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2012年12月16日 (日)

南座、顔見世・勘九郎襲名夜の部①

129日 東西顔見世大歌舞伎夜の部(南座)
12121601minamiza 南座は3階席でも角度があるため大変見やすい。その分、座席までの一段一段が高く、下りはひっくり返らないようにそろそろ降りてもちょっと怖いのであった。
「仮名手本忠臣蔵五段目・六段目」
勘平は間違いなく侍である、浅野家の家臣である、つまり、勘平はまさに仇討に命を懸けていたということが痛いほど伝わってくるような仁左様の勘平であった。そして、田舎での暮らしぶり――おかると仲睦まじく、またおかるの親には敬愛を抱いて日々過ごしている、しかし心の中にはいつも悔いがくすぶっていて、それを消すためにも仇討に加わりたい、ということが生活感をもって感じられた。
訪ねてきた不破と千崎を迎え入れようとする勘平に、逃げるんじゃないかとすがりつくおかや。自分の腰にくっついているようにと、そっとその体に手を回す勘平には、信じてもらえない情けなさに加えて、親への愛情が感じられてうるうるきた。そういう優しさに容姿の美しさもあって、勘平の哀れさがくっきりと浮かび上がった。それにしても仁左様、足が細~い。
時さまのおかるは、先月「引窓」で仁左様との夫婦役を見られなかったので、今回はわずかな時間とはいえ、私にとっては見どころ。夫との別れもできずに籠に乗せられて諦めかけていたおかる、そこへ夫が帰ってきてただただ嬉しいおかる。ところが、自分が父親を殺してしまったと思い込んでからの勘平は、おかるが何を言ってもうつむいているだけ。いよいよ諦めて「おさらばでござる」と去ろうとしたその瞬間、「かる、待ちゃ」の声。勘平にとびつくおかるが悲しい。
「ずいぶんまめで」は泣けるセリフだ。

おかやも、戻ってこない夫を待ちわびながら(籠に手をかけ、下手のほうをずっと見た後、花道に目を移す)娘と別れなければならず心細い。そこへ勘平が帰ってきて、ともかくほっと心強く安心したという様子が見えた。娘との別れは双方に違いを思う未練が残り、胸が締め付けられた。竹三郎さんがうまいと思うのは、その時の心情・感情によって体の大きさが違って見えることだ。勘平に対する怒りでいっぱいのときは大きく見える。それが間違いだとわかると、とたんに体が小さくなって、涙を誘う。
愛之助さんの千崎に勘平に対する思いがはっきりと見えた。勘平への真心・友情が深いからこそ、勘平に裏切られた落胆と怒りは大きい。しかし真実がわかってからの千崎には再び勘平に対する友情が溢れ、そういう感情の動きがよく表されていた。
面白かったのはお才(秀太郎)と判人源六(松之助)。言葉がそうだからか、強烈な上方色を感じたし、自由自在なお才はこれまでもっていた印象とはずいぶん違うような気がした。
橋之助さんの定九郎は古風でよかった。

「口上」
12121602minamiza 藤十郎さんを中心に、上手へ我當、時蔵、進之介、愛之助、孝太郎、左團次、團十郎、下手から上手へ向かって仁左衛門、秀太郎、翫雀、扇雀、彌十郎、橋之助、七之助、勘九郎と並んでいる。
藤十郎さんは澤瀉屋の時と同様、口上書を読み上げていたが、その声と古風な読み方がこういう場にはぴったりでなかなかいい感じであった。藤十郎さんが書付を胸元から取り出した時、平伏していた全員が頭を中くらいまで上げた。
藤十郎:当代勘三郎さんが天に召された。勘九郎さん、七之助さんを末永くご贔屓賜りますよう。
我當:この度の勘三郎さんのことはあまりにショックが大きく悲しい。病気休演中から勘九郎・七之助さんの2人が動じることなく舞台をつとめているのは感動的。2人は歌舞伎界最高の親孝行である。
時蔵:親戚の1人として襲名は嬉しいことだが、勘三郎さんが亡くなってしまった。同い年で、小さい頃から一緒に芸道に励んだ、志半ばで逝ってしまったが芝居熱心だった勘三郎さんに厳しく指導された2人をよろしく。
進之介:勘九郎さんはお父様と同様、みんなに好かれる、七之助さんもやさしい。
愛之助:公私ともに仲良くしている雅行さんの襲名、目出度い。
孝太郎:十七代目の舞台で初舞台を踏んで以来、中村屋さんには世話になっている。2月の博多座までお客様でいっぱいにしたい。
左團次:テレビなどでご存じだろうが、襲名となると各役者の家を訪ねてまわる。しかし自分はいつも留守にしていた。いつ行ってもいないあのおじさん、嫌いだといって声がかからなかったが、御園座に続き2度目の襲名公演参加はありがたい(御園座でも同じようなことを言っていた。敢えて勘三郎さんのことに触れないのが左團次さんらしいと思った)。
團十郎:十八世勘三郎さんご逝去は誠に残念。歌舞伎界の損失である。勘三郎さんとは左團次さんなどと夜遅くまでというか朝早くまで遊んだ仲間。ノリちゃんはしめったことが嫌いで賑やか好きだったから、この公演を千穐楽まで華やかに打ち上げられるよう、いずれも様のご贔屓を。
仁左衛門:十八世とは本当に仲良くしていた。残念でならないが、ステキな子供を2人も置いていってくれたのは嬉しい。長男が立派に襲名した。勘九郎さんは勉強熱心である。勘九郎、七之助、中村屋一門、よろしくお引き立てのほどを。
秀太郎:勘三郎さんが勘九郎襲名で舞台を踏んだのは4歳に近い頃。私も20歳前だった。可愛かった勘九郎ちゃんが46年の間に立派な名前にした。それを継いだ六代目。大変なことだが立派な役者になるよう、いずれも様の末永いご贔屓を。
翫雀:勘九郎という名は勘三郎兄さんが大きくした。六代目もその名を自分のものとしてさらに大きくし、いずれは勘三郎に。
扇雀:コクーン、海外、平成中村座など、兄弟2人の成長を見てきた。勘三郎兄さんは二十数年舞台を一緒にしてきた恩人。これからも2人と共演したい。
彌十郎:十八世より私は1つ下。50年に及ぶ付き合いで、可愛がってもらった。兄弟は生まれた時からよく知っている。おめでたい席に列座させてもらってありがたい。
橋之助:南座で立派な興行をさせてもらって叔父としてありがたい。勘九郎・七之助兄弟は仲が良い。2人揃って芸道に精進するだろう。義兄・勘三郎亡き後も2人と一門をよろしく。
七之助:父がみまかってまだまだ信じられない。急に悲しみ・不安が込み上げてくる。そういう時に諸先輩方が温かいお言葉をかけてくださる。お客様が温かい拍手をくださる。それも父がどれだけ皆様に愛されたかというおかげである。父の精神を引き継いでいく(テレビで口上を聞いたときも思ったが、七之助はやはり次男である。悲しみと不安が込み上げてくるという気持ちは、よくわかって、胸が痛んだ)。
勘九郎:諸先輩方に、父のことも含めてあたたかいお言葉をいただきありがとうございます。立派な興行ができるのは父のおかげ、幕内の色々な方のおかげ、お客様のおかげです。感謝の気持ちを忘れずに七之助、一門の者といい芝居を作り上げることをお約束します(今もこれからも勘九郎さんの上にのしかかる重圧を思うと胸が痛いが、真面目で熱心で誰からも愛される勘九郎さんならきっとこのお約束を果たしてくれると信じている。陰ながら応援したい)。
藤十郎:勘九郎は申すまでもなく、一門も末永くご贔屓を。

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