすごく重いものを背中に背負って、足取り重く帰宅したものである。だから、今回は躊躇った。77フェスティバルじゃなかったらやめていたかもしれない。でも、見てよかった!! 見終わって重いものを背負ったのは前と同じだけれど、今回は何か受け止め方が違うというか…。地震を経験したからだろうか。重いものの中にも希望を見出そうという気持ちだろうか。重いからといって下を向いていてばかりでは駄目だ。重いものを受け入れよう。受け入れたのは忘れるためじゃない、忘れないために。牛木公麿という人物が、牛木健太郎という人物が、諏訪三郎という人物が、そして彼らを取り巻く人々がいたことを、その喜び、悲しみ、苦しみ、悔い、希望を。彼らは間違いなく当時の日本人であり、その感情は当時の日本人の感情だったに違いない。
不思議なもので、そう考えが変わったせいか、健太郎の正論に少し引いてしまった前回に比べ、今回はそのメッセージも素直に受け止めることができて、この作品がとても愛おしくなった。
配役は前回とまったく同じ。感動した作品の再演が同じ役者さんだというのは嬉しい。配役が変わったために「え?」というような経験が井上作品であったから。

舞台下手の下でギター弾きの加藤さん(水村直也)が静かに音楽を奏で始める――この加藤さんはずっとそこにいて、効果的に音楽を入れるのだが、ただの音楽担当ではない。この人もこの芝居の登場人物の1人なのである。場内が徐々に暗くなっていく。加藤さんだけにスポットライトが当たる。
幕が開く。昭和22年、真夏。焼夷弾の直撃を受けた東京神田の愛敬稲荷神社では、唯一残った神楽堂で賽銭箱に足を、顔に手拭をのせた宮司の牛木公麿(辻萬長)がステテコ姿でだらしなく眠っている。このシーンだけで戦後の暑い夏の日の午後の世界に私はタイムスリップする。そして萬長さんの姿を見るだけでなんだか泣けてくるのである。
もうそこからず~っと涙がぼろぼろ出っ放し。チャッカリ宮司さんやお面工場で働く

女性たち――増子倭文江、山本道子、藤本喜久子、井上薫、高島玲。このチームワークが素晴らしい――が逞しければ逞しいほど、健太郎の将来が明るければ明るいほど、笑えば笑うほど(前半なんてほとんど笑ってばかり)、勝手に涙のヤツが溢れてくるんだもの。
せっかく生きて帰ってきたのに、そして職業野球のピッチャーとして再出発することになったのに、思いもかけないことで非運の最期を遂げなければいけない健太郎(石母田史朗)。C級戦犯(C級戦犯とは人道に対する罪だそうです)の不条理、怒りと恐怖で私の心はワナワナと震える。しかし何とか彼を助けようとする周囲の努力も空しく、C級戦犯に対する巨大な波から逃れることはできない。

続きを読む "闇に咲く花、再び"

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月 5日 (土)

稚魚の会・歌舞伎会合同公演

夏のお楽しみの一つ、合同公演の情報が公開された。
8月23~26日。
演目は「尼ケ崎閑居の場」、「道行恋苧環」、「身替座禅」。
詳細は→ココで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

今夜はスーパームーン

本日のエントリー第3弾は月の話。
もうこの時間ではわからないかもしれないが、今夜はスーパームーンだそう(日本では今夜、ということらしい)。
スーパームーンとは満月のタイミングとと地球の距離が一番近くなるタイミングが重なる現象のこと。したがって月は大きく見える。→NASAの説明
今年はいつもより14%大きく、13%明るく見えるんだって。
でも、それが一番よくわかるのは月の出の17:38だそうで、私が気づいたときにはもう月は高く上がっていて、
一応写真も撮ったけれど比較対象物がないから「まあそう言われればいつもより大きいのかな」くらいの感じ。
スーパームーンは去年の3月19日(日本では20日?)にも見られたとのことだが、その頃はそれどころじゃなかったから覚えていない。

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

駆け込みで勘九郎ストラップゲット、そして浅草寺お宝と伝法院庭園

12050501strap 仕事になんとかメドがつきかけてきたので、今日は浅草へ。
勘九郎ストラップをもらってきました。
そして浅草寺の「大絵馬寺宝展」を見て、伝法院の庭園を拝観してきました。
詳細は後日ご報告しますが、貴重な絵馬の数々、一見の価値ありです。
また、伝法院は普段公開されていませんので、今がチャンスです。小堀遠州の回遊式庭園、五重塔、スカイツリーの取り合わせは絶妙。浅草にこんなに緑に囲まれた空間があるなんてすばらしいです。
ストラップも絵馬も庭園も7日まで。
ストラップは、中村座チケットの半券を奥山風景の両替所に持っていくといただけます。ストップというか、携帯クリーナーです。
大絵馬と庭園は午前10時~午後4時(4時半閉館)。拝観料は300円。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

5月演舞場花形歌舞伎②:「紅葉狩」「女殺油地獄」

51日 五月花形歌舞伎昼の部初日(新橋演舞場)
「紅葉狩」
獅童さんが前の幕から一変して貴公子役。きりりとかっこよい。局・田毎の高麗蔵さんがきれいだった。腰元・岩橋が吉之助さんだとはわからなかったぁ。平成5年生まれの隼人、種之助、児太郎の3人が舞台上で揃ったのを見て、時代が動いていることを感じた。しかし残念ながら更科姫の踊りは食後のこともありところどころzzzz。
山神の愛之助さんは、私が見た構えが低く、体の柔らかさと勢いがうまくミックスして、リズム感もよく、踊りを十分楽しませてもらった。
長唄、竹本、常盤津の掛け合いが豪華。鬼の登場が待たれる。あら、鬼は1人だけ? ああそうか、これは「鬼揃」のつかない「紅葉狩」だったのね、と今頃になって気づいた次第。
福助さんの更科姫が本性を現す時、また過剰演技をするんじゃないかと心配したが、杞憂に終わった。鬼の化粧はあまりきれいだと思わなかったが、獅童さんとの立ち回りは2人とも勢いがあって楽しいし、福助さんの毛振りはとてもきれいだった。山神は神刀を授けず、維茂は自分のもつ名刀・小烏丸で戦っていた。
ラストは鬼が松の大木に登り、腕をあげるにつれ松の枝もあがっていく。
「女殺油地獄」
「徳庵堤」の場は非常に面白かった。愛之助・薪車・宗之助(後の2人、「刷毛の弥五郎」「皆朱の善兵衛」という名前だったのね。何回も見ているのに初めて名前に注意がいった)の3人がいかにも不良少年で、いつの時代にも不良少年はいるのだなあと思いつつ、あの時代の大坂へタイムスリップ。
芸妓の松也クンがここでも色っぽくてきれい。田舎大尽(このお大尽、意外とケンカに強いというか粘り強くい。あるいは与兵衛が見かけ倒しなのか)との付き合いは金、与兵衛には本当に惚れているんだか、これも商売なのか。声は普通になっていた。愛之助さんと並ぶと体の大きさがわかるが(それでも「おおっ」というほどは目立たない)、1人でいるときは気にならない。
歌江さんが今月も元気な姿を見せて嬉しい。
客席からは見えない舟客と土手上の通行人とのやりとりなど、野崎参りの浮き浮き感がこちらにも伝わる。
愛之助さんの与兵衛は随所に仁左様がみられる(とくにダダをこねるところが激似、と思った)が、以前に感じたミニ仁左衛門といった印象は薄れ、仁左様の教えをもとに愛之助さん独自の与兵衛像を作り出しているように思った。
福助さんのお吉(初演とは驚き)はなんか余計なことをして笑いを取りに走るんじゃないかと心配したが、ちゃんと控えめに真面目につとめていて、とてもよかった。どうも福助さんというと、過剰演技、変顔でわざわざ品を落すという印象が強くて好きじゃなかったのだが、先月のおかるから変化がみられ、ちゃんとやればこんなにいいんじゃないの、と認識させられる。新しい歌舞伎座での襲名1号になるかもしれない(歌右衛門? 芝翫?)という予感さえしてくる。
さて、このお吉、愛之助・与兵衛との年齢差が程よくて、姉がやんちゃな弟につい口出しして世話を焼くという心持が伝わってくる。きれいでおっとりしたところと、油屋の女房らしい面とがいい感じでまじりあっている。テンポもいい。
翫雀さんの豊嶋屋七左衛門には意外とキツさがみられた。お吉と与兵衛のことを「ばかばかしい」と大きく構えて「男女のことだ、気をつけろよ」というよりは、本当にカチンときているように見えた。

続きを読む "5月演舞場花形歌舞伎②:「紅葉狩」「女殺油地獄」"

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2012年5月 4日 (金)

5月演舞場花形歌舞伎昼の部①:「西郷と豚姫」

51日 五月花形歌舞伎昼の部初日(新橋演舞場)
忙しくてなかなか感想が書けないでいるうちに忘れてしまいそうなので、慌てて簡単に(のつもりだったが、又長くなりそうなので、とりあえず「西郷と豚姫」を)。
「西郷と豚姫」
初見。残念ながら期待していたほど面白くなかった。
1
1人の役者さんの出来は悪くないのに、全体として芝居が噛みあっていないというのか…セリフが入っていない人もいるのはやむを得ないとして、テンポが悪いというのか…これから進化していく期待はもてる。
翫雀さんのお玉の味わいがとてもよい。人がよく、気働きもよく、せかせかと動き、みんなに好かれるのがよくわかる。翫雀さんの女形は「お江戸みやげ」のおゆう、「伏見の富くじ」のにおてる太夫と、その体型を活かした明るい大らかさが魅力だが、それだけでなく細かいところにも気持ちがいくやさしさ、明るさの中に見え隠れするこれまでの人生が絶妙に配分されている。このお玉にも悲しい過去があり、それを西郷に語る場面は泣かされる(父親のことだから、よけいつらいものがある)。最後に西郷を1人見送るお玉の表情がぐっとくる。「お江戸みやげ」で翫雀さんとコンビを組んだ三津五郎さんを思い出し、ああ今度は翫雀さんが…と切なくなった。
獅童さんの西郷は、顔だけ見ていると、「竜馬が行く」の時の錦之助さんの西郷に似ているかも、と思った。でも獅童さんのほうはいつも笑っているような化粧で、体を大きく見せるための肉襦袢も着過ぎじゃないか、という感じ。やや無理に胆の据わった大きさを見せようとしているところがあるのと、獅童さんの間がちょっと他の人と合わないところがあるようなのが気になった(間については、徐々によくなっていくと思う)。ラストでお玉が西郷に羽織を着せかけてやる時、裏表逆だったようで、獅童さんが笑いをこらえながら(実際どうかわからないが、いつも笑っているような顔だからそう見えた)「これは反対じゃ」。客席爆笑。翫雀さん、慌てず「これは慌てまして」と着せ直す。お玉はたしかにせかせかしているので、これもご愛敬というところ。
血気盛んな西郷信者の中村半次郎を演ずる亀鶴さん、その半次郎を追う同心・薪車さんがらしさを見せてうまい。
仲居の嶋之凾さんがさすがに達者なところを見せていた。芸者役の千壽郎、りき弥さんが、芝喜松・芝のぶさんの三味線で歌い、児太郎クンが踊る。児太郎クンは頑張っていたが(体形が福助さんに似ている)、もう少し身長の高さを感じさせない工夫が必要かもしれない。
特筆しておきたいのは芸妓・岸野の松也クン。きれいで(横顔がこんなにきれいだったなんて、今まで気が付かなかった)色っぽくて、声が少し変かなと心配したが(風邪っぽいような、低めのトーンが混じる)、それがまた酔った風情を出していいのだ。松也クンは昨年あたりからちょっと太り過ぎてもう女形はやめたほうがいいんじゃないかと思っていたところへ先月の顔世の上品なふっくらしたエロチックさ、そして今月の岸野も酔い加減が色っぽくて、体の大きさをあまり感じさせない。女形・松也復活というか、新生・松也というか。今後もまた女形が楽しみである。
昼の部はリピートしない予定なので、この物語のよさをわからずに終わりそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月 3日 (木)

たけのこだ~いすき

タケノコっていつも自分で<つくる>のが面倒で、掘ったものを頂いた時以外は茹でタケノコですませていた。何が面倒って、皮をどこまでむいたらいいかわからないからなのよね~coldsweats01
ところがこの前、娘が「たけのこご飯食べたいっhappy02」と言いだし、それならせっかくの旬だもの、思い切って朝掘りタケノコを買ってみた。
適当に皮をむいてコメのとぎ汁で茹で、茹であがったところで今度はちゃんとわかるから再び皮をむいて…立派においしいたけのこご飯が出来上がった。
茹でるのも炊くのも、むか~しン十年も前に買った圧力鍋が大活躍scissors
余ったタケノコは味噌汁に入れた煮物にしたり。でも私がサイコ~と思うのは焼きタケノコなんであるsign03
これが食べたいばっかりに、その後何度もタケノコを買ってはたけのこご飯を作り(すっかり得意料理よsmile)、煮物を作り、そして焼きタケノコでぐいっと一杯(この場合、絶対日本酒ね)。
あんなに嫌っていたタケノコ茹でも全然億劫じゃなくなっちゃった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月 2日 (水)

中村座追加公演

今月は平成中村座最終月。その追加公演が発表になりました。
1週間ほど前に某演劇系メールにお知らせが出ていて、確実な情報を待っていたのですが、今日の歌舞伎美人に情報が出ました。
公演日は28日月曜日、昼の部のみのようです。
チケット発売は4日。
取り急ぎ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年5月 1日 (火)

ナイスアシスト

半年くらい前からほしいほしいと思っていた電動アシスト自転車を先週、ついに購入した。
うちのまわりは坂が多くて、昔は「あそこには娘を嫁にやるな」と言われるくらいの山また山だったらしい。普通の自転車でも頑張ればいいんだけど、一山二山越えるのは私もトシだし、かなりきつい。
そこでずっと電動自転車を探していて、大きさ、走行距離(これ、大事)、値段(予算より2割安かった)の三拍子そろったものを発見、即購入。
実際走ってみると、電動だからって決してラクラクってわけでもない。けっこう脚に力を入れないといけないが、これまで8分目ほどで必ず脱落、降りて手で押していたのが降りずにのぼれるようになった。適度な運動は維持できて、坂ものぼれる。ナイスアシストである。
今日、演舞場初日、駅まで電動自転車で行ってみた。駐輪場は100円だし、交通事情や駐車場から駅までの時間を考えると自転車のほうがずっといい。ただ、お昼過ぎ、都内はかなり激しく雨が降っていて、今日の雨は夜からだからとわざわざ折畳傘をバッグから出して置いていった私は、まず東銀座までどうしようと考え、さらには電動の場合、バッテリーに水がかかるとまずいんじゃないかと悩んだが、ええいままよ、その時はその時だ。そうしたら、次の幕間には雨もやんでいて、無事に帰宅できたのでした。
これからは、普通の自転車と電動を上手に使い分けて、車一辺倒の生活を改めよう(地震直後は自転車を重宝したのに、いつのまにか楽な車生活に戻ってしまった)。
なお、我が家の周辺、今はもちろんすっかり開発されて、山というほどの山はもうない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »