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2012年9月 1日 (土)

巡業西コース初日

831日 松竹大歌舞伎西コース初日(越谷サンシティホール)
「芭蕉通夜舟」、「トロイラスとクレシダ」の感想がまだだけど、先にこちらを。
西コースは川口を取っているし、8月はあんまり忙しかったから越谷は状況次第で、とグズグズしていたところ、2日前に猿三郎さんのブログを見て、こりゃあ絶対行かなくちゃというか、行きたい!!と俄然気持ちが盛り上がった。
で、当日券で観劇。ホールでの当日券だからどこでも自由かと思いきや、他のチケットガイドの持っている席がけっこうあって、そこは選べない。しかも、選びたかったそこは、78席が23列ずら~っと空席。もったいな~い。それでもそこそこいい席で見られたから、仕事はちょっと脇にのけて行ってよかった。
「歌舞伎のみかた」
ご自身の定紋の入った紋付袴姿で猿弥さんが誘う歌舞伎の世界。
まず歌舞伎はいつ誕生したかについて語ろうと舞台上手側へ少し移動したら、客席に知り合いを見つけて挨拶していた。
「傾く」から「歌舞伎」になった過程がその文字の書かれたパネルを使って簡単に語られた後、昔は「かぶき」と平仮名で書かれていた。そこに「歌舞伎」という3つの漢字があてはめられたが、その3つが歌舞伎の魅力をすべて言い表している。と、ここから実演をまじえての楽しい解説。
「歌」の字は、セリフに抑揚をつける歌舞伎独特の喋りが音楽に通じる。抑揚をつけすぎると何を言ってるかわからなくなる。難しい言葉に抑揚をつけるからなおさらわからなくなる。「それは回数を見ていただくことで…」と逃げちゃう猿弥さん、自己紹介を普通の口調と歌舞伎口調でやってみせる。
「市川猿弥でございます。昭和42815日生まれ45歳でございます。好きな食べ物はグラタン、嫌いな食べ物はかぼちゃでございます。いずれも様にはご贔屓お引き立てのほど、よろしくお願い申し上げ奉ります」
歌舞伎口調の時には「セリフになると声が大きくなるから」とマイクを使わない。さすが役者だと、感心した。
歌舞伎調の「好きな食べ物云々」には客席大ウケ。猿弥さん、相当力が入ったらしく、終わると汗びっしょり。「汗ふかせていただいていいですか」に客席から盛んな拍手が浴びせられる。中車さんもこういう練習すればいいんじゃないの、と余計なことを考えてしまった。
「舞」については、「歌舞伎の動きの基本は踊りである、そして『伎』は演技をするという意味。先人たちがこの3つの漢字を宛てたのはすごいことである」。
話しは再び「歌」に戻り、「歌」の中の1つの要素として竹本を紹介。ここでも実演ということで幹太夫さんと豊澤長一郎さんが山台に上がる。その時ハプニングが。幹太夫さんが躓いてしまったのだ。すかさず猿弥さん「そんな小ネタいらないよ~。ボクがいくら喋ってもウケないのに」と茶化す。
さて竹本は芝居に合わせて感情を表現したりする。ということで2度目の実演は「市川猿弥大当りの段」。状況は、猿弥、パチンコで今日も負けたというところ。「隣のオヤジが運を全部もっていってしまった。ハラの立つ、ハラの立つ」と猿弥さんが悔しがるのに合わせ三味線が強くなる。「あっ、きょうは宝くじの発表日だ」。黒衣さんが持ってきた新聞を調べると、なんと当たっている!! 「ん~ふ~、はっは~」の歌舞伎独特の笑いで猿弥さん、踊り出す。竹本も喜びのリズムに変わっている。しかし…「よくよく見れば~~見間違い」
芝居と竹本の相乗効果がこうして歌舞伎とは関係ない身近な状況でよくわかる。
猿弥さん、大奮闘で汗を拭き拭き「こんなに太ってなければよかった。こんなに汗かいたら痩せそうなもんなんですけどね」と客席にボヤいたりして。
ここからは今回の演目「熊谷陣屋」の説明。直実(右近)の写真パネルの次に藤の方(笑也)のパネルが出てきたのはこれもハプニングで、本当は相模(笑三郎)のパネルが出てこなくてはいけなかった。藤の方は一度引っこみ、御法度であった職場恋愛に落ちた直実と相模を救ってくれたのが藤の方というところで再登場。そんな中、源平の合戦が始まり――義経(門之助)のパネル、義経の制札、梶原景高(寿猿)、弥陀六(猿弥)のパネルが登場。わかっていても聞けば面白い解説だった。
もう一つの演目「女伊達」は、ロンドンオリンピックのなでしこジャパンみたいな女性が主役です。
わからない人は「猿三郎さんのブログで」って言うかと思ったら(って、そんな話が猿三郎さんのブログにあったんだもの)、「パンフレットやイヤホンで」。
最後に「生の舞台は皆様のご声援をいただいて盛り上がる。声援といっても…拍手の練習!」 「でも、拍手は他人が叩いているから、ではなくて自分の意志でお願いします」。「声かけてもいいですよ。右近っ。猿弥っというように呼び捨てでいいんです」。「金返せ! 帰れ! はやめてくださいね」
初日なのでまだ手探り状態的なところはあったものの、持ち前のユーモラスな空気を漂わせ、面白い実演も含めてとても楽しい「みかた」だった。

「熊谷陣屋」
もう一度見るから簡単に。
右近さんは口の中でセリフを言うから、会館では時々聞こえにくかった(川口リリアになったらもっと聞こえないだろうなあ)。小次郎の首を差出し義経に見せる熊谷の必死さ、父親と武士との気持ちの葛藤に心打たれた。
しかし私が泣いたのは門之助・義経にだった。「よくぞ打ったり。敦盛の首に相違ない。所縁の者にみせてやれ」と言った時にどっと涙が出てきた。こんなむごい命令を出した義経自身の気持ちが現れているようで、ひどく感動してしまったのだ。最後の「堅固で暮らせよ」と首とともに見送る姿にも涙。
そして夫から妻の手へ渡される首。首を慈しみ抱き泣く相模。泣けた。
後悔と嘆きを全身で表現する弥陀六。こんな激しい弥陀六は初めてかも…。
いつもは吉右衛門さんの熊谷にどういう感情をもつかとかどういう感動を受けるかというふうに見ていたような気がするが、今回は全体が1つのドラマとして見えたし、そのドラマ性も女性の側でより強く感じられたように思う。つまり、私にとってさほど澤瀉屋は女形の存在感が大きいのであろう。
ラストは熊谷1人でなく、髪をおろした相模とともに旅立つ澤瀉屋型。この形であるのも女性側のドラマ性を感じた一因かもしれない。これまでの熊谷には、自分だけ出家して残された相模はどうなるんだろうという疑問がつきまとったが、そういう私にとってこの形は安定した終わり方でもある一方で、ヘタをすると逆に物足りなさが生まれないとも限らない。しかし笑三郎さんの相模がとてもよくて、これから先のドラマの可能性も含めていい終わり方だと思った。
梶原の寿猿さん、まだまだ暑い中での巡業、お健やかに乗り切られますよう。
「女伊達」
笑也さんをはじめとする出演者のほとんどが「熊谷」からたった20分で役作り。かなり厳しいのに、幕があくとさっきの悲劇とは違って、雲竜模様の着付けもすっきりとした女伊達と実にかっこいい男伊達が2人。猿三郎さんと猿四郎さんのバランスがとてもよくて、立師でもある猿四郎さんのメリハリあるきりっとした動き、猿三郎さんのなめらかな動きに見とれた。笑也さんは思わず「姐さん」と声をかけたくなるような粋でいい女。
見惚れているうちに幕となった。
<上演時間>「歌舞伎のみかた」24分(14001424)、幕間15分、「熊谷陣屋」99分(14391618)、幕間20分、「女伊達」18分(16381656

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コメント

私は9/1に立川で観てまいりました
(PM1:30の公演)

幹さんの件は早速話の小ネタにしてました
「実は昨日、あそこで躓いたですよ・・・幹太夫さんは」

自己紹介の最初で噛んでしまい、「実は口内炎で・・・」と言い訳していましたが、それで客席の気持ちをつかんでしまったようです

藤の方の嫁ぎ先を敦盛と言い間違えてあとから訂正していました(ご愛嬌です)

「よくよく見れば間違い」ではなく立川では「よくよく見れば組違い」と言っていました

平成11年の「市川右近の会」を観ているのですが、熊谷の他で同じ配役は笑三郎さんだけでした
良い夫婦になっていましたね

あの時は、陣門・組打もあって、陣屋も丁寧に相模と藤の方の入り込みや梶原の弥陀六詮議も丁寧に上演していました

「お暇申すと2人づれ」と本文にあるので
2人で花道を引込むのは原作の意図に近いと思います
ここが猿之助さん系の最大の特徴ですね
(勿論、文楽で花道の引込みがあるわけではないですが)

11月の顔見世でも仁左衛門さんの熊谷がかかりますね
それを記念して「成田屋・播磨屋」系と「松嶋屋・猿之助」系での違いを一くさり

後者の特徴は3点
①鎧より兜を先に脱ぐ
②首を直接相模に手渡しする
③「夢であったなぁ」と言う
となります
もっとも②は渡す位置が違っていて松嶋屋さんは三段ですが
(橋之助さんの芝翫型はまた別ですが)

猿弥さんの弥陀六でいえば、制札を使わずに鎧櫃を背負おうしてよろけて、二重にある制札を使って決まるのも猿之助さんの家の工夫のようです

ついでに言うと、熊谷が最初に相模に言う「やい女房」は「やい女」が本当は正しいのですが、役者さんによっては言いにくいので「女房」と言ってしまうのでしょう
右近さんも「女房」でした
でも、かなり怒っている場面(「尻目にかけ」ですから)「やい女」といった方が戦さ最中の武士らしくなると私は思っています

真後ろの女子中学生が、熊谷がはねた直後に隣の母親にどうだったと聞かれ「なんだか良くわからない 言葉が良くわからないし・・」と言っていました 
「勉強せい」と言いたい気持ちと最初から義太夫狂言はちょっと辛いよねと同情したり という<うかれ坊主>でした

投稿: うかれ坊主 | 2012年9月 2日 (日) 13時55分

うかれ坊主様
こんばんは。コメントありがとうございます。
松嶋屋・澤瀉屋系(松嶋屋の熊谷は見たことがありません)の特徴、ありがとうございます。①は気がつきませんでした。もう一度見るとき、そして11月の観劇時に心しておきます。
「やい、女」については同感です。聞いているほうとしてもきつい言葉ですが、それだけに熊谷の気持ちも慮られます。

宝くじの件、越谷でも「組違い」と言っていたようです。ごめんなさい。

女子中学生にいきなり「熊谷」はハードルが高かったかもしれませんね。それに、子供を犠牲にする感覚というのはその年齢ではわかりにくいでしょうね(江戸時代は子が親の犠牲になるのは当然という感覚だったそうですが、私だって不条理だと思います。ですので現代感覚で見てはいけない、というスタンスで見るようにしています)。

投稿: SwingingFujisan | 2012年9月 2日 (日) 20時41分

作法上は兜を先だと思いますが、劇的効果は最後に兜を取った方が印象的なのでしょうね

「平山の見得」でも通常と少し違っていたりして、澤瀉屋さんのお芝居(特に古典)はいろいろと工夫があり観ていて興味が付きません

松嶋屋さんの熊谷も素敵ですよ!!
11月を楽しみにしてください

立川のロビーに目立たないところに仁左衛門さんと左團次さんのサイン入りの色紙が飾ってありました
何年か前のやはり巡業(鮨屋)の時の物かと思います

投稿: うかれ坊主 | 2012年9月 2日 (日) 22時04分

うかれ坊主様
再度、ありがとうございます。
「熊谷陣屋」は吉右衛門さんや多分幸四郎さんでも見ているはずなんですが、いつまで経ってもミーハー的な見方しかできなくて…。
細かい動作の一つ一つ、セリフの微妙な違い、そういうものでお芝居全体の印象というのも変わってくるものなんですね。
11月は明治座もあり、演舞場もリピートしたいし(できるかな)、又忙しくなるぞぉな予感です。

普段あまり歌舞伎に縁のないホールで、歌舞伎公演の時に、歌舞伎役者さんのサインを発見するなんて、嬉しいですね(って、何を言っているんだかcoldsweats01)。

投稿: SwingingFujisan | 2012年9月 2日 (日) 23時09分

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