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2013年7月10日 (水)

七月花形歌舞伎夜の部

78日 七月花形歌舞伎夜の部「東海道四谷怪談」(歌舞伎座)
今までで一番冷酷残忍な伊右衛門であった。そのDVの凄まじさたるや、鬼でもひるむであろうというほどである。
なぜ、伊右衛門はそんなにひどい仕打ちをするのだろう。「四谷怪談」を見るたび、どうも釈然としないでいた。根っから残忍であることには違いない。お岩の父・四谷左門を平然と殺害するのだから(それを言ったら直助も同じ、いや殺害した人の顔の皮を剥ぐなど、もっと残忍。でも人間性は伊右衛門とは違うと思う)。しかし、それだけではあるまい。
菊之助さんのお岩さんを見て、ふと、伊右衛門にとって大事だったのはお岩さんの美しさだけだったんじゃないかと思えてきた。美しくないお岩さん(産後の肥立ちが悪くて美しさに翳りが見えただけでなく、辛気臭いのだろう)は伊右衛門にとって何の価値もない。元々残忍酷薄なタチの伊右衛門であれば、無価値のモノをどう扱おうが知ったことではないのである。身勝手きわまりない伊右衛門は、恐らくなぜお岩さんが化けて出るのかなんて考えもしなかっただろう。お岩さんに恨まれているとわかったとしても、そこまでされることに納得していないだろう。
お岩さんは変貌した後の顔のほうがインパクトが強いので私たちはお岩さんが元は美人だったということになかなか思いが至らない。でも、菊之助さんのお岩さんがそれをはっきり教えてくれた。
お岩さんの哀れさには、これまでにも何度も胸を衝かれてきたが、今回みたいに泣かされたのも初めてだ。産後の肥立ちの悪さによほど苦しんでいたのであろう。それだけでも哀れでならないのに、伊藤家からもらった薬を信じ込んで粉の一つもこぼさぬよう残さぬよう丁寧に丁寧に口にするお岩さん。何度も何度も伊藤家に礼を言うお岩さん。それが実は毒薬であることを知った時、「(さんざん礼を言ったのは)今に思えば恥ずかしい」と身を捩るお岩さん。その胸の怒りの熱さは私の胸の怒りの熱さでもあり、あまりのことに泣けて泣けて。
伊右衛門が金に換えるためにお岩の着ているものから赤ん坊の小袖、蚊帳まで持ち出すとき、蚊帳を持っていかれては坊やが眠れないとしがみつき、つつつと引っ張られるお岩さんに客席から笑いが起きていたが、こんな状況にどうして笑えるのか私にはわからない。
菊之助さんのお岩さんの怒りはこれまでに見た中で一番強かったかも。恨みというより主体的な怒りである。そういう意味では現代的なお岩さんだと思ったが、私は大いに共感を覚えた。菊ちゃん、顔もこわかった。この時ばかりは体つきも男っぽく見えてしまった。
隠亡堀はいつも気持ち悪い。伊藤家の乳母も母親もそこで亡くなり、ゴミやら直助権兵衛が拾う髪の毛のついた櫛やらが落ちている、そんな気持ち悪い堀で伊右衛門が魚を釣りあげるのが本当に気持ち悪い。
ここの場面では松緑・染五郎・菊之助の3人が尻端折りでだんまり。松緑さんの脚が一番きれい、と思った。菊ちゃんは、小仏小平、お岩、佐藤与茂七の3役早替わり。

この後、ワケのわからない「滝野川蛍狩の場」になる。美しい伊右衛門とお岩が蛍の光の中で舞うのだが、こんな場面は初めて見た。やがてお岩さんが悲しい顔になって、伊右衛門は「今のは夢であったか」と気がつく。多少は罪の意識があるのか、身勝手な伊右衛門のことだから祟られないようになのか、お岩さんの月命日だからと回向をする。お岩さんの色々な仕掛け(舞台上の宙乗りもある)に気を取られていると、突然そばの通路で「わ~、ネズミだネズミだ」という男の喚き声がした。伊右衛門のワル仲間・秋山長兵衛(山左衛門)であった。舞台に駆け上がった秋山はお岩さんに取り憑かれて、仕掛けの中に消えて行った。
伊右衛門1人になると討手が囲み、与茂七が駆け付け伊右衛門に斬りつけたところで「本日はこれぎり」。
染五郎さんはところどころ、身体の動きが幸四郎さんによく似ていた。最初は線が細いと思ったけれど、だんだんそうでもなくなってきた。命を狙われたり(昼の部)、亡霊に悩まされたりするのは暑気払いになるが、演じる側は清涼感を通り越して怖さばかりでヘビーだ、芝居とはいえ毎日呪われるのはご勘弁くださいの気持ちでいるそうだ(710日東京新聞朝刊芸能欄コラム)。
松緑さんは顔がシャープになったせいか、凄みや悪さが強く出てよかった。これまでの松緑さんにはどこか明るさがあって悪役に今一つ乗れなかったのが、昼の部といい、芸の幅が広がったような気がする。
今回、思いがけずいいカップルが誕生した。それは菊之助・梅枝のカップル。おとうさん同士には2人だけの濃い空気が通うが、この2人は若いだけに爽やかな甘さを含んだ情が通う。2世代続いていいカップルだ。今後もこのコンビで色々見てみたい。
おいろが小山三さんだった!! この座組に小山三さん?と驚いたが、おいろ役として欠かせない小山三さん、生き生きとおいろを演じているのがとても嬉しかった。
宅悦は市蔵さん。宅悦はいい人だ。怖がりながらも、最後までお岩さんを見捨てずそばにいてくれた。宅悦が怖がるたびに客席から笑いが起こるし、伊右衛門が誤ってお梅を斬った後舅まで斬るとまた笑いが起きた。よくわからん。昼の部もどうしてここで笑うの?という笑いが何度もあった。
<上演時間>序幕59分(16001659)、幕間15分、二幕目97分(17141851)、幕間30分、三幕目25分(19211946)、幕間15分、大詰19分(20012020

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コメント

ぴあの染五郎インタビューで「どれだけお岩が哀れに見えるか、それに徹したいと思っています。そのための伊右衛門を目指したい。ですから伊右衛門が人間的だったり、人としての共感を持っていただけるかとかは一切考えない。」で演じると言っていますがその通りの伊右衛門でしたね。なかなかやるな、と思いました。
http://t2.pia.jp/feature/stage/kabuki/ichikawa_somegoro.jsp

個人的に菊之助は相手役には海老蔵より染五郎のほうが相性がいいようにこの頃は思えてきました。二人椀久といい今月といい、菊之助の美しさがいつも以上に発揮されている気がします。立役としてはやはり梅枝とはいいコンビになりそうですね。

松緑は最近、充実していますね。あとは口跡さえよくなればですが、なかなか難しいようで。

投稿: ようこ | 2013年7月10日 (水) 22時51分

ようこ様
おはようございます。コメントありがとうございます。昨夜はあまりの暑さに早めに引き上げてしまい、公開とお返事が遅くなり、ごめんなさい。

ぴあのインタビュー、ありがとうございます。染五郎さんらしいお考えがたくさんあらわれていて、大変興味深く読みました。伊右衛門については、まさに染五郎さんのおっしゃる通りになりましたね。美しい男の残虐性には歌舞伎としての魅力が詰まっていました。染五郎さんの演出・脚本は大いに期待します。その力はすでに「趣向の華」でも見せてくれていますし。
菊之助さん、本当におきれいですよね。9月には海老蔵さん、染五郎さんと揃うのでとても楽しみです。
松緑さんも今月昼夜、どちらもいいですね。口跡はおっしゃるようになかなか難しいようですが、それでも以前に比べると少し変わってきているのではないかという気もしました。

投稿: SwingingFujisan | 2013年7月11日 (木) 09時42分

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