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2013年7月 5日 (金)

七月花形歌舞伎初日昼の部

74日 七月花形歌舞伎初日昼の部(歌舞伎座)
13070501syoniti やっぱり全体にこの3カ月に比べ人が少ないのは当然といえば当然、やむをえないといえばやむをえないか。おかげで、開演前、幕間の移動が楽。めでたい焼きも時間を気にせず購入できた。
「加賀見山再岩藤」
見たい見たいと思っていた「再岩藤」、初日なりのテンポだったとは思うが、とくに間延びしているとも感じられず、面白かったのは初見だからということだけでもあるまい。ただ、外題からも「骨寄せの岩藤」という通称からも岩藤中心の話かと思っていたが、そういうわけでもなかった(歌舞伎ではよくあることだけど)。もちろん、骨寄せの場面、岩藤の「ふわふわ」宙乗り、尾上二代に亘る岩藤からの草履打ちは見どころには違いない。しかし私にとって最大の見どころは、四幕目「又助内切腹の場」であった。
松緑さんの又助は、松緑さんらしい真っ直ぐさで、いつも気になるセリフもさほど目立たず、私は非常に好感を持った。その真っ直ぐさ故に悪人にだまされて善人側の奥方を殺してしまう悲劇。主人のためお家のため、悪の元を倒そうと暗がりに潜む又助には、時としてお父さんの辰之助さんの雰囲気が漂ったのにはびっくりした。松緑さん、ずいぶんスリムになったが(登場した途端、あれっ、顔が相当シャープになったねと思った)、それが大きいかもしれない。
又助が自分の過ちを知り、自刃するこの幕はちょっと六段目に似ている。愛する人のために100両を作ろうと自ら身売りする又助の妹おつゆ、主君に喜んでもらえると信じていたのに人非人と罵られてしまう又助。おかる勘平が重なった。又助の自刃は盲目の弟・志賀市が弾く琴の音色の中で進行する。その哀れさ。腹に刀を突き立て苦しむ又助、兄の悲劇を知らないまま兄に聞いてもらおうと無心に琴を弾く志賀市、身売りした100両で愛する人の薬を手に入れ息せききって戻ってきたおつゆ。3人の兄妹弟の情と哀れさに、思わず泣けた。
泣けたのは、一つには玉太郎クンの大活躍があったからかもしれない。なんと、あの玉ちゃんが琴を弾き、唄うのだ!! 10歳の子どもが歌舞伎座という大舞台で、琴の腕前を披露する。初日だからさぞや緊張したと思うが、御簾中の義太夫三味線と合わせてきちんと演奏し、しっかりきれいな声で歌い、その成長ぶりに私は大いに感銘を受け、そのことでもなんか泣けてしまったのである。いや、しかしいつまでもそういう目で見ては玉太郎クンに失礼というものだろう。玉太郎クンは、先月「土蜘」の太刀持ちもとてもよかったし、これからも大いに期待しよう。

又助の妹・おつゆの梅枝クンが楚々とした中に男の為に身を売る女としての風情(色気と強さ)といい、古風な哀れさといい、とてもよかった。
今回若手の女形として梅枝クン、多賀家の殿様大領の正室・梅の方の壱太郎クン、多賀家の息女・花園姫の右近クンが出ていたが、壱太郎クンは美しくかつ奥方としての風格があり、声のトーンも落していて大きさを感じた。短い出番で存在感をしっかり見せたのはさすがである。右近クンは可憐だったが、花園姫の場面でちょっと睡魔に襲われ、感想は再見の折に。
この3人のお姉さん格というかお兄さん格というか、菊之助さんは悪女・お柳の方と二代目尾上の二役。意外と見せ場がなく、存在感が薄かった。いや、そうじゃない。お柳の方はお家乗っ取りを企む夫のために「いやなおつとめ」(好きでもない多賀大領の寵愛を受ける)をしなくてはならない哀しい女、おつゆと同じ哀しい女なんである。そういう側面が強く出ていたために、悪女としての存在感に関しては希薄だったのだろう。やっとお家乗っ取りの見込みが立ったと言う夫に「もういやなおつとめはしなくてすむのね」と縋りつくように寄り添う姿は可愛らしくさえあり、死んでしまえば哀れである。
松緑さん二役目の岩藤には違和感はなかったが、敵役としての憎らしさもあまりなかった。
二役といえば、多賀大領と多賀家の忠臣・安田帯刀を染五郎さんが演じる。染五郎さんの本役は大領のほうかもしれないが、私は帯刀に大きさ、思慮深さ、温かみが感じられていいなと思った。カッコよかったし。
又助の主人で、おつゆの恋人・花房求女の松也クンもとてもよかった。足萎えの情けなさを抱えた美形の風情にはじんとくるものさえあった。松也クンは女形より立役のほうがいい。
愛之助さんの悪人・望月弾正がまたよかった。骨太だし、存在感があるし、私はセリフの言い方が歌舞伎らしい感じがして好き。
だんまりの松也、愛之助、染五郎は美しかった!! 眼福眼福。
若手の中にあって権十郎さん、松江さんが舞台を締めた。
<上演時間>発端・序幕50分(11001150)、幕間20分、二幕目23分(12101233)、幕間10分、三幕目28分(12431311)、幕間30分、四幕目・大詰89分(13411510

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コメント

教えてください
「ふわふわ」ですが
正面の舞台を下手から上手に移動するものでしたでしょうか

3階席の上まで行くのが「宙乗り」で
正面の舞台での左右移動・上下移動は「宙吊り」と教わった記憶があります
真偽ははっきりしませんけど・・・
猿翁さんのところは、宙乗りで3階上に消えていく演出だったと思いますが、音羽屋さんのところや、先代の勘三郎さんの「ふわふわ」は舞台正面の移動でした
今回、松緑さんはどうされたのか興味があります
悠然と扇子を扇ぎながら、満開の櫻を見下ろしている景は、舞台正面での「宙吊り」の方が、趣きがあってより相応しいと思います

志賀市は、歴代の名子役の「歴史」でもありますね
ひとつの登竜門のような気も致します
18世勘三郎、市川右近、猿弥、亀治郎(現猿之助)さんらが演じています

投稿: うかれ坊主 | 2013年7月 8日 (月) 15時35分

うかれ坊主様
松緑さんの「ふわふわ」は、舞台上、下手から上手への移動でした。3階に消える宙乗りのほうが客席は盛り上がるかもしれませんが(実は私もそれを予想して、下手側の席を取ったのでした)、このお芝居の風情として舞台上のほうが適していると私も思います。全体に澤瀉屋版と違ってケレン味が少ない分、お芝居としての力量が問われるわけですが、とても面白くてよかったと思います。
舞台上での移動を宙吊りというのは知りませんでした(何でもかんでも「宙乗り」かと)。チラシにも「宙乗り相勤め申し候」とは書いてありませんでしたね。ただ、歌舞伎美人の「みどころ」には「舞台上の宙乗り」と出ていました。
夜の部の「四谷怪談」でも、お岩さんの幽霊が舞台上を下手から上手へ飛んで行きましたよ。同じ装置を使ったのかな、なんて余計なことを考えました。

志賀市は子役の登竜門のようなものですか。確かに演技力、演奏力、歌唱力を必要としますものね。玉太郎クン、今後も注目です。

投稿: SwingingFujisan | 2013年7月 8日 (月) 21時56分

教えて頂きありがとうございます

元の職場で観ている後輩がいて、なにかと解説しているのですが、果てどうするのかと思い、ご覧になった方に聞くのが一番と思った次第です
(万事、派手好みになっているので、澤瀉屋さんの演じ方を採用してはいないかと思ったわけです・・・市川宗家が伊達の十役を演じるわけですから)

お岩さんなんかはまさに「宙吊り」と言って良いと思いますよ

宙乗りが一般的になった為に、宙吊りという言葉が吸収されてしまったのかもしれません
それと宙吊りって(事故や遭難など)少しマイナスのイメージもありますので使用されなくなったのかもしれませんね

宙乗りで言えば、昭和44年に猿翁さんが初めて四の切で宙乗りした時の、国立劇場での舞台稽古の時の(おそらく舞台関係者による)記録写真の編集されたスクラップブックを古書店で高かったですけど購入したのが宝物になっています

投稿: うかれ坊主 | 2013年7月 9日 (火) 00時00分

うかれ坊主様
おはようございます。
宙吊りという言葉が使われなくなったのは、マイナスイメージが強いからかなと私も思います。言葉から受けるイメージというのは大きいですものね。
でも、確かにお岩さんは宙乗りという感じではありませんでした。つまり、「宙乗り」という言葉から受けるイメージも自分の中では固定化されているということなんだろうと思います。

猿翁さんの記録写真をお持ちとは!! 貴重なそういうお宝が古書店に出るんですね。そしてそれを見つけられるとは、歌舞伎好きの方のところに向こうから寄ってくるのかもしれませんね。

投稿: SwingingFujisan | 2013年7月 9日 (火) 10時33分

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