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2012年9月

2012年9月30日 (日)

作り手の熱意にこちらもアツくなる:特撮博物館②

926日 特撮博物館(東京都現代美術館)
作り手の熱意が伝わる展示は本当に面白い。こちらもアツくなる。
12092901tokusatu8分の短編映画「巨神兵、東京に現わる」は必見。この展示のために作られた映画で、「風の谷のナウシカ」(ごめん、見てない。だから何にも知らない。娘はナウシカ大好き)に出てくる巨神兵が東京の町を破壊し尽くす。「新世紀エヴァンゲリオン」(これも見てない。娘はエヴァも大好き)の監督・庵野秀明さん(特撮博物館長)の企画で、監督は樋口真嗣さん(平成ガメラシリーズの特撮監督)。わずか9分なのにめちゃくちゃ迫力があって、実に芸術的、感動的。息をつめて見入った。これを見たら、特撮モノをもっと見てみたいという気持ちに12092902tokusatu なった。
メイキングのビデオは興味深い。特撮技術がこれでよくわかる。巨神兵による破壊シーンなど一発勝負を成功させるまでの手順を考えると、ため息が出るばかり。背景の空やキノコ雲に至るまで実に手をかけて丁寧に作られているし。
神社の鳥居(世田谷の烏山神社がモデルだそう)の向こうに巨神兵が下からのっそり立ち上がってくるシーンは、近景、中景、遠景を組み合わせて奥行感を出している。これのモデルが置いてあったが、それをただ見るだけでは何のことかわからない。でも覗き窓から覗くと確かに奥行や、巨神兵が現れる迫力が実感できる。
巨神兵のミニチュアはデザインも造形も見事。
⑤特撮美術倉庫は、ファンならたまらんだろうなあ(というものばっかりだけど)。東宝撮影所にあった倉庫の再現で、昭和の匂いとともに、所狭しと置かれたミニチュア(60年代からのものだそう)や仕掛けを作る道具たちの11つが少年の夢そのものだという空気を発してい12092903tokusatu る。モスラの幼虫なんて嬉しくなってしまう。キングギドラのスーツは実に精巧な作りである。
⑥カメラOKの特撮スタジオ・ミニチュアステージ。私のような素人にはここが一番のお楽しみである。
巨神兵が破壊した町のミニチュアと巨神兵が窓の外に現れるのを家の中から見るといった設定になっている民家の一室で、どちらも20分くらい待ちの行列。
前者は、70分の1サイズの東京タワーがぐにゃりと曲り(前の映画で使ったものを再利用したそう)、周辺のビルも無惨に潰されている。これらのビルは作って壊すのではなく、もともと壊れたものとして設計・作製するのだそうだ。町は左右に分かれ、その真ん中に通路があって、自分が巨神兵になった気分でそこをのっしのっし歩ければいいのだけど、順番でゆっくりゆっ12092904tokusatu くり進むので、なかなかそういう気分にはなれなかった。でもゆっくり進行するおかげで、ゆっくり見ることができた。
後者では、ペアで行けば自分が家の外に現れる巨神兵になれて、写真も撮ってもらえる(1人の場合は他人に頼むとか)。ただ、大半の人がペアで1人ずつ交代で写真を撮るし、列はずら~っと長く伸びているから、のんびりポーズや位置を決めたり、構図を合わせているヒマはない。急いで撮って急いでカメラマンとモデルを交代して次の人に譲らなくてはならないから、あんまりいい写真が撮れなかった。
実を言うと、私は以前よくこれと同じ場面(つまり、家の窓の向こうに怪獣が現れる)を夢に見たものだ。キングコングみたいな怪獣が家の中に入ってきて、私は子供たちを守りながら押入れに隠れたり…。その夢がここで再現(?)されるとは!!

何度も言うようだが、私みたいな素人でも特撮モノの素晴らしさを実感できたし、「巨神兵東京に現わる」はこれを見ただけでも現代美術館に来てよかったと思えるほど素晴らしい作品だった。展示の内容は紹介しきれない。百聞は一見に如かず。会期もあとわずかだし、土日は大混雑するだろうけど、お時間のある方はぜひ!!

 

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2012年9月29日 (土)

12月演舞場演目発表

12月演舞場の演目と配役が発表になっていた。
昼の部は御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)を通しで。
三幕目の「芋洗い勧進帳」は去年の1月に見たけれど、あんまり覚えていない。一幕・二幕は初めて。
夜の部は籠釣瓶と奴道成寺。
菊五郎さんの佐野次郎左衛門は初めて見るし、菊ちゃんの
八ツ橋!! なんとも楽しみな親子共演だhappy01 
詳細は→ココで。
しかし12月は南座へも行こうと思ってるから
moneybagが泣いている…

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2012年9月28日 (金)

ミニチュアの力、魅力:特撮博物館①

926日 特撮博物館(東京都現代美術館)
120928tokusatu6_2 今日は天気がいいからうちにいたい、それに現代美術館は駅から遠いから…と躊躇う私だが、娘がぜひ行きたい、それも木場公園→木場大橋経由で行きたい、木場公園はこの天気できっと気持ちがいいに違いないと言うので、重い腰をあげ、出かけた。どっちにしてもこの日は夜、池袋で観劇を予定していたので(そのために藤間会が見られなかった)、出かける時間を数時間早めればいいのだ。しかし、足の指はまだ痛いし(小指は薬指を副木替わりにテーピングで固定して、靴の後ろをつぶして履いている)、おまけに娘には言ってなかったけど歯の痛みがひどくて…。
さて、木場公園→木場大橋の散策コースは素晴らしかった。
だけど、特撮博物館が108日までとじき終了するので、先にこちらを。
①こんでいる。平日午後3時近くに入ったが、予想通り人が多い。でも多分、これでもすいているほう。土日はどれだけ混むんだろう。事前リサーチではチケットを買うにも並ぶことがあるようだったので、ネットで購入。
②客の男性度がかなり高い。年代的にはやはりウルトラマン世代が多いだろうか。
③そういう特撮世代で特撮モノだ~い好きな人には
1日いたって飽きない場所。何度でも来たくなる場所。特撮モノにほとんど詳しくない私だってたっぷり楽しめる。もうちょっと体調がよくてもうちょっとすいていたら、そして後に予定がなかったらもっと時間をかけて丁寧に見てきたんだけどな。

 以下、特撮モノは本当に素人なので「ぶらぶら」で予習した情報も含めて。
展示は「原点Ⅰ 人造」「原点Ⅱ 超人」「力」「特撮美術倉庫」「特撮の父」「技」「研究」「スタジオ再現」の順。どれもこれも触りたいものばかりだけど、もちろん触ってはいけません。
「原点Ⅰ 人造」は東京タワー、回転軍艦(轟天号のドリルがすごい)、戦艦(マイティジャック号など)、戦闘機、ウルトラマンの飛行機、メカゴジラ2のスーツ等々、巨大創造物のミニチュア、細かく描き込まれたデザイン画、ポスターなど。貴重な資料であることが私にも一目でわかる。
マイティジャックはバラバラになっていたものを3年かけて復元したのだそうだ。メカゴジラ2のスーツは、ボディ部分はバスマットと同じウレタンで、目は自転車の反射板、耳はオートバイのテールランプからできている。そういう話を知ると、こういうものにかける愛情が伝わってくる。
飛行機の下には花火筒をつけて、飛行機を吊るしたピアノ線に電気を流して発射するが、そういうのを操演というんですって。
怪獣ブースカに出てくるチャメゴンの撮影用マリオネットのミニチュアが和ませる。

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2012年9月27日 (木)

5年間放置の結果が…

数日前かた右上奥歯が痛み出してきた。前に神経を抜いたのに時々痛む歯で、そのたびガマンしているうちに自然に治っていたから今回も同じだろうと思っていた。
ところが、痛みはひどくなるばかりで、物を噛むことができない。左の歯で噛んでも右の上下の歯どうしがぶつかり、そのたび脳天に突き抜けるような痛さ。それでも我慢してほとんど噛まずに食事をしていたが、ついに昨夜痛み止めを飲むはめになったwobbly
そして今朝、歯医者へ。歯科ってたいてい木曜休診で、かかりつけも木曜休診。でもHPでは「木曜休診」と書いてありながらネット予約ができそうな感じ。私のようなケースは電話予約するようにとの指定だったので、今朝早速電話してみたら、ちゃんと11:45の診察で受け付けてくれた。昨夜の痛み止めも切れてきて、そこから予約時間までの長いことdespair

医者に行ったら、最終受診が2007年の12月だとのこと。5年も経っているのか、と驚いた。
レントゲン撮影の結果、神経を抜いた歯の奥の隙間が膿んで、それが痛みの原因だという。治療台付属のパソコンでX線写真を見ると、前回の治療で薬が3本(医者の言葉の感触では「3本も!!」)
入っていた。そういう治療を受けるたびに薬をしめした脱脂綿が歯の中に埋め込まれていると思っていたから、いずれその脱脂綿が腐るんじゃないかと私はいつも心配だった(今回の痛みもそれが原因じゃないかなんてちらっと思ったりもした。どこかが膿んでいるに違いないとは、私も考えていたし)。それで訊いてみたら、薬はゴムの中に入っているとかで、そのゴムは永久的に歯の中にいて問題ないのだそうだ。
X線で原因がはっきりしたので、とりあえず右で噛まなくていいようにする応急治療が始まった。麻酔を2本打ってもまだ痛い。でももうこれ以上痛みを抑えるのは無理だからちょっとガマンしてねと先生が機械を動かし始める。
怖くて緊張bearing 
しかし、意外にもガリガリ削られても何されても全然痛くない。被せた金属を外しても痛みがないということで、奥まで削る。ちょっと舌で触ってみたら、大きな穴coldsweats02 鏡で見てみた~いbleah
そうしたら、口の中にカメラを入れて歯の写真を撮って見せてくれた。歯には確かに大きな穴があいていて、中は汚い。まわりの壁はうす~い。それからまた機械で中をきれいにして、写真を撮って、最後にゴムを軽く詰めてまた写真を撮る。全部の写真を見ると、治療経過がよくわかって面白い。
歯医者さんの治療の有難味をつくづく感じたけれど、麻酔が切れた今は、いじられたあたり全体が痛い!!
足もまだ治らないしさ~(月曜日、整形に行ったら、ヒビが入ってるらしい)。
それにしても歯のメンテは5年も放っておくものではないわねえ。

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2012年9月26日 (水)

歌舞伎座杮落しは25年4月2日

だそうです。
いよいよ見えてきた、って感じhappy01
杮落し公演は1年間続け、最初の3カ月は3部制で大歌舞伎、次の3カ月は若手による「歌舞伎を継承する公演」、以降、3大狂言や新企画で、歌舞伎公演休業期(そんな時があるのか)は能と歌舞伎のコラボなどを計画しているそう。
チケット発売は来年早々だという。なんか、もうどきどきしてきた。

追記:俳優協会のHPで4~6月の公演日程が発表になっていました。
    4月と5月は2日初日28日千穐楽、6月は1日~27日。
    杮落しのシンボルマークなども→ココで。


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2012年9月25日 (火)

巡業西コース、2度目の埼玉県

923日 松竹大歌舞伎西コース(川口リリア)
巡業西コース2度目の観劇。1回目は初日の831日、越谷だったから、公演そのものも2度目の埼玉県だ。川口そごうでタイアップなのか、松竹歌舞伎フェアをやっていて(18日~24日)、けっこう人が集まっていた。
この日は新婚の笑野さんがご夫婦でご観劇のようだったが、気がつかなかったぁ。
「歌舞伎のみかた」
猿弥さん、初日は客の反応を探りながら、というところがあったが、さすがに各地をまわり回を重ねたからすっかりリラックスして口もなめらか。と言いたいところだが、しょっちゅうかんで(最後にもかんでいた)、自分でも「今日は調子悪い。おかしいなあ」とぼやいていた。それに、音響が悪くてマイクの声がぶわ~んとなる感じ。幸い私の席はぶわ~んとなる前の音が聞こえてきたから話の内容は聞き取れた。
最初の挨拶が「寒いね~、こっち。愛知(瀬戸)から来たんだけど、ずっと残暑厳しいと言ってきたのに、今日は寒い。明日からまた30度だって? 冗談じゃないよ~」といった調子。そして初日同様、最前列を見て「この辺、みんな知り合いなのよ」。師匠の関係者らしい。
初日は普通に歌舞伎の歴史を述べていたけど、今回はクイズ形式で、「歌舞伎はいつ始まったでしょう?」300年前か400年前か500年前か。客は拍手で答える。300年前、500年前にも拍手が意外とあったが、400年前が一番多かった。
そしてあの面白い自己紹介。普通に現代語調で「市川猿弥でございます。昭和42815日生まれ45歳でございます」と言ったところで客席が笑い出す。猿弥さん、挨拶を止め、私の後ろのほうを指さし(その辺の笑い声が大きかったか、その辺から笑いが起きたのか)「ははは、ってどういう意味? 老けてるってこと? 若いってこと? ここで止められたの初めてよ」とツッコむから又笑いが大きくなる。この後の歌舞伎調での自己紹介も大ウケ。
そして義太夫にのせた「市川猿弥大当りの段」はもう会場爆笑で、まさに大当り。現代語でパチンコに負けた様子を語るのだが、感情が高まったところは歌舞伎調になって演技も盛り上がる。宝くじに当たったと喜んだのも束の間、よくよく見れば…組違い。この「組違い」を竹本幹太夫さんが早口で軽く言い切ったのが可笑しかった。幹太夫さん、その後も嬉しそうにニヤニヤしていたっけ。

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2012年9月24日 (月)

亀翁

12092401kame 猿之助さんが、11月明治座公演の取材で、「自分としてはもう亀治郎と呼ばれると違和感がある」と語ったそう。当初は亀治郎という名に愛着があったと言っていたカメちゃん、私などついこうやってカメちゃんと呼んでしまうが、ご本人がそうなら私もなるべく猿之助さんと呼ぶようにしよう。そのうち慣れるだろう。
亀治郎の名にもう違和感を覚えていても「いつか亀翁になれればいいとは思っている」ですって。(以上、23日のスポーツ報知より)
亀翁--「翁」のイメージは猿翁よりぴったりくるかもね。
写真は、川越亀屋のシュークリームと亀どら。

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2012年9月23日 (日)

土砂降りの墓参にて~116年ぶりの秋分の日

土砂降りの雨の中、墓参に行ってきた。天気のせいだろう、墓地に入る道路は大渋滞、墓地の中も普段より車が多い。
あまりの雨に、私たちはお榊を供えるだけで帰ってきたけれど、ちゃんと水桶や箒を持ってお参りしている人も多々あり、えらいなあと感心した。

12092301snail お盆の時に供えられたのであろう、もう枯れてしまったあちこちの花束にカタツムリがしがみついていた。このテのことに関しては幼稚園児以下の知識しかない私は、こんなところにカタツムリがいるんだ、とちょっとビックリしたが、カタツムリって、少し分解の進んだ植物(つまり枯葉なんか)を食べるんだそうだ。
そういえば、カタツムリ美容液が人気だそうだけど、こういうの見ちゃうとなおさらねえ…ムシって苦手なのよ(カタツムリは虫じゃないんだろうけれど)

ちなみに秋分の日が9月23日じゃないのは昭和54(1979)年9月24日以来33年ぶり、9月22日になったのは明治29(1896)年以来116年ぶりのことなんですって。ところが、次に22日になるのは2016年と4年先のこと。2028年まで4年ごとに22日になるみたい。今回116年ぶりだから昨日がただの土曜日じゃないなんてことにきづかなかったんだわbleah

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2012年9月22日 (土)

きょうは普通の土曜日じゃなかったんだ…で挫ける

今ごろ、本当なら小平で菊ちゃんの「春興鏡獅子」を見ているはず…。

公演が小平なので、その前に墓参をして、と時間を見計らって出掛けた。駐車場を出て数メートル歩いたところで挫折。先日、思い切り内側に折りこんだ右足小指がどうにも痛くて歩けない。今は何とか我慢してもこれでは墓地内を歩くのはとても無理。
そうだ、とりあえず医者に診てもらってそれから菊ちゃんの踊りを見に行こう。お墓は、もともと明日子供たちが車で行く予定だから、私もそれに便乗すればいい。
ということで、大急ぎで帰宅し(駐車場料金発生前に出られた)、保険証をもち、診察券で診察時間内であることを確認し、整形外科へ。
ところが、「本日の診察は終了しました」というすげない札が
wobbly
診察終了時間までまだ30分以上もあるのに腑に落ちないまま、別の医者を携帯で探して駆けつける。ところがドアがあかない。数秒立っていたが、自動ドアは閉まったまま
wobbly
おかしい
eye なんで?think
そこではっと思いついた
flair
今日はただの土曜日じゃなかったんだ
shock 
思い切り挫けた。挫けたら足の痛みが増して、小平行きは断念。
こんなことなら早く医者に行っておけばよかった。内出血が広がって、小指もかなり膨れてはいるけれど、自宅では指を床につけないようにして動いていたからそんなにひどい痛みじゃなかったのだ…。
痛くて歩けないと思った時は、出かけるどころじゃなかったけれど、落ち着いてみるとスッゴク残念で気持ちがもやもやする
sad

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2012年9月21日 (金)

日本初公開、ゴヤの「青い服の子ども」を独り占め

92日 「ゴヤの《青い服の子ども》 ルーヴル美術館のコレクションに入るまで」(ルーヴルDNPミュージアムラボ)
最後まで宙に浮いていたのは、ゴヤの「青い服の子ども」。ミュージアムラボ第9回作品である。
今まで全作品を見てきたのに、今回が一番「独り占め」感が強かった。並んでフェルメールを見たりした記憶が残っていたせいだろうか。これだけの絵画を誰に遠慮することなく、ゆっくり好きなだけ眺めていられることの贅沢さをしみじみ味わった。
ゴヤが1791年に描いたこの作品は、2009年ルーヴルで公開されるまではプライベートコレクション(ジョン・D.ロックフェラーJrからイヴ=サン・ローランとピエール・ベルジュへ)であり一般人はほとんど見ることができなかったそうだ。しかもルーヴルのスペイン絵画コレクションに入ってから初めての館外展示だそうで、それを人の頭の隙間からチラ見するのではなく、様々な角度から解析しながら鑑賞できる貴重な機会だ。
会場は「私的な空間」と「公的な空間」の2つのスペースに分かれている。まずはこの展示にかかわったルーヴルの学芸員ギョーム・ギンツ氏が我々に語りかけ、スペイン絵画の世界へ我々を招き入れる。
「私的な空間」では実際に絵を鑑賞し、その後「絵画とその物質性」というテーマの解析コーナーへ。絵画が幾重にも層が重なってできていること、湿気・熱・光などの外的要因によって物質的に変化することを知る。絵が映し出されたモニターの隣に六角形のブロックがいくつか用意されていて、設問に従って「下塗り」「色」「ニス」などの順にこれを積んでいくと、絵が階層になっていることを理解できる。また、絵画に損傷を与える条件のブロック(たとえば「熱」)を置くと、それによる絵の劣化がわかる。最初やり方がよくわからなくていい加減な順番で積んだら間違っていて、そうすると画面が反応しないんだったか、「違う」と画面に出るんだったか忘れたけれど、うまくいかないのであった。
次に「画家の選択:イメージを構築・分解する」というテーマで、光の効果、構図、背景、服装と小道具をタッチパネルで色々に変化させながら、絵画の仕上がりの違いを実感する。たとえば床のラインを上下させたり、子供の立つ位置を移動させたり、服の色を変えたり、持ち物を違うものにしてみる。ゴヤは子供の膝下くらいの高さに床を決め、子供は中心よりやや右(向かって左)に立たせ、左手に犬を連れることで微妙なバランスを取ったのである。床の位置を変えるだけで人物と壁との距離感が違って見えたりするのが興味深い。服の色はやっぱり青がしっくりくるような気もするし、赤も悪くないなと思ったり。
展示室の重い扉を静かに開閉して外へ出ると、次は「公的な空間」。ここはルーヴルのスペイン絵画展示室をイメージしており、17世紀から現代まで節目となる12の時代に分け、スペイン絵画コレクションの歴史を通して、美術館のコレクションの形成について学ぶ。タッチパネル上の絵画の1つに触れればその絵の情報が得られる仕組み。タッチパネルは複数あるので、同じ時間の予約者が複数いても大丈夫(多分同じ時間には数人しか入れていないんだと思う)。
時間を見計らってシアターへ。「ゴヤの目」という映像で、非常に面白くて熱心に見たんだけど、その割に記憶が薄れてしまって…。でも今、「額縁をくぐって物語の中へ」で詳しく見た「マドリード、180853日」をここでも見て感動したことを思い出した。
最後にシストゥエ・マシンで自分だけの「シストゥエ」(「青い服の子ども」のモデルはルイス=マリア・デ・シストゥエ・イ・マルティネス)を作る。シストゥエの背景、服装、持ち物がスロットマシンのように猛スピードで変わる。どこかのタイミングでマシンを止めると、たとえば柔道服を着たシストゥエがサッカー場のコーナーに立ち、手には熊のぬいぐるみを持っている、なんてシュールな絵ができる。なかなか思うようなタイミングで止められず、何回もやり直した末、もう根気が切れて「これでいいや」と出来上がった私の作品は、シェフ姿のシストゥエが神社の幾重にも設えられた鳥居の中に立ち、そばにニワトリを連れているっていう、まったく何の脈絡もなくてバランスも悪くて、ひとには見せられない。本当はスポーツ系か古武道系でまとめたかったんだけどな。
ともかく、日本初公開のこの作品を独り占め状態で鑑賞することができる機会、逃すテはありませんぞ。1028日までの土日、要予約です。→ココ

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2012年9月20日 (木)

楽しいベルばらの世界:40周年記念 ベルサイユのばら展

919日 「ベルサイユのばら展」(銀座松屋8F
12092001berubara 今年はジョジョの25周年で盛り上がってる人たちがいるなあと思っていたら、ベルばらは40周年なのだった。
娘が見たいというので、ブリジストン美術館「ドビュッシー展」の後、徒歩で松屋へ。本当は私、出かける直前に自宅で躓いて右足小指を内側へ思いっきり折り込んでしまい、その痛いのなんのって。ひょっとして骨折かヒビかとも懸念したけれど、それだったらもっと痛いに違いない。とにかく片足引きずりながら展覧会ハシゴ、徒歩移動を完遂したのだった。
感想というほどの感想ではないけれど、ベルばら展が24日までなので先に。
1章 コミック~ベルばらオリジナル
週刊マーガレットでの連載にあたり、「女子供に歴史ものなんてヒットしない」という編集者の猛反対を池田さんは「必ずヒットさせる」と強く説得して連載にこぎつけたとのこと。この時、ボツになっていたら…(でも、優れたものは必ず日の目をみる。ここでボツになったら他できっとヒットをとばしていただろう)。
原画がいっぱい。エピソードごとにストーリーと原画が展示されている。これを丁寧に見ていけば、ほとんどストーリーがわかる。

国民的漫画と言っていいだろう「ベルばら」を実は私は一度も読んだことがないし、宝塚で見たこともない。唯一、テレビアニメをちょこっとだけ見たことがあるだけ(田島令子さんの声がぴったりだった)。だからオスカルもアンドレもアントワネットもフェルゼンも名前は知っていても見分けがつかない。大勢のベルばらファン(ヅカファンも大勢いただろう)に押されながら娘の耳にこっそり「どれがオスカルでどれがアントワネットかわからない」と訴えると(オスカルが一度だけドレスを着たことがあるっていう場面を見てもよくわからんのだ)、呆れながら見簡単な見分け方を教えてくれた。
原画なので、白い修正液で手を加えた跡や、吹き出しのセリフが貼ってあるのが見える。
2章 舞台~宝塚歌劇版ベルばら
各公演のポスター展示と代表的な舞台のビデオ、衣裳・小道具展示など。1974年初演はオスカル・榛名由梨、フェルゼン・大道子、アントワネット・初風諄。私の片手で数えられるくらいの宝塚経験はほとんどが和央ようか×花總まりコンビなのだが、ベルばらでも2人のフェルゼン×アントワネットが上演されていた。ポスターでは天海祐希さんを見つけたが、宝塚メイクで私にはみんな同じ顔に見えてしまって…ごめんなさい。
衣裳は豪華で、こんなすごいの着て踊ったり歌ったり演技したりするのって大変だろうなあと感心したが、考えてみれば歌舞伎も同じように重い衣裳なんだわね。
馬車のレプリカが置いてあったが、これがまた豪華。夢の世界だわ~。
3章 映像~アニメ版ベルばら
セル画、原画展示にアニメダイジェスト版上映。細かくていねいなキャラクター設定のイラスト(って言わないかもしれないけど、なんて言っていいかわからないから)が興味深い。セル画の複製を何点か販売していた。
4章 そして今~広がるベルばらの世界
12092002berubara 海外で翻訳された漫画本、ベルばらkids(かぶキッズもいるよねえ。なんか通じるものがある)、様々な方が描いた「我が心のオスカル・フランソワ」。漫画家、イラストレーターなどに混じって福助さんの作品が!! 平成元年第26回俳優祭でまだ児太郎時代の福助さんがオスカルを演じた時の写真に「あまりにも静かに あまりにも優しく あなたが私のそばにいたものだから…私はその愛に気付かなかったのです…」とサイン入りで書かれている。ラストにこれを見て、私は大満足。
その後、グッズ売り場を眺めたり(昔、娘に買ってあげたかも、なベルばら筆箱は今はないみたいだった)、顔はめパネルの写真を撮ったり、4Fに展示されている衣裳の写真を撮ったり。
今や、ベルばらはすっかり文化だなあと思いながら、ほとんど知らない私でも十分楽しめた展示だった。
外国人の男性が1人、熱心に展示を眺め、グッズを買い集めていたのが印象的だった。

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2012年9月19日 (水)

染五郎さん退院

とにかく、よかった。

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演舞場9月夜の部②:「京鹿子娘道成寺」

917日 秀山祭九月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
「京鹿子娘道成寺」
道行がなくて、鐘供養から入る。所化たちが一通り「聞いたか聞いたか」、般若湯とてんがいのくだりがあって、すぐに花子(福助)の舞になる。
乱拍子は謡をうたいながら東西南北四方で行う。傳左衛門さんの吼え声はやっぱり好きだ。急の舞から三味線が入り鐘の舞になる。烏帽子は成駒屋型で鐘の紐にかける。烏帽子をぬいだことで、白拍子から娘になる。
赤地から浅葱地の着物への引き抜きは、後見の芝喜松さん大忙しで大奮闘だった。娘姿の福助さんは可愛くて色っぽくて明るい(と、私には感じられた)。この明るさは花子としてはどうなのかなあという気はするものの、踊りそのものは少しも眠くならずに見られた。ダイナミックでスピーディーで若い娘らしさがある。すご~く上品ってわけではなかったのが私にはよかったのかもしれない。ただ、遠くからはなかなか見えない表情が時々変化する、そこにこれまでの福助さんの欠点ともいうべき面が出ていたような気がして、ちょっと残念であった。
鱗四天の「とお」尽くしで、梅秋さんが「私ごとではありますが、赤ちゃんができた。嬉しいできごとぉ~」。おめでとう!! 勉強会などでもおなじみの東志二郎さん、いい声だなあとあらためて認識。みどりさんはヒゲはやしてた? 立師は尾上松太郎さんだそう。
押戻しの松緑さんは意外と小粒に見えたが、声がしっかり出ていて、力強かった。「神谷町の忍ぶ草」、「福助のにいさんによく似た」、「市川家の~」「紀尾井町が押戻し」などのセリフは楽しい。
福助さんの青隈はあんまりきれいに見えなかった。押戻しそのものは楽しめたが、きれいなまま終わってもよかったような気もする。
いずれ花子を踊るようになるであろう後見の児太郎クンが熱心に見つめていたのが印象的だった。
<上演時間>「時今也桔梗旗揚」105分(16001745)、幕間40分、「道成寺」70分(18251935

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2012年9月18日 (火)

演舞場9月夜の部①:「時今也桔梗旗揚」

917日 秀山祭九月大歌舞伎夜の部(新橋演舞場)
昼の部がよかったの、夜の部もけっこう楽しみにしていた。期待に違わず。
しかも、半分諦めていた舞台写真入り筋書きをゲットできた(昼の部の時にきいたら、やっぱり20日ごろって言われたの。でも、初日が早いんだからひょっとしてという期待はどこかにあった。100円の割引券は最初の観劇日から持ち歩くようにしている)。
「時今也桔梗旗揚」
演目としてはねえ、あんまり好きじゃない、とあらためて思った。面白いんだけど、光秀がいじめられているのを見ているのがつらくて。そこまでいじめなくてもいいだろう、と光秀の心中を思いやって胸がどきどきし、心がじりじりした。春永は光秀の〈人物〉を認めている。ソリの合わないことを別にしても、相手を受け入れる心の大きさがなかったのではないだろうか。だからきっとどこかに光秀に対する恐怖心みたいなものがあったのではないだろうか。自分が優位に立っているときだけ安心できる。いじめればいじめるだけ、相手の冷静さ、大きさが際立ち、いじめればいじめるだけ、自分を見透かされているような、そんな恐怖心。それが春永をどんどんエスカレートさせていったのではないだろうか。以前から光秀がほしがっていた日吉丸を別の家来に与えると光秀は思わず「羨ましい」と声に出す。この瞬間を春永は待っていたのだ。あ~、武士にとって刀への執着というのはそんなに大きいものなのか、と私はここで「ぢいさんばあさん」の伊織を思い出してしまった。
歌六さんは小柄なのに大きさを感じさせ、怒りの凄まじさは一気にこちらの緊張感をも高める。初役だというが、うまい!! 
吉右衛門さんの光秀の重厚さ、大きさ。屈辱を胸にしまい込み(最大の屈辱は妻の切髪の件を持ち出されたことだろうか)、ひたすら耐え、ついに謀反を決意する。先月見たばかりの「太十」の光秀が重なり、この光秀の心中を知ったら操はどうしただろう、なんて2つの物語を合わせて考えてしまった。
芝雀さんの桔梗は兄を思う細やかな気持ちが切なくて胸を打つ。
火のような歌六さんと、水が静かに煮立っていくような吉右衛門さんに、客の春永に対する怒りは光秀への同調となって、し~んと静まり返った客席の思いが1つになったような気がした。後でいくつか聞こえてきた声からは、女性は感情的に春永を非難し、男性は春永の怒りの原因を考えているようであった(いくつかの声がそうであったというだけで、もちろん、女性はこう、男性はこう、という分け方をするものではない)。
光秀が春永の上使2人の前で切腹を装って、緊張が高まっているさなか、うしろのほうから大きな声で、座席のことで何か言い合っているのが聞こえた。こういうのってガックリくる。

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2012年9月17日 (月)

世界を作っているのは元素、全118元素を見る:「元素のふしぎ」展

814日 元素のふしぎ展(国立科学博物館)
1カ月以上も前の話。
あ、全元素
118っていうのは、現在発見されている元素の数が118っていうことね。

演舞場昼の部が早く終わり、その後の予定までの時間つぶしで入った科学博物館。これがめっちゃ面白くて、閉館までの1時間半くらいを十分楽しんだけれど、最後は駆け足になってしまい、もう少し時間が欲しかったなあというところ。
そもそも学校時代、何が苦手って理数、それも物理化学はだいっきらい。大学に入って2年生からは嫌いな勉強をしなくてよくなったのが本当に嬉しかった(1年では教養科目として理数系も選ばなくてはならなかった)。そんな私が、この展示を見て、当時こうやって興味をもたせてくれたら…と思えるほど楽しい展覧会。もちろん年齢的にも本質的にも理解しきれない、あるいは覚えきれないことも多々あるんだけど、少なくとも展示を眺めている間だけはわかったような気になるし、興味も湧く。
見るだけじゃなくて触る展示もあり、とにかく楽しめる。
詳細は→ココ
ちなみに、この展示の特別協賛が東京エレクトロン。7月に音羽屋の巡業を東京エレクトロンホールで見たっていうだけでなんとなく親しみが湧く。単純な私。それから大日本印刷も協賛している。
DNPの技術は本家「ルーヴルDNP」はもちろんのこと、様々な展覧会で活躍しているようだ。もう終わってしまったが、サントリー美術館でやっていた「おもしろびじゅつワンダーランド」がとても楽しそうで、見逃したのが残念でならない。

 

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2012年9月16日 (日)

「トロイラスとクレシダ」アフタートーク

829日 「トロイラスとクレシダ」アフタートーク(さいたま芸術劇場)
期せずしてアフタートークにめぐりあうラッキーがしばしばあるが、この日もそうで、この後の予定を変更して聞いていくことにした。終演後15分ほどして始まったトークは、松岡和子さんの司会でメンバーはたかお鷹(テルシテス)、細貝圭(アイアス)、星智也(アキレウス)の面々。
みんな、オリジナルTシャツを着ているが、星さんだけパツンパツンの超短パンで大ウケ。以下、まとまりがつかないまま。

蜷川組として星さんは「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」(清水邦夫)が最初で、「コリオレイナス」などに出演した。たかおさんは「何が最初か忘れたが、多分「十二夜」ではないか」。細貝さんは1年生だそうだ。松岡さんとたかおさんは、松岡さんの戯曲翻訳の最初から一緒で、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」の時はたかおさんはまだ鷹尾秀敏の名前だった。それはもう30年も前のことだそう。今回ネストル役の塾一久さんも当時は熟田の名前で出ていた。
今回は文学座の役者さんが多いそうで、トークメンバーのたかお鷹、星智也のほかに原康義、横田栄司、塾一久、田中宏樹さん、そして小野武彦さんも文学座にいたことがあるので、たしかに脇が文学座で固められている感はある。
今回の座組について、若手の細貝さんは、「若手とベテランのバランスがとれていて楽しい。こちらから聞かなくてはいけないことを向こうから教えてくれる。通路からギリシャ軍が出て行くために控えているとき、ステキなおじさま方がAKBの話で盛り上がっていた」。たかおさんは「若い人はスポンジのように吸収する」。
松岡「蜷川さんが、若い人に、先輩からきくように言ってましたね。芝居は公演中もよくなっている。毎日あがっている。だから、今日が一番いい芝居」
松岡「蜷川さんは、稽古初日にセリフ全部入れてやる。ヘンリー6世の時、蜷川さんが『おーい、みんなセリフ入ってるか~』と言うと、たかおさんが『入ってるけど出てくるかわからない』と答えた。セリフが出てこない恐怖感はありますか?」
星「(そういう時は)ひとの話を聞くと出てくる」
松岡「シェイクスピアは自分も役者だったから、ひとのセリフを聞くとわかるところがある」
松岡「たかおさんが病気の名前を連呼する場面がある。稽古のある日、突然それがラップになった」
たかお「セリフにリズムがあったのでラップになった。もともと、踊ったりするの好きだし」
松岡「蜷川さんの後ろにセリフが貼ってあって、あれはカンニングペーパー…。たくさん出てくるから23つ飛ばしていいですよと言ったら、全部入れていた」
たかお「1コ飛ばした」
松岡「ある時、アキレウスとパトロクロスに『今までやってた』風にやってほしいと言ったら2人がスッポンポンで出てきた。ひまわりで隠したり、クジャクの羽根や兜だったり。結局ひまわりになった。潔い、思い切りがよい、テルシテスの『どっちを見ても色恋だ』のセリフは男女だけでなく…」
星「怒られると思った。蜷川さんに脳みそ筋肉って言われてるし」
松岡「頭を使わない演技をしていると、脳みそ筋肉って言うわね、蜷川さんは」
星「ボクが脱いだためにパトロクロスもとばっちり喰った。でも可愛くてしょうがない」
細貝「普段も2人は仲が良くて、上半身裸でピザ食べたりしている」

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2012年9月15日 (土)

トロイラスとクレシダ

829日 「トロイラスとクレシダ」(さいたま芸術劇場)
オールメールシリーズ第6弾。最初の「お気に召すまま」を見ていない私にとっては第5弾である。
舞台一面にひまわりの花が咲き乱れている。そして序詞役のたかお鷹さんがひまわりを一輪手にして「ここはトロイ」と舞台を指さし、今の状況を語るところから芝居は始まる。
ここはトロイと聞きながらあんなに感動した「イリアス」を思い出したのは、後半も終わりに近く、パトロクロスを殺されたアキレウスがついに戦に立つことを決意した時。それだけ、トロイラスとクレシダをイリアスの世界とは違う観点から見ていた。と言えば聞こえはいいが、実情は物忘れ激しくなってるってこと。
中心となるのはタイトルロールの2人(山本裕典と月川悠貴)の愛であるが、進展しない戦争のさなか、若者らしい駆け引きの末に結ばれる2人が戦争の進展とともに引き裂かれる哀れさ。とくに女性のクレシダはギリシャの捕虜となっているトロイの武将との交換で敵国に送られる。ギリシャ側の人間となっている父親がいるとはいえ、ギリシャに渡されるのはこの戦争の原因を作ったヘレネではなく、クレシダなのだ。
戦争の道具にされる女の哀しさを月川さんが細やかに表現する。月川さんは一時少し美貌に衰えを感じたことがあったが、クレシダはミステリアスで美しい。悲しみや純粋さが伝わる。トロイダスとあれほど永遠の愛を誓い合ったクレシダなのに、ギリシャに渡ると武将ディオメデスと通じてしまう。そのためクレシダは「淫乱」とか「不実」の代名詞のようになっているそうだが、月川クレシダにはそういう言葉は似合わない。そうしなければ生きていけない切実さ、哀しさがあった。トロイラスに誤解されたことを知ったらクレシダはきっと命を絶っていただろう(クレシダはトロイラスに手紙を書くが、不実の現場を見てしまったトロイラスにはクレシダのことばはすべて嘘である)。そう思って見ていたら、月川さん自身も、この物語に続きがあったら自ら命を絶っていたのではないか、と考えていたようだ(プログラムから)。
山本クンは月川さんに比べると子供に見えてしまったが、それは恋にはやる男の幼さであったかもしれない。後半は引き裂かれる悲しみ、苦悩、裏切りへの怒り、悲しみ、苦悩がよく表現されていた。天国から地獄へストーンと落された人間の感情がストレートに伝わってきた。
戦争は2人の恋の横軸として描かれているようで、見終わると実は縦軸として正面きって描かれているようにも思えた。戦闘シーンは無惨だったし、ヘクトル(横田栄司)の死は「イリアス」ほどの悲惨さではないにしても戦争の愚かしさ、空しさを感じさせる。

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2012年9月14日 (金)

今やらなくていいことをやるから…

私はセキュリティソフトにマカフィーを1年契約で使っているのだけど、その期限が来月切れる。昨日夕方までに出しておきたい仕事(出さなくちゃいけない、んじゃなくてこちら側に早急に出す必要があった)に取り組んでいたら、途中で集中力が切れてきた。それで、気分転換にマカフィーの契約更新の手続きを取った。
ところがそれが大間違いbearing 手続きは完了しているのに、セキュリティーがまったく働かないshock サポートセンターに電話して症状を説明し、相手からの様々な指示に従ってあっちをクリック、こっちをクリックしてみたが、ぜ~んぜんダメwobbly 30分くらいもなんだかんだやっただろうか。ついに相手も諦め、ソフトの再インストールしか方法がないということになった。
しばらくすると丁寧な手順のメールがきて、それに従って4段階の手間をかけてやっと再インストールできたcatface これにも30分くらいかかっただろうか(奥のほうにあるファイルを探したり、何度も再起動したり…だから、もっとだったかも)。しかし「危険にさらされています」状態がこんなに不安なものだと思わなかったbearing
まったく、今やらなくていいものを、集中力がないってことは…(でも、来年の更新でも同じことが起こるのかなぁ。ちょっと考えちゃうぞ)。
ところが、そこからの私、人が変わったように集中力のオニになっていたdash とりあえず夜中の2時過ぎまでやったところで地震!! こわかったぁ。これで挫けたのと、少しメドもついてきたし、体にも悪いから今夜はもう寝ようと引き上げたら、横になっても仕事が頭を離れない。そこで思い切ってベッドを離れ、仕事部屋へ。脳をフル回転させて気がついたら空が明るくなっていた。頑張ったおかげで仕事はすべて完了。
やっぱり夜中のほうが能率上がるのかなあ。
これで、安心して成田へ出かけられます(今日は娘が休暇で帰ってくるのだcoldsweats01 だからそういう必要があったのだ)。

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2012年9月13日 (木)

染五郎さん、回復への歩み

9月12日、染五郎さんのブログが更新された→ココ
回復への第一歩といってもいいだろうか。
すこ~し安心しました。

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2012年9月12日 (水)

久々のサッカー生観戦、しかし座席の列番号が…

911日 日本代表 vs イラク代表(@埼玉スタジアム、1930キックオフ、60,593人)→10で勝利
12091201vsiraq ひさ~しぶりのサッカー生観戦。ワールドカップアジア最終予選。
6
月の予選のチケットは全部はずれて見に行かれなかった。今回、当選したので、な~んだ楽勝だったんじゃないのと思ったら、当選はほぼ奇跡だったようで、仲間の中で当たったのは私だけだった。正直、これがカテ1とは納得いかない席だったが(選手が小さすぎて、誰だか判別するのに目が痛くなったwobbly)、まあ青いユニフォームを着て生で見られるんだからやっぱり嬉しい。
ただ、レッズの試合は最近いいとこ
3万くらいだけど、今日は絶対6万いくのはわかっていたからしっかり身構えて出かけた。どうもトシのせいか、観衆の数に恐れをなしてしまうのだ。
ところが、問題は別のところにあった。
荷物検査をすませ、チケット半券ももぎられ、さあゲートと入口を確認しようとチケットに目をやる。すると、なんと、ゲートも入口も座席ナンバーもわかるのだけど、何列かという数字が消えているではないかshock かすかに一部が残っているものの、まず読み取れない。即、隣の席を取った友人に問い合わせメールを送ったが、何万もの人が集まるスタジアムは毎度携帯の電波を捉えることが困難で、電話もメールも役立たずsad 入口で待っていれば合流できるかとか、座席番号はわかっているのだから縦の列の空席を辿っていけばわかるかとか色々考えているうちに、電波の隙間をついて友人からメールが。「何列だか数字が消えていてわからない」。
え~っ、2人ともかいっshock 最初から印字が薄かったんだろうか。当選メールで座席がわかったからと、チケットをよく確認しなかった私も悪いが、こんなことってwobbly
バックロアーの後ろのほうだったことは何となく記憶にあるんだけど…。
残されたテは一つ。
なるべく外気がたくさんある場所に出て、息子に電話。何回かチャレンジしているうちに奇跡的に電波を捉えることができた。私のパソコンの電源を入れ、受信フォルダからこの試合の当選メールを探してもらって、列の数字を教えてもらった(よく見つけてくれたというくらい、わかりにくいメールだった)。その直後、不安定だった電波が途切れ、電話も切れた。その後何回電話しても電波を捉えることはできない。しかし必要な数字はわかったのだからなんとラッキー。
おかげで試合開始前に無事に座席につくことができたhappy02

スタメン発表で香川がベンチ入りもしていないことに驚く。後で知ったが腰痛による欠場だったそうだ。サポのユニフォームで恐らく一番多いのは「10  KAGAWA」だったように見えたから残念に思った人が多かっただろう。私だって、別にユニフォームがそうでなくても残念だったもの。
試合は川島があんなに活躍するようでは…。と言いたいが、まあ、予選だから勝ち点3を取っただけでよしとすべきなんだろう。川島の再三のスーパーセーブはもちろんだが、長友の果敢な走りが目についた。駒野のスローインから岡崎が見事なセンタリングを前田に、その前田がしっかり仕事をした1点。それを苦しかったが何とか守り抜いての勝ち点3は確かに大きいも。しかしマコちゃん、代表ではキャプテンなのに、自分のチームでは戦力外、今日はしっかり競っていたけれど、あんなものじゃない。試合勘がだんだんなくなるのが怖い。
試合のことはあちこちで報道されてるからこれくらいにして、もうひとつ個人的な話を。実はスタジアム行のシャトルバスでタオルとかハンカチを忘れてきたことに気づいた。わあこれじゃあ汗も拭けない(試合開始が遅かったから結局ほとんど汗かかなかった)、手も拭けない、売店で代表のタオルでも買おうかと考えていたら、入口で渡された青いビニール袋の中になんと代表の小さめのタオル(フェイスタオルの4分の1くらいの大きさかな)が入っているではないか。ありがたかったぁ。

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2012年9月11日 (火)

芭蕉通夜舟

827日 「芭蕉通夜舟」(紀伊国屋サザンシアター)
もう2週間も経ってしまって、記憶や感動が少し薄れかけてきているので大急ぎで。
そもそも、この芝居は初演が小沢昭一というより小沢昭一に当てて書いたんじゃないかと思ったのは、戯曲にすでに「わたしは芭蕉。わたしは芭蕉、を演じます小沢昭一でございます」とか「小沢昭一としてひとことご挨拶もうしあげます」とあったから。
事前に戯曲を読んでいる時は芭蕉を小沢さんに重ねて想像していたのだが、実際に三津五郎版を見たら小沢・芭蕉はどこかへ飛んで行ってしまった。それくらい私の中では三津五郎イコール芭蕉になっていたと思う。それは三津五郎さんがセリフを一言一言自分のものとして喋り、三十六景に合わせ丁寧に芭蕉像を作りあげていったからではないだろうか。
芭蕉の人間像はほとんど知らないが、挨拶が終わった後の第二景で後ろ盾であった殿様の若死に接し、その後の景で殿の未亡人への愚痴、太夫買いなど、若き日の人間臭い芭蕉の姿が面白い。駄洒落的な談林俳諧が師匠の北村季吟に嫌われ江戸へ出てからの芭蕉は徐々に俳諧の精神を高めていく。その過程を笑いを交えながら、短い一景一景(あっという間のものもある)を積み重ねて芭蕉の死まで描いていく井上ひさしの力に感銘を受けた。短い一景一景は俳句の世界につながる。最後はやっぱり単純な気持ちでは見終われない、そんな気がした。
芭蕉の超有名な俳句、たとえば「古池や蛙飛びこむ水の音」は古来、蛙といえば鳴くものという認識に縛られていたのを芭蕉は同じ音でも飛びこむ音に注目した、という芭蕉自身の説明は、知っている人には言わずもがなかもしれないけれど、私はなるほどと感心した。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」ははじめ「しみ込む」とよもうとしたが、しみこむ感じがこれでは不足している、イという母音を重ねることによってその感じを表現したそうだが、これも興味深かった。
なんか、自分でもちょっと俳句をやってみたくなるような気持ちにさせられた(母がこんなになる前は俳句をやっていたんだから、吟行にでも付き合ってあげればよかった、と今さら悔いたって遅い)。
そして一人芝居というけれど、櫻井章喜さん、林田一高さん、大和屋からの八大さん、三久太郎さん、黒衣姿の4人の朗唱役の存在が大きい。朗唱役は黒衣のままその時の状況を説明したり芭蕉以外の人物になったりしながら、小道具を扱ったりもする。この小道具が、彼らのてきぱきした動きによって生きてくる(差し金使ったりするのは歌舞伎役者はお手の物だし)。
小道具の中でも一番活躍するのは芭蕉が句をひねり出す場でもある便座(きんかくし)であろうか。それが突然文机に変身した時には思わず「おお」と声が出そうになった。この変身は戯曲にも指定されていて、確かに便座と文机にはある意味共通したものがある、とそのアイディアにも感心した(父が昔、便座にしゃがんでいる時に色々な考えが浮かぶといって、メモ用紙と鉛筆を置いていたのを思い出した)。
この芝居、次回再演があるとしたら、また三津五郎さんでやってほしいな。
<上演時間>100分(13301510

早く終わったので、ちょうど会期中の「井上ひさしせりふ展」に寄りたかったけど、セリフ展は紀伊国屋の本店の画廊で、ちょっと気力がわかずもったいなかったけどパスしてしまった。

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2012年9月10日 (月)

伝統芸能の今2012②:垣根を越えた伝統芸能

「座談会」
傳次郎・逸平・猿之助・初参加愛之助の4人による座談会(前述したように、途中で笛の一噌さんが加わり、笛のお話をして引っこまれた)。
まずは募金のお礼の言葉が4人からあった。逸平さんは開演前の募金にはいなかったが「サボっていたわけではない。後で立ちます」って。
募金については傅次郎さんによれば、去年324日に渋谷で街頭募金をやった際、愛之助さんに「朝10時に来て」と声をかけたら来てくれたとのこと。
座談会の前に「がんの子供を守る会の」山下公輔理事長から、また「世界の子どもにワクチンを」の細川佳代子理事長(後で気がついたんだけど、細川護煕氏の奥さんだったのね)から、それぞれの会の歴史と活動について簡単に話があった。
「伝統芸能の今」ではワクチンへの寄付は去年から始め(そういえば、私が寄付した過去2回はゴールドリボンだけだった)、チケット1枚につき150円を寄付しているそうだ。細川氏によれば、ポリオワクチン接種には120円かかるが、ワクチンがあれば治る子供が17,000人死んでいることを知り、ワクチンに限って寄付を集め困っている子供へ送り始めたのが18年前。寄付金の行先を確認するためにワクチン接種の日に視察しに行った。一番信頼できたのがミャンマーで、以来ミャンマーに送り続けている。現在はラオス、ブータンなどにも送っている。それでも14,000人の子供が死んでいるのだそうだ。私のささやかな寄付が少しでも役に立てるなら嬉しい。
さて公演以外の話題を。
かつて狂言と歌舞伎は対立していた時代があった。「じいさんが破門されそうになった」と逸平さん(傳次郎さんに「いっぺいちゃん」「いっぺいちゃん」と呼ばれていて、すっごく可愛がられている感じ)が言うのは、当時禁じられていた他ジャンルとのコラボをおじいさまがしたからのようだ。昔は「顔見世を見に行くのに、洋服に着替えてマスクをした」ほどだったんだとか。
現在、伝統芸能の若い継承者たちが盛んにジャンルを超えて共演・競演している陰にはそういう時代があったんだということに感銘を受け、今の時代をありがたく思った。
傳次郎さんが言うには「獅子モノについて、歌舞伎は能の格式に敵わないと思っている。能はあんなに毛を振ったりして歌舞伎に喰われていると思っている」んですって。
というような話の後、「サプライズゲストをお呼びしています。何年も前から一緒にやりたかった道山さんとの共演が叶った。この方とは、去年の夏、東儀秀樹さんの演奏会に出た時たまたま同じ楽屋で、ぜひとお願いして今日だけいらしていただいた」と、傳次郎さんのアツいラブコールに応えたサプライズゲストは上妻宏光さん!!(余談:「上妻」は「あがつま」と読むのだが、私の高校の先輩に「こうづま」と読む人がいて、ついつい「こうづまさん」と言いたくなる)。
で、早速「じょんがら」と、スローテンポのオリジナル曲(タイトルがよく聞こえなかった)を演奏してくれた。強弱自在な音、指遣いの早さ、的確さ、聞き惚れている時間はあっという間だった。
「古典がきちんとできて新しいものができる人は少ない」(傳次郎)、その1人が上妻さんなんである。

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2012年9月 9日 (日)

Web松竹チケット14時再開予定

10時のゴールド発売開始直後システム障害が起きていたWeb松竹が復旧して14時から発売再開するそうです。うかれ坊主さまから情報をいただいたのですぐにアクセスしたら、対応が完了したので午後2時から再開するとありました。10時じゃなくちゃ取れなかったよ~という方もいらっしゃれば、2時でよかった~という方もいらっしゃると思いますが、どちら様もスタンバイですよhappy01
それと、今日は同じ2時から猿之助襲名公演のテレビ放送をお忘れなく。

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Web松竹チケットシステム障害

今日は10月演舞場のゴールド発売日。間違えて昨日、買おうとした私、そういう時に限って本来の発売日を忘れるので、今回はしっかり心に刻み込んだ。
そして10時、夜の部の我が指定席①(
勝手に決めてる。①がダメなときは指定席②を狙う。)を無事にすんなり確保。一度ログアウトしたけれど、特別会員の友人のために空席状況を見ておこうと再度アクセスしようとしたら、あら混雑で入れないshock
へ~、ずいぶん珍しいね
confident 10月、そんなに人気あるんだぁ。
そしてしばらくして再びアクセスしたら、実はシステム障害なんですって!!
恐らく10時から5分もしないうちに障害が起きたと思うのよね。そうすると、無事に取れたのは本当にラッキーだった、とほっとすると同時に、アクセスできないでいる大勢の人たちのことを考え、気がもめて早く復旧してと願うばかり(チケットホンもダメらしいから、テがない。いつ復旧するか、個々に連絡がくるわけでなし…)。

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伝統芸能の今 2012:①コラボ新作狂言の面白さ

98日 第4回伝統芸能の今昼の部(浅草公会堂)

3回の去年はパスしたから、私自身にとっては3回目の「伝統芸能の今」。
1
階席のある公会堂2階休憩スペースの手前で出演者たちが募金活動を行っている。座談会で猿之助さんが「強制的な募金smile たくさんありがとう」、愛之助さんも「強制的な募金、むしりとるような感じで申し訳ない、ありがとう」と言っていたが、それはどうやらプログラム売り場と募金が同じ場所だったかららしい。私は階段の途中まで行列ができ、係の人が「話しかけと握手はご遠慮くださ~い」と盛んにアピールしている混乱の中、プログラムもそこで扱っていることには気づかず(プログラムは別の場所でも売っていて、そこはすいていたので、あとでそこで買った)、募金目的で並んだから全然「強制的」とは思わなかった。
募金のテーブルは2つあって、1つには愛之助さんと傳次郎さん、もう1つにはカメちゃんと傳左衛門さんが並び、私は迷った末カメちゃんのほうへ。ゴールドリボンのストラップをいただいた。傳左衛門さんは歌舞伎に出演のため、こちらの公演には出ていなかったので、カメちゃんと並んでいたのが本当に傳左衛門さんだったかどうか、自信がなくなったwobbly
「六道の辻」、座談会、「龍神」というプログラムだが、座談会はハンドマイクを持った司会の傳次郎さんの声はよく聞こえたけれど、ピンマイクを胸につけた他の人たちの声が聞き取りにくかったので、演目に関することは演目の感想の中にまとめます。
「六道の辻」
茂山逸平さんが作った新作狂言。袴歌舞伎ならぬ袴狂言か。
近頃人間が賢くなってなかなか地獄に落ちてこない。そこで閻魔大王(猿之助)自ら亡者を地獄に責め落さんと、六道の辻までやってくる。そんな地獄の事情を猿之助さんが語る。そういえば、去年の亀治郎の会では亀鶴さんが閻魔大王で、カメちゃんは閻魔大王を手玉にとってなぶる博奕王だったわね、と思い出す。
そこへ平忠度(茂山逸平)が現れる。金の亡者である忠度は源氏に襲われて逃げる途中、財布を取りに陣に戻って討死したのである。そういう事情を逸平さんが語る。逸平さんは初めてだが、とてもよく透る素晴らしい声で(先月、松也クンの「挑む」でも狂言の方は声がいいと感心したが、今回も同様に感じた)、飄々としている。もう1人、頼朝の兄・源義平(愛之助)が平家に敗れて、六道の辻へやってくる。忠度をみつけた義平は槍(薙刀だったかな)を持って追いかけまわす。颯爽としていてカッコいいドンっと槍(薙刀?)をついて勇ましい。でも座談会で「出てきて見得して愛さますてき~な感じだった」と傳次郎さんにほめられたかと思ったら「神主みたい」「これで箒を持ったら完全に神主だ。槍(薙刀?)でよかったね」とからかわれていた。白い着物に紫の袴で、言われてみると確かに神主みたいcoldsweats01 

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2012年9月 8日 (土)

演舞場9月昼の部②:「河内山」

96日 秀山祭九月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
昨夜感想を入力したのに消えている!!! 間違って消しちゃったんだろうか。で、かなり挫けた。思い出しながら…。
「河内山」
人間、食後はなぜ眠くなるのだろう。かなり眠くなりそうな気分の中で見た「寺子屋」はまったく気分が低下することなく引き込まれて集中したからその疲れもあったのかしら。「ひじきと油揚げ」のセリフを聞いた後、気がついたら松江候の屋敷になっていた。ってことは歌六さんをまったく見なかったことになる。なんてこった(ひじきと和泉屋さんとどちらが先だったっけ? どっちにしもて、なんてこった、なんだわ)。
上州屋では魁春さんがいい空気を出しているとは思ったけれど、目のまわり少し赤く塗り過ぎじゃないの?
梅玉さんの松江出雲守は癇性で我儘で、かつ殿様らしさがあってさすが。最後まで不機嫌で面白くない様子がこちらには面白い。
又五郎さんの高木小左衛門は忠義の重みを感じさせたけれど、どことなくちょっと違う感(違和感とも違うんだけど、うまく言えない)があったのは、若さのせいかなあ。真っ直ぐ過ぎたのかもしれない。高木小左衛門というと私にとっては何となく左團次さんの印象が強いからなあ。
一方の北村大膳は意外と「この人」という固定観念がない。今回の吉之助さんは堂々たる悪役ぶりで憎々しく、声が腹から出ていてとてもよかった。ずっと気になっていた役者さんだったから嬉しい。吉右衛門さんのお弟子さんといえば、稚魚の会で山蔭右京が素敵だった吉六さんが家来役で出ていたんじゃないかしら。遠くてオペラグラスの視野の中に入れるのはなかなか難しかったけど、多分あれ吉六さんじゃないかな、という人がいて、レンズで追った。
浪路の米吉クンが可憐でかわいくて。まだまだなところはたくさんあるけれど、可憐さというのは娘役では大事な要素だと思うから、そういう良さを保ちつつ、芸も精進してほしい。
河内山の中で一番好きなのは仁左様。でも今回の吉右衛門さん、セリフのねばっこい感じも全然気にならなかったし、とっても素敵だった。人を小バカにしたような態度も、愛敬も、使僧としての品位とか堂々とした大きさとか、ぜ~んぶ好もしくて、何度も見ている「河内山」が面白かった。
使僧を迎える近習に、歌昇、種之助、廣松(廣松クンは女形っていうアタマがあったから、又廣太郎クンと間違えたよ。素顔ならもう間違えないんだけどね)、隼人と、若手次々世代の坊ちゃんたちが揃っていて、ああ彼らも徐々に歌舞伎を支える力になってきているのね、と感慨深い思いがした。
<上演時間>「寺子屋」100分(11001240)、幕間40分、「河内山」94分(13201454

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2012年9月 7日 (金)

大人の芝居に歌舞伎熱が再び湧く:演舞場9月昼の部①「寺子屋」

96日 秀山祭九月大歌舞伎昼の部(新橋演舞場)
宙に浮いたままの2つの演劇に「青い服の子供」が仲間入りしちゃったけれど(もう1つあった、「元素のふしぎ」展)、感動冷めやらぬうちに演舞場昼の部を。
「寺子屋」
涎くりのタネちゃん(種之助)がいたずらっ子にぴったり。年齢も若いし、大人の役者が演じるような可笑し味はないが、きっとタネちゃんの子供時代はこうだったんじゃないかと思わせるような(本当はと~ってもおとなしい子だったらごめんね)生き生きぶりなんだもの。へのへのもへじは下書きなしで書いていた。あれあれタネちゃん、あまりのイタズラに京屋(久しぶりに見たなあ)=戸浪に叱られて、右手に線香、左手に線香受けの茶碗みたいなものを持たされて、自分の文机の上に立たされちゃった。昔のお仕置きって、線香が燃えつきそうになってそれを持つ手が「アツいアツい」ってことなのかぁ。それにしても、机の上に立たせるっていうのはちょっと納得いかないなあ。
ま、そんなことはどうでもよくて、あら、この場面なんか前に見たような気もするけれど(2007年の稚魚の会で、見ていた)、ずいぶん珍しいんじゃないと思っていたら、今回は寺入りがあるのだった。それで、ああ、そうかと納得。
千代(福助)が小太郎を連れてきて挨拶している間に涎くりが「アツいアツい」と騒ぎだし、千代がもう許してあげてと言って、やさしく線香を受け取り、鼻をかんでやったりする。後のことを考えるとその千代のやさしさが悲しくて悲しくて、もう鼻がツーンときた。
それなのに涎くりったら、千代の手土産のお菓子を行儀悪く摑んでむしゃむしゃ。まあ無邪気と言えば無邪気だけれど。
千代は小太郎を戸浪に預けると、隣村まで行ってきますと外へ出る。その後を追いかけて自分も一緒に行くと袖に縋る小太郎。聞き分けがないと叱りながら、戸浪に私の扇がその辺に落ちていませんか、と探させその隙にしっかりと小太郎を抱きしめる(ここは抱きしめないやり方もあるそうな。突き放すことによって母親の苦しみを表現するんだとか)。小太郎を振り切った千代は花道でぱっと扇を開いて決意を見せ、足早に去る。
寺入りは省かれることが多いが、ここをこの目で見ることによって、後に千代が「あの時あんなに叱ってしまった」と泣く場面が今から思われ、またその場面ではこの別れの場が思い出される。相乗効果としても、ここがあることは大事だと思った。今思い出しても泣けて泣けて。
この悲しい別れを涎くりと千代の下男(錦吾)がオウムで面白おかしく見せる。涎くりは小太郎になって千代役の下男に自分も一緒に行きたいと言うと、今度は戸浪になって、扇ならぬ天秤棒探しの遣り取り。イチオシ・タネちゃんが女形風に手をついてお辞儀するなど、なかなか達者なところを見せる。下男が花道でぱっと開いたのは扇じゃなくて左右結んだ草鞋。
この後、重い足取りの源蔵(梅玉)が花道を入ってくるところからの展開はいつも通り。源蔵は難題に直面し、すでに子供たちのうちの誰かを身代りにしようと考えているのである。しかしそれに相応しい子供はいない…ところが小太郎を見た途端!!  おお、身代りになれる子がいるじゃないか、と小太郎をそういう目で見ている源蔵が悲しい。小太郎の頭を撫でる梅玉さんの手がすっごく大きく見えた。この小太郎の子役ちゃん、名前はわからないが、青楓さんじゃなかった菊之丞さんの子供時代はきっとこんな顔だったろう、というすぐに思ったほどそっくり。そういう印象っていうのも悲しみに拍車をかけるものだ。
小太郎を身代りにする気持ちは固まった一方で、寺子はわが子も同然、夫婦で恐ろしい相談をしながら「せまじきものは宮仕えじゃなあ」と嘆く言葉に思いが籠り、泣けた。
さて、春藤玄蕃(又五郎)と松王丸(吉右衛門)がやってくる。キッチー、でかい!! 鬘のせいばかりではなく、又五郎さんも梅玉さんも頭一つ以上小さく見える。
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人の寺子を帰したあとの緊迫感――ニセ首なんて小細工するなよと凄む松王に反論する梅玉・源蔵。体の大きさの差を感じさせない迫力で、戸浪と職場内恋愛をするような柔らかな二枚目でもある男の別の一面を見せて、カッコよかった。
小太郎の首を入れた首桶を奥から抱えてきたときには、決して見破られてはなるまいという緊張感の中に小太郎に対する申し訳なさが滲んでいるようで、涙が出た。犠牲にした小太郎のためにも賭けには絶対勝たねばならない。必死の思いが伝わる。首実検がうまくいって、一気に緊張がほどけ、言葉にならない安堵と嬉しさに浸る源蔵と戸浪。

続きを読む "大人の芝居に歌舞伎熱が再び湧く:演舞場9月昼の部①「寺子屋」"

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2012年9月 6日 (木)

歌舞伎ダイアリー

日本俳優協会で歌舞伎ダイアリーというサービスが始まった。
自分の観劇記録をデータベース化できるんだそうだ。私は以前、エクセルで自分の観劇記録を作成していたのだが、結局面倒くさくなって完成させられなかった。何とかしたいなあとず~っと思っていたところへ、この歌舞伎ダイアリー登場だから、これは利用しないテはない。
まだ忙しくて今月の観劇予定を入力しただけで、フル活用するには至っていないけれど、時間ができたら、色々アソんでみたいと思っている。これからは観劇予定を決めるのに「手帳とニラメッコ」ではなくて「歌舞伎ダイアリーとニラメッコ」になるのかな。いや、少なくともスケジュールだけは結局はアナログになるかも。

歌舞伎ダイアリーは→ココ

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2012年9月 5日 (水)

染五郎さん、ゆっくり早く元気になってね

染五郎さんが10月11月も休演で、10月の代役は甘輝が梅玉さん、義経が藤十郎さん(昼夜とも義経だ)だっていうことは昨日(9/3)だったか今朝(9/4)だったか知ったけれど、1日オニのように仕事をして今やっと一息ついたら11月国立の代役も既に発表になっていた(今朝、「塩原多助」のチケットを取ったときはまだ決まってなかった)。
御所五郎蔵は梅玉さん
名古屋山三は錦之助さん
白井権八は高麗蔵さん

梅玉さんの五郎蔵というのがキョーミ津々。

しかし疲れたぁ~。急な涼しさでちょっと風邪気味、頭の中に雲がかかっていたのをガマンして、ネットをウロウロするのも封印して、いったい今日は何時間仕事したんだろ。明日も1日、今日とおんなじくらい仕事だぁ
dash(そんなわけで、「芭蕉」も「トロイラス」も宙に浮いたままだぁ)
ま、たまにはこのくらい仕事しないと、10月からの歌舞伎チケット買えないからねbearing

いやいや自分のことはどうでもいいのだ、染五郎さんの状態がやっぱり心配。ICUから一般病棟に移ったというし、年末復帰という情報も聞こえてきたからほっとしてはいるんだけど。ゆっくり早く元気になってね。

自分のことはどうでもいいと言いながら、自分のことに戻る。
夜7時くらいからかなぁ、なんかごろごろごろごろいってるなあと思っていたら、だんだんごろぴかが激しくなってきて、8時過ぎ、ビシャッとどこかに落雷thunder 10秒ほど停電になった。幸いパソコンは作業中でなかったので消えても大事ない。しかし録画中の「ぶらぶら美術館」がshock 
落雷で停電なんてずいぶん久しぶり。

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2012年9月 4日 (火)

猿之助主演で「助太刀屋助六 外伝」

うわ~い。
12月、ル テアトル銀座で猿之助主演による「助太刀屋助六 外伝」が上演されるんですって!!
「助太刀屋助六」というお話は知りませんでしたが、岡本喜八監督の遺作映画なんだそう。外伝は、その映画のストーリーにつながる旅の途中で起きる様々な出来事を描いたものだとか。
面白そうだし、ポスターの写真(昭和の股旅モノって感じ)見ちゃったら
lovely絶対見たくなっちゃうじゃないの。
けど…公演期間は12月15~24日と短いし(キャパも小さいからチケット厳しそう)、全席11,000円とは高いbearing(前と後ろじゃ、全然見え方が違うのに) 
共演者は朝海ひかる、鶴見辰吾他、歌舞伎界からは猿三郎、郁治郎のお2人が出演するみたい。

詳細は→ココで。

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2012年9月 3日 (月)

9月3日はよく寝よう

毎晩、暑さで夜中に何度も目を覚まして体調も整わなかったこの夏だが、昨夜は久しぶりにエアコンなしでぐっすり眠れた。
そうしたらタイミングよく、今日9月3日は「睡眠の日」なんですって。
どんな語呂合わせかわかりますよね(いろんなこと、よく考えるなあ)。
しかしタイミングよくと言ったけれど、昨夜の眠りは9月2日分なんだろうか、3日分なんだろうか。床に入ったのは3日になってからだったんだけどね。

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2012年9月 2日 (日)

11月演舞場演目

11月演舞場の演目が発表になったようですね。
私は今月の観劇がもう少し先なので、レオン・パパ様からいただいたコメントで教えていただきました。
詳細は俳優協会のHP→ココで(演舞場のほうにはまだ出ていないみたいで)。

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2012年9月 1日 (土)

巡業西コース初日

831日 松竹大歌舞伎西コース初日(越谷サンシティホール)
「芭蕉通夜舟」、「トロイラスとクレシダ」の感想がまだだけど、先にこちらを。
西コースは川口を取っているし、8月はあんまり忙しかったから越谷は状況次第で、とグズグズしていたところ、2日前に猿三郎さんのブログを見て、こりゃあ絶対行かなくちゃというか、行きたい!!と俄然気持ちが盛り上がった。
で、当日券で観劇。ホールでの当日券だからどこでも自由かと思いきや、他のチケットガイドの持っている席がけっこうあって、そこは選べない。しかも、選びたかったそこは、78席が23列ずら~っと空席。もったいな~い。それでもそこそこいい席で見られたから、仕事はちょっと脇にのけて行ってよかった。
「歌舞伎のみかた」
ご自身の定紋の入った紋付袴姿で猿弥さんが誘う歌舞伎の世界。
まず歌舞伎はいつ誕生したかについて語ろうと舞台上手側へ少し移動したら、客席に知り合いを見つけて挨拶していた。
「傾く」から「歌舞伎」になった過程がその文字の書かれたパネルを使って簡単に語られた後、昔は「かぶき」と平仮名で書かれていた。そこに「歌舞伎」という3つの漢字があてはめられたが、その3つが歌舞伎の魅力をすべて言い表している。と、ここから実演をまじえての楽しい解説。
「歌」の字は、セリフに抑揚をつける歌舞伎独特の喋りが音楽に通じる。抑揚をつけすぎると何を言ってるかわからなくなる。難しい言葉に抑揚をつけるからなおさらわからなくなる。「それは回数を見ていただくことで…」と逃げちゃう猿弥さん、自己紹介を普通の口調と歌舞伎口調でやってみせる。
「市川猿弥でございます。昭和42815日生まれ45歳でございます。好きな食べ物はグラタン、嫌いな食べ物はかぼちゃでございます。いずれも様にはご贔屓お引き立てのほど、よろしくお願い申し上げ奉ります」
歌舞伎口調の時には「セリフになると声が大きくなるから」とマイクを使わない。さすが役者だと、感心した。
歌舞伎調の「好きな食べ物云々」には客席大ウケ。猿弥さん、相当力が入ったらしく、終わると汗びっしょり。「汗ふかせていただいていいですか」に客席から盛んな拍手が浴びせられる。中車さんもこういう練習すればいいんじゃないの、と余計なことを考えてしまった。
「舞」については、「歌舞伎の動きの基本は踊りである、そして『伎』は演技をするという意味。先人たちがこの3つの漢字を宛てたのはすごいことである」。
話しは再び「歌」に戻り、「歌」の中の1つの要素として竹本を紹介。ここでも実演ということで幹太夫さんと豊澤長一郎さんが山台に上がる。その時ハプニングが。幹太夫さんが躓いてしまったのだ。すかさず猿弥さん「そんな小ネタいらないよ~。ボクがいくら喋ってもウケないのに」と茶化す。
さて竹本は芝居に合わせて感情を表現したりする。ということで2度目の実演は「市川猿弥大当りの段」。状況は、猿弥、パチンコで今日も負けたというところ。「隣のオヤジが運を全部もっていってしまった。ハラの立つ、ハラの立つ」と猿弥さんが悔しがるのに合わせ三味線が強くなる。「あっ、きょうは宝くじの発表日だ」。黒衣さんが持ってきた新聞を調べると、なんと当たっている!! 「ん~ふ~、はっは~」の歌舞伎独特の笑いで猿弥さん、踊り出す。竹本も喜びのリズムに変わっている。しかし…「よくよく見れば~~見間違い」
芝居と竹本の相乗効果がこうして歌舞伎とは関係ない身近な状況でよくわかる。
猿弥さん、大奮闘で汗を拭き拭き「こんなに太ってなければよかった。こんなに汗かいたら痩せそうなもんなんですけどね」と客席にボヤいたりして。
ここからは今回の演目「熊谷陣屋」の説明。直実(右近)の写真パネルの次に藤の方(笑也)のパネルが出てきたのはこれもハプニングで、本当は相模(笑三郎)のパネルが出てこなくてはいけなかった。藤の方は一度引っこみ、御法度であった職場恋愛に落ちた直実と相模を救ってくれたのが藤の方というところで再登場。そんな中、源平の合戦が始まり――義経(門之助)のパネル、義経の制札、梶原景高(寿猿)、弥陀六(猿弥)のパネルが登場。わかっていても聞けば面白い解説だった。
もう一つの演目「女伊達」は、ロンドンオリンピックのなでしこジャパンみたいな女性が主役です。
わからない人は「猿三郎さんのブログで」って言うかと思ったら(って、そんな話が猿三郎さんのブログにあったんだもの)、「パンフレットやイヤホンで」。
最後に「生の舞台は皆様のご声援をいただいて盛り上がる。声援といっても…拍手の練習!」 「でも、拍手は他人が叩いているから、ではなくて自分の意志でお願いします」。「声かけてもいいですよ。右近っ。猿弥っというように呼び捨てでいいんです」。「金返せ! 帰れ! はやめてくださいね」
初日なのでまだ手探り状態的なところはあったものの、持ち前のユーモラスな空気を漂わせ、面白い実演も含めてとても楽しい「みかた」だった。

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