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2013年6月30日 (日)

六月歌舞伎千穐楽第三部

629日 杮葺落し六月大歌舞伎千穐楽第三部(歌舞伎座)
13063001sensyuraku 最近、歌舞伎でさえ、出かけるのがちょっと億劫になっていたが、この日は二階最前列といういい席(海老ちゃん独り占め席は、ボーナス会員発売日10時にしてすでになく、取れる席の中から一番いい席を選んだつもり。実際、いい席だった)なので、初日とはまたちょっと違った気分で出かけた。
「鈴ヶ森」
初日よりずっと面白く見た。多分、芝居のテンポがよくなっていたのだろう。梅玉さんの若衆ぶり(まさに水もしたたる)がとてもとても素敵だった。「おわけえの、待たっせいやし」(カッコよかった)で始まる幸四郎さんのセリフも初日よりは聞き取れたと思う。聞き取ろうとするベクトルと、心地よい音楽のように聞こえて眠くなるベクトルが引っ張り合ったような時間帯もあったけどね。
初日は團蔵・家橘の雲助コンビのうち、團蔵さんはあまり目立たない印象だったが、今回は剽軽そうな團蔵さんと思いっきりワルそうな家橘さんの絡まり方が程よくなっていた。しかし家橘さんの雲助はインパクトあったなあ(とてもよかった)。
ところで、初日に飛脚の錦吾さんが運んでいた状箱が落ちるハプニングがあったことから気になっていたのだが、雲助たちは飛脚を身ぐるみ剥いでも状箱には手をつけない。中にお金とか高価なものが入っているとは思わないのだろうか。町飛脚だから中身はただの手紙に過ぎないとわかっているから手をつけないということだろうか。
「助六」
初日に比べ、海老蔵さんが断然ステキ!!に見えた。最近ときめかなくなったという舌の根も乾かぬうちだが、久々にlovelyをつけたくなったかも。
花道は半分くらいしか見えなかった。しかし初日の
3階で下駄の音しか聞こえなかったことを思えば大違い。きれいでかっこよい。あんまり素敵で、おまけに團十郎さんの姿が重なり(團十郎さんが見えた、ような気がした)、涙が出た。そのため「一つ一つのポーズが助六の背景、キャラ、生活を語っている」という東京新聞の「幕の内外」のことをすっかり忘れ、終わり近くなってふと思いだして、それからは意識して見た。
花道での約10分間、客席からの3600以上の目と、舞台からの30の目(意休側の12の目は助六を見ていなかったと思う)が海老蔵さん1人に注がれる。これってすごいとゾクゾクしてしまった。姿のよさといい、華といい、團十郎亡き今、海老蔵以外の助六役者は考えられないし、ときめかせてももらって、それでも敢えて團十郎・助六のほうが好きかも、と思うのは、團十郎さんの大らかさ、大きさを私が愛しているからかもしれない。海老蔵・助六のシャープさ、粋がっている部分、恐らく地に近いであろうやんちゃな部分もとても魅力的。ただ、目の中の翳が時々気になってしまう。その翳は他の人にはない魅力でもなるし、助六が秘密を抱えていることを思えば、あってもいいものなのだろうが、時にそれがほんの一瞬ながら、黒雲のように助六を覆うのが気になるのだ。それと、海老蔵さんの助六は現代的に見えるからかも。海老蔵さんだけでなく、全体に、古風な空気を出せる若手が少なくなっているように思える。
海老蔵さんに團十郎さんが重なるのは当然かもしれないが、三津五郎さんにも勘三郎さんが重なった。通人が登場した途端、一瞬勘三郎さんかと見まがったほど、表情とか仕草とかが似ていた。これは初日には多分感じなかったことである。三津五郎のさん團十郎さんへの敬愛、ひいては海老蔵さんへの愛情が滲み出ていて、ほろっとさせられた――海老蔵さんのブログを読み上げるにしても、茶化すのではなく、愛が感じられるのである。千穐楽の海老蔵ブログは「普通の千穐楽は嬉しいけれど、今日はちょっと寂しい」というもの。海老蔵さんもかすかに笑顔を見せていた。また、菊五郎さんに対しては「このオニイさんの奥さんの名はたしか『ふじさん』。世界文化遺産登録、おめでとう」で、満場の拍手が湧いた。
福助さんは初日の方がよかった。意休に対する嫌悪感に熱が入るあまりか、もう少し上品に抑えてほしいところで力みすぎる。「うふふふふ」も初日同様、あまり品がいいとは思えなかった。でも、終盤、満江といっしょに出てきてからは超一級の遊女としての品格を取り戻して、とてもよかった。
揚巻付きの禿2人(吉太朗、福太郎)がちゃんと膝を曲げて女形の形を作っていたので感心した。

福山かつぎ vs くぁんぺら門兵衛の場面は初日眠くなってしまったが、今回はちゃんと見た。江戸っ子らしい啖呵を切るには菊ちゃんはちょっとやわらかい気もしないでもないけれど、見ていて気持ちよかった。吉右衛門さんとの関係に対するミーハー的興味は初日のみで、今回はデッカイ吉右衛門さんにぶつかっていく若い菊ちゃんという構図で見た。
朝顔仙平の又五郎さんはわずかな出番ながら存在感の大きさを見せた。 
左團次さんの意休は安定している。しかし左團次さんの後継はいるのだろうか。

満江の東蔵さんはどっしりした大きさがあった。
菊五郎さんの白酒売も、助六同様、初日よりずっとよかった。初日が悪いというのではなく、さらに進化したということ。江戸和事のやわらかさ、大らかさ(そうだ、菊五郎さんも大らかなのだ)、に菊五郎という役者の大きさを感じた。
13063002katobushi 今回は河東節を私としてはかなりちゃんと聞いていたせいか、その魅力がちょっとわかったような気がした。
それから、初日に書き忘れたが、口上の幸四郎さんは板付きで、上手に引っこむ。ものすごく声を張り上げていて、いい声だなあと思った。
と ころで前半、傾城たちの裾が妙に気になってしまった。というのは、福助さんの裾がやけに短いような気がして(後で玉三郎さんの映像を見たら、決して短くは なかった)、他の傾城たちはどうだろうと舞台に目をやったら新悟クンの裾が乱れていることに気付いたからだ。裾の乱れから足の指がはっきり見える。足は男 の子だなあと思ったら、他の子たちの裾と足が気になって。裾は全体に、足が見え隠れする長さだった。女形の場合、足の指まで女にするのはさぞや大変だろう なあと思った。
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終演後は、千穐楽の垂れ幕がはずされていた。


 

 

 

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コメント

失礼します。どうでもいいような事なのですが、少し気になったので。
傾城の道中姿の裾は「後ろのふきが足首に掛かるくらい」が正しい着付けです。
昔の女形さんは「立ち小便(汚い形容ですみません)じゃないんだから、高々と端折ってはいけない」と五月蝿く言っています。
昔(大正・昭和初期)の写真を見ると、かなり長く着付けています。
どうも今の若い女形さんは、基礎知識が足りないようです。
五月蝿く言う人がいないのと、自ら調べると言う姿勢が少ないのでしょう。

投稿: 通りすがり | 2013年7月 2日 (火) 08時57分

通りすがり様
おはようございます。
色々教えてくださってありがとうございます!!
昔の女形さんのおっしゃること、具体的で、男性である役者さんにはわかりやすい言葉だと思いました。
昔を知る役者さんがだんだん少なくなり、若手のお芝居にはやや現代的な空気が流れるようになり。歌舞伎が時代とともに変わるのは江戸時代からそうだったのでしょうし、昔に固執するばかりがいいとも思いませんが、基礎的なこと、美しく見えることはきちんと継承されてほしいですね。

投稿: SwingingFujisan | 2013年7月 2日 (火) 09時51分

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