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2012年6月10日 (日)

六月歌舞伎昼の部②:待ちわびた猿翁登場の「口上」

69日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
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開演5分前になってやっと襲名の祝幕が現れた。その瞬間、場内に拍手が沸き起こる。
「口上」
下手から右近、猿弥、春猿、笑三郎、笑也、團子、中車、猿之助、段四郎、藤十郎、彌十郎、門之助、寿猿、竹三郎、秀太郎の並び。以下、かいつまんで。
まずは藤十郎さんが一通りの挨拶をして「猿翁のおじさんには色々お世話になった、段四郎にいさんとも親しくさせていただいた。このお二方の50回忌に出演できるのは不思議なご縁で有難い。新猿之助さんが立派に澤瀉屋を継いで偉いことだと思っていた」と言って懐から紙を出して4人それぞれの襲名を披露した。
段四郎:祖父と父の50回忌追善を兄とともに迎えられるのは誠にありがたい。これを機に、襲名した猿翁、猿之助、中車、團子ほか澤瀉屋一門手を携えて精進する。
彌十郎25歳で父を亡くしてから新猿翁(以下、敬称・敬語略)のもとで修業した。今日自分があるのは猿翁のおかげ。役者の勉強だけではなく演出、オペラ、私生活等様々学んだ。新猿之助の初お目見得では安徳帝の猿之助を抱っこして手がしびれた。中車、團子とは初めてだが、もう思い出もいくつかできた。團子とは楽屋や廊下で遊んでもらっている。
門之助:父が猿之助のところにいた縁で自分も猿翁の許で襲名した。優秀でイタズラ小僧の亀ちゃんの襲名にワクワクどきどきしている。
寿猿:猿翁、段四郎の門弟として、團子が猿之助襲名の時口上に列座したが、あれから50年、再び列座。ありがたい。
竹三郎:養父尾上菊次郎が初代猿之助のところにいた縁がある。列座ありがたい。
秀太郎:父は猿翁たちによくしてもらい、舞台が終わってからも誘ってもらった。自分は團子(新猿翁)と仲が良く、「ああいう歌舞伎をやりたい、こういうことをやりたい」と彼が夢ばかり語っているかと思ったら猿之助になって夢を実現させた。新猿之助の活躍は言うまでもない。亡父は七代目中車の指導を受けたが、七代目は大きな役者だった。すぐには無理だろうが、新中車には精進して大きな役者になってほしい。
右近:前回の追善の折(13回忌でしょうか)に入門した。澤瀉屋の繁栄に向けて精進する。(右近さんは私の席からはまったく見えず)
猿弥:右近同様幼き頃より澤瀉屋に師事。門出の席に連なることができてありがたい。(猿弥さんも見えず)
春猿:一門の一端に控える私もますます精進する。
笑三郎:目出度き公演が先祖の50回忌にできてうれしい。千穐楽まで無事勤め上げられるよう。
笑也:入門以来、数々の大役に抜擢された。初の抜擢のみやず姫で新猿之助と共演できるのはうれしい。

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猿之助
:ニーチェの運命愛に従い、歌舞伎に生き、歌舞伎のために死ぬ。
中車:偉大な七代目、大叔父八代目は幅の広い芸。大きな名を50回忌に襲名して感無量である。歌舞伎の舞台に初めてお目見えする私はこの後、歌舞伎に生涯かけて精進する。親子ともども精進する。(芝居より口上で歌舞伎の世界との差が出たのは、歌舞伎の奥深さであろうか
團子:猿翁のおじいさまよりずっと立派な俳優になるのが私の夢でございます(テレビで放送された通り。でも実際に見るとその堂々ぶりに感嘆する)。
そして藤十郎さんの「猿翁さん、長らくお待ち遠さまでした。どうかお出ましくださいませ」の呼びかけに、後ろの襖があき、押し出し後見の笑三・猿紫さん(笑三さんのお名前は、urasimaru様のところ(→ココ)でmaroon6様に教えていただきました)が押す台に乗った猿翁さんが登場する。テレビでもそう思ったが、段四郎さんとお顔がよく似ている。
「市川猿翁にございます。いずれも様にはいつまでも変わらぬご贔屓を隅から隅までずい~とこいねがいあげたてまつりまする」
両手を広げ、目を左右へ、そして上へ向ける猿翁さんの姿を見ると、やはり目がうるんでくる。初日に比べれると少し言葉がはっきりしているように思ったが、猿三郎さんのブログによれば、やはり日々言葉がはっきりしてきているようだ(最後のご挨拶だけでは物足りない、セリフ増やそうか、とおっしゃっているらしい)。役者は舞台に立つのが何よりの薬なのだろう。7月の久吉がますます楽しみになってきた。

中車・團子の受付で團子Tシャツを売っていて、心が動いたが、どこかに着て行かれるかなというとちょっと…だし、それでは完全な記念品になってしまうので、今回は眺めるだけで。リリー・フランキーのイラストで福山雅治協力だとか。團子クン自身が描いた販促色紙も可愛かった。

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コメント

こちらにもお邪魔します

襲名の引き幕ですが初日は開演前から出ていましたが、ご指摘のように土曜日は口上の直前からでしたね

写真を取られる方が多いので開演前にも出しておく方が口上前の慌ただしさが緩和されるように思います

秀太郎さんが7世中車のことは父(13世)が「橋尾のおじさん、橋尾のおじさん」と尊敬していたと言っておいででしたね


中車が「只今は坂田藤十郎さまから」「只今は片岡秀太郎さまから」と様付けしていたのが印象的でした。本来は「・・屋のおじさん」と言うところでしょうが、そこはまだまだ新参としての遠慮というか配慮が感じられました

中車のお顔を拝見していると父・新猿翁より、3世段四郎に似ているように感じるのですが如何でしょうか?

投稿: うかれ坊主 | 2012年6月10日 (日) 18時56分

うかれ坊主様
こちらにもありがとうございます。
祝幕は、又五郎さんの時も勘九郎さんの時も開演前に出ていたという記憶があったので、今回は「おや?」と思いました。初日は出ていたんですね。どうして変えてしまったんでしょうね。ファンに対してちょっと不親切な気がします。

秀太郎さんの「橋尾のおじさん」は聞き取れませんでした。「橋尾」が何たるかわかっていなかったからです。七代目のご本名なんですね。次回の口上も同じ内容だったら、今度は耳に入ってくると思います。

「坂田藤十郎様」「片岡秀太郎様」は中車さんの立場としてはそう言うしかないでしょうね。これまでお付き合いもなかったのでしょうから、いきなり「おじさん」とは言いにくいでしょう。何年か経てば中車さんの口からも「おじさん」「にいさん」が聞けるかもしれませんね。

中車さん、ロビーに飾られている三世段四郎丈のお写真を見る限りでは確かに似ていますね(あの写真、いいお顔ですね)。

そういえば、笑三郎さんは4月の公演(一文字屋お才)を休演して療養中だったそうですが、今月はお元気に出演していらしてよかったですね。

投稿: SwingingFujisan | 2012年6月10日 (日) 21時06分

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