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2012年6月23日 (土)

舞台が半分見えなくても感動の「ヤマトタケル」

621日 六月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
平成174月演舞場で段治郎タケル・右近タケヒコを、そして同年6月中日劇場まで右近タケル・段治郎タケヒコを追っかけ、平成20年にも演舞場で初日に右近タケル、千穐楽に段治郎タケルを見て泣き、猿之助さんがカーテンコールに登場して又々泣いたものだった。ただ残念猿之助時代の猿翁さんのタケルは見ていない。それがとても残念。
まずは口上。ずっと定式幕で、口上が終わると祝幕になったが、それも束の間、緞帳に隠されてしまった。夜の部は祝幕の写真を撮るヒマもない、というか、上演中ということになるんだろうから写真を撮るのが憚られる。前回昼の部に撮影したからいいか。
昼と違って、舞台には亀ちゃん(しばらくは亀ちゃんで許して)と中車さんが2人。
亀ちゃんの口上は、日替わりにしようかななんてファンサイトに出ていたからもしかしたら日替わりなのかも。追善興行と自分の襲名の報告(長年名乗ってきた亀治郎の名だが猿之助を四代目として継ぐことになった。というような挨拶にも亀治郎の名への愛着が感じられる)と御礼の後、「ここに控える香川照之が中車の名跡を九代目として継ぐ」ことと「團子はピカピカの1年生。ゆくゆくは一廉の俳優になるよう、皆様の厳しいご指導ご鞭撻を」とあいさつ。
すると中車さんが「歌舞伎の舞台に初めてお目見えする私たち。頼もしき従弟を父と仰ぎ師と仰いで」精進する意志を語る。
再び亀ちゃんが引き取り、祝い幕の説明。この祝い幕は福山雅治さんのアイディアで3人の隈取を重ねたもの。これまでにないものができた。襲名は先祖を乗り越えることなのか等々考えたが、この祝い幕を見て、それぞれの名がそれぞれに心血を注ぐこと、それによって新たな厚みを増し進化させていく、それが襲名ではないだろうか(というような内容だったと思う)。
古典とスーパー歌舞伎を一緒にやるのは不可能だと言われたが、不可能と言われれば言われるほどやりたくなるのが澤瀉屋。古典仕様とスーパー歌舞伎仕様では全然違うので大道具さんが大変なのだが、「オレらに任せてくれ」との言葉で実現できた(大道具さんの矜持だね、かっこいい)。
スーパー歌舞伎は立派な古典、これからも残していきたいが、残るかどうかはお客様がご覧になってくれるかどうかにかかっている。芝居は毎日同じことをやっているようでも一期一会、映画やテレビとは違う。我々2人が言うのだから間違いない(この時、中車さんが顔を上げ、亀ちゃんとちょっと目を見交わしていたようだった。「映像に出ている自分が言うのだから間違いない」は武田信玄以降の亀ちゃんの決まり文句のようなものだったが、今回は香川さんと「2人」になった)。だから、何度も見てね、っていうようなことだったかな。
「ヤマトタケル」
幕があいてすぐに登場する中車さん、口上からの作りが早い。こんなことも歌舞伎で初体験かな。出だし、声が割れているというか掠れているというか、ちょっと気になったが、大碓命の死を知って激怒するあたりから声が戻ってきた。全体として夜の部の帝より昼の部の小栗栖の長兵衛のほうがよかったように思ったが、声が落ち着いてくると良さが見えてくる。歌舞伎にとって声はとても大事な要素だとあらためて痛感した。それともう少しスケールの大きさがほしいような気がした。まだまだ7月公演もあるし、中車さんならきっと大きさが出せると思うのでこの先の進化を楽しみにしたい。
亀ちゃんのヤマトタケルは優しくて凛々しくて悲しくて切なくて、何度も泣かされた。右近さん、段治郎さんのタケルも感動的で泣いたけれど、今回亀ちゃんのタケルを見たら、2人との違いが少しわかるような気がした。猿翁さんのタケルを見たことのない私でも、右近・段治郎さんにはミニ猿翁的なところがあったと思う(悪い意味でなく)。しかし亀ちゃんのタケルには猿翁さんに似ているようでいて、どこか違うものがあるような気がする。望郷の念、父への思いのほかに、熊襲や蝦夷、伊吹山の山神への共感と言ったらいいだろうか、そういうものを強く感じた。実際、私の心に一番響いたのは熊襲や蝦夷が滅ぶ際に「自分たちの中に宿る先祖代々の美しい魂が米と鉄の武器を持った外来の侵略者によって滅ぼされる」という意味のセリフであるが(アテルイとかインカ帝国とか思い出した)、タケルはそれに共感しながら「しかしそれだけではダメだ。彼らは進化がないから滅んだのだ」と言う(そんなような意味のセリフじゃなかったかな)。亀ちゃんの歌舞伎に対する思いが重なった。しかしヤマトタケルも結局は命を失う。それは一つには伊吹山の神を侮ったことに起因しよう。スポーツでもそうなのだ、格下だからと油断すると負ける。負けないまでも思いもかけない苦戦を強いられる。戦いの真理だと思う。

 

滅ぼされる側の彌十郎さん、猿弥さん、門之助さん、猿四郎さんの気持ちも痛いほど伝わってきた。
春猿さんの弟橘姫は前回見たときよりもいい感じがした。ナンバー2にしかなれない現世よりも海底でナンバー1の皇后になれるという女の矜持に涙が出た(でも、このあたり、客席から笑い声が聞こえたのよねえ。弟橘姫の強い心持に「おとなしい女だと思っていたのに」とヤマトタケルが驚いた時にも笑い声が聞こえた)。ただ、この場面、気持ち長いかな。
笑也さんのしっとりした兄橘姫とおきゃんなみやず姫、どちらも微妙な女心が切ない。正妻でありながら待つことしか許されない兄橘姫もまた悲しい。弟橘姫を羨む気持ちが哀れである。しかし兄橘姫にはヤマトタケルの忘れ形見がいる。さて、どちらが幸せなのであろうか。
團子クンは初舞台とは思えぬ度胸で堂々たるセリフであった。兄橘姫が慈しんで育てた子供だということがよくわかる。一目ヤマトタケルに見せてあげたかった。
笑三郎さんの倭姫は出色であった。清楚な色気、大きさ、あたたかさ、甥を思う心情、ユーモア、どれをとっても素晴らしい。
右近さんのタケヒコは、はじめはイヤイヤお供をしていたが、「だんだんあなたが好きになってきた。この人のためなら命を捨てても惜しくない」という真情、実直にタケルに付き従い、タケルの悲しみの時にそっと陰で涙をぬぐう姿に深い感動を覚えた(タケルを演じた経験のある右近さんだからこそ、悲しみをそっと分かち合うという気がした)。
ヘタルベの弘太郎さんは、初々しさが前に見た時と変わらない。一途な若さに好感がもてた。
熊襲の宴会の場面、突然の戦いは何度見ても楽しく悲しく、蝦夷との戦いにおける火の場面はとにかく素晴らしい。京劇の人たちのアクロバティックな動き、タケヒコの旗振りと、見応えがある。タケルとタケヒコが2人で草を刈る場面は美しく勇ましく、印象的であった。
走水の海を進む船はまるで雲の上をす~っと滑るようであった。そんな幻想的な場面が突然の嵐でがらっと変わる。弟橘姫が飛び込むために畳を海に投げ入れた途端、畳が浮いた浪布に変わるタイミングが実に見事。
カーテンコールでタケルが帝の脇に跪いてしっかり手を取るところでは、父への思いがここで遂げられたという感動でこれまでに何回も泣いたけれど、今回は意外とそうでもなかった。
「ヤマトタケル」は7月もあるから今月は1回にしたけれど、見終わってすぐ又見たくなってしまった(でも、ヤマトタケルは全部、舞台の左半分が見えない席なのよね。花道はもちろん、まったく見えないし)。歌舞伎の古典になったというのも頷ける名作であると思う。
<上演時間>第一幕75分(16001715)、幕間30分、第二幕65分(17451850)、幕間20分、第三幕80分(19102030

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