« 南座、顔見世・勘九郎襲名夜の部① | トップページ | 團十郎さん休演 »

2012年12月17日 (月)

南座、顔見世・勘九郎襲名夜の部②

129日 東西顔見世大歌舞伎夜の部(南座)
12121701takeuma 「船弁慶」
勘九郎襲名演目だというのに(しかも食事はとらずに臨んだのに)今回も苦手克服はならず、前半は時々沈んでしまった。
勘三郎という役者のいなくなった悲しみは二重の悲しみである。つまり、自分の中で悲しむのだけでなく、勘九郎さんを通しての悲しみを強く感じたのだ。
静の表情(無表情の表情なのだが)、舞には悲しみが強く表れており、知盛には厳しい凄まじさがあった。それを表現する足の動きの勢いと美しさに見とれた。笛、そして田中傳左衛門、傳次郎兄弟を揃えた裂帛の鳴物も凄まじかった。怒気とか恨みでありながら知盛の凄まじさは何か人間の心の中のもやもやしたものをばっと吹き払うような、何か風が抜けていくような、そんな清冽な感じを受けた。花道が最後まで見えないので、くるくる回るところが見られず残念。
藤十郎さんの義経(姿のみならず動きもきりっとして美しい)、團十郎さんの弁慶、左團次さんの舟長(踊りは珍しいかも)が、若い知盛、若い義経家来(男女蔵、壱太郎=翫雀さんに似ていた、新悟、薪車)、若い舟人(扇雀、七之助)の中で大きく重厚、歌舞伎の濃厚な味わいを醸し出していた。
「関取千両幟」
相撲取りが贔屓のために遊女の身請けの工面をしたり、その身請けにはライバルがいてそっちにも相撲取りがくっついていたり、なんだか、「双蝶々曲輪日記」みたいな…。そして、夫のために身を売る女房は、おかるとも重なる。
孝太郎さんが、夫・稲川への愛情をしっとりと表して好感がもてたが、現代人としては、贔屓のために敢えて負けようとする夫のために身を売るという感覚は受け入れ難い(こういう芝居は現代感覚で見てはいけないのは重々わかってるんだけどね)。そのせいか、私はこの芝居をそんなに面白いとは思わなかったけれど、翫雀さんのまるっこさが相撲取りの稲川にぴったりで、橋之助さんも体の大きさが敵役としての相撲取り鉄ケ嶽によく合う。
義太夫の曲弾きが舞台転換の間をもたせる。素晴らしい撥さばき
である。
今度また見る機会があったら、自分の見方を変えてこの芝居をもっと楽しく見たいと思った。

<上演時間>「仮名手本忠臣蔵」100分(16151755)、幕間15分、「口上」20分(18101830)、幕間30分、「船弁慶」65分(19002005)、幕間15分、「関取千両幟」50分(20202110


|
|

« 南座、顔見世・勘九郎襲名夜の部① | トップページ | 團十郎さん休演 »

歌舞伎ミーハー観劇記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 南座、顔見世・勘九郎襲名夜の部① | トップページ | 團十郎さん休演 »