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2012年7月12日 (木)

絵は背景を知ってみると面白い:あと5日「エルミタージュ美術館展」

625日 エルミタージュ美術館展(国立新美術館)
チケットをいただいたので行ってきました。なかなか感想が書けず、今頃になってしまった。
最近、美術は感性で見るものではない、と思っているので(しかも、私にはそんな感性もないし)、予習してから行った。予習をすると、美術展は実に楽しめる。特に西洋文化はベースに宗教があるから、それがわからない私にはとくに宗教画なんてほとんど面白くない。その点、印象派はわかりやすい(もっとも、印象派こそ感性が必要なのかもしれない)。わかりやすいけれども、背景にある物語を知ってイコノロジー的な情報が与えられた宗教画と比べると後者のほうが面白いと思うのである(もちろん、それは宗教画に限らない)。ただ、音声ガイドはそこに人がたまっちゃうのであんまり借りないようにしている。
さて、この展覧会は16世紀から始まる5章に分かれていて、絵画の流れを時代を追って見るようになっている。以下、「ぶらぶら」で予習した内容のウケウリも含めて。
1章 16世紀 ルネサンス:人間の世紀
ティツィアーノ「祝福するキリスト」。右手が祝福を表す指の形をして左手に水晶玉を持っている。水晶玉は世界を表し、キリストが世界を祝福しているのだそうだ。同じような表現のキリスト像をダ・ヴィンチも描いているが、フィレンツェ派(ダ・ヴィンチなど)に比べてヴェネツィア派(ティツィアーノなど)の人間的なのだそうだ。ティツィアーノのキリストもやや斜めを向いて、目を右に向け、そこにある何かにふと目をやったような、ちょっとした動きを感じさせ、確かに親しみやすさを覚える。
ダ・ヴィンチ派「裸婦」。モナリザをヌードにしたといった絵だが、なんとも奇妙な気持ちになる。あまりいい出来とも思えないし、表情が品性に欠けるような気もする。
2章 17世紀 バロック:黄金の世紀
ヴァン・ダイク「自画像」。洗練された二枚目の青年紳士に見える。ヴァン・ダイクはこの時代、オランダにはどうにも超えられない巨匠ルーベンスがいたためイギリスへ渡った。当時のイギリスでは画家はまだ育っていなくて、ヴァン・ダイクは実力もあったからチャールズ1世の宮廷画家として成功した。画家が自分をある程度理想化して描くのは、注文主に対するアピールの意味もあって、やはり注文する側も素敵な紳士、あるいは美女に描いてほしいと思うようなのある(ロココ時代のヴィジェ=ルブランもそうである)。ただ、自画像と実物があまりかけ離れていては誇大広告になるから、実際のヴァン・ダイクもヴィジェ=ルブランもハンサムであり美人であったらしい。
ファン・ホントホルスト「幼少期のキリスト」。ラ・トゥールの「大工ヨセフ」(ルーヴル所蔵)を思い出す。前者は1620年頃、後者は1640年頃のである作品である。「大工ヨセフ」のほうはキリストの運命を暗示するような作品であったが、こちらはキリストの「救い」を表現しているようだ。
3章 18世紀 ロココと新古典派:革命の世紀
光と影のオランダ美術も好きだが、ロココの優美でやわらかな画調がその後にくるとなにかほっとする。
ユベール「ヴォルテールの朝」。 ズボンをはこうとしながら(脱ごうとしているのかな?)口述筆記かなにかさせているヴォルテール。目覚めてすぐ何かを思いついて書き取らせているに違いな い。凡人の私など、思いついたことがあっても、着替えてからなんてやってるからすぐに忘れる。片足立ちになってズボンに脚を通しながら手振りで何かを伝え ているその姿に自然と愛敬が滲み出て、私は好きだ。
ブロンプトン「エカテリーナ2世の肖像」。「ぶらぶら」で解説をしていた中野京子さんが、ヴィジェ=ルブランにエカテリーナの肖像を描かせたかったと残念がっていた。マリー=アントワネットのお気に入りであった彼女がエカテリーナを描いたらどんな肖像画になったのか、ほんと見てみたかった。ロシアに亡命中の「自画像」も実に美しい。あ、横道に逸れた。
今はヴィジェ=ルブランの話ではなくブロンプトンの「エカテリーナ」。一通りな感じでインパクトは弱い。中野さんによれば、エ カテリーナはドイツ人で、ロシアに嫁に来て夫を殺害し、自分が皇帝になった。つまりロシア人でない人間が順当でない手続きによってロシア人皇帝に取って代 わった。それをロシア人に認めさせてしまったのがすごい!と(日本では家重の時代にあたり、たとえばポルトガル人が家重と結婚して家重を殺し自分が将軍に なったようなものだという)。しかも、大帝と呼ばれるのはピョートルとエカテリーナの2人だけなんだって。そういう凄さがこの絵からはあまり感じられない。それは画家の力量不足なのか、エカテリーナ自身の希望なのか。それにしてももう少しインパクトがあってもいいかなと思う。



4章 19世紀 ロマン派からポスト印象派まで:進化する世紀
ヴィンターハルター「女帝マリア・アレクサンドロヴナの肖像」。いろいろな様式の絵画が生まれた19世紀であるが、私の胸に一番響いたのはこの絵。憂いを帯びた表情が美しい。髪飾り、ネックレス、腕飾りとふんだんに使われた真珠が上品で悲しみを感じさせると思ったら、やはり真珠は涙を象徴しているそうだ。ヴィンターハルターはエリザベートの肖像画で彼女のイメージを作り上げた画家だそうだ。
ベイル「少年料理人」。子供が働いている姿というと悲劇的なものを想像するが、この少年は束の間の休憩だろうか幸せそうな笑みを浮かべている。両脚を投げ出し、右手にワインのグラスをもち、ほろ酔いな感じもする。こういう束の間の光景を切り取った絵というのは好きだ。
5章 20世紀 マティスとその周辺:アヴァンギャルドの世紀
マティス「赤い部屋(赤のハーモニー)」。今回の目玉っていうから。赤い部屋は元は「青のハーモニー」だった。ある日、マティスは青を突然赤に塗り替えた。その形跡が絵の下部に残っている。青だとどんな感じだったのか想像するしかないが、私としては赤のほうがやっぱりいいかなと思う。左がわに縁どられた緑の光景は窓の外の風景なのか壁に掛けられた絵画なのか。

エルミタージュの所蔵品はなんと300万点を超えるという。その中から89点が今回展示されている。鑑賞点数としてはほどよく、あまり疲れない。駆け込みになると混むかなと思ったけれど、私が行った時点ではけっこうゆっくり見ることができた。客は中高年の女性が圧倒的に多く(私もその1人)、同年代の男性、子連れの若いママなどが目についた。716日まで。

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コメント

はじめまして、こんにちわ。名古屋で女帝マリア・アレクサンドロヴナの肖像拝見しました。アレクサンドル2世の夫人だけに美人ですね。しかし「女帝」じゃないですよ。作品を日本に紹介する時に誰が和訳したんですかね。ロシア帝国では女帝はエカテリーナ2世が最後で、次代のパーヴェル1世皇帝がロシア皇室典範を改正して女性皇族の皇位継承を禁止しました。ですからパーヴェル1世から最後の皇帝ニコライ2世までロシア帝国に女帝は存在しません。日本の最近の美術関係者の学識低下は目を覆うほど嘆かわしいです。

投稿: ニッポンマル | 2012年9月23日 (日) 16時06分

ニッポンマル様
こんばんは。はじめまして。
コメントありがとうございます。
「女帝」、そうですよね。マリア・アレクサンドロヴナはご指摘のとおり女帝ではありませんね。ロシア語の原題はわかりませんが、英語でのempressが単純に女帝と訳されたのでしょうね(比喩的な意味があるとも思えませんし)。でも私自身、かすかに引っかかるものがあったのに、あまり気にせずにそのまま通り過ぎてしまいました。
ご指摘ありがとうございました。
しかしマリア・アレクサンドロヴナが美しいということを別にしても、この絵には強く惹かれるものがあります。

投稿: SwingingFujisan | 2012年9月23日 (日) 19時09分

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