« 歌舞伎ダイアリー | トップページ | 演舞場9月昼の部②:「河内山」 »

2012年9月 7日 (金)

大人の芝居に歌舞伎熱が再び湧く:演舞場9月昼の部①「寺子屋」

96日 秀山祭九月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
宙に浮いたままの2つの演劇に「青い服の子供」が仲間入りしちゃったけれど(もう1つあった、「元素のふしぎ」展)、感動冷めやらぬうちに演舞場昼の部を。
「寺子屋」
涎くりのタネちゃん(種之助)がいたずらっ子にぴったり。年齢も若いし、大人の役者が演じるような可笑し味はないが、きっとタネちゃんの子供時代はこうだったんじゃないかと思わせるような(本当はと~ってもおとなしい子だったらごめんね)生き生きぶりなんだもの。へのへのもへじは下書きなしで書いていた。あれあれタネちゃん、あまりのイタズラに京屋(久しぶりに見たなあ)=戸浪に叱られて、右手に線香、左手に線香受けの茶碗みたいなものを持たされて、自分の文机の上に立たされちゃった。昔のお仕置きって、線香が燃えつきそうになってそれを持つ手が「アツいアツい」ってことなのかぁ。それにしても、机の上に立たせるっていうのはちょっと納得いかないなあ。
ま、そんなことはどうでもよくて、あら、この場面なんか前に見たような気もするけれど(2007年の稚魚の会で、見ていた)、ずいぶん珍しいんじゃないと思っていたら、今回は寺入りがあるのだった。それで、ああ、そうかと納得。
千代(福助)が小太郎を連れてきて挨拶している間に涎くりが「アツいアツい」と騒ぎだし、千代がもう許してあげてと言って、やさしく線香を受け取り、鼻をかんでやったりする。後のことを考えるとその千代のやさしさが悲しくて悲しくて、もう鼻がツーンときた。
それなのに涎くりったら、千代の手土産のお菓子を行儀悪く摑んでむしゃむしゃ。まあ無邪気と言えば無邪気だけれど。
千代は小太郎を戸浪に預けると、隣村まで行ってきますと外へ出る。その後を追いかけて自分も一緒に行くと袖に縋る小太郎。聞き分けがないと叱りながら、戸浪に私の扇がその辺に落ちていませんか、と探させその隙にしっかりと小太郎を抱きしめる(ここは抱きしめないやり方もあるそうな。突き放すことによって母親の苦しみを表現するんだとか)。小太郎を振り切った千代は花道でぱっと扇を開いて決意を見せ、足早に去る。
寺入りは省かれることが多いが、ここをこの目で見ることによって、後に千代が「あの時あんなに叱ってしまった」と泣く場面が今から思われ、またその場面ではこの別れの場が思い出される。相乗効果としても、ここがあることは大事だと思った。今思い出しても泣けて泣けて。
この悲しい別れを涎くりと千代の下男(錦吾)がオウムで面白おかしく見せる。涎くりは小太郎になって千代役の下男に自分も一緒に行きたいと言うと、今度は戸浪になって、扇ならぬ天秤棒探しの遣り取り。イチオシ・タネちゃんが女形風に手をついてお辞儀するなど、なかなか達者なところを見せる。下男が花道でぱっと開いたのは扇じゃなくて左右結んだ草鞋。
この後、重い足取りの源蔵(梅玉)が花道を入ってくるところからの展開はいつも通り。源蔵は難題に直面し、すでに子供たちのうちの誰かを身代りにしようと考えているのである。しかしそれに相応しい子供はいない…ところが小太郎を見た途端!!  おお、身代りになれる子がいるじゃないか、と小太郎をそういう目で見ている源蔵が悲しい。小太郎の頭を撫でる梅玉さんの手がすっごく大きく見えた。この小太郎の子役ちゃん、名前はわからないが、青楓さんじゃなかった菊之丞さんの子供時代はきっとこんな顔だったろう、というすぐに思ったほどそっくり。そういう印象っていうのも悲しみに拍車をかけるものだ。
小太郎を身代りにする気持ちは固まった一方で、寺子はわが子も同然、夫婦で恐ろしい相談をしながら「せまじきものは宮仕えじゃなあ」と嘆く言葉に思いが籠り、泣けた。
さて、春藤玄蕃(又五郎)と松王丸(吉右衛門)がやってくる。キッチー、でかい!! 鬘のせいばかりではなく、又五郎さんも梅玉さんも頭一つ以上小さく見える。
8
人の寺子を帰したあとの緊迫感――ニセ首なんて小細工するなよと凄む松王に反論する梅玉・源蔵。体の大きさの差を感じさせない迫力で、戸浪と職場内恋愛をするような柔らかな二枚目でもある男の別の一面を見せて、カッコよかった。
小太郎の首を入れた首桶を奥から抱えてきたときには、決して見破られてはなるまいという緊張感の中に小太郎に対する申し訳なさが滲んでいるようで、涙が出た。犠牲にした小太郎のためにも賭けには絶対勝たねばならない。必死の思いが伝わる。首実検がうまくいって、一気に緊張がほどけ、言葉にならない安堵と嬉しさに浸る源蔵と戸浪。

一方の又五郎さんもニセ首だったらすぐに飛びかかるぞといった迫力を漲らせて首実検に臨む。こんな迫力に満ちた玄蕃は初めてかも。この男、じつにイヤなヤツではあるが、職務に忠実であることには間違いあるまい。そういう意味では「俊寛」の瀬尾に通じるものがあるんじゃないか、なんて思った。
松王は、ニセ首なんて小細工するなよと凄んではいるが、その言葉の中に源蔵に対するメッセージが込められているようであった。戸浪に文机が一脚多いことを問い質すときも松王はメッセージを送っている。そのメッセージを受け止めているのは客だけなんであるが、この時戸浪は「おや?」と思わなかったのであろうか。でも、まさかあの憎らしい敵の松王がそんなことを考えているとは想像もしていないだろうな。
我が子の首が落される音を聞き、思わずよろめき戸浪にぶつかり「無礼者めっ」と一喝する松王の哀しさ。我が子の首を前にしての「でかした」の一言は、源蔵への言葉でもあり、また源蔵を飛び越して我が子へ送る最大の賛辞であり(このあと、「持つべきものは子でござる」にも松王の思いがこもる)、哀惜の言葉であっただろう。政岡の「でかしゃった」がよぎる。
桜丸が不憫だと言って号泣する松王だが、実は小太郎への涙でもあるのではないかと今回初めて思った。私の解釈は違っているかもしれない。でも、これまでは素直に、本当に桜丸のことが不憫で泣いているんだと思っていた。それが今回、小太郎のことでは泣くなと千代を叱ったこともあり、自分は泣きたくても泣けない、桜丸と小太郎2人への思いが重なってあれほどの号泣になったのだと感じたのだ。
そうやって涙をガマンしている夫に寄り添い、必死で悲しみを堪える千代。首を落される音を聞き、哀れな首をぐいっと見る男。断腸の思いで子に別れを告げる女。福助さんの抑えた演技が最大級の悲しみを表して、本当に泣かされた。悲しみをオーバーに表現されてはこちらは泣けないのだもの、最近の抑えた福助さんは実にいい。
一方の戸浪は子がいないながら寺子を預かる身でもあり、女の本能として母親の子に対する気持ちを理解しているのではないだろうか。こちらも夫に寄り添い夫の企みを助けながら千代の悲しみを共有していたのではないだろうか。芝雀さんも抑えたしっとりした演技で戸浪その人であった。
染五郎・松王丸×吉右衛門・源蔵を見られなかったのは残念至極であるものの、円熟した大人の演技が「寺子屋」の世界に私をしっかり引きずりこんでくれたことは大きな収穫であった。こういう芝居を見ると、ここのところちょっと疲れ気味だった歌舞伎に対する情熱が又湧いてくる。今月はリピートなしなんだけど、この「寺子屋」は久しぶりにもう一度見たいという気持ちに火をつけたなあ(でも、多分スケジュール的にもお財布的にも無理)。

追記:自分のために一つ追記しておく。この「寺子屋」は2つの点で辰巳さんを思い出させることとなった。1つは、涎くり。本文にも書いたが、寺入りのあった稚魚の会公演では辰巳さんが涎くりを演じていたのであった。もう1つは、時平方の捕手(京由クンがいたかな)が長時間蹲踞の姿勢を取っているのを見て、以前辰巳さんがブログに蹲踞はけっこうつらいと書いているのを思い出したのだ。辰巳さんのご冥福をお祈りしつつ、こうして時々思い出すことがあるんだろうなあと胸の詰まる思いがするのであった。


|

« 歌舞伎ダイアリー | トップページ | 演舞場9月昼の部②:「河内山」 »

歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

私も辰巳さん思い出しました。というか、結構しょっちゅう(立ち廻りとか、後見とか)思い出したり探したりしてしまいます。お気に入りだったんだなあ。
思ったのと違う意味で忘れられない俳優さんになってしまったのが残念です。

投稿: urasimaru | 2012年9月24日 (月) 20時27分

urasimaru様
私も同じです!! 立ち回りではほとんど必ず思い出しますし(そう、わかっていても探してしまう…)、後見もそうです。日本一のトンボ役者になるとブログに決意を書いていた心意気が今となっては悲しいです。
愛される役者さんだったんですね、辰巳さん。

投稿: SwingingFujisan | 2012年9月24日 (月) 21時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 歌舞伎ダイアリー | トップページ | 演舞場9月昼の部②:「河内山」 »