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2012年6月12日 (火)

六月歌舞伎昼の部③:義経と静に圧倒された「河連法眼館」

69日 六月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
12061201syumei 戻りで取った2階左側コーナーの席は悪くはないが、花道が全く見えないのと、舞台下手が見切れるのはやむを得ないか。おかげで、小栗栖の長兵衛の出も馬上の引っこみも、割り切って画面の粗いモニターで見るのみ。でも花道と舞台の境目くらいのところはモニターに映らないので、ここが見えないのは残念。
「河連法眼館」
久し振りに見る段四郎さんは、やっぱりうまい、と思った。河連法眼の段四郎さん、飛鳥の竹三郎さん、ともにわずかな出番ながら、渋いいい味を残して奥へ引っ込んだ。
亀ちゃん、じゃなかった猿之助さんは前回の明治座がとてもよかったのでかなり期待したが、正直言って感動が足りないような気がした。
イヤホンガイドのインタビューで「前半は静のむずかしさ、後半は動のむずかしさであるが、一番難しいのは本物の忠信。颯爽と出てこなくてはいけないが、病み上がりであることを忘れてはいけないと伯父に言われている。常に大病だったことを意識すること。舞台に出ている時間は少ないが、狐に魅入られる隙がないといけない」と猿之助さんが語っている。
おお、本物の忠信はそういえば破傷風を患って命危うき状態にあったんだっけ。そういう心をもって忠信を演じよ、という猿翁さんの言葉にはなるほどと感心した。そういう目で見れば猿之助さんの忠信はそう見える。
狐にしても、ケレンの数々は楽しかったし、それをこなす猿之助さんには大いに感動を覚えたし(何しろ亀博であの映画を見たから)、親を鼓にされた子狐としての悲しみ、愛らしさ・哀れさもよかった(ほんと、可愛らしく切ない狐さんだった。狐言葉には客席から少し笑いが起きていたけれど、私は親のことを語る哀切さがよく出ていたと思う)。それなのに、どういうわけか涙が出てこない。泣けてもいいのに、泣けない。もしかしたら、藤十郎・義経、秀太郎・静の大きさに私が圧倒されてしまったのかもしれない。この2人がとにかくすごいのよ。忠兵衛と梅川あるいは忠兵衛とおえんの2人が義経と静。年季の差とはこういうものなのだろう、この存在感というか、芸の深みというか、大きさというか。泣けなかったのは私の心に潤いがなくなっているんだろう。
秀太郎さんの静--そういえば秀太郎さんの赤姫は見ているかもしれないけれど記憶になく(静御前、初役だったとは!!)、静はどうなのよなどと失礼なことを考えていたら、なんと愛らしく控えめで(義経を常に立てている感じ)優しさに満ちた静だったことか。この静、好きである
駿河次郎の門之助さん、亀井六郎の右近さん、私にはご馳走である。とくに門之助さんがよかった。
ラストの宙乗りにはやっぱり昂揚した。イヤホンのインタビューで、「高所恐怖症はない。宙乗りはただ吊られているのでは宙吊りになってしまう。ワイヤをお客様に意識させないようにしている」と言っていた亀ちゃんのそういう話を聞けば少しはワイヤを意識しそうなものなのに、まったく意識しなかった。さすがは亀ちゃん。桜の花びらを記念にいただいてきました。

イヤホンのインタビュー
せっかく聞いたので箇条書きで。
・日々、新発見がある。昨日できたことが今日できないこともあるし、逆のこともある。
・猿之助48選をやることが多いのは、意識的に選んでいるのではなく、やりたいものがそれだった。意識的だとかなんとかいうのは、後になって他者が意味づけすること。
・48
選の中でやってみたいのは「獨道中五十三驛」。
・48
選では立役が多いのはとくに意識していない。これまではたまたま女形が多かっただけ。その時代を見ていた人は「女形が少なくなった」と言うだろうが、今からファンになってくれた人にとっては元々立役が多い。
・いい作品、心が動くものがあれば現代劇でもなんでもやる。演出家や共演者に惹かれてやりたいと思うこともある。歌舞伎だけが世界一だとは思っていない。
時代劇をやれば歌舞伎が役に立つが、現代劇では逆に歌舞伎が邪魔になることもある。
・4
歳から歌舞伎の世界にいたから歌舞伎が好き。違う世界にいたらその世界にいただろう。
・役者が商品とするなら、ディスプレイも大事。役者だけではダメで、すべてが努力して若い客を集めなくてはいけない。若い客に見方を強制することはできない、時代として止められないこともある(狐言葉への笑いとか、宙乗りの手拍子もそうなんだろうか)。たとえば江戸時代、歌舞伎は静かに見るものではなかった。その時代からしたら現代の見方は違うことになるだろう。
・錦絵への関心は完全に冷めている(意外!!)。5枚くらいなくなってもわからないだろう。
・ラスベガスによく行くが、博才はまったくない。人生で使い果たしている。

最後に三代目猿之助さんからの手紙が読み上げられた。猿之助を譲るのは寂しいが、亀治郎に期待している、澤瀉屋の飛躍を願うというような内容だった。

新猿之助さんは、「伯父と同じ心です」。

 

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コメント

藤十郎さんも初役でしたね

勘平などいろいろ指導を受けている山城屋さんの義経で襲名の舞台を披露できるのも感慨深いものがあると思います

狐詞はとっても良かったと思うのですが、それでも「笑い」が起こるのには、ショックを受けました

長谷部さんが東京新聞の評で「もとの古巣に戻って」が効いていると書かれていましたが、猿之助一座で育ち、そして離れていた亀ちゃんが襲名を機に、また猿之助(現猿翁)一座の面々とこうして一緒に舞台を勤めていることが舞台での台詞と合致していることを指摘されているのだと思います
そう思うと若い座頭として責任もまた大変なものになっていくのでしょうね

投稿: うかれ坊主 | 2012年6月13日 (水) 22時37分

うかれ坊主様
藤十郎さんも初役でしたの。お2人とも初役であれだけの大きさを感じさせるのはさすがですね。
そういえば、勘平は藤十郎さんの指導を受けたんでしたっけね。そう考えると、見るこちら側も感慨深い思いです。

狐ことば、よかったですね。歌舞伎の見方は猿之助さんが言うように時代によって変わるものかもしれませんが、笑いが起きるのが普通にはなってほしくないなあ。

長谷部さんの評、私も「元の古巣」のところにぐっと感じるものがありました(東京新聞は休刊日の都合で1日早かったこともあって、長谷部さんは初日観劇されたんですね)。澤瀉屋を引っ張っていく立場としてどんなにか大変でしょうが、亀ちゃんならきっと涼しい顔をしてやっていきそうな気がします。

投稿: SwingingFujisan | 2012年6月14日 (木) 00時08分

今晩は。昨日、夜の部みてきました。Fujisanさんはまだでしたっけ。新猿之助、大熱演、大変素晴らしいできでした。猿之助は女形をやりなれているので、くまその場面の美女役に無理がありません。周りの諸役も気合の入れかたが、尋常ではなく、主役を盛りたてていました。中では、笑三郎が傑出していたと思います。元気になってよかったですね。新中車は、やや咽喉を痛めているような発声がきになりました。
ともかく、このヤマトタケルは新猿之助の当たり役になるでしょう。オグリ(スーパー歌舞伎の方)もみてみたいものです。

投稿: レオン・パパ | 2012年6月16日 (土) 17時29分

レオン・パパ様
こんばんは。コメントありがとうございます。
夜の部は私は来週なんですよ。昼の部のようにもう少し早く見られればよかったのですが、諸事情あり、もうしばらくの辛抱です。
熊襲のところ、たしかに亀ちゃんなら全く違和感ないだろうなと思います。女性に化けた姿を早く見たいですっ。
笑三郎さんはブログを拝見すると、浅草のお練りでやっと復帰できるようになったけれども、その後も体調万全とまではいかなかったようで、まずは無事に舞台に戻っていらして本当によかった。
中車さんは慣れない歌舞伎の発声に近づけようとして咽喉を痛めたのでしょうか。歌舞伎人生始まったばかりですから、大事にしてほしいですね。
ヤマトタケルは「四の切」と並んで新猿之助さんが襲名公演の最初の演目に選んだものであり、スーパー歌舞伎の中でも一番思いを寄せているようですから、今後も繰り返し上演されるでしょうね。オグリは見たことがないので、私としてもぜひ見たいと思っています。

投稿: SwingingFujisan | 2012年6月16日 (土) 19時16分

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