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2012年5月12日 (土)

五月花形歌舞伎夜の部「椿説弓張月」①:三島の歌舞伎論

56日 五月花形歌舞伎「椿説弓張月」(新橋演舞場)
聞きしに及ぶ長さ。長いけど面白い。面白いけどやっぱり少し長い。
昭和4411月に国立劇場で初演、翌年三島の壮絶な死。今回が4回目の上演だそうである。演出は国立劇場の織田紘二氏で、幕間に織田氏のガイドで三島の肉声が聞けるというので、イヤホンガイドを借りた。まずは、そのことについて触れたい。
昭和4573日、国立劇場第1期生(この「椿説弓張月」に出演中の幸雀さんが第1期生に当たる)のための特別講座として三島が熱く歌舞伎論を語っている。この年の1125日に三島が割腹自殺を遂げていることを思うと、なんとも感慨深い。ここで、その内容を一部ご紹介するが(正確な表現でないことはご勘弁)、ぜひイヤホンガイドを借りて直に三島の声を聴いていただきたいと願う。話もうまいし、内容に納得しようがしまいが、大変面白くてきっと引き込まれることと思います。

歌舞伎の魅力は型の美しさであり、感覚に訴えるもの。西洋演劇のようにセリフで訴えるものではない。手を上げるにしても、そこまで上げるのにどういう美しさがあるかを追求する。
三島は13歳で初めて歌舞伎を見た(13歳の三島に強烈な印象を与えた演目は「仮名手本忠臣蔵」であったそうだ)。それまでは、歌舞伎はみだらだから(だったかな?)見てはいけないという家庭だった。そのくせラブシーンなどのある西洋映画は見てよかった。祖母は歌舞伎が好きで、祖母が持って帰る木版刷りの筋書き(当時は無料)を見て、三島は歌舞伎に憧れていた。
初めて見た「仮名手本忠臣蔵」で、しわくちゃの俳優が出てきたが、これが顔世御前で、忠臣蔵という大事件の原因になるとは思えない。そのしわくちゃの俳優が喋り出すと、男がよくこんな声を出せるものだとただただ驚いた。歌舞伎には「くさやの干物のような魅力」があると思った(私はクサヤの干物を食べたことがないからわからない)。以後、三島は歌舞伎を見続け、ノートに観劇記録をつけた。近松、出雲、半二等々、戯曲も読み漁った。
歌舞伎はだらだらと長いこと何かやっているうちに、ぱっと動きが出てくる。役の中に入った俳優が神様のような素晴らしい「瞬間」を見せる。昔の不完全な大道具、不完全な証明、汚れた衣裳、そういったものの中で観客を魅了する。内面の蓄積がなければその「瞬間」は出てこない。大道具等の進化によって段々歌舞伎が違う方向へいっている。
歌舞伎はあらゆる時代で「昔がよかった」のである。歌舞伎はいつも滅びると言われてきた。その滅びるものにあなた方(研修生)は身を投じたのだから、それなりの覚悟が必要である。「今が一番悪い」という気持ちが大切。昔よかったものにいつかスッと自分が融け込むことがある。昔の俳優が乗り移ることがある。
というような話であった(全部をメモしきれなかったので、中途半端になってしまった)。
お芝居の感想はまた後ほど。

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