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2012年5月26日 (土)

五月花形歌舞伎千穐楽「椿説弓張月」

525日 五月大歌舞伎千穐楽夜の部(新橋演舞場)
前回見て、面白かったことは面白かったけれど長いことも長かったので、2度目は途中で飽きてしまうのではないかとちょっと億劫でもあった「椿説弓張月」。ところがどうしてどうして、2度目でも思い切り面白かったし、2度目のほうが逆に長さを感じなかった。
上の巻
現地妻の悲劇は中の巻以降はすっかり忘れられてしまっているだけに、上の巻がなくても芝居としては成立するかもしれないけれど、今日見て、やはりここはあったほうがいいのではないかしらと思った。それに、白縫姫の二面性(冷酷さと愛らしさ)に対し、簓江の優しさからくる葛藤が胸を打つんですもの。
育ちも身分も違う簓江が精いっぱいの気持ちで考えた山車人形は源氏の武将の考えるところとまったく反対のところであった。父が為朝襲撃の先鋒にいることを知った時、父に背いて為朝の妻となったことへの後悔を口にするが、その奥にはこの出来事から窺える2人の差もあったのではないだろうか。しかし簓江には「北の方」と呼ばれたかったという思いもある。芝雀さんから簓江のやわらかいハートの動きが伝わってきた。
花道に敷かれた砂浜色の布が鳥屋からするすると引かれ、浪布が現れる。舞台にも浪布が。為朝・紀平治(この人、「八町礫紀平治太夫 : はっちょうつぶてのきへいじだゆう」というスゴイ名前だってことを初めて知った)組と高間太郎夫婦(太郎も「原鑑 : もとあきら」という名前がくっついている。もとあきらなんて読めない)がそれぞれに船で脱出するのだ。凛々しい鎧姿で舳にすっくと立つ染五郎さんがまるで武者人形のよう。鳥屋に引っこむまで見惚れてしまった。
中の巻
場内ほとんど闇の中、崇徳上皇一行が為朝のもとに降りてくる。遠見の子役がしずしずと「く」の字に降りてきて、大人の役者に替わる。花道には讃岐白峯の崇徳上皇陵墓の幻想的な場面に合せて黒布が敷かれている。
夜が明けて上皇たちが姿を消し、為朝と紀平治が肥後へ向かうと、花道の黒布が引かれ、今度は雪の白布に変わる。黒から白への転換、その対比が見事である。
武藤太折檻については前回、私はキリストの手足に打ち込まれる太い釘を思い出して心の傷が又開いたのだったが、ここは本当は「聖セバスチャンの殉教」まんまらしい。けっこう目についた外国人のお客さんたち、この場面を見て「聖セバスチャンの殉教」を思い浮かべただろうか。
前回見た時は腰元たちが談笑しているところへ武藤太が連れてこられたような気がしていたけれど、今回は白縫姫山塞の場の幕があくと武藤太は板付きですでに縛られていた(前回の記憶が確かでないので、私の勘違いかも)。武藤太の体から流れる血、最後に大量に口から吐き出される血、白い雪は今度は赤い血との対比となる。
花道の白布が鳥屋に引き込まれ、再び浪布が現れる。舞台も海に替わり、セリ上がってきた浄瑠璃連中がそのまま浪に揺蕩うようにして舞台上手へ。
為朝は白縫と、舜天丸は紀平治・高間夫婦に守られて別々の船で肥後を発つ。父と子が同じ船に乗らないのは、家を守るためであろう。
ここでも鎧姿の染五郎さんは武者人形みたい。いっぽう高間夫婦の死の場面は文楽を見ているみたいだった。上の巻の山車人形といい(高間夫婦も敵の目を逃れるため、一時的に人形に扮する)、ビジュアル的に人形を意識することが多かった。鮮血を迸らせて息絶える高間太郎。愛之助さんの悲しみと壮絶さに胸打たれた。大岩に倒れた夫婦を大波が呑みこむ。
舜天丸と紀平治は、嵐を鎮めようと自ら身投げした白縫姫の魂魄に守られ怪魚の背に乗って危機を脱する。ほっとする鷹之資クンの顔がかわいかった。それにしても紀平治って、荒れ狂う浪の中で怪魚の大きく開いた口を押えたり、そこに板をはめ込んだり、どれだけの怪力なんだ(肥後の山中では為朝と一緒に猪を素手でやっつけたし)。

下の巻
ここは何と言っても翫雀さんと松也クンだろう。翫雀さんの阿公は悪い時にも愛嬌を感じたが、「戻った」後の哀れさが切なく胸に響く。阿公が昔契った男は自分だと言って紀平治が姿を見せると、阿公は片肌脱いではだけていた胸(あばら骨を描いてしなびた乳が垂れているが、翫雀さんの体型にあばらは似合わない、ってナンセンスツッコミです)を慌てて隠す。私も思わず笑ってしまったが、昔の男を今でも忘れていない女心が可愛くて泣き笑いのようになった。
実の孫であったことがわかった鶴と亀に「ばばさま」と呼んでもらい嬉しそうに、そしてもう1人の実の孫、自ら手にかけた王子を抱き子守唄を歌いながら死んでいく阿公。泣けた。
阿公の夫婦宿に潜入するために兄の妻に扮し、男と女の間を行き来する松也クンの不思議な魅力は、菊之助さんとも違う独特のものがあった(女が基本にある織笛姫と男が基本にある亀の違いかも)。
琉球の最初の場面で、由次郎さんの大臣利勇が寧王女と陶松寿を殺そうとしているとき、「○○するのもきんまんも~ん」と数回言う。その「きんまんも~ん」の言い方が可笑しかったのだろう、陶松寿役の獅童さんが吹き出しそうになり、慌てて後ろを向いていた。私の席からは笑いをこらえる獅童さんの斜め顔が見えて、私も貰い笑いしそうになった。その後すぐに為朝が現れ、獅童さんも正面を向いて為朝と言葉を交わすので笑いが後を引いているのではないかと心配したが、もう笑いは引っこめていた。ちなみに「きんまんもん」は君真物のことで、琉球の守護神だそうだ。
琉球の国王となった舜天丸の鷹之資クンに風格が感じられるようになり、顔にも富十郎さんの面影がみられ、胸が熱くなった。
為朝のもとに遣わされた神馬は、バックしたり、黒御簾の鼓に合わせて足踏みしたり、馬の脚としてはけっこう難しい役だったのではないだろうか。下の巻ではここまで意外と存在感のなかった為朝だが、最後その神馬にまたがり花道を引っこむ染五郎さんが凛々しく清々しく、最後列を取ったのは正解だったと秘かににんまりしたのでした。

下の巻の開幕が予定より5分早いように思ったが、終演も予定の2110より5分ほど早かった。

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歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。

千穐楽レポ、ありがとうございました。お察しのとおり、昨夜観劇いたしました(^-^)

この演目、花道が見られないのはかなりのマイナスでしたが、その分耳と想像力とで補ってがんばりました(笑)。役者さん、みなさんそれぞれそのお役になりきってらして、感激しつつ見ておりました。ただ、友右衛門、芝雀ご兄弟の出番があまりに少ないように感じたのは私だけでしょうか。。。

最後神馬にまたがる為朝をしっかりと見たくって、大向こうさんに混じって3階最後部で立って観劇したからつぎでした。

投稿: からつぎ | 2012年5月26日 (土) 12時06分

6-7月に「ヤマトタケル」を上演するので、それで5月は「弓張月」なのかと思いました。
大嵐を鎮めようと自ら身を投げした白縫姫は、ヤマトタケルの最愛の妻、弟橘姫が女の人が船に乗っていた為に起きた、海の神の怒りを鎮めんと自ら生贄となって、嵐の海に飛び込むシーンとダブルからです。考え過ぎですかね。
江戸期(もしからしたら第二次世界大戦の前迄)には、「為朝伝説」は人口に膾炙されていて、琉球での活躍も、解説なしでご見物のいずれも様が「ご存知」であったのでしょう。馬琴→三島の間では文化のギャップが無かったのだろうと思います。三島と現代人とのギャップの方が実は大きいのかも・・・私は伊豆大嶋に流された事までは知っていましたがあとは良く知りませんでした。
いずれにしても「海洋国日本」を再認識させられる作品でした。深読みすると統治する範囲を拡大していく政治的な背景もあるのでしょうが、あまりそこは意識しないで作品を楽しみたいですね。

投稿: うかれ坊主 | 2012年5月26日 (土) 12時38分

からつぎ様
こんばんは。こちらにもコメントをいただき、ありがとうございます。
やはりニアミスでしたのね。

耳と想像力での観劇--わかりますわ~。それはそれでなかなか心に残るものがありますよね。そして心に残るものを与えてくれるのが役者さんの熱演だと思います。今でも「弓張月」の人々の世界が胸によみがえります。

友右衛門さん、芝雀さんの出番はほんと少なかったですね。「特別出演」みたいな感じがしました。

3階最後部は穴場ですね(*^-^) 私も時々立って見ます。

投稿: SwingingFujisan | 2012年5月26日 (土) 19時04分

うかれ坊主様
こんばんは。コメントありがとうございます。
「ヤマトタケル」とリンクさせて「弓張月」になったとは思いませんが、白縫姫の場面はまさに弟橘姫ですよね。白縫姫自身もそう言っていましたし。

為朝の生涯については私も伊豆大嶋に流されたところまでしか知りませんでした。為朝伝説がかつてはよく知られた話だったのだろうというのは、たしかに頷けます。今は聞くべくもありませんが、私の父などももしかしたら少年雑誌などで胸ときめかせたかもしれません(父は昔読んだ「児雷也」の載った本があれば欲しい、と晩年言っておりました)。
そういえば、今月の花形は三島を知らない世代なんですねえ。でも三島がこの芝居に込めた思いを彼らなりに受け止めて演じていたんだろうなという感じを受けました。
「海洋国日本」--「天竺徳兵衛」や「毛剃」などもその類でしょうか。すっかり忘れていましたが、見ていてわくわくするのは自分の奥にもその意識があるからかな。

投稿: SwingingFujisan | 2012年5月26日 (土) 19時19分

おはようございます
三島由紀夫の『弓張月』は良かったよなあと反芻していたら、このレポで再び作品の良さを噛み締めています。ありがとうございました。壮大な戯曲としてバージョンアップしないかしらん。あれは矢張り「殉教」のイメージだったのね、それと分りますよ。三島美学の極地を再現しただけでも、後世に誇るべし、あの場面に出た役者の勲章ですね。新橋は切符が売り切れだったので、6月は静かにします。精々皆様のレポートを楽しみにしますので、ヨロシクお願いしま〜す。

投稿: ATSUSHI ! | 2012年5月27日 (日) 11時29分

ATSUSHI !様
コメントありがとうございます。
明日の夕方まで外出しており、携帯しか使えない状況にあります。
明日帰宅後あらためてパソコンからお返事差し上げますこと、お許しくださいませ。
取り急ぎ。

投稿: SwingingFujisan | 2012年5月27日 (日) 15時54分

5/27の毎日新聞に亀治郎さん特集記事があって小玉祥子さんが記事をまとめていましたが、その中で今年も8月に「亀治郎の会」を開催するとありました。襲名後あえて亀治郎の名で会を行なう異例の催しとなるようです。「黒塚」を再演するようです。取り急ぎご連絡まで。(東京新聞には梅原さんの中車と新猿之助の為の新作の件もありましたね)

投稿: うかれ坊主 | 2012年5月28日 (月) 07時28分

ATSUSHI !様
こんばんは。
「弓張月」、私は2度見てこの作品の面白さ、良さに感動を覚えました(2度見ないとわからなかった、ということにもなりますが…)。
伊豆大嶋から讃岐山中、肥後山中、薩摩南海、琉球と、海・山を駆け巡る壮大さも素晴らしかったですね。
武藤太の場面は私にとっても忘れられないものになりそうです。「金閣寺」のパロディでもあるそうですが、やはり「殉教」図なんでしょうね。残虐な場面でしたが、歌舞伎らしい美にも溢れ、三島の美学を表していましたね。

6月の演舞場にいらっしゃらないとのこと、残念ですわ~。後半にしか見られない私は前半の戻りがないかと狙っているのですが、難しいでしょうねえ(1週間ほど前に1等Aが戻ったことがあったのですが、値段が値段なのでためらっているうちになくなってしまいました)。

お返事が遅くなり、失礼いたしました。

投稿: SwingingFujisan | 2012年5月28日 (月) 19時28分

うかれ坊主様
こんばんは。情報ありがとうございます。お返事が遅くなり、すみません。
10回やると決めた亀治郎さんのこだわりを感じますね。せっかくだから、中車さんも出演されるといいなと思いますが、亀治郎さんの意向次第ですね。
「黒塚」、楽しみです。
東京新聞は昨日出かけたためまだ見ていませんので、これからゆっくり見ます。
今朝、ホテルでNHKBS「猿之助奮闘」を見てあらためて猿之助さんの偉大さを知った次第です(今夜、再放送がありますね)。また、その猿之助を継ぐのはまさに亀治郎しかいない、とあらためて納得しました。

投稿: SwingingFujisan | 2012年5月28日 (月) 21時41分

27日の毎日新聞の4ページ7段すべて・・・ 要は一面すべて「亀治郎記事」でした。
その中で亀治郎の会についての内容をそのまま記載させて頂きます。

「今年も名前は『亀治郎の会』にします『黒塚』を踊る予定です」とさらりと言う。「黒塚」は7月の襲名演目。直後に自主公演で上演するのは聞いたことがない。真意を尋ねると「大感謝セール。襲名公演は入場料が高いのから、思い切り安い値段にする。日数を増やして大劇場で6日間くらいやるつもり。襲名公演を見たくても、お金がないという方にも来ていただきたい」。たぶん松竹は驚くだろう。だが、そこにあるのは観客の側の視点だ。「そういう考え方をする人のそばで育ったからね」。もちろん猿之助のことだ。


記事を書いた小玉祥子さんは現在、毎日新聞で水落潔さんの後、歌舞伎劇評を長く担当されている編集委員で「二代目 聞き書き中村吉右衛門」などの著作のある方です

投稿: うかれ坊主 | 2012年5月28日 (月) 22時59分

うかれ坊主様
記事の内容を教えてくださって、ありがとうございます!!
亀治郎さんの気持ち、嬉しいですね。思い切り安い値段だと又チケット争奪戦が厳しくなりそうですが、見る側としては本当にありがたいです。
「そういう考え方をする人のそばで育ったからね」--ぐっとくる言葉です。自分のやりたいことしかやらないと言って憚らない亀ちゃんですが、ちゃんとお客のことも考えているんですね。

投稿: SwingingFujisan | 2012年5月28日 (月) 23時17分

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