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2012年6月

2012年6月30日 (土)

六月歌舞伎千穐楽昼の部

629日 六月大歌舞伎昼の部千穐楽(新橋演舞場)
前夜というか当日早朝というか、ウトウトしながらとはいえユーロ準決勝を見てしまったので体調的にちょっと不安であったうえ、座席からは舞台下手半分と花道が全く見えず(モニターさえ頭上にあって見えない)、かなり興が削がれるのではないかと心配したが、意外と大丈夫であった。
「小栗栖の長兵衛」
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度目でもとても面白かった。長兵衛の暴れぶりが何とも痛快で、人物像にも前回より魅力が増したような気がした。ただ、中車さんの声が「ヤマトタケル」の帝でもそうであったように、しばらくの間とはいえ濁っているように聞こえたのが気になった(歌舞伎の発声にはまだ至っていなくても、意識はしているだろうから、声帯を傷めたりしているんじゃないかしら、と心配)
村人たちが長兵衛を嫌いながらも手柄を知ってころっと態度を変えるのも、諷刺的ではありながらこの村の人たちがそれなりに長兵衛のことを気にかけていたような空気が感じられ、何か微笑ましいような気になった。
中車さんの個性、澤瀉屋一門のチームワーク、そういうものが余すところなくみられて、あらためて中車さんはいい芝居で歌舞伎デビューを果たしたなと思った。
「口上」
先日来段四郎さんの休演情報が気になっていたので、幕が開くとまずは段四郎さんが列座しているかどうかを確認した。おお、ちゃんといらっしゃるではないか。でも千穐楽だしもしかしたら口上だけなんじゃないかとまだ心配が残る。すると、藤十郎さんに続いて口上を述べた段四郎さんはお元気そうでしっかりした口調であったので、これなら川連法眼も大丈夫だろうと安心したのであった。
以下、筆記具を忘れてしまったので覚えている範囲で補足的なことだけ。
彌十郎さんは新猿翁さんのもとにいるとき、歌舞伎だけでなく色々なことを教わったとは前回も述べられたが、とくに「おいしいものも教わった」というところで客席が和んだ。
竹三郎さんは、亀治郎最後の舞台で「おばあさん(六段目のおかや)に出てね」と言われて感激した。
秀太郎さんも色々興味深いことをおっしゃっていたようだが、あまりよく聞き取れず残念。
新猿之助さんは今回はニーチェのことは話さなかった。色々な役を教わった藤十郎さんだが亀治郎最後の舞台の勘平を教わった。秀太郎さんにも色々教わった。今回このお2人が出演してくださってありがたい。そして、前回私が見た時は月乃助さんのことは言っていなかったように記憶しているのだが、今回は月乃助さんのことも紹介していた。今思えば何とか正座しなくてすむ方法を考えて月乃助さんも列座できなかったものかと、非常に残念である。
「四の切」
猿之助さんの狐には全身に親に対する思いが表れているのになぜかそこでは泣けない(前回もそうだった)。むしろ狐の身の上を聞いて涙する静御前の情感のほうに心を動かされた。狐詞では亀ちゃんの高い声がやや聞きづらかった(こちらの耳も相当劣化しているようだ)。相変わらず笑いも起きる。
しかし鼓を賜った時の狐の喜びは何とも微笑ましく、客席からも自然と拍手が湧いてくるような感動があった。
僧兵との立ち回りは楽しかったが、意外とおとなしいような気がしたのは、こちらの中に「澤瀉屋の立ち回り」というものが刷り込まれていたからか。でも一糸乱れぬ激しい動き、ユーモラスな義太夫に合わせたユーモラスな歩行にいっぱい拍手を送った(椅子を上げてその上に腰かけたら、舞台の端のほうも見えた)。
宙乗りはやっぱり盛り上がるよねえ。客のほぼ全員が空中の猿之助に惹きつけられているであろう間、私は時々舞台に目をやっていたら、正面を向いている藤十郎さんは穏やかな表情のまま目だけで狐を追い、やがてやや顔を俯けて上手側を向いている秀太郎さんを促して、2人で狐に別れを告げていた。
桜が舞い散り(私の席からは、桜を飛ばす機械が見えた)、狐が姿を消し、義経と静が幕の内に納まっても拍手は鳴りやまず。これに応えて下手の定式幕から亀ちゃんが姿を現し、花道七三あたりで深々とお辞儀をした。これまでの亀ちゃん特有のお辞儀とはちょっと違っていたような、謙虚な感じを受けた(これまでが謙虚じゃない、ってわけじゃないよ)。
この後、夜の部にアクティブな「ヤマトタケル」があって、それは来月も続くわけで、亀ちゃんの体力が心配になる。また中車さんも歌舞伎のような上演形式は初めてだから、精神的なもののほかにかなり体力を使って疲労しているんじゃないかと心配。休む間もなく7月の稽古にも入るだろうし、体を労わりつつ長兵衛のようないい芝居を見せてほしい。

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2012年6月29日 (金)

強い! 面白い! イタリアサッカー

野生児、悪童バロテッリの破壊力、まさにゴールに突き刺さる2発soccer(シャツは脱いじゃダメでしょ。イエロー出るのわかってるんだから。万が一もう1枚もらっちゃったらどうするんだ)
堅い守備に攻撃力の加わったイタリアサッカーは本当に面白い。
GKブフォン、MFピルロ(イングランド戦でのPK戦におけるすんばらしいチップキック、思わず叫び声をあげてしまった)・MFモントリーヴォの魅力的なアイディア、FWカッサーノ等々。
これで決勝は私の願いどおりスペイン vs イタリアになった。
下馬評では優勝候補筆頭だったドイツが負けて(バロテッリのゴール後、涙を一筋流していたドイツサポの女性が印象的。勝負の世界は厳しい。半分ウトウトしていたのでドイツのよかった部分は意識に入っていない。後で録画を見ます)、経済的に破綻しかけている2国の対戦になるとは皮肉なものであるが、それはそれ、これはこれ。楽しみだぁぁぁ。
予選のように引き分けてPKまで持ち込むか(予選は決着つけず)、あるいはイタリアが勝つか。スペインも苦戦するだろう。スぺインファンの私だけど、こんな面白いサッカーを見せてくれるイタリアに浮気しちゃおうかな
bleah

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2012年6月28日 (木)

御園座昼の部千穐楽

626日 六月大歌舞伎千穐楽昼の部(御園座)
12062801repeat_2 中京テレビが頑張っているという噂を聞いたので入口の「満員御礼」を見た時にはよかった、と嬉しかったのに、実際はけっこう空席が目立っていた。さよなら公演の千穐楽としてはちょっと寂しい。
そうそう、6月歌舞伎にはリピーターズ割引なんていうのがあって、平日の一等席に限られるんだけど、演舞場にもリピーター料金があってもいいんじゃないかと常々思っている私は、演舞場でもまずはこのあたりから始めてくれれれば、と期待する。
「夏祭浪花鑑」
正直言うと、前回歌舞伎座で見た海老蔵のほうが断然よかった。確かに見た目は、容姿だけでなく見得も美しかったが、何となく今日は力が抜けているというか…。セリフに力が籠るところで開放音になってしまうのがとくに興をそがれた。前回は海老蔵さんのスター性、大きな演技、細かい心情、すべてよかったのに。あるいは私のほうで海老蔵オーラを感じ取ることができなくなってしまったのかもしれない。
12062802maturi 義平次殺しのところは迫力もあったし、ハラハラするものも感じた。しかし、やっぱり前回のほうが舞台にのめり込めたと思う。ただ追い詰められていく様子には共感を覚えたところもある。ひとつには市蔵さんの義平次のいやらしさ、憎らしさが強烈だったからかもしれない(市蔵さんは、人間の醜さをぷんぷんと全身から漂わせ、ねちねちとしたいじめも前回よりずっと憎らしかった)。追い詰められた人間の狂気は河内屋与兵衛に通じるところもある。
でも、海老ちゃんは何をやってもお客にウケる。水を足にかけ、全身に3杯かぶると、客席は大沸き。
もう一つ、私はこの殺しの場面ではいつもじっとりと汗をかく夏の暑さを自分も体感するような気がするのだが、今回はその暑さをほとんど感じなかった。ただ一時、駕籠の中に捕えられた琴浦がさぞや暑いだろうなあと同情した程度。
海老蔵さんは二役でお辰もやっていたが、こちらはもっとピンとこなかった。体は大きさやごつさには目をつぶるとして、やっぱり発声、セリフがどうも…。それに無理に色気を見せようとしているのもちょっと…。ただ、それじゃあこのお辰嫌いかっていうと、そうじゃない。好きなんである。もともとお辰という実に男前な女性のキャラクターが優れているからかもしれない。
左團次さんの三婦は初めて見る。左團次さんらしい飄々とした「面白さ」を感じた。下剃三吉との褌をめぐるやりとりは、天然のユーモラスな雰囲気の出せる萬太郎クン(とまどったようなニヤつき顔に、思わず吹き出しそうになった)と飄々として面白い左團次さんの割にはちょっとアッサリしていたが、そのくらいでちょうどいいのかも。

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2012年6月27日 (水)

知らなかった…段四郎さん休演

今日昼の部を見に行った友人が、段四郎さん休演だと教えてくれた。
もっと前から休演されていたらしいけど、全然知らなかった。
ちょっと心配です。あまりご無理なさらずに、でも早く復帰していただきたいと思います。
代役はどなたなのかしら。

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2012年6月26日 (火)

名古屋は近い

御園座千穐楽の昼の部を見てきた。
御園座から我が家まで約3時間というところだろうか。近いと言えば近い。
御園座を出た時には雨がぽつぽつと落ちてきていたのに、こちらへ帰ってきたらまだお日様がバッチリ出ていて嬉しかったsun(行きも帰りも寝ていたので正確ではないけれど、静岡あたりを境にお天気が変わったように思う。静岡は新幹線の時間的にちょうど名古屋と東京の真ん中くらい?) お天気の違いを考えると、名古屋の近さとは別に日本は広いと思う。
東京の今日の日照時間は11時間超えで、それは何と5月27日以来1カ月ぶりなんですって!!
紫陽花はやっぱり梅雨に似合う花だななんて思った。

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2012年6月25日 (月)

新生イタリア、死闘を制す

120分間の死闘後のPKを制したのはイタリアだった。
これだけの試合でもファウルは少なく、審判の試合コントロールも上手だった。120分間、長いと思わなかった。どっちも勝たせてあげたくても、必ず勝者と敗者がいる。だからこそスポーツは面白い。
決勝は願わくばスペインとイタリア(グループリーグが面白かったから)がいいけれど、どこの国がきても楽しみだ。でもやっぱりスペインには残ってほしい(ポルトガルも好きなんだけどね)。
ユーロ2012、イングランドとイタリアによる準々決勝の話でした。
120分間完璧に起きて見ていたわけじゃなくて、まばたきのつもりが一瞬の深い眠りだったりもしたのだけど、これから少しやすみます。

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2012年6月24日 (日)

今度は息子が帯状疱疹

去年の12月、思いもかけず「帯状疱疹」なんて病気になったら、たくさんコメントをいただいて意外とポピュラーな病気なんだという認識を新たにしたのだけど、今度は息子が帯状疱疹にかかってしまった。
数日前に背中になんだかぽつぽつできて、経験者としては一応可能性のある病名としてピックアップはしてみたものの、症状がそれらしくないのと発症のきっかけが考えられないのとで、「かぶれじゃないのぉ?」なんてことで片付けてしまったのだった。
しかし翌日には皮膚の赤味とぽつぽつの範囲が広がり、息子はやはり経験者の友人に詳しく症状を聞いて自分で帯状疱疹であると確信したらしい。昨日医者に行ったら、やはり帯状疱疹であった。
受診したときはまだごく軽くて痛み止めも弱いのをもらったんだけど、
症状は私よりずっと重症で、今がウイルス活動のピークらしく、痛いのと痒いのとで今日は1日うんうんうなっている。それでも痛いのは薬で何とかがまんできる、しかし痒いのがつらい、痒くても掻けないのがつらい、って。それを聞いて、父が乾燥肌でしょっちゅう痒がっていたことを心の痛みを伴って思い出した。ただでさえ高齢で皮膚が薄くなっていたから、掻くと皮膚が破れて血だらけになってしまう。それで私はいつも「掻いちゃダメでしょ」と怒ってばかりいたのだ。子供には優しくなれるのに、どうして親にあんな冷たくしちゃったのかと、後悔ばっかり…。
抗ウイルス薬が効きだすのは飲み始めてから3日後くらいというから、
息子よ、もうしばらくの辛抱だ。

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2012年6月23日 (土)

舞台が半分見えなくても感動の「ヤマトタケル」

621日 六月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
平成174月演舞場で段治郎タケル・右近タケヒコを、そして同年6月中日劇場まで右近タケル・段治郎タケヒコを追っかけ、平成20年にも演舞場で初日に右近タケル、千穐楽に段治郎タケルを見て泣き、猿之助さんがカーテンコールに登場して又々泣いたものだった。ただ残念猿之助時代の猿翁さんのタケルは見ていない。それがとても残念。
まずは口上。ずっと定式幕で、口上が終わると祝幕になったが、それも束の間、緞帳に隠されてしまった。夜の部は祝幕の写真を撮るヒマもない、というか、上演中ということになるんだろうから写真を撮るのが憚られる。前回昼の部に撮影したからいいか。
昼と違って、舞台には亀ちゃん(しばらくは亀ちゃんで許して)と中車さんが2人。
亀ちゃんの口上は、日替わりにしようかななんてファンサイトに出ていたからもしかしたら日替わりなのかも。追善興行と自分の襲名の報告(長年名乗ってきた亀治郎の名だが猿之助を四代目として継ぐことになった。というような挨拶にも亀治郎の名への愛着が感じられる)と御礼の後、「ここに控える香川照之が中車の名跡を九代目として継ぐ」ことと「團子はピカピカの1年生。ゆくゆくは一廉の俳優になるよう、皆様の厳しいご指導ご鞭撻を」とあいさつ。
すると中車さんが「歌舞伎の舞台に初めてお目見えする私たち。頼もしき従弟を父と仰ぎ師と仰いで」精進する意志を語る。
再び亀ちゃんが引き取り、祝い幕の説明。この祝い幕は福山雅治さんのアイディアで3人の隈取を重ねたもの。これまでにないものができた。襲名は先祖を乗り越えることなのか等々考えたが、この祝い幕を見て、それぞれの名がそれぞれに心血を注ぐこと、それによって新たな厚みを増し進化させていく、それが襲名ではないだろうか(というような内容だったと思う)。
古典とスーパー歌舞伎を一緒にやるのは不可能だと言われたが、不可能と言われれば言われるほどやりたくなるのが澤瀉屋。古典仕様とスーパー歌舞伎仕様では全然違うので大道具さんが大変なのだが、「オレらに任せてくれ」との言葉で実現できた(大道具さんの矜持だね、かっこいい)。
スーパー歌舞伎は立派な古典、これからも残していきたいが、残るかどうかはお客様がご覧になってくれるかどうかにかかっている。芝居は毎日同じことをやっているようでも一期一会、映画やテレビとは違う。我々2人が言うのだから間違いない(この時、中車さんが顔を上げ、亀ちゃんとちょっと目を見交わしていたようだった。「映像に出ている自分が言うのだから間違いない」は武田信玄以降の亀ちゃんの決まり文句のようなものだったが、今回は香川さんと「2人」になった)。だから、何度も見てね、っていうようなことだったかな。
「ヤマトタケル」
幕があいてすぐに登場する中車さん、口上からの作りが早い。こんなことも歌舞伎で初体験かな。出だし、声が割れているというか掠れているというか、ちょっと気になったが、大碓命の死を知って激怒するあたりから声が戻ってきた。全体として夜の部の帝より昼の部の小栗栖の長兵衛のほうがよかったように思ったが、声が落ち着いてくると良さが見えてくる。歌舞伎にとって声はとても大事な要素だとあらためて痛感した。それともう少しスケールの大きさがほしいような気がした。まだまだ7月公演もあるし、中車さんならきっと大きさが出せると思うのでこの先の進化を楽しみにしたい。
亀ちゃんのヤマトタケルは優しくて凛々しくて悲しくて切なくて、何度も泣かされた。右近さん、段治郎さんのタケルも感動的で泣いたけれど、今回亀ちゃんのタケルを見たら、2人との違いが少しわかるような気がした。猿翁さんのタケルを見たことのない私でも、右近・段治郎さんにはミニ猿翁的なところがあったと思う(悪い意味でなく)。しかし亀ちゃんのタケルには猿翁さんに似ているようでいて、どこか違うものがあるような気がする。望郷の念、父への思いのほかに、熊襲や蝦夷、伊吹山の山神への共感と言ったらいいだろうか、そういうものを強く感じた。実際、私の心に一番響いたのは熊襲や蝦夷が滅ぶ際に「自分たちの中に宿る先祖代々の美しい魂が米と鉄の武器を持った外来の侵略者によって滅ぼされる」という意味のセリフであるが(アテルイとかインカ帝国とか思い出した)、タケルはそれに共感しながら「しかしそれだけではダメだ。彼らは進化がないから滅んだのだ」と言う(そんなような意味のセリフじゃなかったかな)。亀ちゃんの歌舞伎に対する思いが重なった。しかしヤマトタケルも結局は命を失う。それは一つには伊吹山の神を侮ったことに起因しよう。スポーツでもそうなのだ、格下だからと油断すると負ける。負けないまでも思いもかけない苦戦を強いられる。戦いの真理だと思う。

 

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2012年6月22日 (金)

出会いもあれば別れも

12062201ajisai 仕事先の人が今日で退職するという連絡をもらったのが昨夜。
つい2週間ほど前に仕事のやりとりをしたときにはそんな話は出ていなかったので、心底ビックリするとともに、寂しい思いが込み上げてきた。
彼女と一緒に仕事をしたのは2年、あるはい3年だろうか。その間、メールでのやりとりだけで一度も会ったことがない(私の仕事は不思議なことにそういう関係が多い)。最後のメールで互いにそれを残念だと言い合い、別れを惜しんだ。二言三言、仕事以外のお喋りをするうちに、心のふれあいを感じるようになっていたのだ。
互いに仕事もしやすかったし(と、彼女も思ってくれていると思いたい)、とても残念だけれど、またどこかで一緒に仕事をすることもあるかもしれない、その日までしばしのお別れと思うことにした。そして、今の仕事については次の担当者との出会いを楽しみに待つことにしよう。

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2012年6月21日 (木)

杉の市、享年28歳:「藪原検校」

619日 「藪原検校」(世田谷パブリックシアター)
どういうわけか、三軒茶屋の駅から世田谷パブリックシアターにすんなり行けたことがない。必ずシアタートラムに行きついてしまう。何度も行ってる劇場なのに…。
さて、この日は頭痛がひどくて本当につらかった(すぐに影響が出るかどうかわからないが、行きの電車の冷房がきつくて寒かったから?)。客席が暗いせいもあって、体が何とか回復しようとしてしばしば意識を失ったのはもったいなかった。
そういう状態の中で感じたことを。
「藪原検校」は何年か前に蜷川×古田版で初めて見て、井上ひさし初心者だった私は井上ひさしがこんな猥雑な芝居を書いていたことに衝撃を受けたのであった(当時の私はまだ「ひょっこりひょうたん島」のイメージが強くて)。だから、今回の配役を見てあの貴公子のような萬斎さんが杉の市?とびっくりした。
杉の市の萬斎さんは圧巻だった。古田さんの場合は明るい悪、愛敬、外へ一気に発散する大らかさがあったように記憶しているが、萬斎さんは内に潜む悪の芽がにょきにょきと成長して蔓のように杉の市に絡みつくようで、常に心の闇を見せて地の底から這い出てきたような暗い怪奇さがあった。見事な早物語で(口跡のよい萬斎さん、心地よい!!)喝采を浴びご祝儀もたくさんもらったのに佐久間検校に横取りされたことから、杉の市の何が何でも検校になるぞという生き方が決定される。目が見えない故に誤って母を手にかけてしまった時には、ぐっとくるものがあった。しかしこれで杉の市には吹っ切れるものがあったかもしれない。その後の悪行については失われた意識の中で行われたからよくわからない。しかし杉の市、「享年28歳」だったのか!! この言葉、ひどく心に突き刺さった。最底辺から最高位へとモーゼンと短い人生を駆け抜けたんだなあという感慨か(後悔のない人生だっただろうなあ
杉の市を取り巻く人物たちも、蜷川版のほうが庶民の爆発するような明るいエネルギーを感じたような気がする。栗山版は庶民のエネルギーも内に向かう感じがして、暗いといえば暗いのだが、それは決していやなものではなく(歌舞伎なんかでも私は内向する感情は好きでないのだが)、むしろ共感を覚えるようなところもあった。1人何役もこなす熊谷真実、秋山菜津子、小日向文世(冷酷さが怖い。ゲッベルスを思い出す)、山内圭哉、たかお鷹、大鷹明良(役のうちの1つが佐久間検校の結解:「結解」は「けっけ」と読むが、昔会社に勤めていた時に「けっけ」とアダ名をつけていた男性先輩社員を思い出して1人笑った。芝居とは関係ないね)、津田真澄、山崎薫、それぞれの存在感が光った(津田さんと山崎さんが脅される場面は夢うつつだったけど)。そして出ずっぱり、語り手役の浅野和之さんの絶妙な間。ギタリスト千葉伸彦さんの状況に合った演奏(幕開き、しばしの暗闇の中、ギターの音で杉の市の一生譚が始まる)。あ~、もっと体調のいい時に見たかった。

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2012年6月20日 (水)

現代に通じる「シレンとラギ」

611日 「シレンとラギ」(青山劇場)
個人的事情によりあまり気乗りのしない日だったのだけど(チケット取る時は夢中になって、当選しやすい夜の部にまでしたのに:最近、人気公演は昼の部が取りづらい)、チケットを売ったり(高いチケットだったから差し上げるというのも…)交換したりする手間暇、神経が面倒で結局行くことにした。活劇としての単純な面白さの中に、ギリシア悲劇と南北朝を組み合わせながら混迷している現代の日本あるいは世界を反映している面白さがあった(いのうえ歌舞伎なのでカテゴリーは歌舞伎ミーハー観劇記にしました)。
時間が経ってしまったので、思ったことを脈絡なく。ちゃんとしたレポはきびだんご様(→ココ)とスキップ様(→ココ)のところで。
・オイディプス:先日見た「海辺のカフカ」もオイディプス。ほんと、オイディプス好きだよね~。というか、オイディプスが文学に与えた影響の大きさをつくづく感じる。しかしオイディプスの悲劇的終結と違ってこちらにはそれを乗り越える未来がある。
・南北朝:北の王国、南の王国はもちろん南北朝を表しているし、シレン→阿野廉子、ラギ→義良親王(後村上天皇)、ゴダイ→後醍醐(ラギが「六代」になったのでゴダイは「五代」にも通じる?「六代」でいがみの権太を思い出してしまった)、キョウゴク→佐々木(京極)道誉、ダイナン→大楠公、シンデン→新田義貞等々の名前もそう。
・マインドコントロール、カルト:毒ガスなんてまさに…。
・家畜人ヤプー:あの衝撃が甦ってきて、ちょっとぞっとした。
・殺人集団狼蘭族:「蛮幽鬼」を思い出す前に、むか~し読んだインドの殺人集団の本(何百冊とある自宅の文庫本から探し出そうとしたが無理。で、題名は不明)で、そういう集団が19世紀半ばまで実在したことに衝撃を受けたのを思い出してしまった。
・永作博美はチャーミング。声に力を入れる時がとくに好き。気乗りしなくても見る気になったのは永作さんが出演しているから、っていう部分もかなり大きい。しかし小柄なのに体力あるなあ。
・右近健一、粟根まことのキャラはだいたいいつも同じような気がする。右近さんのヘンな声の出し方は最初は面白かったが、最近はちょっと控えてもいいんじゃないのと思う。
・高橋克実の存在感、大きさ(なんか、すごく大きさを感じた)、かっこよかった。カッツミーはテレビのバラエティーでへらへらした姿しかほとんど見ないから。
・ギセン(足利義詮、三宅弘城)の「もう王様でなくていいんだ」とはしゃぐ姿が、教育ママの抑えつけから解放された子供を見るみたいで、なんかほっとした。

・シンデン(北村有起哉)は残念ながら意外と存在感なかったかも。
・古田新太というかキョウゴクにはだまされたなあ。古田さんは悪役をやっても愛敬が出る役者さんだと思っていたが、キョウゴクには愛敬を感じなかった。キョウゴク、ちいちぇ~男だな、と思った。
・ラスト、シレンが「行きましょう」と言うと、ラギが「今の言葉は女として? 母として?」と尋ねる。誰でもすぐにわかるその答え、私も心の中でシレンと一緒に「人として」と答えていた。
<上演時間>第一幕100分(18001940)、休憩20分、第二幕75分(20002115

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2012年6月19日 (火)

台風のせい?

今日は激しく頭痛がして、寝込むほどではないけれど、時々気持ち悪くなる。
気圧のせいかしら。でも最近時々悩まされる頭痛が必ず低気圧の時に起こってるかどうかは覚えていないので何ともいえない。
そんなわけで、今日は早めにやすみます。
台風の被害にあわれた方、お見舞い申し上げます。
台風の進路に当たる地方の方、お気をつけて。石巻では避難勧告が出たとか。心配しています。

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2012年6月18日 (月)

勘三郎さん、早い完治を!!

勘三郎さんが食道癌で入院とのショッキングなニュース。
前の病気から回復して中村座のロングランを成功させた直後だけにご本人もショックだろうが、「私自身も大変に驚いちゃいました。新たに与えられたこの試練に立ち向かい復帰に向けて治療に専念いたします! 一日でも早く元気な姿をお見せできる様に!!」という前向きなコメントを松竹を通じて出されたそうだから、きっとコメント通りに治療、治癒、復帰へと向けて努力されることだろう。
早い完治を祈っています。

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2012年6月17日 (日)

国立劇場「歌舞伎鑑賞教室」

67日 第81回歌舞伎鑑賞教室
12061701maturi
7日に見ての感想だから(山王祭もとっくに終わったcoldsweats02 菅原伝授の世界のレポをちょこっとだけアップしてから10日も経ってしまったwobbly )、だいぶ記憶が薄れてしまった。だからごく簡単に。

「歌舞伎のみかた」
趣向の華でその成長を見てきた大谷廣太郎クンが解説なのがちょっと感慨深い。
ところが、座席が3階最後列だというのに、オペラグラスを忘れてしまって大失敗。気づいた時には引き返すわけにもいかず…。

いつものように、舞台の数々のセリが回りながら上がり始めると、高校生たちのテンションがぐっと上がる。私のテンションも一緒にup 大ゼリに1人乗って悠々と回る解説役は気持ちよいだろうなあと思う。
義太夫、長唄の説明、演奏。太鼓を使った水の表現。雨→川→海と太鼓の音が水滴の一生を表す。これを聞くたび、自然現象を太鼓で表現する歌舞伎の音に対する感覚の見事さに感嘆する。
今回の「歌舞伎のみかた」は一方向的、オーソドックスな解説で、学生を巻き込んだのは太鼓の音が何を表すかという質問が廣太郎クンから出された程度。それでも、部品を一つずつ見せながらそれが組み立てられると「俊寛」が出来上がるという感じがして、私は案外楽しく面白く見ることができた。
チドリの合方で有王丸と船頭の立ち回りが始まる。有王丸は橋吾さん。中村座試演会の粂寺弾正のごとく大らかな大きさがあった。研修生扮する船頭たちもいい動きをしていた。廣太郎クンが研修生の1人に「どうして歌舞伎役者になったのか」ときいたら「高校生の時に見て面白かったから」というような答えだったが、その高校生の時に見たのはこの歌舞伎鑑賞教室だったのかどうか、もうひとツッコミが欲しかった。
最後にこれから上演される「俊寛」、鬼界ケ島の場に至るまでの物語がイラストを使って説明される。このイラストは例の可愛いキャラクターなので高校生たちにもウケていたようだ。説明を聞きながら、そういえば何年か前に「平家女護島」を六波羅清盛館の場から見たことを思い出した。あれはなかなか面白かったし、「俊寛」がより理解できたような気がしたから、ぜひもう一度清盛館の場から通して上演してほしい(この時、もう一つ「昔語黄鳥墳」が上演されたが、ほとんど覚えていない。こちらももう一度見たい)。
「俊寛」
あらためて上から舞台を見ると、海の広さ、孤島の侘しさを感じる。
橋之助さんの俊寛にはこれまでの誰とも違った印象を持った。年齢が俊寛の実年齢に近いせいだろうか、生への執念が感じられる。体軀が堂々としているのとあの声の高さは俊寛としてどうかなとも思ったのだが、まず体に関しては違和感なかった。若さの中に上手に離島での不自由な暮らしぶりによる弱りが出ていたと思う。

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2012年6月16日 (土)

ナメクジ

さっき風呂場にナメクジが2匹もいてゾっとした。
どこから入ってくるのか、姿を見ると本当にユーウツになる。
この前はカマキリの赤ちゃんがカーテンにへばりついていた。
この時期、庭に出ると必ず蜘蛛の巣にひっかかるし。
虫が大の苦手な私には、そういう意味でいや~な季節であります。
そういえば、私は見たことがないけれど、澤瀉十種の「浮世風呂」にもナメクジが出てくるんだっけ。あんな気味悪いものを色っぽい女に見立てる発想に感心する。

ちなみに、ナメクジってビールが好きらしい。飲み残しを小さな器に入れておくと、これにつられてやってきて溺死することが多いんだとか。でも中には酒に強いのがいて呑み逃げされることもあるそうだ。気持ちは悪いが、なんか笑ってしまう。それにナメクジと好みが同じっていうのもねえwobbly

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2012年6月15日 (金)

又やっちゃった

三津五郎・菊之助・巳之助・右近(尾上)出演の「江戸ゆかりの家の芸」、チケット一般販売が今日だったのに、今朝は色々忙しくて、いつもなら起きてすぐに電源を入れるパソコンの前にまったく寄ることなく午前中が過ぎる。
お昼過ぎに近所に買い物に出たところで、はっ
shockと思い出した。仕方ない、帰宅してから…と、1時間ほど外で過ごし、その後もなんだかんだと忙しくてやっと電源を入れたのが午後3時頃。チケットは音協かぴあなどのチケットサイトでしか扱っていないようで(国立劇場は窓口だけ、って書いてあった)、早速アクセスすると、もうどこも完売weep
この公演については昨夜チェックしたばかりで、さすがに「明日の発売だから忘れっこない」とタカを括ったのが間違い。私にとって「忘れっこない」なんてことはありえないのに、毎度毎度懲りない私bearing 8月は見るものがたくさんあるから、少しは控えなさいという天の声だと思うことにしよう。

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2012年6月14日 (木)

サマーカット

もう1カ月ほど前になるのだけど、羊の毛刈りを見学した。
羊を1頭ずつ、引っ張り出し、最初の1頭は大きかったこともあって、時間がかかっていたが、2頭目かたらは時短できたようで。それでも1日に1人で10数頭刈るということだったから、かなり大変な作業だっただろう。

12061501sheep
概ね気持ちよさそうな羊たち。時々バリカンに毛が引っ張られるのか、ビクッとして飛び起き、暴れる。バリカンは2分くらい使っては油を差していた。
12061504sheep_3  
時にはこうやってお座りさせて。
12061502sheep
刈った毛を商品にするのには処理が大変らしく、ここではほとんど廃棄するようであった。
12061503sheep
毛刈り前、毛刈り後。こんなに早く刈ってしまって寒くないのかと心配になったが、脂肪をたくさん蓄えているので大丈夫なんだそうだ。でも、毛刈りから1カ月も経った今、少し毛が伸びてきて、今度は真夏に暑過ぎるんじゃないかと逆の心配が起こる。でも真夏は避暑地へ移動させるのかも。

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2012年6月13日 (水)

指も忘れた鍵盤感覚

物置と化して15年以上も経つ我が家のピアノ。それでも2年に1回調律師さんがメンテナンスに来てくれる。
何しろ物置であるから、前夜は大変。天板の上から、蓋の上から、埃まみれの物たちをどかして掃除機をかけ、やわらかい布でピアノを拭き、調律師さんしか開けたことのない蓋を開いてみたら鍵盤も埃だらけ。ああ、中を見ておいてよかった。このままでは恥かいちゃう。
というわけで、昨夜てんやわんやで調律師さんが作業しやすいようにピアノ環境を整えた。
そして今日、調律師さんが帰った後、このまま再び物置にするのはもったいないから、と何十年ぶりかで自分で音を出してみた(ほんと、うちのピアノは何年もの間、調律師さんしか音を出したことがなかった)。
指が覚えているだろうといきなり得意だったソナタを弾いてみたら…ぜん~んぜんダメshock 指はウロ覚えだし、第一思うように動いてくれない。自分の感覚で広げた指が弾く音は1音ズレているし。完全に鍵盤感覚を失っている。これはいかんと、練習曲のツェルニーを引っ張り出したが、これもダメ。ハノンからやり直しだな。習っている時は練習曲って嫌いだったのに、今はその大事なことがよくわかる。
これからは、たまには音を出してみようかな(下手くそなピアノが騒音に過ぎない、と今日よっく自覚したから、ご近所には申し訳ないけれど)。

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2012年6月12日 (火)

六月歌舞伎昼の部③:義経と静に圧倒された「河連法眼館」

69日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
12061201syumei 戻りで取った2階左側コーナーの席は悪くはないが、花道が全く見えないのと、舞台下手が見切れるのはやむを得ないか。おかげで、小栗栖の長兵衛の出も馬上の引っこみも、割り切って画面の粗いモニターで見るのみ。でも花道と舞台の境目くらいのところはモニターに映らないので、ここが見えないのは残念。
「河連法眼館」
久し振りに見る段四郎さんは、やっぱりうまい、と思った。河連法眼の段四郎さん、飛鳥の竹三郎さん、ともにわずかな出番ながら、渋いいい味を残して奥へ引っ込んだ。
亀ちゃん、じゃなかった猿之助さんは前回の明治座がとてもよかったのでかなり期待したが、正直言って感動が足りないような気がした。
イヤホンガイドのインタビューで「前半は静のむずかしさ、後半は動のむずかしさであるが、一番難しいのは本物の忠信。颯爽と出てこなくてはいけないが、病み上がりであることを忘れてはいけないと伯父に言われている。常に大病だったことを意識すること。舞台に出ている時間は少ないが、狐に魅入られる隙がないといけない」と猿之助さんが語っている。
おお、本物の忠信はそういえば破傷風を患って命危うき状態にあったんだっけ。そういう心をもって忠信を演じよ、という猿翁さんの言葉にはなるほどと感心した。そういう目で見れば猿之助さんの忠信はそう見える。
狐にしても、ケレンの数々は楽しかったし、それをこなす猿之助さんには大いに感動を覚えたし(何しろ亀博であの映画を見たから)、親を鼓にされた子狐としての悲しみ、愛らしさ・哀れさもよかった(ほんと、可愛らしく切ない狐さんだった。狐言葉には客席から少し笑いが起きていたけれど、私は親のことを語る哀切さがよく出ていたと思う)。それなのに、どういうわけか涙が出てこない。泣けてもいいのに、泣けない。もしかしたら、藤十郎・義経、秀太郎・静の大きさに私が圧倒されてしまったのかもしれない。この2人がとにかくすごいのよ。忠兵衛と梅川あるいは忠兵衛とおえんの2人が義経と静。年季の差とはこういうものなのだろう、この存在感というか、芸の深みというか、大きさというか。泣けなかったのは私の心に潤いがなくなっているんだろう。
秀太郎さんの静--そういえば秀太郎さんの赤姫は見ているかもしれないけれど記憶になく(静御前、初役だったとは!!)、静はどうなのよなどと失礼なことを考えていたら、なんと愛らしく控えめで(義経を常に立てている感じ)優しさに満ちた静だったことか。この静、好きである
駿河次郎の門之助さん、亀井六郎の右近さん、私にはご馳走である。とくに門之助さんがよかった。
ラストの宙乗りにはやっぱり昂揚した。イヤホンのインタビューで、「高所恐怖症はない。宙乗りはただ吊られているのでは宙吊りになってしまう。ワイヤをお客様に意識させないようにしている」と言っていた亀ちゃんのそういう話を聞けば少しはワイヤを意識しそうなものなのに、まったく意識しなかった。さすがは亀ちゃん。桜の花びらを記念にいただいてきました。

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2012年6月11日 (月)

ユーロ2012で寝不足

ワールドカップとは別に、4年に1度(ワールドカップの中間年)の楽しみ「ユーロ2012」が始まった。
開幕戦のグループA、地元ポーランド対ギリシャ、ロシア対チェコは、翌日が演舞場昼の部だったから最初から見るつもりはなかったが、9日深夜のグループB、オランダ対デンマークは半分ウトウトしながら(いつも3時ごろまで平気で起きていられるのに、この時はモーレツに眠かったのよ。でも、見ている範囲では面白かった)、ドイツ対ポルトガルは気が付いたら後半30分くらいだったという状態。
おかげで10日は寝不足で1日頭が痛かったが、日中ちょこっと居眠りしたりして夜に備えた。なんてったってスペイン vs イタリアは見ないわけにいかないでしょう。
いやあ、面白い試合だった!! イタリアのサッカーはこれまで引いて守るのでつまらないことが多かったのだけど、今回のイタリアはかなり違うぞ(監督が新しいサッカーを作ろうとしているんだそうだ。それにイタリアは再び八百長で国内リーグに問題が生じているが、こういう時のイタリアって強いらしい)。高い位置でボールを奪い、スペインにパス回しをさせず(それでもピンポイントでボールを通すスペイン)、おっ!というような鋭いシュートを枠内に放つ。スペインよりチャンスは多かったんじゃないかな。スペイン贔屓の私でさえ、イタリアを応援したくなってしまったくらい。スペインのGKカシージャスの素晴らしい反応で得点には至らなかったが、ついに後半16分、交代で入ったFWディ・ナターレがゴールを決める。
ところが19分、今度はスペインがイニエスタ(だ~い好き。今日も技巧を見せてくれた)→ダビド・シルバ(お母さんが日本人なんだって。知らなかった)とつなぎ、ダビド・シルバの素敵なパスでセスクが強烈なゴール。
その後、ちょっと中だるみ的時間もあったが、最後まで目の離せない本当に面白い試合だった。結局両チームとも追加点は挙げられず、1対1の同点。
クラブチームの試合も面白いが、私は国の試合が好きで、こういう試合を見ているとフランスやドイツのワールドカップを思い出し、元気なうちにユーロも一度現地で見たいなあと思うのである。
明日はフランス対イングランド。これも見逃せない。TBSが地上波でやってくれる試合しか見られないが、とりあえず歌舞伎との両立が問題。今のところ、1試合だけ歌舞伎に影響が出そう…。

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2012年6月10日 (日)

六月歌舞伎昼の部②:待ちわびた猿翁登場の「口上」

69日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
12061002kojo
開演5分前になってやっと襲名の祝幕が現れた。その瞬間、場内に拍手が沸き起こる。
「口上」
下手から右近、猿弥、春猿、笑三郎、笑也、團子、中車、猿之助、段四郎、藤十郎、彌十郎、門之助、寿猿、竹三郎、秀太郎の並び。以下、かいつまんで。
まずは藤十郎さんが一通りの挨拶をして「猿翁のおじさんには色々お世話になった、段四郎にいさんとも親しくさせていただいた。このお二方の50回忌に出演できるのは不思議なご縁で有難い。新猿之助さんが立派に澤瀉屋を継いで偉いことだと思っていた」と言って懐から紙を出して4人それぞれの襲名を披露した。
段四郎:祖父と父の50回忌追善を兄とともに迎えられるのは誠にありがたい。これを機に、襲名した猿翁、猿之助、中車、團子ほか澤瀉屋一門手を携えて精進する。
彌十郎25歳で父を亡くしてから新猿翁(以下、敬称・敬語略)のもとで修業した。今日自分があるのは猿翁のおかげ。役者の勉強だけではなく演出、オペラ、私生活等様々学んだ。新猿之助の初お目見得では安徳帝の猿之助を抱っこして手がしびれた。中車、團子とは初めてだが、もう思い出もいくつかできた。團子とは楽屋や廊下で遊んでもらっている。
門之助:父が猿之助のところにいた縁で自分も猿翁の許で襲名した。優秀でイタズラ小僧の亀ちゃんの襲名にワクワクどきどきしている。
寿猿:猿翁、段四郎の門弟として、團子が猿之助襲名の時口上に列座したが、あれから50年、再び列座。ありがたい。
竹三郎:養父尾上菊次郎が初代猿之助のところにいた縁がある。列座ありがたい。
秀太郎:父は猿翁たちによくしてもらい、舞台が終わってからも誘ってもらった。自分は團子(新猿翁)と仲が良く、「ああいう歌舞伎をやりたい、こういうことをやりたい」と彼が夢ばかり語っているかと思ったら猿之助になって夢を実現させた。新猿之助の活躍は言うまでもない。亡父は七代目中車の指導を受けたが、七代目は大きな役者だった。すぐには無理だろうが、新中車には精進して大きな役者になってほしい。
右近:前回の追善の折(13回忌でしょうか)に入門した。澤瀉屋の繁栄に向けて精進する。(右近さんは私の席からはまったく見えず)
猿弥:右近同様幼き頃より澤瀉屋に師事。門出の席に連なることができてありがたい。(猿弥さんも見えず)
春猿:一門の一端に控える私もますます精進する。
笑三郎:目出度き公演が先祖の50回忌にできてうれしい。千穐楽まで無事勤め上げられるよう。
笑也:入門以来、数々の大役に抜擢された。初の抜擢のみやず姫で新猿之助と共演できるのはうれしい。

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2012年6月 9日 (土)

六月大歌舞伎昼の部①:魅力的な小栗栖の長兵衛

69日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
12060901omodakaya 戻りで取ったのが7月演舞場ゴールド発売日という間の悪さ。今月の発売日は忘れるし、どうも襲名公演とは相性が悪いと嘆いても仕方ない。一応、希望の日の席は何とか確保した(千之会は諦め)。
「小栗栖の長兵衛」
中車さんを歌舞伎の舞台で初めて見るこの演目、期待にたがわず面白かった。
幕が開くと、2人の百姓(喜猿・猿琉)が村の茶店で店の者たち(茶屋亭主:猿三郎――誰も呼んでくれないけど重助という名前がちゃんとある、って猿三郎さんがブログに書いている――、その女房・段之、娘・猿紫)と明智が敗れたなど世情についてお喋りしている。そこへ百姓長九郎(寿猿)が、娘・おいね(笑三郎)とその婿の七之助(門之助)を伴ってやってくる。世間話をする中で、困り者の長兵衛のことが話題になる。蝮の長兵衛と言われるほどの嫌われ者は長九郎の息子なんである。長九郎もグチをこぼしていると、馬子の弥太八(右近)が自分の馬を長兵衛に盗まれたと言って長九郎たちに絡んでくるが、村人たちに宥められて馬を探すためにこの場を去る。
82
歳寿猿さんのしっかりしたセリフ・演技が、まだここには登場していない困り者の長兵衛の人物像を浮き上がらせる。長九郎、七之助、おいねはおっとりとしてちょっと品がよい。つまり長兵衛はお百姓さんとはいえ本来そう悪くない家の出のように思われた。
右近さんの馬子は最初セリフが聞き取りづらいところがあったが(舌の動かし方の問題だと思う)、なかなか面白い役で、さっさと引っ込んでしまって、え?これで出番終わり?と思ったらちゃんともう一度出てきて最後が又面白かったから安心した。
弥太八と入れ替わりに庄屋・与茂作(欣弥)と僧・法善(猿弥)が、百姓が竹槍や鉄砲を持って落ち武者の鎧兜などを剥ぎ取ることを禁止するという秀吉のお触れを告げに来る。違反した者には磔の刑が課されると。それを物陰から聞いて震え出したのが猟師・伝蔵(弘太郎)。実は、伝蔵は出来心で明智の落武者を鉄砲で撃ってしまったのだ。幸い弾は外れたものの、磔にされる恐怖と「女のくせに毎晩寝酒を一升ずつ飲む女房、泣くと食うほかには何の能もない子供6人」が露頭に迷う恐れで半分パニックの伝蔵。弘太郎さんの気の弱い好人物ぶりがその家庭を想像させて実に面白かった。
そんなところへ、待ってました!! 長兵衛がついに登場。開幕から15分ほど経っていた。長兵衛は巫女(春猿)の袖をぎゅっと摑んで「酌をしろ」と無茶を言いながら巫女を引きずるようにして茶屋へやってくる。

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2012年6月 8日 (金)

千之会に揺れる心

7月29日、片岡千之助クンの勉強会「千之会」が開かれるというニュース→ココに接して、今激しく迷っている(この情報、いつ出たんだろう。私が気がついたのはつい今しがた)。
だって、29日は演舞場の千穐楽なんだもの。どうして同じ日なのぉbearing

7月の演舞場は明日発売だから、今晩一晩揺れ続けるだろうな。

しかし、千ちゃん、中学生になったばかりだというのに、もう自分の勉強会をもつとは、すごいね。

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梅雨入り前の貴重な1日

12060801rainbow
午後3時、庭に虹ができたsmile
12060802rainbow
こっちはお昼前。点描画みたい。
梅雨入り前の貴重な1日。有効に使っています。

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2012年6月 7日 (木)

じっくり見たい「菅原伝授手習鑑の世界」@伝統芸能情報館

国立劇場に早めに着いたので伝統芸能情報館で「菅原伝授手習鑑の世界」を見た。
「大内山の場」「賀茂堤の場」「菅原館奥殿の場」「菅原館学問所の場」「菅原館門外の場」「河内国道明寺の場」「吉田社頭車引の場」「佐太村賀の祝の場」「寺子屋の場」「大内の場」と全10段が紹介され、各人間関係、あらすじ、小道具、舞台写真などが展示されている。
「道明寺」の鶏、木像、菅丞相の衣裳を見ると、仁左様の菅丞相がそこにいるみたいな気になるし、「寺子屋」の手習帳、「梅は飛び~」の歌の結び付けられた松の枝、小太郎の白装束、首桶を見ると、つい先月の松竹座の舞台が浮かんできて、胸を締め付けられるような気持ちになる。
「車引」の牛車の大きさに驚き(舞台でそれなりに見える大きさだものね)、「賀の祝」の米俵を実際に手にして(これだけは触っていい)微妙な重さだなと思ったり…(米俵はそんなに重くはないけれど、実際に振り回すにはけっこう技術がいるらしい)、宙乗りの模型を覗きこんだり。
早めに着いた割には意外と時間がなくて、特急で眺めて歩いた。もっとじっくり見たいし、シアタースペースでは「菅丞相 片岡仁左衛門--義太夫狂言の演技--」が上映されていて、これは今回はパスせざるを得なかったが、絶対見たいから、7月の国立観劇時にはちゃんと時間を取って見学するつもり。

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2012年6月 6日 (水)

今日は何の日?から歴史のお勉強

梅の日なんですって。
三越オンラインショッピングから来たメールにそう書いてあったからへ~と思って調べたら。
467年前(天文14年)、晴天続きで作物も育たず、田植えもできず日本中が困り果てていた。そんな折、神のお告げにより4月17日(今の6月6日)に後奈良天皇が梅を賀茂神社に奉納して祈ったら、雷鳴とともに大雨が降ってきて五穀豊穣をもたらした、というのがいわれだそう。人々はこの雨を「梅雨」と呼び、梅を梅法師と呼んで贈り物をするようになったのだとか。このことが宮中の日記(「御湯殿 上の日記」)に書かれていたので、紀州梅の会がこの日を梅の日と定めたのだということです。以上の謂れは和歌山県みなべ町のHP(→ココ)と下の日本記念日協会のHPから。
平成18年6月6日にスタートした、まだまだ新しい「梅の日」ですが、日本記念日協会に登録されているというので(そういう協会があるのを知らなかった)、HP(→ココ)を見たら、今日はほかに「らっきょうの日」だの何だの、業界絡みの記念日が色々載っていた。
で、ついでに天文14年(1545年)はどういう年かというと、浅井長政・山中鹿之介・山内一豊なんかが生まれた年で、2年前には鉄砲が伝来しているという時代でありました。
またWikipediaによれば、後奈良天皇(
第105代天皇)の践祚された当時、朝廷の財政は逼迫していて、天皇は直筆の書を売って収入の足しにされていたそうです。清廉で慈悲深いお人柄、天皇としての責任感の強さ、学問への造詣の深さなど--。亡くなったのは1557年。3回目の川中島の戦い(上野原の戦い)があった年で、3年後の1560年には桶狭間の戦いが起きています。まさに戦国時代の真っただ中にあった天皇で、お名前は何となく知っていたけれど、人物像はまったく知りませんでした。
もう一つ興味深かったのは、1557年に日本初の西洋式外科手術が豊後・府内でポルトガル人医師アルメイダと日本人医師2人によって行われたということ(時の豊後の大名は大伴宗麟)。大分県庁にはその記念碑があるそうです。

梅の日メールから、中学の時に使っていた日本史年表まで引っ張り出して、ヒマっちゃヒマだけどなんか面白かったな。

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2012年6月 5日 (火)

テレビで見た感動の口上

テレビで襲名公演の口上の一部を見た。
昼のワイドショー的には中車さん中心にならざるをえないのはわかるが、やっと今、猿之助さんの口上を聞くことができた。梅原猛氏から言われたというニーチェの運命愛を語ったりして亀ちゃんらしいユニークな内容であったが、嬉しかったのは月乃助さんの改名について触れたこと。と同時に、月乃助さんの膝の状態があまりよくないようで、口上の席に列座されていないのを残念に思ったし、ご本人も無念だろうと思うと胸が詰まった。
猿翁さんの姿、それを見上げる猿之助さん、中車さんにも胸を打たれた。
中車さんの必死な熱い思い、團子クンの頼もしい決意(かなりの自由人らしい、團子クンは)、猿之助さんのユーモアを交えた謙虚さと意志、猿翁さんの「まだまだ歌舞伎に力を注ぐ」という熱意、涙をこぼしながら演舞場の観客と一緒に画面に向かって拍手した。

早く、演舞場で全員の口上を聞きたい!!

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祝・澤瀉屋四人同時襲名初日

いよいよ、今日初日ですねえ。おめでとうございます!!
気持ちは昂揚しているけれど、私は初日のチケット取りそこなったし、その後都合もできてどっちにしても行かれないので、もう完全にふっきれた…と思っていたのに、やっぱり「初日見たかったよ~!!」

東京新聞は527に梅原猛さん、63日に香川照之さん親子について特集を組み、昨日の夕刊では梅原さんがエッセイで再び「ヤマトタケル」について書いている(以前にも同様のエッセイを読んだ記憶がある)。
そして「演劇界」
7月号の「澤瀉屋四人同時襲名」の猿翁さんの寄稿、こうした記事を読むと、千穐楽までチケットをあたためておくなんて、とてもできない。とくに猿翁さんの「上置きに納まるつもりも、隠居するつもりもさらさらない」「私には、まだやりたいことがたくさんある」の言葉を目にしたら、たまらなくなってしまった。
そこで必死で戻りをチェックし、ついに昼の部は前半のチケットをゲット。やった~、と喜んでいたんだけど、後で考えたらちょっとマズい日を取ってしまったかも。ま、コスパを考えたらこの戻りが一番よかったのでしょうがない。
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3日の東京新聞では、香川さんが猿之助さんの楽屋を訪ねて拒否されたエピソードを月乃助さんが語っており、それはすでに知っていることではあったけれど、その時の香川さんの気持ちを思うと改めて涙がこぼれた。その場にいた「一門全員が彼の父への熱い思いをよく知っています」、だからこそ今日を迎えられたのではないかと、続けて涙がこみ上げるのであった。
今日はおとなしく、テレビの報道を見て興奮しよう。

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2012年6月 4日 (月)

小クワwithキンカンの実

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↑玉乗り成功
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↑今度は押し転がそうと奮闘中
どこからやってきたのか、今朝キンカンの実にしがみついている小さなクワガタを発見。ガンバレって時々様子を見ていたのだけど、乾いた土を少し湿らせてあげようとクワにはかからないようにして水を撒いたら、雨だと勘違いしたのか、いつのまにか姿を消しちゃった。その後↓
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メロンに誘われてまた登場
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田舎の庭は色々な生物がいて(苦手なんだよね~。クワガタも大きいのは怖い)、先日は雨戸をあけた瞬間、交尾中のトカゲが目に入ってしまった。
写真は相当グロいのでここには掲載しません(自然の営みではあるけれど、自分でもその写真見るとゲ~っとなる)

そういえば、むか~しは都会の庭にも大きなヌシのようなガマがいたっけな。

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2012年6月 3日 (日)

スカイツリー延長戦

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ちょっと傾いてしまった。
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浅草全景とまではいかないけれど

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2012年6月 2日 (土)

スカイツリー体験記

531日、スカイツリーにのぼってきた。
多少天気は悪くてもいいから風だけはなんとか緩くあってほしいと、開業初日にエレベーターが止まったことを知ったからには願うばかりの前日。
曇りがちの天気ではあったが、願いは通じて晴れ間のおまけもついて、無事に一般人が上れる最高ポイント(そらからポイント)に到達できた。
しかし、意外に「ついに来た!」という感動は少なく、高さ感も構造ゆえなのか、高すぎて現実感がないのか、高所恐怖症の私にして全然怖くなかった(ヒルズの高層のほうがよっぽど怖かった)。一番感心したのは動線がしっかりしていたことかな。事前によほど研究したのだろう、混乱のないような動線になっていた。あと、エレベーターのスピードも「おお」と思った。耳抜きしなくてもすんだし。

15
時からの回だったが1430分には4F入口フロアに着いてしまった。30分間ただただ立っているのはちょっと苦痛。それだけで疲れちゃうんだもの。今度来ることがあったら、列も消化される制限時間10分ほど前に着くようにしよう(制限時間は30分間。つまり15時なら15時30分までは入場可能)。待っている間に色々な素材で表現されたスカイツリーを鑑賞したり(写真①②)、スタッフのユニフォームがスカイツリー模様になっている(③④)ことに気が付いたり(クツも空色)…。
15
時に受け付けが始まり、予約に使ったクレジットカードを見せて発券してもらう。出発ゲート(⑤)は空港みたいな金属探知機内蔵で、そこを通過して荷物検査を受ける(レッズの荷物検査みたいにバッグの中に手を入れられないからよかった。あれは何回経験してもイヤなものだ)。
そしてエレベーターに乗ってフロア350の天望デッキへ。初日のニュースでは、窓際に近寄れそうもない印象だったけど、意外と人が少なくて余裕で窓辺に寄れる。まだ風が怖い私はまずチケットカウンターに並び天望回廊へのチケットをゲット。確実に天望デッキへ戻ってこれることを確認して(天望回廊からの帰りは345フロアに到着。階段で350フロアへ戻れる)、エレベーターに。途中外が開け鉄骨が見えた。顔を上に向けると天井の視界も開けていた。
フロア445に到着して(⑥)、窓辺に寄り眼下の景色を眺めながら傾斜のついた回廊をゆっくり辿ると、やがてフロア450に。すぐに桜橋が目に入り、おかげで中村座が簡単に見つかった(⑦)。これにはちょっとコーフンした。
窓が斜め外に広がっているので眼下を覗きこむ感がないのと、窓枠がちと邪魔な感じなのが怖くなかった理由かもしれない(いや、それでもいつもは怖いんだけどな)。
残念ながらこの日はガスが薄くかかっていて、至近のヘリポートはバッチリ(⑧)。国技館はまずますだが(⑨)、東京タワーや新宿の高層ビルなどはぼんやり見える程度。でも東京ドームだけはその中で真白く光っていた(⑩)。
最高到達点451.2mのソラカラポイント(⑪)では浮遊体験なんてしなかったぞぉ。フロア350に戻ると、低い分、下がよく見えた。フロア340のガラス床(⑫)も全然怖くなかったぞぉ(自分の高所恐怖症が治っちゃったんじゃないかと疑ったくらい)
お土産ショップは入場制限していたのでパス。下でお水(⑬)を買いました。レジ、行列だった。
ちなみに、所要時間は1時間くらいだったでしょうか(チケット交換までの待ち時間を除く)。

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2012年6月 1日 (金)

5月松竹座千穐楽夜の部

527日 團菊祭五月大歌舞伎千穐楽夜の部(松竹座)
12060101syotikuza 「絵本太功記 尼ケ崎閑居の場」
菊之助さんがここでは立役の武智十次郎。昼の千代といい、梅川といい、この十次郎といい、すべて浄瑠璃で、すべて死にきわめて近い役である。それぞれの「死」との向き合い方は当然違い、しかもここは若武者として死に行く者の凛々しい潔さと同時にはかなさ、美しさが感じられた。鎧姿の菊ちゃんはとても素敵。見た目は染五郎さんの拵えに似ていると思ったが、染五郎さんに感じたような武者人形みたいという印象はなかった。為朝と違って柔らか味があったからかもしれない。いつも、十次郎は初菊をどう思っているのかな、という物足りなさがあるのだが、菊ちゃんの十次郎には初菊に対する愛情が感じられてちょっとほっとした。
十次郎と初菊の関係は、結婚してすぐに夫と別れるという意味では、大星力弥と小浪を思い出す。もっともこっちは手柄も立てず、愛する人の目の前で息絶えるわけだが。
梅枝クンの初菊は1月の俳優祭で見た記憶もまだ残っている。非力で可憐な少女の一途さがいじらしかった。
時様の操は三々九度の酒を注ぐ姿に悲しみが籠っていた。初陣に立つ十次郎を、初菊は切なく、操と皐月は武家の女として悲しみ・つらさを押し隠し冷静に見送っているように見える。しかし十次郎の姿が見えなくなるとたまらず泣き出す2人に祖母・母の情が溢れていて、こちらも悲しくなった。東蔵さんの皐月が全体のバランスをうまく保たせているように見えた。本当に東蔵さんはうまい役者さんだなと思う。胸に太い竹槍が刺さったまま、苦しみに耐えている様子に「弓張月」の武藤太を思い出してしまった。
團十郎さんの光秀はとにかく立派。この大きさ立派さがこの芝居の重厚さには欠かせないと思った。
菊五郎さんの久吉も團十郎さんとは違った大きさがあって、やっぱりこの2人の顔合わせはいいなあとは思うけれど、この演目はまだ私には少し難しい。

「十種香」に少しずつ慣れてきたように、この演目の良さが少しずつでもわかるようになりたい。

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