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2013年6月13日 (木)

リピートしたくなった六月歌舞伎第一部

612日 杮落六月大歌舞伎第一部(歌舞伎座)
11
時開演の時は23日前から、それが無理なら少なくとも前夜はできるだけ早く就寝するようにしている。今回も前々夜に比較的早寝して、観劇前夜も11時過ぎには床についた。ところが、0時半すぎ、珍しくのどが渇いて目が覚め、そうしたらまったく眠くなくなってしまった。それでもじっとしていれば神経も身体も休まるからと目をつぶって横になっていたが、ダメ。焦る方が体に悪いから、起きて、たまっていた録画の一部を見た。そうすればたいてい眠くなるんだもの。だけど、今回は全然効果なし。洗濯機を仕掛けて8時起きでも間に合うようにして何となくうとうとしかけたのが6時。
不安を抱えたまま歌舞伎座へ(電車の中でもほとんど眠気がこない)。そして…。
「鞘当」
最初はこれをパスすることも考えたが、今日は一等席、それに勘九郎さんが出るんじゃ見ないわけにいかない。最悪、ここを睡眠時間にするか、と時々目をつむってみた(普段は、暗転なんかでちょっと目をつむると、そのまま醒めないこともあるのよね)。ところが、意識は遠のかない。緊迫感があまり伝わってこなかったし、橋之助さんの声が何となく耳にきんきんして、勘九郎さんのセリフもあまりピンとこなかった。名古屋山三は勘九郎さんのニンなのかなあ??  魁春さんはず~っと前から気になっている目のまわりの赤さがやっぱり今回も気になった。
「喜撰」
瓢箪をつけた桜の枝を担いで(?)三津五郎さんが花道から現れると、一瞬にして客席が惹きつけられるのがわかる、こんな空気感、初めてだ。滲み出る上品な愛敬、その中に愛敬だけじゃない何か(何だろう)に強く引っ張られる。軽やかで力みのない三津五郎さんの身体がうきうきとして踊りと完全に一つのものになっている(変な表現だけど…)。
時さまがきれい。この日は小さなミスが2つあったものの、すっきりした色気としっとりした情がうま~くミックスされていて、ステキだった。喜撰がお梶に言い寄り、軽くあしらわれる色模様(ここは、常にお梶がリードしているというか、お梶に主導権を握られているというか、惚れた男の弱み、惚れられた女のからかい心ですか…)が何とも楽しくてうっとり。
所化は秀調さんを筆頭に、亀三郎・亀寿以下、若手勢揃い。誰に目を据えたらいいのやら、嬉しい悲鳴を心の中であげながら所化たちを見ていたが、平成生まれの若手(平成も25年経つのだから当然といえが当然だが、これだけ勢揃いされると、圧巻)の中で一番目を引いた踊りは壱太郎クンだろうか。鷹之資クンを久しぶりに見たのが嬉しかった。
前夜の不眠は絶対踊りに影響すると自分の中では確信があったが、見事にそれを裏切った「喜撰」、もう一度見たい!!

「俊寛」
葵太夫の声がしばらくの間、ちょっと変で心配したが、そのうち気にならなくなってほっとした。
俊寛がよろよろと杖にすがって出てきた途端、鬼界ケ島での生活の厳しさが一気にこちらに押し寄せてくる。俊寛のあまりの老い(本当はまだ30代なんでしょう)、あまりの孤独感に思わず涙が出た。最初の出だけで、こんなに泣かされるのは多分初めてだ。そこにいるのは吉右衛門演じる俊寛ではない、呼吸一つ取っても俊寛その人である。小屋の正面でワカメをかけた輪っかを両の手に握ったところは数珠を持っているかのよう。あのワカメが数珠に見えたなんてことも初めてだ。枝を火にくべる悲しい背中、孤独感に胸がしめつけられる。康頼(歌六)・成経(梅玉)の訪問に喜ぶ姿にさらに俊寛の孤独が感じられて、又涙が出る(なぜ俊寛だけ2人と離れて暮らしているのだろう。いつも気になっている)。
3
人しかいなかったのが今度4人になると聞いて、「また都から罪びとが送られてくるのか」と涙する俊寛には、新たな罪人への思いやりが滲み出ている
ところが4人目の正体は、成経の恋人・千鳥であった。罪びとと千鳥の対比が俊寛の喜びの大きさを倍加する。千鳥が姿を見せるのを待ち遠しそうに、目の上に手をかざして見やる俊寛。千鳥が姿を現した瞬間、もう父親の表情になって暖かく千鳥に目をやる俊寛(心が震えた)。成経と千鳥の婚姻はめでたい、うれしいことなのに、三々九度の酒も杯もないと嘆く俊寛、自分の置かれた立場を再び思う苦しさが伝わってくる。これまでに何回も見ている「俊寛」なのに、今回ほど、地獄(絶望)から天国(希望・喜び)へ、天国から地獄への繰り返される起伏の大きさを感じたことはない。そして、今回ほど俊寛に素直に思い入れたこともないような気がする。それは、今回の俊寛が、先にも書いたように、舞台で演じられる俊寛ではなく、目の前に俊寛その人がいるからなのだろう。しかも、千鳥を船に乗せた時から、俊寛は始めに戻ったのだ、と思った。いや、始めはまだ康頼と成経がいた。今度は完全に1人だ。僧侶であった俊寛も人間である。それに気づいた時は気も狂わんばかりだったのではないだろうか。しかし小高い岩の上で、見えなくなるまで船を見送る俊寛の表情が少しずつ変わっていく。絶望から、微笑みのようなそうでないような(勘三郎さんの俊寛は微笑んでいたっけ)、何とも穏やかな表情に変わっていくのである。おかげで、こちらも少し救われたような気持ちになって第一部を見終わることができた。
こんな○○初めて、ということが今回多かったが、梅玉さんについても、こんな男らしく(精神的に)、かつ感情を露わにした成経は初めてのような気がする。千鳥とのなれそめを語る時の嬉しそうな顔(聞く俊寛もめちゃ嬉しそうだった)、ご赦免状の中に俊寛の名前だけないことを知って、転げて嘆く俊寛の後ろで泣いている顔、千鳥だけ置いていけないと強い決意を見せる顔、千鳥とともに帰れるのは嬉しいけれど俊寛を残して去らねばならない申し訳なさ辛さの複雑な表情。おっとりした貴族で、これまであまり人間くささを感じなかったが、彼もまた人間であったのだ、と思った。
歌六さんは、あくまで控えめ、目立った感情の起伏などは見せなかったが、3人プラス1人の結束の固さ、それが破られる悲しみが十分伝わってきた。
千鳥の芝雀さんが愛らしい。若い娘の恥じらい、喜び、悲しみ、そういうものが素朴に素直に表れていて、俊寛ならずともこの娘を助けてあげたくなる。
仁左様の丹左衛門はすっきりとかっこいい(丹左衛門っていうと、梅玉さんのイメージがあるけど、今回は梅玉さんは罪人側。こういう配役も面白い)。情の厚さが、やはり仁左様が丹左衛門その人になって滲み出ているという気がした。
左團次さんが手ごわくて非常にいい瀬尾であった。任務に忠実な瀬尾の言い分は、意地悪なことと裏腹に、さすがの丹左衛門も反論できない正論である。そこがこの芝居の面白いところでもある。
色々、初めてだとか、初めてのような気がすると書いたが、もしかしたら、これまでにも同じように感じたことがあったかもしれない。そうだとしても、見るたび、新鮮な気持ちになれるってことかもね。

「俊寛」はあまり何度も見たい演目ではなかったが、こういう俊寛なら何度見てもいいかも、と思った(今回は1階席だったので、難しいとは思うけど幕見ででも、もう一度上から見てみたい。あの見事な舞台の変換は上からでしょ)。
<上演時間>「鞘当」22分(11001122)、幕間15分、「喜撰」33分(11371210)、幕間30分、「俊寛」77分(12401357

 

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コメント

こちらにも失礼します。先日、私もコメントしましたが、本当に、今回の「喜撰」と「俊寛」よかったですね。実をいうと、吉右衛門、仁左衛門ともに、声がくぐもって、体調が万全でないのかと心配しましたが、見ているうちにどんどん良くなってきました。
幕切れの表情の件ですが、先代の中村屋、うっすらと笑いましたが、この間亡くなった中村屋は、笑いませんでしたが、穏やかな顔をしていたと思います。どの俳優もそうですが、この部分は最高に気持ちが乗り移るらしく、所演ごと、極端に言えば演じる日によって、微妙に演じ方が異なるようです。

投稿: レオン・パパ | 2013年6月15日 (土) 10時51分

レオン・パパ様
こちらにもありがとうございます。
「喜撰」「俊寛」はまさに先日いただいたコメントで絶賛なさっていたとおり、本当に素晴らしい舞台でした。それを見ることのできた幸せを噛み締めております。
吉右衛門さんも仁左衛門さんもかなりお疲れがたまっているでしょうね。吉右衛門さんはこの後、暑い7月と9月に巡業もあるので、健康状態が心配でなりません。お2人の声は私が見た日は気になりませんでしたが、私がニブいだけかも(むしろ葵太夫さんの声のほうが心配でした)。

18代目が幕切れにかすかに微笑んだような記憶があるのですが、記憶違いかもしれません。ここで最高に気持ちが乗り移るというのはわかるような気がします。吉右衛門さんの表情が少しずつ変化していくのは、これまで吉右衛門さんを含め色々な役者さんがそうしてきたのかもしれませんが、今回初めて気が付きました。
6年前の1月、やはり吉右衛門さんが演じられたとき、「絶海の孤島に取り残され、茫然とこちらを見つめる俊寛。その時、私たちは最初とは逆に、海側から俊寛を眺めていることに気づくのです」という東京新聞の記事があり、強く触発されたことを思い出しました。
そうえいば、2007年10月、勘三郎さんの俊寛では清太夫さんが大熱演でした。いつか復帰の日がきますようにと願っているのですが…。

投稿: SwingingFujisan | 2013年6月15日 (土) 11時35分

レオン・パパさんのコメントに乗っかります

自らは「弘誓の船」に乗ることで
家族(娘)になった千鳥を助ける「決意」をしたことで「思い切った」俊寛ですが、
やはり目の前で、船が家族が去っていくのを目の当たりすると
「思い切っても凡夫心」で、心が大きく乱れる・・・ここが幕切れの場面ですね

心乱れたところから、
最後の最後で
俊寛がどう変化するのか、変化しないのか・・・
そこに解釈がさまざまあるのだと思います

思い直して、家族を見送くる嬉しさで笑う解釈
これからの孤独を思い、悄然とする解釈
寂しさを隠しきれず、悲しみを強調する解釈
同じ笑いも、呆けた笑い(翫右衛門)から微笑みまで
本当に個人差がありますね

これらは、直前の深い嘆き・叫びから
どう幕切れに心持を持っていくか
役者の解釈の自由度が高いからかもしれません

その要因としては
「俊寛」は江戸期はそれほど上演されず、
近代になってから復活した作品ですので
型があるようでない作品だからではないでしょうか
近代(現代)人が近代的(現代的)解釈を付け加え易いのだと思います

いずれにしても実際にご覧になれる皆様が羨ましい限りです
異国の地で週末、一人で居ますとまさに俊寛の境地ですね

三津五郎さんの「喜撰」も秀逸のようですね
渡辺保さんも上村以和於さんも絶賛していました
第1部だけでも八重垣姫ではないですが
「つばさがほしい 羽根がほしい飛んで行きたい」気持です

投稿: うかれ坊主 | 2013年6月15日 (土) 12時43分

うかれ坊主様
こんにちは。コメントありがとうございます。
八重垣姫と同じお気持ちなの、よ~くわかります(私なら「どこでもドアがほしい」と言ってしまうところです。「つばさがほしい、羽根がほしい」はさすがうかれ坊主様!)。とくに休日などは、心は歌舞伎座へ、しかし現実は遥か異国の地に、でさぞ波立つお気持ちでしょうとお察しいたします。

「思い切っても凡夫心」は、胸にぐさっときますね。俊寛は位の高い僧侶でもありますから、よけい、この言葉が胸にしみます。
現代人が自分なりに色々解釈をつけやすいというお考えには、なるほどと頷きました。演じる人それぞれ、見る人それぞれに、1人1人の俊寛像があるんですね。歌舞伎の演目の中で「俊寛」ほど多くのことを考えさせてくれるものはありません。

「喜撰」は、踊りの魅力をたっぷり味わわせてくれました。客席全体がそれに浸っているのがわかりました。眠くなることが多い舞踊ですが、「喜撰」は30分が短くて、もっと見ていたい気分でした(そう思わされる長さがちょうどいいんでしょうね)。

そういえば、イヤホンガイドが新たに解説員を募集しているというニュースを見て、うかれ坊主様が日本にいらしたら…と思ったのでした。

投稿: SwingingFujisan | 2013年6月15日 (土) 14時48分

今、滝田+今井版の「レ・ミゼ」のCDを聴きながら返信しています
(まだ「3%上乗せ」という歌詞の時のものです)
・・・フランス・ギャルやミレイユ・マチューのCD聴いております・・・

そう言えば、同じ近松の「吃又」を近代的解釈をしたのが6代目菊五郎でした(11代目仁左衛門という説もあるようですが)、「俊寛」を「復活」させたのも初代吉右衛門と言われますので、
「菊吉」が近松の原作回帰に貢献していることになりますね
その2つが現在、よく上演されるのも
「菊吉」の末裔達が活躍する現歌舞伎界の縮図でもあるように思われます

「吃又」は、かつては奇跡でドモリまで直る改作があったようですし、「俊寛」は、島のことは夢であって、帰還して山賊になった俊寛が、今のは夢であったかというお芝居もあったようです
「封印切」のように改作がそのまま現在まで続いているのは恐らく人気があったからでしょうが、作品の評価と盛衰も面白いものですね

イヤホンの件は、どうなのでしょうか
ここ20年以上使っていませんので、どのように解説されているのか分かりませんが、私のような「ひねた好事家気取り」にはとても無理だと思います

これからも芝居に関わりをもっていければ幸せですね

(「演劇界」に掲載されました ほっとしています)

投稿: うかれ坊主 | 2013年6月16日 (日) 10時29分

うかれ坊主様
ご返信、ありがとうございます。
「吃又」や「俊寛」の改作は、無茶するなあと思いますが、日本人の民族的心情としてわかるような気がします。

菊吉には今後、両方の血を引く末裔たちが誕生するんですね。歌舞伎役者の世界を見ていると、DNAは本当に存在するのだ、とあらためて感心してしまいます。

イヤホンは、私も最近はあまり使いません。よくわからない踊りの時は聞くようにしていますが、お芝居は、自分の心持をリードされるような気がして…。でも、衣裳や大道具などの解説は参考になってありがたいと思います。解説者はみなさん、ご自分で色々研究しているようですね。

演劇界、早速拝見。簡潔に細かいところまで要点がまとめられていて、また楽しく思い出しながら拝読しました。掲載、よかったですね!!

レ・ミゼはまだ見たことがありませんが、3%上乗せは今は5%になっているのでしょうか。いずれ8%とか10%に変わるのかしら。

フランス・ギャルはパリのイメージ、ミレーユ・マチユーは明るい南仏のイメージ、今2人の名前を目にして、ふっと意識がフランスへ飛びました。

投稿: SwingingFujisan | 2013年6月16日 (日) 20時00分

度々お邪魔します

こちらに来る前に「新演出」のレミゼを観ましたが5%のままでしたね(でもきっとこれから上がっていくことでしょう)
部分的には新演出も良いところありましたが、観慣れた演出の方がやっぱり良かったです

そうかレミゼは未体験でしたね

ミュージカルの「忠臣蔵」って言われていたような気がします
東宝も松竹の歌舞伎座再開場に、この強力な作品で対抗するという意気込みかもしれません
山口祐一郎さんや岡さんのいないのは寂しかったです
でも歌舞伎界もそうであるように、「年年歳歳 花相似たり、歳歳年年人同じからず」ですものね
新しい力が育っていって欲しいものです

投稿: うかれ坊主 | 2013年6月16日 (日) 20時32分

うかれ坊主様
レミゼの歌詞を聞けば、その当時の消費税率がわかるわけですね。

子供の頃に少年少女文学全集で読んだし(子供向けとはいえ、原作にかなり忠実だったと思います)、専攻は仏文だったのになぜか劇場へは足を運んでいません。映画も見ていないし。
当時、子供心に、何かとても重くてつらいものを感じて、今でも目をそむけているのかもしれません。

山口さんは確か、喉がどうとかで降板したんですよね。現在はどうなんでしょうね。私はNHKのテレビドラマ「女神の恋」の山口さんが印象に残っています(舞台は「そして誰もいなくなった」くらいしか見ていないのですが、この時は大半寝ていて、ほとんど覚えていませんcoldsweats02)。

新しい力--歌舞伎界でも、こけら落し公演であれだけ平成生まれが勢揃いすると、それなりに力を感じます。どの世界でも、若い人が真摯に努力して、力となってほしいですね。私のような老体はいつ引退しようかと考えつつ、藤十郎さん以下、私より御老体があんなに頑張っているのだからと励まされています。

投稿: SwingingFujisan | 2013年6月17日 (月) 01時50分

どんどん本題と外れいきますが・・・

「レ・ミゼ」は絶対はまると思いますよ
仏文出身ならなおさらです!!!
騙されたと思って一度観て欲しいです
できればこれまでの演出で観て欲しかったけど・・・

(山口さんは新演出に不満があったのでは・・と観たあと思ってしまったうかれ坊主でした)

新しい力と言えば
初代のガブローシュのひとりが山本耕史ですから
時の流れを感じます
今は加藤清史郎君ですからね・・・


投稿: か | 2013年6月17日 (月) 13時49分

うかれ坊主様
そうですよね~。1度見ないとね~。とはわかっているのですが…。新演出に変わったと知ると、前の演出で見たかったなんて、さっさと見に行かなかった自分が悪いのにしょうもないことを考えます。
今回の公演は日程的にもう入れられないので、自分の気持ちを盛り上げつつ次のチャンスを待つことにします。

おお、加藤清史郎クン、最近テレビで見かけなくなったと思ったら、ミュージカルで活躍中ですか。確かに時の流れですねえ。

投稿: SwingingFujisan | 2013年6月17日 (月) 22時11分

実は日経の国際版を1日遅れで読むことができるのですが
今週の文化欄(20日だったと思います)に松本幸雀さん書かれたの文章が大きく掲載されていました
(日本版で言えば、朝刊の裏面TOP、小説が掲載されているページの中央部で写真入りです)
全く「うかつ」でした
だいぶ以前からシャンソンのライブをやっておいでだったのですね
「シャンソンをすることで、本業の歌舞伎のほうにも良い影響が出てきました」と書かれていました
幸雀さんは先代も贔屓にした関係もあり、とても好きな役者さんですが、こんな「裏藝」をお持ちとは・・・

投稿: うかれ坊主 | 2013年6月22日 (土) 14時26分

うかれ坊主様
うかれ坊主様が幸雀さんのシャンソンをご存知なかったとは意外です。お聴きしたことはないのですが、私はかなり前に知ってびっくりしました。ほんと、こんな裏藝をお持ちとはね。でも、シャンソンが歌舞伎にいい影響を与えたというのはわかる気がします。
ちなみに、歌六さんの奥様も元歌手でいらして、今もリサイタルとかやっていらっしゃるようですよ(これは、つい最近知って、こちらもビックリ)。

投稿: SwingingFujisan | 2013年6月22日 (土) 19時05分

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